トップPDF 博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

博識無双の凛然たる人、北村裕教授 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 私畏敬する人生友、北村教授が満 65 歳定年を迎えて本学を退かれる。言い知れない 寂寥感を覚えてならない。  外国学部前身である外国教育研究機構(2000 年 4 月発足)機構長を 4 年半長きに 亘って務められた北村教授は、当時学長コーナーならびに全学共通教育推進機構と度重な る交渉・折衝に骨身を惜しまず専心された。日本外国教育学に高遠な理想を掲げ、変通自 在才に長けた北村教授犀利で俊敏な学内行政感覚は、類いまれなものであった。戦国時代 争乱世に生きる武将勇姿そのものであった。解決すべきすべて懸案事項に対して北村 機構長は、うわべを糊塗したり言い逃れたりはせず、責任は一身に背負い、正々堂々と真正面 から対峙された。志操堅く信義に篤かった。はたで見ていて清々しく、私は常に畏怖念を抱 かざるをえなかった。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ていつも彼がするスピーチはせずに、観客に向かって大きく口を開け、どっしりと椅子に腰を 下ろした。しかし大佐は、短い間あと、その難局に挑んだ ― というより、堂々とした態度 でそういう状況に身を置いた ― そして、わずかばかり観客(その半分は寝ていた)に向か って、まるで彼らが知性と流行代表であるかように話しかけた。彼話し方は古かったと しても、彼話す内容は新しかった。彼にはアイデアがあまりにもたくさんあり、同じことを 繰り返すということがなかった。彼が説明しようとしているアイデアは軽薄な私理解力を超 えていたが、掛け値ない彼豊かなインスピレーションによって、独創的な才能に対する彼 主張が正当なものであることを私は半ば確信した。P 町で無反応な知性に対する彼訴え に何か恐ろしく悲しいものがあったとしたら、「エクセルシオール・ホール」陰気な空虚感を 相手にしている彼を座って見ていることは、ほとんど耐え難いまでに私を惨めな気持ちにした。 ギフォード嬢が前に出てきたとき、寝ているは目を覚まし、少なくとも寝返りを打った。彼 女はまだピンクドレスを着たり造花装飾を身にまとったりはしていなかったが、あちこち にそれら兆しが芽生えているように見えた。首回りにはひだ飾りが飾られ、黒いドレスに 色つき帯を締め、髪には巻き毛がいくつか見られた。しかし、彼女態度はこれまでどおり 子どもっぽく、質素で落ち着いたものだった。空席は彼女には否定的な意味を持っていなかっ た。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

として文学者苦悩や秘めた思いを追求する松浦和夫は、著書『文学者 知られざる真実』 (2012) 中で以下ように記している。  いったんは法学部客員教授になり、そこから転じた慶応 SFC 教授職に江藤は適 応することができなかった。その学部はコンピュータと語学を重視して世界に通用す る学生を育てるだそうだ。江藤は IT 技術を嫌った。SFC 教員へ事務連絡はす べて E・メールでなされていたが江藤教授には事務職員が書類を持参していた。効率 だけでは学問はやれぬと学部雰囲気にも違和感を擁いていた。『SFC は慶応か』と つぶやき三田にあるというアカデミズムに最後まで共感していた。江藤は三田にある 法学部で、研究室からイタリア大使館裏庭が見えると喜んでいた。彼妹が嫁いだ 国大使館である。学生時代に自分通った三田キャンパスとその周辺に蓄積された 伝統街に江藤は郷愁を感じていた。ほかでもない福沢諭吉が開いた三田キャンパス に教授として通うことを夢見ていただ。かつて閉ざされた夢を。(松浦和夫 46)  現に江藤は著書『作家は行動する』(1959)において、自然科学的研究態度よりも、人間を 相手にする文学的態度を好んでいる様子が見て取れる。江藤にとって湘南藤沢キャンパス環 境情報学部は、文学的本領を発揮できる場所ではなかったようである。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文学は実学だ、とぼくは思います。人間にとってだいじなものをつくってきた。あるい は指し示してきた。虚学ではない。医学、工学、経済学、法学などと同じ実学です。人間 基本的なありかた、人間性を壊さないためいろんな光景を、ことばにしてきた。文章 才能をもつたちが、人間現実を鋭い表現で開示してきた。だから文学という 間をつくるもの、人間にとってとても役に立つもの、実学なだと思います。…………… ………………………………………………………………………………………………………… そういうなかで文学現実的な力を再認識しなくてはならないと思います。その実学信 頼度を高めるためには「批判」を受けいれていく環境にしていくことが重要なですが、 それがいま内部からくずれつつある。…………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………  文学は、実学です。厳密な文章で、人間繊細な部分、深い心理を教えてくれる。人間 大切なものを教えてくれる。その意味で、虚学ではなく、実学なであり、その実学と して働きを無視したところで、いま教育も行われています。…………………………… ………………………………………………………………………………………………………… 文学は無用もの、役に立たないものという見方こそどうかすると怖ろしいもので、文学 を遠ざけたことも一因となって、ことばや文章に即してものを考えたり、確認する機会が なくなり、心に対する想像力が乏しくなりました。身も凍るような、怖い事件が多発 していますね。(荒川洋治 199-226)
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

―学習コンセプト  教材学習コンセプトは大きく 2 種類に分けられる。Alphabetix、『話してみようフランス 』、『場面で話すフランス語 1』はフランス語でコミュニケーションを行うことを念頭に編ま れた教材である。特に後二者はそのタイトルが明示すように、フランス語で発信する能力を養 成することを念頭において製作されている。Alphabetix と『場面で話すフランス語 1』では機 能・概念シラバスが採用されている。前者では各課に単一あるいは複数社会的あるいは機能 的コミュニケーション目標(ex. 自己紹介する、注文する、情報を求める)が設定される。後 者では各課に「家族」「持ち物」ような大きな概念テーマがあり、そのテーマに応じて「家族 について話す」「持ち物を言う」などコミュニケーション各場面が展開される。文法要素や 語彙・表現はこれらコミュニケーション目標を実現するため「道具」として配置されてい る。『話してみようフランス語』は機能・概念シラバス他に文法項目がテーマとなることもあ る(ex. 6 課:~へ行く、~から来る、8 課:~するつもり、~したばかり)。一方、『ピエール とユゴー』と『カジュアルにフランス語』は、実践的な会話練習を取り入れながらも、伝統的 な文法中心学習進度に従って構成された教材である。前者は物語主人公である二少年 が旅途中で出会う事柄(ex. 3 課:切符がない)が各課会話エピソードとして取り上げら れる。後者は 4 技能養成を重視する傾向に対応するため、「無理なくフランス語基礎がバラン スよく身につく(『カジュアルにフランス語』「はじめに」より)」ことを目標としており、大学 生日常生活場面(ex. 4 課:映画、9 課:キャンパスで)を題材に各課会話が作られてい る。両者ともに会話は日常的で自然なフランス語になるよう配慮されているが、会話テーマ と学習する文法項目や語彙と機能・概念的関連性はほとんど見られない。
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アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アディナ ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

念につきまとわれた。ついにその疑念があまりにも大きくのしかかってきたので、私は小型 馬車を雇い再びアルバーノに戻った。午後遅く宿に到着したが、スクロープたちに宿で会える かどうか分からなかった。実際、彼らは散歩に出かけていて、宿主人も彼ら行先を知らな かった。彼らが帰って来るまでその小さな汚い町をぶらぶらする以外にすることがなかった。 アルバーノ湖ほとりカプチン派修道院を覚えておられるだろうか?私はそこまで歩いて 行った。教会入り口がまだ開いていたので、私は中に入って行った。夕暮れが教会隅に忍 び寄っていたが、何か信仰上儀礼か、多くろうそく灯りで祭壇は明々と照らされていた。 薄暗い中で、ろうそく灯りは絵ようにきらきらと輝いていた。あちらこちらでひざまづい た人影がぼんやりと自ら存在を示していた。それは組み合わされた明暗が織りなすちょっと した作品だった。私は座ってそれを楽しんでいた。しばらくして、私近くに座っている若い 女性が熱心に祈っている姿に気がついた。手は膝上に組んで置かれていた。顔は上を向き、 奇妙に開いた目は光輝く祭壇を見つめていた。ご存知とおり、私たちは家庭暖炉輝き 中で様々なことを想像するものだ。この若い女性はろうそく中で恍惚とするような啓示 を読み取っているように見えた。彼女表情がとても特異で、それが彼女正体を偽装してい たので、自分がアディナ・ワディントンを見ているだという認識は突然衝撃とともにやっ て来た。私は彼女同行者を探したが、彼女は一ようだった。彼女をこっそり観察する権 利は私にはないように思えたが、彼女に声をかける気にも黙って立ち去る気にもなれなかった。 夕闇がせまっていた。彼女に連れがいないとはどういうことなだろう?彼女は残りたち を待っているだと私は結論づけた。多分スクロープは、ご婦人たちには許されない特権、つ まり、修道院テラスから夕日を見るために中に入って行き、ワディントン夫人はスケッ チためメモをとるために教会外をぶらぶらしているだろう。私は向きを変え教会側 壁に沿って反対側にいるその若い女性に近づいた。今度は私が近づいてくることに彼女が気づ いた。祭壇から目を離して私方を向き、しばらく私顔を見つめていたが、どうやら私だと 気がつかなかったようである。しかし、ついに彼女がゆっくりと立ち上がったとき、彼女が私 に気づいたことが分かった。彼女はカトリック教徒になり異端者である友人たちと袂を分かつ 準備をしているだろうか?
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 北村先生これまで人生は、長く苦しい戦い連続だったと思う。様々な難局を乗り越え、 3 分ほど人生を過ごされてきたように見える(決して大袈裟ではないだろう)。ここから先 は、どうかお体をいたわり、楽しいこと、美しいことだけを考えて、のんびりと過ごして頂き たい。これまで人生に、真剣に向きあって格闘してこられた方にのみ、休息意味はわかる ものだ。そう考えると、先生は休息を堪能するに値する方だ、と私は思う。
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北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村裕教授 略歴及び主要研究業績 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

昭和 46 年 4 月 関西大学大学院修士課程文学研究科英文学専攻入学 昭和 48 年 3 月 関西大学大学院修士課程文学研究科英文学専攻修了 昭和 48 年 4 月 関西大学大学院博士課程文学研究科英文学専攻入学 昭和 51 年 3 月 関西大学大学院博士課程文学研究科英文学専攻所定単位取得後退学 職 歴

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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この画像を見れば一目瞭然だが、「宝石箱」は jewelry case と表現されるようになって来て いる。今度は、この jewelry case に plastic を付けてみて「CD ケース」を表すかどうか調べて みた。plastic jewelry case は「プラスチック製宝石箱」を表している事が分かる。  つまり、まとめると、jewel case は「宝石箱」意味だったが、「CD ケース」を表す事もで きるようになり、「宝石箱」と「CD ケース」二つ意味間で曖昧になり、「宝石箱」場 合には jewelry case が jewel case に取って代わられるようになり、曖昧さが回避されるように なって来ているである。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 言語間習熟度に濃淡はあれ、3 言語習得はルクセンブルクアイデンティティー礎 であり、どの言語を欠かすわけにもいかない。ルクセンブルクが最も得意な言語はルクセン ブルクであるが、ルクセンブルクを政治・経済・学問領域で本格的に使用するには綿密 なコーパス政策を展開せねばならず、そればかりかフランス語とドイツを主要言語とするメ リットが失われることにもなるので損失は大きい。したがって、フランス語とドイツ役割 を減じるような言語政策は国益に反するだろう。言語レベルだけを考えるならば、ほとんど母 として習得が可能なドイツを主要な公用とするがルクセンブルクにとって最も現 実的な選択肢となろう。だが、ドイツに国土を占領された経験を持つルクセンブルクにとっ て、ドイツと同じ言語を国語とすることには抵抗感がある。最近では、特に若年層でドイツ態度が好転しており、居心地がいい外国一位にドイツが入っている点は特筆すべきであ る。また、最も得意な言語 2 位にドイツが位置していることを考えるならば、ドイツ 使用域拡大環境が整っていることを示唆している。しかし、憲法が規定するフランス語司 法上優位性と、主たる学術言語をフランス語が担う言語教育政策を守り続ける以上、フラン スを上位言語とする 3 言語主義は変わらないだろう。特に、EU ではフランス語が英語と並 ぶ「作業言語」(working language)として使われているため、EU 主要機関が立地するルク センブルクにとってフランス語を主要言語とするメリットは計り知れないものがある。ただし、 ドイツにもフランスにも依存しない独立国であることを示すには、ドイツとフランス語バ ランスを取ることが重要になる。ドイツとフランス語というヨーロッパ 2 大言語を公的に 使用することで、幅広い通用性を持つインフラを提供しながら国際的な求心力を得るが小国 ルクセンブルク生き方であるからだ。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

意味で共通悩みなではないかと思っている。ベネディクトが抗い難い時代軋轢に悩みな がら、いうならば当時社会絶対的な基準や常識と考えられていたことに対してどのように 対応し、諸問題をいかにして切り崩していこうとしたか、彼女底知れぬ強さと忍耐過程 は猛烈な模索期間であるとともに、彼女個を求めていくことに繋がっていくことでもあった。  マーガレット・ミードとベネディクトは一時期、同性愛関係にあったことは事実である。 しかし、その関係は長くは続かなかった。本著を翻訳している過程で、私たちは何度も同性愛 やフェミニズムについて討論した。同性愛という観点からベネディクトをとらえ、書かれた著 書もある。それも研究として可能かもしれない。しかし、ベネディクト書いたものに触れて いると、そのように結論を出すは少し短絡的ではないかと感じさせられる。ベネディクトは 理屈っぽく、幼いころには自分自身をコントロールできず、激しい癇癪に悩まされていた。自 分気持ちを理解してくれる相手を希求していた。ミードとは違い、ベネディクトは自分気 持ちを率直に外に出すタイプではなく、内にこもっていくタイプ女性であった。肉体的 なハンディ、つまり片方聴力が極端に悪かったことも一因かもしれない。しかし、それだか らこそ、一時期ミードがベネディクトに果たした大きな役割は、重要なものであったことも想 像に難くない。聞き取れない講義をミード援助によってハンディを軽減されたも大きな助 けとなったであろう。性格においてもミードとは異なるが故に、惹かれるものがあったも事 実であろう。ミードにとっても、ベネディクトは魅力ある人間であった。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

その若者が成し遂げたことは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループ栄光と繁栄に貢献 するが、賛辞は若者に与えられた。捕まえた馬を分配したり、バッファロー肉を分配する栄 光に浴するもその若者であった。そしてその若者貧しい家族は彼武勇を自慢し、居留地 まわりを行進し、彼業績を叫んだ。彼ような息子を得たいと思うような指導者たち中から、彼は妻を探した。イーグル・イン・ザ・スカイズ馬を使わせてもらえなければ、 彼は部族評判を上げることはできなかっただろうが、彼に馬を使わせるは慈悲によるもの ではない。その若者がバッファローを捕まえたり、敵馬を獲得したりすることによって、イ ーグル・イン・ザ・スカイズ自負心は若者自負心と同じくらい大きくなるである。栄養 が行き届き、乗馬に長けているグループは、あくまでイーグル・イン・ザ・スカイズにとって 有利なである。他グループに属していたブラック・フット族で自分たちリーダーに不満 を抱いているたちは、イーグル・イン・ザ・スカイズグループに入り、彼栄光にあやか ろうとした。イーグル・イン・ザ・スカイズグループは拡大していった。グループたち は彼に仕え、彼もまたグループメンバーに仕えた。ある可哀想な若者が襲撃でイーグル・イ ン・ザ・スカイズりっぱな馬を失った時、酋長はそれをなんとも思わなかった。自分馬を 部下に使わせてやることで大きな利益が得られるであれば、たまに馬がなくなったとしても 何とも思わなかった。酋長と部下間に相互利益が循環していた。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 2009 年頃より、翻訳を中心に研究を深めている。翻訳をするにあたって、英語ニュアンス も含め、著書深遠な部分理解が求められる。これは私個人的な思いだが、バイリンガル なとよぶことができるは菊地敦子先生をおいて私は知らない。何年にもわたって菊地先生 と行なっている翻訳・解釈セッションは私仕事に励みと力を与えてくれている。菊地先生 と仕事はこれからも当分続くことになるが、これまた結構なことである。
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国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

国際交流におけるコンフリクトの解決スキル 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Key words international collaboration, conflict resolution, facilitation skills 1 .ASEP 教育効果  毎年 12 月最終週、中華民国高雄市において、AJET (Advanced Joint English Tele commu- nication)と WYMC (World Youth Meeting Committee)が主催し、高雄市政府、國立中山大学、 高雄高級中学、他後援により ASEP (Asian Student Exchange Program)が開催されている。 そこでは、アジア各国(台湾、日本、韓国、インドネシア、マレーシア)から中学・高校・大 学生が集い、ICT を活用した事前交流、2 カ国協同英語プレゼンテーション、対面交流を通じ た国際交流活動が行われている。(昨年度で 11 回目:[http://www.kageto.jp/asep/2010/]参照)  この ASEP による教育効果とは、一言でいうと「実践による学び奥深さ」である。このこ とは、ネイティブ・アメリカンが遙か昔に気づいており、次ような諺として先祖代々語り継 がれている:
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

必要はないだと判断していた。結婚リスクと利点をレノックスはよく考慮し、目をよく開 いて結婚するだ。にはそれぞれ好みがあるし、三五歳ジョン・レノックスは、エベレッ トが見かけどおり女性ではまったくないかもしれないと忠告されなければならない年齢では ない。バクスターはこのように、レノックスは二妻として可愛いだけ女性 ― をも てなしたり、彼金を絵ように美しく使ったりすることに才能ある女性 ― を意図的に選 んだだと思い込んだ。バクスターにはこの気の毒な男性情熱真剣な性質については何も 分からなかったし、バクスターが幻想と呼ぶものにレノックス幸せがどの程度抱き込まれて しまっているかも分からなかった。彼唯一関心事は仕事を上手く仕上げることだけだっ た。を魅了するマリアン顔に対して彼が以前持っていた関心おかげで、その分だけ彼 仕事は上手く仕上がった。性格造形におけるあの力、そして、レノックス関心を捉えた現実 あの深さを実際バクスターが肖像画中に吹き込んだことは紛れもない事実だった。しかし それは、彼がまったく意識せず悪意を持たずにしたことだった。バクスター芸術家として 気質が失望を糧にし、喜びと苦悩によって脂肪を蓄え、バクスターとして部分に旺盛な 影響力を発揮した。つまり、簡単に言ってしまうと、この若い男性は本当意味で芸術家だっ たということである。強力で感じやすい彼性質測り知れない奥深い所で、彼才能は彼 心と交感し、失望と諦めという重荷をキャンバス上に移し換えたであった。マリアンと ちょっとした関係あと、バクスターは一生愛し続け信頼し続けることができると感じた若い 女性と知り合った。この新しい感情によって目を覚まされ力づけられた彼は、古い恋愛によっ てできた不足をよりはっきりとした明晰さで埋めることができた。それゆえ彼は心を込めて肖 像画を描くことができた。彼にはそれ以外に何かできることがあるなどエベレットには想像も できなかっただろう。彼は心底から正直に最善を尽くした。その確信は招かれなくても訪れ たし、そのために彼正直さはさらに優れたものとなった。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 だが、同じく表 1 が示すように、A も B も、日常生活においては二言語を併用あるいは混合 していることに注目する必要がある。特に A は、キルギスを学んでいる外国と話す際には、 ロシアが混ざらないよう努力すると証言しており、当該インタビューにおいては、主となる 言語がキルギスである通常会話に比べ、CS 発生頻度が特に低かった可能性が考えられ る。C も同様に、日常生活における言語使用について「あるとはロシアで、別とはキ ルギスで話す」と証言しており、いずれか言語が主となる言語として選択される場合があ ることも十分考えられる。すなわち、本稿で明らかになった CS 頻度とパターン・特徴が、各 インフォーマントに常に当てはまるわけではないである。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 14 号(2016 年 3 月) 2  先生は、遠州流茶道直門上席師範を経て、家元師範代という高い立場に昇られており、茶 道に関する論考や、茶道語彙に関する研究も多数発表されてこられた。また、日本・日本 文学についても、その分野で修士学位( Oxon )を取得されて以来、継続して研究を続けら れている。しかし何よりも私個人印象に残るは、その英文法教授に関する論考である。全 10 章からなるこの一連論文群と、それを発展させた書籍ドラフトを先生から数年前に見せ て頂いた時には、そのユニークなアプローチに大いに感銘を受けた。40 年にわたり、日本大 学生と向き合った経験があるからこそ、生まれてきた考え方だと思われる。日本人にとって痒 いところに手が届くようなこの論考さらなる充実と、早い出版が待たれるところである。ま た先生は、発音や韻律教授法に関しても一家言をお持ちであり、90 年代にはこの分野でも一 連論文を書かれている。陳腐な言葉かもしれないが、マルチな才能とは彼ような人物こ とを言うであろう。まさに仰ぎ見る存在と言わざるを得ない。
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大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

大学における翻訳教育の位置づけとその目標 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

に訳すという作業を通じて、言語「深い処理」ができるようになり、これによって学生 基底言語能力が強化されるとともに、L2 習得が促進されるである。 5 .大学における通訳翻訳教育位置づけ  以上述べたとおり、筆者らは大学における通訳翻訳教育を広い意味で「言語教育」一環 としてとらえ、これを従来英語(またはその他外国)教育を補完するものとして位置付 けている。ただし、筆者ら考える通訳翻訳教育は、単なる語学学習から、これを契機とした 「メタ言語能力」養成へという視点において、従来語学科目とは大きく異なっている。極限 すれば、仮に(ネイティブスピーカーようにはなれなかったという意味で)英語習得に 失敗したとしても、その学習プロセスを通じて、学生将来にとってより重要かつ本質的なメ タ言語能力を獲得することができれば、外国教育として十分に成功だと考えている。学生が 将来どの分野に進むにせよ、「ことば」に対する鋭い感受性と、十分に鍛えあげられた「基底言 能力」を備えていることが、将来、その道プロとして成功するため確かな土台作りにな るからである。反対に、いくら外国で流暢に会話ができるようになったとしても、「ことばへ 意識」や「異文化へ意識」を含めた高度なメタ言語能力が伴っていないとすれば、これは 成功とは言えないだろう。残念ながら、現在英語教育はむしろ後者道を歩んでいるように 思われる。
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碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  過去様々な出来事について分からないことがあると、私は迷うことなく平田先生に尋ねて みることにしている。「先生、~について教えてくださいますか。」すると先生は、「竹内君、そ れはね、~だよ。」と気さくに、そして明快に教えてくださる。私にとっては(そして多く同 僚にとっても)、平田先生は、まさに生き字引ような存在なだ。先生はお忘れかもしれない が、「現在出来事意味は、歴史流れを解さずには分からない」とおっしゃっていたこと を、私は折りにふれて思い出す。けだし名言である。その平田 渡先生が、実に 40 年長きに わたる関西大学学究生活を終え、ご退職になられる。寂しい限りである。
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英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語的な表現と日本語的な表現 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「太郎は億万長者になった」という表現も、涙ぐましい努力結果に太郎が億万長者になった か(「動作主」として行為したか)、予期しない遺産が転がり込んで億万長者になった(「非 動作主」だった)かはっきりしない。このように「ナル」は、「動作主」を「非動作主」にす るにはうってつけ動詞である。出来事中で「個体」として「人間」が「動作主」として いかに自立的に働こうとも、「ナル」はその「個体」を出来事全体部分とし、人間を出来事全 体一部としてとらえる(池上,「表現構造」103-04)。この意味で、英語は「スル」的な言語 で、日本は「ナル」的な言語だと言うことができる。英語では、「何者かが何かをする」よ うに表現しようとする傾向があるに対して、日本ではとかく物事が「おのずからなる」よ うに表現しようとする傾向がある。英語表現における特色を、かりに人間本位的と言うならば、 日本語における特色は、自然本位的あるいは非人間的ともいえる。
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