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音楽の分析 1

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音楽の分析 1

〜 J.S. バッハの invention を読む〜

嶋 津 武 仁

は じ め に

 これまで,月刊誌「音楽の世界」への連載(1984 年),形式学概論,形式学特論(1985〜)(2005 年以降は,形式学研究)といった福島大学におけ る授業や,放送大学スクーリング,福島県高校の 音楽教員による研究会での講演,免許状更新の為 の講習会や愛知県立芸術大学,多摩美術大学での 講演,更に近年,インターネットの筆者のサイト

1で紹介している拙論などの内容やその後の研究 の成果も組み込む形で,「音楽の分析法」について,

整理しておきたいと考えた。

 「分析法」については,これまで様々な著作物,

論文が出されているが,音楽作品の最も本質的分 析というよりは,「形式学」や学生のための導入 的著述が多く,それらは作品そのものの深い探求 の魅力に欠けているように思われる。ここでは,

手順を追って整理しながら,作品の本質に入り込 むための具体的方法について論じてみようとする ものである。分析の方法については,最初の章で,

詳述しようと思うが,まず基本的,包括的整理か らはじめていく。その基本的考え方に基づいて,

続く章で,J.S.バッハの作曲法によって例証して いく。21世紀の今日にあっても,その音楽の出 発点をバッハに置く事には,多くの理由がある。

もっともバッハの音楽の研究には,多くの著述が あり,優れた多くの音楽研究によって,論述され 尽くしている感もあろう。しかしながら他面,今 日にあっても,彼の作品について,新たに論じる 多くの著作物が出されている事もまた事実であ り,それは,この作家の組めど尽くせぬ魅力を語っ ているに他ならないことにもなろう。そうした状 況に,これまでそうした研究成果を発表してこな

かった論者が出来る事には限界があるかもしれな い。一部の例示では,すべてを語る事ができない というレジンマも否定できない。しかしながら,

論者なりに行き着くべき可能性があるのではない かと考えている。これまでのそうした種の著作物 との違いは,音楽を作るものの視点による,即ち,

作曲家の目による「分析法」2であること。また,

パフォーマンスなどの筆者自身の活動を通じた,

今日の音楽にも通じる広範な音楽の世界,更には 音楽を超えた「表現すること」への関連性を持つ こと。あるいは,そうした芸術の世界に通じる包 括的一貫的視点を持った論述であること,また,

コンピュータ音楽の制作や研究を通じて,科学的 視点を持つものであることなどになろう。そうし た広大な「表現の世界」を大バッハと呼ばれた一 人の偉大な作家を出発点にして,多くの作家への 関連性を見いだす事も可能であろうと考えたので ある。もっとも,そうした「尊大な」理想を持つ 一方,せいぜいこれまでの筆者の研究の脈絡をつ ける,あるいは整理する程度のものでもよいので はないかという「矮小な」動機もまた,この著作 の筆をとる理由にもなっていると言っていいだろ う。

 もとよりこの小論は,ほとんど歴史に残ってい る名曲と呼ばれる作品を中心に分析を行うもので あるが,同時に作品の背後にある作曲論およびそ の結果としての作曲法をまとめたものになろう し,そうでありたいと考えている。それは,ここ で扱う作品のみならず,ここで扱わない多くの作 品にも共通の課題や考え方を示すものでなければ ならないだろうと考えている。

 この小論の対象は,これまでの授業「形式学」

で扱った内容を中心としているため,音楽を学ぶ

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学生に理解できるレベルを想定しているが,表現 する心のある人なら持つ共通した課題も取り上げ ているので,極力,平易な文章と基本的内容から 記述している。しかし,そのことで学術性や研究 の質を下げる事のないようには努めている。

 筆者にとって,最初に分析の方法を追求したの は,恩師,甲斐説宗先生とのほぼ4年間に渡るレッ スンであった。彼と主に,当時,発表されたばか りの多くの欧米の作品を楽譜から読み込もうと苦 心したことで,かなりのその後の作品分析の基礎 能力を付ける事が出来たのではないかと考えてい る。このころ分析し,その後,更に研究した結果 も,これから予定している一連の拙論で取り上げ て行く。

 また,その一方で,音楽学の東川清一先生や土 田貞男先生,足立美比古先生の講義,特に,東川 先生の大学院におけるバッハのカンタータの研究 は,そのまま,作品を考える基本になっているし,

足立先生翻訳,ナティエ著の「音楽記号学」3や足 立先生の自書「越境する音楽」4は,音楽を情報理 論の中で捉えたり,哲学をも音楽の思考の中に組 み込むための視点を提供してくれている。

 また,音楽を科学的な視点で追求するのによい 機会になったのは,メロディーの認知に関しての 福島大学の物理学の山口克彦先生,心理学の福田 一彦先生(現在,江戸川大学)と3人で,7年近 くにも及ぶ「天の川ゼミ」と称した共同研究であ る。そこでは人間が音の高さやその連続としての メロディーを如何に認知するかという共同研究を 行ってきた。この研究で得られた科学的手段もま た,筆者の分析法に重要な示唆を与えてくれてい る。

 こうした分析を通じて,「音楽とはなにか」「音 楽を作る目的とはなにか」「表現することの意味」

「人はなぜ創造を求めるのか」といった大いなる 疑問の解答に少しでも,近づけることができれば よいと考える。

1章 楽譜による分析の方法

 音楽を「音による構造物」として考えるのは,

古典派以来,今日の作品にも通ずる作品の最も重 要な見方であろう。この章では,そうした「構造 物」を「分析」の対象として,どのような視点で 捉えるか,更にその後の具体的音楽作品を例にし た「分析」の実践のために前提となる音楽作品を 構成する根本的要素などを整理してみたい。

1.1 音楽分析とは 1.1.1 分析の方法

 音楽の分析法は,それに関して書かれた著作の 数だけ,その方法が多岐にわたると思われる。分 析の方法を挙げるとまず,楽譜からによるものと,

演奏を通じた聴取による方法,更には作曲者や作 品の所属する(した)環境(歴史,時代,社会的 背景,作家自身の固有の生涯)などが考えられる。

最後の部分は,作品そのものに直接関係がない限 りは,この少ない紙面では最小限の扱いで済ませ たい。それはほとんどの場合,音楽学者の仕事で あり,またそうした著作物がこうした研究では もっとも多くみられるものと考えられるからであ る。もっとも,そうした作家について書かれた多 くの著作は,その作家の人生や,考え方,思想が 扱われ,その作品を補完的に説明することも確か であり,必要に応じて組み込むことにはなろう。

しかしながら,他の学問領域(物理学,歴史,数 学,社会的課題)の知見は,積極的に組み込もう と考える。それは,「はじめに」にも記述してい るように,筆者の思考法の根底に,音楽を音楽の 用語,音楽の理論だけで考える事が不十分と考え る考え方があり,そうした立場,視点を重要なも のと考えるからである。

 分析の中で,作曲家の意図を最も理解できる方 法は,楽譜によるものと言っていいだろう。楽譜 は自筆でない限りは直接的資料とは言えないだろ うが,楽譜以外多くの資料(文章など)が残って いるような作家やまだ生存中の作家を除いて,極

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めて直接的資料に近いものと言えるだろう。近年,

ベーレンライターが改訂したベートーベンやモー ツァルトなどの楽譜に書き込まれている自筆譜と その後の出版による校正で書き込まれた表記とを 併記する方法は,きわめて作曲家の意図を読み取 る有用な方法と思われる。本稿で例示として取り 上げるバッハは,楽譜から見るという事が最もそ の意図を読み取る事の出来る作家と言えよう。

 演奏からの聴取は,そこに演奏者の解釈,即ち 演奏者の読み取り行為があるという点で,2次的 な資料となろう。音楽の聴取による方法といって も,直感的試聴あるいは感想程度から,経験的,

学習的あるいは豊かな資料をもとに,聞き込む方 法などのレベルの差があるだろう。音楽が「時間」

を扱っている所以は人間の「忘却度」との戦いに あるとも言われる。即ち,聞くという行為の持つ 性質上,聞いている時間とその後の残像との間に 大きな印象の違いも起り得るし,そうした残像感 や時間の持つ意味もまた,作家の意図として考慮 されるべき部分でもあろう。

 演奏家の判断は,作品そのものに聴取する以前,

作品の理解を進めることも起こり得る。それを積 極的に分析の重要な要素と捉えることも可能だ し,また単に,演奏例としてほとんど「聞き流す」

ことも可能だろう。そうした演奏家の「解釈」も,

楽譜と併用することで,具体的に聴覚的理解の手 助けとなることも一般に行われていることであ り,この小論でもそうした聴取による部分を「分 析」の中で,組み込みたいと考えている。

1.1.2  分析の意味

 音楽を構成する具体的要素について考察する前 に,いったい「分析」することが,どういう意味 を持つのかを考えたい。筆者は音楽分析とは,そ れを通じて,より多く,より正確に作家の意図を 読み取る事で,知的好奇心を引き出し,音楽を思 考する手助けになるものと考える。言い換えてみ れば,作曲家の視点に立って,作品をみる(聞く)

ことを可能にするとも言えよう。作家の込めた ファンタジカルな(創造的)視点を共有できると いってもいいかもしれない。また,作品の分析に

よって,逆にそれを創った人間 (作曲家の考え方),

時代,社会的背景を読むことができるとも言える。

 更には,少し誇大妄想的言い方を許していただ ければ,そうした行為によって,音楽の根幹にあ るもの,共通理念の抽出によって,音楽の意味,「音 楽とは何か」といった人類の命題への答えを探る ことになるとも言えよう。こうした,少し理想的 すぎるかもしれない「可能性」自身を楽しむといっ たことでもいいのではないかと思える。いずれに せよ,そうした「振り子」の幅を広く持った「視 点」を引き出す事がこの論述の意図でもあると言 える。

 そうした音楽分析の意味は,音楽そのものの意 味,あるいはそれを構成する音そのものも考慮し た音楽が持つ基礎的意味,楽譜の意味など,根源 的問題をも掘り下げて,論じるべきであろうが,

その結果,行き着くべき終点や求めたい結果が遠 くなる可能性もあり,ここではそうした問題は,

必要に応じて,その都度組み込んでいくことにし て,今は「分析」そのものに特化してより先に進 めたいと考える。

1.2  音の高さによる分析

 楽譜を読んで「分析」する場合に行う手続きと しては,科学の,観察,実験,分類,検証,といっ た方法が用いられるべきであろう。そうした方法 を組み込んで,音楽を分析する場合,以下のよう な多様な方法やプロセスが考えられる。

  •記号,用語を理解する   •観察する

  •分類,記号化(図式化)する

  •構造(マクロ>ミクロ)の把握をする   •実験性の工夫,手法,作為の発見をする   •音楽語法,思想,論理性を読む

  •時代背景,時代の精神を読む

 このなかで,記号,用語の理解は楽譜を読む前 提となるものである。勿論,これらのプロセスの 中では,楽譜だけでなく,視聴することによって 行う方法も組み込まれてくるだろう。

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 そうした「分析」の手続きも,更にはその最も 根源的方法として,要素を限定して見ることが有 効と思われる。複雑な音楽の分析は,それを<綾 なす糸を解(ほぐ)すような>手続きで進められ ることになろう。そうした手続きの中で,最初に,

そして最も注意を持って扱われるのは「音高」を 扱うことであろう。

 音の高さ(音高)は,音の要素の中で一番,聴 覚に作用すると思われる。言い換えてみれば,聴 覚において最もその感覚が問われるのは音高とい うことになろう。これについて詳述することは,

この論述の目的ではないので,ここでは省略する が,音が持つ,高さ,長さ,強さ,そして音色と いった要素の中で,人間の感覚がもっとも敏感で,

刺激として中心をなすのは音高であるということ は確信をもって述べておいていいだろう。それを 筆者は作曲の授業などを通じて,音感覚の「メ ジャー」(尺度)として,その細かさ,敏感さに おいて「音高」が最も高い意味をもつと説明して 来た。音楽における音の高さの持つ意味が「一義 的」であるというP. ブーレーズの言葉も思い起 こされる。

 音楽(楽譜)を分析するにあたり,まず注目す べき点は,音の高さを見る事であろう。連続した 音高はメロディーとなり,同時に響く音高は2音 で音程を生み,それ以上の音でハーモニーあるい は音響を生み出すということになる。

1.2.1 音の進行の基本的性質

 まず,音およびその連続によって生み出される

「進行」の基本的性質を確認しておきたい。これ らは,今後の思考の根拠にもなってくるだろう。

 <音の進行>

 音の進行とは,音が上に進む上行と音が下に進 む下行がある。また進行とはいえないが,同じ音 が反復される保留もまた,音楽の「動く」ありか たの重要な性質となり得るであろう。

 また,音の進行の別な視点として,音が音階(全 音階)の隣接する音に進む順次進行と隣接音を飛 び越える跳躍進行(ジャンプ)とがある。これら も,音楽に意味を与える重要なディメンジョンで

あるだろう。この2つの<独立事象的>ディメン ジョンの組み合わせによって更なる意味が生じる 事になる。

 一般的に,上行は積極的,希望的,発展的な意 味を持ち,下行は消極的,後退的な意味を持つと 言われている。上行は楽しさの反映であり,下行 は悲しみを表現するのに使われるということもよ く言われるところである。また隣接する音に進む 順次進行は,肯定的ともまた時には惰性的といっ た意味を持ちやすく,他方,跳躍進行は積極的な 意味を音楽に与える一方,特定の音,すなわち飛 び越された音を否定するような感じを与えると思 われる。

 それら基本的進行を以下に例示しておこう。

(fig. 1)

 こうした音の進行が持つ様々な意味や,進行の あり方によって,感性を呼び起こし,その効果の 累積として,音楽行為を説明することができるだ ろう。ラドシー,ボイルはその著書「音楽行動の 心理学」(1985)5において,そうした効果を詳説 している。上図の「保留」の2つ目に挙げたオク ターブの跳躍は,進行と保留との同時的意味を持 つものと思われる。これらも,実際の楽譜で頻繁 に行われるもので,例示の中で,言及して行きた い。更に,音が跳躍するという事に関しては,カ タストロフィー理論でも説明され,そうした理論 も魅力的なものではあるが,そこに深入りするこ ともこの論文の趣旨から離れるため,ここでは省 略する。

fig. 1

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 <音の位置>

 音を物理的現象としてみた場合,その理論がま た音にも当てはまるだろう。たとえば,高い音を 出すのは低い音に比べ,エネルギーを必要とする ことがあるだろう。それは,弦の張力として考え ると分かり易い。同様に人の発声もそれと類似の 事が考えられる。即ち,高い発声は声帯を緊張さ せ,低い声はそれを緩和させるといったものであ る。器楽などでも,メロディーの動きは,人間の 声の模倣としての動き方をするものと考えられ る。そうした動きの中から,音楽理論が生まれて いるといってもいいのである。

 音の位置において生み出されるものとして,よ く音楽の最高音におかれる「クライマックス」が あるだろう。これもまた,そうした高さの違いの 持つ「位置のエネルギー」の差によって形成され るものと考えられる。バッハの作品でも,そうし た高みに向かって行く音の流れが,極めて効果的 に使われていることを見る事ができよう。

 <音程とその進行>

 音が複数の声部を持つ過程で最初に現れるの は,2音が同時に響くことで生まれる「音程」(イ ンターバル)ということになろう。この2音の関 係にもまた,それによって生み出される音楽の意 味が生じることを確認する必要があるだろう。一 定の音の上に形成される種々の音程を以下に示 す。(fig. 2)

 これらは,順に1度(同度,あるいはユニゾン とも呼ばれる),2度,3度,…と呼ばれるが,正 確には,含まれる半音によって,完全,長,短(長 2度,短3度),減などを付けて呼ばれる。上記 の楽譜では,完全1度,長2度,長3度,完全4度,

完全5度,長6度,長7度,完全8度(またはオ クターブ)となっている。これ以外の音程も含め,

これら基本的音程の説明は「楽典」を参照された

い。ここで,音楽の分析に重要な事は,そこにあ る響きの違いである。大きな違いは,協和と不協 和の違いである。不協和は緊張や濁りを生み,協 和は緩和や透明感を生む。透明感とは,完全音程

(完全5度など)によって生み出されるが,それ が時として「空虚」な響きにもなることは「和声 学」で述べられているところであろう。また,完 全4度は2音の関係では不安定な状態であり,対 位法では「不協和」として扱われる。「和声」に おける第2転回位置(バス音と上部構成音の間に 4度が生じる)の不安定さももたらすことになる のである。もっとも,西洋的音楽構造を離れる場 合,すなわち,日本の音楽や他の民族音楽などで は,完全4度を安定した響きとして把握される場 合が少なくない。音程感覚は,いわば,その背後 にある音楽組織や音楽構造に左右されるというこ とになろう。

 「和声」や「対位法」についてもあらためて,

私見を述べたいところであるが,ここでは,分析 に必要最低限の説明にとどめておく。

 2つの声部が進行する場合,同じ方法(上行,

あるいは下行)に行く場合は並行,それに反して,

2つの声部が反対方向にいくことを反行,どちら かの声部が留まっている(保留)場合を斜行,2 つの声部がどちらも保留している場合は同時保留 と呼んでいる。以下に楽譜で示しておく。(fig. 3)

 こうした音程の進行がもたらす効果として,不 協和から協和状態になることを「解決」と呼んで いる。解決は,完全協和音程(1度,5度,8度)

で行うより,不完全協和音程(3度,6度)で行 うのが,古典和声での標準的方法である。

 バッハの作品や,これからしばらく論じること になる作曲家の作品もまた,こうした古典和声,

あるいは機能和声と呼ばれる和声理論に基づいて 作られているものであり,「音程」に続いて「和声」

fig. 2

(6)

について述べたいところであるが,上記のように,

ここでは省略する。それは実際の作品の分析の中 で,取り上げることになろう。

1.2.2 音高の基本的変形

 次に音高の連続としてのいわゆる「旋律」(メ ロディー)を考えてみたい。

 多くの作品では,音楽を構成する場合,一連の 連続する音によって,その音楽を特徴付ける方法 がとられている。そうした音のグループ(2音以 上)は,モチーブ(動機motiv)6と呼ばれている。

そうしたモチーブは,多様に変容されて使われる。

筆者自身,ここ数年,福島県の小中学校における 音楽祭「創作の部」において,音楽の基本構造と してのモチーブを中心に構成する創作の重要性を 助言して来ているが,最近,入手したルードルフ・

レティの「名曲の旋律学」(1995)7においても「主 題」として,そのモチーブによる音楽の構成法を 説いていることは,筆者の考え方にかなりのバッ クアップになっている。しかし,この考え方の最 も 有 効 か つ 具 体 的 な 根 拠 と な っ て い る の は,

デ ィ ー タ ー・ シ ュ ネ ー ベ ル(Dieter Schnebel, 1930〜)のベルリン芸術大学でのアナリーゼの授 業(1978)であろう。彼の1年に渡るベートーベ ンのピアノ・ソナタのアナリーゼの授業は,魅力 的で覚醒的な思考法を与えてくれたように思う。

彼の示した方法も,今後紹介してみたい。なお,

この授業に沿った著述(1972)8も出版されてい る。

 ここで,シュネーベルの授業(1978)でも示さ

れたmotivの4つの基本的変形モデルを4つの音

の連続を例に示しておこう。

<Motivの4つの基本変形モデル>(Fig. 4〜7)

 O原型Original (prototype)(fig. 4) 

 R逆行形 Reverse (Reversion)(fig. 5)

 I反行形Inverse (Inversion)(fig. 6)

 IR反行逆行形Inverse-Reverse(fig. 7)

これら4つの基本変形モデルに,それぞれ,はじ めの音が異なる事で,それを半音階で,原型に指 数1を付加して,半音上がるごとに指数が増加し て,指数12までの最初の高さの異なるバリエー ションを加えたい。以下の例はそのうちの一つ,

指数を3とするもので,長2度,すなわち半音2 つ上の音から始める音列9である。

fig. 3 fig. 4

fig. 5

fig. 6

fig. 7

(7)

 O3(移高)transpose (transposition)(fig. 8)

 更に,これらに加えて,原型の構成音を一部オ クターブで置き換える(転回する)型もよく見ら れる変形の方法であろう。これは英語ではinver- sionと上記し,反行形Iと同じ用語を使うが,混 乱するので,ここではドイツ語のUmdrehungを もちいて区別しておきたい。

 U転回形Umdrehung (fig. 9)  

 更に実際の旋律では,上記の変形の中でも示し ているように,多くの場合,調性の中で行われる。

それによって,実際の音程を正確に移し替えてい る事にはならない。具体的には「原型」が長2度 上行〜長2度上行〜長3度下行となっているが,

それが反行形では,短2度下行〜長2度下行〜短 3度上行と,隣り合う高さの音程Intervalが異な るものになっている。こうした,調性による変化 は,その背後に和声がある時は更に異なる結果を もたらす事がある。それは,フーガFugeの主題

Themaを模倣Imitationする際によく生じている。

例えばバッハの「フーガの技法」Die Kunst der

Fuge BWV1080の最後の3重フーガの主題Thema

とその応答Antwortの音程関係は以下のように なっている。

 主題Thema(一部)(fig. 10)      

 応答Antwort(fig. 11)

 この主題は完全5度上行〜長2度下行となって いるが,応答では完全4度上行〜同度となってい る。これらは,対位法的処理(あるいはその背後 の和声の設定)によって,このような変更が行わ れてはいるが,明らかにこれらは旋律的に同一感 を与えると言っていいだろう。このような対応は,

上記,レティ(1995)においても,多くの興味深 い「変形」が掲載されている。

 かように実際の作品では,上記の4つの基本変 形モデルに対し,それ以後のこうした「変形」は,

そのあり方を挙げただけでも,極めて多様な様相 が見受けられ,それを挙げるだけで多くの紙面を 要す。それらを類別,整理することも極めて意味 ある研究と思われるが,この論述では,そうした ことが論述の主題ではないので,今後の実際の楽 譜の中で言及することにする。少々極論的に言う ならば,音高の変形においては,音程の正確さは 重要ではなく,時には完全5度はただジャンプ(跳 躍進行)という特徴だけが残ることもあれば,リ ズム的要素がつよくなれば,そうしたジャンプな ども引き継がなくなることなどの変形も起るので ある。大切な事は,いかに主題やモチーブをその 後の展開の中で,その印象や残像を類推させうる かということになろう。もっとも,極めて構造的 作家の作品の中には,<謎解き>のごとく,聞く だけでは把握できない「変形」を取り込んでいる 事も忘れてはならないだろう。以上挙げた様々な「変 形」は「バリアンテ」あるいは「ヴァリアント」10 とも呼ばれる。

 ここで,これまで使用して来た「主題」と「モ チーブ」の意味の違いを整理しておく必要がある だろう。これらは,一般的に説明されている音楽 の用語と異なる点はないと思うが,改めて規定す ると,「モチーブ」は,一連の音の連続によって fig. 8

fig. 9

fig. 10

fig. 11

(8)

生み出される音楽の最小単位である,「主題」は,

単一あるいは複数の「モチーブ」の連続により構 成される音楽作品の最も主体となる旋律と規定し ていいだろう。すなわち,音楽は「主題」をもと に構成され,「主題」は「モチーブ」によって構 成されるということになる。「主題」=「モチーブ」

となる場合もある。ベートーベンの『運命』の主 題などそのよい例であろう。

1.2.3 フレーズ,楽節

 主題やそれらのバリアンテによって形成される メロディーは,また別の制限によって,新たな音 楽の意味を生じうる。それは人間の息の長さに よって支配され,まとまったメロディーの長さを 構成すると言うことができる。それは「フレーズ」

(楽句)と呼ばれたり,少し長い旋律のまとまり として「楽節」と呼ばれたりする。フレーズは通 常,モチーブが組み合わされて成立するが,既述 したように,単一のモチーブでも1フレーズとし て扱われる事もある。文章になぞらえてみれば,

1つの言葉(単語)がモチーブであり,単語がい くつか組み合わされてフレーズを生み,更に1文

(sentence)によって楽節になるといったような ものであろう。

 楽節も場合によっては,フレーズと同意義のこ ともある。長い楽節の場合,その前半部分を前楽 節,後半を後楽節と呼び,それらはよく「呼応関 係」を生み出す。「問い」と「答え」という関係 である。それは,一つの旋律の中で行われるだけ でなく,他の声部とも「呼応」しあうことで,ま るで音楽の中で,会話が行われているような効果 を生み出している。この呼応関係は,アンサンブ ル作品や複数の声部を持つ作品(鍵盤音楽)でも,

分析する重要な要素になってくるのである。

 このように多くの定義や規定,限定をともなう 用語によって音楽の形式が説明される事が多い が,筆者は,そうした形態的,外面的なことをで はなく,作曲者を作曲者としてみることの意義を 感じ,作曲することの意味を問うためのものとし て,この小論を記述するもので,「はじめに」に

おいても同様のことを書いているが,いわゆる単 なる「形」や「構造」だけを記述している「楽式 論」の記述が目的ではないことを述べておきたい。

1.3 音価,音強などにおける分析の基本

 音や音楽の構成をその「高さ」でのみ論じる事 はできない。既に上記した中にも現れる,メロ ディー(旋律)もまた「音の継時的高さと長さで 表現される」のである。すなわち,音は長さを伴っ て見て来ているのである。

1.3.1 音価と音強

 音の長さは音価と呼ばれる。音価を組み合わせ ることでリズム(拍節)リズム(拍節)が生まれ る。リズムもまたモチーブにもなりうる。音楽の 中では,時として主要な呼応や模倣の効果をもた らすことは,バッハはもちろん,ベートーベン,

ブラームス,メンデルスゾーンなどの作品に具体 的形で現れることを思い浮かべることができよ う。

 音価はまた,速さあるいはテンポという次元を 生み出す。音価は音符の形では,相対的長さしか 示し得ない。細かければ,音の動きは速くなる。

しかしながら音楽の表現に用いられる楽譜では,

音符は相対的に表現されたもので,音価は,速度 の指定によって,実際のリズムや音の長さが規定 される。しかしながら,音高に比べると遥かにそ の規定は,緩やかなものと言えよう。即ち,音価 で示される表現部分は,様々な要因で,表現に幅 を持つということになる。そこでは楽譜を演奏に 際して,「解釈」することが求められることになる。

「演奏の解釈」もまたそうした「分析」の一つの 形であることがここでも言えよう。

 音強は「ダイナミックス」とも呼ばれ,音楽の 表現の重要な要素になっている。音強は,音価よ り,更に幅を持って解釈される。音価は相対的で はあるが,長さを比較的限定的に表現できるが,

音楽で用いる音強の表現は,そうした数値で表さ れない,かなり感覚的なものになっている。しか し,音価同様,音強もまた,重要な表現記号であ り,これらの表現の組み合わせで,また多様な音

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楽作りが行われているのである。

1.3.2 クライマックス

 音高の部分で「クライマックス」について記述 したが,それはまた,この音価と音強との組み合 わせによっても形成される。「クライマックス」

は曲全体の中における音楽のピークのみならず,

1フレーズ,1楽節の中にも現れる最も重要なポ イントとしてみる事ができるものである。一般的 に以下のように言う事ができよう。

 クライマックスは,以下の強調された部分に置 かれる。それは音楽における「重心」とも呼ばれ る。

  音高: 最高音   音価: 長い音   音響: 強い音

fffのみならず,sfzや>などのア クセント記号などで示される) 

 実際の音楽の場面では,これらが組み合わされ て,より効果的な記譜がされているのである。ま た,音楽の充足感は,大編成の作品では,楽器の 数(tutti)によってももたらされる。クライマッ クスにいたる音楽の形成の仕方も,「分析」にお ける重要な視点になるだろう。クライマックスに いかに至るかによって,音楽が構成されるといっ てもいいだろう。

1.4 ミクロ・ストラクチャーとマクロ・ストラ

クチャー

 音楽の「分析」は,一つのモチーブや主題など の細部(ミクロ)の中に込められた作家の工夫を 見つける事から,作品全体や更にその作曲家の人 生を俯瞰して,その考え方,特徴などといった広 い(マクロ)視点にいたるまで,様々な構成(ス トラクチャー)をみる方法が考えられる。これら は多くの場合,明確な境界を持たない,連続的,

発展的に分析することが可能だろうが,音楽の分 析においては,ある程度,整理して進めるのが効 果的に思われる。そこで,筆者は視点の置き方の 違いによって,前者を「ミクロ・ストラクチャー」,

後者は「マクロ・ストラクチャー」という言い方 を用い,そうした視点を以下に分けて述べてみた い。

1.4.1 ミクロ・ストラクチャー

 音楽は音から成っている。よって,その最もミ クロな視点は1音から始めることができるだろう が,音楽の分析では,音楽を構成する主要な要素 で,音楽の素材として最も小さい単位は,モチー ブであり,次にはそれによって構成される主題を みるという手順が一般的であろう。上述したこと だが,実際の作品では,モチーブと主題が一体化 しているものから,モチーブが複数集まって,1 つの主題を構成しているものまで,多様な形をみ る事ができるであろう。

1.4.2 マクロ・ストラクチャー

 作品の全体の構造をみることも,また作品の分 析の重要な視点であろう。そうしたマクロな視点 で重要なことは,音楽作品が如何に統一性や一貫 性などを示して,作家がどのような意図や目的あ るいは主張をしているのかを読むことにあると言 えよう。「音楽は経済学」という言葉を耳にした 事がある。音楽作品のあり方は多様であるが,優 れた作品のほとんどが,その構成法においては,

少ない素材で大きな構造化がされている姿を見る 事が少なくないのである。音楽作品はまさしく作 家が音を用いて,その主張を伝える手段と言って もよく,そうした主張としての音楽は,聴者に伝 えるべき内容に一貫性のあることがよく見られる ところでもあろう。とりわけ古典的作品に於いて は,作家の構成力を通じて,音楽における彼らの 意図を読み込むことができると言ってもいいであ ろう。

 音楽美学において,音楽の内容(Inhaltインハ ルト)と外形 (gestaltゲシュタルト)との関係で 説明されているが,「内容」とは,音楽の心的,

内面的表現とも見ることができ,一方,「外形」は,

その音楽のいわゆる「形式的」な形とみることも できるであろう。そうした「内容」「外形」もま たマクロの視点として考慮すべきものであろう。

この小論のタイトルに「形式学」という言葉を避

(10)

けたのは,そうした「外形」を見るだけではない ことを意図したものでもある。

 音楽はまた,それが作られた背景や環境も時と して考慮されるべきものが少なくないであろう。

ここでいう背景や環境とは「作品の周囲」の意味 として,作品の成立の要因やその作家の生涯,更 には作曲家の歴史上の位置づけなども作品を説明 することがあり,マクロな視点はかように止めど なく広がる視点でもあろう。これらの多様な視点 については,作品の具体的事例の中で説明されよ う。

2章 バッハの音楽の分析

 バッハの作品を出発点に置く理由は,ある面,

その作品を通じて,前章で述べたような音楽の本 質をみることができるのではないかという確信に も近いものだけではない。構造化,構築化された 音楽として,極めて興味深い作品を多く示してい る事がある事はいうまでもないだろう。そうした 作品を深く追求して行ったとき,そこに作家の固 有の世界と他の作家のものと区別できないところ まで行き着く事も考えられる。更にバッハの音楽 にはそうした音楽全体に通じる根本的な側面ばか りではなく,多様な,ある面,一人の人間が存在 する,音楽現象を超えた,広い可能性も見て取る 事もできるのではないかと考えている。著者はこ れまで,パフォーマンスやコンピュータなどによ る作品を通じて,そうした超領域的視点を大切に してきた。この論述においても,そうしたこれま での立脚点をも合わせて,他の論述にない視点を 提供したいと考えている。

  バ ッ ハBach, Johann Sebastian (1685-1750) の 作品を見るとき,その作品について,音楽本来の 持つ芸術性や娯楽性の他,教育性や宗教性もまた 重要な性質であり,彼の音楽を語る場合,避ける 事のできない視点と思われる。それらは必ずしも 明確に分けられるものではないが,思いつくまま に挙げるなら,以下のような作品がそうした性質 や意図(あるいは目的)をもつものと思われる。

芸術性:

 「フーガの技法」Die Kunst der Fuge  「音楽の捧げもの」 など

教育性:

 「インベンション」Invention  「平均律ピアノ曲集」

 Das Wohltemperiertes Klavier 宗教性:

 ミサ曲(h-moll)

 受難曲(マタイ受難曲など),

 教会カンタータ(世俗カンタータと区別される)

 こうした類別以外に,技術性(kunst)や精神性,

実験性などで分類できるかもしれない。ゲックは,

バッハのケーテン時代の一連の作品「インベン ション」と「シンフォニア」「ブランデンブルク 協奏曲」「平均律」などを,「教育的作品」「芸術 的作品」「音楽哲学への貢献」の3つの観点から 考察11している。

 バッハの音楽における「精神美」の世界につい ては,大学時代に受けた東川先生の授業が思い起 こされる。師は「表現芸術の系譜」を示してバッ ハの音楽を説明していたように思う。

 Inventionという言葉は「実験性」や「音楽作 りのアイディア」を想起させる。

 具体的に作品に進んでみたい。これから挙げる サンプルは,極力,それぞれの作家にとって重要 な位置を占める作品を対象にするが,とはいえそ うした作品を網羅することが重要とは考えない。

この分析の目的は,個々の作品の個別の特徴や個 別の理解ではなく,サンプリングした楽譜を通じ て,一般に敷衍できる汎用性,原理を引き出そう とういうところにある。 

2.1Inventionの分析

イ ン ベ ン シ ョ ン 第1番 Invention No. 1 C-dur, BWV 772)

 バッハの作品の分析に関する書籍によく引用さ れるサンプルである。理由としては,見開き1ペー

(11)

ジで短く,また比較的に容易で,ピアノの初級の 練習曲になっていること。更にハ長調で,理論的 に説明がしやすい,学生にも理解しやすい等が考 えられる。もちろん,より重要な理由は,それが 音楽の分析の対象として,極めて興味深いもので あるということであろう。

 上にあるのがその冒頭部分である。(fig. 12)

 なにも記入されていない楽譜を前にするのは,

筆者が一番わくわくする時でもある。それは,少 し大袈裟な表現を許していただければ,そこに楽 譜を読むことで見えてくる様々な世界が待ってい ると思うからである。思考する事で見えてくる世 界は,いわば料理されるのを待つ食材であるかも しれないし,何も書き込まれていない無垢の姿と も言えるのである。筆者がここで大切にする事は,

まずは,いっさいの先入観を排除して,ありのま まにその楽譜を見る事である。いわば,楽譜を見 る事で生まれるファンタジー(想像力)を大切に して欲しいのである。楽譜はあくまで記号のかた まり,集合である。それをどう読むかはそれを解 釈するもの(楽譜を読む人間)にも与えられてい るもので,そうしたファンタジーによって,楽譜 を読むことそれ自体が音楽行為にも成りうると考 えている。確かに優れた演奏は,大変影響力のあ る解釈と説得力を持っていると思われるが,楽譜 を読む事自体が音楽行為となることで,時として

実際の音楽より遥かにすばらしい世界をも聞かせ てくれる事もあると思われる。指揮者はまさしく そうしたファンタジーを豊かに持つ専門家と言っ てもいいだろう。

 作品を分析する場合,最初に行われる手続きで 一般的なのは主題(Thema)を見る事であろう。

主題は作品を構成する中心となる旋律と位置づけ られてきた。

Invention C-dur (BMW772)の主題 (fig. 13)

 この主題を更により細かいモチーブに「分解」

すると一般的には以下のように(スラーで示され た)前半の16文音符を主体に構成される部分と 後半の8文音符で構成される部分との2つから 成っていることは,ほぼどのような解説本にも見 られるところであろう。(fig. 14)

 分析にあたって,このように記号(この場合は スラー記号)を入れる事は,大切な行為にもなる。

それによって,そうでないものより見えてくるも のがあると言えるからである。これを筆者は数学 fig. 12

fig. 13

(12)

の幾何の解法に用いるように「補助線」と呼ぶ。

この「補助線」が解釈であり,それによって分 析の一歩が行われると思えるのである。幾何に おける効果的な「補助線」同様,楽譜に書き込む

「補助線」もまた,明確な意味をもたらすものと思 う。

 このような「解釈」がすでに書き込まれている 楽譜を目にする事もある。それは多くの場合,作 曲家の意図であろうが,演奏家あるいは出版社の 解釈ということもあるうる。もちろん,楽譜をど う用いるかによって,どのような楽譜が選ばれる かが決まって来るものと思うが,分析に当たって は,作曲家自身が書き込んでいない記号は極力排 除した方がよいように思われる。ただ,結果とし て後に書き込まれた「解釈」と一致するとしても。

また,仮に既に書き込まれていても,それをその まま受け入れるのではなく,なぜその記号が書き 込まれたのかを考えることを忘れてはならないだ ろう。思考することの連鎖が次の思考を生み出す ことがあると思われる。ここで分析するバッハの 作品は,多くの場合,作曲家自身は記入していな いのである。むしろ,音楽が,どう表現されるべ きかそれ自身に「内在」しているとも言えるので ある。

 いずれにせよ,この場合は,結果的にはすでに 紹介されている「解釈」と一致したものになって いる。ただ,ここで終わってしまっては,あまり 想像性を発揮したことにならないだろう。一応,

この「解釈」を読んでみると,休符で始まるこの アインザッツ(音の出だし)ののち,次の8分音 符の頭にまで,一つのまとまりとなっていること は,「拍節法」からも説明されよう。

 「拍節法」は,音楽の流れのリズムであり,そ れは音楽のまとまり,あるいは時として,切れ目 やブレス(息つぎ)さえも意味する事もある。こ

れより少し踏み込んだ解釈も見られる。以下は,

私の尊敬する作曲家の一人,池辺晋一郎氏の分析 である12。(fig. 15)

 まず「ドレミファ」とファまで昇り,いっ たん「ファレミド」と降りたあと,はじめに ファまでしか昇れなかったドの上の「ソ」へ 一気に到達。

均整がとれている。

 このうちcは常に5度とは限らず,曲中で 2度だったり4度だったり,自由な変化が施 される。モチーフにがんじがらめに縛られて いるようだが,この微妙な自由さ,柔らかさ が音楽の美しさを作っている。(以下略)

 作曲家の解釈は,音楽学者と異なることがよ くあると思われる。これなどはそのよい例であろ う。この分析は,最初に2つのスラーが書き込ま れたものより,かなり細分化している。筆者も一 つの主題は,それを構成するモチーブ(池辺は「モ チーフ」と英語の発音で書いている)の数が決まっ ているものではないので,このような細分化も可 能と考える。

 ここで筆者の分析を記述しておこう。(fig. 16)

fig. 15

fig. 16 fig. 14

(13)

 筆者の解釈のポイントは,4つの音符のまとま りである。最初のグループはまさしく「テトラコ ルド」という音階の基本の構造を持つ4つの音で ある。この「テトラコルド」は,西欧の音楽にお いて,極めて重要な音楽の構造要素と捉えている。

今後の他の作家の分析でもこの「テトラコルド」

は,解釈の基本的構造と捉えることになる。それ を基本にした解釈にもう少し踏み込むと,別な「補 助記号」が必要にあろう。それを組み込んだもの が以下の楽譜である。(fig. 17)

 すなわち,これは3つの移高する「テトラコル ド」で出来ていると読む。付け加えた最初の「点」

(音符)であるF音によって,次のG音までの「テ トラコルド」が形成される。その単純な反復を避 けるため,作曲家が一度,和声構成音であるC 音に落とすことで,旋律に変化をもたらしたと見 たのである。これは「対位法」の技術ではよくや る解決音の一時回避と同様の方法と言っていいだ ろう。バッハはそうした「対位法」すなわちポリ フォニーの大作曲家なのである。同様に次に加え たA音の代わりに,C音から始める事で,その 前の流れを断ち切っているように見えるのであ る。その結果,この作品は,もともと極めて単純 な音階を,少し<迂回>したことで多様性を生み 出した,極めて「経済的」作品と読むことができ るのである。即ち,もともと,一つの「テトラコ ルド」から生まれた「バリアンテ」(上述)と言

うことができるであろう。実際,H音に付けられ たトリルに<迂回>されたA音が内在している のである。

 この「テトラコルド」への説明は,このあとに

続くG-dur(ト長調)に移調された主題の後の対

位(3小節目左手,下段)として拡大された形で はっきりと現れているように思われる。(fig. 12 を参照されたい。)

 更に,以上のバリアンテをもとに戻してみると,

以下のような旋律線になる。 (fig. 18)

 こうして書き換えてみると,2つ目の「テトラ コルド」から一気にオクターブに昇って行く音階

(ドーリア)が見えてくるのである。これによって,

ある別な作品が見えて気はしないだろうか? 筆 者が想起したのは,以下の楽譜である。(fig. 19)

 これは,「シンフォニア」の冒頭である。ここ に多くの相似形を見る事ができないであろうか? 

最初に一気に登るオクターブは,「インベンショ ン」で「隠されていた」オクターブを思い起こさ せるのである。そして,そのあと「テトラコルド」

を「変形」させて,そのままH音まで行かず(そ れは当時の音楽の上限音であるAを超えてしま うことにもなる),一度F音に落とし,その後に 続く反行の「テトラコルド」を続けて,「主題」

を構成している。まるで,「インベンション」の 構造の「バリアンテ」にさえ見えて来るのである。

バッハには,このように他の作品に関連付けた作 fig. 17

fig. 18

fig. 19

(14)

品を見る事がよくある。こうした「分析」によっ て,ミクロな構造が作家の特徴や考え方,工夫や アイディアといったより広いマクロな構成法に展 開して解釈することも可能にするように思われ る。

 もっともこのような<踏み込んだ>解釈は,そ れこそ<ファンタジー>(空想)でしかないと呼 ぶ人もいるだろう。実際,ここまでの記述をして いる書籍,資料を筆者は知らない(筆者が知らな いだけかもしれないが)。分析に「根拠」を示す 事で,より説得力を生むであろう。とはいえ,分 析は<こじつけ>と表裏一体でもあるとも言え る。

 一応,一般的に分析されてきた範囲での,この

inventionの上記のfig. 12部分の分析を最後に挙

げておく。(fig. 20)

ここでは,「テトラコルド」までは書き込んで いない。作品全体を「分析」する事で,この作品 が極めて無駄のない「経済的」作品であることを

fig. 20

読み取る事ができるであろう。

 最後に,第2小節目の最初の音はD音であり,

その主題を「模倣する」最後の音(3小節目最初 の音)のE音は,下行している。ここにも,前 楽節としての最初の主題の提示で「問い」を模倣 し,この後楽節で「答え」ているような呼応関係 を示している事も付け加えておきたい。優れた作 品は,かように<噛めば噛む程>味がでてくると いうことになろう。

お わ り に

 この小論では,バッハの一つの作品を<読んで>

みたが,字数の制限もあり,ここで,一旦,閉じ る事にする。今後,更に続く他の多くの作品の分 析を通じて,読者が感じるかもしれない<空想>

を,<もしかしたらあり得る>程度までの説得力 を持つまで,到達できれば幸いである。

(2011年5月11日受理)

(15)

参 考 文 献

音楽行動の心理学: ルードルフ・E.ラドシー,J.デーヴィッ ド・ボイル共著,徳丸吉彦,藤田芙美子,北川純子 (翻 訳),音楽之友社,1985

ルードルフ・レティ著,水野信夫,岸本宏子訳「名曲の旋 律学」音楽之友社,1995

マルティン・ゲックMartin Geck著,小林義武監修,大角 欣矢他訳『ヨハン・セバスティアン・バッハ』第III 巻「器楽曲/様々なる地平」東京書籍,2001 池辺晋一郎「バッハの音符たち」音楽之友社,2000

1) http://db2.educ.fukushima-u.ac.jp/~shimazu/riron.html,

そこでは「形式学」と題している。

2) この小論において重要と思われるポイントは下線を 付けている。

3) ジャン=ジャック・ナティエ Jean=Jacques Nattiez著,

足立美比古訳「音楽記号学」Musicologie Cénérale et Sémiologie,春秋社,1996

4) 足立美比古著「越境する音楽」勁草書房,1997

5) 音楽行動の心理学: ルードルフ・E.ラドシー , J.デー

ヴィッド・ボイル共著,徳丸吉彦,藤田芙美子,北 川純子(翻訳),音楽之友社,1985

6) ドイツ語,英語ではmotif,この小論では,音楽用語

として使われるドイツ語を適宜使用している。

7) ルードルフ・レティ著,水野信夫,岸本宏子訳「名 曲の旋律学」音楽之友社,1995

8) Dieter Schnebel, “Denkbare Musik. Schriften 1952- 1972”. Hrsg. von Hans Rudolf Zeller. Köln : DuMont 1972 (= DuMont Dokumente)

9) 「音列」という言い方は,20世紀の12音技法による

呼び方だが,ここでは,その考え方と類似している ため,この用語を使用している。

10) レティ前掲書p 21

11) マルティン・ゲックMartin Geck著,小林義武監修,

大角欣矢他訳『ヨハン・セバスティアン・バッハ』

III巻「器楽曲/様々なる地平」東京書籍,2001,

p 112

12) 池辺晋一郎「バッハの音符たち」音楽之友社,2000,

p 76

Music Analysis I

~Read Invention of J.S.Bach~

SHIMAZU Takehito

  In this Article the author is dealing with the possibility to ‘read music’. Before the concrete analysis of music samples, he mentions the importance, the meaning and some other points of view of the music analysis, considering with a reader-friendly or simple writing style as possible, for the aim of the educational purpose.

  After the description of such general thoughts, he writes on “invention” of J.S. Bach, as the concrete and first part of the series of the music analysis. Through this article he is asking to the readers, to read music scores as one of the more fantastic and attractive ways to understand music.

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Cederhurst, N.Y.: Tara Publications, 1987.)