はじめに
日本が東日本大震災の対応に追われている間も、当然、世界は動き続けている。とりわ けアジア太平洋地域は、中国の台頭やそれに伴う影響力が拡大する一方で、米国の「アジ ア回帰」が進み、結果として米中の相互不信、対立の構図が次第に明確になってきている。
こうしたなかで日本を含めた地域各国の置かれた立場、直面する課題を端的に言い表わ せば、「二重依存のジレンマ」と言える。安全保障面では米国依存が続く一方で、経済・通 商面では米国から中国へと次第に「依存」の移転、質的変化が起きている。こうした新た な相互依存環境のなかで、米中のライバル関係がより厳しさを増すことは、程度の差こそ あれ地域諸国にとって、このジレンマがいっそう深まることを意味する。外交・安全保障 政策のかじ取りがより難しくなりつつある。
ジレンマ解消のため、米国内や同盟国の間で米国は地域でのプライマシー(最優位な地位)
を追求するのをやめ、中国とパワーを共有すべきだという意見が聞かれるようになってい る。アジア太平洋地域のリーダーシップ構造を変える議論だ。
米国は2011年
11
月のオバマ大統領のアジア太平洋歴訪を通じて、こうした考えを退け、あくまで地域優位を維持する姿勢を示した。大統領の歴訪直前に、中国の弾道ミサイルな どいわゆる「アクセス拒否、エリア拒否(A2/AD: Anti-Access, Area-Denial)」能力に対抗する米 側の新戦略、「エアシーバトル」構想の記者発表が国防総省で行なわれたことも、軍事面で の優位を維持しようとする米側の強い意思の表われとみられる。
一方、中国側では「米国のアジア回帰で緊張高まる」(新華社)という見方が示され、米 国の意図を探る動きや、警戒感が広がっている。
日米同盟は東日本大震災の救援、復旧にあたり、迅速かつ大規模な活動を展開しその即 応性と機能の高さを内外に示した。しかしその達成感に浸っている余裕はない。当面、日 本は米国が実施に取りかかったエアシーバトル構想にどのようにかかわっていくのかを、
「二重依存のジレンマ」からの脱却もにらみつつ、検討していかなければならない。
1
最近の動き2011年 11
月11日から19日まで9日間、オバマ米大統領はアジア太平洋の各地を歴訪した。ハワイでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)を皮切りに、オーストラリア、そして東ア
ジアサミット(EAS)への初めての出席のためインドネシアへと回った。
この
9
日間は、オバマ政権の「アジア回帰」を象徴的に示すものとなった。ハワイでのAPECでは、13日の会議冒頭のあいさつで「アジア太平洋地域は米国経済の成長のために絶
対的に重要だ。第一位の優先課題だ」と強調(1)し、同日の記者会見では、環太平洋経済協 力パートナーシップ(TPP)協定の前進を成果のひとつとして挙げ、「米国は現在、さらに今 後も太平洋国家」だと語った(2)。オーストラリアでは11
月16日、ギラード首相とともに北
西部の都市ダーウィンで共同記者会見に臨み、米空軍、米海兵隊のオーストラリア軍との 協力強化で合意したことを発表した。具体的には、まず2012年に250人規模の海兵隊を北西 部に6ヵ月程度、駐留させ、数年後には2500人規模の空陸任務部隊
(MAGTF)のローテー ション駐留にまで拡大するというものだ。北西部にあるオーストラリア軍の訓練施設で、オーストラリア軍とともに、演習、訓練を行なう計画だ。オーストラリア空軍と米空軍と の協力強化でも合意した(3)。
オバマ大統領は翌17日には、首都キャンベラにある連邦議会で演説し、米国のアジア太 平洋へのコミットメントをあらためて強調した。「(イラク、アフガニスタンでの)現在の戦 争を収束するにあたり、私は国家安全保障チームにアジア太平洋での米国のプレゼンスと 任務を最優先課題にするよう指示した」。さらに「国防費の削減が、アジア太平洋にしわ寄 せすることはない」とも念押しし、最後は「米国は太平洋国家であり、WE ARE HERE TO
STAY
(ここにとどまって活動する)」と締めくくった(4)。同日、インドネシアのバリに移動し、キャンベラでの演説で「米国の大統領として初め て参加することに誇りを感じる」と意義を強調していた
EAS
に臨んだ。サミットには、東 南アジア諸国連合(ASEAN)10ヵ国に加えて、日中韓など域外 8
ヵ国が参加し、ロシアも今 回から加わった。協議の末、19日に採択された宣言には、東アジア自由貿易圏(EAFTA)構 想など広域地域経済連携に関する取り組み強化と並んで、今回の会議の焦点となっていた 南シナ海での領有権問題をにらんだ項目も盛り込まれた。「海洋に関する国際法が、地域の 平和と安定の維持のために必須の規範を含むと認識」というものだった(5)。会議の席上では、カンボジアとミャンマー(ビルマ)をのぞく計
16ヵ国が、海洋の安全保障や南シナ海に言及
し、関心の高さを示した。最後に発言した温家宝中国首相は「東アジアサミットは南シナ海問題を議論する適切な 場所ではない」という従来の主張を繰り返したうえで、領有権問題の解決に向けて、法的 拘束力をもつ「行動規範」策定に向けた作業を進めることでASEAN諸国と一致したなどと、
立場を説明した。中国としては、かねて、南シナ海の領有権問題は係争国間で協議される べきものだとの立場をとり、米国や日本など域外国の介入を排除しようとしてきた。した がって、今回のサミットは、中国にとっては不本意な展開となったわけだが、大多数の参 加国がこの問題に言及するなか、抗しきれなかったとみられる。
こうしたいわば「中国包囲網作り」は、7月のASEAN地域フォーラム(ARF)ですでに、
動き始めていた。中国が南シナ海に対する管轄権の根拠として主張するいわゆる「9点破線」
(中国語で「九段線」)の法的正当性を追及していこうというもので、具体的には「中国を一
歩一歩着実に追い込んでいく」(日本政府関係者)というアプローチだった。今回の
EAS
で は、宣言文に「航行の自由」というキーワードは盛り込めなかったものの、南シナ海での 多国間のルール作りに中国を巻き込むという最大の目的は達成した形だ。オバマ大統領はバリ滞在中にクリントン米国務長官のミャンマー訪問を発表。クリント
ン氏は
11月 30日に米国の国務長官としては 57
年ぶりに訪問を果たし、民政移管後の同国との関係を強化する姿勢を示した。大統領のアジア太平洋歴訪とともに、オバマ政権のアジ ア重視を象徴する動きだった。
米国政府からのアジア重視の「発信」は、この大統領のアジア太平洋歴訪に先だって、
さまざまな形で相次いだ。目立ったものをいくつか挙げれば、まずクリントン国務長官が、
外交評論誌『フォーリン・ポリシー』の11月号で発表した論文
“America’s Pacific Century
(ア メリカの太平洋世紀)” で、米国のアジア太平洋外交に取り組む姿勢を包括的に説明した。ま
ず目指す外交目標について、①この地域での米国のリーダーシップを維持すること、②国 益を確保すること、③米国の信奉する価値を広めること、の3点を挙げた。その「米国の利 益」に関しては「アジアの成長やダイナミズムを制御することは、米国の経済的、戦略的 利益の核心を形成するもので、オバマ大統領の主要な優先課題だ」と説明した。さらに、この地域の安全保障上の課題として、①南シナ海で航行の自由を守ること、②北朝鮮の(核 兵器の)拡散の企てを阻止すること、③地域の主要国家の軍事活動に透明性を確保すること、
の3つを指摘した(6)。いわば、オバマ大統領のアジア太平洋歴訪のプレリュードとでも言う べき内容だった。
そのような「発信」活動は、他の閣僚によっても繰り広げられた。パネッタ国防長官は
10月 25
日、長官就任後初めて来日し、一川保夫防衛相との共同記者会見の冒頭で「米国は 太平洋国家であり、今後もありつづける」と述べた。さらに“WE ARE HERE TO STAY” と
続けた(7)。その2
日後、同じく就任後初来日した、バーンズ国務副長官は、東京大学で講演 し、「米国はアジア太平洋国家としてありつづける」と強調した(8)。最近の米国の外交発信では、“Pacific Power(太平洋国家)
”と、“WE ARE HERE TO STAY”
がキーワード、キーフレーズになっている。
3月の東日本大震災を受けて展開された、米軍の災害救援活動「トモダチ作戦」は、こう
したオバマ政権のアジア太平洋重視の姿勢を、実践を通じて地域の各国に示す格好の機会 となった。この作戦に米国は、空母「ロナルド・レーガン」をはじめとする海軍の艦船約20隻、航空機約 140機、兵員約 2万人という空前の規模の兵力を投入。被災者の捜索・救難、
支援物資の輸送、復興支援に加えて原子力災害対応にも当たった。筆者は発災10日後、三 陸沖に展開して被災地の救援に当たった空母「ロナルド・レーガン」に同乗して取材する 機会を得た。放射能汚染という未知の環境のなかで、空母に乗り組む約
5000人の将兵が一
丸となって救援活動に当たる姿は、印象深いものだった。アーミテージ元国務副長官は10月
27日に東京で行なわれたシンポジム
(9)で講演し、こう した米国による災害救援活動は「同盟国としての義務だ」と語り、日米同盟に対する米国 のコミットメントの強さを強調した。2010年9月に中国との間で起きたいわゆる尖閣諸島衝突事件を受けて、クリントン国務長官は、日本の国土に対する防衛義務を明記した日米安 全保障条約第5条が、尖閣諸島にも適用されるという立場を初めて明示した。これも、オバ マ大統領の
11
月のアジア太平洋歴訪に先立って、米国が日米同盟の文脈で、アジア太平洋 重視、“WE ARE HERE TO STAY” の姿勢を、実際の行動をもって地域全体に示した例のひと つと言える。2
中国の反応オバマ政権の一連のアジア太平洋の重視、回帰の動きには、中国が神経をとがらせる。
中国メディアからは大量の報道、論評が流れたが、EAS終了直後の11月
21
日には、中国 中央テレビCCTV(英語版)が「米国の『アジア回帰』に伴って高まる緊張」と題するニュ ースを流した。①TPP、②オーストラリアとの軍事協力拡大、③クリントン国務長官のミャ ンマー訪問の発表、の3点を挙げて、「オバマ大統領は他国と連携して、中国に圧力をかけ ようとしているようだ」、「米国がアジア回帰戦略を進めるに伴って、多くの人々が中国に対 する(米国の)本当の意図は何なのかと疑問を抱いている。それは本当に協力を強化しよう とする努力なのか、あるいは中国の封じ込めなのか」(10)。米国とオーストラリアとの海兵隊や空軍の訓練拡大についても、中国国防部のスポーク スマンが11月
30日の定例記者会見で、米国を批判した。
「現在の平和と協力の流れに反する 動きは、地域諸国の間の相互信頼や協力を作り上げるのに役立たない。むしろ地域の共通 利益を傷つける」(11)。北京大学国際関係学院副院長の朱鋒教授は、こうした米国の「アジア太平洋への回帰」
の本質を「米国が中国に対して『平和的な抑止戦略』を実施することにある」と分析する(12)。
「この戦略の目標は、『中国を倒す』ことではなく、いわゆる中国の『拡張政策』による東ア ジア域内国家の不安、および将来の域内衝突を防ぐとともに、米国の東アジア地域におけ る戦略的地位と既得権益に対する中国からの挑戦や制限を防ぐことにもある」。さらに「米 国も日本も中国台頭の後の米中両国が東アジアの『二大勢力構図』になる可能性を受け入 れず、中国の周辺地域において中国と『勢力範囲を分け合う』いかなる政策も拒否する、
ということを示唆している」とも指摘し、背景には、中国の挑戦を退けようとする米国の 強い意志があるとの見方を示した。オバマ大統領のアジア太平洋歴訪の直前、11月初めに 上海で開かれた上海交通大学主催の日米中会議も、この米国の「戦略調整」がテーマとな った。米国の意図を見極めたいと考える中国側の姿勢が明らかだった。
中国側のこうした見方は、クリントン国務長官が2010年
1月、ハワイで行なったアジア政
策に関する初の主要演説に端を発しているとみられる。クリントン氏は次のように語った。「この政権の発足時にもし疑念があったとしても、今はもう、米国がアジアに戻ってきたと いうことに疑いの余地はないと思う。私はさらに米国は戻ってきただけではなく、ここに とどまることを強調したい」(13)。オバマ政権が「疑念」を持ち出した背景にあるのは、クリ ントン氏の前任者、ブッシュ政権のライス国務長官が、2005年、07年と2度にわたってARF を欠席したり、米・
ASEAN首脳会議を延期したりするなどしたため、
「東南アジア軽視」と批判を浴びた経緯だ。前政権との違いを強調したかったのだろう。
しかし、「アジア回帰」と言っても、地域各国だけでなく中国も「実際には、米国がこの 地域から離れたことはない」とみている(14)。米国がここへきてことさら「回帰」を強調する 理由については、「この地域との経済的な結びつきを強化して、東アジア市場を奪取し、自 国経済の浮上を図ることだ」と分析している。中国に対しては、新たな疑心暗鬼を呼ぶ結 果になっていると言える。朱鋒氏は「中国人民解放軍は一貫して米国からの『戦略的包囲』
という危機感を心理的に抱いている」とも指摘する。中国からすれば、そうした懸念はい っそう現実味を増しているとみえるのだろう。朱鋒氏はさらに「中国は今日のグローバル な秩序の受益者」としつつも、「重要なのは、日米同盟の戦略的圧迫感に対応する中国の勢 力が、中国の『平和的台頭』の戦略を変えうるか否かである」と付け加え、現状がはらむ 危険性を指摘した。
中国側の警戒感はすでに
2011
年の初めからのぞいていた。1月26
日付の『人民網日本語 版(電子版)』は、「『アジア回帰』戦略を全力で進める米国」という記事を掲げた(15)。その なかでは、まず米国が2010
年に、韓国や日本と「立て続けに大規模な軍事演習を行ない、両国との軍事同盟関係を全面的に引き上げた」と指摘。さらに経済面でも、TPPに日本の参 加を促したことを挙げて、「ここにいたって、アジアにおける米国の『リーダーシップ』発 揮の戦略的措置・布石がほぼはっきりした。米国の
2011
年の世界戦略の重点はアジアだ」と結論づけた。前述のように、2011年
11
月のオーストラリア訪問でオバマ大統領が「国家 安全保障チームにアジア太平洋での米国のプレゼンスと任務を最優先課題にするよう指示 した」と演説したことを踏まえれば、中国側はこの変化を正しく見極めていたと言える。中国は2011年9月には
6
年ぶりに「中国の平和的発展」白書を発表。自らの外交・安全保 障政策に対する周辺諸国の懸念、疑念の払拭にも取り組んだ。焦点の海洋権益をめぐる周 辺諸国との争いの取り扱いについては、次のように説明している。「対話の形で……処理す ることを堅持し、建設的な姿勢で『係争を棚上げし、共同開発する』という主張を打ち出 し、最大の努力によって南中国海、東中国海およびその周辺の平和・安定を守っている」(16)。 領有権問題の「棚上げ、共同開発」による紛争回避というアプローチを打ち出したわけだ が、今回のEASの結果をみる限り、米国や日本の事実上の「包囲網」作りを打破すること はできなかったようだ。3
エアシーバトルオバマ政権の「アジア回帰」に比べ、中国側が最近まであまり表立って関心を示してい なかったのが、米国の「エアシーバトル構想」だ。中国が自国の近海に米軍などが進出し てくることを防ぐために、ミサイル、潜水艦などで構成するいわゆる「アクセス拒否、エ リア拒否(A2/AD)」能力の開発を進めていることに対し、米国が検討している対抗措置だ。
A2/AD能力という考え方自体は、決して新しいものではない。ただ、現在話題になって
いるものは、2010年2月に発表された米国の「4
年ごとの国防計画の見直し(QDR)」で、お 目見えしたものだ。「空軍と海軍はともに、高度なアクセス拒否、エリア拒否能力をもつ敵を含めた、広い範囲の軍事作戦で敵を打ち負かすための新たな統合エアシーバトル構想を 開発している」、「開発が進めば、効果的な戦力投射作戦に必要となる将来の能力開発にも指 針を与えることになる」などと説明していた(17)。裏を返せば、空母打撃部隊を柱とする現 在の米軍の戦力投射能力が、中国のA2/AD能力の増強のあおりを受けて、これまでのよう な役割を果たすことができなくなる可能性を認めたものだ。
米軍の戦力投射能力は、地域に米国が広げる安全保障の「傘」を支える最も重要な柱だ。
それが揺らぐことは、米国の地域における優位あるいはリーダーシップそのものを傷つけ かねない。ひいては、アジア太平洋地域のリーダーシップの構図を変える可能性もはらむ。
ただ、この
2010年 QDR
に書かれていたのは、わずか数行、1パラグラフだけ。地味な「デ ビュー」だった。その後ある程度、中身に踏み込んで説明したのは、空軍のシュワルツ参 謀総長だった。2010年12月、米国防大学での講演で、空、海、海兵隊の三軍の間で、(1)制 度、(2)戦略構想、(3)装備の3
つの次元で「より恒常的かつ戦略的関係を構築していく」と 説明した。さらに、「エアシーバトルとは要するに、米国の遠征戦力投射能力を維持し、改 善することだ」と強調した(18)。それから約1年。2011年11月
9日になって、米国防総省がこのテーマで初めての記者ブリ
ーフィングを開くという大きな節目を迎えた(19)。主な内容は、約3
ヵ月前の8
月12
日に、「エアシーバトル室」という組織が海軍、海兵隊、空軍によって、構想を実施に移す枠組み として同省内に立ち上がっていた、ということだった。構想自体の起草作業はすでに終わ っており、国防長官が実施段階に入ることに「青信号を出した」という説明があった。記 者ブリーフィングでは、エアシーバトル構想そのものについても説明がなされた。この構 想はそもそも、次第に姿を現わしつつあるA2/ADの脅威に対抗するもので、戦力投射能力 を有効に機能させ、米国自身に加えて同盟国の国益を守ることを目指しているとした。
具体的なA2/ADの脅威としては次の
7項目が挙げられた。
(1) 通常弾頭を搭載した弾道ミサイル
(2) 長距離精密誘導巡航ミサイル
(3) 能力が向上し、統合された防空、ミサイル防衛システム
(4) 電子戦、およびサイバー戦の能力
(5) 潜水艦
(6) 水上艦艇
(7) 近代化された攻撃用航空機
しかし、すでに書き上がったという構想本体は公表されなかったし、これから始まると いう実施段階についても、具体的なことは何も明らかにされなかった。この構想実施に先 行する形で、米国では軍種ごとに当面の対応策は練られているようだ。たとえば米空軍で は、情報や通信のネットワークに対する攻撃があった場合を想定した訓練が始まっている という。衛星通信を妨害されたり、「なりすまし」攻撃をかけられたりした場合、全地球測 位システム(GPS)やデータリンクが使えなくなった場合の対応だ。
エアシーバトル構想の「生みの親」、クレピネビッチ米戦略予算評価センター(CSBA)所
長は、国防総省の記者発表と同日に掲載された新聞論評で、構想の意義をあらためて説明 した。「米国とその同盟諸国は、中国の軍事力増強にヘッジ(対抗)することで、西太平洋 の安定維持にかける決意を一緒に示すことができるのであれば、中国に対して、長期的な 安全と繁栄への道は、周辺諸国との協力によって(のみ)開けるということを納得させられ るかもしれない」(20)。
しかし、中国側はこのブリーフィング後、即座に反発を示した。
記者発表の5日後、『人民日報』の傘下にある国際情報紙『環球時報(英語版)』は「エア シーバトル計画は昔の敵意を蘇らせる」と題する社説を掲載した(21)。「米国は中国の利益を 犠牲にしてアジア太平洋地域の安定を追求している」、「米国がもしエアシーバトル・システ ムの構築に真剣に取り組むなら、中国はアクセス拒否能力の増強に努めなければならない」
と対抗意識を露わにした。「中国
A2/AD」対「米国主導エアシーバトル」の戦いは、早くも
火花を散らしている。4
同盟国の役割エアシーバトルを実施するに当たり同盟国との連携はどうするのか。
米国防総省の11月
9
日の記者ブリーフィングでは「訓練や演習が行なわれ、作戦として実 施されるにつれて、同盟国の役割が出てくる」としている。同盟国の参加を求める姿勢を 示したものだが、具体的にどのような役割を求めるのかは明らかになっていない。少なく とも日本政府への正式な説明は、この記者ブリーフィングが行なわれた時点までは、何も なかったという。本格的な説明が行なわれるのは、2012年に入ってからの見通しだ。日本は、2010年
12
月に今後10年程度を視野においた中期的な防衛計画の指針、「防衛計 画の大綱」を策定した。その時点で米国は、同年2月発表の
QDRで「空軍と海軍が、統合エアシーバトル構想を
検討中」としているだけで、構想の内容は言うに及ばず、構想がいつできあがるのかとい う段取りについてすら、何も明らかにしていなかった。日本側は、この新大綱が想定する「おおむね
10
年後まで」には、米国のこの新しい戦略が打ち出されるとわかっていながら、その中身がわからないという状態に置かれた。先行する形で自国の新たな防衛戦略を作ら ざるをえなかった。
新大綱で防衛省が打ち出したのが「動的防衛力」という考え方だった。それまでの「基 盤的防衛力」という構想に替わるもので、基本的考え方は次のように説明されている。「防 衛力を単に保持することではなく、平素から情報収集・警戒監視・偵察活動を含む適時・
適切な運用を行い、我が国の意思と高い防衛能力を明示しておくことが、我が国周辺の安 定に寄与するとともに、抑止力の信頼性を高める重要な要素となってきている」。中国を
「地域・国際社会の懸念事項」として、「南西地域も含め、防衛態勢の充実を図る」と定めた。
防衛省関係者によると、実際の防衛力整備の重点は、次の3点に置かれる、という。
(1) 既存の基地の抗堪性の向上
(2) 対潜水艦戦闘(ASW)能力の向上
(3) 弾道ミサイル防衛(BMD)能力の向上
想定される攻撃から日本をどう守るかという検討に基づいたものだ。
米国の米中経済安全保障再検討委員会が、2010年
11
月に米議会に提出した報告書“2010 Report to Congress of the U.S. -China Economic and Security Review Commission” によると、米空
軍が西太平洋にもっている6つの主要基地のうち、中国の弾道ミサイルの攻撃を受ける恐れ のないのは、グアムにあるアンダーセン基地だけだ(22)。残りの
5つを、中国からの距離が近い順に挙げると次のとおりだ。
(1)オサン基地(韓国、400キロ)
、(2)クンサン基地(韓国、400キロ)、(3)嘉手納基地(650キロ)、(4)三沢基地(850 キロ)、(5)横田基地(1100キロ)。日韓両国のいわゆる「戦略的縦深性」の欠如が明らかだ。日本の防衛力整備の方針は、全体としてこうした敵のミサイルや潜水艦からの攻撃に対 して、より効果的に対応できる態勢作りにある。言い換えれば、「戦略的縦深性」を人工的 に増大させようという取り組みだ。A2/AD能力に対抗する米国のエアシーバトル構想とは 一応、整合する形になっている。ただし、これで十分なのか、あるいは妥当なのか、さら に検討が必要だ。
クレピネビッチ
CSBA所長は、11
月の新聞への寄稿のなかで「同盟国やパートナー、特に オーストラリア、日本、韓国そして台湾は、地域の安全保障を維持するために、これまで 以上に貢献をする必要がある」と指摘している。米側の安全保障政策専門家の間では、日 本は、防衛力の向上だけでなく機雷戦能力など攻撃力の強化も図るべきだという声が出て いる。いわば、日本が自らA2/AD能力を身につけるという発想だ。もともと「動的防衛力」という考え方は、「武力紛争には至らないようなグレーゾーンの 紛争は増加する傾向にある」という国際情勢認識のもと、「抑止力の信頼性を高める」こと がその中核となっている。「各種事態の発生に際しては、事態の推移に応じてシームレスに 対応する」とはしているものの、本格的な侵略事態への備えは、「最小限の専門的知見や技 能の維持に必要な範囲に限り保持する」としている。有事より烈度の低い、「グレーゾーン」
の事態に主要な焦点を当てていると言える。
一方、米国のエアシーバトル構想は、本格的な武力紛争が起きた場合に、いかにして作 戦能力を維持して、自国の利益や同盟国、友好国を守るかが主な狙いとなっている。動的 防衛力とエアシーバトル構想とでは、主に対象とする事態の烈度に開きがある、というこ とになる。米側に、日本は攻撃能力を増強すべきだという考えがあるのはその象徴と言え る。エアシーバトル構想が実施段階に入り、日米同盟の枠組みで戦略調整をする段階にな れば、両国の役割・任務・能力の分担に加えて、対象とする主な事態の烈度をめぐる開き を埋める作業も必要となりそうだ。
5
米国のプレゼンス米国は、アジア太平洋地域の軍事態勢、軍事プレゼンスを今後どのように見直していく のか。オバマ大統領の訪豪に伴って、ホワイトハウスが2011年11月16日に発表した文書は、
次の
3つの方針に基づいて見直し作業が進められていることを明らかにした
(23)。(1) 地理的により拡散する
(2) 作戦遂行能力の残存性をいっそう高める
(3) 政治的持続可能性をいっそう高める
米豪両政府がこの共同発表のなかで明らかにした米海兵隊のオーストラリアへの短期駐 留に関する合意は、「3方針」の実例だと説明されている。
「地理的拡散」はこのオーストラリアへの訓練移転のほかに、2011年
5
月に発表されたシ ンガポールへの米海軍沿岸戦闘艦(LCS)の配備もある。ハワイ以西の西太平洋・東アジア に米国は、空軍の拠点としては、韓国に2
つ、日本に3
つ、それにグアムを加えて計6
ヵ所 の基地をもっている。海軍の拠点も、日本国内の横須賀、佐世保、さらにグアムの計3ヵ所 がある。しかし、沖縄より南の東南アジア、南西太平洋には、恒久的拠点はない。南シナ 海での中国と沿岸国との領有権問題がエスカレートするなか、「航行の自由」の確保を主張 する米国にとって、これは大きな弱点となっている。南シナ海で中国との緊張激化に頭を 悩ませるフィリピンやベトナムにしても、米国に基地を提供しようとはしない。中国との いっそうの関係悪化を恐れてのことと思われる。南シナ海沿岸国のなかでは唯一、シンガ ポールが米海軍の新たなプレゼンスを受け入れた形だ。第2項目の「作戦能力の残存性」とは、日本国内にある前方展開基地とそこに展開する戦 闘部隊、通信インフラ、航空機や艦船などの装備がいかに有事の際に敵の攻撃をしのいで、
その機能を維持できるかということだ。言い換えれば、米国の戦力投射能力の維持である。
それを脅かしているのが、まさに中国のA2/AD能力だ。「作戦能力の残存性」が確保できな いのであれば、攻撃の蓋然性が高まった段階で、展開部隊や装備を一時、敵の攻撃が及ば ない遠隔地まで退避させるしかない。たとえば、空軍基地は滑走路を破壊されたら、修復 ができるまで配備されている航空機は離陸できない。文字どおり「座して死を待つ」こと になりかねない。海軍基地も、入港している艦船の戦闘能力は著しく低下する。とりわけ 空母は、通常、艦載機を入港前に近隣の陸上基地におろす。もし搭載していても停泊中は 発進させることができないので、ほとんど無防備となる。基地の守りを固め抗堪性を高め ることが、いかに重要であるかが明らかだ。
具体的には、ミサイル防衛能力を高める一方、航空機の格納施設の強化、司令部機能の 抗堪性の向上が必要となる。さらに被害を受けた場合に、いかに迅速に機能を回復するか も問われる。東日本大震災で津波の被害を受けた航空自衛隊松島基地の飛行場機能の回復 を、自衛隊が単独で4日間で達成したことは、そうした能力を示す機会になったと言える。
第3項目の「政治的な持続可能性」に対する課題は、東南アジア諸国では、中国への気兼 ね、日本の場合には基地の受け入れに対する地元の反発という形をとって現われている。
沖縄の海兵隊普天間飛行場の移設問題はその典型だ。一義的には、日本政府の責任だが、
日本国民に海兵隊のプレゼンスが必ずしも必要だと思われていないということは、米国に とって深刻な問題だ。中国の
A2/AD能力の増強は、米国の戦力投射能力に対する地域各国
の信頼を揺るがせたり、希薄化させたりすることにつながる。米国は十分な抑止力、戦闘 能力をもっていないという認識が広まれば、その「傘」の下に入っている同盟国、友好国は、自国の防衛能力を高めるか、米国以外の国との関係を深める戦略的均衡策をとるしか ない。そうなれば米軍のプレゼンスはさらに政治的な持続可能性を失うという悪循環に陥 る。
6
米国の地域戦略オバマ政権の「アジア太平洋最優先」の方針は打ち出されたものの、それが具体的にど のような外交・安全保障戦略になるのかは、まだ明らかになっていない。
米国のアジア太平洋に対する安全保障戦略を明らかにした文書としては、「東アジア戦略 報告」がある。クリントン政権当時の1995年に出された初版は、米国のこの地域での国益 を明確に示していた。
(1) 平和と安全
(2) 商業上のアクセス
(3) 航行の自由
(4)(米国に挑戦する)覇権国、あるいはそのような国家連合の出現の阻止
それを担保するために、「東アジアに約10万人を必要とする軍事態勢を維持する」として いた(24)。1998年に改訂版が出たが、同時多発テロ、中国の台頭といったその後の大きな戦 略環境の変化を踏まえたものは作られていない。オバマ政権になって、第3版を出すという 意思表示が国防総省幹部からあったが、いまだに実行されていない。
中国の軍事力の増強ぶりについては、国防総省が毎年、議会に提出する報告書で明らか にされている。近年特に焦点が当てられているのが、対艦弾道ミサイル(ASBM)をはじめ
とする
A2/AD能力の伸長だ。2010
年のQDRで初めて、それに対抗する戦略としてエアシー
バトル構想が打ち出された。しかし、その方針を踏まえたアジア太平洋の安全保障戦略を 示す文書、報告書はないのが実態だ。外交戦略としても明確なものは打ち出されていない。
2009年にオバマ政権が発足すると、アジア政策は国務副長官に就任したスタインバーグ
元大統領副補佐官(国家安全保障担当)が主導した。スタインバーグ氏は、対中国政策の基 本方針として「STRATEGIC REASSURANCE(戦略的再保証)」という構想を打ち出した。米 国が中国の台頭を歓迎する一方で、中国は米国や周辺諸国の利益を害することはないと確 約するというものだった。ブッシュ前政権時代の基本方針だった「責任あるステークホル ダー」論に替わるものとして作られたものだったが、結果としてオバマ政権内にも中国に も浸透、定着しなかった。スタインバーグ氏は2011
年夏に政権を去ったが、そのあとに新 たに対中政策を作ろうという動きはみられない。包括的な戦略がないのは、東南アジア諸 国についても同様だ。米国の外交・安全保障戦略がシフトする原因としては、次のようなものが考えられる。
(1) 国防予算の削減(圧力)
(2) イラク・アフガニスタン戦争の収束
(3) 中国の台頭、特に
A2/AD能力の増強
(4) 米国の相対的優位が揺らいでいるという認識
(5) 同盟、友好国での政治的情勢、対米姿勢の変化
具体的な変化の方向は、「アジア回帰」、「太平洋国家」としての立場の強調に加えて、米 国の役割やかかわり方が変わることも考えられる。
CSBA
のトーマス副所長は、かねて、米国は現在の「世界の緊急対応部隊(“911 Force”)」 という役割から「地球規模の制度の運営・管理者(“System Enabler”)」になるべきだと主張し ている(25)。米国は世界各地で起こる紛争、災害などに引き続き対応するとしても、常に自ら 現地に赴くのではなく、世界規模で対応するシステムを作って、それを運営する立場に回 ろうということだ。現場での対応は、できるだけ地域の同盟国や有志諸国に担ってほしい という思いがのぞく。別の米政府高官は、従来の米国が頂点に立つ「垂直的な同盟関係」から、各国が対等な立場で協力し合う「水平的な同盟ネットワーク」への移行を主張して いる。いずれもその背景には、イラク・アフガン戦争で軍隊が疲弊したことや、国防予算 の大幅削減が避けられないことなどから、従来のように何でも米国が自ら手を下して対応 することは、もはや難しくなっているという事情がある。米国は限られた「資源」しかも たないなかで、世界のリーダーとしての立場を引き続き維持するための知恵を絞っている と言える。
ただこうした関与の方法の変更は、米国がこれまでの「前方展開」戦略からオフショア
(沖合)戦略へと、いわば「戦略的撤退」に踏み切るのではないかとの疑念を同盟国、友好 国の間に巻き起こす恐れがある。実際すでに地域各国の間ではそのような指摘が出始めて いる。こうした疑念、不安の広がりは、米国の相対的な影響力の低下をさらに進めるとい う悪循環を招く。最近、地域を訪れる米国政府の高官が口々に、“WE ARE HERE TO STAY”
と繰り返しているのは、こうした懸念を打ち消すためでもある。現在の米国が置かれた状 況の厳しさを映し出していると言える。
7
米国のリーダーシップ米国自身も自国のリーダーシップを再構築する必要性に迫られていることは認識してい る。2010年に出された米国の外交・安全保障戦略の指針、国家安全保障戦略(NSS)は、
「アメリカのリーダーシップの更新」を掲げていた(26)。2011年10月にクリントン国務長官が 発表した論文「アメリカの太平洋世紀」も「リーダーシップの維持」を論じている。こう した一連の動きの背景にあるのが、冒頭で指摘したように、地域各国の間に広まっている
「二重依存のジレンマ」だ。
冷戦時代、西側陣営に属していた諸国は、経済、安全保障の両面で米国に依存していた。
最大の貿易相手国は米国であり、米国の抑止力の傘に守られていた。米国の優位は揺るぎ ないものだった。そうした米国の一極支配が、中国の台頭で崩れつつある。多くの地域諸 国にとって、最大の貿易相手国は米国から中国に替わった。その結果、経済は中国、安全 保障は米国という「二重依存」の構造が生まれた。PHP総研が
2011年 6
月に発表した「『先 進的安定化勢力・日本』のグランド・ストラテジー―『先進国/新興国複合体』における 日本の生き方・提言」では、こうした世界システムを「先進国/新興国複合体」と説明した(27)。
北京大学の朱鋒氏は、これを「二元構造」と呼び、そのような国際環境のもとでは、「も はや百パーセント全面的に機能する軍事同盟は存在しない」と指摘。米国を中心とした地 域の同盟ネットワークには限界があるとの見方を示した。しかし米国は依然として自らが地 域のリーダーという立場を変えるつもりはない。クリントン国務長官は
2011年 11
月10日の 記者会見で、次のように語り強い自負をみせた。「南シナ海での航行の自由を確保すること から、北朝鮮の挑発や拡散に対抗すること、さらに均衡のとれた経済成長を推進すること まで、アジア太平洋地域には米国のリーダーシップを必要とする諸課題が山積している」(28)。ただ、リーダーシップの維持に必要な基盤の弱体化は否めない。経済面で中国との結び つきが強くなるにつれて、米国の同盟国の間でも、米国の優位性、あるいは単独のリーダ ーシップの維持に疑問を呈する動きも出てきた。オーストラリア国立大のヒュー・ホワイ ト教授は2010年
9月に発表した論文「パワーシフト―アジアの世紀におけるオーストラリ
アの位置の再検討」のなかで、もはや米国は優位を争って守ろうとすべきではなく、中国 とパワーを共有すべきだという議論を展開した(29)。最近の新聞論評のなかでも、オースト ラリアの政治家を批判して「中国が世界で最も豊かな国家として米国に取って代わったと しても、米国がアジアを戦略的に支配できると思っている」、「『封じ込め』としか説明のし ようのない米国の対中政策を支持したとしても、オーストラリアと中国の関係には影響が ないと思っている」などと指摘。オーストラリアとしては「米中間ですでに始まっている 戦略的ライバル関係のエスカレーションを阻止すべきだ」と主張している(30)。中国もこうした「二重依存のジレンマ」を利用する姿勢をみせている。『環球時報(英語
版)』は11月
16日の社説で「オーストラリアは中国をばかにしてはならない。オーストラリ
アが中国の安全保障を弱体化させるのを黙ってみているわけにはいかない」と批判した(31)。 最近では米国内でも、米中の「DUAL LEADERSHIP(二重リーダーシップ)」というフレー ズが使われ始めている。アメリカン大学の趙全勝教授は、「アジア太平洋での中米二重リー ダーシップ」と題する論文のなかで、「アジア太平洋の国際関係では、新たなリーダーシッ プのパターンが姿を現わした」と指摘、「経済分野では中国が次第に指導的な役割を果たし つつある一方、軍事、安全保障、政治の影響力では依然として米国が、他の主要国を凌駕 する覇権的地位を維持している」と説明した(32)。さらに米中両国は「相互に常に調整、支 援しあわなければならない」として「3C」原則を提唱する。「COORDINATION(調整)」、
「COOPERATION(協力)」、「COMPROMISE(妥協)」で、具体的には「両国はお互いの核心 的利益を認め合うというような協調的な関係を模索しなければならない」という主張を展 開している。
「二重依存のジレンマ」を超えて、どのように国家運営の針路を定めるかは地域各国に共 通する課題となっている。オーストラリアのギラード首相はオバマ大統領の訪問に先立つ
10月12
日、「アジアの世紀におけるオーストラリア白書」の作成を命じたと発表した。その狙いをギラード氏は「アジア地域を変革する経済の成長と変化が起きているこの時代に、
オーストラリアの国家的青写真を提供するものだ」と説明した(33)。
オバマ大統領のアジア太平洋歴訪の終了を受けて、中国の『環球時報(英語版)』は11月
24日、
「オバマは中国への挑戦を掲げてアジアに全面介入」という論評を掲げた。オバマ氏 の意図について「できだけ多くの同盟国や友好国とともに、価値と利益に基づく連合を作 ろうとするものだ」として、「こうした動きは、中国を孤立させるだけでなく中国との紛争 の可能性を拡大する危険性をはらんでいる」と警告した(34)。米国のアジア太平洋重視の外 交・安全保障戦略は、早くも中国の警戒感を高めている。朱鋒氏は「『二元構造』にある日 米中関係において、『相互警戒』と『相互依存』の両側面がともに歴史上過去に類をみない ほど高まり、東アジアの地域戦略の枠組みにおける『三国時代』がすでに厳然として確立 されている」と指摘する。「二重依存のジレンマ」と並んで、米国が直面するもうひとつの大きな課題が予算の削減 だ。2010年
8
月に当時のマレン統合参謀本部議長は「米国が抱える負債が、米国の安全保障 に対する最も重大な脅威だ」と指摘し、注目を集めた(35)。この発言は1
年以上たった今も、随所で頻繁に引用されている。外交評論家のレズリー・ゲルプ氏も同年末に外交誌に「今 や国内総生産(GDP)が軍事力より重要だ」という論文を書き、「安全保障の再定義」の必 要性を指摘した(36)。安全保障の定義を経済安全保障にシフトしたものにすべきだという議 論だ。こうした主張に沿った論評が
11
月10日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載され
話題を呼んだ。「米国経済を救済するために、台湾を見捨てろ」という刺激的な表題のもの で、筆者はイラクでの従軍経験をもつ元海兵隊員。主張は次のようなものだ(37)。「台湾が中 国に吸収されるのは不可避で、米国の戦略的利益はほとんどない。オバマ大統領は、中国 の指導者との間で、米国の対中債務1兆 1400億ドルを棒引きしてもらう替わりに、米国は台
湾に対する軍事援助と武器売却をやめるという交渉を始めるべきだ」。当然、この原稿は米 国内だけでなく台湾でも大きな反響を呼んだ。掲載の約1週間後、この筆者はあるブログに
書き込みをして「あれは深刻な問題と、スウィフト的風刺を混ぜたものだった」と真意を 説明した(38)。「言いたかったのは、われわれの『経済安全保障』は、軍事力がすべてを凌駕 するという伝統的な考え方より重要だということだ」。実際、米国議会では財政赤字削減をめぐる与野党協議が決裂し、国防予算の大幅削減が 避けられない情勢となっている。パネッタ国防長官が上院軍事委員会の有力者のマケイン 上院議員に送った
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月14日付の書簡では、最悪の場合の見積もりとして、米国の軍事態勢 は「1940年以降最少の陸上兵力、1915年以来最も少ない艦船、歴史上最小規模の空軍」に なると書いている(39)。オバマ大統領のアジア太平洋歴訪も国内向けのメッセージは、実は「雇用」だった。
APEC
首脳会議の冒頭の演説で、会議の意義について「雇用を創出し、経済を成長させる機会」と語ったのをはじめ、随所で「雇用の創出」に言及していた。雇用の低迷が続き、2012年 の大統領選での再選に向けた大きな障害になっている現実がのぞいている。米側が日本な どの同盟国に「より大きな役割を求める」背景にはこの財政問題もあるとみるべきだろう。
米国が地域のリーダーとしての地位を再構築しようとするなら、まず自国の経済の立て 直しで成果を上げてみせる必要がある。次に、同盟国や友好国を含めた地域各国が直面す
る「二重依存のジレンマ」をどう克服するか。その点でもリーダーシップを発揮すること だ。そのうえで、国力を強めていく中国との間で、いかにして、効率的で安定的、かつ持 続可能な地域秩序を構築するかが問われる。急速に変転するアジア太平洋で、リーダーを 自認する米国には、今までとはまったく違った形での構想力、実行力が求められている。
8
日米同盟の課題東日本大震災をまたぐ形で、大きな変化をみせるアジア太平洋地域で、日米同盟の役割 はどう考えたらよいのか。日米同盟「深化」は具体的にどう進めるべきなのか。
同盟の深化に向けた指針としては
2011
年6月の日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)で 発表された「より深化し、拡大する日米同盟に向けて―50
年間のパートナーシップの基 盤の上に」がある。共通戦略目標としては、2007年5
月以来、4年ぶりの全面改定だった。この間を振り返れば、中国の衛星破壊実験(2007年)に始まり、北朝鮮の核実験(2009年)、 韓国哨戒艦沈没事件、尖閣諸島沖衝突事件(いずれも2010年)など、日本をとりまく安全保 障環境の悪化を示す出来事が相次いだ。新たな課題は、(1)中国の台頭、(2)海賊、サイバー 攻撃など新たな非伝統的脅威と言える。今回の共通戦略目標ではそれぞれの課題について、
「中国の国際的行動規範遵守を促す」、「海賊の防止と根絶、航行の自由の原則を守ることで 海洋安全保障を維持」、「宇宙及びサイバー空間の保護等に関する協力を維持」などの対応が 一応、盛り込まれた。しかし、そこには前提となる安全保障環境について「ますます複雑 になっている」という記述はあるものの、日本を含めた地域各国が「二重依存のジレンマ」
に直面しているというような明確な状況認識が欠けている。そのような観点から日米同盟 が直面する具体的な課題を考えると、いくつかの追加すべき論点がみえてくる。
まず、何と言っても米国が維持しようとしているアジア太平洋での米国のプライマシー
(優位)を、同盟としても守るのかどうかだ。言い換えれば、どのようなリーダーシップの 構造を同盟として志向するかだ。政府の公式な方針ではないにしろ米国やオーストラリア で、米中による「パワーシェア」、「二重リーダーシップ」が語られるようになっている現状 を踏まえれば、何らかの形で立場の表明は必要だろう。単なる「日本の防衛」を超えて、
同盟として地域の秩序作りにどう取り組むかという意志表示でもある。
次に、同盟を「二重依存のジレンマ」で弱体化させないためにはどうしたらよいかだ。
それにはまず、経済利益に焦点を当てた「経済安全保障」の考え方を、現在よりも明示的 に同盟の戦略目標として掲げることが必要だろう。もちろんそれでジレンマが解消される わけではない。しかし、日米同盟の枠組みで、経済安全保障も担保する姿勢を明らかにす れば、経済依存をテコにした他国からの介入に対する同盟の抗堪性、抑止力の向上が期待 できる。
さらに軍事面でも、敵対する国あるいはグループのA2/AD能力が高まったことを想定し た同盟の能力強化が必要だろう。具体的には、精密誘導ミサイルの脅威が増大したり、通 信やGPSの機能が制限されたりする環境下であっても、同盟が必要最小限度の役割を果た せるような対策を見極め、実施することだ。今後、A2/AD能力がアジア太平洋にとどまら
ず世界各地へ拡散する可能性があることを踏まえれば、その重要性は今後さらに増す。
最後に、そうしたいわばヘッジ能力の向上に加えて、敵対する可能性のある国やグルー プに対して、同盟としてエンゲージする機能をさらに強化させる姿勢を示すことも忘れて はならない。エンゲージの中心はあくまで政治・経済政策となるうえ、効果は相手の出方 にも大きく左右されるので、軍事が前面に出る同盟の役割には限界がある。しかし、日米 が主体となった多国間の軍事交流、共同訓練、災害救援などを通じた信頼醸成には、なお 強化の余地がある。
(1) http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/11/13/opening-remarks-president-obama-apec-session-one
(2) http://www.whitehouse.gov/photos-and-video/video/2011/11/13/president-obama-holds-press-conference- apec-summit#transcript
(3) http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/11/16/prime-minister-gillard-and-president-obama- announce-force-posture-init-0
(4) http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/11/17/remarks-president-obama-australian-parliament
(5) http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eas/shuno_6th_gokei.html
(6) http://www.foreignpolicy.com/articles/2011/10/11/americas_pacific_century
(7) http://www.defense.gov/transcripts/transcript.aspx?transcriptid=4912
(8) http://www.state.gov/s/d/2011/176266.htm
(9) 笹川平和財団、ウッドロー・ウィルソン国際学術センター共催〈第3回日米共同政策フォーラム〉
「東日本大震災後の日米協力:教訓と新たな協働体制の構築に向けて」。
(10) http://english.cntv.cn/program/newshour/20111121/112623.shtml
(11) http://news.xinhuanet.com/english2010/china/2011-11/30/c_131280105.htm
(12) 朱鋒「安定的かつ協調的な日米中3カ国関係は実現可能か?」『外交』Vol. 6(外務省、平成23年
2月)、56ページ。
(13) http://www.state.gov/secretary/rm/2010/01/135090.htm
(14)『人民網日本語版』2011年11月18日(http://j.people.com.cn/94474/7649626.html)。
(15) http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-01/27/content_21831954.htm
(16) http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2011-09/22/content_23472005_3.htm
(17) http://www.defense.gov/qdr/images/QDR_as_of_12Feb10_1000.pdf
(18) http://www.af.mil/shared/media/document/AFD-101216-016.pdf
(19) http://www.defense.gov/transcripts/transcript.aspx?transcriptid=4923
(20) Krepinevich, “The way to respond to China,” Los Angeles Times, November 9, 2011(http://articles.latimes.
com/2011/nov/09/opinion/la-oe-krepinevich-pacific-20111109/2).
(21) http://www.globaltimes.cn/NEWS/tabid/99/ID/683750/AirSea-Battle-plan-renews-old-hostility.aspx
(22) http://www.uscc.gov/annual_report/2010/annual_report_full_10.pdf
(23) http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2011/11/16/prime-minister-gillard-and-president-obama- announce-force-posture-init-0
(24) United States Security Strategy for the East Asia-Pacific Region, Department of Defense Office of International Security Affairs, February 1995.
(25) 筆者との複数回にわたるインタビュー。
(26) National Security Strategy, White House, May 2010(http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/rss_
viewer/national_security_strategy.pdf).
(27) PHP「日本のグランド・ストラテジー」研究会(座長:山本吉宣)「『先進的安定化勢力・日本』
のグランド・ストラテジー―『先進国/新興国複合体』における日本の生き方・提言」、PHP総 研、2011年6月(http://research.php.co.jp/research/foreign_policy/ pdf/seisaku_teigen20110603.pdf)。
(28) http://www.state.gov/secretary/rm/2011/11/176999.htm
(29) Hugh White, “Power Shift: Australia’s Future between Washington and Beijing,” Quarterly Essay, Vol. 39, September 2010.
(30) Hugh White, “Australia’s future hostage to US-China rivalry,” The Sydney Morning Herald, October 25, 2011.
(31) http://www.globaltimes.cn/NEWS/tabid/99/ID/684097/Australia-could-be-caught-in-Sino-US-crossfire.aspx
(32) http://www.eastasiaforum.org/2011/08/04/china-us-dual-leadership-in-the-asia-pacific/
(33) http://www.pm.gov.au/press-office/australia-asian-century
(34) http://www.globaltimes.cn/NEWS/tabid/99/ID/685628/Obama-all-in-with-US-challenge-to-China.aspx
(35) http://articles.cnn.com/2010-08-27/us/debt.security.mullen_1_pentagon-budget-national-debt-michael- mullen?_s=PM:US
(36) Leslie Gelb, “GDP Now Matters More Than Force,” Foreign Affairs, November/December 2010.
(37) Paul Kane, “To Save Our Economy, Ditch Taiwan,” The New York Times, November 10, 2011(http://www.
nytimes.com/2011/11/11/opinion/to-save-our-economy-ditch-taiwan.html).
(38) http://blog.foreignpolicy.com/posts/2011/11/17/ditch_taiwan_to_save_america_author_responds
(39) http://www.foxnews.com/interactive/politics/2011/11/15/panetta-letter-to-mccain/
かとう・よういち 朝日新聞編集委員 [email protected]