トップPDF 感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

構成するものであるゆえに、バイリンガル経験は言語が深く絡んだこのプロセス解明に役 立つ思われる。 異文化コミュニケーション文化化問題  すでに述べた文化モデルや感情スクリプトが、 1 言語習得社会化プロセスを通して 個人が内面化したものであり、規範的に働き、構成員行動や認識仕方や感じ方を制約する なる、異なった文化を内面化した人出会いで、すなわち、異文化間コミュニケーショ ンにおいて、摩擦や誤解原因になりうるであろう。そして、それは言語文化Aで社会化され た人言語文化Bで社会化された人が出会ったことを想定した場合に、スクリプト違いか ら予測される摩擦がおこりうることを示す。しかし、 2 言語習得やバイリンガル観点から は、いくつか問題が生じる。まず一に、これまで異文化間コミュニケーション研究にお いては、現実にそういった人人が直接接触するとき、どの言語コミュニケーションを図る かという点はあまり問題にされていない。しかし、実際には、日本人アメリカ人がコミュニ ケーションを図る多く場合、英語が使われるであろう。日本にいるアジアから留学生日 本人会話や日本企業に勤めるブラジル人日本人会話ならば、日本で行われることが多 いかもしれない。ヨーロッパ系外資系企業内部では日本にあっても、コミュニケーション 言語は英語であろう。もし、ある人がほとんどネーティブ・スピーカーなみに英語や日本語 を使える場合、この人は対象文化的意味空間においてかなり経験が豊富で、上に述べたよう な文化的実践や活動に参加している。そうだすれば、すでに 2 言語文化スクリプトやス キーマを獲得しており、使う言語に応じて少なくとも表面的な行動表出を切り替えることがで きているではないだろうか。そうすると純粋な文化AB接触というは実際にありえる だろうか。しかし、一方で、社会化過程で、深く心に刻まれた感情スクリプト不一致 は、違和感や不快感など情意的反応を引き起こすかもしれない。
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English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 本論文では、日本語による重要表現解説を伴う良質教科書が手に入り、現代アメリカ 英語による若者生活を描いた映画Good Will Hunting(邦題『グッドウィルハンティング/ 旅立ち』シナリオを利用し、場面・文脈中で英語表現意味合いを学習させる教育実践 について、学習者からレポートも引用しながら、その効用限界について論じる。とりわ け、この映画で多用されるスラング(profanity)字面解釈にとどまらない間接的表現が 伝えるメッセージ重要性に注目し、それぞれ表現を、それが用いられる様々な社会的コ ンテクストに結びつけて教育を行なうこと意義について論じる。
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メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーレス = ボデーは、1928年に発表された「新しい詩」 9) 題する文章で、同時代行 方について省察をおこなっている。そのなかで、トーレス = ボデーは、文学全体が危機にさ らされていることを認めながら、しかし、死にかけているは詩だけにとどまらず、深刻な懐 疑主義に陥った文明精神そのものであり、その元凶は実証主義にほかならない主張している。 さらに、高踏派、象徴主義、ダリオようなモデルニスモ詩人たちを点検したうえで、従来 頽廃したロマン主義を乗り越えた同時代詩を生み出す必要性があることを訴えた。“A través del poema se sienten los andamios que el artista no tuvo tiempo de destruir. El lector atento podría hacer, dentro de cada uno de ellos, la historia de una emoción romántica y su tránsito al esquemático juego de inteligencia en que se realiza. Lo que era aritmética, nú mero lleno de sugestiones y de promesas, se ha ido trocando en álgebra, fría ecuación de astucia.” 「詩を通して、芸術家に崩す暇なかったさまざまな足場があることが感じられる。 注意深い読者ならば、それぞれ裡にロマン主義的な感動物語を作り上げ、その感動が成就 される図式的な知遊びへ移し変えることができるだろう。算術的なもの、つまり暗示約 束で満たされた数字であったものは、代数学に、狡知冷たい等式に転じてしまった」。トー レス = ボデーは、ここで示されたような変革意思が、まだ不完全なものであるにしても、ジャ ン・コクトーやルヴェルディ、ヘラルド・ディエゴ Gerardo Diego(1896‒1987)やアルベルティ Rafael Alberti(1902‒1999 )、フェルナン・シルバ = バルデス Fernán Silva Valdés(1887‒ 1975)やオリベリオ・ヒロンド Oliverio Girondo(1891‒1965)といった詩人たち作品に見 出せるしている。
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マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国人留学生(以下、留学生する)が日本でコンピュータを利用して外国として日本 を学習する場合、日本語環境なかでコンピュータ操作法を習得する必要があるは言う までもないが、日本語教育として考慮を要する側面がいくつかある。  留学生にとってやっかいなこと1つは、日本入力方法である。平仮名入力、片仮名入 力、ローマ字入力があるが、平仮名・片仮名入力が50音であるに対してローマ字入力は6文 字しかないところから、大半留学生はいきおいローマ字入力ほうを選択する。しかし、通 常日本語教育ではローマ字表記法指導は行われないため、留学生はコンピュータ入力た めに新たにローマ字を習得する必要がある。しかし、ローマ字で入力するには、正確に仮名表 記できることが前提なる。英語ように発音綴り差が大きい言語違って、日本場 合は新出発音、意味、漢字表記は学んでも、正確な仮名表記訓練にまで十分に時間を当 てているはいえず、たとえ漢字表記は正しくとも、仮名表記させる正確でない場合が多々 みられる。たとえば未習については、日本語母語話者なら、漢字表記がわからない場合は りあえず平仮名で書いておくが普通で、平仮名表記も正確にできるに対し、非日本語母語 話者ほうは、正確に平仮名表記さえもできない場合が少なくない。とくに長音や促音など 特殊音や清・濁音など絡みで、音声聞き取り技能表記技能両面から追究すべき問題 でもあり、ワープロで文書作成、コンピュータ利用による日本語教育やインターネット、電 子メール教育利用を活発化しようする場合、教育機器としてコンピュータ日本語 入力習得は、不可欠な技能1つである。
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河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 1998年後期より、私が和歌山大学に移ることになり、河合先生に話したところ、自分も近 大をやめて他大学に移りたい言われたを思い出す。私方は、 8 月割愛がうまく行か ず、半年転出が遅れた。その間に、河合先生も関西大学に移ることが決まり、19年間勤めた近 畿大学を一緒にやめることになった。河合先生は関西大学へ移られてから、精力的に研究を本 にまとめて出版したり、大学用テキストを何冊も書かれた。英語コミュニケーション学会 関西支部長から、副会長にもなられ、本当に、充実した研究生活を送っていた思われる。  しかし、運命いたずらであろうか、その後、癌で入院されることになったである。見舞 いに行った時に、「癌が転移しているかもしれない」悲壮な表情で我々に語られたは今で も忘れられない。あれは、自分将来計画が台無しになるかもしれないという絶望感現れだ った思われる。というのも、河合先生は何事においても、きちんと計画を立て、こつこつ 地道に実行して行く人だからである。つまり、あの時には既に自分これから人生を計画し ていた思われるからである。それは、授業準備をみれば明らかである。河合先生は、私 違い、授業準備を完璧に行わない気がすまなかった。時には、異常思われるほど、きち んするである。授業時間何倍も時間をかけて準備をしていることも何度かあった。ま た、近畿大学時代は、いつもお会いするたびに、河合先生は自分将来計画を語られてい た。将来、こういう本を出版したいとか、こういう研究をしたいとか語られていた。それを考 える、河合先生悲壮な気持ちが手に取るようにわかる気がする。
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河合忠仁教授略歴及び主要研究業績 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授略歴及び主要研究業績 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

昭和38年 6 月 米国コネティカット州ニュータウンハイスクール卒業 昭和39年 3 月 奈良県立奈良高等学校卒業 昭和39年 4 月 奈良教育大学教育学部 中学校課程英語科入学 昭和43年 3 月 奈良教育大学教育学部 中学校課程英語科卒業

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あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

あやまちの悲劇 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

サザンプトン  18××年 7 月16日 いとしいホーテンスへ  消印を見れば分かるように、前回手紙から三千マイルも我が家に近づいたよ。しかし、な ぜ急にこういうことになったか説明する時間はほとんどないだ。P――氏が突然思いもか けず休暇を出してくれただ。何か月も離れていたが、数週間いっしょに過ごすことができる だろう。何と慈悲深い神様だろう!私たちは今朝ニューヨークからここに着いた。そして、幸 運なことにH――へ直接向かう「アルモリーク」という船を見つけたんだ。郵便はすぐに届 けられる思うが、潮加減によって私たちは数時間待たなければならないだろう。私が到着 する前日にこの手紙は君ところに届いている思う。船長による私たちは木曜日朝早く 着くことになりそうだ。ああ、ホーテンス!時間が経つは何て遅いんだろう!丸三日もだ! 私がニューヨークから手紙を出さなかったは、きっとそうだ思うだが、君が待っている 時間を長い感じて、その待ち遠しさで君を苦しめたくなかったからなんだ。さようなら。会 える日が待ち遠しいよ!
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Designing a taskbased syllabus 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Designing a taskbased syllabus 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キーワード Needs฀analysis฀ (ニーズ分析)฀ Task-based฀Syllabus฀Design (タスク中心シラバスディザイ ン)฀ Target฀Language฀Use฀Domain(目標言語使用分野)฀ Criterion-referenced฀Testing฀(目標 基準準拠テスティング)฀ Oral฀interview฀test฀(オーラル・インタビューテスト)

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W・ラーベと環境問題 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

W・ラーベと環境問題 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

も私たちは夜にはガスや電気光やその他この種あらゆる発明品で明るい朝なるま であいつらから眠り安らぎを奪ってしまったんです。私たち町では夜にはもう眠 り時間がなくなっているということが、あいつらを家々屋根や塔から追い払ってしま ったんです、臭気が甲虫や毛虫や蝶たちをこの茂みや他園芸からそうしたように。ず っと向こう郊外町では勿論まだ生き延びていけるでしょうが、あんな所にもまたまた 煙突や煤煙を伴って工場がやって来て生き延びようする気持ちに嘔吐を催させてしまう んです。だからあいつらにはもう恐らく何んにも残されてはいないんですよ。」 13)  今日もなれば上記ラーベこの警告は重苦しいいほど現実性を伴って伝わるであろうが 100年も前にこの深刻な真実を理解できたはごく僅かな人たちだけであったろう。しかしな がらまた一方でこの作家が繰り返し取り扱う問題を独特に異化して持ち出して来ることのみに 注目してはならないであろう。かかる場合に動物相や植物相そのものだけに関心が示されてい るではなく、これらが人間置かれている状態を象徴化していることが重要なであり、結 局は生存を脅かすある技術が増大することによって人間にふさわしい在り方が破壊されるとい うことが反語的に糾弾されているである。それは上掲引用に続いて「動物たちはほんの少 しだけ人間先を行っているに過ぎないです」という言葉に如実に表明されていよう。  ラーベは産業革命大都市における随伴現象たる諸変化を述べているばかりではない。地方 都市やいわゆる田園地帯におけるそれらをも描き出しているである。それは大都市から離れ た地域にも工場が所在地を選定した結果であったり、大衆社会出現過程で大衆観光が次第に 生じてきた結果であったりするが、数世紀にわたって維持されて来た居住環境を越えて居住域 が次々造成され始めていた事実反映に外ならない。大衆観光を映し出している例として 1888年に書かれた物語「皇女フィッシュ」(           )が挙げられよう。この作品では ハ−ルツ()地方ある小さな町「イルメンタール」(        )が19世紀後半に数多く 見受けられたように保養地に変貌してゆく有り様が描かれているであるが、それまで野生 草花や良い匂いする薬草が生い茂っていた町中や周辺部いたるところに「イタリア−ド イツ−イギリス風ルネッサンス様式邸宅」が観光用呼び物とともに建ち並ぶようなる。 この一般的な建築ブーム助成者はアメリカから戻ってきたアレックス・ロートブルク (      )という男で、無論「概して関心も持たず,生粋愛国的なイルメンタール出身者でもなく」 14) 、ただ利己的な利益志向からそうなったであったが、それでも目を眩 らまされた住民たちは町景観を最終的には壊してしまうこの男すべて計画に感激して同 意し、たとえば周囲自然をも含めた彼提案を次ように歓迎する。
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ご挨拶 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ご挨拶 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

今春、本学外国教育研究科は、外国というもう一つ言葉研究を介 して、人間コミュニケーション謎に迫り、そのコミュニケーション能力教育 可能性を具体的に追求するという目的をもって、誕生いたしました。今回記念 シンポジアム開催が、関西大学そのような自覚情熱表明機会なり、 多く同志方々ご支援ご協力を頂戴する機会もなることを、心より期待 したい思います。
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日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 Granger(1998:146)やNesselhauf(2003:224)は統語や結びつきによる制限ではなく、 恣意的に組み合わせが決まっている場合ような慣習的な結びつきだけをコロケーションし ている。  コロケーション教育的示唆としては、個々単語をいくら身につけてもそれは言語学習に は直結しない。先にも述べたように句単位で習得することで次文生成段階に進むことはそ れほど困難ではないが、個々単語から文生成に進むはその間にいくつもステップがあっ て容易ではない。上級学習者ほどコロケーションを習得しており、そのために母語話者らし い自然な発話ができる言われているが、それでも上級学習者が母語話者並みにコロケーショ ンを使いこなすことは困難である(Bahns & Eldaw 1993)。また、De Cock et al.(1998)報 告では、上級学習者母語話者間ではコロケーション使い方が異なるしている。  個々単語を習得してもそれらがどのような他単語結合できるかを知っていなければ非 英語的な不自然な表現を産出することになる。native-likeな選択を身につけるということはコ ロケーション知識を身につけるということにもなる。日本人学習者が英語がうまくならない 一因は、上に述べた連続体「自由結合」域にとどまっていて、しかも日本語から類推でき る範囲「自由結合」から抜け出せないからであろう。例えば、自由結合において、動詞後 に続く目的は特定意味名詞句が来るという情報がなければ、学習者は母語に基づいた推 測か類推で語彙結合を作る傾向がある(Howarth 1998:163)。大多数単語はある特定コロ ケーションをもっているが、コロケーション知識がなくては語句産出も流暢さも望むべく もない。母語話者らしいコロケーション能力がないということがNSNNS違いを浮き立た せるである。つまるところ、コロケーションが英語教育に示唆するところは、二つが共 起するために適切な語彙を選ぶ語彙選択重要性である。
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新時代の中国語教育 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

新時代の中国語教育 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

わたしはまた中国実践的コミュニケーション能力をはかる検定として TECC(Test of Communicative Chinese =中国コミュニケーション能力検定)を開発し、現在実施および その普及につとめているが、こういう客観的な基準にもとづいて学生学力を評価し、それを 含めて大学が社会にたいして学生資質を保証するということは、今後ますます必要になって くるだろう。外部検定により、学生学力評価を行ういうことは一種アウトソーシング である。
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言語遊戯を活用した教授学習の方案—外国語として朝鮮語教育を中心に— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言語遊戯を活用した教授学習の方案—外国語として朝鮮語教育を中心に— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

     長崎屋焼き魚 > ながさきややきさかな      確かに貸した > たしかにかした      タイガーがいた > たいがーがいた      勝つまで待つか > かつまでまつか      薬リスク > くすりのりすく      冷凍トイレ > れいとういれ      鶏ワニ > にわとりとわに      アニマルマニア > あにまるまにあ      ガス代だすが > がすだいだすが      スタミナ満たす > すたみなみたす      クッパパック > くっぱのぱっく      ビルからカルビ > びるからかるび 5)
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言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

(12) もしαが真であり、βが私たち知識整合するならば、βが真である想定せよ。   α: Mβ        β (Ginsberg1987:7 8) 例として、(11推論様式をもう少し具体化してみよう。「トィティは鳥だ」(α)教えら れたする。「鳥が空を飛ぶ」(β)ということは、私たち知識(データベース)矛盾し ない(Mβ)。したがって、「トィティは空を飛ぶだ」私は考えても差し支えないである。  この結論は多く場合正しいが、たとえば後からトィティがペンギンだ分かった時点で破 棄しなければならない。このように、例外であることが指摘される(=断り書き存在が判明 する)までは有効な推論ことを、デフォールト推論(default inference)呼ぶ。ペンギン(で あるがゆえに飛ばない)判明したトィティ例からもわかるように、デフォールト推論もま た、先に述べた帰納法やアブダクション同じく、その結論正しさは保証されていない 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4
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フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 . 1  教科教育役割その内容 3 . 1 . 1  教科教育役割  文科省高等学校学習指導要領( ₈ 節外国)によれば、高等学校における外国教育 目標は「外国を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図 ろうする態度育成を図り、情報や相手意向などを理解したり自分考えなどを表現した りする実践的コミュニケーション能力を養う」ことであり、 ₁ .オーラル・コミュニケーシ ョンⅠ、 ₂ .オーラルコミュニケーションⅡ、 ₃ .英語Ⅰ、 ₄ .英語Ⅱ、 ₅ .リーディン グ、 ₆ .ライティング、各科目において目標や内容(言語活動、指導上配慮事項、言語 材料等)に関する記述がある。そして、「 ₇ .英語以外外国に関する科目」項に「英語 以外外国に関する科目については、 ₁ から ₆ までに示す英語に関する各科目目標及 び内容等に準じて行うものする。」記されている。
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多言語平行コーパスのための「言語学的におもしろい100の文」 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

多言語平行コーパスのための「言語学的におもしろい100の文」 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

#002:わたし母は弁護士でした。 典型的なコピュラ文だが,完了的な時制/アスペクトを持っている。#001で「コピュラ無し」 になる言語でも,この場合には,コピュラが現れることが多い。また,コピュラような状 態性強い述語は,文法化された時制/アスペクト辞共起しない言語もある。

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ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 Ammon (1995: 80)モデルに基づきスイス標準変種現状を考察するどうなるだろう か。規範典は拡充し、スイス言語学者も編纂へ関与や批評を行い、模範話者・著者もスイ ス人である。ただ、内部規範典はMeyer個人によるものに限られ、専門家集団による共同作業 で編纂されているドイツやオーストリア規範典に比べる公共的色彩が弱い。見出しはス イス標準変種に限られているので4000ほどに過ぎず、あくまでも基本なる外部規範典(事 実上はDuden)を補完する機能を担うものだということを忘れてはならない。そのDudenは 十分はいえないながらも、使用国や地域情報も含んでいるので、Duden方がスイスにお いても汎用性が高い言える。規範権威者がどのように行動しているかについては、さらなる 調査が必要であるが、Meyer (2006)に公的規範性は付与されておらず外部規範典へ依存は 続いている。また、スイスドイツ話者多数がこの言語規範を支持するかについても検証が 必要だ。方言に自らアイデンティティーを見出しているスイス人にとって、標準変種確立 は二次的な課題である考えられる。複数中心地的言語観は、欧州連合多言・多文化主義 にも呼応して、主にドイツやオーストリア言語学者主導で普及してきた。この影響、学 校教育における標準変種使用拡充へ要請が、標準変種確立に消極的だったスイス人意識に わずかながらも変化を生じさせたというが現状である。
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『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

を手本にして二つ運動が生まれた。スペインアルゼンチン『超 ウ ル ト ラ イ ス モ 絶主義』である。双方 もウィドブロ『創 クレアシオニスモ 造主義』模倣ということで、詩人から怒りとともに退けられたが」。) 2)  詩人が現実をただ単に反映する存在ではなく、むしろそれを生み出すだというウイドブロ 詩論は、ピエール・ルヴェルディものにきわめて類似しており、一方、その詩はカミング ズそれに似ている、パスは指摘する。このテーマについては別に詳細な検討が必要であろ うが、ウルトライスモを主導し前衛芸術に深い理解を示した批評家ギジェルモ・デ・トッレ(マ ドリード、1900−ブエノスアイレス、1971)、時にもっともすぐれた創造主義詩人見なさ れる27年世代一人ヘラルド・ディエゴ(サンタンデル、1896−マドリード、1989)、アルゼ ンチンにウルトライスモを持ち帰ったホルヘ・ルイス・ボルヘス。その後スペイン現代詩 展開を思えば、先ルヴェルディを含めてアポリネールやマックス・ジャコブといったフラン ス前衛主義広範な試みに比しても、ウイドブロという、ある意味で辺境地であるラ テンアメリカから突如して訪れた存在がスペイン詩人たちに与えた衝撃影響広範 さは絶大である。
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コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

を行わせていることが、現在コミュニケーティヴ・アプローチ教材使いにくさにつなが っていることを指摘し、文法規則発見から実践練習に移る橋渡しとしてパターンプラクティ スをベースにした基本練習必要を訴えている。  いずれ意見も、豊富な教育経験を持つ教育者が、自ら授業運営経験に基づき、実践練 習に向かうためには基本的な技能習得が不可欠であること、パターンプラクティスがその技能 学習に適した練習方法であることを説くものである。しかしながら、教授法はしばしば教育者 自身受けた教育環境を反映している。事実、後関指導法は学生時代に受けたオーラル・メ ソッド教授法に強い影響を受けており、上記意見のみ援用してパターンプラクティス有 用性を説くは難しいかもしれない。また、学習者認知活動を重視する立場からすれば、視 点を学習者自身に移し、学習者がこの練習方法を外国基礎技能有効な習得方法見な し、積極的に学習に用いているか否かを問う必要がある。
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外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

臣も各州に所属する。従って相互調整や共同政策に関する討議は定期的に開催される「常設 文部大臣会議」で行われる。但し、ボローニャ・プロセスを含む欧州統合や教育(行政・財政) 改革大きな流れなか、連邦政府研究・科学省間で、権限・管轄領域をめぐる議論が 高まりを見せているも事実である。既述ように欧州委員会は1995年「欧州市民 3 言語主 義」原則を提唱するが、『外国教育基本構想に関する検討』では既に1994年、小学校で 1 外国教育開始方向性、「母語プラス 2 外国」学習示唆、外国学習目標として 言語コミュニケーション能力並び、「視点を変える能力」を含む「異文化対応能力育成」 や「外国学習能力じたい育成」などが提示されていた。これら検討項目は、2003年12月 発表常設文部大臣会議で合意され各州指導要領等に共通する「全国教育スタンダード・ 1 / 2 外国科目」に具体的に導入されている 6 。その他、出自言語増加を積極的に取り入 れ外国語種を拡大する視点や、重要性を増す外国教育に対し生徒や保護者対象に啓発活 動 を 行 う 必 要 性、 或 い は 言 受 容 領 域 で 「複 数 言 能 力 育 成」(Rezeptive Mehrsprachigkeit)など当時情況を反映した指摘が見られる。後者は、受容を中心に外国 運用力育成可能性を追究するもので、今日“Intercomprehension” という概念下に研究が 進められている。尚本文書にはかなり「各州外国教育実態」を含む「ドイツ連邦 共和国外国教育に関する評定書」が付けられており80年代から展開も含まれ興味深いが、 紙幅都合上割愛した。
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