ものは︑観察されるべきものと連続してはいる が ︑同一ではないということである︒それ故︑予 め 携えた哲学の標準
に 従って追考したことを︑具体的なテキストに よ って ︑ 或いは︑テキストの語句と主題的事実と の 弁証法を通じて 訂 今も同じ ものとし ︵ 7 7 ︶ である︒﹂追考されたものは観察されたもの と 結びつく可能性が全く欠けている訳ではない その ︵ 俺 ︶ ては︑テキストの中にはなく︑観察されたものに 基づいて憶測されたものである︒約言すれば︑ 追考された ルトと フルトマ ソ の間の相違は︑前理解の有無に ではなく︑それが釈義において果す役割に関係 している︑ と正 ︵ 符 ︶ 指摘する︒この前理解︑哲学の問題を突き詰め ることによって︑バルトの批判概念は明らかにな る ︒ ︵ 托 ︶ フルトマンにとってと同様︑バルトにとっても・ 純粋に客観的な︵観察や︶追考はあり得ない ︒それを︑ バ
は︑ ロローマ・ 里こ英庄 旧版への序文の中で︑次のよ う に表現している︒﹁誰も︑同時に読み込まずに は︑ 読み取れた
どんな議卿 者も︑ 読み取る以上に読み込むと ぃ ぅ 危険から安全ではない︒私も︑この危険から 安 全 ではなかった ノン し︑ ︵ れ ︶ 要素は認められてこなかったし︑現在でも︑ 通 常︑ そ う 考えられている 0 アイヒホル ッ は︑この 把握を乗り越え︑ バ 2 追考に即して
観察において問題となるのが
思惟であると舌口えろ︒つまり︑
観察したものを追考する際に
前 理解の問題と深く絡み合って ︑歴史的 i 批判的思惟であるとするなら︑追考に おいて重要なのは︑歴史的 | 批判的
ここでの課題は︑バルトの批判概念の解明である は ︑前述のように︑何らかの哲学の介入が必然的 である︒このことは︑釈義における
いる︒従来︑バルトの解釈学においては・ブルト マンの場ムロとは対照的に︑前理解の ︵ 3 7 ︶ 危険性を字んでいることは︑否定出来ないよう に 思われる︒ 学的に見ても︑テキストの優位という主張が ︑聖 書 の 逐語 霊感 謝 的な字義的釈義を ︑ 新しい形態 で 復権させるに至るの て ︑その ょう に ヵ テゴリーを拡張するならば︑ 方 法的首尾一貫性を・歴史学自ら粉砕することに なる︒しかも︑解釈 48
卜
力 ‑ ル の 聖書釈義におけ る 歴史的 ‑ 批判的方法
正し︑さらに︑その正しさを・前述した仕方 パ 第三章の 2 ︶で実証して行くことが必要なのであ る ︒しかし︒バルト
自身言っているよ う に︑この実証は︑相対性の 域を出ない︒︵ 9 7 ︶
ここから︑重要な帰結が得られる︒即ち︑追考さ れたことは︑総て・実験的にテキストに適用さ れたに過ぎず︑ 仮
説 でしかあり得ないのである︵哲学の制約第三 ア ー ゼ ︶ 0 その限り︑
別紹
釈の可能性に対して ・閉鎖的であることは 許されない︒さらに︑バルトにとって︑釈義が 人間的追考の行為である限り︑読み込むという 危険は︑本質的に 除 ︵ 0 8 ︶ 去 不可能なのであり︑釈義のための客観的な無 謬の規範などというものは︑立てられ得ないの である︒厳密にとれ
ば ︑どの一句も私の釈義ですっかり割り切れて はいない︑というロローマ重目目でのバルトの生口 円円けは︑︵ 8 l ︶ このこととの 連
関 で理解されねばならない︒バルトには︑厳密 な 意味での解釈学的方法はないのではないかと 思 われる︒彼が自らの ︵㏄︶ 解釈学を神学的釈義︵緩の 0 ︶ om が︒ずの 巴 Ⅹの㏄ののの︶ と 呼ぶ 場 ムロも︑やはり同様であろう︒むしろ︑ 彼 の 釈義﹁方法﹂は ︑ ︵ @@ Ⅲ一︶ 専ら﹁熟考せよ /. ﹂なのである︒ ロ ピリピ 書 注解 ﹂の次の言 表は ︑このことを裏付けている 0 ﹁ 方 法論に関する議論に ︵ ク 8 ︒︶ おいては︑解決を望むのは困難である︒﹂従って ︑ 彼の基本的関心は︑解釈学方法論よりも︑ む しろ︑ミノキス @r の目木
体的 釈義内容に向げられていると言える︒解釈 学 に関する彼の論述が︑ブルトマンと比較して・ 量的に極めて少ない
という事実︑或いは・彼のコローマ 書 L を具体 的にパウロのテキストに基づいて批判したシュラ ッタ ーの反応を ︑バ
ルト が尊重したという事実は・恐らく・この点に 根拠を有するものと思われる︒バルトにとって ぼ︑ 彼の講 解 に対す
る 批判は︑テキストの 講 解そのものからなされ る 場合にのみ︑有意義だったのであろう︒バルト が 方法を措定しない
のは︑純粋に客観的にテキストをして語らしめる 方法が存在し得ないと同時に︑釈義に使用され る 哲学は︑普遍的 必
熱性ではなく︑その都度の特殊的必然性しか 持
︒コリ
目
救済史的解釈等を用いつつも︑それら ち 得ない︵哲学の制約第四テーゼ︶ためである︒彼が︑ 予 拙論︑アレ
ことは︑ここから 説
85
(85)明 がつくであろう︒
以上の考察から︑バルトの批判概念が明らかに なる︒近代神学に対する彼の非難は︑特定の思惟 図式︑哲学が
それが人間の倫理性であれ・敬虔︑感情︑内的 生 等であれ規範化され︑聖書に押しっげられ ︑それでもって聖書
その関連で個人の言葉を理解出来るかどうか︑ ま が 測られたという点に向げられている︒バルト にとっては︑そのような特定の思惟図式こそ︑ 具
た ︑出来るとすればどの程度出来るかが︑追考 における文献研究の 体的 テキスト︑テキ
ストの主題的事実︑テキストの中に反映している 対象 像 に基づいて批判されねばならないのであ る ︵哲学の制約第五
テーゼ︶︒それ故︑批判の客体は︑近代神学にお げるよ う に︑聖書ではなく︑追考において使用 される我々の思惟 図
式 ︑哲学であり・聖書テキストは ︑ 逆に︑その
ところで・
ヲ
ー%ま 自 ﹂の文脈に戻るならば︑ 上 述 のものとは別の批判概念に出会う︒バルト が ︑﹁歴史的批判 家 ︵㏄︶ は ︑もっと批判的でなければならないと思 う ﹂と 言ったのは︑まさにこの文脈においてである︒ハルトにとって︑当時の歴史的 | 批判的研究は・ 聖書の語句を近代 語 に翻訳し︑﹁そこに書かれ ていること﹂を 確
走 するものであった︒それは︑自らの偶然的立 場に 規定された宗教的思索の範 塙 ︵倫理性・感情 ︑体験等︶に基づい
て ︑テキストを散発的に評価し︑それによって 理 解 をなし終えたと考える︒うまくあてはまらな い 箇所は︑聖書記者
の 歴史的偶然的見解とみなされ︑また︑近代的意 誠 にとっては 蹟 ぎとなる時代史的 残淫 として︑ 宗教史的平行現象と ︵ 田 ︶ 結びつげられたのである︒そして︑テキストの 意味と不可解性の責任は・その筆者に転嫁される ことになる︒しか
し ︑これこそ・バルトにとっては︑﹁本来的な理 解 と解明﹂の断念に他ならない︒むしろ︑本来 的な理解と解明︑即
ち 追考こそ重要なのである︒重複を避けるため︑ 簡潔に述べるならば︑個々の言葉の主題的事実 との関連を探究し ︑
課題なのである︒これは︑ブルトマンの批判に 対する 反 批判でもある︒バルトにとっては・主題 的 事実に基づいて 語
(86)
86
カール・バルトの
聖書釈義における 歴史的
‑批判的方法
っていない箇所をテキストから分離するのは・ 結 局 ︑かつての方式への逆戻りを意味する︒﹁ 単 に 歴史的偶然的で︑
ただ与えられているだけの諸概念が・出来るだ け 残ら﹂ないようにすることが重要なのであり ︑それが出来ない 場 合 ︑つまり理解と解明が出来ない場合には︑ ルト は︑その原因を︑テキストとその筆者にでは なく︑釈義者自身に
求めようとする︒
このような追考作業の貫徹こそ︑バルトが歴史的 文書に対する﹁批判﹂︵︵ ち へて 遥 ︶と呼んだもので ある︒その意味で は ︑バルトにとって︑歴史的 | 批判的研究は ︑も つ と批判的でなければならないと思われたので あろう︒
さて︑最後に・﹁批判﹂はどのような地平でなさ れるのか︑また︑歴史的 | 批判的方法に対する ハルトの非難は ︑ どのような視点からなされているのかが︑確認 されねばならない︒シュミットは︑バルトが﹁ 本来の理解と解明﹂
︵これは︑厳密に言えば︑﹁批判﹂乃至追考の結 果 であろうが・それと同じものと考えても差し支 えない︶と呼ぶも のを︑我々に接近可能な事態ではなく︑神の語り 神の言葉の出来事と考える︐ ︵ 8 8 ︶ O 従って ︑シ コミットの解釈によ れば︑歴史的 l 批判的理解は︑本来の理解 へ変わ ることはあり得ない︒そうであるとすれば︑ 例 え 彼が︑歴史的理解 と本来の理解が相互に依存しており︑テキスト
学 方法論は︑﹁二本立 て ﹂にならざるを得ないであろう︒しかし︑ バ ルト によれば︑﹁批判﹂は ︑ 神の舌口 業 としての 聖 書の固有性に係わる のではなく︑文献一般の釈義に適用されねばなら
平炉にあると舌口える︒
とすれば︑歴史的 l 批判的方法に対する
冒
1% ま日日の問題提起は︑その外側から︑即ち ︑ 神の 言葉と聖書の不可分 の関連とⅠ︑︑︑
ぅ ような視点 力 らなされ大の Ⅰ︵ー︶ 9 ‑ ではなく ︑まさしくその内側からなされたことになる︒ ︵㏄︶ 確かに︑バルトは︑歴史的 | 批判的研究と自ら の 釈義は ︑ 全く異なった領域で行なわれると述べ ている︒しかし︑︵ 9 2 ︶彼は ︑ 主として歴史的関心を抱く釈義と︑主と して神学的関心を抱く釈義の分離を︑不完全な状 態と考えていた︒ 時