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PDF 織田信長 ザビエル - 教育出版

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Academic year: 2024

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全文

(1)

縄

じょう

文

もん

土

ど

器

き

(① 縄文 )時代に使われていた土器で,

多くに(② 縄なわ目め )模様がつけられていま した。狩かりや漁,採集で得た食料は,土器 を使って調理しました。

卑

ひ

弥

み

呼

こ

3世紀ごろ,(③ 邪や馬ま台たい国こく )の女王とな り,争いをしずめました。

まじないをする力もあり,30 ほどのくにを 従えていたと考えられています。

聖

しょう

徳

とく

太

たい

子

し

(④ じゅう十七しちじょう条 )の憲けん法ぽうや冠かん位いじゅう十二に階かいな ど,国のしくみを整えました。

(⑤ 小お野のの妹いも子こ )らを遣けん隋ずい使しとして隋に送 り,仏ぶっきょう教を学びました。

東

とう

大

だい

寺

じ

の大

だい

仏

ぶつ

奈な良ら時代,(⑥ しょう聖武む )天てん皇のうは,仏ぶっきょう教の力 で国を守ろうと考えました。

奈良の都の東大寺に大仏を,全国に

(⑦ 国こく分ぶん寺じ )を建てました。

紫

むらさき

式

しき

部

ぶ

平

へい

安

あん

時代に,貴き族ぞく社会を描えがいた

『 (⑧ 源げん氏じ物ものがたり語 )』を 著あらわしました。

同じころ,(⑨ 清せいしょう少納な言ごん )が『 枕まくらの草そう 子し』を書きました。

織

お

田

だ

信

のぶ

長

なが

武力で天下統一を目ざし,琵び琶わ湖このほとり に(⑱ 安あ土づち ) 城じょうを建てました。

城下町では,商人たちがだれでも自由に営 業することを認みとめるなど,新しい考え方を 取り入れた政治を行いました。

ザビエル

スペインの宣教師で,日本を 訪おとずれ

(⑰ キリスト教 )を伝えました。

雪

せっ

舟

しゅう

中国に留学し,(⑯ 水すい墨ぼく画が )の名作を残し ました。( ⑯ )は,ふすま絵や,床とこの間まを かざるかけ軸じくに好んで使われました。

銀

ぎん

閣

かく

(⑭ 足あし利かが義よし政まさ )が,京都の 東ひがし山やまに建てま した。このころ,たたみや 障しょう子じ,ふすまな どを使った日本独自の建築様式である,

(⑮ 書しょ院いんづくり造 )が広がりました。

足

あし

利

かが

義

よし

満

みつ

(⑫ 室むろ町まち )幕ばく府ふの3代 将しょう軍ぐんとして,強い 権

けん

力

りょく

をもちました。 中ちゅう国ごくや 朝ちょう鮮せんと貿易を 行い, 京きょう都との北きた山やまに(⑬ 金きん閣かく )を建てま した。

平

たいらの

清

きよ

盛

もり

平

へい

安

あん

時代の終わりごろ,(⑩ 武ぶ士し )が政治 でも力をもつようになりました。清盛は

( ⑩ )で初めて太だいじょう政大だい臣じんになりました が,のちに平氏は(⑪ みなもとの源 頼より朝とも )に敗 れ,ほろびました。

歴史すごろく ワークシート ( ) に言葉を入れながらゴールを目ざそう!

スタート

(2)

豊

とよ

臣

とみ

秀

ひで

吉

よし

信のぶ

長なが

の死後,(⑲ 大おお阪さか ) 城じょうを築いて拠きょ点てん とし,天下統一を推すい進しんしました。

ものさしの長さやますの大きさを統一して

(⑳ 検けん地ち )を行ったり, 刀かたな狩がり令れいを出しま した。

徳

とく

川

がわ

家

いえ

康

やす

(㉑ 関せきヶが原はら )の戦いで対立する豊とよ臣とみ方を 破り,全国の大だいみょう名を従えました。

(㉒ 江え戸ど )幕ばく府ふを開いて,全国支配を確 立しました。

浮

うき

世

よ

絵

え

歌

うた

川

がわ

広

ひろ

重

しげ

の浮世絵は,ヨーロッパでも高く 評価されました。

ほかにも,(㉓ 葛かつ飾しか北ほく斎さい )の『富ふ嶽がく三さんじゅう十 六

ろっ

景

けい

』や,(㉔ 歌か舞ぶ伎き )の人気役者を描えがい た浮世絵が流行しました。

伊

い

能

のう

忠

ただ

敬

たか

の地図

伊能忠敬は,全国を測量して,正確な

(㉕ 日本地図 )を作りました。忠敬が歩 いた距きょ離りは,17 年間で3万 5000km にわた ったといわれています。

明

めい

治

じ

天

てん

皇

のう

明治になると,江え戸どは(㉖ 東とうきょう京 )と改め られ,新政府による政治が始まりました。

のちに制定された(㉗ 大だい日にっ本ぽん帝てい国こく )憲けん法ぽう では,主権は天皇にあるとされました。

福

ふく

沢

ざわ

諭

ゆ

吉

きち

『 (㉘ 学問のすゝめ )』を 著あらわし,人々に影えい 響

きょう

を与あたえました。

このころ人々の生活や考え方が大きく変わ った風ふうちょう潮を(㉙ 文ぶん明めい開かい化か )といいます。

太陽の塔

とう

岡おか

本もと

太た郎ろうが,(㊱ 大おお阪さか )万ばん博ぱくのシンボルと して制作しました。

この万博は「人類の進歩と調和」をテーマ に開催され,77 か国が参加しました。

東京タワー

戦後,(㉞ ラジオ )とテレビの電でん波ぱ塔とうとし て建てられました。このころ,高度

(㉟ 経けい済ざい )成長によって,家庭にテレビ や洗せん濯たく機き,冷れい蔵ぞう庫こなどが普ふきゅう及しました。

富

とみ

岡

おか

製

せい

糸

し じょう

場

フランスの技術を取り入れ,大量の

(㉜ 生き糸いと )を生産しました。

政府は,外国から機械を買ったり,外国人 を招いて技術や知識を教わったりして,

(㉝ しょく殖産さん興こうぎょう業 )をすすめました。

伊

い

藤

とう

博

ひろ

文

ぶみ

初代の(㉛ 内ない閣かく総そう理り大だい臣じん )に任命されま した。ドイツなど西洋の国々を参考にし て,近代国家のかたちを整えました。

板

いた

垣

がき

退

たい

助

すけ

(㉚ 自じ由ゆう民みん権けん )運うん動どうを進め,自じ由ゆう党とうを設 立しました。

各地で演説会が開かれるなど,全国で運動 が盛り上がりましたが,政府はこれを厳きびし く取り締まりました。

ゴール

(3)

① 縄文

② 縄

な わ

目

め

③ 邪

や

馬

ま

台

た い

国

こ く

④

じゅう

十 七

し ちじょう

条

⑤ 小

お

野

の の

妹

い も

子

こ

⑥

しょう

聖 武

む

⑦ 国

こ く

分

ぶ ん

寺

じ

⑧ 源

げ ん

氏

じ

物

も のがたり

語

⑨ 清

せ いしょう

少 納

な

言

ご ん

⑩ 武

ぶ

士

し

⑪

みなもとの

源 頼

よ り

朝

と も

(源氏,壇

だん

ノ

の

浦

うら

の戦い)

⑫ 室

む ろ

町

ま ち

⑬ 金

き ん

閣

か く

⑭ 足

あ し

利

か が

義

よ し

政

ま さ

⑮ 書

し ょ

院

い んづくり

造

⑯ 水

す い

墨

ぼ く

画

が

⑰ キリスト教

⑱ 安

あ

土

づ ち

⑲ 大

お お

阪

さ か

⑳ 検

け ん

地

ち

㉑ 関

せ き

ヶ

が

原

は ら

㉒ 江

え

戸

ど

㉓ 葛

か つ

飾

し か

北

ほ く

斎

さ い

㉔ 歌

か

舞

ぶ

伎

き

㉕ 日本地図

㉖ 東

と うきょう

京

㉗ 大

だ い

日

に っ

本

ぽ ん

帝

て い

国

こ く

㉘ 学問のすゝめ

㉙ 文

ぶ ん

明

め い

開

か い

化

か

㉚ 自

じ

由

ゆ う

民

み ん

権

け ん

㉛ 内

な い

閣

か く

総

そ う

理

り

大

だ い

臣

じ ん

㉜ 生

き

糸

い と

㉝

しょく

殖 産

さ ん

興

こ うぎょう

業

㉞ ラジオ

㉟ 経

け い

済

ざ い

㊱ 大

お お

阪

さ か

歴史すごろく 解答用紙

参照

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