帰国生入試
国語
サンプル問題
一次の文章を漢字ひらがな交じりの文章に書き直し、適当な箇所に読点を四つ打ちなさい。(漢字で書けるものはすべて漢字で書いて下
さい。)
ヒ ト リ デ イ キ テ イ ル ジ ョ ウ キ ョ ウ ヲ ソ ウ テ イ ス ル ト ナ ン ト カ シ テ ア サ ニ オ キ テ ウ ゴ キ ダ シ タ ホ ウ ガ イ イ ト ワ
カ ル ダ ロ ウ 。 ヤ セ イ ド ウ ブ ツ デ モ ソ ウ シ テ イ ル 。 マ シ テ ヤ ロ ウ ド ウ ヤ シ ョ ウ ヒ ン ヲ コ ウ カ ン シ ア ッ テ ク ラ ス シ
ジ ョ ウ ト イ ウ シ ク ミ ヲ ツ ク ッ タ ワ タ ク シ タ チ ノ シ ャ カ イ デ ハ ド コ カ ニ デ カ ケ テ ハ タ ラ ク コ ト ガ キ ホ ン ノ コ ウ ド
ウ ト ナ ッ テ イ ル 。 ソ ノ コ ト ヲ リ カ イ シ テ オ コ ウ 。
二次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
①言葉は何のためにあるのか?
言葉は、誰もが、②目や手や脚のように毎日使っているものだから、何のためにあるかと聞かれても戸惑ってしまうかもしれない。で
も、一度このことをじっくり考える機会を持ったほうがいい。じっくり考えるのが面倒くさかったら、一日誰とも話さず、独り言もいわ
ずに過ごしてみるといい。どんなに退屈で、不便で、寂しいか、よくわかるから。
人は言葉から完全に離れて暮らすことはできない。君の目や耳には言葉が絶えず流れ込んでくるし、頭の中で何かを考えることをやめ
られない。君は眠っているあいだも言葉を使っている。夢の中の君や友達はしきりに何事かを話しているだろう。十九世紀のドイツの話
だ。全く言葉を知らず、誰とも話したことがない人がいた。
彼はカスパー・ハウザーと呼ばれたが、A、その名前は後からつけられたもので、最初は名前もなかった。生まれてから、ず
っと家の牢屋に閉じ込められていて、誰とも話したことがなかった。ある日、彼はその家から外の世界へと出ていった。満足に歩くこと
さえできなかった。村の人はその異様な風体の青年に話しかけたが、全く言葉は通じない。外国人かと思ったが、ただうめき声を上げる ふうてい
だけで、一切の言葉を知らないことがわかった。一人の博士が彼に興味を持った。この青年に言葉を教えれば、文明人と同じ生活ができ
るようになるか、試してみようと思った。博士の教育は、少ししずつ効果を上げ、カスパー・ハウザーはドイツ語を話し、社会的な生活 ができるようになった。さて、③この場合は博士を誉めるべきか、カスパーを誉めるべきか?二人の関係は赤ん坊と親の関係に似てい ほ
る。誰しも自分の言葉が通じない世界では、カスパー・ハウザーと同じ道を辿ることになる。博士のようないい教師にめぐり合える保証 たど
はないけれども、すでに母の舌を持っている君はカスパーよりも早く、新たな環境に慣れることができるはずだ。
旧約聖書には、バベルの塔の話が書いてある。
天国まで届く高い塔を建設しようとした人間の傲慢を戒めるために、神は何をしたか?人々が話していた言葉をバラバラにして、通 ごうまんいまし
じなくさせた。そのため、互いに考えていることがわからなくなり、塔の建設は途中で放棄された。この時から、世界には無数の言語が ほうき
生まれたことになっている。バベルの塔の建設もそうだが、何か大きな事業を行う時、たとえば、国を作るとか、戦争をするとか、川を
せき止めたりする時は、共通の言葉を持っていなければ、作業は進まない。きっと、万里の長城やビラミッドを作った時も、支配者は言
葉を統一することから始めなければならなかっただろう。
君はこう考えたことはないか?
世界中の人がみんな同じ言葉で話せたらいいのにな。私も外国でなかなか自分のいうことが通じない時など、外国語が恨めしく思う時
がある。でも、世界には無数の言葉があった方がいいと思いなおす。B、言葉が同じなら、誰もが同じようなことしか考えられ
なくなるからだ。自分と似たことをいったり、やったりする奴が世界に何万人もいたら、自分なんてこの世にいなくたって済むではない
か。人と違う言葉を話す……それ自体が価値を生むのだ。
たとえば、日本語の「幸せ」に当たる言葉は、英語ではハッピーといい、ロシア語ではスチャースチエという。しかし、④その単語を
発音しても、幸せのニュアンスは伝わらない。ハッピーは何処か快楽と結びつく感じがし、スチャースチエは神に願いをかなえられた感 どこ
じがあり、幸せは慎ましく、ほのぼのした願いといった感がある。このズレこそがコミュニケーションの楽しみである。 つつ
私は外国語を話すのが好きだ。C、ケニアのサバンナでマサイ族の人にアサンテ・サーナといえば、カリブーと返事が返って
くる。ありがとう、どういたしまして、という意味だ。あるいは、フィンランドのラップランドで、ハウシュカ・トットシュトーアとい
えば、ラップ人は喜んで君を家に迎え入れてくれるだろう。それはお会いできて嬉しいです、という意味になる。初めは君の耳に全く無
意味な音の連なりとしか聞こえない外国語も、実際に使ってみると、相手に通じるばかりか、特定の反応を示してくれる。
英語を流暢に話す人も、フランス語が得意な人も、最初は恐る恐る使ってみて、少しずつ慣れてゆくものなのだ。言葉が違えば、考え
方も違う。人は外国語を学ぶたびに、新たなものの考え方や、ものの見方をも学ぶ。外国語学習の第一歩は、子どものようになって、そ
の言葉で使われている文字や音に慣れることから始まる。それは二度三度と子どもに戻るレッスンになる。そして、気づいてみれば、
⑤君は複数のものの考え方やものの見方を身につけている。(『中学生の教科書』島田雅彦の文章による)
問一傍線①「言葉は何のためにあるのか?」とありますが、その答えを本文中の表現を用いて二点、それぞれ十五字以内で答えなさい。
問二空欄A~Cに入る適当な語句を、次の中からそれぞれ選び、記号で答えなさい。
アしかしイもちろんウたとえばエなぜならオしたがって
問三傍線②「目や手や脚のように」とありますが、ここではどのような意味で用いられていますか、次の中からもっとも適当なものを
選んで、記号で答えなさい。
アあまり意識しないで
イ自分の好きなように
ウとても便利に
エつねに意識して
オとてもていねいに
問四傍線③「この場合は博士を誉めるべきか、カスパーを誉めるべきか?」とありますが、どちらを誉めるべきですか、本文をよく読 ほ
み、その理由を明らかにして答えなさい。
問五傍線④「その単語を発音しても、幸せのニュアンスは伝わらない。」とありますが、その理由を三十字以内で説明しなさい。
問六傍線⑤「君は複数のものの考え方やものの見方を身につけている。」とありますが、自分自身の体験をふまえて、言葉が違うことに
よって、外国と日本の「ものの考え方やものの見方」が違うことを実感したことを書きなさい。
解答例
一
ひとりで生きている状況を想定すると、何とかして朝に起きて動き出したほうがいいとわかるだろう。野生動物でも、そうしている。
ましてや、労働や商品を交換し合って暮らす市場という仕組みを作った私たちの社会では、どこかに出かけて働くことが基本の行動となっ
ている。そのことを理解しておこう。(一四八字)
二
問一・社会的生活をするため。・自分の価値を作るため。
問二AイBエCウ
問三ア
問四博士を誉めるべき。
・なぜなら、筆者は「博士のようないい教師」と書いているから。
・ガスパーが社会的生活ができるようになったのは博士とめぐり合えたおかげだから。
問五言葉には、それぞれの言葉の感じ、ニュアンスのズレがあるから。
問六例えば英語では兄弟のことを「ブラザー」と呼び、その言葉自体には年上か年下を指し示す意味はない。しかし、日本語ではつねに
「兄」であり、「弟」として、年齢が指し示される。そのことによって、日本では兄は弟に対して指導的立場と見なされるのに対して、
英語を使う国では平等な存在として考えられている。