化学と生物 Vol. 50, No. 11, 2012
792
今日の話題
酵素合成法が可能にした完全 13 C 標識化と多次元 NMR による miltiradiene の構造解析
複雑精緻なテルペノイドの構造を明瞭に決定
テルペノイドは現在までに4万種類以上報告され,そ の中にはステロールやユビキノンなどに加え,動植物,
昆虫,微生物のホルモンが含まれ重要な生理活性を有す るものが多い.さらに抗がん剤のパクリタキセルや抗マ ラリア薬のアルテミシニンなど,有用な2次代謝産物も 多く含まれている.このような多岐にわたるテルペノイ ドの生理活性は,特徴的な生合成プロセスによって生み 出される構造の多様性に由来する.生理活性テルペノイ ドの多くは,環構造に加え4級炭素を含む複雑で精緻な 構造を有するものが多く,1H-NMRを基本とする構造解 析が難しい場合があった.筆者らは組換え酵素を用いた テルペノイド試験管内合成系と完全 13C標識化,そして 多次元NMRを組み合わせ,テルペノイド生合成酵素の 機能解析を行った(1, 2).ここではテルペノイドの酵素合 成およびその構造解析方法について述べる.
テルペノイドの有機合成研究は古くから行われてきた が,厳密に制御された立体化学を含む複雑な構造が効率 的な合成を妨げる要因となっていた.一方で生体触媒で ある酵素は高い反応特異性を有することから,天然型テ ルペノイドの合成には組換え微生物や植物培養細胞の利 用が有効である.Keaslingらは組換え微生物を用いて抗 マラリア薬アルテミシニンの生合成前駆体を大量に生産 する方法を報告しており,生合成酵素の過剰発現により 40 g/L以上という高生産を実現している(3).またTa- bataは植物培養細胞を用いて抗がん剤パクリタキセル の生産方法 (295 mg/L) を報告している(4).しかしこれ らの手法では,導入した組換え遺伝子が宿主内で正常に 機能しないことや目的化合物が宿主内で予期せぬ代謝を 受けること,また生産の安定性などにおいて問題が存在 した.
そこで筆者らは生合成研究に応用可能な,小スケール ではあるがさまざまなテルペノイドの合成に応用可能な 手法の構築を目指し,組換え微生物を用いて生産する酵 素を試験管内で混合したテルペノイドの酵素合成法を開 発した.その合成目標として,植物ホルモンの一種であ る活性型ジベレリン (GA4) を選択した.メバロン酸経 路を経由しGA4までの生合成に関与する酵素遺伝子を 複数の微生物,植物種からクローニングし,可溶性組換
え酵素は大腸菌を用いて,膜結合型酵素である2種類の P450酵素は酵母 を用いて調製した.全 部で14種類の組換え酵素による反応を3段階(酢酸から -カウレン, -カウレンからGA12, GA12からGA4) に分けて全合成を行った.10種類の組換え酵素と補欠 因子,出発原料である酢酸を混合した1段階目の反応を 行ったところ,GC-MS分析により -カウレンの合成が 確認された.植物や微生物で見られるように -カウレ ン以降の生合成経路には膜結合型P450が関与するため,
酵素合成においても1段階目の反応で合成した -カウ レンを抽出し,2種類の膜結合型P450酵素によって構成 される2本目の酵素反応液に加えることで,可溶性酵素 から膜酵素へ移項する生体内の反応を模倣した.生成物 の分析結果からGA12の合成が確認され,試験管内合成 系に膜結合型酵素を導入可能であることが示された.さ らに2種類の可溶性酸化酵素を加えた3段階目の反応に よりGA4の合成に成功したことで,計14種類の組換え 酵素による酢酸からのGA4の全合成に成功した.テル ペノイドの炭素骨格はプレニル転移酵素と環化酵素に よって決定されるため,酵素合成系に含まれるこれら酵 素を置き換えることで炭素数や構造が全く異なるテルペ ノイド炭化水素を合成できると考えた.そこで -カウ レン合成系に含まれる環化酵素1種類を置き換えたカク テルと,プレニル転移酵素と環化酵素の2種類を置き換 えたカクテルを調製した.その結果,酵素反応液の調製 以外同一の操作でタキサジエン (C20) とアモルファジエ ン (C15) の合成にそれぞれ成功した.
過去のテルペノイドの生合成研究において13C標識化 合物が強力なツールとして利用されてきた.13C-NMR によって観察されるシグナルは天然において1.1%で存 在する13Cに由来するため,13Cで高度に標識化された 化合物は著しいシグナル強度の向上が見られ,さらに隣 接する炭素同士の相関に由来したカップリングシグナル が現れる.実際に先の -カウレン合成において,出発 原料に13C標識酢酸を用いることで調製した完全13C標 識体は,13C-NMR測定において天然存在比と比較して 約100倍の感度でシグナルが得られ,カップリングも観 察された.この特徴に注目し,微生物に13C標識化合物
化学と生物 Vol. 50, No. 11, 2012 793
今日の話題
を代謝させ得られた生成物のカップリングパターンから 生合成経路の証明が可能である(5).さらに21世紀初頭 の非メバロン酸経路の解明において,組換え酵素反応生 成物の13C標識化と13C-NMR測定を組み合わせた解析方 法の有効性がドイツの研究グループによって示されてい る(6).
そこで筆者らは酵素合成法に13C標識化を組み合わせ ることで,さまざまなテルペノイドの生合成研究に応用 することを考えた.具体的には,シダ植物の一種
由来機能未知テルペノイド環化酵素 を酵素合成系に加え完全13C標識化生成物を取得し,
13C-NMRを基本とした各種NMR分析により構造の解析 を行った.酵素合成により完全13C標識化生成物を約 1 mg調 製 し(収 率26%),13C-NMRを 基 本 と す る1次 元・多次元NMR解析に生成物を供した.骨格の大部分 は隣接する炭素同士の相関を直接観察できる2次元 NMRの一種,13C‒13C COSYによって決定した.既存の 手法であるINADEQUATEからも同等の情報が得られ るが(7),本法は完全13C標識化合物に最適化された手法 である.一部ピークの分離が困難だった箇所に関しては 3D-NMR (HCCH-COSY, CCH-COSY) により決定した.
これら3D-NMRはタンパク質やRNAなどの構造生物学 の分野で確立された手法であり,本研究は低分子化合物 の構造解析に応用された初めての例である.これらの解 析結果から,生成物をミルティラジエンと同定した.
近年,ジテルペン環化酵素の結晶構造解析が相次いで 報告され,関連酵素の立体構造モデルの考察も進んでい る(8).これらの研究成果により反応部位の詳細な解析が
進みアミノ酸配列と生成物の関係が明らかになることが 期待されたが,実際には機能の異なる環化酵素間での反 応部位の差はわずかであることが示され,生成物の違い を生み出す部位の特定には至っていない.酵素合成と安 定同位体標識化,多次元NMRを組み合わせたテルペノ イド生合成遺伝子の機能解析法は,構造の推定と解析が 困難なテルペノイドに関して,遺伝子さえ取得できれば 曖昧さを残すことなく解析可能な方法として非常に強力 な解析法になり得ると考えている(図1).
1) Y. Sugai, S. Miyazaki, S. Mukai, I. Yumoto, M. Natsume
& H. Kawaide : , 75, 128
(2011).
2) Y. Sugai, Y. Ueno, K. Hayashi, S. Oogami, T. Toyomasu, S. Matsumoto, M. Natsume, H. Nozaki & H. Kawaide :
, 286, 42840 (2011).
3) P. J. Westfall, D. J. Pitera, J. R. Lenihan, D. Eng, F. X.
Woolard, R. Regentin, T. Horning, H. Tsuruta, D. J. Melis, A. Owens, S. Fickes, D. Diola, K. R. Benjamin, J. D. Keas- ling, M. D. Leavell, D. J. McPhee, N. S. Renninger, J. D.
Newman & C. J. Paddon : ,
109, E111 (2012).
4) H. Tabata : , 7, 453 (2006).
5) 瀬戸治男:農化,50, R217 (1976).
6) S. Herz, J. Wungsintaweekul, C. A. Schuhr, S. Hecht, H.
Luttgen, S. Sagner, M. Fellermeier, W. Eisenreich, M. H.
Zenk, A. Bacher & F. Rohdich : , 97, 2486 (2000).
7) T. D. W. Claridge : 有機化学のための高分解能NMRテク ニック ,講談社,2004, p. 217.
8) M. Köksal, Y. Jin, R. M. Coates, R. Croteau & D. W.
Christianson : , 469, 116 (2011).
(菅井佳宣*1,川出 洋*2,*1東京大学大学院農学研 究科,*2東京農工大学農学部)
図1■酵素合成,13C標識化,多次 元NMRを組み合わせた解析の概念 図