北川五郎(Grgulu)口述
sigd biŋdti taani nari. xaald čii bičimri čii
さて 猟に行った そうな, 人人が。 いつでも ずーっと 猟をし ずーっと
bičuuččiči. naači tari. g geeda unnee
猟具をしかけている。 かれらの土地だ, それは。 さて 一つの 川を
solooti taani
čii anani anani putačimari.
tari
čii
nari
のぼった そうな, ずーっと 年 年 わなをかけながら。 そのころ いつも 人が
wdpčini. čii
buǰini čaa unnee
putaččini 1) tauni.
みえなくなる。 いつも 死ぬ, その 川(すじ)に わなをかける みなが。
ŋnneewri taunduni čii buǰiči. gee narree silmačiti taani
行く たびに いつも 死ぬ。 さて 人を えらんだ そうな
sigdlkk maŋganneepa. ga čawa saabuddoori sik sikpuni
いまや, つよい人を。 さて そのことを 知るために ねむ ねむらない
sikpuni 2) sikpuni maŋganneepa silmačiči. gaa suun naalani
ねむらない 眠らない つよい人を えらんだ。 さて 南の 地方から
geedanneekk doro naalani geedanneekk ŋnxni taani sigdlkk.
一人と 北の 地方から 一人が 行った そうな いまや。
suun naani gl 3) naalani 4) ŋnxnnee bkk. g putandamari
南の 地方 地方から 行った人は せむしだ。 さて かれらはわなをかけに
ŋnxti čaa naatai 5). uni drttini ŋnči. ga putačigati taani
行った, その 土地へ。 川の みなもとへ 行った。 さて わなをかけていた そうな
sigd čii putačimari. g liisini maŋgaŋuči 6) utkki
いまや, ずーっと わなをかけて。 さて いびきをかくのが 大きい人が 戸口へ
akpaččini taani sigd. otoo utduuǰi liisini maŋga narree
ねた そうな いまや。 一番 戸口の近くに いびきをかくのが 大きい 人を
ksči taani sigd. liisini takkuramǰiči. čimai
おいた そうな いまや。 いびきをかいている, かれらの使用人が。 朝
tgččeeri ittjiči tariŋuči xaalanda buččini. taŋgamǰi.
おきて みると それは いつかに 死んでいた。 こまったことだ。
ri 7) xai. pujjni glljini pujjn 8) anaa.
これは どうしたことか。 きずを さがせば きずは ない。
xaikkeend pujl anaa bučči.
xooni toilakka psiǰigči taani
どこにも きずが なくて 死んでいる。 どう しようもなく 葬った そうな,
čakki čiidda. orkimba
xai 9) xai tpunǰini psiǰǰilkk.
そこへ そのように。 つまらない人は なに なにか 粗末に 葬るのだ。
ri
xaimidda ambalu
bill tdd
ri.
これは どうしても ばけものが いるのだろう, 本当に これは。
g doronŋ 10) doro maŋgaannii suun maŋgaannii silmačiti taani
さて 北の つよい者と 南の つよい者とを えらんだ そうな
sigd. ga sikpuni sikpu. ga dnnee tčiti taani sigd
いまや。 さて 一番眠らない者。 さて 二人は すわっていた そうな いまや,
baǰǰeetaalinǰi gaksee kaltaaduni bkk gaksee kaltaaduni doro
向かい合って 片 側に せむし, 片 側に 北の
maŋgannii. čii tmǰee dolboni taldaani inneetini lax
つよい人が。 ずーっと すわっていて 夜 中 夜あけ 近くに
doro maŋgani xawuus oččini taani. čadu ut kunduu
北の つよい人は うとうと した そうな。 そのとき 戸口が はじがちょっと
oččini taani. ut kunduu oiduni tari bkk garpaxani
あいた そうな。 戸口が はじがちょっと あいたとき その せむしは 射た
taani sigdlkk geeda ailiga iixmbni 11). ŋaalikkeeni
そうな いまや, 一匹の くずりが 入ったのを。 かれの手から
giltaramǰi. doro maŋgani uččini taani.
はずれて(弓がおちた)。 北の つよい人は 言った そうな。
andaxa xairisiga. anaa uččini taani. tolčičim 12) burigbi
「お客さん 何するのか。」 「いや」 と 言った そうな。 「ゆめをみていて おれの弓が
tuuxnee uččini taani. burigbi tuuxni. xaiwaddaa ččimbi anu
おちたのだよ」 と 言った そうな。 「弓が おちた。 なにも あのー
waaraa. g čimai tgččeeri itti taani. ngččeeri itči.
とらなかったよ。」 さて 朝 おきて みた そうな。 出て みた。
geeda ailigamba bkk garpaxani. durani tas iixni lkkni.
一匹の くずりを せむしが 射ていた。 まんなかに 一気に 入った, 矢が。
tari ailiga ambambani waaxani bkk. suun naani maŋgani
かれが くずりの ばけものを 殺した, せむしが。 南の 地方の つよい人が,
narree anani anani. tamaččuk13) tari 14) čawa 15)
人を 年 年 殺すくずりを。 それからは かれらは そこに
putaččisal čii uliŋga. tamaččuu čii
uliŋga. čii uliŋga.
わなをかける人たちは ずーっと 無事だ。 それから ずーっと 無事だ。ずーっと 無事だ。
čii spp waarini. anani anani pulisini. tamaččuu tari
ずーっと 貂を とる。 年 年 あるいている。 それから その
ailiga ambani čii wdptuxni. čalaa biččind tari tluŋuni 16).
くずりの ばけものは ずーっと なくなった。 そこまでだと, それの 言い伝えは。
北 川 五 郎 さ ん か ら 1 9 59 年 に 録 音 し た 。 こ の む か し ば な し を 北 川 さ ん は ム イ ガ ッ タ
(Mu igtt)氏 族 のジャワイじいさん (ǰa wai ma pa a čča)か らきいたよし。もともと ウイ ルタの
tlu ŋ u であると いう。ウイ ルタ人 か ら日 本 語 で採 録 し たおなじは なしが山 本 祐 弘 『北 方
自 然 民 族 民 話 集 成 』(19 6 8)54-5 7 ページにの る。 くずりは 食 肉 目 の獣 で あ る。日 本
語 のクズリ (屈 狸 )の語 は アイヌ語 から来 たものだが,さ らにギリヤク語 に由 来 するだろう。
な お, 話 の 進 み方 と し て みて ,せ むし が 選 ば れ たのは 使 用 人 が死 ん だあと のこ と で は ないだろうか。佐 藤 チ ヨさん がこ のテキストの語 り方 はへんだと言 っていたが,こ の辺 の事 情 を言 っていたのではないかと 思 われる。
1)p ut a ččin i 《 か れ( ら ) が わなを か け る 》 の か わ りに p ut a čči nn ee 《 わなを か け る 人 》 と あ る の が いい(佐 藤 による ) 。
2)s ik si kp u n si k pu n とく りか えしてか ら言 いなおし て si kp u nと言 っ ている 。 3)na an gl 言 いそこ ない。
4)na ala ni は na a du un i と言 うのが いい(北 川 ,佐 藤 によ る) 。
5)na ata i この語 形 は 北 川 さん の教 示 に よる 。na arr e eの よ うに きこえ る 。
6)li isi ni ma ŋ ga ŋu či 《いびきをかく のが大 声 のか れらの 仲 間 》 は使 用 人 のことを言 っ ている 。 7)r こ の語 は佐 藤 さ んの聴 取 によ る 。
8)puj jnはp ujlとある のが いい,またp ujniでもいい(佐 藤 によ る) 。 9)xai く りか えし言 っ ている。
1 0)d or on ŋ 言 いそこ ない。
11)ii xm bni この語 形 は北 川 さん の教 示 によ る。xがrの よ うに きこえ る 。
1 2)t ol či či m 《自 分 で ゆめをみ て》 のか わりに t ol či čči duw w e e《お れが ゆめをみ ていると き に 》とあ る のが いい(佐 藤 によ る) 。
1 3)t a ma čču kはta ma čču k ooと ある のが いい(佐 藤 による ) 。 1 4)t ari よけ いなことば (北 川 ,佐 藤 によ る) 。
1 5)čawaは čakkiとある のが いい(佐 藤 によ る) 。
1 6)tl uŋ un i この語 形 は 北 川 さん の教 示 に よる 。niは きこ えない。
第 2 部
まえがき
第 2 部 に収 録 するウイルタ語 テキストは,ウイルタの思 い出 話 (1)や昔 話 (2-4,
追 加 1 6)と歌 (5-15)である。これらは1990年 から92年 にかけてサハリンにおいて ウイルタの下 記 の方 がた(いずれも婦 人 )から採 集 した。しかし,これらの方 がたはす べてすでに亡 くなられた。御 冥 福 を祈 る。
小 川 ハ ツ子 さん ポ ロ ナイ スク市 在 住 。1925 年 , ワーレー ッタ(Waa leetta)
氏 族 に生 れる。
金 ナ ツ 子 さ ん ポ ロ ナ イ ス ク 市 在 住 。1924 年 生 れ 。 母 は ダ ー ヒ ン ネ ー ニ
(Da ax innee ni)氏 族 。
セミョーノワ・ オリガ・ニコラーエヴナ(Semenova Ol’ga Nikolaevna)さん ワ
ール在 住 。1 910 年 ガラマイ(ウイルタ名 Grmi, ロシヤ名 G or oma j)川 沿 岸 の地 に生 れる。バヤウサ(Ba ja usa)氏 族 。
ミ ヘ ー エ ワ ・ マ リ ー ヤ ・ ス テ パ ー ノ ヴ ナ (Mikhee va Ma r ija Stepa novna) さ ん
ワール在 住 。191 2 年 トゥイミ(ウイルタ名 Tm, ロシヤ名 Tym’)川 河 口 近 く の 地 で , ゲ ー ッ タ (G eetta) 氏 族 に 生 れ , バ ヤ ウ サ (Ba ja usa) 氏 族 に 嫁 す。
セミョーノワ・アンナ・ワシーリエヴナ(Semenova Anna Vasil’evna)さん ネク
ラソフカ在 住 。19 19 年 ナビリ(ウイルタ名 ŋaa b beela , ロシヤ名 Nabil’)に 生 れる。ムイガッタ(Muigtt)氏 族 。
このテキ ストは,カセ ットテ ープに録 音 した ものを音 韻 表 記 によ って表 記 し たも の で ある。なお ,ロ シヤ語 もま じっている。録 音 されている言 語 音 声 は できる範 囲 です べて表 記 することにし,話 し手 の言 い誤 りやまわりの人 へ発 することばも,また,まわ り の人 が話 し手 に発 する質 問 な どの ことば もテキス トに記 入 した 。テキ ストには日 本 語 による逐 語 訳 をそえてある。訳 文 中 の( )内 は補 足 や説 明 である。なお,意 味 が いまだ不 明 の語 などは訳 の欄 を空 白 にしてある。
テキストの表 記 において,斜 体 ロ ーマ字 の部 分 は,そ の語 の明 確 な発 音 では発 音 されるが,略 して実 際 には発 音 されなかった部 分 である。なお,t のあとで i や č が省 略 されている ti, tčは,そ の部 分 が省 略 されない語 形 では,それぞれ či, ččとな る。
また,[ ]のなかは,歌 をうたう上 でその語 の通 常 の発 音 より特 に音 を長 く のばし た部 分 である。
下 線 を引 いた部 分 は,ロ シヤ語 で あり,ロシヤ字 をローマ字 に翻 字 して記 してあ る。
( )の なかは ,言 い誤 りや 言 いか け て途 中 でや めた 発 音 や内 容 に直 接 関 係 の ないことば,たとえ ば聞 き手 への質 問 などである。
〔 〕のなかは,話 し手 のまわりの聞 き手 が発 したことばである。
…の部 分 は,小 声 か,不 明 瞭 な発 音 で音 がききとれない部 分 である。
歌 謡 (5-1 5)においては,一 編 の歌 はほぼ同 じ旋 律 のくり返 しで歌 われている。
5-8 は,大 きな間 隔 をおいて記 された各 句 が,また 11,1 5 は各 行 が,ほぼ同 じ旋 律 で歌 われている。一 方 ,9(daa ji siir okku 以 下 の 4 行 を除 く),1 0,13,1 4 は,
第 2行 のかしらをさげて記 してある2行 ごとに,12は,第2,3行 のかしらをさげて記 してある 3 行 ごとに,ほぼ同 じ旋 律 がくり返 されて歌 われている。その旋 律 は,歌 に よって,または歌 い手 によ って異 なる。
5-1 4の歌 は,おとなの間 で歌 われるものである。ウイルタの歌 謡 には,ある一 定
の折 り返 し句 をともなうハーガ(xg)という歌 のジャンルがあり,やはり成 年 者 の歌
であるが,5-1 4の歌 は,その折 り返 し句 がなく, これとはまた別 のジャンルの歌 であ る。5-1 0 の歌 は,内 容 からみて,叙 情 歌 とよんでおく。1 5 は,子 もり歌 であり,幼 児 に向 けて歌 われる。
録 音 の表 記 にあたって,ウイルタ語 については,語 り手 ,歌 い手 のほか,ウイルタ 婦 人 の イ ・ ヤ ・ フ ェ ジ ャ ー エ ワ ( I.Ja .Fedja eva ) さ ん , エ ・ ア ・ ビ ー ビ コ ワ
(E . A.Bib ikova)さん,小 川 ウメさん,北 川 アイ子 さんの助 力 をえ たこと,ロ シヤ語 に
ついてもロシヤ語 を話 す幾 人 もの方 がたの助 けをえ たことを記 して謝 意 を表 わす。