トップPDF 「悪者おおかみ」の書き換え五題:『さんびきのこぶた』変装絵本に見る現代的効果 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「悪者おおかみ」の書き換え五題:『さんびきのこぶた』変装絵本に見る現代的効果 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

「悪者おおかみ」の書き換え五題:『さんびきのこぶた』変装絵本に見る現代的効果 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

へ行けるか、ということを考えることから、この絵本作りが始まったと語っています 5) 。 このことからも明らかですが、メタ・フィクションとして意味合い濃い作品となっている ことは、言うまでもありません。  昔話枠組み外へ登場人物を移すという象徴行為は、実際、昔話ストーリーを漫画 コマよう枠取りし、ぶたその枠組みを物理越えさせることで表されています。こう して、一匹目、二匹目ぶたは、おかみかかって命を落とすことなく、新しく生きる 道を見つけることなります。三匹目ぶたが登場する段いたっては、元枠内ストーリ ーと、枠外もうひとつストーリーとが、完全ものとなり、後者が中心なってきま す。三匹ぶたは、もとストーリーおかみを描いたページで紙飛行機を作り、白紙ペ ージ上を旅します。旅途中で、彼らは、マザー・グース絵本や、竜退治中世物語絵本 世界入り、それぞれから、フィドルを持ったねこと竜を新しい仲間として、再び、「さんび きのこぶた世界へ戻ってきますが、その結末は異なったものとなります。三匹ぶたと新 しい友達は、おかみを追い払い、末永く幸せ暮らしました、という風変わっています。  こうした書き換えで何が起こっているでしょう。この書き換えから、読者は何を読み取る ことができるでしょう。上言及したインタビューでさらに作者が語っていることを参考
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ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ドイツ語圏スイスにおける言語状況:標準変種の規範化と方言の拡大 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 Ammon (1995: 80)モデル基づきスイス標準変種現状を考察するとどうなるだろう か。規範典は拡充し、スイス言語学者も編纂へ関与や批評を行い、模範話者・著者もスイ ス人である。ただ、内部規範典はMeyer個人によるもの限られ、専門家集団による共同作業 で編纂されているドイツやオーストリア規範典比べると公共色彩が弱い。見出しはス イス標準変種限られているので4000ほど過ぎず、あくまでも基本となる外部規範典(事 実上はDuden)を補完する機能を担うものだということを忘れてはならない。そのDudenは 十分とはいえないながらも、使用国や地域情報も含んでいるので、Duden方がスイス いても汎用性が高いと言える。規範権威者がどのよう行動しているかについては、さらなる 調査が必要であるが、Meyer (2006)公的規範性は付与されておらず外部規範典へ依存は 続いている。また、スイスドイツ話者多数がこの言語規範を支持するかについても検証が 必要だ。方言自らアイデンティティーを見出しているスイス人にとって、標準変種確立 は二次な課題であると考えられる。複数中心地言語観は、欧州連合多言・多文化主義 も呼応して、主ドイツやオーストリア言語学者主導で普及してきた。この影響と、学 校教育における標準変種使用拡充へ要請が、標準変種確立消極だったスイス人意識 わずかながらも変化を生じさせたというが現状である。
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『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

『水鏡』における創造主義の萌芽 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

濯船」を出て郊外モンルージュへと住所を変えていたパブロ・ピカソや、公私にわたって誰 よりも相談相手となったフアン・グリスといった画家たち――と交流を通じて、この20世紀 絵画一大潮流実作品制作過程を目の当たりしていた。  キュビスム絵画では、一つ対象を複数視点から捉えるという発想が、この見方を理解 しない鑑賞者から時には子供絵とさえ見られてしまうような、たとえばピカソ『泣く女』 ような、いびつな女性正面/横顔を描かせる。しかし詩場合は、ページを左から右へ と、上から下へと読み進んでいくという因習によって、鑑賞者は詩篇常に一ヶ所だけを 読んでいるという状況おかれる。これはやはり連続する音流れ一瞬だけを捕らえざ る得ない音楽芸術似た、時間芸術持つ宿命といってよい性質であろう。詩がキュビスム 思想を取り入れる際、もっとも困難をともないながら実現させようとしたことが、一つ事 象複数面を一時見ること、すなわち詩における同時性獲得であった。
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李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

李氏朝鮮期中国語会話テキスト『朴通事』に見られる存在文について 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

3 ,まとめ  李氏朝鮮期中国会話テキスト『朴通事』における存在文を調査した結果、顕著な特徴とし て動詞“有”より前目的が倒置されるという現象がみられる。従来研究ではこれをモン ゴル影響を大いに受けたと考えられる元代言痕跡を残すものとしてとらえるが、本稿 では、口語資料特徴としてとらえうるではないかという可能性を示唆した。今後、他資料による確認作業、また、何故口語において前置されやすいか、といった理論付け、な どが必要なるだろう。現時点では、主題化、“左移位”観点から説明が出来るではなか ろうかと考えているが、今後課題である。
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The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

The Liaison of English Part Two 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 では、拙稿は、十年余り様々な教室で応用しながら、著者が徐々に改善してきたつもり 、連声中心教材二部を提示する。内容は、最近著者が発見した、英語連声おい て大切な役割を担う声門閉鎖音実践について効果な指導方法触れておいてから、滑 らかな連声を醸し出すため必要である単独子音省略または置換(多少なり友音声 変化)、ならびに 1 チャンク中で隣接する子音 1 対融合かかわる法則詳細を解き 明かせて、そして当該法則能動応用課題を列挙する。稿末、その他音声変化 関する解説と個別学習課題が列挙されてから、総て法則応用を(なるべく均一)必 要とする 8 つ総合課題が付加されている。
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フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語教師のための研修の必要性 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 フランス語教育実習生は、フランス語授業時間数が少ないため授業実習回数が少なす ぎる、実習校が母校でないことから実習校や生徒特徴が予めつかめない、など不利な条件が 重なることなる。それらを克服するため、他教科実習生比べてより多く苦労とより 周到な準備が必要となることは避けられない事実である。そこで筆者は、授業見学や学校情報 提供などを実習期間前行うことで授業実習時間確保や実習生かかる負担軽減を試み た。その結果、短い実習期間でも大きな成果を収めた実習生があった反面、そうでない場合も あった。その違いを考察してみると、フランス語力不足(テキスト発音かなり練習を要 する)、知識不足(学習指導案書き方がわからない)、実務力不足(学級日誌点検や実習ノー ト記入等時間がかかりすぎる)などが原因となっていた。これら問題は一見学生個人能 力よると考えられるが、教科教育授業によってある程度回避できたと思われる点もあ る。学習指導案書き方を例とると、実際はフランス語メモ書きや台本形式など自分ら しさを追求したものであってもよいが、中等教育機関において研究授業で配布することも考慮 した標準な学習指導案書き方も指導しておく必要がある。そしてそれと同様大切な は、担当教師教科教育法へ取り組み姿勢ではないだろうか。それがそのまま実習生真摯 な態度つながったと思われる例も見受けられた。
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言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

言語研究の底を流れる思想を考える—推論様式を手掛かりとして— 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

、前提 2 :聖母マリアは処女である 4 4 4 4 4 、結論:私 は聖母マリアである。もちろん西欧論理学枠組みにおいて、これは「非論理」思考(私≠聖母 マリア)であるが、見方を変えると「彼女は私太陽だ」(彼女≠私太陽)ようなメタファー生 成原動力ともなり得る「論理」でもある。無意識うち私たちを縛っている西欧思想を意識 レベル引きずりだすこと(そして願わくは、これと対峙する思考法存在を示すこと)を意図し ている本論と、この論理(思考法)が決して無縁ではないよう思われることをここでは述べて きたい。なお、古論理(パレオロジック)については、実に多く研究者が注目していることも付 言しておく。木村敏(1973:140)、丸山圭三郎(1987:140)、中村雄二郎(2001:86 94)を参照こと。 また、中沢新一(2004)でも、名称こそ異なるものの、複論理(バイロジック)という呼び名で、 同様思考法が主要な話題となっている。
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メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

メキシコにおける前衛主義 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

トーレス = ボデーは、1928年発表された「新しい詩」 9) と題する文章で、同時代行 方について省察をおこなっている。そのなかで、トーレス = ボデーは、文学全体が危機さ らされていることを認めながら、しかし、死にかけているは詩だけとどまらず、深刻な懐 疑主義陥った文明精神そのものであり、その元凶は実証主義ほかならないと主張している。 さらに、高踏派、象徴主義、ダリオようなモデルニスモ詩人たちを点検したうえで、従来 頽廃したロマン主義を乗り越えた同時代詩を生み出す必要性があることを訴えた。“A través del poema se sienten los andamios que el artista no tuvo tiempo de destruir. El lector atento podría hacer, dentro de cada uno de ellos, la historia de una emoción romántica y su tránsito al esquemático juego de inteligencia en que se realiza. Lo que era aritmética, nú mero lleno de sugestiones y de promesas, se ha ido trocando en álgebra, fría ecuación de astucia.” 「詩を通して、芸術家崩す暇なかったさまざまな足場があることが感じられる。 注意深い読者ならば、それぞれロマン主義な感動物語を作り上げ、その感動が成就 される図式な知遊びへと移し変えることができるだろう。算術なもの、つまり暗示と約 束で満たされた数字であったものは、代数学、狡知冷たい等式転じてしまった」。トー レス = ボデーは、ここで示されたような変革意思が、まだ不完全なものであるしても、ジャ ン・コクトーやルヴェルディ、ヘラルド・ディエゴ Gerardo Diego(1896‒1987)やアルベルティ Rafael Alberti(1902‒1999 )、フェルナン・シルバ = バルデス Fernán Silva Valdés(1887‒ 1975)やオリベリオ・ヒロンド Oliverio Girondo(1891‒1965)といった詩人たち作品見 出せるとしている。
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河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

河合忠仁教授を偲んで 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 1998年後期より、私が和歌山大学移ることなり、河合先生話したところ、自分も近 大をやめて他大学移りたいと言われたを思い出す。私方は、 8 月割愛がうまく行か ず、半年転出が遅れた。その間、河合先生も関西大学移ることが決まり、19年間勤めた近 畿大学を一緒やめることなった。河合先生は関西大学へ移られてから、精力研究を本 まとめて出版したり、大学用テキストを何冊も書かれた。英語コミュニケーション学会 関西支部長から、副会長もなられ、本当に、充実した研究生活を送っていたと思われる。  しかし、運命いたずらであろうか、その後、癌で入院されることなったである。見舞 い行った時、「癌が転移しているかもしれない」と悲壮な表情で我々語られたは今で も忘れられない。あれは、自分将来計画が台無しなるかもしれないという絶望感現れだ ったと思われる。というのも、河合先生は何事においても、きちんと計画を立て、こつこつと 地道実行して行く人だからである。つまり、あの時は既に自分これから人生を計画し ていたと思われるからである。それは、授業準備をみれば明らかである。河合先生は、私と 違い、授業準備を完璧行わないと気がすまなかった。時は、異常と思われるほど、きち んとするである。授業時間何倍も時間をかけて準備をしていることも何度かあった。ま た、近畿大学時代は、いつも会いするたび、河合先生は自分将来計画を語られてい た。将来、こういう本を出版したいとか、こういう研究をしたいとか語られていた。それを考 えると、河合先生悲壮な気持ちが手取るようわかる気がする。
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フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

フランス語動詞事象の意味分類に関する考察 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

以上、Vendler 始まる動詞分類方法論再検討を通して、フランス語動詞事象意味分 析がいかに発展してきたかを見てきた。Vendler が提示した状態、活動、完了、瞬間カテゴ リーは、現在まで広くフランス語動詞事象アスペクト意味分析分類枠として用いられて おり、その有用性は疑う余地がない。しかしながら、彼方法論はあいまいな点も多く、be + ∼ ing と共起性によって導き出した各カテゴリー意味特徴が概念的矛盾点している、 共起テストがアスペクト性質統一されていない、さらには分析対象(発話事行)と分析 レヴェル(動詞)が一致していない等問題点が見られた。Vendler 四分類をフランス語動 詞事象分析応用した研究では、分析基準が整備されより体系な事象意味分析が試みら れている。本稿ではその内容をカテゴリー定義、共起テスト、分析対象と分析レヴェル三 つ分けて整理した結果、以下内容が明らかなった。、意味カテゴリーは直感認 識頼って定義されることも多かったが、対立概念を用いて任意性質有無を調べること よって、弁別意味特徴集合として客観表されうる。、共起テストはカテゴリー そのもの説明と区別されるべきであり、本来機能は、動詞事象が表す概念特徴と意味 共起性または非共起性によって事象タイプを判別することある。、動詞事象分類 で真分析対象となるは統辞論な意味における動詞ではなく、動詞を含めた言語要素が文 脈応じて表す意味である。発話レヴェルでは言語内外様々な要素が意味構築関与して いおり、事行タイプはこれら要素意味特徴が総合された結果判別される。
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English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

English in Context: A Teaching Note 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 本論文では、日本語による重要表現解説を伴う良質教科書が手入り、現代アメリカ 英語による若者生活を描いた映画Good Will Hunting(邦題『グッドウィルハンティング/ 旅立ち』シナリオを利用し、場面・文脈中で英語表現意味合いを学習させる教育実践 について、学習者からレポートも引用しながら、その効用と限界について論じる。とりわ け、この映画で多用されるスラング(profanity)と字面解釈とどまらない間接表現が 伝えるメッセージ重要性注目し、それぞれ表現を、それが用いられる様々な社会コ ンテクスト結びつけて教育を行なうこと意義について論じる。
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日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

日本人大学生のEFL 学習者コーパスに見られるMAKEの使用 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 Granger(1998:146)やNesselhauf(2003:224)は統語や結びつきによる制限ではなく、 恣意組み合わせが決まっている場合ような慣習な結びつきだけをコロケーションとし ている。  コロケーション教育示唆としては、個々単語をいくら身つけてもそれは言語学習 は直結しない。先も述べたよう句単位で習得することで次文生成段階進むことはそ れほど困難ではないが、個々単語から文生成進むはその間いくつもステップがあっ て容易ではない。上級学習者ほどコロケーションを習得しており、そのため母語話者らし い自然な発話ができると言われているが、それでも上級学習者が母語話者並みコロケーショ ンを使いこなすことは困難である(Bahns & Eldaw 1993)。また、De Cock et al.(1998)報 告では、上級学習者と母語話者間ではコロケーション使い方が異なるとしている。  個々単語を習得してもそれらがどのような他単語と結合できるかを知っていなければ非 英語な不自然な表現を産出することなる。native-likeな選択を身つけるということはコ ロケーション知識を身つけるということもなる。日本人学習者が英語がうまくならない 一因は、上述べた連続体「自由結合」とどまっていて、しかも日本語から類推でき る範囲「自由結合」から抜け出せないからであろう。例えば、自由結合において、動詞続く目的は特定意味名詞句が来るという情報がなければ、学習者は母語基づいた推 測か類推で語彙結合を作る傾向がある(Howarth 1998:163)。大多数単語はある特定コロ ケーションをもっているが、コロケーション知識がなくては語句産出も流暢さも望むべく もない。母語話者らしいコロケーション能力がないということがNSとNNS違いを浮き立た せるである。つまるところ、コロケーションが英語教育示唆するところは、二つが共 起するため適切な語彙を選ぶ語彙選択重要性である。
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W・ラーベと環境問題 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

W・ラーベと環境問題 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 文学においてこの環境破壊現象を詳しく取り上げたものはこれまでほとんどなかった。そ れはこのテーマが最近いたるまで文学として看過ごされていたことを、そして産業もしくは 工業化懐疑念を抱いていたはごく僅かなアウトサイダーな存在だけでしかなかっ たことを意味しているであろうし、また「環境保護」という概念が一般定着しだしたは この四半世紀前からでしかないことから、この作家がこの点でも19世紀後半「進歩」を謳歌 する楽観な時代精神を越えていたことを示しいるであろうし、広く知られている小説家H. ヘッセ(      ∼)「恐らく後世ドイツで認められるであろう」 2) と いう言葉を想い起し得ることでもある。また一方で20世紀後半始まった再評価は「ラーベ 物語芸術が19世紀後半最も重要な文学表現一つであることが益々明瞭なってきた」 3) と H.ヘルマースがその成果一端を表しているよう元来言われてきた「詩的写実主義」なる 枠を越えて現代も十分通じ得る普遍な独自性を明らかする足る専門なテーマを追求し てきているが、環境破壊問題に関しては文芸学外問題をも含むことからかまだ取り扱われ ていないと見受けられるである。小論は読者背を向けられていった中期(1867∼70)以後 作品2、3例を主取り上げながらラーベが現今時事問題と関連からも読まれ得る作 家であることを指摘しようとするものである。
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ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

ある問題 ヘンリー・ジェイムズ 著 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

同情幸せを求めたくなる衝動駆られた。しかし彼女はあまり大きく踏み出さなかった。そ ような幸せは胸騒ぎする安らぎすぎないよう思えた。それ、彼女は夫と折り合い がうまくいっていないだと世間が疑う理由もなかっただ。  しかし、デイヴィッド方はかなり踏み出していた。彼はもの静かであまり外出しない愛情 深い男性から、好みうるさく神経質で落ち着きがなく、クラブや劇場よく出入りし外で食 事をする男性へと徐々に変わっていった。彼生活これらことが影響していることを感じ 取ったときから、彼はあの二つ予言を軽く見ることができなくなった。あるときは一つ、またあるときは別予言が彼想像力を支配し、いずれせよ、それら予言を知ら なかったら過ごせたであろう生活をすることは今や不可能だった。時に彼は若くして死ぬこと を考えて、この世界に対する情熱な愛着と、快楽世界飛び込んでみたいという抗い難い 欲望とらわれることがあった。またあるときは、妻可能性や彼妻という立場が他 女性取って代わることを考えて、人生進展に対するさらなる遅延激しく不自然なほど いらいらした。彼は現在を消滅させたいと願った。激しい期待と興奮状態中で生きることは 生きることではない。あわれなデイヴィッドは時間をやり過ごすためとき自暴自棄なっ た。彼は人生一側面から別側面へと絶え間なく振れ動き、情熱な高揚から激しく病的 落ち込む絶え間ない変調が、ほとんど狂気ともいえる慢性な興奮状態を誘発した。
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マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

マルチメディアを利用した外国語教育と情報ネットワークの展開 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

きかける姿勢が必要なである。ハイパーリンクを辿るとき、あたかも自分で情報を再構成し ているかような錯覚陥るが、それは新しい知発見や構築を必ずしも保証するものではな いことを悟るべきである。  また、ハイパーリンクを可能したデジタル情報簡便さや断片性は、逆一覧性欠如あ るいは困難さという新たな問題をもたらしている。つまり、ペーパーメディアを扱うときよ うに、ページ(群)という空間を一覧し、全体中で行きつ戻りつしながら言語を追うといっ た、従来型空間操作がしにくいである。もちろん、リンクを辿ることによって「行きつ 戻りつ」できるではあるが、それぞれリンクはいわば読み切り情報であり、全体を見通す という行為が希薄なりがちなだ。実は、グーテンベルクによる活版印刷術がもたらした大 量複製書物は、〈読み〉スタイルを音読から黙読へと移行させ、今しがた述べた「行きつ戻 りつ」空間操作を可能するとともに、読者注意を言語意味や論理へと集中させる効 果があったという。論理へ集中は、また、書物を批判読む態度をも養ったである。 27)
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外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

臣も各州所属する。従って相互調整や共同政策に関する討議は定期開催される「常設 文部大臣会議」で行われる。但し、ボローニャ・プロセスを含む欧州統合や教育(行政・財政) 改革大きな流れなか、連邦政府研究・科学省と間で、権限・管轄領域をめぐる議論が 高まりを見せているも事実である。既述よう欧州委員会は1995年「欧州市民 3 言語主 義」原則を提唱するが、『外国教育基本構想に関する検討』では既に1994年、小学校で 1 外国教育開始方向性、「母語プラス 2 外国」学習示唆、外国学習目標として 言語コミュニケーション能力と並び、「視点を変える能力」を含む「異文化対応能力育成」 や「外国学習能力じたい育成」などが提示されていた。これら検討項目は、2003年12月 発表常設文部大臣会議で合意され各州指導要領等共通する「全国教育スタンダード・ 1 / 2 外国科目」具体導入されている 6 。その他、出自言語増加を積極取り入 れ外国語種を拡大する視点や、重要性を増す外国教育に対し生徒や保護者対象啓発活 動 を 行 う 必 要 性、 或 い は 言 受 容 領 域 で 「複 数 言 能 力 育 成」(Rezeptive Mehrsprachigkeit)など当時情況を反映した指摘が見られる。後者は、受容を中心外国 運用力育成可能性を追究するもので、今日“Intercomprehension” という概念研究が 進められている。尚本文書はかなり「各州外国教育実態」を含む「ドイツ連邦 共和国外国教育に関する評定書」が付けられており80年代から展開も含まれ興味深いが、 紙幅都合上割愛した。
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コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

コミュニケーション能力を養成するためのパターンプラクティス 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

活用例 2 :チェーンプラクティスゲーム性を取り入れた練習方法  パターン練習本来目的は暗記と置き換えによる文法能力定着であり、機械な練習な りがちである。練習方法変化をつけるは、ペアワーク、チェーンプラクティスを用 いている効果である。チェーンプラクティスはパターンプラクティス一種であり、質 問された学習者Aが答えを言い、同じ質問を学習者Bする、学習者Bは答えて学習者C同 じ質問をするというよう、伝言ゲームよう同じ練習を繰り返すものである。チェーンプ ラクティスはコーラス練習より時間がかかり、練習量も少なくなるが、一人ひとりが責任をも って取り組まないと練習が進まないので、学習者を意識練習取り組ませることができる という利点がある。筆者はしばしばグループ対抗でチェーンプラクティスによる練習を行わ せ、その速さと正確さを競わせることでキーセンテンスや構文を定着させることを試みてい る。以下例を挙げる。
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感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

感情スクリプトと第2言語コミュニケーション 外国語教育研究(紀要)第11号〜第17号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

 ある文化中で経験を解釈したり、行動を選択する際指針として機能する枠組みを「文化 モデル」と呼ぶことがある。Gibbs (1999) よると、文化モデルは間主観文化構成員 で共有されるスキーマ一種である。スキーマやスクリプトは前述とおり、認知科学な概 念であるが、Vygotsky派研究者、Cole (1996) は、スキーマやスクリプトを頭中と外で同 時に実践参加するもの、つまり実践を媒介する道具 (artifact) と見ることで、社会存在す るモデルと認知モデル二元論を回避しようとした。D’Andrade & Strauss (1992)は、文 化モデル基礎な要素は、日々会話中で、言語化され頻繁使われ、また規範な側面 をもつという。文化モデルを人間が習得するは、日々実践を通してである。日常家族 や友人と取り交わされる会話、どのようなものや人、行動が評価され、何が大切と考え られるが埋め込まれており、それは意味交渉を通して参加者こころ刷り込まれていく。 文化実践参加することで、人はそのコミュニティ共有されているモデルを内面化し、無 意識それ縛られたり、反抗したりする。感情スクリプトもそういった実践中で社会化 を通して慣習な反応型として習得される。同時に、感情を表現する言語も、言語が埋め込 まれたスクリプトやその実践を通して習得される。こういった文化モデルや感情スクリプト 習得は1言語習得と分離することができない。たとえば、Clancy (1986) は言語社会化 プロセス中で日本人子供が「思いやり」や「恥」感情を習得していく可能性について、日 本人親子相互作用分析を通して示している。
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Sprachpolitik in Europa − − − "" 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Sprachpolitik in Europa − − − "" 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

Ein฀ bildungspolitisches฀ Ziel฀ ist฀ es,฀ die฀ Vielfalt฀ der฀ Sprachen฀ und฀ Kulturen฀ in฀ Europa฀ als฀ wertvollen฀gemeinsamen฀Schatz฀zu฀vermitteln,฀der฀geschützt฀und฀entwickelt฀werden฀s[r]

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中国語の構文分析法 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

中国語の構文分析法 外国語教育研究(紀要)第1号〜第10号|外国語学部の刊行物|関西大学 外国語学部

.上記の俗流的論法に対する最も有力な理論的な反論はこれまでの主語、述語、目的語 3文成分間の関係を総括する朱徳熙(1983)の論文であった。即ち「正常な状況下で は、「主語」は必ず「謂語」の前にあり、「賓語」は必ず「述語」の後にある。「主語」 と「謂語」の間の関係は緩やかであり、中間に停頓(ポーズ)を置くことができる。 「述語」と「賓語」は意味上と構造上の関係はいずれも[r]

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