化学と生物 Vol. 50, No. 10, 2012
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セミナー室
放射性降下物の農畜水産物等への影響-4菌類による放射性セシウムの吸収・蓄積
齋藤雅典 *1,山田明義 *
2,松田陽介 *
3,大和政秀 *
4
*1東北大学大学院農学研究科附属複合生態フィールド教育研究センター,*2信州大学農学部,*3三重大学大学院生物資源学研究科,*4鳥取大学農学部
キノコの原木露地栽培における放射性セシウム汚染 福島原発由来の放射セシウム(以下Cs)は,福島県 のみならず,東日本の広い範囲を汚染し,露地で栽培さ れる多くの農作物の出荷が制限された.今春になってか らも,山菜やキノコなど新たな品目での出荷制限や自粛 が行われている.比較的低濃度の汚染地帯の水田・畑作 では,土壌を耕起することによって放射性Csが土壌粘 土鉱物に強く吸着され,移行係数が低下し,植物には容 易には吸収されなくなる(本セミナー室・吉岡氏らの論 文を参照).農地土壌においては,放射性Csが5,000 Bq/kg以下であれば,作物への放射性Cs吸収抑制のた めに耕起が推奨されている(1).しかし,森林や永年草地 のように土壌が耕起されない条件,また露地条件にある キノコ原木栽培では,土壌や原木の表層に沈着した放射 性Csが容易に植物や菌類に吸収される.
筆者の一人,齋藤が所属する東北大学フィールドセン ターは,福島原発から150キロ以上離れた宮城県北部・
大崎市鳴子温泉地区に位置し,2,000 ha以上の広大な森 林・農地を利用して,循環型の農畜林業システムの教育 研究を行っている.この地域の汚染は2011年秋の時点 で20 〜30 kBq/m2程度(空間線量は0.1 〜0.18 μSV)で あったが,当センターの原木栽培(露地)のシイタケか ら食品の新基準値 (100 Bq/g) を超える放射性Csが検 出され,生産を断念せざるをえなくなった.当フィール
ドセンターでは,センター内で生産されるコナラなどの 広葉樹を伐採し(キノコ)原木用丸太を生産し,スギ林 をホダ場として利用している.事故時に葉が残っていた スギ林は,当時落葉していた広葉樹に比べ,放射性Cs の汚染程度が高く(2),樹冠に沈着した放射性Csが降雨 によって溶出され,ホダ木を汚染したのであろう(図
図1■東北大学・複合生態フィールド教育研究センターにおけ るシイタケ原木栽培(露地)と放射性Csによる汚染
シイタケ原木栽培は,森林資源の有効利用の実例として学生実習 の良い教材であった.
化学と生物 Vol. 50, No. 10, 2012 749 1).福島県をはじめ東北から北関東に至る広い地域で露
地のキノコ栽培ができない状況に追い込まれている.キ ノコの放射性Cs蓄積が世界的に問題になったのは,
チェルノブイリ原発事故の後であった.ヨーロッパのみ ならず,国内でも広範な調査が行われた(3).
キノコは担子菌類などの高等菌類が形成する大型の子 実体である.キノコを形成する菌類は,主に木材や落葉 などの有機物を腐朽分解して栄養を獲得する腐生性と植 物の根に共生して栄養(エネルギー源)を獲得する菌根 性に大別される.シイタケなどは,木材を腐朽分解する 腐生性の菌類の子実体である.一方,マツタケなどはマ ツの根に共生する外生菌根菌・マツタケ菌の子実体であ る.菌根とは植物の根と菌類の共生系であり,菌根を形 成する菌類を菌根菌と呼ぶ.陸上植物の8 〜9割の種に は菌根菌が共生していると言われており,菌の宿主植物 根への侵入様式に基づき,菌糸が根の細胞間隙および根 の表面に付着する外生菌根と菌糸が根の皮層細胞内へ侵 入する内生菌根(後述のアーバスキュラー菌根など)に 大別される(4).マツタケ菌など樹木へ共生しキノコをつ くる菌根性菌類は外生菌根を形成する.
菌根の研究者は菌根研究会という小規模な研究会を組 織している.菌根性キノコの放射性Cs濃度が高いこ と(3) は研究者の間でよく知られており,福島第一原発 の事故後,会の有志で放射能汚染について論議を進め た.当時(2011年春)インターネットなどで不確実な 情報が流布されるような状況にあり,研究会としてでき るだけ科学的な情報の提供が重要であると考え,研究会 有志が,菌根性菌類の放射性Cs吸収蓄積について文献 情報を収集するとともに,行政関係者にも情報を提供し た.そのなかの一部は,震災から1カ月後に研究会ホー ムページ (http://jmrs.ac.affrc.go.jp/) に掲載した.
筆者らは外生菌根・内生菌根などさまざまな菌根を専 門としているが,本稿では,菌根菌のみならず食用にな るキノコ(子実体)を生じる高等菌類と農作物を含む多 様 な 植 物 の 根 に 共 生 す る ア ー バ ス キ ュ ラ ー 菌 根 菌
(Arbuscular Mycorrhizal Fungi, 以下AM菌)につい て,それらの放射性Csの吸収・蓄積について述べる.
キノコによる放射性セシウムの吸収・蓄積
1986年のチェルノブイリ原発事故の後,旧ソ連のみ ならず欧州各国で,森林で採取されたさまざまな野生生 物種の放射性核種による汚染が調べられた.それらの報 告によると,樹木や林床種子植物に比べて,キノコ類や シダ植物からより高濃度の放射性Csが検出されている.
そしてキノコ類のなかでは,外生菌根菌が腐生菌(木材 腐朽菌,落葉分解菌)と比べてかなり高い放射性Cs含 量を示す傾向にあることが見いだされた(3, 5〜7).外生菌 根性か腐生性かの生態的機能によらず担子菌類の多く は,キノコを形成する.外生菌根菌は,樹木根に定着す るとともに,リッター(落葉層)および土壌中に菌糸を 伸ばし,そこから窒素 (N), リン (P) などの無機養分 を吸収し,宿主である植物根へ供給する.一方,外生菌 根菌は植物から光合成産物である糖類の提供を受ける.
菌類はN, Pなどの多量要素だけでなく,重金属を含 むさまざまなミネラル類の吸収能に長けた土壌微生物で あるため,特に,キノコ類は一般的にカリウム(K)含 量が高く,Kと同族のアルカリ金属に分類されるCsの 吸収能も高いと考えられる(8).
菌根共生している外生菌根菌の菌糸体により形成され る子実体の放射性Cs含量は,宿主樹木よりも相対的に 高い(おおまかには1桁高い)(9).菌根菌は,おそらく Csと同じアルカリ金属であるKのイオンチャンネルを 通じて菌糸細胞内へと取り込んでいるのであろう.取り 込まれたCsは,リッター層中に伸びる根外の菌糸から 根の内部に共生している菌糸へと移行し,植物へ供給さ れると考えられている.しかし,このCsの取り込み・
細胞間輸送は,菌の側ではK+イオンとCs+イオンが十 分には識別されないが,植物細胞側では両イオンの識別 が な さ れ る た め 菌 糸 側 にCsが 集 積 し て し ま う ら し い(10).
チェルノブイリ事故後,わが国においてもキノコ類の 放射性セシウム含量について研究が進められた.吉田・
村松(3)は,日本各地から124種(284試料)の野生キノ コを集めて調べた.それによると,ほとんどのキノコの
137Csは検出限界以下であったが,なかには1,250 Bq/kg 新鮮重(平均37 Bq/kg)を示すものもあった(表1). これは福島の事故以前の値である.同時に分析した
134Cs(半減期2.06年)と 137Cs(半減期30.2年)の比率 から放射性Csの起源はチェルノブイリ事故ではなく,
1960年代の核実験に由来すると考えられた.また,菌 根性キノコと腐生性キノコの放射性Cs含量を比べると,
平均値として確かに菌根性キノコのほうが高いが,種類 ごとにばらつきが大きかったとしている.福島事故後 に,調査されたキノコにおいても,同様に平均すれば菌 根性キノコのほうが放射性Cs濃度は高いが,種による 違いのほうが大きいことが報告されている(11).
吉田・村松は,キノコ64種をそれらの菌糸の分布域
(木材,リッター層(落葉層),土壌表層 (0 〜 5 cm), 土壌層(5 cm以下))ごとに類別したところ,土壌表層
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部分に菌糸を伸ばすキノコの 137Cs濃度が高く,土壌表 層部分の 137Cs濃度も高かった.つまり,菌類の生活環 境が菌の放射性Csに影響しているという.一方,室内 で同じ条件で培養した菌類キノコの放射性Csの吸収に は,明らかに種による差が認められている.なお,Cs を加えて培養したヒラタケの菌糸では,Csは液胞画分 に集積している(12).菌類では,重金属がポリリン酸と 結合して液胞に蓄積することが知られており,その関連 が示唆されている.しかし,詳細なメカニズムはまだわ かっていない.
AM菌根菌による放射性セシウムの吸収
AM菌は内生菌根菌であり,グロムス菌門に分類さ れ,菌類としてはきわめて古い系統に属する(4).AM菌 は農作物を含む多くの植物に共生し,土壌中のPを吸収 し,それを宿主植物へ供給することによって植物の生育 を促進することから,その利用技術の開発が進められて いる(13).AM菌は多量要素のみならず亜鉛や重金属な どの微量元素も土壌から吸収し,植物へ供給することか ら,放射性Csの吸収についても少なくない報告がある.
しかし,一連の論文は矛盾する結果を含んでいるように 見える.
Dupré de Boulois (14) は,寒天培地と液体培地等 を用いた 培養系において 137CsがAM菌菌糸に よって吸収され,植物体地上部まで移行したこと,すな わちAM菌から植物に 137Csが供給されることを明確に 示した.しかし,AM菌菌糸に施用された 137Csが宿主 植物ではほとんど検出されなかった報告(15)や菌糸に吸 収された 134Csの多くが根内の菌糸体内にとどまったこ と,すなわち植物側へ移行しなかったことを示唆する実 験例もある(16).土壌を用いた実験でも,AM菌の共生 によって植物の放射性Cs濃度が高くなる結果(18, 19)もあ れば,逆にCs濃度が低くなった報告もある(20).培地の
K濃度やP濃度がAM菌の 134Cs吸収に影響することを 示した研究もあり(17), 実験に供試されている土壌の種 類,添加Csの濃度の違いが結果に影響していると考え られる.
少なくとも,これまでの報告をみる限り,AM共生に よって宿主である植物のセシウム吸収が高まるとは言え ないようである.外生菌根菌と同様に,菌が土壌から吸 収しても,吸収された放射性Csの多くは必ずしも植物 へ移行せず,菌糸内にとどまる割合が高いのであろう.
わが国の土壌条件でどのようになるのか,わが国にお ける研究蓄積は必要である.その際,根の中のAM菌 菌糸から植物組織へCsが移行するかどうか,また根組 織から地上部へ移行するかどうかを,しっかり見極めな ければならない.
AM菌を共生させた植物による放射性Csの生物的除 去(ファイトレメディエーション)の可能性についてイ ンターネットなどで言及されることもあり,筆者らのも とには一般市民からの問い合わせもあった.しかし,こ れまでの報告を概括する限り,AM菌‒植物共生による 放射性Csの生物的除去の可能性は低いようである.
森林汚染とキノコ栽培
チェルノブイリ事故後の研究によると,森林の樹冠部 へ降下した放射性Csは,落葉・落枝,降雨による洗脱 によって林床へ移行する.林床の有機物層のCsは,し だいに溶出するものの有機物層の下の土壌層まで到着す る前に,菌根菌を通してあるいは直接に植物根によって 吸収され,また樹木の地上部へと移行する.つまり,森 林生態系におけるほかの元素の循環と同様に,放射性 Csも系内を循環し,いつまで経ってもlabileな状態にあ
る(3, 21).このことが,森林内のキノコや野生植物の放射
性Cs濃度が高くなる一因でもある.東北地方はヨー ロッパよりもはるかに降水量が多く,また土壌条件や樹 種も異なる.森林地帯での放射性Csの挙動について広 範囲で包括的・継続的なモニタリングが必須である.
キノコ栽培においては,ホダ木用の原木のみならず菌 床栽培用のオガコに含まれる放射性Cs汚染が問題とな る.キノコ栽培メーカーなどで培地からのCs移行係数 の低いキノコ品種の選抜が進められている.また,培地 にCsと結合する能力の高いフェロシアン化鉄(Ⅲ) を添 加することによって,培地に含まれる放射性Cs吸収を 抑制することができるという(22).CsとKが拮抗的に吸 収されることから,K施肥によって外生菌根菌のCs含 量を下げることができるという(23).
表1■福島原発事故以前のわが国のキノコの 137Csおよび 40K濃 度
核種 Bq/kg 新鮮重
測定幅 平均 中央値
137Cs <0.4 〜1,250 37 4
40K <9 〜223 106 105 食品中の放射性Csは,実際に食べる状態を考慮して基準値を適用 することとなっているので,ここでは新鮮重で標記した.最も高 い値を示したのは菌根性のワカフサタケ ( ) 属のキノ コ.40Kは自然界に元々存在する放射性同位体.
化学と生物 Vol. 50, No. 10, 2012 751 キノコ栽培における放射性Csの移行に関して福島原
発事故以降に行われた試験成績に基づき,キノコ栽培用 原木やホダ木の当面の指標値として50 Bq/kgというき わめて低い濃度が設定されている(24).つまり,福島県 を中心に汚染を受けた東北・北関東の森林地帯での原木 生産は実質的にほとんど不可能な状態にある.これらの 地域では,コナラなどの広葉樹林をシイタケ原木用に伐 採しキノコ栽培などに有効利用するとともに,伐採後の 萌芽によって広葉樹林を更新するという循環型の林業を 進めてきた.しかし,今,こうした地域循環型の農林業 システムが崩壊の危機にある.
文献
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