見 返 し 書 の 美 を 求 め て 個 性 的 な 美 の 発 見 と 表 現 人 間 は 誰 で も 美 を 求 め る 心 を も っ て い る
。 こ の 心 が
、 生 活 に 必 要 な 事 物 を 機 能 化 し
、 よ り 美 し い も の を 創 造 し
、 さ ま ざ ま な 文 化 を 形 成 し て き た
。 芸 術 と は
、 こ う し た 人 間 の 心 に 生 じ た 感 興 や 感 動 を も と に
、 自 ら の 身 体 を と お し て 美 を つ く り 出 す こ と や
、 作 品 の こ と を い う
。 書 は 文 字 を 素 材 と し
、 言 葉 を 書 き 記 す 造 形 芸 術 で あ る
。 筆 順 に 従 っ て 点 画 か ら 点 画 へ と 続 け る こ と で
、 文 字 と な り
、 言 葉 が 生 ま れ
、 造 形 と し て 視 覚 化 さ れ て い く
。 ま た
、 身 体 の 動 き や 用 筆
・ 運 筆 に よ る 遅 速 や 緩 急
、 筆 圧 の 強 弱
、 運 筆 の 途 中 に お け る 間 な ど が
、 そ の ま ま 具 体 化 さ れ
、 そ こ に 筆 者 の 個 性 が じ か に 表 れ る
。 こ の よ う に
、 書 に は
、 時 間 性 と 運 動 性 に よ っ て 生 じ る
「 一 回 性
」 と い う 特 質 が あ る
。 書 は 数 千 年 の 歴 史 を 背 景 に
、 多 岐 に わ た る 分 野 と 関 わ り 合 い な が ら
、 東 ア ジ ア 漢 字 文 化 圏 に お い て 発 展 し
、 人 々 の 生 活 に 潤 い を 与 え て き た
。 こ れ か ら 学 ぶ 古 典 は
、 長 い 歴 史 の 中 で
、 多 く の 人 々 に 評 価 さ れ
、 普 遍 的 な 価 値 を も つ も の で あ る
。 そ の 個 性 的 な 書 の 美 に は
、 時 代
・ 風 土 の 相 違 に よ り さ ま ざ ま な 様 式 美 が 展 開 さ れ
、 筆 者 の 人 格 や 教 養
、 人 生 経 験 が 表 れ て い る
。 個 性 的 な 書 の 美 を 発 見 し
、 そ の 表 現 を 学 ぶ こ と は
、 自 ら の 見 方 や 考 え 方 を 広 げ て い く こ と で あ り
、 現 代 に お け る 書 を 学 ぶ 意 義 や 価 値 と も い え る
。 自 ら の 興 味 や 関 心 に 応 じ た 古 典 の 美 を 追 究 し
、 筆 者 の 人 間 性 に ふ れ て 心 を 豊 か に し て い こ う
。 そ し て さ ら に そ の 技 法 を 学 ん で 自 己 表 現 の 糧 と し て い こ う
。 書 の 伝 統 と 文 化 を 継 承 し
、 発 展 さ せ る た め の 道 は
、 そ こ か ら 開 か れ て い く も の と 思 わ れ る
。 書
の 美 に 関 わ る も の 書 の 美 に 関 わ る さ ま ざ ま な 要 素 に 目 を 向 け る と
、 時 代
、 風 土
、 文 化 が 異 っ て い て も 美 を 求 め る 心 は 同 じ で あ り
、 そ れ ぞ れ の 背 景 の 中 で 筆 者 が 表 現 を 工 夫 す る こ と で
、 書 の 美 が 発 達 し て き た こ と が わ か る
。 兼 好 法 師 の
『 徒 然 草
』 に
「 ひ と り 灯 の も と に 文 を ひ ろ げ て
、 見 ぬ 世 の 人 を 友 と す る ぞ
、 こ よ な う 慰 む わ ざ な る
。
」 と い う 一 節 が あ る よ う に
、 筆 者 や 筆 者 の 生 き た 時 代 に 思 い を 馳
せ て
、 想 像 力 豊 か に 書 を 味 わ い
、 多 様 な 書 の 美 の 世 界 を 探 っ て い こ う
。 3ペ
ー ジ 一 漢 字 の 書 の 学 習 漢 字 の 書 と は
、 漢 字 で 書 か れ た 書 と い う 意 味 で
、 仮 名 な ど を 交 え な い 書 を い う
。 現 存 す る 最 古 の 漢 字 は
、 中 国 の 殷 代 の 甲 骨 文 で
、 そ の 後
、 時 代 の 思 潮 や 文 化 を 背 景 と し て
、 篆 書
、 隷 書
、 草 書
、 行 書
、 楷 書 の 各 書 体 が 変 遷 し て き た
。 漢 字 は
、 最 初 は 亀 の 甲 や 石 等 に 刻 ま れ
、 や が て 竹 や 木 な ど に 書 か れ る よ う に な り
、 紙 の 誕 生 に よ っ て
、 そ の 書 風 は 多 様 化 し
、 極 め て 豊 か な 表 現 を 生 み 出 し て き た
。 近 年 で は
、 伝 統 的 な 表 現 に 加 え て
、 造 形 美 を 強 調 し た 表 現 な ど
、 そ の 幅 が い っ そ う 広 が っ て い る
。 さ ま ざ ま な 古 典 の 特 色 を 生 か し て
、 独 自 の 漢 字 の 書 の 美 を 追 究 し て み よ う
。
〜4
5ペ ー ジ 一 篆 書 の 学 習 篆 書 の 成 立 と 変 遷 殷 中 国 で 生 ま れ た 漢 字 の 最 も 古 い 姿 を 伝 え て い る の は
、 殷 代 の 甲 骨 文
(
甲 骨 文 字
)
であ る。 紀 元 前 一 三
〇
〇 年
〜
紀 元 前 一 一
〇
〇 年 頃 に か け て 殷 と い う 王 朝 で 使 わ れ て い た 文 字 で あ り 亀 の 腹 甲
、 牛 や 羊 の 骨 に 刻 ま れ て い る こ と か ら 亀 甲 獣 骨 文
、 あ る い は 契 文 と も 呼 ば れ て い る
。 書 か れ て い る 内 容 は 天 候
・ 軍 事
・ 収 穫 な ど さ ま ざ ま な 事 柄 を 占 っ た 記 録 で あ り
、 時 期 に よ っ て 字 形 や 書 風 に 変 化 が あ る こ と が 確 認 さ れ て い る
。 西 周 殷 代 の 末 期 お よ び こ れ に 続 く 周 王 朝 で は
、 祭 祀 に 用 い る 青 銅 器 の 鋳 造 が 盛 ん に 行 わ れ て い た
。 こ れ ら 金 属 で あ る 青 銅 器 に 鋳 込 ま れ た 文 字
(
銘 文
)
を 金 文 あ る い は 鐘 鼎 文 と い う
。 春 秋
・ 戦 国 時 代 こ の 時 代 に な っ て も 青 銅 器 は 作 ら れ 続 け る が
、 周 王 朝 の 弱 体 化 に よ っ て 金 文 の 字 体 に は 変 化 が 生 じ
、 戦 国 時 代 に な る と 各 国 独 特 の 字 体 に な り
、 ま た 装 飾 的 な 文 字 も 現 れ る
。 石 鼓 文 は
、 戦 国 時 代 の 秦 の 石 刻 文 字 で あ り
、 楚 帛 書 は 絹 に 書 か れ た 文 書 で 南 方 の 楚 の 文 字 で あ る
。 ま た 二 十 世 紀 末 に は
、 郭 店 楚 墓 竹 簡 な ど の 戦 国 時 代 の 楚 の 竹 簡 が 大 量 に 出 土 し
、 墨 で 書 か れ た 当 時 の 肉 筆 を 鮮 明 に 見 る こ と が で き る よ う に な っ た
。 秦
紀 元 前 二 二 一 年 に 秦 の 始 皇 帝 が 中 国 全 土 を 統 一 し
、 さ ま ざ ま な 改 革 と と も に 字 体 の 統 一 を 行 っ た が
、 こ の 時 制 定 さ れ た 字 体 を 小 篆 と い う
。 小 篆 は 泰 山 刻 石 や 瑯 琊 台 刻 石
、 権 や 量 の 刻 文
(
権 量 銘
)
、 あ る い は 秦 代 の 竹 簡
(
雲 夢 秦 簡 な ど
)
に 見 る こ と が で き る
。 こ の よ う に
、 甲 骨 文 か ら 小 篆 ま で の 一 連 の 古 い 書 体 の こ と を 篆 書 と 呼 ん で い る
。 篆 書 と は
、 隷 書 以 前 の あ ら ゆ る 古 い 文 字 の 書 体 の 総 称 で あ る
。 漢 漢 代 は 隷 書 と い う 書 体 が 成 立 し
、 流 行 し た 時 代 で あ る
。 し か し
、 篆 書
(
小 篆
)
は 全く 使 わ れ な く な っ た わ け で は な く
、 碑 額 や 印 章 な ど に は な お 篆 書 が 用 い ら れ た
。 7ペ
ー ジ 石 鼓 文 戦 国
(
秦 前 三 七 四
? 年
)
石 鼓 文 は 現 存 最 古 の 石 刻 文 字 で
、 石 が 鼓 形 で あ る こ と か ら こ の 名 が あ る
。 唐 代 の 初 期 に 現 在 の 陝 西 省 の 陳 倉 と 呼 ば れ る 原 野 で 発 見 さ れ た も の で
、 後 世 の 研 究 に よ り
、 周 王 朝 末 期 の 戦 国 時 代 に 秦 で 作 ら れ た も の と 推 定 さ れ て い る
。 書 体 は 後 の 小 篆 に 近 く
、 字 形 や 筆 使 い の 面 で も 共 通 点 が 見 ら れ る
。 篆 書 の 基 本 を 学 ぶ う え で の 好 手 本 で あ る
。 篆 書 の 特 徴 1
起 筆 は 蔵 鋒
、 送 筆 は 中 鋒 で 書 く
。 2
横 画 は 水 平 に
、 縦 画 は 垂 直 に 書 く
。 3
点 画 は す べ て 同 じ 太 さ の 線 で 書 く
。 4
右 か ら 左 へ 運 筆 す る 点 画 が あ る
(
「 宀
」
「 口
」 な ど
)
。 5
字 形 は 左 右 相 称 形 が 多 く
、 縦 長 で あ る
。 6
分 間
(
画 と 画 と の 間
)
が 等 し い
。 9ペ
ー ジ 召 尊
(
金 文
)
西 周 殷
・ 周 代 の 青 銅 器 の 銘 文 の 文 字 を
、 金 文 ま た は 鐘 鼎 文 と 呼 ん で い る
。 金 文 の 多 く は 鋳 込 ま れ た も の で あ り
、 線 質 は 重 厚 で 独 特 の 味 わ い が あ る
。 ま た
、 文 字 の 形 は 象 形 的 な 要 素 が 強 く
、 漢 字 の 原 初 の 姿 を と ど め て い る
。 周 代 初 期 の 召 尊
(
昭 王 時 代 の 器
)
の 銘 文 か ら
「 白
」
「 馬
」
「 黄
」
「 炎
」 の 四 字 を 習 っ て
み よ う
。 筆 使 い の 基 本 は
、 石 鼓 文 の 場 合 と 同 じ で あ る が
、 起 筆 の 部 分 な ど は し っ か り と 筆 圧 を 加 え て
、 め り は り の あ る 運 筆 を 心 が け よ う
。 11ペ
ー ジ 甲 骨 文 殷 甲 骨 文
(
甲 骨 文 字
)
は、 亀 の腹 甲 や牛
・ 羊な ど の骨 に 鋭い 刀 で刻 ま れた 文 字で あ る。 甲 や 骨 は 硬 く て 曲 線 が 刻 り に く い た め
、 直 線 的 な 筆 画 に な っ て い る の が 特 徴 で あ る
。 甲 骨 文 を 毛 筆 で 書 く 場 合 も
、 こ れ ま で に 学 習 し た 石 鼓 文 や 金 文 と 同 じ 蔵 鋒 の 筆 使 い で 書 け ば よ い 上 の 拡 大 図 版 を 参 考 に し て
、 臨 書 し て み よ う
。 14〜 15ペ
ー ジ 二 篆 刻
・ 刻 字 の 学 習 1
篆 刻 の 学 習 印 の 歴 史
(
中 国
・ 日 本
)
印 は 本 人 で あ る こ と の 証 明 と し て
、 あ る い は 自 分 の 所 有 で あ る こ と を 示 す な ど の 目 的 で 古 代 よ り 使 わ れ て き た
。 中 国 で は
、 紀 元 前 四
〇
〇 年 頃 の 戦 国 時 代 か ら 印 が 盛 ん に 使 用 さ れ 始 め た
。 こ の 頃 は ま だ
「 印
」 と い わ ず
「 じ
」 と い っ た の で
、 こ の 時 代 の も の を
「 古 じ
」 と 総 称 し て い る
。 文 字 は 金 文 で あ る
。 秦 代 に な る と 印 の 制 度 が 整 い
、 皇 帝 の も の を
「 璽
」
、 臣 下 の も の を
「 印
」 ま た は
「 章
」 と 呼 ぶ よ う に な っ た
。 秦 印 に は 日 字 形 や 田 字 形 に 印 面 を く ぎ っ て
、 そ の 中 に 文 字
(
小 篆
)
を 入 れ た も の が 多 い
。 漢 代 に は
、 身 分 に よ っ て 印 の 材 質
、 鈕 の 形
、 綬 の 色 が 厳 格 に 決 め ら れ た
。 鈕 の 形 は 亀 鈕
・ 瓦 鈕 が 一 般 的 で あ る
。 文 字 は 繆 篆
(
印 篆
)
が 使わ れ た。 材 質は 金
・銀
・ 銅な ど の金 属 で あ り
、 専 門 の 工 人 が 製 作 し て い た
。 南 北 朝 の 時 代 以 降
、 粘 土 上 に 押 し て 物 を 封 じ る 封 印 と し て の 印 の 使 用 は 減 っ て い く
。 元 末 か ら 明 代 に な る と
、 文 人 た ち は 軟 ら か く て 美 し い 石 の 印 材 に 自 分 で 刻 っ て 楽 し む よ う に な り
、 こ れ が
「 篆 刻
」 の 始 ま り で あ る
。
日 本 で 印 が 作 ら れ 始 め た の は 奈 良 時 代 か ら で あ り
、 隋
・ 唐 の 印 を 模 倣 し て 作 ら れ た
。 奈 良
・ 平 安 時 代 が 最 盛 期 で
、 こ の 頃 作 ら れ た も の を
「 大 和 古 印
」 と 呼 ん で い る
。 い ろ い ろ な 印 印 に は
「 姓 名 印
」
「 名 印
」 の 他 に
、 雅 号 を 刻 っ た
「 雅 号 印
」
、 作 品 の 右 肩 に 押 す
「 引 首 印
」
、 佳 い 言 葉 を 刻 っ た
「 詞 句 印
」
、 動 物 や 物 の 形 に 似 せ た
「 肖 形 印
」 な ど が あ る
。 左 の 印 例 を 参 考 に し て 制 作 し て み よ う
。 印 の 章 法 章 法 と は
、 一 定 の 紙 面 に お け る 効 果 的 な 文 字 の 配 置
・ 配 列 の 方 法 を い う
。 篆 刻 で は 小 さ な 印 面 に 文 字 を 配 置 す る の で
、 よ い 作 品 を 作 る た め に は こ の 章 法 が 特 に 重 要 に な る
。 次 に 篆 刻 に お け る 主 な 四 つ の 章 法 を 説 明 し
、 例 と し て 中 国 近 代 印 人 の 作 品 を 掲 げ た
。 よ く 鑑 賞 し て 理 解 す る と と も に
、 自 分 の 作 品 に も 応 用 し て み よ う
。 18ペ
ー ジ 2
刻 字 の 学 習 書 を 木
・ 竹 や 石 な ど に 刻 し て
、 鑑 賞 し た り
、 実 用 品 と し て 使 っ た り す る が
、 そ の 作 品 や 行 為 を 刻 字 と い う
。 ま た
、 刻 字 は 刻 書
、 彫 書 な ど と も 呼 ば れ て い る
。 文 字 を 彫 り 刻 む と い う こ と の 歴 史 は 古 く
、 甲 骨 文 や 金 文 の 時 代 か ら 始 ま っ て い る
。 刻 さ れ た も の は
、 刀 意
・ 刻 意 等 を 生 か す こ と に よ り 立 体 的 な 効 果 が 生 ま れ
、 雅 趣 に 富 む な ど 紙 に 書 か れ た も の と は 違 っ た 味 わ い が あ る
。 20ペ
ー ジ 三 隷 書 の 学 習 隷 書 の 成 立 と 変 遷 隷 書 は
、 篆 書 に 次 ぐ 古 い 書 体 で あ る が
、 二 十 世 紀 後 半 の 考 古 学 上 の 発 掘 品 に よ っ て そ の こ と が 明 ら か に さ れ て い る
。 馬 王 堆 帛 書 の
①
〈 老 子 甲 本 巻 後 古 佚 書
〉
、
②
〈 老 子 乙 本
〉 や
③ 居 延 漢 簡
(
25ペ ー ジ
)
な ど は
、 帛
(
絹
)
や 木 に書 か れた 肉 筆の 遺 品で あ り、 篆 書か ら 隷 書 へ の 移 行 を 知 る う え で の 好 資 料 で も あ る
。 典 型 的 な 隷 書 は
、 字 形 が 扁 平 で
、 横 画 や 右 払 い に 波 磔 が 見 ら れ る
。 居 延 漢 簡 や 敦 煌 漢 簡 を は じ め と す る 木 簡 の 文 字 は
、 多 く が 事 務 的 に 書 写 さ れ た も の で あ る
。 し か し
、 中 に は 洗 練 さ れ た 美 し い 筆 跡 も 見 ら れ
、 当 時 の 隷 書 の 用 筆 法 を
、 肉 筆 を と お し て 詳 し く 観 察 す る こ と が で き る
。
一 方
、 後 漢 の 摩 崖
(
自 然 の 岩 肌 に 刻 さ れ た も の
)
や 石 碑 の 多 く も
、 波 磔 を も つ 典 型 的 な 隷 書 で 刻 さ れ て い る
。
④ 石 門 頌
(
26ペ ー ジ
)
、 西 狭 頌 な ど の 摩 崖
、
⑤ 曹 全 碑
(
24ペ ー ジ
)
・ 乙瑛 碑
(
22ペ ー ジ
)
・
⑥ 張 遷 碑 な ど の 石 碑 が そ れ で あ る
。 い ず れ も 毛 筆 の 機 能 が よ く 生 か さ れ た 味 わ い 豊 か な 隷 書 で
、 書 風 に は そ れ ぞ れ に 特 色 が あ る
。 23ペ
ー ジ 乙 瑛 碑 後 漢 一 五 三 年 乙 瑛 碑 は 後 漢 の 永 興 元 年
(
一 五 三
)
に 作 ら れ た も の で
、 百 石 卒 史 碑 と も い う
。 碑 の 内 容 は
、 魯 の 前 相 の 乙 瑛 が 孔 子 廟 の 管 理 に つ い て 上 奏 し
、 こ れ が 認 可 さ れ た こ と に 関 す る も の で
、 当 時 の 上 奏 文 の 形 式 を 示 し た 貴 重 な 文 例 と し て 尊 ば れ て い る
。 書 は 波 磔 を も つ 重 厚 で ゆ る ぎ な い 隷 書 で 書 か れ て お り
、 曹 全 碑 や 礼 器 碑 な ど と と も に 漢 代 隷 書 碑 の 最 高 傑 作 の 一 つ と さ れ て い る
。 山 東 省 曲 阜 の 孔 廟 の 漢 魏 碑 刻 陳 列 館 に 現 存 す る
。 隷 書 の 特 徴 1
起 筆 は 蔵 鋒
、 送 筆 は 中 鋒 で 書 く
。 2
横 画 は 水 平 に
、 縦 画 は 垂 直 に 書 く
。 3
一 字 の 中 に 一 画 の み 波 磔 が あ る
(
一 字 一 波
)
。 4
字 形 の 多 く は 扁 平 で あ る
。 5
分 間
(
画 と 画 と の 間
)
が 等 し い
。 24ペ
ー ジ 曹 全 碑 後 漢 一 八 五 年 曹 全 碑 は
、 郃 陽 県 令
(
郃 陽 は 現 在 の 陝 西 省 に 属 す る
)
であ っ た曹 全 の功 績 をた た えた 石 碑 で
、 そ の 在 世 中 に 作 ら れ た
。 長 ら く 土 中 に 埋 ま っ て い た た め
、 石 の 破 損 が 少 な く
、 刻 字 当 初 の 美 し い 文 字 の 姿 を と ど め て い る
。 よ く 整 理 さ れ た 字 形 と
、 の び の び と し た 筆 使 い に 特 徴 が あ る
。 25ペ
ー ジ 居 延 漢 簡 前 漢
〜
後 漢 二 十 世 紀 の は じ め
、 中 国 西 北 の 西 域 地 方 か ら
、 木 片 に 書 か れ た 大 量 の 漢 代 人 の 肉 筆 文 書
が 発 見 さ れ た
。 木 簡 と 呼 ば れ る こ れ ら の 遺 品 の 中 に は
、 美 し い 隷 書 で 書 か れ た も の が 少 な く な い
。 そ れ ら は 石 碑 に 刻 さ れ た 文 字 な ど と は 違 っ て
、 肉 筆 の 書 跡 だ け に
、 隷 書 の 筆 使 い を 詳 し く 観 察 で き る 点 で 価 値 が あ る
。 左 に 掲 げ た 居 延 か ら 出 土 し た 木 簡 は
、 前 漢 の 時 代 の 遺 品 で あ り
、 真 率 で 精 彩 に 満 ち た 筆 使 い に 特 徴 が あ る
。 左 の 拡 大 図 版 を 参 考 に
、 の び や か な 運 筆 を 心 が け て 臨 書 し よ う
。 26〜 27ペ
ー ジ 石 門 頌 後 漢 一 四 八 年 石 門 頌 は
、 後 漢 の 時 代 に 修 復 さ れ た 褒 斜 道
(
現 在 の 陝 西 省 か ら 四 川 省 に 通 じ る 道
)
の 完 成 に 力 を 尽 く し た 楊 孟 文 の 功 績 を 記 し た も の
。 内 に 力 を 秘 め た 細 身 の 線 に 特 色 が あ る
。 も と は 石 門 内 の 岩 壁 に 刻 さ れ て い た が
、 現 在 は 壁 か ら 切 り 離 さ れ て 漢 中 市 博 物 館 に 保 存 さ れ て い る
。 30ペ
ー ジ 四 草 書 の 学 習 草 書 の 成 立
「 漢 興 り て 草 書 あ り
」
(
『 説 文 解 字
』 後 漢 許 慎
)
と い う 言 葉 が あ る よ う に
、 漢 の 時 代 に は
、 速 書 き に よ る 文 字 の 簡 略 化 が 進 み
、 隷 書 か ら 草 書 が 生 ま れ た
。 二 十 世 紀 に な り
、 居 延
、 敦 煌
、 楼 蘭 な ど の 遺 跡 か ら 木 簡 が 多 く 出 土 し
、 当 時 の 肉 筆 の 姿 が 明 ら か に さ れ た
。 篆 書 か ら 隷 書
、 草 書 へ
「 為
」 字 の 書 体 の 変 遷 石 な ど に 刻 さ れ た 篆 書 は 一 点 一 画 が 明 確 で あ っ た が
、 木 簡 や 竹 簡 な ど に 筆 で 速 書 き さ れ る こ と で 隷 書 が 生 ま れ
、 さ ら に
、 簡 略 化 が 進 む こ と で 草 書 へ と 変 遷 し た
。 31ペ
ー ジ 草 書 の 特 徴 草 書 の 書 法 と し て の 典 型 は
、 東 晋 の 王 羲 之 に よ っ て 確 立 さ れ
、 唐 の 孫 過 庭 な ど に 受 け 継 が れ て い っ た
。 上 の 李 太 白 憶 旧 遊 詩 巻 は
、 北 宋 の 黄 庭 堅
(
一
〇 四 五
~
一一
〇 五
)
の 書 で
、 唐 の 李 白 の 詩 を 五 十 二 行 に わ た り 草 書 で 書 い た も の で あ る
。 そ の 書 は
、 奔 放 な 筆 使 い で 躍 動 感 に 満 ち
、 伸 縮 自 在 な 文 字 の 構 え
、 連 綿 を 交 え た 流 れ る よ う な 運 筆
、 文 字 の 傾 き や 行 の 揺 れ を 伴 っ た 変 幻 自 在 な 展 開 に 特 色 が あ る
。 作 品 の 全 体 構 成 を 鑑 賞 し
、 次 か ら 次 へ と 展 開 し て い く 表 現 の ダ イ ナ ミ ズ ム を 味 わ っ て み
よ う
。 ま た
、 草 書 の 書 き ぶ り を 指 で た ど り
、 運 筆 の リ ズ ム
、 筆 の 開 閉
、 速 度 の 変 化 な ど を 体 感 し て み よ う
。 33ペ
ー ジ 書 譜 唐 六 八 七 年 孫 過 庭 六 四 八
?
〜
七
〇 三
? 年 書 譜 は
、 唐 の 孫 過 庭 が 書 に つ い て 論 じ た 自 ら の 文 章 を 草 書 で 書 い た
、 全 長 一
〇 メ ー ト ル に 及 ぶ 巻 子 本 で あ る
。 全 三 七 二 七 字 を 数 え る 長 文 で
、 そ の 内 容 は
、 王 羲 之 の 書 を 賞 賛 し つ つ
、 書 の 本 質 や 価 値
、 学 書 法 な ど を 述 べ た 書 論 で あ る
。 王 羲 之 の 書 を 規 範 と し た 正 統 的 な 草 書 で あ り
、 緩 急 を つ け た 運 筆 と
、 余 白 の 妙 を 生 か し た 文 字 構 成 に 特 色 が あ る
。 34ペ
ー ジ 十 七 帖 東 晋 王 羲 之 三
〇 七
〜
三 六 五 年 十 七 帖 は
、 王 羲 之 の 手 紙 二 十 九 通 を 集 め て 石 に 刻 し た も の で
、 は じ め の 一 通 に
「 十 七 日 先 書
」 と あ る こ と か ら
、 こ の よ う に 呼 ば れ て い る
。 多 く は 蜀
(
現 在 の 四 川 省
)
の 周 撫 と い う 人 物 に 宛 て た 手 紙 で あ る
。 筆 力 に 満 ち た 運 筆 で 草 書 の 規 範 的 な 姿 を 示 し
、 行 書 の 蘭 亭 序 と と も に
、 王 羲 之 の 書 の 双 璧 と し て 尊 重 さ れ て い る
。 掲 載 の 三 行 は
、 全 六 行 か ら な る 一 通
(
省 別 帖 と 呼 ば れ る
)
の 前 半 で
、 家 族 の 状 況 を 知 ら せ る 周 撫 か ら の 手 紙 を 見 て
、 相 手 の 心 情 を 察 し た 部 分 で あ る
。 35ペ
ー ジ 忽 恵 帖 平 安 時 代 八 一 二
、 八 一 三 年 空 海 七 七 四
~
八 三 五 年 忽 恵 帖 は
、 空 海 が 最 澄
(
七 六 七
~
八 二 二
)
に宛 て た書 状 で、 冒 頭に
「 忽恵 書 札」 と ある こ と か ら こ の よ う に 呼 ば れ る
。 こ の 書 は
、 風 信 帖
(
第 一 通
)
、 忽 披 帖
(
第 二 通
)
と と も に 三 通 が 継 が れ た 一 巻 の 形 で 現 存 し て い る
。 内 容 は
、 法 要 が 終 わ り し だ い
、 比 叡 山 を 訪 問 す る こ と を 最 澄 へ 伝 え た も の で あ る
。 王 羲 之 の 書 を 基 底 に し な が ら
、 軽 快 な 運 筆 で 書 き 進 め ら れ 連 綿 を 交 え た 流 麗 な 書 き ぶ り の 草 書 を 主 と し て い る
。
36〜 37ペ
ー ジ 五 行 書 の 学 習 集 王 聖 教 序 唐 六 七 二 年 の 建 碑 王 羲 之 三
〇 七
〜
三 六 五 年 集 王 聖 教 序 は
、 玄 奘 法 師 が イ ン ド か ら 持 ち 帰 っ た 仏 典 を 漢 訳 し た 功 績 を た た え る 唐 の 太 宗
・ 高 宗 の 文
、 お よ び 般 若 心 経 を ま と め て 一 つ の 石 碑 に 刻 し た も の で あ る
。 碑 は 西 安 碑 林 博 物 館 に 現 存 す る
。 文 字 は 弘 福 寺 の 僧
・ 懐 仁 が 二 十 年 以 上 の 歳 月 を 費 や し て 王 羲 之 の 行 書 か ら 集 字 し た も の で あ る
。 蘭 亭 序 と と も に 最 も 信 頼 で き る 王 羲 之 の 行 書 と さ れ て い る
。 無 駄 の な い 豊 か で 鋭 い 運 筆
、 余 白 の 妙 を 生 か し た 点 画 の 配 置 に 特 色 が あ る
。 38〜 39ペ
ー ジ 王 羲 之 の 書 の 継 承 と 展 開 太 宗
(
五 九 八
〜
六 四 九
)
唐 太 宗 は
、 唐 王 朝 の 基 礎 を 築 い た 英 明 な 君 主 で
、 文 化 の 保 護 と 育 成 に も 力 を 尽 く し た
。 自 ら も 書 を 愛 好 し
、 王 羲 之 に 心 酔 し て そ の 書 を 学 び
、 特 に 行 書 を 得 意 と し た
。 温 泉 銘 は
、 湯 治 で 訪 れ て い た 陝 西 省 臨 潼 県 の 温 泉 を 賛 美 し た も の で
、 動 き が 大 き く 抑 揚 の あ る 運 筆 で 書 か れ て い る
。 原 石 は 失 わ れ た が
、 フ ラ ン ス の 東 洋 学 者
・ ポ ー ル ペ リ オ
(
一 八 七 八
〜
一九 四 五
)
が 敦 煌 の 石 窟 で 発 見 し た 唐 代 の 拓 本 が 残 っ て い る
。 顔 真 卿
(
七
〇 九
〜
七 八 五
)
唐 顔 真 卿 は
、 安 禄 山 に よ る 反 乱 に 立 ち 向 か い
、 反 将 李 希 烈 の た め に 国 に 殉 じ た 剛 直 の 忠 臣 と し て 知 ら れ て い る
。 そ の 楷 書 は
、 顔 法 と 呼 ば れ る 独 自 の 書 風 を 開 拓 し
、 後 世 に 大 き な 影 響 を 与 え た
。 争 坐 位 稿 は
、 尚 書 右 僕 射 の 任 に あ っ た 郭 英 乂 に 対 し
、 行 事 の 坐 位
(
席 順
)
を乱 し た事 に 対 す る 抗 議 文 の 草 稿 で あ る
。 王 羲 之 の 書 を 基 礎 と し て
、 重 厚 か つ 自 在 な 書 き ぶ り が 特 徴 的 で あ る
。 40ペ
ー ジ 米 芾
(
一
〇 五 一
〜
一 一
〇七
)
北 宋 米 芾 は
、 蘇 軾
、 黄 庭 堅 と と も に 北 宋 の 三 大 家 の 一 人 に あ げ ら れ る
。 書 画 や 文 房 四 宝 の 収 集 家 と し て も 知 ら れ
、 特 に 王 羲 之 の 書 に 心 酔 し て い た
。 蜀 素 帖 は
、 蜀 素
(
現 在 の 四 川 省 で
織 ら れ た 絹
)
に 自 作 の 詩 八 首 を 書 き 連 ね た も の で あ る
。 自 在 な 運 筆 に よ る 右 肩 上 が り の 独 特 の 行 書 に 特 徴 が あ る
。 41ペ
ー ジ 空 海
(
七 七 四
〜
八 三 五
)
平 安 時代 空 海 は
、 嵯 峨 天 皇
、 橘 逸 勢 と と も に 三 筆 と 呼 ば れ
、 中 国 書 法 を 基 盤 と し た 唐 風 の 作 品 を 残 し て い る
。 灌 頂 歴 名 は
、 京 都 の 高 雄 山 神 護 寺 に お い て
、 灌 頂
(
密 教 の 法 の 儀 式
)
を授 け た と き の 人 名 録 で あ り
、 最 初 に 最 澄 の 名 も 見 え る
。 王 羲 之 の 書 の 影 響 が う か が え
、 手 控 え の た め
、 自 由 闊 達 な 運 筆 で 書 か れ て い る
。 44ペ
ー ジ 六 楷 書 の 学 習 孟 法 師 碑 唐 六 四 二 年 褚 遂 良 五 九 六
~
六 五 八 年 孟 法 師 碑 は
、 九 十 七 歳 で 亡 く な っ た 女 性 の 道 士
・ 孟 法 師 の 徳 を た た え る た め に 建 て ら れ た 碑 で
、 褚 遂 良 四 十 七 歳 の 時 の 書 で あ る
。 原 石 は 早 く に 失 わ れ
、 唐 代 に 採 ら れ た 拓 本 一 本 の み が 現 存 し て い る
。 十 一 年 後 に 書 か れ た 下 図 の 雁 塔 聖 教 序 の 筆 の 弾 力 を 生 か し た 軽 快 な 書 き ぶ り と は 異 な っ て
、 壮 年 期 か ら 晩 年 に い た る 書 風 の 変 容 を う か が う こ と が で き る
。 45ペ
ー ジ 顔 勤 礼 碑 唐 七 七 九 年
? 顔 真 卿 七
〇 九
~
七 八 五 年 顔 勤 礼 碑 は
、 唐 の 四 大 家 の 一 人 で 剛 直 の 忠 臣 と し て も 名 高 い 顔 真 卿 が
、 曽 祖 父 の 顔 勤 礼 の 偉 業 を た た え る た め に
、 そ の 墓 の 側 に 建 て た 四 面 刻 の 石 碑 で あ る
。 文 と 書
、 と も に 顔 真 卿 の 自 作 で
、 碑 文 の 内 容 か ら 推 定 し て 七 十 一 歳 頃 の 作 と さ れ て い る
。 顔 真 卿 独 特 の 豪 放 で 力 強 い 楷 書 で あ る
。 中 華 民 国 十 一 年
(
一 九 二 二
)
に出 土 した 石 碑で
、 石面 に よっ て はほ と ん ど 損 傷 が 見 ら れ ず
、 制 作 当 時 そ の ま ま の 状 態 を 伝 え る 部 分 も 多 く
、 鮮 明 な 筆 路 が た ど れ る 文 字 が 少 な く な い
。 堂 々 と し た 運 筆 に よ る 向 勢 を 特 徴 と し た
、 顔 真 卿 の 楷 書 を 学 ぶ た め
の 最 良 の 範 本 と し て 尊 重 さ れ て い る
。 46ペ
ー ジ 魏 霊 蔵 造 像 記 北 魏 魏 霊 蔵 造 像 記 は
、 魏 霊 蔵 と 薛 法 紹 の 二 人 が 釈 迦 像 を 作 っ て 一 門 の 安 寧 を 願 っ た も の で
、 河 南 省 の 洛 陽 郊 外 に あ る 龍 門 石 窟 に 現 存 す る
。 龍 門 石 窟 は
、 北 魏 第 六 代 の 孝 文 帝 の 命 に よ り
、 太 和 十 九 年
(
四 九 五
)
か ら 開 鑿 が 始 ま っ た
、 中 国 を 代 表 す る 石 窟 寺 院 で あ る
。 龍 門 石 窟 に は
「 龍 門 二 十 品
」 と 呼 ば れ る 楷 書 石 刻 の 名 品 群 が あ り
、 こ れ は そ の 代 表 作 の 一 つ で
、 金 属 的 な 鋭 い 切 れ 味 の 運 筆 と
、 重 厚 で 力 感 あ ふ れ る 字 形 に 特 色 が あ る
。 48ペ
ー ジ 薦 季 直 表 魏 鍾 繇 一 五 一
~
二 三
〇 年 薦 季 直 表 は
、 鍾 繇 が 魏 の 文 帝 に た て ま つ っ た 上 表 文 で
、 魏 の 建 国 に あ た っ て 功 績 が あ っ た 季 直 と い う 人 物 を 推 薦 す る た め に 書 か れ た も の で あ る
。 彼 の 真 跡 は 現 存 せ ず
、 こ の 薦 季 直 表 の よ う に
、 石 に 刻 さ れ て 法 帖 と な っ た 作 例 が 何 種 類 か 伝 わ っ て い る
。 欧 陽 詢 な ど の 初 唐 の 楷 書 と は 違 い
、 字 形 は 扁 平 で
、 温 か み が 感 じ ら れ る 古 意 豊 か な 線 質 に 特 色 が あ る
。 49ペ
ー ジ 楽 毅 論 東 晋 王 羲 之 三
〇 七
~
三 六 五 年 楽 毅 論 は
、 魏 の 夏 侯 玄 が
、 戦 国 時 代 の 燕 の 武 将 で 宰 相 と な っ た 楽 毅 に つ い て 論 じ た 文 章 で
、 こ れ を 東 晋 の 王 羲 之 が 書 い た も の で あ る
。 引 き 締 ま っ た 字 形 と
、 筆 圧 の 変 化 が 強 調 さ れ た の び や か な 運 筆 に 特 色 が あ る
。 ま た
、 大 胆 な 運 筆 で 書 か れ た 光 明 皇 后 の 臨 書 作 品 が 正 倉 院 に 伝 え ら れ て い る
。 50ペ
ー ジ 漢 字 の 書 の 制 作 左 は
、 各 書 体 の 古 典 か ら
「 道
」
「 光
」 を 集 め た も の で あ る
。 自 分 の 表 現 意 図 に 合 う
「 道
」
「 光
」 を 選 ん で 書 い て み よ う
。 ま た
、 学 習 し て き た 古 典 も 参 考 に し よ う
。
54ペ ー ジ 漢 字 の 書 の 鑑 賞 図 版 は
、 昭 和 期 以 降 に 活 躍 し た 日 本 の 代 表 的 な 書 家 に よ る 作 品 で あ る
。 漢 字 の 書 で は
、 書 体 や 作 品 の 形 式
、 運 筆 や 字 形 の と り 方
、 文 字 の 配 置 や 墨 の 使 い 方 な ど の 違 い に よ り
、 さ ま ざ ま な 表 現 が 可 能 と な る
。
① は 行 書 と 草 書 の 二 体 を 混 在 さ せ て
、 変 幻 自 在 に 表 現 し た 作 品
。 大 胆 な 墨 量 の 変 化 と
、 奇 抜 な 文 字 造 形 に 特 色 が あ る
。
② は 北 魏 の 楷 書 に 基 づ く 豪 放 な 筆 致 の 作 品
。 落 款 の 文 字 も 本 文 と 同 じ 大 き さ で 配 置 し て い る
。 気 力 が 全 体 に み な ぎ る 作 風 で あ る
。
③ は 豪 放 な 筆 致 の 草 書 体 で
「 崩 壊
」 の 二 字 を 書 い た 作 品
。 淡 墨 独 特 の 効 果 が 生 か さ れ て い る
。 そ れ ぞ れ の 作 品 の 書 風 の 特 色 に つ い て 話 し 合 っ て み よ う
。 57ペ
ー ジ 二 仮 名 の 書 の 学 習 仮 名 の 書 と は
、 仮 名 を 書 い た 書 と い う 意 味 で
、 特 に 平 安 時 代 の 仮 名 の 伝 統 に 立 脚 し た 書 を い う
。 わ が 国 は
、 漢 字 を 中 国 か ら 受 容 し
、 日 本 語 を 表 記 し て い く 過 程 で
、 平 仮 名
、 片 仮 名 を 生 み
、 世 界 に 類 を み な い 独 自 の 文 字 文 化 を 発 展 さ せ て き た
。 そ の 極 限 ま で 簡 略 化 さ れ た 造 形 と 流 動 美
、 散 ら し 書 き に よ る 全 体 構 成 は 独 自 の 美 を 放 っ て い る
。 近 年 で は
、 仮 名 の 書 の 伝 統 を ふ ま え た 大 字 仮 名 の 表 現 な ど
、 そ の 幅 が 広 が っ て い る
。 さ ま ざ ま な 古 典 の 特 色 を 生 か し て
、 独 自 の 仮 名 の 書 の 美 を 追 究 し て み よ う
。 58ペ
ー ジ 1
仮 名 の 書 の 特 徴 仮 名 は 漢 字 よ り 字 数 が 少 な い が
、 平 仮 名 と 変 体 仮 名 の 交 え 方 で 異 な っ た 表 現 が で き る
。 ま た
、 仮 名 の 書 と い っ て も 適 宜 漢 字 を 交 え る こ と が で き
、 連 綿 や 散 ら し 書 き
、 墨 の 潤 渇 等 も 含 め
、 無 限 の 表 現 が 可 能 に な る
。 例 え ば 上 の 寸 松 庵 色 紙 と 左 の 古 筆
(
仮 名 の 名 品
)
二 点、 ま た
68ペ ー ジ 上 の 寸 松 庵 色 紙 と
、
70〜 71ペ
ー ジ の 継 色 紙 は
、 語 句 が わ ず か に 異 な る も の の
、
『 古 今 和 歌 集
』 の 同 じ 歌 を 書 い た も の だ が
、 各 々 趣 が 異 な る
。 こ れ ら の 鑑 賞 と 臨 書 を と お し て
、 料 紙 の 美 し さ も 相 俟 っ た 多 様 な 書 の 美 に ふ れ よ う
。 ま た
、 次 の 視 点 で 古 筆 を 比 較 し
、 気 づ い た こ と を 話 し 合 お う
。
・ 平 仮 名 と 変 体 仮 名 の 交 え 方
・ 字 形
・ 連 綿
・ 線 質
・ 全 体 構 成
(
行 書 き
・ 散 ら し 書 き
)
・ 墨 の 潤 渇
・ 料 紙 60ペ
ー ジ 2
高 野 切 第 一 種
・ 第 二 種
・ 第 三 種
『 古 今 和 歌 集
』 の 最 古 の 写 本 と さ れ る 高 野 切 は
、 十 一 世 紀 半 ば
、 三 人 の 能 書 が 二 十 巻 を 寄 合 書 き
(
分 担 揮 毫
)
した 巻 物。 三 人と も 詞書
・ 作者
・ 歌を 整 然と 記 すが
、 書風 は 異な る。 第 一 種 の 自 然 で 無 理 の な い 連 綿 と 墨 の 潤 渇 の 美 し さ
、 第 二 種 の 左 下 に 息 長 く 続 く 連 綿 線
、 第 三 種 の 端 正 な 美 し さ な ど
、 図 版 を 対 照 し て 各 々 の 書 風 の 特 徴 を 確 認 し よ う
。 62〜 63ペ
ー ジ 高 野 切 第 一 種 の 臨 書 と 短 冊 の 書 式 右 の 図 版 お よ び
60〜 61ペ
ー ジ で
❶
〜
❼ の 特 徴 を 確 認 し よ う
。 示 し た 部 分 以 外 か ら も 当 て は ま る と こ ろ を 見 つ け よ う
。
❶ 整 斉 な 仮 名 で
、 字 母 が 少 な い
(
64〜 65ペ
ー ジ 参 照
)
。
❷ 最 初 の 横 画 が 短 く
、 そ れ と 交 わ る 縦 画 が 少 し し か 上 に 出 な い
。
❸ 縦 画 の 起 筆 が 細 く
、 次 第 に ふ っ く ら す る
。
❹ 自 然 で 無 理 の な い 連 綿
。
❺ 墨 の 潤 渇 の 変 化 が 美 し い
。
❻ 行 頭 で 大 き く ゆ っ た り 書 き
、 行 末 で は 小 さ く
、 字 間 が つ ま る 傾 向 が あ る
。
❼ 平 仮 名
「 る
」 の 結 び が 小 さ く
、
「 ろ
」 の よ う に 書 い て い る と こ ろ も あ る
。 短 冊 の 書 式
① 上 部 を 四 分 の 一 な い し 三 分 の 一
(
約 九
〜
一 二 セ ン チ
)
あ け る
。
② 上 の 句 を 一 行 め に
、 下 の 句 を 二 行 め に 書 く
。
③ 一
・ 三
・ 五 句 で 墨 を 継 ぐ
。
伝 称 筆 者 仮 名 の 古 典
(
古 筆
)
で は、 当 初か ら 筆者 の 署名 の ない も のが ほ とん ど で、 そ れが 断 簡
(
切
)
に な っ て し ま っ た た め
、 い よ い よ 筆 者 や 書 写 内 容 が わ か ら な く な っ た
。 そ こ で
、 安 土 桃 山 時 代 か ら 江 戸 時 代 に か け て の 鑑 定 家 が
、 そ れ ぞ れ の 古 筆 を 鑑 定 し た が
、 三 人 の 寄 合 書 き で あ る 高 野 切 第 一 種
・ 第 二 種
・ 第 三 種 を す べ て 紀 貫 之 筆 と す る な ど
、 不 合 理 な も の が 多 い
。 し か し
、 推 定 で き る 揮 毫 年 代 と 合 致 す る 場 合 も あ り
、 ま た 便 宜 上
、 古 筆 の 分 類 に 便 利 で あ る こ と も あ り
、 今 日 な お
、 上 に
「 伝
」 の 字 を つ け
、 そ の 筆 者 名 を 残 す 場 合 が 多 い
。 こ れ を 伝 称 筆 者 と い う
。 68ペ
ー ジ 3
三 色 紙 の 散 ら し 書 き 寸 松 庵 色 紙
・ 継 色 紙
・ 升 色 紙 は
、 い ず れ も 平 安 時 代 は 冊 子 本 で あ っ た が
、 一 首 ず つ に 分 割 さ れ た 形 か ら 色 紙 と 名 づ け ら れ
、 合 わ せ て
「 三 色 紙
」 と 呼 ば れ る
。 寸 松 庵 色 紙 約 一 三 セ ン チ 四 方 の ペ ー ジ ご と に
『 古 今 和 歌 集
』 四 季 の 歌 を 一 首 ず つ 書 い た 粘 葉 装 冊 子 で あ っ た が 分 割 さ れ
、 今 日 約 四 十 枚 確 認 さ れ る
。 名 称 は
、 そ の 一 部 が 江 戸 時 代 初 め に 大 徳 寺 の 塔 頭
(
小 寺 院
)
寸 松 庵 に 伝 わ っ た こ と に よ る
。 一 行 め の 下 で 各 行 の 流 れ が 焦 点 を 結 ぶ よ う な 構 成 の 散 ら し 書 き が 多 い が
、 二 つ の 文 字 群 か ら な る も の も あ る
(
左 掲
)
。料 紙 は、 白
・藍
・ 朱な ど の具
(
胡 粉
)
の 上 に 亀 甲 文 様 や 瓜 な ど の 図 柄 を 雲 母 刷 り し た 中 国 製 の 唐 紙 で
、 料 紙 や 書 風 の 様 子 か ら 十 一 世 紀 後 半 の 書 と 推 定 さ れ る
。 70ペ
ー ジ 継 色 紙 も と は 藍 や 紫 な ど の 染 紙 で あ つ ら え た 粘 葉 装 冊 子 で
、
『 古 今 和 歌 集
』 や
『 万 葉 集
』 な ど の 歌 三 十 五 首 ほ ど が 知 ら れ る
。 主 と し て 内 面 の 見 開 き 二 ペ ー ジ に 一 首 ず つ 書 い た も の で
、 右 に 上 の 句
、 左 に 下 の 句 を 書 い た も の が 多 い が
(
左 図
)
、左 か ら右 に 返っ て 書い た り
(
下 図
)
、 見 開 き の 片 面 の み に 書 い た も の も あ る
。 い ず れ に せ よ 色 紙 二 枚 を 継 い だ よ う に 見 え る た め
、 継 色 紙 と 呼 ば れ る
。
筆 者 不 詳 な が ら 抑 揚 の 効 い た 運 筆 で
、 行 の 高 低 や 行 間 の 変 化 を つ け つ つ
、 三 角 形 を 二 つ 横 に 並 べ た よ う な 絶 妙 な 構 成 の 散 ら し 書 き が 展 開 さ れ て い る
。 72ペ
ー ジ 升 色 紙 清 少 納 言 の 曽 祖 父
・ 清 原 深 養 父 の 家 集
(
個 人 歌 集
)
を 書 い た 糸 綴 じ の 冊 子
(
綴 葉 装
)
で あ っ た が
、 分 割 さ れ た 形 か ら
、 こ の 名 が あ り
、 約 三 十 枚 確 認 さ れ る
。 料 紙 は 鳥 の 子
(
雁 皮 紙
)
の 素 紙 や 薄 藍 の 染 紙 で
、 そ れ に 雲 母 砂 子 を ま い た も の も あ る
。 十 一 世 紀 後 半 の 書 と 推 定 さ れ
、 当 初 は 適 宜 詞 書 や 題 を 交 え つ つ
、 一 ペ ー ジ に 一 首 半 や 二 首 書 い た と こ ろ も あ っ た よ う だ が
、 後 に 一 枚 一 首 に 改 め ら れ た も の が 多 い
。 ふ く よ か な 字 形 で 線 に 太 細 の 変 化 を つ け
、 余 白 を 生 か し た 散 ら し 書 き が 多 い が
、 行 と 行 を 重 ね る 構 成 が 美 し い 左 掲 の 一 点 も
、 後 世
、 改 変 の 手 が 加 え ら れ た も の で あ る
。 78ペ
ー ジ 5
大 字 に よ る 表 現 と 鑑 賞 今 日 で は
、 俳 句 や 短 歌 な ど を 大 字 で 書 く こ と が 多 い
。 筆 や 紙
、 墨 の 濃 淡 や 潤 渇 な ど を 工 夫 し な が ら
、 大 字 に よ る 表 現 を 試 み よ う
。 半 切 の 画 仙 紙 に 書 く 仮 名 を 大 字 で 表 現 す る 時 に は
、 よ く 半 切 の 画 仙 紙 を 用 い る
。 そ の 際
、 決 ま っ た 形 式 な ど は な い が
、 短 歌 一 首 の 場 合
、 左 の 作 品 の よ う に 二 行 に 書 き
、 初 め と 二 行 め の 下 方 で 墨 継 ぎ す る こ と が 多 い
。 半 切 の 画 仙 紙 を 四 分 の 一 ほ ど 継 い で 長 く し
、
60〜 61ペ
ー ジ に 掲 載 さ れ た 高 野 切 第 一 種 な ど の 一 首 を 拡 大 臨 書 す る な ど
、 大 字 に 慣 れ る 試 み を し て み よ う
。 79ペ
ー ジ 三 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 の 学 習 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 と は
、 漢 字 仮 名 交 じ り 文 の 詩 歌 や 文 章
・ 語 句 な ど が 書 か れ た 書 を い う
。 わ が 国 で は
、 漢 字 と 仮 名 を 交 え て 書 く 漢 字 仮 名 交 じ り 文 の 表 記 を 生 み 出 し
、 漢 字 と 仮 名 の 調 和 を 図 っ た 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 の 表 現 を 発 展 さ せ て き た
。 日 常 的 な 表 記 を 用 い る こ と か ら
、 実 用 的 な 表 現 と 芸 術 的 な 表 現 と の 両 面 か ら 人 々 を 魅 了 し て き た
。 近 年 で は
、 言 葉 を 表 現 す る 書 と し て
、 多 様 な 展 開 を 見 せ て い る
。
名 筆 や 現 代 の さ ま ざ ま な 表 現 を 生 か し て
、 独 自 の 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 の 美 を 追 究 し て み よ う
。 94ペ
ー ジ 5
漢 字 仮 名 交 じ り の 書 の 変 遷 日 本 で は
、 日 本 語 を 表 記 す る 過 程 で
、 漢 字 と 仮 名 を 交 え た 漢 字 仮 名 交 じ り 文 が 成 立 し た 漢 字 の 書 き ぶ り が 仮 名 に 近 接 す る 和 様 化 が 進 展 し
、 三 宝 絵 詞
(
東 大 寺 切
)
に 代 表 さ れ る よ う な 漢 字 と 仮 名 が 渾 然 一 体 と な っ た 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 が 成 立 し た
。 鎌 倉 時 代 に
、 漢 字 仮 名 交 じ り 文 に よ る 表 記 が 一 般 化 す る と
、 多 く の 古 典 文 学 が 書 写 さ れ
、 絵 巻 の 詞 書
(
絵 巻 の 物 語 の 説 明 文
)
に は
、 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 の 表 現 が な さ れ た
。 ま た
、 書 状
、 墨 跡 や 宸 翰
(
天 皇 の 書
)
な ど に も 多 く の 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 が 残 さ れ て い る
。 江 戸 時 代 に は
、 金 銀 泥 に よ る 豪 華 な 下 絵 に 表 現 さ れ た 作 品 な ど が 生 ま れ
、 近 代 に い た っ て は
、 文 学 者 な ど に 独 特 な 漢 字 仮 名 交 じ り の 書 が 数 多 く 見 ら れ る
。 現 代 で は
、 生 活 や 社 会 に お け る 実 用 書 の 他 に
、 展 覧 会 芸 術 と し て
、 さ ま ざ ま な 造 形 的 な 作 品 が 発 表 さ れ て い る
。 96〜 97ペ
ー ジ 書 の 変 遷 中 国 の 書 の 流 れ 一 漢 字 の 発 生 と 古 代 の 文 字 資 料
……
新 石 器 時 代
〜
殷
・ 周 中 国 の 文 字 が い つ 頃
、 ど の よ う に し て 発 生 し た も の な の か
、 そ の 正 確 な こ と は よ く わ か ら な い
。 し か し
、 黄 河 流 域 の い く つ か の 古 い 遺 跡 か ら
、 陶 片 に 刻 さ れ た 絵 文 字 や 漢 字 の 原 初 形 と 思 わ れ る 符 号 が 発 見 さ れ
、 少 し ず つ そ の 実 態 が み え て き た
。 そ こ か ら 文 字 の 完 成 ま で に は 多 く の 人 々 の 知 恵 と 工 夫
、 そ れ に 長 い 時 間 と を 要 し た も の と 思 わ れ る
。 現 存 最 古 の 漢 字 は
、 清 代 の 光 緒 二 十 五 年
(
一 八 九 九
)
以降
、 河南 省 の殷 墟 で発 見 され た 甲 骨 文 で あ る
。 亀 の 甲 や 牛 の 骨 に 刻 さ れ た 占 い の 文 字 で
、 字 数 も 多 い
。 形 も よ く 整 っ て 美 し く
、 文 字 と し て す で に 完 成 の 域 に 達 し て い る
。 殷 か ら 周 代 に か け て の 文 字 資 料 と し て は
、 そ れ と は 別 に
、 祭 祀 用 の 青 銅 器 に 鋳 刻 さ れ た 銘 文
、 い わ ゆ る 金 文 が あ る
。 甲 骨 文 の 簡 潔 で 鋭 い 趣 に 比 べ て
、 金 文 は 重 厚 で 豊 か な 造 形 性 を も っ て い る
。 二 書 体 の 急 激 な 分 化
……
春 秋
・ 戦 国
・ 秦
・ 漢
・ 三 国 時 代 金 文 の 時 代 は 約 千 年 に 及 ぶ が
、 そ の 字 体 や 書 風 に は 変 遷 が み ら れ
、 神 秘 的 な 造 形 か ら 次
第 に 平 明 な 姿 に 変 わ っ て い く 過 程 が 認 め ら れ る
。 銘 文 の 内 容 も
、 神 や 祖 霊 へ の 祈 り か ら 王 の 権 威 を 示 す も の へ
、 さ ら に
、 人 々 の 間 の 契 約 風 な も の へ と 変 わ り
、 次 第 に 長 文 化 し て い く
。 や が て
、 文 字 を 石 に 刻 す こ と も 始 め ら れ た
。 戦 国 時 代 に は 各 国 間 で 書 体 に 相 違 が 生 じ て い た が
、 秦 の 始 皇 帝 は 国 家 を 統 一 す る と と も に 文 字 の 統 一 を も 行 っ た
。 こ れ を 小 篆
、 そ れ 以 前 の も の を 大 篆 と い い
、 総 称 し て 篆 書 と 呼 ん で い る
。 秦
・ 漢 か ら 三 国 時 代 に か け て の 約 五 百 年 間 に は
、 新 し い 漢 字 の 書 体 が 次 々 に 生 ま れ て い る
。 縦 長 で 曲 線 的 な 篆 書 か ら
、 漢 代 に は
、 横 広 で 直 線 的 な 隷 書 が 成 立 し
、 続 い て 速 書 体 と し て の 草 書
・ 行 書 が 生 ま れ た
。 そ の 後
、 遅 れ て 楷 書 も 誕 生 し た
。 漢 か ら 晋 間 に 書 か れ た 木 簡 や 帛 書
・ 竹 簡 に よ っ て
、 こ う し た 書 体 の 流 れ が 明 ら か に な っ た
。 こ れ ら 各 書 体 を 背 景 に
、 書 に よ る 芸 術 的 な 表 現 の 可 能 性 が 自 覚 さ れ る よ う に な り
、 漢 代 に は 蔡 邕
・ 張 芝
、 魏 に は 鍾 繇 と い う 書 の 名 人 が 現 れ た
。 三 王 羲 之 と 東 晋 時 代 の 書
……
西 晋
・ 東 晋 こ の 時 代 に は
、 各 書 体 が ほ ぼ 出 そ ろ い
、 芸 術 的 に さ ら に 磨 き が か け ら れ て
、 洗 練 さ れ た 書 風 が 展 開 さ れ た
。 時 代
・ 気 候 や 風 土
・ 筆 者 の 個 性 や 環 境 の 違 い に よ り 書 風 は み な 異 な る が
、 優 れ た 天 才 の 出 現 に よ っ て 美 の タ イ プ が 示 さ れ る と
、 後 輩 が こ れ を 学 び
、 や が て 書 法 の 古 典 と し て 尊 重 さ れ る よ う に な る
。 北 方 民 族 に 追 わ れ て 江 南 に 移 っ た 東 晋 に は
、 彼 ら 貴 族 の 誇 り 高 い 人 生 観
・ 世 界 観 を 書 に 表 現 し て 見 せ た 王 羲 之
、 お よ び そ の 一 族 が い た
。 王 羲 之 は 楷 行 草 三 体 を よ く し た が
、 と り わ け 優 雅
・ 流 麗 な 行 書 の 表 現 を 確 立 し
、 そ の 書 は 唐 の 太 宗 皇 帝 に よ り 古 今 の 名 跡 と し て 賞 揚 さ れ
、 そ の 子 の 献 之 と と も に 書 美 の 典 型 と し て 後 世 に 多 大 な 影 響 を 及 ぼ し て い る
。 四 南 方 と 北 方 の 書
……
南 北 朝 時 代 東 晋 の あ と
、 南 方 で は
、 宋 斉 梁 陳 と 王 朝 が 交 替 し
、 王 羲 之 一 派 の 貴 族 的 な 書 法 が 伝 え ら れ て
、 整 斉 で 温 雅 な 楷 書 が 整 い つ つ あ っ た
。 ま た
、 法 書 を 収 集 し た り
、 鑑 賞 す る 風 習 も 盛 ん に な っ た
。 北 方 で は 五 胡 十 六 国 を 統 一 し た 北 魏 が 栄 華 を 誇 り
、 や が て 東 魏
・ 西 魏 に 分 裂 し
、 さ ら に 北 斉
・ 北 周 と 続 く が
、 そ の 風 土 と 人 々 の 気 風 を 反 映 し て
、 力 強 く 野 性 的 な 楷 書 が 盛 ん に 行 わ れ た
。 北 魏 の 龍 門 造 像 記 や 鄭 道 昭 の 書 は そ の 最 盛 期 の 名 跡 で
、 六 朝 書 道 と い え ば
、 普 通
、 こ う し た 北 方 系 の 書 風 を 指 し て い る
。 五 楷 書 の 典 型 と 多 様 な 表 現
……
隋
・ 唐
南 北 を 統 一 し た 隋 は わ ず か 三 十 年 た ら ず で 唐 に 引 き 継 が れ る が
、 唐 の 太 宗 は 内 政 外 交 と も よ く し
、 唐 王 朝 三 百 年 の 基 礎 を 築 い た
。 そ し て
、 自 ら 書 を 好 み
、 書 道 を 奨 励 し た の で
、 書 の 黄 金 時 代 が も た ら さ れ る こ と と な っ た
。 隋 の 智 永 を は じ め 初 唐 の 三 大 家 す な わ ち
、 虞 世 南
・ 欧 陽 詢
・ 褚 遂 良 ら は 王 羲 之 の 書 を 学 び な が ら 自 己 の 風 格 を 打 ち 出 し
、 こ の 隋 か ら 唐 初 に か け て
、 格 調 高 く 法 則 性 に 富 ん だ 楷 書 の 典 型 が 確 立 さ れ た
。 唐 代 中 期 に な る と
、 顔 真 卿 が 王 羲 之 の 典 型 に こ だ わ ら な い 重 厚 豊 満 な 独 自 の 書 風 を 打 ち 立 て
、 王 羲 之 と 並 ぶ 大 き な 指 標 と し て 後 世 に 大 き な 影 響 を 与 え た
。 ま た
、 孫 過 庭 は 草 書 の 名 作 を 遺 し
、 張 旭
・ 懐 素 ら も 狂 草 体 に 自 由 奔 放 な 境 地 を 開 い た
。 そ れ 以 後 の 書 の 歴 史 は
、 王 羲 之 の 典 型 を め ぐ っ て 追 随 と 反 発 と を 繰 り 返 し な が ら 多 様 な 書 風 を 展 開 し て き て い る
。 六 気 魄 に 満 ち た 文 人 の 書
……
宋 宋 王 朝 は 絶 え ず 北 方 異 民 族 の 圧 迫 に 苦 し め ら れ た が
、 一 貫 し て 文 治 政 策 を 採 り
、 学 問 芸 術 に 新 た な 発 展 を も た ら し た
。 書 の 面 で は
、 初 め は 保 守 的 で
、 王 羲 之 一 派 の 書 が 流 行 し た こ の こ と は
「 淳 化 閣 帖
」 十 巻 の 半 分 が 王 羲 之 父 子 の 書 で 占 め ら れ て い る こ と に よ っ て も う か が え よ う
。 し か し
、 読 書 人
、 知 識 階 層 が 政 治 や 文 化 の 表 面 に 表 れ る よ う に な る と
、 個 性 を 重 ん じ
、 自 由 な 表 現 を 尊 ぶ 新 た な 文 人 た ち が 登 場 す る
。 蘇 軾
・ 黄 庭 堅 は 元 来 官 吏 で
、 学 問 と 詩 文 を も っ て 名 声 を 謳 わ れ た が
、 と も に 個 性 的 で 気 魄 に 満 ち た 書 を 創 始 し た
。 ま た
、 米 芾 は 書 画 の 専 門 家 で
、 王 羲 之 の 書 風 を よ く 習 う と と も に 革 新 的 な 趣 を 示 し た
。 こ の 三 人 に 蔡 襄 を 加 え
、 宋 の 四 大 家 と 呼 ん で い る
。 こ う し た 北 宋 末 期 の 書 風 は 南 宋 や 金 の 人 た ち に も 受 け 入 れ ら れ
、 特 に 蘇 軾
・ 黄 庭 堅
・ 米 芾 の 三 人 は
、 後 の 文 人 た ち の 範 と し て 永 く 尊 崇 さ れ て い る
。 七 復 古 の 気 運 と 新 風 の 台 頭
……
元
・ 明 蒙 古 族 の 支 配 し た 元 時 代 は 文 化 的 に は 大 き な 発 展 が み ら れ な か っ た よ う だ が
、 書 に お い て 復 古 的 な 気 風 が 興 隆 し
、 鮮 于 枢
・ 趙 孟 頫 と い う 巨 匠 が 活 躍 し た
。 と り わ け
、 趙 孟 頫 は 終 生 王 羲 之 を 中 心 と す る 晋
・ 唐 の 古 法 を 守 り
、 温 雅 秀 潤 で 中 庸 を 得 た 書 風 を 築 い て 一 世 を 風 靡 し た
。 明 初 は 趙 孟 頫 の 影 響 が 大 き く
、 ま た
、 章 草 風 の 草 書 も 流 行 し た が
、 中 期 に な る と 祝 允 明 や 文 徴 明 が 出 て
、 明 る く 近 代 的 な 書 風 を 作 り 上 げ た
。 江 南 の 地 に 生 育 し た 多 く の 文 人 た ち が 活 躍 す る の は こ の 頃 で あ る
。 末 期 に な る と 董 其 昌 が 独 自 の 作 風 を 示 し た が
、 や が て 彼 の 文 人 主 義 精 神 の 影 響 を 受 け て
、 張 瑞 図
・ 王 鐸
・ 傅 山 ら が 長 条 幅 に 自 由 な 連 綿 草 に よ る 新 風
を 生 み 出 し た
。 八 新 し い 書 の 展 開
……
清 満 州 民 族 に よ る 清 王 朝 は
、 康 煕 帝 を は じ め 諸 帝 が 文 芸 に 理 解 を 示 し た た め
、 学 問
・ 芸 術 な ど あ ら ゆ る 方 面 に 新 天 地 を 開 い た
。 書 は 初 め は 宮 廷 を 中 心 に 董 其 昌 の 風 が 流 行 す る が
、 や が て 在 野 の 文 化 人 が 新 た な 運 動 を 展 開 す る
。 す な わ ち 鄭 燮
・ 金 農 ら は 奇 趣 溢 れ る 書 風 を 示 し た
。 や が て
、 古 碑 を 研 究 す る 碑 学 が 勃 興 し
、 北 魏 を 中 心 と す る 北 朝 の 碑 刻 や 漢 代 の 碑 さ ら に 周
・ 秦 に 遡 っ て 篆 書