トップPDF アントニー・スティーヴン・ギブズ先生のご退職によせる想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生のご退職によせる想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生のご退職によせる想い 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 アントニー・スティーヴンギブズ先生退職よせる想い 福 井 七 子  私が初めてギブズ先生お目にかかったは、関西大学文学部頃でした。先生は英文学科 属しておられました。文学部時代はあまりお話をする機会もありませんでしたが、教授会 折、物静かな口ぶりでお話される先生を、いつも私は羨望まなざしで見ていました。  直接お話する機会をもったは、外国学部お移りなってからでした。私はその時、英 で論文を書かねばならないという、まったく荒唐無稽な仕事を抱えていました。まがりなり ではありましたが、一応英語で原稿は書いておりました。手を入れてくだされば有難いという 思いで先生お願いしました。先生は大学前喫茶店ほぼ時間通りお出でなりました。お 聞きすれば京都から新幹線をお使いなったということで、大いに恐縮したものです。しかし、 この恐縮は始まり過ぎませんでした。一文一文、誠に丁寧修正してくださり、最初は遠慮 がち聞いておりましたが、だんだん厚かましくなり、「それとこれとニュアンス違いは何 ですか?」など先生にとってはあまりに稚拙すぎる難儀な質問を何百回もしてしまいました。 ギブズ先生は一つひとつ本当に丁寧教えてくださり、無事論文は仕上がり、それは後ジョ ンズ・ホプキンズ大学出版から出版されました。残念ながら編集段階で若干修正がなされ ましたが、骨子については私も譲るわけはいかず、何回も、何度も編集人とやりとりをし、 出版までこぎつけることができました。
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吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

吉田健一と英文学 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文学は実学だ、とぼくは思います。人間にとってだいじなものをつくってきた。あるい は指し示してきた。虚学ではない。医学、工学、経済学、法学などと同じ実学です。人間 基本的なありかた、人間性を壊さないためいろんな光景を、ことばしてきた。文章 才能をもつ人たちが、人間現実を鋭い表現で開示してきた。だから文学というは人 間をつくるもの、人間にとってとても役に立つもの、実学なだと思います。…………… ………………………………………………………………………………………………………… そういうなかで文学現実的な力を再認識しなくてはならないと思います。その実学信 頼度を高めるためは「批判」を受けいれていく環境していくことが重要なですが、 それがいま内部からくずれつつある。…………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………  文学は、実学です。厳密な文章で、人間繊細な部分、深い心理を教えてくれる。人間 大切なものを教えてくれる。その意味で、虚学ではなく、実学なであり、その実学と して働きを無視したところで、いま教育も行われています。…………………………… ………………………………………………………………………………………………………… 文学は無用もの、役に立たないものという見方こそどうかすると怖ろしいもので、文学 を遠ざけたことも一因となって、ことばや文章即してものを考えたり、確認する機会が なくなり、人心に対する想像力が乏しくなりました。身も凍るような、怖い事件が多発 していますね。(荒川洋治 199-226)
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北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

北村 裕先生との四半世紀 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  我々が敬愛する北村 裕先生が、65 歳定年を迎え、本学を退職なられる。言葉では言 い表せない、強い寂しさを感じずはいられない。  北村先生とは、お互い前任校時代から数えて、もう 25 年を越えるおつきあいとなる。私が まだ 20 代後半、先生が 40 代前半時であった。学会でお会いしたが初めてであったが、そ 素晴らしい英語力は感服するしかない、と印象を覚えた。その後、先生が長期留学経 験を一切持たず、日本でのみ英語を学んできたという話を聞き、ふたたび驚いた次第である。 また、研究面でも、パソコンという言葉がまだ一般化していない時代 UNIX ワークス テーションを駆使して、まさに外国教育工学という言葉ふさわしい業績を打ち立てられて いた。その後も、ベルギー著名な心理学者 G. d’Ydewalle 先生と共著で眼球運動に関する認 知心理学的研究を行われたり、米国 CNN 社と契約して英語教育教材を開発されたりと、常に フロントランナーとして、面目躍如たる活躍を続けられていた。これら加えて、恩師大西 昭男先生関西大学元学長・理事長)薫陶を十分受け、幅広い分野で深い教養をお持ちで もあった(更にフルート名手でもある)。このよう、私からすれば、北村先生は真に仰ぎ見 るような存在であった。その先生と、国際研究大会実行委員会メンバーとして、またその後 は、(先生が愛してやまない)関西大学同僚として一緒させていただき、間近接する機会 が持てたことは、後研究者・教育者として人生大きな影響を与えたことは言うまで もない。
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贈ることば、御礼のことば ― 平田渡先生のご退職に寄せて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

贈ることば、御礼のことば ― 平田渡先生のご退職に寄せて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 平田渡先生は長年にわたって、東西学術研究所研究班で、主幹和田葉子先生とともに活 躍されてきた。サンティアゴ・デ・コンポステラへ招聘講演わたしたちを恩師バリー ニャス先生とともにあたたく迎えてくださったマルセリーノ・アヒース先生 ― 平成 27 年度 は平田先生お世話で外国学部招聘研究員として来日された ― 『聖なるものをめぐる 哲学』邦訳は、気鋭哲学者によるミルチャ・エリアーデ論として新聞書評欄などでも注 目を集めたが、そのお仕事なかでは、ラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナ紹介が何よりも重 要な位置を占めている。
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碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

碩学 平田 渡先生へ感謝を込めて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

竹 内   理  過去様々な出来事について分からないことがあると、私は迷うことなく平田先生尋ねて みることしている。「先生、~について教えてくださいますか。」すると先生は、「竹内君、そ れはね、~だよ。」と気さく、そして明快教えてくださる。私にとっては(そして多く同 僚にとっても)、平田先生は、まさに生き字引ような存在なだ。先生はお忘れかもしれない が、「現在出来事意味は、歴史流れを解さずは分からない」とおっしゃっていたこと を、私は折りふれて思い出す。けだし名言である。その平田 渡先生が、実に 40 年長き わたる関西大学学究生活を終え、退職なられる。寂しい限りである。
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アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

アントニー・スティーヴン・ギブズ先生 ―仰ぎ見る存在として― 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 大阪万博 2 年後、文部省(当時)奨学生として来日されてから 40 有余年にわたり、先 生は異国地で教育・研究職経験を積み重ねてこられた。我々ような凡夫にとっては、こ れだけでもとても真似出来ないことだが、先生はそれを軽々とこなし、さらにその文化心 髄ともいえる領域で師範となられた。そして今や、その異国を文字通り母国とされようとして おられる。いや、異国、母国などという言葉範疇は収まらないギブズ先生かもしれな い。そんな仰ぎ見る存在として先生、20 数年間も同僚として接することが出来たは、私 僥倖だったといえよう。
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ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ビセンテ・ウイドブロ『北極の詩』(抄) 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

し長く、7 月から 9 月にかけてほぼ三ヶ月渡っている 3) 。  一時的せよウイドブロがフランス都を離れたは、パリ迫りつつあった第一次世界大 戦戦火を避けるためで、マドリードたどり着く前は、トゥール近郊所在するボーリウ・ プレ・デ・ロッシュで過ごしている。この時、避難生活を共に過ごしたが、リトアニア出身 彫刻家ジャック・リプシッツとスペイン出身画家フアン・グリスで、その僻村で彼らと家 族ぐるみ付き合いを持った。『北極歌』冒頭載る二人友人へ献辞は、その時思い 出寄せたものである。
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at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

at Workにみるルース・ベネディクトの肖像 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

2 章   は第 1 部から第 6 部で構成されている。この本構成方法つい てミードは次よう書いている。 「これは推理小説ではない。どこから読み始めてもよい。も うすでに終わった人生というは、その人生なか様々な出来事を同時に見ることができる。 そのなか一つひとつが後ことを照らすこともあれば、前ことを照らすこともあり得る。 ……私は、この本で読者様々な好み合うようアレンジした。最後ページを先読みた い人もいるだろうし、他解釈を読む前、自分で生資料をもと解釈することを望む 人もいるだろう。資料はいくつかかたまりで提示されている。伝記よくあるよう、途中で 切られた文章や詩断片などは折り混ぜられてはいない。なぜなら、ベネディクトも私もある 程度かたまりで資料が提示されなければ、パターンや流れがわからないと信じていたからで ある。」( 2)従って資料と詩とかかわりも、ミードコメントと必ずしも一致するも ではない。ミード自身も章と詩関係は、彼女がひらめいた場合のみ一緒提示している。 1 部ではベネディクトと文化人類学と出会いを、マーガレット・ミード解説をもと書か れている。年代は 1920 年から 30 年代ものが中心となっている。この章は言語学者である エドワード・サピアとベネディクトと 1922 年から 1923 年にかけて往復書簡やベネディク ト自身日記も含まれており、初期ベネディクト想いを知る上で重要な箇所となっている。  1 部ベネディクトが文化人類学を始めた頃論文「平原インディアン幻視」を翻訳して いて感じたことは、論理的、科学的、そして明確説明するという態度は感じられるが、その 表現からはそのスキルはまだ確立されたとは言い難い点が感じ取れる。表現はどちらかという と古めかしく、客観的そしてアカデミック書こうとする試みは理解できるが、彼女自身 スタイルは未だ形成されたとは言い難く、読み手にとって理解を複雑化させていると感じられ る。
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オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

オズボーンの復讐 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 表向き反感を示した最初振る舞いあと、ヘンリエッタ・コングリーブは、友人かつ姉常連客としてとても喜んでオズボーンを迎えるようなった。彼は、自分が次よう考 えても馬鹿げていることはならないと考えた。つまり、読者がどう考えようと、自分行動 全体が浮かれた愚か者それだとオズボーンが考えていないは言うまでもないこと、そして、 彼女を取り巻くほとんど若い男性よりもヘンリエッタは彼好意を持っていると考えること である。オズボーンは自分持って生まれた資質を正しく評価していたし、感情的なこと厳 しく制限しなくても、より洗練された社会的な目的ため、ひとかどの人物なる素質も備 わっていることが分かっていた。彼はささいな事は関心がなかった。しかし、ウィルクス夫 人客間ではささいな事はほんのわずかな役割を果たす過ぎなかった。ウィルクス夫人は単 純な女性だったが、愚かなわけでも軽薄なわけでもなかった。そして、コングリーブ嬢はさら 優れた理由でこれら欠点から影響を免れていた。グラハムがかつて多少苦々しさを込 めて次よう言うを聞いたことを思い出した。 「女性は本当は自分何か言ってくれる男性 だけが好きなんだ。女性はいつも何かニュース飢えているんだ」オズボーンは、コングリ ーブ嬢が通常あつめられる以上ニュースを自分がもたらすことができることを考えて満足し た。彼は素晴らしい記憶力を持っていたし観察力も鋭かった。その点についてはコングリーブ 嬢も同じだったが、社会についてオズボーン経験はもちろん彼女それよりも十倍広が りを持っていたし、彼は常に彼女不完全な推論を補足し、間違った憶測を正すことができた。 彼女憶測は素晴らしく如才がないよう思えることもあったし、無邪気で愉快なこともあっ た。しかし彼は、まったく新しい事柄が持つ魅力について事実を彼女提供できる立場自 分がいることしばしば気づいていた。彼は旅行をし、男女を問わずさまざまな人物会って きたし、もちろん、通常女性が読むべきではないと考えられている多く本を読んでいた。彼 は自分強みがよく分かっていた。しかし、彼知的な資質を披露することによってコング リーブ嬢が大変楽しんだとしても、一方で、彼女関心が彼知性非常さわやかな影響を もたらしているようも思えた。
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「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「日本の英文学研究」考 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Another is for there to be more ‘original’ or ‘creative’ writing. English continues to focus on enabling you to respond to the world around you. (Robert Eaglestone 133 )  私たち日本英文学専攻者にとって有意義だと思われる箇所を、本稿論旨である実践知性 として英文学研究視点からまず引用したが、実は著者ロバート・イーグルストンは第 1 部 第 1 章 ‘Where did English come from?’ 中で、英文学という学科目がどのような歴史的背景 もとでイギリス設置される至ったかを詳述している。英文学本家であるイギリス事 情を知っておくことも大切であろうから、以下、簡潔まとめてみる:「元々英文学研究なる ものはイギリス大学では受け入れられず、特に古典学教授たちにとっては無用長物であ った。ところがこの英文学は 1835 年、一つ正式な学科目としてインドにおいて誕生した。当 時インドを統治していたイギリスは、英文学研究を通して現地インド人をイギリス化させよ うと目論んだである。そしてやがてこれがイギリス逆輸入されることなる。そうした逆 輸入者代表的人物が、詩人・思想家マシュー・アーノルド(Matthew Arnold)であり、 彼は当時イギリス人文学的教養を身つけさせようと思ったである。具体的は、有益 で文明的な道徳的価値観修得が目標とされた。これに対して、英文学を研究してもほとんど 意味がないと考える一派も存在し、彼らは、教養ではなく、むしろ言語研究として英文学を 志向した。こうしたせめぎあい中、1893 年オクスフォード大学英文学学位コースが導入 されたが、英文学専攻は主としてフィロロジー研究を意味した。この流れが変わるは 1917 年 以降である。ケンブリッジ大学講師たちが中心となって、主としてフィロロジーから成り立 っている英語専攻コース抜本的改革を進め、やがて言語研究だけではない、今日私たちが 知っている豊潤な英文学基礎が作られたである」。
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ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ファーゴー教授 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 「そうです!」と彼は言った。「肉体と魂が一緒でなければならないという恥ずべき必要性へ さもしい譲歩なんです。ときどき、たとえ一時間でも耐えられないと感じるときがあります。 このような犠牲を払って真実について語るを聞いてもらうくらいなら、たとえ運命命ずる ところしたがって溺れようとも、あの厚かましいペテン師と別れた方がましだと感じるとき があります。黙って口を閉じ、あの男卑劣な詐欺行為に対して少なくとも私は何要求もし ないと主張することで万事おさまっているですが、彼と付き合っていること自体が制裁であ り、あのいまいましい見世物参加していることが純粋な真実へ冒涜なです。ご覧とお り、私は不幸も何かを信じてしまったです。知ってしまったです。そして知性に関して は、毒を含んだくずを口するか、真科学という熟した甘い果実を口するかが重要である と考えているです!私は毎晩目を閉じ、顎を固定し、歯を噛みしめているです。しかしあ くだらない戯言を聞かざるを得ないです。始めから終わりまで恥ずべき嘘塊です。 今ではもうすべて暗記してしまいました。立ち上がって私もぺらぺらと話すことができます。 それは一日中私耳で鳴り響いています。長い布きれをかぶせたテーブル屈み込んでテ ーブルを叩いている恐ろしい夢を見るです。外教授が立っていて聴衆向かって『これは アルキメデス霊です』と言うです。そして、私は息苦しくなってテーブルをひっくり返し 千人も詐欺師共犯者として登場するです。私無視された人類へメッセージ 価値があまりにも大きく、あまりにも計り知れないので、私がそれを口することを可能 する手段は正当だと信じることができる瞬間があります。黄金向かって航海するときは、 力を誇示する海賊がその船を大洋引っぱっていってもかまわないです。そのような気分で、 目をつぶって聞かないようしながら壁もたれて陰座っているときは、本当に聞こえない です!私心ははるか遠いところあるです ― 空中浮かび、発明乗って高く舞 い上がっているです。しかし突然、忌まわしい現実が私襲いかかるですが、ここ座っ ているが本当私 ― 山ような黄金よりも一粒科学的真理が貴重だと考えている私 ― だという自分感覚が信じられなくなるです!」
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トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーマス・ロッカー絵本の整理と展望 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

  , by Thomas Locker. New York: Harcourt, Inc., 2001.  「大自然が踊る」というテーマ第三弾で、前二作構成を踏襲している。テキストは三人称 視点から書かれおり、様々な偉大な山々姿を映し出している。巻末載せられたクリスチ ャンセン、および地理学者ドナルド・フィッシャー(Donald Fisher)による科学的説明助け られ、それら山々がどのよう作られたか、また変化していくかを読者は知る。アメリカ合 衆国内よく知られた山々が例として挙げられており、地学、地理テキストとしても読める、 面白い趣向絵本である。短い時間で変化する水とは異なり、山々が何万年かけてダンスを踊 っていると捉えられているところがユニークである。最後見開きでは、たくさん星がきら めく群青色空を背景した山々姿を描き、“Beneath the stars, / mountains dance their slow dance / that goes on and on / in the endless beauty of the universe.” というテキストが配され ている。読者を悠久彼方へと誘い、宇宙神秘を感じさせる。
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ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある肖像画の物語 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 どのようその週が過ぎたか上手く説明できない。今彼顔を正面から見つめている冷徹 な結びつきよりも死方が好ましいかよう、そして、唯一可能な選択は彼財産をマリア ン譲り自分存在を終わらせることであるかよう感じられる瞬間がレノックスはあっ た。また、それなり自分運命と折り合いをつけているかような瞬間もあった。彼はただ 自分が持っていた古い夢や幻想を集めて、膝上で折ってしまいさえすればそれでよかった だ。それでことは済むだ。しかしそうはせず、合理的かつ適度な期待こもった立派な束 を集めて、それを結婚式白いリボンで束ねることはできないだろうか?彼愛は死んでし まった。彼若さも死んでしまった。それですべてお終いだった。そこから悲劇を生みだす必 要などなかった。彼生命力は弱く短命であることが宿命であったので、消えてしまう なら結婚後よりも前方が良かった。結婚に関していうなら、それは予定どおり執り行われ るべきだった。なぜなら、それは必ずしも愛問題ではないからだ。彼はマリアン将来を 奪ってしまうため必要な残酷な首尾一貫性欠けていた。もし彼が誤って彼女を過大評価し ただとしたら、その責任は彼あり、その罰を彼女が支払わなければならないとすればそれ は残酷なことであっただろう。彼女問題があったとしてもそれは意図的なものではまったく なく、彼自身に関するかぎり、彼女意図が善意もとづくものであることは明らかであった。 彼女と一心同体とはいかなくても、少なくとも彼女は誠実な妻であり続けるであろう。  この暗澹とした理屈力を借りて、レノックスは結婚式前夜まで漕ぎつけた。これ先 立つ週、エベレットに対する彼振る舞いは一貫して優しく親切であった。彼愛を失うこと によって彼女はとても大切な宝物を失ってしまっただと彼は感じた。その代わり彼は、尽 きることない忠誠を彼女捧げるであった。マリアンは彼元気なさや何か心を奪わ れているような感じについて聞いてみたが、調子が良くないんだと答えるだけだった。水曜日 午後、彼は馬乗って長時間外出した。陽が沈むころ帰宅し、古くからいる家政婦玄関で 会った。
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中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語と近代─ 東アジアの言語環境における思考─ 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

五、中国近代化と東アジア近代化  ある国言語変化問題を、伝統的言語から近代民族国家言語へ進化まで広げて考え た場合、われわれは次ような事実直面する。表意文字(または音節文字、形態素文字とも 呼ばれる)である漢字は、ヨーロッパやアジアその他古典言語(ラテン語、ギリシャ、 ヘブライ、アラビアなど)備わっている宗教的神聖性がない。しかしそれは、漢字が言 を超えた表記システムとなることを妨げなかった。漢字は東アジア各国、古 テクスト 典と言語記 録手段を提供し、漢字文化圏と呼ばれる文化共同体を形成させた。漢字文化圏にとって、漢字 存在は書面による表現を可能したが、同時に、漢籍規範性によって言語使用者表現 自由が著しく束縛される結果をもたらした。このため、漢字文化圏域内各言語は「国語」 として成立する場合、脱漢文過程を経なければならない。しかし漢字は、様々な議論が交わ され、多く改革が実施されたもかかわらず、その地位が揺らぐことはなかった 14) 。それば かりか、漢字文化圏では、正に漢字によってこそ西洋近代新知識受容を実現したである。 現在すでに漢字を使用していない国「国語」においても、「漢字」ならず「漢音」が書き 言葉主要部分を占めているである 15) 。
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キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

キルギス語とロシア語のコード・スイッチングに関するパイロット研究 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 以上よう、個々 CS 機能が特定できる場合がある一方で、CS 発生頻度が最も高い C は、3.1 文内 CS 例③よう、母体言語が不明で複雑な CS が多数見られ、個々 CS 機能は必ずしも明確ではなかった。Poplack ( 1980: 588 )が指摘するよう、安定的な二言語 併用コミュニティにおける特定発話状況では、CS 自体が規範となる事例もある。その場合、 話者は CS を通して混合アイデンティティを表現していると考えられ、前掲 6 つ機能のう ち「表現機能」該当する。よって、安定的な二言語併用環境である首都ビシュケク市生ま れ育ったインフォーマント C にとっては、キルギスとロシア CS 満ち溢れた会話様式 がありふれたものであり、CS を通して、キルギスが優勢な地方在住キルギス人とは、異な るアイデンティティを表現していると考えられる。
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フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教育に必要とされる文法知識 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 教材により学習する動詞時制形数は異なるが、すべて教材で複合過去形は最初学習す る直説法過去時制となっている。週 1 回授業が想定される教科書では最終課で現れ(『話し てみようフランス語』:12 課、『カジュアルフランス語』:14 課)、週 2 回(以上)授業が想 定される 3 つ教材では教科書後半(『場面で話すフランス語』:8 課[全 12 課]、Alphabetix: 14 課[全 15 課]、『ピエールとユゴー』:12 課・13 課[全 18 課])で導入されている。これら 課において、複合過去形は「過去」という時間軸と密接結びついて提示されている。『話し てみようフランス語』と『場面で話すフランス語 1』では過去時と関連性が課テーマ「過 去ことを言う」(『話してみようフランス語』)、「過去出来事」(『場面で話すフランス語 1』) として明確打ち出されている。他 3 つ教材では「過去」という言葉が明示されることは ない。しかし、課学習内容が過去事柄と関係していることは、課タイトル( Vous avez bien travaillé. よく働いてくれたわね『ピエールとユゴー』12 課:p. 52)、課セクションサ ブタイトル( Qu’est-ce que vous avez fait hier ? 昨日何をしましたか?『カジュアルフラン ス』14 課 Conversation:p. 67 )、練習問題指示(滞在中出来事、やったことを下写 真を参考複合過去形で述べてください。Alphabetix : p. 103, activité 6 指示文)から容易 見て取れる。
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社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

社会科学の目的と「自由」に関する考察 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文化人類学者は自分社会よりもなるべく違う社会を研究しようとするため、様々な集団 データを持っている。そして西洋文明影響範囲からはずれたところで発展したシンプルな社 会を特に研究する。文化人類学者はある集団が特定価値観基づいて実現した方略を研究す ることができる。その価値観とは自由という価値観なか、社会統一という価値観なか、権 力屈するという価値観なかを研究することができる。文化人類学者にとって部族役割は、 科学者が細菌生死を研究する実験室役割と同じなである。文化人類学者実験室は研究 者が自分で設定するではない。それは原住民が何世代もわたって、何千年もかけて生き方 詳細いたるまで設定したものである。しかしフィールド・ワーカーはその部族なか存 在する私たち時事問題を、たとえそれが違った姿であったとしても認識することができる。  フィールド・ワーカーが研究している裸プリミティブ・ピープルはもちろん社会保障条 例について話すわけではない。しかし彼らは老人や飢えた人をどのよう扱うべきかはっきり している。年寄りや飢えた人を守る部族もあれば、守らない部族もいる。そして文化人類学者 はそれがもたらす帰結を研究することができる。原住民は黄金率について語らないが、オース トラリア原住民からカラハリ砂漠原住民いたるまで、黄金率が働いていることは見受け られる。たとえば、「他人施しを与えなければ、誰が自分施しを与えてくれるだろう」、「他 人を敬わなければ誰が自分を敬ってくれるだろう」といった教訓は、若者たたきこまれ、 南洋島々人からティエラ・デ・フィエゴ冷たい霧すむ人至るまで、それを実践して いる。同時にこのような黄金率がまったくない原始社会があり、文化人類学者は黄金率が存在 する結果と、しない結果を研究することができる。黄金率は人を支配するだろうか?プリミ ティブ・ピープルなかで黄金率縛られた人間関係しか知らない人もいれば、相手を強いる 状況立たされたことがないプリミティブ・ピープルもいる。
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岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

岐路に立つルクセンブルクの3言語主義 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 言語間習熟度濃淡はあれ、3 言語習得はルクセンブルク人アイデンティティー礎 であり、どの言語を欠かすわけもいかない。ルクセンブルク人が最も得意な言語はルクセン ブルクであるが、ルクセンブルクを政治・経済・学問領域で本格的使用するは綿密 なコーパス政策を展開せねばならず、そればかりかフランス語とドイツを主要言語とするメ リットが失われることもなるので損失は大きい。したがって、フランス語とドイツ役割 を減じるような言語政策は国益反するだろう。言語レベルだけを考えるならば、ほとんど母 として習得が可能なドイツを主要な公用とするがルクセンブルク人にとって最も現 実的な選択肢となろう。だが、ドイツ国土を占領された経験を持つルクセンブルク人とっ て、ドイツと同じ言語を国語とすることは抵抗感がある。最近では、特に若年層でドイツ態度が好転しており、居心地がいい外国一位ドイツが入っている点は特筆すべきであ る。また、最も得意な言語 2 位ドイツが位置していることを考えるならば、ドイツ 使用域拡大環境が整っていることを示唆している。しかし、憲法が規定するフランス語司 法上優位性と、主たる学術言語をフランス語が担う言語教育政策を守り続ける以上、フラン スを上位言語とする 3 言語主義は変わらないだろう。特に、EU ではフランス語が英語と並 ぶ「作業言語」(working language)として使われているため、EU 主要機関が立地するルク センブルクにとってフランス語を主要言語とするメリットは計り知れないものがある。ただし、 ドイツもフランスも依存しない独立国であることを示すは、ドイツとフランス語バ ランスを取ることが重要なる。ドイツとフランス語というヨーロッパ 2 大言語を公的 使用することで、幅広い通用性を持つインフラを提供しながら国際的な求心力を得るが小国 ルクセンブルク生き方であるからだ。
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有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

有余年の大学生活を振り返って 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

27 30 有余年大学生活を振り返って 福 井 七 子  関西大学時間は、学問を中心として私生活彩りを添えてくださった人々おかげで、 非常恵まれた期間だった。30 有余年にわたって、まったく波風がたたなかった時期がなかっ たとは言えない。ルース・ベネディクトという複雑な女性を研究テーマ中心したことで、 彼女思想・文化捉え方、また彼女異文化理解迫ろうともがき続けた年月であった。  研究性質から、私は常に一次資料を求めようとした。資料集めがうまくいき、というより 納得いくまでやり続けたというべきかもしれないが、そして多く人々助けられ、これまで あまり研究がなされていなかった分野を少しは明らかできたではないかと思っている。  アメリカは 6 回ほど調査旅行をした。第一回目調査旅行は実に不安な気持でいっぱいで あった。プキプシーあるベネディクト・コレクションを中心、エール大学や議会図書館 も出かけた。ニューヨーク図書館では思いもかけなかった資料を得ることができた。結果的 心配は杞憂終わっただが、資料収集だけでは何も発信できない。収集以上努力が 求められるは、それを読み解き、まるでジグゾーパズルよう時間軸を中心埋め込んで いかねばならない。
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杉谷眞佐子教授のご退任に際し感謝をこめて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

杉谷眞佐子教授のご退任に際し感謝をこめて 外国語学部(紀要)|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Internationales Handbuch (Walter de Gruyter)を杉谷先生と 1 巻ずつ分担して学会誌書評 を執筆する機会をいただきました。また、言語論、文化論教科書として使用することを想定 して企画された『ドイツが織りなす社会と文化』(関西大学出版部)では、杉谷先生も編著者 お一人として尽力され、私も論文と翻訳を 1 編ずつ掲載させていただきました。教育分野 おいても、学内外で開催されるドイツ教授法ワークショップなど一緒させていただ く機会が多々ありました。この分野権威でいらっしゃる杉谷先生が、若い大学院生と競い合 いながら授業で使うゲーム練習をしておられた姿は、実にチャーミングでした。思い起こせ ば、ドイツ教育道を共に歩ませていただけたことで、新たな道が拓けたこと感嘆するば かりです。しかし、ニーチェがいうよう、建物大きさは離れて見なければわかりません。 その足跡本当大きさを私たちが理解できるは、先生関西大学を離れられてからだと思 っています。
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