個人データの国際移転を規制するEU指令は、具体的にはGATS上のどの条項の問題にあたるのだろ うか。
GATS上の関係としては、主に最恵国待遇(2条)、国内規制(6条)、市場アクセス(16条)の該当 可能性が考えられるので、以下で、それぞれの条文問題について検討する。
A:最恵国待遇(2 条)との関係
【関連規定】
● 最恵国待遇(MFN:Most-Favoured-Nation Treatment)・・・GATS 第2 条
1 加盟国のサービス及びサービス提供者に対し、他の加盟国の同種のサービス及びサービス 提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を与えなければならない。(=与えられた最も有 利な待遇をすべての加盟国のサービス提供者に与えなければならない。)
2 加盟国は、1の規定に合致しない措置であっても、「第二条の免除に関する附属書」に掲げ られ、かつ、同附属書に定める要件を満たす場合においては、当該措置を維持することが できる。
3 この協定の規定は、特定の地域で生産され、かつ、消費されるサービスを国境に隣接する 地域に限定して交換することを容易にするため、加盟国が隣接国に対して有利な待遇を与 えることを妨げるものと解してはならない。
最恵国待遇とは、通商条約等に基づいて加盟国の一方が他の第三国に対して与えているか又は将来 与えることのある最も有利な待遇を他の加盟国に対して与えることをいう。すなわち、WTOに加盟し ている諸外国の間では平等の扱う側面を有しており、これは無差別待遇とも呼ばれている。
本条は、GATSの基本原則である最恵国待遇原則を規定する。本条の下、WTO加盟国は、相互に即 時かつ無条件の最恵国待遇を同種のサービス及びサービス提供者に対して与える義務を負う(本条1)。
他方、加盟国は、一定の要件を満たす場合においては、第2条の義務に合致しない措置であっても維 持することができるとされ、限定的に最恵国待遇の義務からの「免除」を認められる(本条2及び第2 条の免除に関する付属書)。
また、GATT第24条3(a)の規定に倣い、国境隣接区域に限定されるサービスの交換は最恵国待遇義 務の例外とされる(本条3)。
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GATSでは、各加盟国の一般的義務として、即時かつ無条件の最恵国待遇を付与しなければならない のが原則である。これは、GATS1条及び28条で定義される各態様の下で提供されるサービスの競争条 件に影響を及ぼす「すべての加盟国政府等の措置」を意味する(GATS1条)15。ただし、GATS16条の ように約束表に記載される自由化約束の対象措置に限られない16。
そして、2条2の存在は、ウルグアイラウンド交渉時に、無条件・無制限の最恵国待遇の付与は途上 国等の「ただ乗り」を許容することになるという懸念が表明されて以来、各国の見解が対立した結果 の妥協の産物といえる。GATSでは協定発効時において、特定の約束に係る自由化交渉とあわせて交渉 を行った上で、これを当該国の第2条の免除に係る表(免除表)として、「第2条の免除に関する付属書」
に掲げることにより、この義務に関して原則10年間の「免除」が認められることになったからである。
このように、本条は「一般的義務」としての性格と、その「免除」を一定期間認めるという一時的・
例外的な性格とを組み合わせることにより、二国間の自由化交渉の成果を最終的に多数国間の枠組み の中で均霑し、サービス貿易の漸進的な自由化を図るという機能が付与されたということができる17。
最恵国待遇原則の違反可能性の例としては、EU-アメリカ間で構築されたセーフ・ハーバー枠組みに ついてアメリカに対して付与している待遇と、「十分性」審査を経ていない他国に付与している待遇と の差別が挙げられる。
EU データ保護指令によれば、EU の十分性審査で「十分性」要件を満たしていない国に対しては、
EUからの個人データの国際移転が原則禁止される(25条)。
アメリカは法制度全体についてはEUの要求する「十分性」認定を受けていないものの、セーフ・ハー バー枠組みに従い、商務省に登録された一定のアメリカ企業に対しては、EUから域外のアメリカへの 個人データの国際移転が認められている(形式的にはセーフ・ハーバー枠組みについて「十分性」を 認めた形)。
これに対し、「十分性」審査を終えていない日本、第29条作業部会の審査においては、「十分性」が 認められなかったオーストラリアといった国においては、企業が BCR などを利用しない場合には EU から域外への個人データの国際移転は原則として禁止される。
この点、ECのバナナ輸入制限事件における上級委員会報告(WT/DS27/AB/R)によれば、WTOに おける「無差別の」義務とは、法律上形式上の差別のみならず、事実上の差別に対しても適用される ものである18。
15 外務省経済局国際経済機関第一課『解説WTO協定』(財団法人日本国際問題研究所、初版、1996)483頁。
16 前掲注9、53 頁。
17 前掲注9、52 頁。
18 Jackson, supra note 6 at 964.
したがって、個人データ国際移転に関してEUの行っている措置は、国毎に差別的な待遇差を与えて いるといえる。これは、「貿易に影響を与える」措置として、最恵国待遇原則に反する可能性があるも のと考えられる。尚、アメリカ以外に、セーフ・ハーバー枠組みによる移転をEUに許されている国は これまで皆無である。
B:国内規制(6 条)との関係
【関連規定】
●国内規制(Domestic Regulation)・・・GATS第6条
1 加盟国は、特定の約束を行った分野において、一般に適用されるすべての措置であってサー ビスの貿易に影響を及ぼすものが合理的、客観的かつ公平な態様で実施されることを確保 する。
2 (a)加盟国は、影響を受けたサービス提供者の要請に応じサービスの貿易に影響を及ぼす行 政上の決定について速やかに審査し及び正当とされる場合には適当な救済を与える司法裁 判所、仲裁裁判所若しくは行政裁判所又はそれらの訴訟手続を維持し、又は実行可能な限 り速やかに設定する。加盟国は、当該訴訟手続が当該行政上の決定を行う機関から独立し ていない場合には、当該訴訟手続が客観的かつ公平な審査を実際に認めるものであること を確保する。
(b)(a)の規定は、加盟国に対し、その憲法上の構造又は法制の性質に反するような裁判所又 は訴訟手続の設定を要求するものと解してはならない。
3 特定の約束が行われたサービスの提供のために許可が必要な場合には、加盟国の権限のあ る当局は、国内法令に基づき完全であると認められる申請が提出された後、合理的な期間 内に当該申請に関する決定を申請者に通知する。加盟国の権限のある当局は、申請者の要 請に応じ、当該申請の処理状況に関する情報を不当に遅滞することなく提供する。
4 サービスの貿易に関する理事会は、資格要件、資格の審査に係る手続、技術上の基準及び 免許要件に関連する措置がサービスの貿易に対する不必要な障害とならないことを確保す るため、同理事会が設置する適当な機関を通じて必要な規律を作成する。当該規律は、こ れらの要件、手続及び基準が特に次の基準に適合することを確保することを目的とする。
(a)客観的な、かつ、透明性を有する基準(例えば、サービスを提供する能力)に基づくこと。
(b)サービスの質を確保するために必要である以上に大きな負担とならないこと。
(c)免許の手続については、それ自体がサービスの提供に対する制限とならないこと。
5 (a)加盟国は、特定の約束を行った分野において、当該分野に関し4の規定に従って作成さ れる規律が効力を生ずるまでの間、次のいずれかの態様により当該特定の約束を無効にし、
又は侵害する免許要件、資格要件及び技術上の基準を適用してはならない。
(i) 4の(a)、(b)又は(c)に規定する基準に適合しない態様
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(ii) 当該分野において特定の約束が行われた時に、当該加盟国について合理的に予想され得 なかった態様
(b) 加盟国が(a)に基づく義務を遵守しているかいないかを決定するに当たり、当該加盟国 が適用する関係国際機関の国際的基準を考慮する。
6 加盟国は、自由職業サービスに関して特定の約束を行った分野において、他の加盟国の自 由職業家の能力を確認するための適当な手続を定める。
本条は、加盟国が「特定の約束」を行った分野において、一般に適用される加盟国の措置のうち、サー ビス貿易に影響を及ぼす国内措置が合理的、客観的かつ公平な態様で実施されることを確保すること を加盟国に対して求める一般総則的な規定である。
本来の趣旨は、もともとは保健衛生、安全の保護、財政の安定化等の公共的・防衛的な目的のため の貿易制限である。しかし、個々の措置が分野毎に大きく異なるため、国際的に受入可能な規制とそ うでないものとの間に一般的な境界線を引くことが非常に困難であった。
そこで、ウルグアイラウンドでは、サービス提供者を規制する各国の主権的権能を是認した上で、
国内規制がサービス供給の権限・能力等の合理的、客観的かつ公平な基準と態様に基づき、貿易制限 的や差別的なものであってはならない旨の条件を付すこととなった19。例えば、免許・資格要件、技術 基準については、客観的かつ透明性のある基準で、サービスの質を確保するために必要以上に大きな 負担とならないことや免許手続自体がサービスの提供に対する制限とならないように確保されなけれ ばならない。
本条項のWTO違反該当可能性としては、GATS6条1、3、6との関係の問題が考えられる。
6条1項は一般に適用されるすべての措置に適用されるので、サービス貿易に影響を及ぼす個人デー タの国際移転に関するあらゆる措置に対して適用可能である。例えば、EUはデータプロセッシング分 野について特に例外を置かずに自由化約束をしている。EUの「十分性」審査の運用次第によっては、
これは客観性に欠ける不公平な貿易制限措置になりうる。
更に、サービスのモード1と2に関する海外事業者や消費者の越境取引に関する制限措置としては、
6 条3と6が問題となる可能性があるだろう。
19 前掲注9、87頁。