図1 Shan Tuyet Tea の収穫(Lai Chau 省).
茶栽培におけるニーム散布剤の利用 ~ベトナムでの実践~
られない。ベトナム茶が国際市場から評価されない理由の一つは、農薬管理の不徹底 であると考えられる。農薬の管理は Viet GAP の奨励などを通して政府も支援を続け ているが、管理徹底は未だ成果を上げているとは言われていない。
【世界におけるニーム利用の現状】
そのような状況の中、著者(濱)は、
2004 年から日系企業 Vina Suzuki Tea Co., Ltd において減農薬による高級 茶生産プロジェクトに取り組んだ(図 2)。その結果、化学合成農薬散布を 段階的に減らすことで 2 年後に 124 ヘ ク タ ー ル の 栽 培 面 積 の ほ ぼ 全 域 に つ い て 化 学 合 成 農 薬 に 頼 ら な い 栽 培 を 実現した。この減農薬茶栽培を実現で きたのは、ベトナムに自生するニーム を利用した事による(図3)。ニームは、
熱帯地域に自生し、乾燥に強いため緑 化樹や薪材としても利用さ、アジア、
アフリカ、中南米等にも広く分布して
いる。ニームはインドやスリランカなどの南アジア地域で古くから医療に利用されて い る が 、 主 成 分 Azadirachtin が 昆 虫 に 対 し て 摂 食 阻 害 や 脱 皮 阻 害 能 を 示 す
(Schmutterer,1990)。ニーム散布剤とは、ニームの種子からの抽出物やニームオイ ルをもとに製剤化した害虫防除資材である。インドやタイ、アフリカ諸国などでニー ムによる植物保護を推進する国は少なくない。日本では、まだ農薬登録を取得したニ ーム散布剤はないが、インド、ドイツ、米国などで公的機関の認可を受けて販売され ており、ドイツでは有機栽培における使用も認可されている。表1に、米国 EPA の認 可を受け販売されているニーム散布剤の一例を示す。
図2
Vina Suzuki Tea Co., Ltd.の茶園.表1 米国で農薬登録されているニーム散布剤の一例
【ベトナムにおけるニーム生産】
ベトナムでは、中南部東海岸に 広 が る 乾 燥 地 域 の ユ ー カ リ に 代 替される緑化樹として 1990 年頃 からニームの植林が始められた。
ベ ト ナ ム の 研 究 者 に よ っ て 西 ア フ リ カ の セ ネ ガ ル か ら 輸 入 さ れ たニーム種子から苗が生産され、
これまでに Ninh Thoan 省および Binh Thoan 省を中心に 10,000ha に定植され、現在も定植は続けら れている。
しかしながらニーム種子は、海外からの需要がある程度あるものの国内需要は少な く、多くが収穫されず放置されている。ニーム種子がベトナム国内で認知され市場で 取引されるようになれば、これらの乾燥地域に住む人々にとって重要な収入源になる に違いない。
【日系茶企業における減農薬の取り組み】
Vina Suzuki Tea Co.,Ltd.の茶 園 は 南 部 高 原 Lam Dong 省 の 標 高 1000m という高地にあり、気候はモ ンスーンで雨季(5 月~10 月)と乾 期(11 月から4月)がある。栽培 品 種 は 金 萱 や 四 季 春 と い っ た 台 湾 ウーロン茶品種であった。当時この 茶園では、ダニ、アブラムシ、アザ ミウマ、ハマキガ、ヨコバイ、Tea Mosquito Bug ( 学 名 : Helopeltis theivora,半翅目)といった害虫が 問題になっていた。
ニ ー ム 種 子 を 利 用 し た 減 農 薬 の 試 み は 2005 年 か ら 始 め ら れ た 。 Lam Dong 省 の 東 に 位 置 す る Ninh Thoan 省で生産されるニーム種子を 原料に自社で散布剤を調整した。当 時 ベ ト ナ ム で は ニ ー ム 由 来 の 殺 虫 剤が登録、販売されていなかったた め、散布剤を独白に開発する以外に 方法はなかった。ニーム由来散布剤 の開発方針として、安価原料で容易 な方法を目指した。その結果、米や 米 糠 な ど 安 価 で 手 に 入 る 原 料 を 利 用した方法を確立した。
2005 牛 3 月から開始したニーム 散布剤によって、ダニ、アブラムシ、
ア ザ ミ ウ マ な ど に は 効 果 が 高 く こ
図3 ニーム果実(左) 及び種子核(右).
図4 化学合成農薬散布延べ面積(ha/月)の推移.
図5
Tea Mosquito Bug(Helopeltis theivora).れらの防除に使用していた化学合成農薬を使用する必要がなくなった。2005 年(1 年目)は、ニーム種子に米から製造した含水エタノール溶液を添加し抽出した散布剤 を使用したが、ハマキガやヨコバイには効果がなく、化学合成農薬の散布を継続した。
2006 年(2年目)には、このニーム散布剤に酵素分解米糠の水抽出物を加え、乳化 性と展着性を改善した。その結果、ハマキガやヨコバイにも効果が認められた。 2005 年から 2007 年までの農薬散布面積の推移を図4に示す。グラフ縦軸は月毎の農薬散 布延べ面積を示し、農薬成分は色分けした。 2007 年にはほぼ農薬を使用しない防除 に移行したことが示されている。一方で、全くニーム散布剤による防除効果が見られ ない害虫もあった。その一つが Tea Mosquito Bug である(図5)。これは台湾以南に 生息する茶園重要害虫の一つである。この害虫に関しては化学合成農薬(ジノテフラ ン剤)によって防除したが、Tea Mosquito Bug が残す若葉吸汁痕をたよりに化学合 成農薬をごく少量スポット散布する工夫により、その農薬使用量を軽減した。このこ とによって、2006 年末からは化学合成殺虫剤を全面に散布する必要がなくなり、茶 園生態系のかく乱を抑えるシステムが確立した。
【ベトナムにおけるニーム散布剤登録】
ベトナムでは、この数年の間にニームに含まれる活性成分である Azadirachtin を 主成分とする殺虫剤が多数登録されている。 2010 年の農薬登録に関する資料によれ ば22製品がニーム散布剤として登録されており、化学合成農薬との混合剤も6製品 が登録されている(表2)。しかしながら、どの程度市場に受け入れられているかは 不明である。
表2 ベトナムにおける農薬登録された Azadirachtin を主成分とする製品の一例
【ベトナム北西部における実践例】
著者(濱)は、Vina Suzuki Tea Co., Ltd.
の経験を生かして、北西部の茶園でもニー ム散布剤を用いた茶栽培を行った。ベトナ ム最北西端の Lai Chau 省は茶の原産地と 呼ばれる中国雲南省に隣接しており、樹齢 数 百 年 の 茶 樹 が 点 在 し て い る こ と で も 有 名である。
省都 Lai Chau 市から南方 60km に位置す る Than Uyen 郡に製茶会社 Than Uyen Tea JSC.がある。標高 1000m に位置するこの元
図6 Lai Chau 省 Than Uyen 郡の茶園.
国営製茶会社は、契約面積を含めると 1100ha の茶園を管理し、収穫される茶葉から緑 茶を生産し、主に中東諸国に輸出している(図6)。
この茶園において、2009 年から現在までニーム散布剤のみを防除資材として使用 する試験を行った。その結果、2010 年には毎年春に発生する主要害虫ヒメヨコバイ による被害が、ニーム散布剤により周辺の農薬散布区と同等まで減少した。そのため、
この茶園では 2011 年からニーム散布剤のみで防除する栽培区の面積を拡大した。
この茶園で観察した特筆すべき点は、捕食性天敵であるクモ類の数が周辺の茶園に 比べて多いことである。一般に、ニーム散布剤はクモの生育に悪影響を与えないと言 われているが、2010 年の筆者らの調査によっても、クモの種類と個体数が多くなる 傾向が確認された。このことから、ニーム散布剤による防除効果には直接的な害虫抑 制に留まらず、天敵による密度制御効果が化学合成農薬に比べて高くなる可能性があ る。
【ニーム散布剤と天敵利用との組み合わせ】
ニ ー ム 散 布 剤 に よ る 防 除 に よ っ て 土 着 天 敵 に よ る 害 虫 抑 制 効 果 が 促 進 される例は、野菜栽培でも見られた。
著者(濱)は、南部の先進集約農業地 帯である Lam Dong 省 Dong Duong 郡の パプリカ圃場でも、ニーム散布剤を使 用した栽培を指導した。この地域は、
標 高 が 高 い た め ベ ト ナ ム 有 数 の 集 約 的 栽 培 地 域 で 農 薬 の 使 用 量 が 極 め て 高いところである。この地域の慣行の 化 学 合 成 農 薬 防 除 圃 場 で は 害 虫 の 抵 抗 性 の 発 達 や リ サ ー ジ ェ ン ス 等 が 問 題になっており、天敵の密度も極めて 低い。しかし、ニーム散布剤を使用し
た実験圃場には、慣行の化学合成農薬散布圃場では見られないコヒメハナカメムシの 存在が確認された(図7)。この圃場では、アブラムシやダニの密度も低く、アザミ ウマによる被害果実率が低く抑えられることが確認された。アブラムシやダニなどは、
ニーム散布剤に感受性が高く散布による直接的効果があったと考えられるが、アザミ ウマの場合、花の内部に生息するためニーム散布剤が届かない。しかし、殺虫スペク トラムの広い化学合成農薬をやめたことにより天敵(コヒメハナカメムシなど)が回 復し、これらの害虫の密度が低下した可能性がある。このニーム散布区では、若齢の 若虫から成虫までさまざまなステージのコヒメハマカメムシが観察された。今後、ど のようなしくみで天敵の回復がみられたのか調査する必要がある。土着天敵保護によ る生物的防除は、殺虫スペクトラムの広い化学合成農薬の使用を避け、選択性の高い 殺虫剤を使用して天敵を保護する(大野,2009)。ニーム散布剤を土着天敵保護によ る防除体系に組み込むことが可能なのか、さらなる調査研究が必要である。
【ベトナムにおけるニーム利用の課題と展望】
近年、益々安全な農産物生産の必要性が高まっている。これまで筆者らは、ニーム
散布剤について研究開発を進めてきたが、防除資材としての最も大きな問題点は、効
果が遅効性であり不安定であることと考えている。製剤の調整法を改変して安定的な
製剤を作出することが必要である。またニーム散布剤は、一般的に天敵に影響が少な
図7 確認されたコヒメカメムシの成虫.
ドキュメント内
バイオコントロール原稿
(ページ 36-44)