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高線量地帯周辺における野生動物の生態・被曝モニタリング

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Academic year: 2023

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セミナー室

放射性降下物の農畜水産物等への影響-6

高線量地帯周辺における野生動物の生態・被曝モニタリング

石田 健

東京大学大学院農学生命科学研究科

福島第一原子力発電所の北西方向へ延びる,放射性物 質が高濃度に沈着した阿武隈山地北部地域には,ニホン ザル,イノシシ(北限)

,ホンドギツネ,トウホクノウ

サギなどの哺乳類,ウグイス,ホオジロ,アオゲラ,ノ スリ,フクロウなどの鳥類をはじめ,多様な生物が生息 している.

生命現象は,生体を構成する物質の化学・物理的な現 象と作用が進んで発現すると同時に,DNAから個体,

個体群や生態系までの副層で,複雑な営みを見せる.そ れらは,生物間相互作用を伴って,細胞内から景観まで の「環境」のなかで多様に異なる発現を示し,その結果 は確率的に予測される(1)

.福島第一原発事故(以下「原

発事故」)は,世界で5回目の大きな放射能に関わる事 件,事故であり,広島,長崎での原爆投下はもとより,

スリーマイル島やチェルノブイリにおける事故とも,事 故の影響が及ぶ環境や事故の性質が異なる.生命現象に おいては,このようなまれに起こる環境変化が,その後 の結果に大きく作用することがしばしば見られるた め(2)

,原発事故の影響を野生生物についてもその場で

(  という)モニタリングして,経過と結果を記録 する意義が高い.

原子力災害の生態系や野生生物への影響評価(と保 全)については,ICRPによる基準があり(3)

,この基準

に基づいたノネズミやミミズなどについてのモニタリン グ調査事業も実施されている.一方で,阿武隈山地の生

態系,景観は独特の特徴をもち,生物多様性が高い.し たがって,より多面的な,阿武隈山地周辺の生態系に適 した手法を模索することも重要だと筆者は考える.

阿武隈山地北部の高線量地帯

海岸に位置する福島第一原子力発電所がある浜通り地 方は,東西幅10 kmたらずの南北に細長い平野である.

その西側には,西〜北を流れる阿武隈川(全長239 km,

流域面積5,400平方キロ)と南を流れる久慈川(全長 124 km, 流域面積1,490平方キロ)に囲まれた阿武隈山 地(阿武隈高地)が,最大幅が約50 km, 南北におよそ 170 kmほどの範囲に横たわっている.浜通りの平野部 から阿武隈山地に入るとすぐ,細い谷がおりなす渓流に なる.徐々に高度を上げ標高400 m前後に達すると高原 状台地になっており,田畑や牧草地の広がり,周囲の山 林と混じる阿武隈高地である.ほとんどの頂は標高600

〜700 m程度のなだらかな山容で,広々とした山里や里 山の景観を有している.最高峰は,山系のほぼ中央に位 置する標高1,192 mの大滝根山である.西側では再びな だらかな斜面がくだり,阿武隈川流域の福島県の中核都 市である郡山市や福島市,東北新幹線や東北自動車道路 などのある,中通り地方の細長い低地平野に至る.

このように,東西にわずか50 kmの範囲に,海岸,渓 流,高地,山間地,再び平地の複雑な地形が,細かい谷

(2)

と峰を刻んで連なり,狭い範囲に異質な環境が入り組ん で,多様な自然,里山環境を形成している.天然林はモ ミ,イヌブナ,イヌシデ,ケヤキ,トチ,サワグルミ,

イタヤカエデなどが生育する落葉広葉樹林からなり,ス ギやヒノキの人工林も混じる.冬は根雪となる積雪があ る.四季の変化に富み,微環境ごとに多様な変化を見せ る複雑な生態系が広がっている.

モニタリング対象としての鳥類,ウグイス

震災,津波,原発事故後1年3カ月余りを経過した現 在,試行錯誤しながら実施している調査手法として,鳥 類の定点観察,録音による生物音記録,ウグイスの捕獲

(図

1

)による生体試料採取の3つを行っている.鳥類 は,低地の陸域を含めて約150種余りと比較的多種が生 息し(4)

,観察が容易であり,一部の種は音声録音によっ

て生息の有無を記録できる.これは,自動録音装置を利 用して,再検証可能なデータを長期間継続的に取得でき

ることも意味する.ヒトに近い代謝機構をもち,放射線 などに対する感受性も近いと仮定できる(図

2

)など,

原発事故の環境モニタリングのための生物指標として,

鳥類には多くの利点がある.定点調査と録音記録は,鳥 類群集の多様性変化や,特定の種の増減を確認すること が,目的の1つである.

ウグイスは,筆者に研究実績があり,対照データや対 照調査地が確保されている.本種は,海岸から高山の山 頂付近までの薮に生息し,日本で最も広い分布域をもつ 種の1つで,多くの広域調査で優占種となっている.本 モニタリング地域においても広く,多数(高密度で)分 布していることが確認された.野鳥のなかでは比較的に 捕獲が容易な種でもあると同時に,雄はなわばりを構え て繁殖する生態学的特徴などから,捕獲地点周辺におけ る放射線量率の測定値と各個体,あるいは集団の被曝量 との線形の相関が期待できる.さらに,後で述べる広域 多地点での記録が必要という理由から重要な要素となる こととして,一般市民にも高い確率で知られている野生 動物である.

ウグイスの捕獲と被曝線量の推定

ウグイスを捕獲する直接の目的は,その個体や集団が 受けた放射線の影響について(影響がなかったことも含 めて)知ることである.そのために,本来は,その個体 の被曝量をなるべく直接に知りたい(図

3

.しかし,

野鳥のウグイスに「検診に来てください」と言っても来 てくれない.そこで,さまざまな工夫をして,被曝量を 推定する必要がある.ノネズミやミミズなど野生生物モ ニタリングのほぼすべての研究は,捕殺による.捕って しまえば,解剖して体の各部位の放射能を測定でき,被 曝したその時点の結果を推定できるが,それまでであ 図1モニタリング対象のウグイス

図2いろいろな生物の放射線感受 性の比較

(UNSCEAR, 1996による)

(3)

る.筆者のウグイスの研究は,「自然環境にいる生物の 環境影響全体を含めたモニタリングには,生かしたまま での観察,観測が(も)必須である」という,考え方に 基づいている.

ウグイスの雄は,春から縄張りを構え,「ほ〜ほけ きょ」というさえずりの声がはっきり聴こえる半径50

〜100 m程度の範囲に秋までとどまり,ずっと鳴き続け る.空を自由に飛べる鳥ではあるが,繁殖期間はそこに 踏みとどまっていたと信じてよい.2012年2月からの連 続自動録音記録と定点調査などによって,調査地のウグ イスは3月中旬にどこかの越冬していた低地から渡来す ることが確認できた.したがって,間接的には,その地 帯で観測される線量率に基づいて,おおよその被曝率や 被曝量が推定できる.少なくとも,線量の異なる地域間 の比較はできる.しかし,ウグイスといえども一生,1 カ所にとどまっているわけではない.場合によっては,

線量の高い浜通りで越冬している可能性もある.また,

現地で放射線量を測定すると,地上の近くなのか,落葉 のたまった場所なのかなど,放射能の高い汚染源からの 距離,微環境によっても受ける線量率には差があること がわかる.やはり,個体,集団ごとのより実態に近い被 曝量を推定する必要がある.

捕獲したウグイスの主に尾羽を採取して,イメージン グプレートに3日間という短い時間密着させて放射線を 検出したところ,換羽する前に捕獲した雄4羽の羽毛か らのみはっきりとした羽毛の輪郭と濃い斑点が多数点在 する像が得られた(図

4

.これらの羽毛にある核種と

線量を測定したところ,セシウム134,  セシウム137な どが検出され,2つのセシウムを合わせて30 〜531 Bq/

gの放射線量があることがわかった.この羽毛の汚染物 質は,アルコール綿(キムワイプ)で強くふいたり,超 音波洗浄機に20分間かけてもほとんど落ちないぐらい 強く,羽毛に固着していた.このように換羽前の羽毛の

汚染量を測定することにより,被破壊的に,その個体の 被曝量を相対化して予測することが可能かもしれない.

羽づくろいや接触によって羽毛が汚染される仕組みや放 射性物質の羽毛への蓄積,離脱の経過を実験を交えて想 定しながら,今後,異なる汚染地点や季節などでウグイ スを捕獲して羽毛を採取し,その羽毛が保持している放 射線量の測定を続け,予測被曝線量との関係を考察して いく予定である.

ウグイスのストレスの測定

2011年8月に捕獲した個体のなかには,お尻に大きな おできのできた個体も1羽混じっていたものの,このよ うに外見ではっきりと確認できるような症状を高い確率 で検出することは,福島の調査地点や周辺の汚染地帯の 放射能レベルにおいてはあまり期待できない.そこで,

野外で暮らす野生動物の長期,低線量の被曝の影響を知 りうる個体の生理状態の指標の1つとして,筆者らはス トレスを測定しようとしている.副腎皮質ホルモンであ るコルチコステロン (corticosterone ; CORT) は,主に 糖代謝作用をもつグルココルチコイドで,ストレス負荷 時に分泌量が増加することが知られている.欧米におい ては,野鳥のストレス機能の研究(野外内分泌学)にお いて多くの実績が示されており,筆者もウグイスの研究 に加わった経験があった(5)

図3ウグイスに影響を与えるさまざまな環境要因と,予測さ れる結果

図4イメージングプレートに3日間密着させたウグイスの羽 毛から得られた像

(下の線図内は羽毛像が現れていない)

(4)

血しょう中コルチコステロンの濃度は,生活史の フェーズ(季節)によって異なり,またその時点ごとに 新たなストレスが負荷されると上がる.ここで,ストレ ス負荷とは,捕獲してヒトの束縛下に野生の鳥類を置く ことで,実際には,捕獲直後と捕獲後30分〜 1時間程 度,布袋に入れておいてから(図

5

,それぞれ採血し

た試料から得た血しょうを用いて測定した結果である.

「虐待」「いじめ」「自然破壊」などとも言われかねない ものの,採血後は元気に飛んで逃げていき,すぐにさえ ずっているので,研究のためご容赦いただきたい.ウグ イスにおいては,さえずっている繁殖期には,いわば

「はりきっている」状態でコルチコステロンレベルが高 い(図

6

.詳細な研究の行われている北米のミヤマシ

トド ( ) では,渡りの際にも高 くなり,飼育個体では低調である(6) (図

7

.捕獲して束

縛しておくと上昇し(図

8

,その変化は状況によって

異なる(7)

そのほかに,血液の塗抹試料も保存する.捕獲した4 個体のウグイスのうち1個体(おでき個体)からロイコ チトゾーン属 ( ) の原虫が,DNA分析に よって検出された.埼玉県秩父山地で捕獲したウグイス では58個体中6個体から原虫が検出され,樹洞営巣性の シジュウカラ類からの検出率が高かった(8)

.原虫による

野鳥の感染率や感染強度(塗抹の顕微鏡下での観察に よって確認される)は,それぞれの種の生態や個体の健 全度と関連しているとも考えられる.

広く,長くモニタリングを実施する

図3で示すように,ウグイスの個体の状態に影響を与 える環境要因は複数ある.チェルノブイリ事故において 図5捕獲したウグイスを布袋に入れて置き,ストレスを掛け

図6♂成鳥のストレスレベルの季節変化 Wada  (7) を改変.

図7渡りをするミヤマシトドの血 漿中コルチコステロン濃度年周変化 Romero, Ramenofsky & Wingfield(6) 

を改変,J. C. Wingfield博士の好意に よる.

(5)

も,さまざまな野生生物の調査が後から実施されてきた が,人間活動が低下することによる影響もきわめて大き く,観察,測定結果の解釈には大きな幅があり,十分な 議論や合意形成もできていない(9, 10)

.福島における,こ

の地域の復興を支援できる基礎情報を得るためにも,放 射線の影響とそのほかの影響をなるべく区別していくこ とが重要であり,長期間の多地点での記録が必要にな る.たとえば繁殖期の鳥類の定点調査や録音調査を,条 件をそろえて,放射線量や環境の類型に対応させて500 地点程度で実施したり,捕獲個体の試料数を増やしたり するためには,多人数のグループでの継続した調査が必 要になってくる.その場合,研究者だけでは必要な労力

を賄うことはできそうにない.優占種(観察頻度の高い 種)に限ってもよいので,多数の一般市民の協力を得て 実施するような調査方法を模索する必要があると筆者は 考えている.そのような調査は,自然生態系や生物多様 性の保全に対する理解を広める,普及啓発の意味も発揮 するだろう.筆者らは,鹿児島県の奄美大島では希少種 のオオトラツグミ ( ) で市民参加の一斉 調査を15年余り実施してきた.本研究においては,そ のためのマニュアルづくりも目指している.

文献

  1)  S. F. Gilbert & D. Epel :“Ecological Developmental Biolo- gy,” Sinauer, Sunderland, 2009, p. 480.

  2)  M. Begon, C. R. Townsend & J. L. Harper :“Ecology (4th  ed.),” Blackwell, Hoboken, 2006, p. 738.

  3)  ICRP :“Environmental  Protection  ―  The  Concept  and  Use of Reference Animals and Plants,” ICRP Publication  108, Ann. ICRP, 38 (4‒6), 2008, p. 78.

  4)  戸澤 章: 原町市史 ,原町市,2005, p. 606.

  5)  J.  C.  Wingfield,  K.  Kubokawa,  K.  Ishida,  M.  Wada  &  S. 

Ishii : , 12, 615 (1995).

  6)  L. M. Romero, M. Ramenofsky & J. C. Wingfield : , 116, 171 (1997).

  7)  M. Wada, T. Shimizu, S. Kobayashi, A. Yatani, Y. Sandai- ji,  T.  Ishikawa  &  E.  Takemure : ,  116, 422 (1999).

  8)  T. Imura, Y. Suzuki, H. Ejiri, Y. Sato, K. Ishida, D. Sumi- yama, K. Murata & M Yukawa : , 183, 244 

(2012).

  9)  I. I. Kryshev, T. G. Sazykina & N. A. Beresford :“Cher- nobyl,  Catastrophe  and  Consequeces,”  Springer  Berlin,  2005, p. 267.

  10)  A. V. Yablokov :“Chernobyl, Consequences of the Catas- trophe for People and the Environment,” N.Y. Academy  of Science, New York, 2005, p. 255.

図8♂成鳥のストレスレベルと応答 Wingfield  (5) を改変.

参照

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