本章では、著者のスクールソーシャルワークの実践の中から、典型的な支援経過を取っ た事例の紹介、主として学校側の障害特性に対する理解のなさなどから、問題解決が遅く なったり、こじれてしまったりした事例より、学校側の課題の抽出を試み、さらに、複数 の事例に対する支援経過を振り返り、医療機関受診や家族と学校との調整などについて、
具体的な支援の際のポイントを取り上げ、著者のスクールソーシャルワーク実践から見え てくる援助のあり方について論じる。
第1節 学校と家庭の関係悪化が見られた事例
Ⅰ.学校における発達障害児支援
第 3 章で述べたように、発達障害に関して早期発見、早期療育の必要性が強調されたこ とからも分かるとおり、著者がスクールソーシャルワーカーとして勤務し、訪問する多く の学校も発達障害と診断された児童生徒の対応について問題を抱えていた。さらに、その 中でも、「学校から医療を勧め診断され、薬も飲み始めたが一向に良くならない。保護者は 面談を約束しても、すっぽかしたり、延期したりなど本当に子どものことを考えているの か疑問だ」などと保護者への不満をぶつけてくる学校が多々あった。また、そのような家 庭で、子どもに関わる時間がなく、提出物が締め切りを過ぎて提出されたり、保護者会に も参加しないとなれば、「親が子育てを怠けているから、子どもが良くならない」などと発 達障害とされたことががまるで子育てを怠けた結果とでも言いたいくらいの勢いで話をし てくる教員もいた。
第 1 章で述べたように、保護者の子育てと発達障害の発症に因果関係はない。アレン
(2013)は、発達障害の診断される子どもが増加していることについて、「子どもが変わっ たと考える理由はなく、レッテルが変わっただけである」とし、かつてなら取り立てて異 常とは見なされなかったであろう注意や行動の問題が、いまや精神科疾患と診断され、学 校で起こる様々な問題行動が医療の対象となってきていると警笛を鳴らしたが、その真意 は診断がつくことが必ずしも学校から適切な支援を受けられるようになることを意味しな いことにある。著者は子どもに診断がくだされ、保護者がそれを受け入れれば、事態が改 善するという学校側の期待は、多くの場合むなしいことになり、結局、スクールソーシャ ルワーカーに救いを求める依頼が来る結果に終わったということを度々経験した。
学校が保護者批判をしている事例の多くは、逆に保護者も学校の対応に不満を持ってお り、関係修復が難しい事例であった。スクールソーシャルワーカーは、学校と家庭との間 でのお互いを尊重し、子どもを中心に置きソーシャルワークを展開するが、発達障害を主 訴とした問題に関しては、他の事例よりも非常に溝が深かった。なぜ、医学的な診断や治 療について誤解が生じ、教員と保護者の間で修復不可能なくらいに関係が悪化するのかに
67 ついて事例を通して検証する。
Ⅱ.事例
(1)ADHDと診断された事例P
対象児は中学2年、男子(以下P)。著者はPが入学した1年のX年6月から2年のX
+2年1月まで合計32回相談を受けた。主訴は、授業妨害(立ち歩き、暴言)、女子への嫌 がらせ等の問題行動であった。Pの家族は、4年前に母が再婚し、継父との子3人を妊娠し た。父方祖父、母方祖父と総勢 10 人の大家族であり、当時、経済的に困難を抱えていた。
Pは6人兄弟の長男であり、当時小学4年の弟とは、暴力に発展するような喧嘩になるこ ともしばしばあった。
Pは小学1年次に学校からの勧めで児童相談所に相談に行き、そこで医療機関を紹介され ADHDと診断された。1年から3年まで服薬を継続したが、4 年の時に保護者の自己判断 で服薬を中断して以来、通院もしていない。特定の授業で授業妨害がある。友人や担任教 師への暴言が日常化しており、暴力に発展する場合もある。このような、P自身の問題に加 えて、母の再婚、引越し、産まれたばかりの 0 歳の妹がいるなど家庭的な課題も多く抱え た事例に対して、学校で本人、母親との面談、家庭訪問、医療機関への受診同席、行政の 児童福祉課や主任児童委員とのケース会議実施など多面的なアプローチができるように継 続的に支援を行った。以下は、著者が直接的に支援をした経過である。
なお、以下の記述において、月日については加工を加えていることを付記する。
X年6月14日
母親と初回面談。本人のこれまでの経過と再婚、大家族での生活について話をしてくれ た。小学校低学年の頃から、祖父から怒られるとパニックになり、泣いて暴れる、物に当 たる、1人で「ギャー」と大きな声を出すなど、子育てに苦労した点を話してくれた。また、
次男も問題行動があり、学校から呼ばれることも頻繁にあった。「無責任かもしれないが、
限界があって、対応しきれない」と辛い気持ちを吐き出してくれた。父も母も非正規雇用 であり、経済的に厳しい状況であることも話をしてくれた。
X年6月28日
本人と 2 度目の面談。特に担任の授業になると自分から騒いでしまう点などは自覚をし ている。学習不振があり、集中できない面もあるので個別で学習が可能かどうか学校と相 談していく。
X年7月12日
先週教師への暴言、友人への暴力、女子への嫌がらせがあり、1週間登校を自粛していた。
女子への嫌がらせについては、その女子が休みがちになってしまったことの責任を全て P
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に押し付けるようなことがあった。Pだけでなくその周りも嫌がらせに加担したり、その女 子自体も問題を抱えていたことが後になってわかってきたが、当時には Pの行為が全ての 発端であるかのように責任を負わせられていた。その決めつけた指導に対しても、担任に 怒りを感じ、不信感は増大していった。
その後は、教室で授業を受けることはできず、別室にて個別で学習している。1週間の目 途であるが、同じことを繰り返さないように、問題行動を振り返り、今後の約束などを反 省の意味を込めて担任へ提出した。
X年9月29日
母親と本人と面談。問題行動も減少してきている。クラスが落ち着かないため、立ち歩 きや私語、暴言などはまだある。6人兄弟であることに加え、経済的な問題もあり、環境的 には支援が難しいが学校と協力していくことを確認した。
X年11月17日
10月に通院し、服薬を再開した。医療的な支援を確認する意味で、医療機関へ教員2名 と著者で訪問した。医師からは追い詰められた状態が暴言、暴力、いじめ行為につながっ ていると助言を受ける。今後は学校側に対する不信感も解消しつつ、個別支援計画を立て、
特性にあった働きかけをしていく。また、担任に強い嫌悪感や怒りをもっている状況なの で、関わりを最小限にするなど役割を決めて支援をしていく。また、学校からは P を周り の男子があおってしまい、大きい声を出してしまうことなども医師に相談した。
X年11月22日
登校を自粛させられた学校への不信感とクラスの友人とのトラブルが原因で先週から不 登校状態であるので、家庭訪問をして様子を聞く。本人はあまりあせりがなく、不登校が 長期化する可能性がある。担任への不信感が非常に強い。
X+1年1月24日
家庭訪問し本人と面談。1月に1回だけ登校。学習に不安を感じているので担任に課題を 用意してもらうなど関係を切らないように支援する。
X+1年2月14日
テストを受けるために久しぶりに登校。別室で過ごしているが、友人が迎えにきて終会 は教室に戻ることができる。今後も友人からの声掛けが重要であり、本人が学級に戻り易 い環境を整えるよう担任に助言。
69 X+1年5月27日
母親と本人と面談。昨年11月から不登校である。今年4月から別室登校で頑張っている ことを評価した。授業によっては教室で受けることができる教科もある。ただ、学校での 疲れやストレスから弟への衝動的な暴力が問題となっている。
X+1年7月20日
三者面談に同席。3年になり代わった担任の努力もあって教室登校が定着しており、友人 との関係も良好となってきていることを評価した。陸上部に転部する方向で考えており意 欲が見られる。新しい担任との関係も良好であり、信頼関係を構築できている。
X+1年8月19日
本人、家族の希望もあり先月から他の医療機関へ転院。2度目の受診に同席。いくつかの 検査の結果、環境性の衝動性障害であって、今はADHDの症状は見られず、診断なしとい う結果になった。2年から教室に復帰したクラスは守られていると感じることのできるクラ スで環境は良好。問題が発生するとすれば家庭が心配であり、弟との衝突や刺激にどう対 処するかが課題と医師から助言をしてもらった。
このように、学級での不適応行動、何か問題が発生すると全て P の責任にされることな どを理由とした担任不信をきっかけとした不登校、学校復帰など多くのことを経験した事 例であった。担任不信の度合いは、非常に強く、まるで動物が敵と戦うかのように、その 教員を否定した。そこには、小学校から中学校にかけて、何かあれば自分のせいにされる という不満が蓄積されていると考えられた。それに加え、年配の担任教師の上からの指導、
発達障害に関する無理解ということも輪をかけて、本人との関係を悪化させる要因となっ ていった。担任への暴言や授業妨害が頻繁になれば、それまでは穏やかに対応していた教 師もP に対しては、厳しく指導するようになる。そうなれば、Pにとっての味方は存在し なくなる。その結果が度重なる問題行動へと繋がっていった。しかし、2年生になり信頼で きる担任に出会ったことにより、その後は学級での問題行動も激減し、部活動に意欲的に 取り組んでいる。家庭で抱えている問題は大きいが長男の学校生活が安定したことで、母 親の表情も明るくなり、Pを褒める回数も増えてきた。
(2)ADHDと診断された事例Q
対象児は中学3年、男子(以下Q)。著者はQが中学入学後のX年7月から3年のX+2 年7月まで合計36回相談を受けた。主訴は学習困難、授業に集中できない等。Qの家族は、
両親が小学1年の時に離婚し、母と姉と3人で暮らしている。中学 1年の変化は、X年8 月に同じ中学校の学区内に引っ越したこと、母が夜間シフトもある仕事に転職したことが