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◎対談◎ 江戸の医案を読む 第 18 回

ドキュメント内 0222_kanpo_no9_ol (ページ 68-75)

に微汗出でて気力もはっきりと成り,目を開き人をも 見知る。翌日より,少しづつ稀粥を望む。後には補中 益気湯に加減して用ゆる事数日にして全く愈たぞ。

秋葉 前回に引き続いて下津春抱の『本邦名医類案』

から医案をみていきたいと思います。まずは,半井瑞 策の医案です。70 歳の男性が傷寒を患い,他医が麻 黄湯を処方しましたが,かえってひどくなっています。

平馬 古稀ということで高齢ですので,麻黄湯は慎重 にすべきだったかと思います。傷寒で頭痛・発熱・身 痛の症状があって麻黄湯証にもみえますが,悪寒では なくて悪風ですから,脈は浮緊ではなく浮緩だったか もしれません。その場合は桂枝湯や参蘇飲などを用い るべきですが,麻黄湯を用いたことによってひどい発 汗が起こってしまっています。

秋葉 「汗浴するごとく」とありますが,これは「水 の流漓する如くならしむべからず,病必ず除かず」と

『傷寒論』で戒められている発汗のさせ方ですね。

平馬 へたくそな発汗のさせ方をしてしまったため に,邪が解せずにかえって正気が損なわれ,熱が盛ん になって意識障害をきたしてしまっています。しかも 脈が洪数ということで,一見邪が陽明に伝入したよう にもみえます。

秋葉 ここに復脈湯とありますが,あとの文をみると 独参湯のことをいっているようですね。

平馬 復 脈 湯 は ふ つ う 炙 甘 草 湯 の こ と を 指 し ま す が,炙甘草湯を使っているようなことは何も書いて いません。ですから,人参 1 味で脈を回復させると

『本邦名医類案』より̶̶ その

人参1味で気陰を補う

秋葉哲生先生

下津春抱

(近世漢方治験選集 別 下津春抱 『本邦名医類案』 

名著出版 p.30 〜 31 より)

平馬 人参湯のようなものよりもう少しマイルドに ゆっくりと体力を補おうという目的でしょう。こう いった手立てもとても参考になりますね。 

秋葉 こんなにデリケートな物の書き方をしているも のは,ほかにほとんどないです。

平馬 初めて見るような気がしますね。

秋葉 すばらしいと思います。しかも投薬し過ぎてし まったものを治療するという点で前回の医案(本誌第 8 号 p.72)とも共通しますね。前は承気湯類,緩下 の薬が過ぎてしまい,今回は峻剤の麻黄湯,発汗させ るための代表的な薬が過ぎてしまい,発汗過多になっ てしまった例です。「麻黄湯を用ひて数剤,而して汗 浴するごとく」と,誤治の結果,一時大変ひどい状態 いう意味で独参湯を復脈湯といったのではないかと

思います。

秋葉 なるほど。

平馬 この脈洪数ですが,重按すれば根のない虚の洪 脈だったかもしれません。そうすると,麻黄湯による 発汗過多で気と陰とを損傷し,気陰両虚の状態に陥っ たと診ることができます。気陰両虚に用いるのは例え ば人参・麦門冬・五味子からなる生脈散や炙甘草湯な どがありますが,人参そのものが補気の力が最も強い 薬であると同時に,白虎加人参湯や麦門冬湯の中に配 合されているように陰液を補う働きも兼ね備えていま す。ここでは緊急事態ということで人参1味のシャー プな薬効で気と陰を救おうとしたと考えられます。

秋葉 一種の救急医学ですね。ここは非常に印象的で す。この症例をみていて思い出したのが新井白石の『折 たく柴の記』という彼の自伝的随筆です。この序言に,

彼の父親が傷寒で人事不省になってもうダメだという ときにある医師が独参湯でこれを救ったとあるのです が,この医案と本当によく似ています。

平馬 独参湯を2〜3貼投与した後,経過を観察して います。そして鼻梁,鼻柱に微汗が出たということで,

これはたぶん邪正闘争で正気の方が勝ってきた徴候だ と診たのではないかと思います。こういった観察がと ても細かいですね。それによって予想通り気力・意識 も回復して,翌日には食欲も出てきています。

秋葉 鼻梁に汗をかいたのを見て,生気が戻ってきた という判断をしている,これは一種の口訣ですね。前 回の医案にもありましたが,とても微妙なところを非 常によく見ていますよね。さらにここで補中益気湯に 切り替えています。

■下津春抱(しもつしゅんぽう)

 生没年不詳(江戸中期)。摂津の人で,翠松軒と号した。著書,『本邦名医類案』

は,日本の近世名医の臨床治験例を多数収載した医案集である。全5巻,宝永6年

(1709)刊。岡本一抱序。 『漢方治験選集』に附録として影印収録されている。春抱は,

『小児方彙』の編者,下津寿泉の兄であるが,詳細は不明。

平馬直樹先生

になってしまったものを回復させているということで すから,これもとてもよい教材ですね。

半井

 一男,傷寒を患ふ。熱甚だしく頭痛項強,耳の前後 腫れ,筋脈拘急,身痛,胸膈痞満す。一医敗毒散を用 ひて効かず,更に多く汗し,心中咳逆,嘔して食を欲 せず,脈七動微弦。

 小柴胡湯

右薬を用いて六貼にして,諸証大半愈ゆ,大便五六日 通ぜず。

 小柴胡湯加大黄

右二貼にて大便通じ,諸証愈ゆ,但,食に味なく微咳す。

 六君子湯

 驢庵先生の曰く,此の証大便不通とて承気の類は不 用ぞ。

秋葉 次も半井瑞策の医案です。これも短いですが,

なかなか内容の濃いものですね。敗毒散というのはよ く出てきますが,これはどういう薬でしょうか。

平馬 これは『小児薬証直訣』か『和剤局方』のどち らかが出典の,ふつう人参敗毒散と呼ばれている薬だ と思います。後世方ではこの当時感冒や傷寒によく用 いられていました。

秋葉 「更に多く汗し」と書いてありますが,これは 発汗作用があるということでしょうか。

平馬 そうですね。そして体力を補うような人参が 入っています。しかし効かなかった。

秋葉 的確ではなかったのですね。「脈七動」という のは?

平馬 医者の一息の間に脈が7拍打っているというこ とです。5拍以上で数としますので,かなりの数脈だ と思います。

秋葉 なるほど。ここで瑞策は小柴胡湯を投与してい ます。

平馬 はじめの胸膈の痞満や,心中咳逆,嘔して食を 欲せず,脈の数と微弦,といった症候ももちろん小柴 胡湯の根拠となりますが,やはり決め手は耳の前後の 腫れでしょうね。『傷寒論』の 231 条に「陽明の中風,

脈弦浮大,而して短気し,腹都て満ち,脇下及び心痛み,

久しく之を按じて気通ぜず,鼻乾き汗を得ず,嗜臥し,

一身及び目悉く黄ばみ,小便難く,潮熱あり,時時噦 し,耳の前後腫れ,之を刺して小し差ゆるも,外解せ ず,病十日を過ぎ,脈続いて浮なる者は,小柴胡湯を 与う」と,小柴胡湯を耳の前後が腫れているものに用 いるという記述があります。耳の前後は少陽経の部位 ですから,この症候から邪が少陽胆経・少陽三焦経に あることがわかります。耳の前側には陽明胃経も走っ ていますが,前後というのが特にポイントですね。

秋葉 流行性耳下腺炎などに小柴胡湯を使う根拠にな るところですね。小柴胡湯を6貼服したところで,ほ とんどの症状が癒えたようですが,大便が通じていま せん。

平馬 陽明に邪が結していれば大承気湯,というのは 誰でも考えますが,『傷寒論』の 230 条に「陽明病,

脇下鞕満,大便せずして嘔し,舌上に白く胎する者は,

小柴胡湯を与うべし」とあるように,便通が不利なも のに小柴胡湯を使うケースがあります。この条文には 続けて「上焦通ずるを得,津液下るを得,胃気因りて 和すれば,身に濈然と汗出でて而して解す」と,三焦 経がうまく通じて上焦が通ずることによって津液が中 焦から下っていき,それによって胃気が調和し,体は 濈然と汗が出て解すと,その効果があるメカニズムが 書いてあります。このように小柴胡湯にはもともと胃 気を和すことによって便通をつける作用があります。

さらにこの条文の1つ前の 229 条には,「陽明病,潮 熱を発し,大便溏,小便自ら可,胸脇満去らざる者は,

小柴胡湯を与う」とあり,小柴胡湯が肝胆と脾胃を調 和させることによって下痢に対しても使われ,また先 ほどの 230 条の条文にあるように便通をつけること に対しても効果があるということがわかります。これ

承気湯類を用いず

小柴胡湯で胃気を和して便通をつける 耳の前後の腫れから小柴胡湯を選択

(近世漢方治験選集 別 下津春抱 『本邦名医類案』 

名著出版 p.31 より)

江戸の医案を読む 第 18 回/下津春抱『本邦名医類案』より̶̶その2

は今われわれがよく過敏性腸症候群の便秘型でも下痢 型でも加味逍遙散などを用いることと非常に似ている と思います。

秋葉 昔から古方家はこの辺を根拠にして小児の便通 をつけるのに小柴胡湯を使いますね。

平馬 ここでは承気湯で強く攻め下すのではなくて,

小柴胡湯に大黄を加えて便通をつけやすくすること で対処し,これによって大便が通じて諸症が癒えて います。

秋葉 ここは考慮した点ですね。「驢庵先生」という のは瑞策のことですが,「此の証大便不通とて承気の 類は不用ぞ」と念を押しています。そして最後に六君 子湯を使っていますね。

平馬 諸証が癒えたのちに食に味がない,かすかに咳 が残るということで,やはり脾と肺の気を補って調理 するという目的で六君子湯を選んだのでしょうね。

亀渓

 一男,歳三十。稟賦壮盛,常に飲酒,厚味を嗜む。

仲春,上気甚だしく面恰も朱のごとし。両耳鳴聾して 全く声音を聞かず。脈弦にして実。

 防風通聖散

 玄鑑先生の曰く,此れ上焦の痰火甚だしき症なり。

総じて別けて少陽,厥陰熱盛んなりと見たらば,通聖 散可なり。

 道三先生又曰く,予が祖伝にて,凡そ俄に耳聾して,

頭鬱冒せば,香蘇散,小柴胡湯,二方合し用ひ,百発 百中の効あるなり。用薬の心持ち,委細は医案雑記に 見へたぞ。

 春抱曰く,俄の一字,用薬の眼なり。

秋葉 亀渓というタイトルですが,文中にある「玄鑑 先生」のことを指しているようですね。

平馬 これは曲直瀬玄朔の跡を継いだ,曲直瀬の3代 目の今大路玄鑑のことだと思います。患者は体力のあ

る壮年の男性で,飲酒美食の習慣があります。もとも と痰飲を体の中に生みやすい食生活をしている人とい うことですね。

秋葉 こ の 時 代 の 厚 味 と い う の は, 今 先 生 が お っ しゃったような美食のことだと思いますが,具体的に はどういったものだったのでしょうか。

平馬 肉はあまり食べていなかったようですが,やは り魚,京都では鰤などの高カロリーのものということ でしょうね。

秋葉 魚も厚味のうちに入るのですね。ほかにも揚げ ものなどで油もそうとう使っていたのでしょうね。

平馬 耳の症状はどのように始まったのかわかりま せん。仲春とは春の3カ月の真ん中,つまり陰暦の 2月,今の4月ですね。これは天の陽気も上亢しや すい時期です。陽熱が上亢して耳鳴り・難聴をきた した。突発性難聴か,あるいはなにか感染症に伴う ようなものでしょうか。中耳炎なども考えられない ことはないと思いますが,これを玄鑑は上焦の痰火 がはなはだしい証と診断しています。耳の症状と脈 の弦実から厥陰経と少陽経すなわち肝胆の熱が盛ん な状態と判断しています。

秋葉 それに防風通聖散で対処していますね。

平馬 防風通聖散が肝胆の熱を冷ますというのは一般 的な考え方ではないと思いますが,玄鑑自身の解説に

「総じて別けて少陽,厥陰熱盛んなりと見たらば,通 聖散可なり」とあり,曲直瀬の学統の独特な使い方の ようにも思います。防風通聖散は,ふつうは風熱の邪 を感受して表と裏の両方に邪実があるときに用いる表 裏双解の剤とされますが,ここでは肝胆の熱,痰火を 取り除くのに使ったというのが非常に特殊なやり方の ようにも思えます。効果が出ているのがすばらしいで すね。

秋葉 そのあと曲直瀬道三の口伝として,突然の難聴 で頭が重くてすっきりしない場合には香蘇散と小柴胡 湯の合方で百発百中の効があると出ています。小柴胡 湯と香蘇散の合方は『衆方規矩』などにも出ており,

この辺のところは面白いところです。

平馬 そうですね。少陽経の熱邪が盛んな状態である ために突然難聴が起こるということはありえます。少 陽の熱邪が耳と頭に昇って難聴と頭が重くすっきりし

防風通聖散で肝胆の熱を冷ます

(近世漢方治験選集 別 下津春抱 『本邦名医類案』 

名著出版 p.164 〜 165 より)

江戸の医案を読む 第 18 回/下津春抱『本邦名医類案』より̶̶その2

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