トップPDF Business Presentations Course Results 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

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Students felt that individual feedback received after their presentations helped them to improve. While student A commented on teacher feedback and E focused on the peer evalua- tions, K noted both sources: “It was good to get the peer evaluation feedback from other students and from the teacher”. Refl ecting on the different ages of the students in this elective class, B felt gratitude due to advice from seniors: “I’m not very good at speaking and listening to English, but I could learn positively because older students and the teacher taught me nicely”.

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『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『外国語学部紀要』発刊に際して 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

宇佐見 太 市  大阪十三にある第七藝術劇場で、柳家小三治ドキュメンタリー映画『小三治』を観た。 康宇政監督が当代随一噺家・柳家小三治に三年以上も密着して撮り続けた作品である。エド ワード・サイード魂に心打たれ、それを伝えたいという衝動に駆られた佐藤真監督が、己 感性で創出し、世に問うた作品『エドワード・サイード OUT OF PLACE』とイメージが重な った。両者とも、それぞれ被写体人間像がみごとに映し出されている。ふだん著作を通じ て読者が知りうるエドワード・サイード像からいくぶん漏れた未知なる部分を佐藤真監督が観 客にそっと垣間見させてくれたように、康宇政監督も、高座にかけられる小三治師匠完成さ れた芸内側に潜む噺家・小三治人間性をさりげなく表出した。四六時中、落語と格闘し続 けるひとり噺家ひたむきな生き方を私たちはここに見てとることができた。
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福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井七子教授 略歴および主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本人行動パターン」共著 山折哲雄、ポーリン・ケント(1997)NHK 出版 1-172 “Background Research for The Chrysanthemum and Sword Dialectical Anthropology”   共著 Pauline Kent(1999)Kluwer Academic Publishers 173-180 “The Lady of the Chrysanthemum: Ruth Benedict and the Origins of the Chrysanthemum and the Sword” 共著(2004)The Johns Hopkins University Press

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北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

昭和 46 年 4 月 関西大学大学院修士課程文学研究科英文学専攻入学 昭和 48 年 3 月 関西大学大学院修士課程文学研究科英文学専攻修了 昭和 48 年 4 月 関西大学大学院博士課程文学研究科英文学専攻入学 昭和 51 年 3 月 関西大学大学院博士課程文学研究科英文学専攻所定単位取得後退学 職 歴

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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 だが、同じく表 1 が示すように、A も B も、日常生活においては二言語を併用あるいは混合 していることに注目する必要がある。特に A は、キルギスを学んでいる外国人と話す際には、 ロシアが混ざらないよう努力すると証言しており、当該インタビューにおいては、主となる 言語がキルギスである通常会話に比べ、CS 発生頻度が特に低かった可能性が考えられ る。C も同様に、日常生活における言語使用について「ある人とはロシアで、別人とはキ ルギスで話す」と証言しており、いずれか言語が主となる言語として選択される場合があ ることも十分考えられる。すなわち、本稿で明らかになった CS 頻度とパターン・特徴が、各 インフォーマントに常に当てはまるわけではないである。
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杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2004 年 「ドイツ連邦共和国」大谷泰照/林桂子他編『世界外国教育政策 ― 日本外国 教育再構築へ向けて』東信堂 pp.257 85.(単著) 2010 年 「ドイツ」「オーストリア」「ポーランド」「関連事項解説」.大谷泰照監修,杉谷眞佐 子,脇田博文,橋内武,林桂子,三好康子(編)『EU 言語教育政策 ― 日本外国 教育へ示唆』くろしお出版 .「関連事項解説」pp.1 6;「ドイツ」pp.53 69;「ポ ーランド」pp.283 296;「オーストリア」pp.187 202. (単著,「オーストリア」は一部, 今堀志津氏と共著)
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ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ゴードン・スコット・ジョンソン教授 略歴及び主要業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

単著  平成元年 3 月  関西大学経済政治研究所 「研究双書」 第 67 冊 pp. 130-155. “Sketch-tour books and prints of the early twentieth century” 単著  平成 2 年 1 月  Andon Vol. 10, No. 37 pp. 3-33. “The ‘Sketch-Tour’ Books and Prints and the Role of Osaka Publisher KANAO Tanejiro” 単著  平成 3 年 3 月  関西大学経済政治研究所「研究双書」第 77 冊 pp. 86-127. “The Japanology Class and the Audio-Visual Center”

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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ルクセンブルクが国語として法的に規定されたは 1984 年ことであり、国象徴と位置 付けられている。文学作品もルクセンブルクで書かれたものがあるが、学術言語として整備 されているとは言い難く、実際に学問を担っているはフランス語とドイツである。ドイツ は学術言語としても成熟しているので、ルクセンブルク人にとってはドイツを通じて勉学 を行うが最も効率的である。小学校では、まずドイツが主たる授業言語として用いられる はそのためである。しかし、学年が上がるにつれてフランス語が学術言語として機能を担 っていくシステムになっている。ルクセンブルクを学術言語として自立させるためコーパ ス政策を行わず、ドイツとフランス語を使用するがルクセンブルク特徴だ。また、欧州 有力な言語であるドイツとフランス語を使うことができるメリットは計り知れないほど大 きく、アイデンティティ言語としてルクセンブルクを話し、実用言語としてはドイツとフ ランスを使うというルクセンブルク多言主義は現実的な形態であるといえよう。  外国学習では、母語に近い言語を学ぶ方が系統的に遠い言語を学ぶより容易であるは言 うまでもない。ルクセンブルクで公的地位を有するルクセンブルク、ドイツ、フランス語 言語間距離を考えれば、ルクセンブルク人にとって複言語主義がどの点で難しいか、あるい は容易であるかがわかる。また、英語と関係も見ておかねばならない。ドイツとフランス が重要な役割を果たす欧州においても、英語重要性は増すばかりである。公的地位を有す る 3 言語学習に加えて、英語学習もルクセンブルクでは必須である。さらに、人口約 43% 2) を占める外国人住民存在も、多言形態に影響を及ぼしている。外国人で最も多い
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 それ以降、それまで頻繁にしていた家出は二度としませんでした。私幼児期家出は、私 癇癪発作と同様に、家庭内罪と考えられていました。実際には 2 回しか家出したを覚 えていませんが、どちらも大事でした。最初家出はその後にジレンマを感じたからよく覚え ています。私が 3 ∼ 4 歳頃、母が用事で 3 ∼ 4 日外出するので、その間絶対に家出をしない ように約束させられました。でも私は家出をしました。母が帰宅してから約束を破ったことを 母にとがめられましたが、私はその理由を言うことを拒否しました。母は私が話しをするまで 家に閉じ込めると決めました。でも私を家に閉じ込めてもあまり効果はなく、一日一日とそれ は延長されました。話しをしさえすれば、罰から解放されるは確かでしたが、私は母に話し をすることはできませんでした。今振り返って考えると、家出と家出にまつわることは、私世界であり、別世界について母に話すことはできませんでした。家族みんなが私に手 を焼きました。ためしに私が石油缶栓を開いて木小屋にそれをまいた時、母は罰する ことをやめました。私は何をしでかすかわからないような子だったので、みんなに迷惑をかけ るだけでなく、悪意に満ちているかような存在でした。ある朝、母は私を一階寝室に連れ て行き、私が話しをするまで何も食べてはいけないと言いました。その時自分苦しみをよ く覚えています。家族は正午に食事をし、午後時間が経っていきました。みんなは夕食を食 べ、電気が灯されました。母は私隣に座って、ほぼ一日待ちました。やっと私は、話し始め ました。その解放感たるや、まるで本当に酔ったような気持ちでした。今まで成し得なかった 最も困難なことを成し遂げたです。母は私を食堂に連れて行き、ランプもとで二人だ けで食事をしました。
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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

there is a Twitter team dealing with it. ― Marketing, November 28, 2012  「E メール」意味では、email だけでなく email message という表現も使われる。次例を 見て欲しい。 (12) Correction: As my colleague Brad Stone–and a number of commenters on this blog pointed out, Steve Jobs did, in fact, disclose his pancreatic cancer after he was operated on in 2004. He did so by sending an email message to Apple employees after his successful surgery. I still think it would have been more appropriate for the board to make the announcement to shareholders. Nonetheless, I stand corrected.
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どのようにその週が過ぎたか上手く説明できない。今彼顔を正面から見つめている冷徹 な結びつきよりも死方が好ましいかように、そして、唯一可能な選択は彼財産をマリア ンに譲り自分存在を終わらせることであるかように感じられる瞬間がレノックスにはあっ た。また、それなりに自分運命と折り合いをつけているかような瞬間もあった。彼はただ 自分が持っていた古い夢や幻想を集めて、膝上で折ってしまいさえすればそれでよかった だ。それでことは済むだ。しかしそうはせずに、合理的かつ適度な期待こもった立派な束 を集めて、それを結婚式白いリボンで束ねることはできないだろうか?彼愛は死んでし まった。彼若さも死んでしまった。それですべてお終いだった。そこから悲劇を生みだす必 要などなかった。彼生命力は弱く短命であることが宿命であったので、消えてしまう なら結婚後よりも前方が良かった。結婚に関していうなら、それは予定どおり執り行われ るべきだった。なぜなら、それは必ずしも愛問題ではないからだ。彼にはマリアン将来を 奪ってしまうために必要な残酷な首尾一貫性に欠けていた。もし彼が誤って彼女を過大評価し ただとしたら、その責任は彼にあり、その罰を彼女が支払わなければならないとすればそれ は残酷なことであっただろう。彼女に問題があったとしてもそれは意図的なものではまったく なく、彼自身に関するかぎり、彼女意図が善意にもとづくものであることは明らかであった。 彼女と一心同体とはいかなくても、少なくとも彼女は誠実な妻であり続けるであろう。  この暗澹とした理屈力を借りて、レノックスは結婚式前夜にまで漕ぎつけた。これに先 立つ週、エベレットに対する彼振る舞いは一貫して優しく親切であった。彼愛を失うこと によって彼女はとても大切な宝物を失ってしまっただと彼は感じた。その代わりに彼は、尽 きることない忠誠を彼女に捧げるであった。マリアンは彼元気なさや何かに心を奪わ れているような感じについて聞いてみたが、調子が良くないんだと答えるだけだった。水曜日 午後、彼は馬に乗って長時間外出した。陽が沈むころ帰宅し、古くからいる家政婦に玄関で 会った。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言」から東アジア優勢言語へと成り上がったである。日本語変化は、江戸時代以来、西 洋新知識を受け入れてきた結果であるが、その過程で漢字による新語・訳語が決定的な役割 を果たした。  言語は知識受容と伝達媒体であり、社会生活と密接に相互作用を及ぼす関係にある。西 洋新知識導入は、中国近代化へ変化を促進し、同時に中国社会種々近代的変化 が中国によって記録された。また、漢字文化圏存在により、中国近代化は中国内だ けにとどまらず、東アジア全域に拡大した。中国と中国近代が分かち難い関係にあると 同様、漢字漢文は東アジア近代化と密接な関係にある。西学東漸という大きな流れ中で、 中国は漢字文化圏言語に大きな影響を及ぼす一方、漢字文化圏言語からも影響 を受けた。特に日本語影響は非常に大きかったが、中でも最も重要なことは、漢字を利用し て西洋新概念を受け入れるという問題における「共創、共享」である。漢字文化圏内では、 多く抽象や時代キーワードが同形(または同音)という形式で存在しているが、これ は地域内言語接触、語彙交流結果であることは疑問余地がない。一方、各言語における 同形(同音意味、用法上相異は、それぞれ国や地域が西洋新知識や新概念を受 容した過程を反映したものである。近代新知識受容と表出には新しい語彙と表現様式が必要 である。厳復翻訳が最終的に中国社会に受け入れられなかったことは言語面において社会 要望を満たせなかったからであるといえるだろう。新しい語彙と表現様式、特に専門分野に おけるキーワードや基本用語形成は、近代学問体系が成り立つため基盤である。キーワ ードや基本用語歴史は、往々にしてその学科形成史であり、言語近代化に関する研究は、 「近代」と冠するその他研究分野基礎である。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

在形誤用が 1.8%であったと比べるとかなり確率で完了用法に現在形誤用が見られ、イ ンフォーマントにとっては複合過去形が現在時事象とは結び付きにくいことを窺がわせる。  以上研究報告から日本語を第一言語とする学習者が作り上げる複合過去形学習文法一 例をまとめてみよう。複合過去形役割は事行で表される出来事を終了局面から捉え、完結し た事柄として表すことにあったが、学習者文法知識中では、事行から想起される「長さ/ 短さ」という概念を指標として構造化されている。半過去形誤用と対照的に複合過去形は事 行が表す事柄短さと結び付いて概念化される。「短さ」を想起させる文要素指摘はない が、半過去形誤用例から類推すると、動詞(句)、時間表現などが考えられるだろう。動詞に ついて言えば、半過去形と結びつきやすい状態動詞対局にある動詞、すなわち動詞意味内 容に完了点を含む完了動詞、到達動詞は「短さ」を想起させ、複合過去形と結び付きやすいと 言える。複合過去形を概念化するもう一つ指標は時間軸である。複合過去形は「過去」とい う概念と密接に結び付いている。過去事に成立した事行結果が現在時において確認される完 了用法、特に結果相は「過去」という時間軸上指標から外れており、学習者が考える複合過 去イメージとは強く結び付いていない。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  ギブズ先生と初めて言葉を交わしたは、もう 20 数年も前ことになる。2 m はあろう細 身・長身先生を仰ぎ見るようにして、15 分程度、他愛ないお話をさせて頂いただが、今 でもその時ことを鮮明に覚えている。その理由は、先生使われた日本語流ちょうさに、 ただただ舌を巻いた強い印象があったからである。日本語が母語私たちでも、決して真似 できない、折り目正しい言葉使いであった。あれから 20 年以上も経っただ。年月流れ速 さを感じるとともに、強い寂しさを感じずにはいられない。
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英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「太郎は億万長者になった」という表現も、涙ぐましい努力結果に太郎が億万長者になった か(「動作主」として行為したか)、予期しない遺産が転がり込んで億万長者になった(「非 動作主」だった)かはっきりしない。このように「ナル」は、「動作主」を「非動作主」にす るにはうってつけ動詞である。出来事中で「個体」として「人間」が「動作主」として いかに自立的に働こうとも、「ナル」はその「個体」を出来事全体部分とし、人間を出来事全 体一部としてとらえる(池上,「表現構造」103-04)。この意味で、英語は「スル」的な言語 で、日本は「ナル」的な言語だと言うことができる。英語では、「何者かが何かをする」よ うに表現しようとする傾向があるに対して、日本ではとかく物事が「おのずからなる」よ うに表現しようとする傾向がある。英語表現における特色を、かりに人間本位的と言うならば、 日本語における特色は、自然本位的あるいは非人間的ともいえる。
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碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  過去様々な出来事について分からないことがあると、私は迷うことなく平田先生に尋ねて みることにしている。「先生、~について教えてくださいますか。」すると先生は、「竹内君、そ れはね、~だよ。」と気さくに、そして明快に教えてくださる。私にとっては(そして多く同 僚にとっても)、平田先生は、まさに生き字引ような存在なだ。先生はお忘れかもしれない が、「現在出来事意味は、歴史流れを解さずには分からない」とおっしゃっていたこと を、私は折りにふれて思い出す。けだし名言である。その平田 渡先生が、実に 40 年長きに わたる関西大学学究生活を終え、ご退職になられる。寂しい限りである。
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国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際協働プロジェクト参加を通しての「学びの質」 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際協働プロジェクト参加を通して「学び質」 A qualitative study of learning through participation in international volunteering 八 島 智 子 This paper focuses on international volunteering projects implemented for educational purposes by a non-profit organization and reports on a qualitative analysis of participants’ experiences from the perspective of intercultural learning. The study analyzed data from nine college-level participants who were interviewed and 189 who responded to a questionnaire administered after they completed each project. The interview questions focused on various aspects of the project including the reasons why they decided to participate, how the work was organized, human relations, as well as what they believed they learned from the experi- ence. The analysis of the interviews used open coding and categorization procedures based on a grounded theoretical approach (Strauss & Cobin, 1998) and M-GTA (Kinoshita, 2007). The analysis yielded 26 categories that were graphically represented to indicate hypothesized rela- tionships between categories. The analysis of the questionnaire data used the KJ method. Here, 432 comments were abstracted to 45 subcategories then to nine major categories, which were also graphically represented. The analysis of these emergent categories and of relationships between them revealed what participants went through as they took part in these international volunteering projects as well as the impact the experience had on their self-concept, mindset, emotions, and future image of themselves.
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

“school”=「学校」、 “lessons in things like music, dance, and tea ceremony”=「音楽や踊り、茶 道など授業」、“training”=「訓練」といった、単に辞書的な意味をそのままあてはめただけ 、「文脈」を無視した訳語選択にある。  “school”は「学校」でよいだろうか。たしかに、辞書的な意味では「学校」(と一般的にわ れわれが呼んでいるところもの)でよいだが、ことばはそれが使われるコンテクスト ― この場合は対象文化や時代背景等「小説世界」という枠組み ― 中で考え、再分析しない と適切な「意味」(したがって訳語)を与えることはできない。上記例も、そういう視点から 見れば“training”は「(日本で「習いごと」について一般的な用語である)お稽古」であ り、“lessons in things like music, dance, and tea ceremony”は「(芸者が基本的な教養として 身につけるべき)三味線やお囃子、踊り、お茶作法など」「お稽古」ということになる。 “school” はそういうお稽古を受ける場所を指す。
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稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

稀代の目利き、福井七子先生へ贈る言葉 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 先生は稀代目利きである。たとえば、研究テーマを例にとると、先生選ばれた日本文化 論テーマは、年月を重ねるにつれて、今日性が増しているように思える。通常ならば、歳月 とともに時代性を失い輝きを減ずるものだが、先生テーマをそうではない(ここでは紙幅 関係でたった 1 - 2 行で表現しているが、とても希有なことであり、驚きに値する)。先生目 利きぶりは、何も学問話だけではない。ちょっとした小物でも、お店でも、食べ物でも、普 遍的で価値高いものを選ばれているように思う。先生にお薦め頂いたものに外れはない。  人を見る目も同じである。先生人物評は端的にして、的を射ている。その時は分からなく ても、そして表面的には見えていなくても、後になって「じんわり」とその意味がわかってく る。時にその慧眼ぶりに、「怖い」と思うことすらあった。しかし、決して相手を貶めるような 評ではなく、そこに先生持つ上品さを感じる。
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存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

存在命題の意味論的分析―フレーゲ再考― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Ⅵ.フレーゲ「『レオ・ザクセが存在する』は自明である」(本稿Ⅲ)に対して  フレーゲは、概念を主語とする一般存在命題だけでなく、固有名を主語とする単称存在命 題(singular existential propositions)についても、〈存在〉は主語固有名が指す個体属性 ではありえないことを主張する。上述ように、フレーゲ論敵ピュンヤーは、命題「ザクセ は人間である(Sachse ist ein Mensch./Sachse is a man.)」から命題「人間が存在する(Es gibt Menschen./There is a man.)」を導き出すためには、命題「ザクセが存在する(Sachse existiert./Sachse exists.)」も必要であると主張するに対して、フレーゲによれば、命題「ザ クセが存在する」は、命題「ザクセは人間である」自明な前提であり、余分(überfl üssig/ superfl uous)である。両者違いは、結局、「存在する」機能に関する理解違いから来る と思われる。ピュンヤーは、「存在する」が個体何らかの属性を表すと見なしており、彼にと っては、「人間が存在する」を導出するためには、「ザクセは人間である」に「ザクセが存在す る」が付け加わる必要があった。しかし、フレーゲにとっては、「人間が存在する」は個々人 間にとって命題ではなく、「xは人間である」xに当てはまる対象が 1 つ以上あること、す なわち、∃ xHx(Hx:x は人間である)を意味するから、「ザクセは人間である」が与えられ れば十分であった。この論理的導出に関する限り、フレーゲ主張に何異存もない。  しかし、ここで、「レオ・ザクセが存在する(‘Leo Sachse existiert/exists’)」は、個体レ オ・ザクセについてではなく、 ‘Leo Sachse’ について命題であり、その文は ‘Leo Sachse’ は空虚な音ではなく、何かを指示することを意味するというフレーゲ主張には、大いに異存 がある。この主張は、指示矛盾を避けるために時々用いられる。指示矛盾とは、‘Leo Sachse does not exist’ ような存在否定文において、これがもし個体レオ・ザクセについて命題 なら、‘does not exist’ が述語されるべき主語 ‘Leo Sachse’ 指示する対象が、そもそも存在 していないことになるので、‘Leo Sachse does not exist’ はナンセンスであるという矛盾であ る。ギーチも言うように 25) 、これは明らかに、名前指示(reference)と名前持ち主(bearer)
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