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田野井慶太朗

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634 化学と生物 Vol. 51, No. 9, 2013

セミナー室

放射性降下物の農畜水産物等への影響-10

コムギにおける放射性セシウムの直接汚染の形跡と 玄麦への移行,および本連載最終回にあたって

田野井慶太朗

東京大学大学院農学生命科学研究科附属放射性同位元素施設

はじめに

2011年3月11日の東日本大震災に伴う東京電力福島 第一原子力発電所事故により,主に放射性セシウム 

137Cs, 134Cs) および放射性ヨウ素 (131I) で一部の地域 では農地が高濃度に汚染された.広く農地が放射性核種 により汚染された例としては,過去の大気圏内核爆発実 験やチェルノブイリ原子力発電所事故によるフォールア ウトがあり,これらの農地汚染の調査について,多くの 知見,報告がある.それによると,農地から作物への放 射性同位体の移行の度合いを表す指標として,「移行係 数 (TF : transfer factor)」が用いられ,土壌の性質や作 物の種類により異なるさまざまな値が算出されている.

セシウムを対象とした場合の移行係数は,農作物中のセ シウム濃度を土壌中のセシウム濃度で除することにより 求められる.なお,現在の日本では移行係数算出の際,

作物は新鮮重量,土壌は乾土での濃度が採用されている が,過去の研究では作物も乾燥重量で算出されているも のが多く,注意が必要である.これら移行係数の農産物 ごとの値については,農林水産省が2011年5月27日に 取りまとめている(1).また,日本土壌肥料学会は,事故 直後の2011年3月28日にはweb siteにて放射性セシウ ムの土壌―作物(イネ)の動きについて解説を行うなど 積極的な活動を展開しており(2),移行係数についても言 及されている.

これらのデータや解説は,汚染地での作物中放射性セ シウム濃度の理解に多いに役立つものであった.特に多 くの作物中の放射性セシウム濃度が低かった理由につい ては,作物ごとの移行係数の値から考え理にかなったも のであった.なお,作物中の放射性物質濃度データベー スは,福島県が実施している農産物のモニタリング情報 を基にした ふくしま新発売。 のweb siteからも参照 できる(3).作物中の放射性セシウムは事故直後こそ直接 汚染を受けた葉物野菜を中心として高濃度であったもの の,その後に栽培を開始した作物からはほとんど検出さ れていない.セシウムイオンは土壌中の雲母類など2 : 1 型層状ケイ酸塩により固定される性質が知られており,

この機構が少なからず働いているものと推察される.

一方で,移行係数では理解できない事象が散見され た.一つは果樹・樹木である.果樹はその移行係数の低 さから楽観していたところ,思いがけず果実から放射性 セシウムが検出された.この検討については,高田らが 精力的に試験を実施しており,本セミナー室にて解説が あるので,そちらをご参照いただきたい(4).もう一つ は,コムギである.2011年に福島県内で生産されたコ ムギの放射性セシウム濃度は,多くが検出限界以下で あったものの,一部の玄麦から約500 Bq/kgという高濃 度の放射性セシウムが検出された.これまで,日本にお けるコムギの移行係数についてはデータの蓄積は少ない ものの,Uchidaらにより安定セシウムの値ではあるが,

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0.0038という非常に低い数値の報告がある(5).事故当年 の汚染農地においては,多くのコムギで移行係数の値ど おり土壌から玄麦への移行は低かった.しかし,一部の コムギでは別の機構が働いた結果,玄麦に放射性セシウ ムが比較的多く移行したと推察されるので,それについ て以下に論じたい.

放射性セシウムによるコムギの汚染形態

まず,植物体全体の汚染状況を可視化させ解析を行っ た.すなわち,オートラジオグラフィ像を取得すること により,どこがどのくらい汚染されているのかを把握す ることにした.事故から約2カ月後の2011年5月26日に 福島県内の圃場よりコムギをサンプリングし,葉ごとに 分けてオートラジオグラフィを取得した.また,同時に 汚染された葉の放射性核種分析をGe半導体検出器によ り実施した.その結果,まず葉のオートラジオグラフィ では,図

1

に示すように,古い葉にスポット状に汚染が 確認された.この汚染は直接フォールアウトを受けてそ のまま付着し続けたものと思われる.また,このコムギ は3月20日に生育調査が行われており,図1中の下向き 矢印で示した葉 (FL1, FL2, FL3) は3月20日の時点で はまだ展開していないことが確認されている.このこと から,降下物があった3月中旬の時点で展開していた葉 に強い汚染が残っていることが判明した.このスポット 状の汚染であるが,図からは直径がさまざまな大きさに 見える.しかし,輝度をさまざまに変化させるとわかる のだが,この汚染は点であり,円形ではなかった.

各器官を切り分けてその放射能をGe半導体検出器で

測定した結果を図

2

に示す.下位の葉ほど放射性セシウ ム濃度は高く,上位の葉や茎,穂の放射性セシウム濃度 は低かった.その濃度差は非常に大きく,穂と下位の葉 とでは1,000倍以上の濃度差があった.このことは,3 月中旬に展開していたFL4やそのほかの葉(より下方 の葉)に降下物が直接降り注ぎ,その葉に強く吸着した 放射性セシウムは事故後2カ月を経ても葉に吸着し続け た一方,極一部は葉から取り込まれて,新しい葉(FL1 やFL2)や穂へと移行したものと考えられる.なお,土 壌も汚染を受けていたが,放射性セシウムは極表層に沈 着することから(6),ほとんどの放射性セシウムは根圏ま で到達せず,極微量根圏まで達したとしても,その移行 係数の低さゆえ,経根によりコムギ植物体内へと移行す ることはほとんどなかったと思われる.なお,下位の葉 から最終的に穂へと移行する放射性セシウムは極一部で 図22011526日に採取したコムギの器官別放射性セシウ ム濃度

採取したサンプルは直ちにGe半導体検出器にて測定を行った.定 量は,134Csおよび 137Csの標準溶液にて検量線を作成することで 行った.

図12011526日に採取したコ ムギのオートラジオグラフィ像 矢印で示したのは,3月20日の時点 で展開していなかった葉を示す.

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あるとはいえ,それでも穂で約500 Bq/kgの放射性セシ ウムが検出されたことは,葉の直接汚染はかなりの高濃 度であり,農業生産上の影響はたいへん大きかったとい うことが言える.

播種時期と玄麦中放射性セシウム濃度の関係 福島県農業総合センター作物園芸部・畑作科(荒井義 光,竹内 恵,遠藤あかり,二瓶直登)では,県の新奨 励品種(コムギ)である「ふくあかり」について,2010 年から2011年にかけての栽培試験で,最適な播種時期 を検討していた.原発事故に伴うフォールアウトはその 栽培試験中に生じたことになる.この播種時期を変えて 栽培したコムギから収穫された玄麦の放射性セシウムを 測定しところ,早く播種すればするほど玄麦中の放射性 セシウム濃度は高かった.これらのコムギは3月28日に 生育調査を実施しており,草丈などを測定していた.そ の結果3月28日時点での草丈と玄麦中の放射性セシウム の間に高い相関関係があることが示された(7).実際に フォールアウトがあったのは,3月28日よりは2週間ほ ど前であったと想定されるが,この間の生長はそれほど 進まないことから,フォールアウト時の草丈もほぼ同様 であったことが予想できる.なお,本試験を行った圃場 

(40 m2) の土壌中の放射性セシウム濃度(表層15 cm)

はおよそ4,000 Bq/kgである.これら試験結果から,玄 麦へ移行した放射性セシウムのほとんどは,茎葉へ降り 注いだ放射性セシウムであり,土壌中の放射性セシウム の寄与はほとんどないということが示された.

事故当年の玄麦への放射性セシウム移行機構の  まとめと今後の展望

以上の調査結果より,コムギについて以下のことが明 らかになった.(1) 土壌中の放射性セシウムの経根吸収 は極めて少なかった.この事例は過去の試験データどお りであった.(2) 玄麦中の放射性セシウムは,茎葉に直 接降り注いだ放射性セシウムのごく一部が移行したもの であった.(3) 2011年産の玄麦中の放射性セシウム濃度 の大きなばらつきには,3月中旬のフォールアウトが生 じた時期のコムギの生育の違い(茎葉の大きさ)が寄与 している.

これらのことから,茎葉への直接汚染が生じない 2012年以降の玄麦中の放射性セシウム濃度は大きく減 少することが予想された(8).実際に, ふくしま新発 売。 のモニタリング結果では,2012年産のほとんどの 玄麦中放射性セシウム濃度は検出限界以下であり,検出

されていても放射性セシウム合計 (134Cs+137Cs) で 10 Bq/kg未満のものがほとんどである.

なお,本稿で示したラジオグラフィ像やその際の器官 別放射性セシウム濃度については,速報として公表され ている(9)  ので,試験の詳細については当該文献を参照 していただければ幸いである.

10回にわたって「セミナー室」にて「放射性降下物 の農畜水産物等への影響」を連載した.これらの内容 は,「放射能の農畜水産物等への影響についての研究報 告会―東日本大震災に関する救援・復興に係る農学生命 科学研究科の取組み―」において,第一回(2011年11 月19日)および第二回(2012年2月18日)で報告され たものを中心としている.東京大学大学院農学生命科学 研究科では,当初教員のみの活動として実施していた が,2012年度からは,学生も活動に参加できることに なり,さらに幅広い活動が展開されている(10).たとえ ば,第二回報告会では,山林のキノコの調査報告があ り,134Csが検出されずに,137Csのみ100 Bq/kgを超え るようなキノコが複数見つかっている.また,第三回の 報告会(2012年5月26日)では,イネの放射性セシウ ム吸収についての品種間差,イネ栽培ができない圃場で のエネルギー作物生産,自然凍結を利用した表土はぎと り法,警戒区域内で飼養されたブタの生殖機能調査,海 水魚のエラによりセシウム放出の機能解析などの放射性 物質動態,放射線影響に関する研究発表があった.さら に,市民が考える食品中の放射性物質のリスクについて の調査結果など,より社会活動に近い調査研究について も発表されている.また,2012年9月8日の第四回の報 告会では森林生態系でのセシウムの動態について,定期 的な調査活動がなされていることなどが報告された.こ れらの様子は,すべて動画にて配信されているので,ぜ ひ参照いただきたい(11).さらに,当初は本研究科の教 員による独自の活動が多かったが,現在は,ほかの研究 機関や大学との連携が進んでいる.今後,より連携・協 力関係が進むことで,除染や作物への移行低減策などの 諸問題についての解決の糸口が見いだせることを期待し たい.

文献

  1)  農林水産省:農地土壌中の放射性セシウムの野菜類と果 実 類 へ の 移 行 に つ い て,平 成23年5月27日,http://

www.maff.go.jp/ j/press/syouan/nouan/110527.html   2)  日本土壌肥料学会:おしらせ 原発事故・津波関連情報,

平成23年3月28日,http://jssspn.jp/info/nuclear/index.html   3)  福島県:ふくしま新発売。http://www.new-fukushima.

jp/monitoring/

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  4)  高田大輔:化学と生物,51, 111 (2013).

  5)  S. Uchida, K. Tagami, I. Hirai & M. Komamura :“Trans- fer  Factors  of  Radionuclide  from  Soils  to  Agricultural  Products,”  Mosaics  &  Y.  Ohmomo  eds.,  Environmental  Parameter  series  1,  Radioactive  Waste  Management  Center, Tokyo, 1988, pp. 1‒50.

  6)  塩沢 昌,田野井慶太朗,根本圭介,吉田修一郎,西田 和弘,橋本 健,桜井健太,中西友子,二瓶直登,小野 勇治: , 60, 323 (2011).

  7)  T.  M.  Nakanishi  &  K.  Tanoi :“Agricultural  Implications  of the Fukushima Nuclear Accident,” Chap. 2, Springer,  2013, p. 17.

  8)  田野井慶太朗:農学生命科学研究科で取り組んでいるその 他の成果 放射能の農畜水産物等への影響についての研究 報告会―東日本大震災に関する救援・復興に係る農学生命 科学研究科の取組み―2011年11月19日(土)13 : 00 〜17 : 00,  http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20111119.html   9)  田野井慶太朗,橋本  健,桜井健太,二瓶直登,小野勇

治,中西友子, , 60, 317 (2011).

  10)  T.  M.  Nakanishi  &  K.  Tanoi :“Agricultural  Implications  of  the  Fukushima  Nuclear  Accident,”  Springer,  2013, 

http://link.springer.com/book/10.1007/978-4-431-54328-2/

page/1 (オープンアクセス)

  11)  東京大学大学院農学生命科学研究科:農学生命科学研究 科の復興支援プロジェクト,http://www.a.u-tokyo.ac.jp/

rpjt/index.html プロフィル

田野井慶太朗(Keitaro TANOI)    

<略歴>2003年東京大学大学院農学生命 科学研究科応用生命化学専攻博士課程退 学,農学博士(論文)/同年同大学生物 生産工学研究センター助手/2007年同助 教/2012年東京大学大学院農学生命科学 研究科准教授<研究テーマと抱負>28Mg を利用した植物のマグネシウム輸送機構の 解析,放射性セシウムの測定<趣味>昔は 吹奏楽が趣味でした.あとはバレーボール を少々.現在は学科でのソフトボール大会 参加

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