1.目的
本研究では,量的研究・質的研究の手法を用いて,相補的に死別経験の意味づけについ てアプローチしていく。第5 章では木下(2003)の修正版グラウンデッド・セオリー・ア プローチを用いて分析を行っている。修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチは,
自然科学が目指す普遍性・一般性を追求するのではなく,限定された範囲の中での説明力 を持ち味にしているのであり,限定性をより積極的に捉えたアプローチである。しかし修 正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いるだけでは,その限定性を明らかにす ることは難しい。そこで第 4 章では,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの基 となったデータを個別に分析し,解釈していくこととした。死別経験についての語りは,
面接者と面接協力者との関係の中で語られる。面接者が,自分自身の価値観を面接協力者 に反映させない完璧な客観性を持った中立の存在として面接を行うことは不可能である。
むしろ面接者がどのような価値観・考えを持ち,面接協力者がどのような経験をしてきて それをどのように捉えているのか,面接者と面接協力者が相互作用し合いながら面接は行 われる。このような相互作用の中で面接が行われるからこそ,面接協力者がどのような人 物であり,どのような関係の中で面接が行われたのかを明らかにしておく必要があるだろ う。質問紙調査の結果,死別経験についての語りから,面接協力者の特徴を明らかにする ことで,本研究における面接協力者の特殊性・個別性を把握することが出来ると考えられ る。面接協力者の特殊性・個別性を明らかにすることで,グラウンデッド・セオリー・ア プローチの説明できる範囲がより明確になるであろう。第4章では,第2章で明らかとな った質問紙調査の結果を面接調査の各事例の解釈を行う上での指標として 6 事例を個別解 釈し,第 5 章で行う修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの限定性を明らかにし ていった。
また面接前後で面接協力者にどのような変化が生じたのか,第 2 章で用いた質問紙を面 接前後に実施し,その結果を検討した。西條(2007)は,グラウンデッド・セオリー・ア プローチでは面接中の変化,考えの深まりといったその場で生じている変化を取りあげる ことは難しいと述べている。この西條の指摘を考慮に入れて,グラウンデッド・セオリー・
アプローチでは捉えることが難しいその場で生じる個人の変化を事例解釈を用いて扱って いく。その場での変化を事例から扱うことに加えて,面接前後での質問紙の結果の違いを 手がかりとして,面接協力者の生じていると予想される変化を取りあげていきたい。
2.方法
【手続き】
1)面接協力者
2007年7月にH大学にてH大学学生183名(男性84名,女性99名)に集団実施した 質問紙において面接調査の協力者を募り,協力希望者には質問紙に連絡先を記入してもら い,後日改めて面接調査協力の確認を行った。その結果,質問紙に連絡先を記入してくれ た人が18人,その後改めて連絡を取り調査に協力してくれた人が6人となった。面接終了 後に集団実施したのと同様の質問紙調査を行った。調査時期は2007年10~11月であった。
教示は以下の通りである。「面接におけるテーマが「死」「死別」となっているため,非常 に答えにくいもの,回答を避けたいものがあるかもしれません。困難な場合は無理にお話 していただかなくても結構です。面接に要する時間は約 1 時間を予定しています。面接中 にお話いただいたことをICレコーダーにて録音する予定です。録音された内容は卒業研 究に活用するものであり,外部に公表されることは一切ありません。また録音された内容 は調査終了後,私が責任を持って処分いたしますのでプライバシーが侵害されることもあ りません。」
2) 質問紙調査内容
フェイスシート:性別,年齢,死別経験の有無,突然死の経験の有無,命に関わる事故・
病気の有無,宗教行動について,死別経験について(故人との続柄,死因,年齢,そのと きのあなたの年齢)などである。
死に対する態度尺度:死生観がどのようなものであるか測定するために,丹下(1999)が作 成した死に対する態度尺度を用いた。この尺度は5件法,6つの下位尺度によって構成され ている。すなわち,(a)死に対する恐怖(b)生を全うさせる意思 (c)人生に対して死が持つ意 味(d)死の軽視(e)死後の生活の存在への信念(f)身体と精神の死である。
有益性尺度:死別経験を通してどのようなポジティブな影響を受けたのか測定するため に坂口(2002)が作成した有益性尺度を用いた。この尺度は5件法,3つの下位尺度によって 構成されている。すなわち,(a)命の再認識 (b)自己の成長 (c)人間関係の再認識である。
宗教観尺度:被験者が宗教に対してどのような態度をもっているのかを測定するために 金児・渡部(2003)が作成した宗教観尺度を用いた。この尺度は5件法,3つの下位尺度によ って構成されている。すなわち(a)向宗教性 (b)加護観念 (c)応報観念である。
家族機能測定尺度:被験者が属している家族の持つ機能を測定するために草田・岡堂 (1993)作成した家族機能測定尺度を用いた。この尺度は 5件法 2つの下位尺度によって構
成されている。すなわち(a)凝集性尺度 (b)適応性尺度である。
3)面接調査の実施
3章にて面接調査の質問項目の選定を行った。面接調査は以下の構成で行った。
①人生線の記入:面接協力者に影響を与えていると推測される過去・未来のライフイベン トを把握すること,人生のどの時点で死別を経験したのか・その死別経験がライフイベン トに与えている影響を把握すること,を目的として生まれてから将来までの自分自身の人 生を一本の線で表してもらった。
②人生線をもとにしての語りの生成:人生線をもとにして,面接協力者に自由に語りをし てもらう。時間制限は特に定めない。ラインが上下に変化したところ,変化しなかったと ころについて面接者が適宜,質問を行った。
③死別経験についての語りの生成:より詳しく死別経験についての語りをしてもらう。面 接者が行った質問は以下の通りである。
(a)今までの死別経験について(死別経験の回数,故人との関係・年齢・死因・死別に至 るプロセス,死別を経験した時の反応・周囲の人の反応,周囲の人のあなたへの対応・
関わり,死別を経験しての自分自身の変化,家族の変化,ものの見方・考え方の変化,
死別に対する意味づけ)
(b)過去の死別経験をふり返ってみての変化,時間が経過したことによる変化 (c)死別経験をしていなかったらどうなっているか
(d)あなたにとっての死とはどんなものであるか (e)死別経験時にして欲しいサポート
(f)死別経験者に対してあなたが行うサポート
④終了の判断:最後に,語り尽くしたかどうか,他に話したいことはあるのか確認して,
特にないという反応が生じた場合,そこで面接を終了とした。
3.結果と考察
1)面接前後の質問紙の結果の比較
死に対する態度尺度,有益性尺度,家族機能尺度,宗教観尺度について面接前後での面 接協力者の得点の比較をt検定を用いて行った。結果は表10に示す。有益性尺度「命の再 認識」「自己の成長」因子,家族機能尺度「適応性」因子の3つで面接後の得点が有意に高 いことが認められた(t(5)= -3.69,p<.05 ,t(5)=-2.29,p<.10 , t(5)=-2.00, p<10)。
「命の再認識」因子の得点の上昇は,死についての語りを行っていくこと,死別経験の 意味を考えることで,死という出来事の重要性に気づき,それとともに生きること・命の 重要性についての気づきが高まったからではないかと推測される。「自己の成長」因子の得 点は,死別を経験しての自己の変化に目を向けること,ポジティブな面接者がフィードバ ックを返していくこと,上述した命の重要性への気づきによって,上昇したのではないか
表10.面接前後での面接協力者の各尺度の得点の比較
Variables
面接前 面接後
T 値 有意確率 (両側) N=6
Mean(SD)
死生観尺度因子 死への恐怖 生を全うする意味 死が持つ意味 死の軽視
死後の生活の存在への信念 身体と精神の死
45.00(5.51) 34.17(4.66) 19.67(1.63) 17.67(2.58) 13.33(3.67) 12.00(2.09)
41.00(9.85) 36.50(2.88) 22.83(4.21) 17.00(3.28) 13.50(5.16) 11.83(1.94)
1.10 1.51 -1.86 0.54 -0.15 0.34
0.31 0.19 0.12 0.61 0.88 0.74 有益性尺度因子
命の再認識 自己の成長 人間関係の再認識
17.17 (4.79) 9.33 (3.44) 10.83 (2.71)
21.50 (3.20) 13.50 (3.72) 11.66 (3.82)
-3.69 -2.29 -0.69
0.02* 0.07† 0.51 家族機能尺度因子
凝集性 適応性
36.50(9.79) 21.83(6.85)
35.33(10.63) 24.50(6.18)
0.78 -2.00
0.47 0.10† 宗教因子
向宗教性 加護観念 応報観念
25.67(9.00) 30.67(4.45) 15.83(4.35)
25.50(5.78) 30.83(5.11) 16.33(3.50)
0.09 -0.16 -0.44
0.92 0.87 0.67
と考えられる。坂口(2002)は,「自己の成長」因子は死別者の内的要因の影響を強く受け,
「命の再認識」因子は内的・外的要因の両方の影響を受けると述べている。死別経験につ いての面接を通して,面接協力者は死別経験から受けたポジティブな影響に目を向けるこ ととなり,面接協力者の内的要因に対しての変化をもたらすことで「命の再認識」「自己の 成長」因子の得点が高まったと推測される。
東村・坂口・柏木・恒藤(2001)は,死に関する何らかの気づきがあれば,それを成長 に方向付けることは可能であり,加えて死別経験は,日常生活において考えを深める機会 の少ない死について考える機会を与えるものであり,そこに死別経験特有の成長があるの ではないかと述べている。面接調査の中で,面接協力者の死についての語り,死別経験か らの変化についての語りに焦点を当てていくことで,死別経験についての気づきの語りが 形成され,そこから面接協力者の成長につながっていったのではないかと推測される。ま た,面接者と面接協力者が共に死についての語りを形成していく中で,面接者が面接協力 者の変化や成長への語りに対してフィードバックを行う,あるいは行うことを意識してい たことで,面接協力者の成長の語りがより方向付けられていったという可能性についても 考えられる。
有益性尺度において「人間関係の再認識」因子の得点に有意差が見られなかったのは,
死別経験者に対する衝撃の強い死別経験時には,周囲の人の動き・変化・関わりに目を向 けることが困難であり,衝撃の弱い死別経験時には,今までの人間関係に改めて目を向け るほどのきっかけにならないのではないかと推測される。ただ「人間関係の再認識」をす るには到らなかったものの家族機能尺度「適応性」因子の得点の高まりから,死別をきっ かけにして家族の役割や構造の変化には意識は向いているのではないかと推測される。例 えば家族といったより近しい人間関係については,人間関係の変化やその重要性への気づ きは生じているものの,親戚や友人といった周囲の人との関係に意識が向かうには到って いないのではないかと考えられる。
また今回の面接調査の質問項目では,面接協力者の「人間関係の再認識」に焦点を当て ることが出来なかったという可能性も考えられる。坂口(2002)は,「人間関係の再認識」因 子は死別者を取り巻く実際の人間関係が強く反映されると述べている。内的要因の影響を 受ける「命の再認識」「自己の成長」因子の得点が上昇したのは,死についての語りを通し て,面接協力者の内的要因に対しての変化をもたらすことが出来ていたのではないかと推 測される。しかし,現実の人間関係という外的要因の影響を強く受けるのであれば,面接 協力者の「人間関係の再認識」に焦点を当てることが出来たとしても,そこに変化をもた らすのは困難であるのかもしれない。今後,死別経験者の語りに対する介入として,さら なる質問項目の選定と実践を通して,「人間関係の再認識」に対するアプローチをしていく ことが課題となるだろう。