トップPDF 中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言」から東アジア優勢言語成り上がったである。日本語変化は、江戸時代以来、西 洋新知識を受け入れてきた結果であるが、その過程で漢字による新語・訳語が決定的な役割 を果たした。  言語は知識受容伝達媒体であり、社会生活密接に相互作用を及ぼす関係にある。西 洋新知識導入は、中国近代化へ変化を促進し、同時に中国社会種々近代的変化 が中国によって記録された。また、漢字文化圏存在により、中国近代化は中国語内だ けにとどまらず、東アジア全域に拡大した。中国語中国近代が分かち難い関係にある 同様、漢字漢文は東アジア近代密接な関係にある。西学東漸という大きな流れ中で、 中国は漢字文化圏言語に大きな影響を及ぼす一方、漢字文化圏言語からも影響 を受けた。特に日本語影響は非常に大きかったが、中でも最も重要なことは、漢字を利用し て西洋新概念を受け入れるという問題における「共創、共享」である。漢字文化圏内では、 多く抽象や時代キーワードが同形(または同音)という形式で存在しているが、これ は地域内言語接触、語彙交流結果であることは疑問余地がない。一方、各言語における 同形(同音意味、用法上相異は、それぞれ国や地域が西洋新知識や新概念を受 容した過程を反映したものである。近代新知識受容表出には新しい語彙表現様式が必要 である。厳復翻訳が最終的に中国社会に受け入れられなかったことは言語面において社会 要望を満たせなかったからであるいえるだろう。新しい語彙表現様式、特に専門分野に おけるキーワードや基本用語形成は、近代学問体系が成り立つため基盤である。キーワ ードや基本用語歴史は、往々にしてその学科形成史であり、言語近代化に関する研究は、 「近代冠するその他研究分野基礎である。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 教材により学習する動詞時制形数は異なるが、すべて教材で複合過去形は最初に学習す る直説法過去時制なっている。週 1 回授業が想定される教科書では最終課で現れ(『話し てみようフランス語』:12 課、『カジュアルにフランス語』:14 課)、週 2 回(以上)授業が想 定される 3 つ教材では教科書後半(『場面で話すフランス語』:8 課[全 12 課]、Alphabetix: 14 課[全 15 課]、『ピエールユゴー』:12 課・13 課[全 18 課])で導入されている。これら 課において、複合過去形は「過去」という時間軸密接に結びついて提示されている。『話し てみようフランス語』『場面で話すフランス語 1』では過去時関連性が課テーマ「過 去ことを言う」(『話してみようフランス語』)、「過去出来事」(『場面で話すフランス語 1』) として明確に打ち出されている。他 3 つ教材では「過去」という言葉が明示されることは ない。しかし、課学習内容が過去事柄関係していることは、課タイトル( Vous avez bien travaillé. よく働いてくれたわね『ピエールユゴー』12 課:p. 52)、課セクションサ ブタイトル( Qu’est-ce que vous avez fait hier ? 昨日何をしましたか?『カジュアルにフラン ス』14 課 Conversation:p. 67 )、練習問題指示(滞在中出来事、やったことを下写 真を参考に複合過去形で述べてください。Alphabetix : p. 103, activité 6 指示文)から容易に 見て取れる。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「皆さん」彼は叫んだ。「私が主に大切だ考えているは、亡くなった人々に及ぼす私 特異な影響力ではないです。というも、結局ところ、幽霊は幽霊です。いずれにせよ大し たこはできないです。触ることはできないし、一日うち半分は見えないです。もしそ れが小さい娘霊だったら、気がおかしくなってしまうでしょう。大切なことは、それが生き ているものに不思議な影響を与えることができるということです。皆さんはそれを目を使って することができますし、声を使ってすることができますし、ある種動きですることもで きます ― ここまで皆さんがご覧になったように。ただそれに心を向けるだけで何も使わなく てもできるです。もちろんそれは、できる人がいるということです。あまり多くはいません ― 皆さんがときどき出会うある種お金持ち、権力を持った人、共感する力強い人たちで す。それは磁力呼ばれます。それについてはさまざまなことが書かれました。さまざまな説 明試みもありました。しかし大した成果をもたらしませんでした。言えることはただそれが 磁力ということであって、人はそれを持っているか持っていないかどちらかなです。神は それを私に授けることを適切だお考えになったです。これは大きな責任ですが、私はそれ を正しく使うつもりでいます。私はあらゆる類ことができます。何かを見つけ出すこともで きますし、人が心中で思っていることを語らせることもできます。人を病に伏せることもで きますし、健康にすることもできます。恋をさせることもできます ― どうです?再び恋から 目を覚まさせることもできます。そして、割に合わなければ、もう二度と好きな人結婚なん てしない誓わせることもできるです。正直に言いますが、どういう風にそれをするかは 皆さんにお話しすることはできません。ただ自分に『さあ教授、これを治そう、あれを治そう』 言うだけでいいんです。ただで与えられた才能なです。つまり、磁力ということです。そ れを動物的磁力呼ぶ人もありますが、私はそれを霊的磁力呼んでいるです」
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どのようにその週が過ぎたか上手く説明できない。今彼顔を正面から見つめている冷徹 な結びつきよりも死方が好ましいかように、そして、唯一可能な選択は彼財産をマリア ンに譲り自分存在を終わらせることであるかように感じられる瞬間がレノックスにはあっ た。また、それなりに自分運命折り合いをつけているかような瞬間もあった。彼はただ 自分が持っていた古い夢や幻想を集めて、膝上で折ってしまいさえすればそれでよかった だ。それでことは済むだ。しかしそうはせずに、合理的かつ適度な期待こもった立派な束 を集めて、それを結婚式白いリボンで束ねることはできないだろうか?彼愛は死んでし まった。彼若さも死んでしまった。それですべてお終いだった。そこから悲劇を生みだす必 要などなかった。彼生命力は弱く短命であることが宿命であったので、消えてしまう なら結婚後よりも前方が良かった。結婚に関していうなら、それは予定どおり執り行われ るべきだった。なぜなら、それは必ずしも愛問題ではないからだ。彼にはマリアン将来を 奪ってしまうために必要な残酷な首尾一貫性に欠けていた。もし彼が誤って彼女を過大評価し たしたら、その責任は彼にあり、その罰を彼女が支払わなければならないすればそれ は残酷なことであっただろう。彼女に問題があったとしてもそれは意図的なものではまったく なく、彼自身に関するかぎり、彼女意図が善意にもとづくものであることは明らかであった。 彼女一心同体はいかなくても、少なくとも彼女は誠実な妻であり続けるであろう。  この暗澹した理屈力を借りて、レノックスは結婚式前夜にまで漕ぎつけた。これに先 立つ週、エベレットに対する彼振る舞いは一貫して優しく親切であった。彼愛を失うこと によって彼女はとても大切な宝物を失ってしまった彼は感じた。その代わりに彼は、尽 きることない忠誠を彼女に捧げるであった。マリアンは彼元気なさや何かに心を奪わ れているような感じについて聞いてみたが、調子が良くないんだ答えるだけだった。水曜日 午後、彼は馬に乗って長時間外出した。陽が沈むころ帰宅し、古くからいる家政婦に玄関で 会った。
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学をご退職になられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずにはいられない。  北村先生は、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力には感服するしかない、印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、ご研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代に UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉にふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社契約して英語教育教材を開発されたり、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これらに加えて、恩師大西 昭男先生(関西大学元学長・理事長)薫陶を十分に受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このように、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚としてご一緒させていただき、間近に接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生に大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

英語語法における曖昧性の回避について 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ring fi nger and little fi nger with his left hand. ― Jacqueline Bideaud, Claire Meljac et al., Pathways to Number: Children’s Developing Numerical Abilities, p.46  以上事には何問題もないだが、手指に関しては別呼び方が存在している。それは、 指を「序数」を使う呼び方だ。 「第 1 指」「第 2 指」「第 3 指」などという言い方で、fi rst fi nger, second fi nger, third fi nger, etc. など表す。この場合、上で見たように、親指は thumb なので除外し、他 4 本指を「序数」を使って表す。第 1 番目指は人差し指なので fi rst fi nger、その隣中指は second fi nger、次薬指は third fi nger、そして小指は the fourth fi nger 呼ばれている。例を見てみよう。これは、マジック解説本から例である。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活に彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常に恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心にしたことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解に迫ろうもがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようした。資料集めがうまくいき、いうより 納得いくまでやり続けたいうべきかもしれないが、そして多く人々に助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかにできたではないか思っている。  アメリカには 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーにあるベネディクト・コレクションを中心に、エール大学や議会図書館に も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果的 に私心配は杞憂に終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上に努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルように時間軸を中心に埋め込んで いかねばならない。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

一連会話中で二言語を織り交ぜながら併用する CS は、二言語併用中でも特に動的なも であるいえよう。  ソ連崩壊後旧ソ連諸国では、基幹民族 2) (titular nation)中心国家運営一環として、各 基幹民族を「国家(state language)」として推進する言語政策が実施されてきた。キルギ ス共和国では、国家であるキルギスに加え、ソ連時代に広く普及したロシアが「公用 (offi cial language)」として定められ、首都を中心として現在もなお様々な領域で使用されてい る。すなわち、同国では公的に二言語主義が実施されているである。その一方で、特に行政 や学術分野でキルギス普及が進まない現状が問題視され、語彙整備や辞書出版など、 同言語をあらゆる領域で使用するため取り組みも行われてきた。その過程では、国会議員に 対してロシアを混合せずに「純粋な」キルギスを話すよう要請が行われるなど 3) 、一部で CS がキルギス普及障害として表現される傾向が見られる。このように、CS 現象存在自 体は現地人々によっても広く認知され、言語政策上主要な論点 1 つとなっている。また、 国内外研究者や現地メディア、そして一般人々によってもある種社会現象(キルギス ロシアを混合する話し方)として指摘されてきたが、これまでその実態は、事実上、学術 的に解明されてこなかった 4) 。
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福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

福井先生との翻訳の仕事 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国学部紀要 第 16 号(2017 年 3 月) 22 人書簡を翻訳する中で、私福井先生は当時状況現在社会情勢、そして我々学者役 割についてよく話しをする。世界は今 ISIS に怯えている。その恐怖を取り除くために外国人を 占め出し、自分たち価値観だけを守ろうしている。そして、メキシコから移民、イスラ ム教徒に対して度々暴言を放ったトランプ氏が先日次期アメリカ大統領に決まった。自分たち は違う人たちことを理解しようする姿勢がどんどん失われつつある。そうした社会を変 えるには、私たち研究者がベネディクトやボアズがしたように、こつこつ客観的な事実を集 め、どのようにして今社会状況が生まれたかを説き、科学的な方法で人間を分析し、それ に基づいて正しい判断をするように世界人を説得するしかないではないか思う。それが 私たち学者使命なではないだろうか。その足掛かりなるが、今福井先生やっている 翻訳仕事だ私は考えている。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文化人類学者は自分社会よりもなるべく違う社会を研究しようするため、様々な集団 データを持っている。そして西洋文明影響範囲からはずれたところで発展したシンプルな社 会を特に研究する。文化人類学者はある集団が特定価値観に基づいて実現した方略を研究す ることができる。その価値観は自由という価値観なか、社会統一という価値観なか、権 力に屈するという価値観なかを研究することができる。文化人類学者にとって部族役割は、 科学者が細菌生死を研究する実験室役割同じなである。文化人類学者実験室は研究 者が自分で設定するではない。それは原住民が何世代にもわたって、何千年もかけて生き方 詳細にいたるまで設定したものである。しかしフィールド・ワーカーはその部族なかに存 在する私たち時事問題を、たとえそれが違った姿であったとしても認識することができる。  フィールド・ワーカーが研究している裸プリミティブ・ピープルはもちろん社会保障条 例について話すわけではない。しかし彼らは老人や飢えた人をどのように扱うべきかはっきり している。年寄りや飢えた人を守る部族もあれば、守らない部族もいる。そして文化人類学者 はそれがもたらす帰結を研究することができる。原住民は黄金率について語らないが、オース トラリア原住民からカラハリ砂漠原住民にいたるまで、黄金率が働いていることは見受け られる。たとえば、「他人に施しを与えなければ、誰が自分に施しを与えてくれるだろう」、「他 人を敬わなければ誰が自分を敬ってくれるだろう」といった教訓は、若者頭にたたきこまれ、 南洋島々人からティエラ・デ・フィエゴ冷たい霧にすむ人に至るまで、それを実践して いる。同時にこのような黄金率がまったくない原始社会があり、文化人類学者は黄金率が存在 する結果、しない結果を研究することができる。黄金率は人を支配するだろうか?プリミ ティブ・ピープルなかで黄金率に縛られた人間関係しか知らない人もいれば、相手を強いる 状況に立たされたことがないプリミティブ・ピープルもいる。
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スイス連邦の公用語と国語 史的背景と憲法上の言語規定 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

スイス連邦の公用語と国語 史的背景と憲法上の言語規定 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

、国語」として用いられている 15) 。このように „Land“ „Nation“ 意味は異なり、指示対 象により使い分けられなければならない。さて、それでは „Landessprache“ 適切性はどうだ ろうか。„Nation“ は民族結びついた概念であることから、スイス民族は何かが問われる政 治的問題を孕んでいる考えられる。その意味では、指示内容が多義的であっても地理的な領 域を示す „Landessprache“ 方が無難であるいえよう。ロマンス系言語では „Landessprache“ に 対応する表記が無いのでドイツだけこの表現に変更したということになる。さらに、標準 のみを指す „Nationalsprache“ を回避する修正により、地域方言も含めることができたいう。 この解釈は、ダイグロシア状況にあるドイツ語圏にとっては特に重要になる。標準ドイツ 各方言距離が極めて大きく、方言方に自らアイデンティティを感じているドイツ圏 スイス人にとっては、国象徴でもある国語から方言が排除するは納得できないということ だろう。限定的な意味 „national“ ではなく、より意味領域が広い „Land“ を用いることによ ってドイツ圏スイスにおける微妙なドイツ位置づけが反映されているという解釈である。 し か し、こ れ が 1848 年 以 来 お よ そ 150 年 も 間 ず っ 憲 法 条 文 に 使 わ れ て き た
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月に渡っている 3) 。  一時的にせよウイドブロがフランス都を離れたは、パリに迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードにたどり着く前には、トゥール近郊に所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼ら家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭に載る二人友人へ献辞は、その時思い 出に寄せたものである。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 この話には誇張があることをオズボーンは最大限考慮した。女性というものは ― 彼は考え た ― 話を都合よくまとめ上げるが大好きである。特にそれが不幸ときは。しかし彼 は大変心配になり、ただちに長い手紙を書いた。その手紙中でオズボーンは、ドッド夫人 話がどこまで本当なかを尋ね、もしそれがかなり部分事実であるなら、気晴らしため にすぐに町に出てくるよう強く勧めた。グラハムは実際に姿を現すことでそれに応えた。そこ でオズボーンはすっかり安心した。グラハムはこの数ヶ月で今までにないほど健康で元気そう だった。しかし彼話してみる、精神的には少なくとも彼が深刻に病んでいることが分かっ た。元気がなくぼんやりとして、思考がまったく働いていなかった。オズボーン問いにも援 助申し出にも反応がないので、オズボーンはそれを悲しい想いで受けとめた。彼は生まれつ き感傷的な悩みを大変なことだ考えるタイプではなかった。階下住人が失恋で引きこもっ ていても、だからといって階段を上がる自分足音に気をつかうような人間ではなかった。し かし、グラハムをからかっても何効果もないだろうし、楽しさというものは必ずしも他人に 感染するわけではないということをグラハムは証明しているように思われた。グラハムはオズ ボーンに、自分ことを恩知らずな奴だ思わないで欲しいということ、そして、今回こと が癒されるまでその件については触れないで欲しいということを懇願した。グラハムは今回 件を忘れよう決意していた。彼がそれを忘れることができたとき ― 人はそういうことを忘 れるものなので ― 少なくとも今回先端をうまく過去に追いやることができたとき ― このことについてすべてを話すつもりだ言った。当面間は、自分気持ちを他ことで紛 らわせなければならなかった。何をすればいいか決めるは容易ではなく、当てもなく旅を するも難しかった。しかし、この耐えがたい暑さ中でニューヨークにとどまるも不可能 だった。ニューポートになら行けるかもしれなかった。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

時中、果敢に執筆活動に勤しんだ桝井迪夫にとっては、敗戦は実に不幸なことであった筆者 には思われる。なぜなら、戦後思想がこれまではすっかり変わってしまったからである。戦 後は「戦争は悪である」という思想一色に染まってしまっただ。第二次世界大戦中は国家 意思に積極的に賛意を表明し、実社会コミットメントを強く希求した桝井迪夫ような英 英米文学研究者にとって、戦後こうした時代風潮は、非常に居心地が悪かったであろう 推察される。太平洋戦争後時代を一体どういう態度で生きてゆけばいいかを、桝井迪夫は きっと悶絶しないわけにはいかなかっただろう。そうした苦悶を抱えつつ、桝井迪夫は戦後、 名門広島大学英語学教授として広島学派を率い、あまた優れた弟子を日本中大学に送り 込んだ。筆者は、英語学泰斗・桝井迪夫若き日人間味溢れる情動的な研究姿勢に、今や 時流なった自然科学的色彩を濃厚に帯びた「evidence-based」的な研究法は一味違う迫真 力を感じてしまう。人文学真髄も言える人間痕跡が桝井文章には存在するだ。筆者 は今、「情動的な研究姿勢」表現したが、これはまさに、歴史学者・白永瑞が論考「社会人文
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 バッファローに行く前から私は「物書き」をしていました。ある夏日、オワトナから帰っ て牧場家にいた時、ウィルおじさんが私儲けを数えていました。彼は私が 10 点ノートに書 き取ったら、1 ドルくれる言いました。何を書いたかは覚えていませんが、大きな誇り責 任を感じたを覚えています。母は子どもが書いたものに対して、子どもだからいって甘や かして、誇張した値段をつけるはよくない思ったかもしれません。しかし、その頃私が感 じていたマージェリー器用さうまくバランスをとるためには仕方ない思ったかもしれ ません。バッファローでマージェリーが土曜日に美術学校に行き始める、私は家で文を書い て母に見てもらいました。4 月吹雪について書いたを今でも覚えています。それはこんな ふうに始まります。 「春日差し日々を通して、お日さまは地球交わり、毎日とてもとても 素敵でした。」それは詩ような拍子であったことがとても気になりました。でも他にどのよう に表現したらいいか分かりませんでした。この頃までに、私はかなり本を読んでいました。 ディケンズ、特にデイビッド・コパーフィールド、そしてスコット、特に「アイヴァンフォー」。 でもそこから学ぶことは特にありませんでした。この時期までに読んだ本で聖書に優る本はあ りませんでした。ルツ(旧約聖書一書)話はラモーナより良く、ジョブ詩はロングフェ ローより良い思いました。今でも最初聖書を持っており、それは注意深く赤線が引 いてあり、一所懸命に書いた文章ページがはさまれています。バッファローに移った時から マージェリー私は教会に行く、週に 5 セントもらい、日曜学校で聖書 3 節を 1 日におぼ え、日曜日には 6 節おぼえる 1 ペニーもらえました。私は何十も章を暗記しました。 「エバ ンジェリン」「ヒアワサ」詩は高尚なものだ聞いていましたが、私はあまり好きではあ りませんでした。
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日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本語教育における学習者コーパスの構築とICLEAJ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

に特徴的な言語使用特性、ならびに日本語学習者苦手する言語領域など、そこに見られる 発見が日本語教育教材作成に資することにもなる。 3 . 2  CIA( Contrastive Interlanguage Analysis 対照中間言語分析)  1960 年代を通じて CA(Contrastive Analysis 対照分析)が一世を風靡し、母語外国 類似点相違点を比較して習得難易度や誤りを予測することが重視された。しかし、学習者 エラーを分析した結果、対照分析が予測するエラー実際に生じるエラーに矛盾が見られ、2 言語違いに基づいて習得難易度を決定することにも問題があることがわかり批判にさら されることになった。
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『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』におけるビセンテ・ウイドブロの創造主義的手法の展開 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 実際、ウイドブロは次 2 行で、“El film 1916 / va a comenzar”、新しい時代到来を、 映画というテクノロジーに寄せて謳歌している。その一方で、この版には、ヨーロッパを覆う 第一次世界大戦もたらした陰鬱な気分はない。  1916 年は、グリフィス『トレランス』が撮影された年であり、同じ頃、ヨーロッパでは 『カリビア』(1914)ような本格的な長編映画が制作されるようになっていた。ウイドブロは そのような作品いくつかを、きっと目にしていただろう。この手稿では、そうした映画 もたらした新しい美学が、直裁に賛美されている。しかし、それはウイドブロ詩学が映画 それを後追いすることを意味し、発表されたようなかたちへ手直しが、求められたではな いか。すなわち、映画という芸術誕生を寿ぐではなく、詩作技法にかたちをかえて映画 特質を取り込もうしたである 6) 。
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外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育における「翻訳」の再考 ― メタ言語能力としての翻訳規範 ― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 これについて山岡は、訳者あとがきを参照しながら解説を加える。①翻訳書が出版され た時代(1960 年代)、この分野(哲学書)では原語訳語を一対一で対応させなければなら ないという慣例( canon, convention )があり、これにより、訳者金子も四苦八苦した。 「Verstand は「悟性」訳さざるをえないが、これでは文脈が続かなくなってしまう」(p.23)。  これも当時(読者期待)規範が関連しているいえる。この翻訳「読者は原則として、 ドイツ原書を読む想定されているである。読者が読むべきものは、訳書ではなく、原 書である。……原書を読まない読者でも、いうなれば原書講読を疑似体験できるようになって いる」(pp.25-6)。ここで出した例が訳読法規範同じは言わないまでも、山岡がいうよ うに、哲学書類は原文訳文を並べて読まれるだろう、ということが当時規範であった。 無論、ここで分析が必ずしも学術的に厳密な手続きを踏んでいるわけではないが、教育目的 として学生に気づきを与えるには十分な考察である。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

……祖父牧野伸顕もとで育てられ、幼少頃から身近にこの明治気概を持つ祖父を見 ながら成長した十八歳日本人留学生吉田健一は、異国にあって美しいケンブリッジ空 気に安穏にひたっていることに居たたまれない何か別な衝動に駆られていたではないか。 ………………………………………………………………………………………………………… 成人後に英国に留学した夏目漱石が文明開化を外から眺めて苦々しく思ったは裏腹に、 吉田健一が常に文明開化を内から眺めて苦々しい思いを噛み締めなければならない位置に いたということである。…………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… 外国人として自己―小学校以来、英語という「第一母国」で何不自由なくやってき た吉田健一は、ケンブリッジに来て初めてアウトサイダー位置に立たされた。………… ………………………………………………………………………………………………………… 圧倒的な過去が実在するケンブリッジ近代に感染することによって、生まれて初めて英 が自分「第一母国」でないことを痛切に意識したに違いない。その母国を生ん だ過去深みにはまればはまるほど、否応なくその彼ら「文化」から自分がアウトサイ ダー位置にいることに気づくこと―なん因果か「中途半端付焼刃」でないがゆえに、 まさにそれゆえにこそ吉田健一は自分拠って立つ根幹が揺らぐほど窮地に立たされた 言っていい。
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複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

複合環境における第二言語不安 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

られるようになった。 1 . 1  外国不安  Horwitz et al. (1986) は、外国学習において「不安」は口頭コミュニケーション能力習 得を阻害し、それは特に教室活動における外国学習に特有な「外国不安」であるし、 3 種類言語不安として「コミュニケーション不安」「テスト不安」「否定的評価に対する不安」 という構成概念を提示した。これら概念と共に学習スキルセンター臨床報告、学習者や教 師経験などを参考に33項目から成る「外国教室不安尺度(Foreign Language Classroom Anxiety Scale)」(以下、FLCASする)を開発したが、米国大学スペイン学習者75名 を対象に行った調査では、外国学習不安存在それ口頭コミュニケーション活動関 係を実証している。1980年代以降、ほとんど研究が、外国不安習得度間には負相 関(Young, 1986; Aida, 1994)があることを報告している。また言語能力自己評価言語不 安間にも負相関があることが確認されている(MacIntyre, Horwitz, & Cope 1997)。不 安が負影響をもたらすという認識下に、習得、記憶保持、そして産出へ妨害作用 (MacIntyre & Gardner, 1991, p.86) や、言語情報入力、処理、出力へ妨害や言語習得に必
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