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郡山市付近における土地利用の変化

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26

郡山市付近における土地利用の変化

大 沢

貞 一 郎

      〔序〕

 土地利用の地理学的研究は,元来その窒間的追求に主題があるわけであるが,地表現象はまた現実に は絶えず変化している.したがって把握の容易な載る時間内の変化を追跡することは,窒間的追求に摩 みをもたらすことになり,土地利用の本質究明上にも望まれることである。

 ところで我が團における最近の農林統計は,同一項目を同一方法によって一定年をおいて調査されて おり,また主要都市には都市計両用の大縮尺地図が作成されている.したがってこれらの資料と現地観 察により,鰻近における土地利用の変化は,載る程度客観的に把握し得るわけである.

 さて台地面の発達する郡山盆地は,明治以来安積疏水によって水田化が進められ,その結果耕作景は 大きく変化し,中心地郡山は急激に発展した.このことに関しては,既に安閏教授が景観変化を主題に して詳細に研究されている(1)が,戦後新安積疏水の完成により,鳳の盆地の開田化にはさらに拍車がか けられている.一方郡山は大正13奪に小原照村を合併して市制を施行し,福島県の中心的位置に在って 交通の要地を占めているため,商工業都市として蒼々発展し,最近は新産業都市に指定され(窮),〜顧都 市化が進められようとしている.

 したがってこの小論では,郡山市街地($)を中心とするその周辺部において,水田農業の基幹である灌 漑用水路と発展しつつある中心都市の影響が,周辺地域の土地利用上にいかなる変化をもたらすかを空 間的に据え,土地利用における自律的制約(4)の実態を検討して,土地利用という地表現象の本質を究賜 する手がかりを得ようとするものであり,合せて最近における郡山盆地の土地利用状態を記述しようと 試みたのである.

 ここでいう土地利胴とは,人間の土地に対する営みの状態(轟)と規定し,利用形態によって分類された 各地目の空間的欝t雛mを意味するものとし,そのうち耕地・市街地(集落)を主として扱い,食せ て交通路・森林・溜池にも鷲千ふれることにする.

 この研究は次の二つの方法によった.(1)統計的方法:1950年,ig60奪,工965年の各農業センサス⑥の 旧市町村別統計資料によって,総耕地・水田・普通畑等の各種耕地面積の増減を検討した.(2)地図化方 法:大縮尺の都市謝爾爾地図および現地観察によって,5万分の1縮尺の土地利用図を作成し,購製の 地形図と比較して,その変化部分を抽出し,細部の土地利用変化塗検討した.

 対象地域は,中心都市である郡山市街地を中核とし,その周辺部である郡山盆地(りを主とし,さらに その外縁部にある旧湖南村・安達郡南部・田村郡西部・須賀川市と岩瀬郡北部および石川郡の一部を食 めた.この範囲は現郡山市域と(琶)その隣接地に相当する.以下の記述は,便宜上昭和25年当時の市町村 名によることにする.

 なおこの研究の調査は,昭和38隼度における能 登志雄民に対する東北経済開発センター研究助成金 等によった.明記して磨く謝意を表する.

       〔1〕耕地の増減

 本地域における土地利用の主要地目は,森林・荒地・耕地・集落等であるが,利用状態とその変化が 明確に把握出来るのは耕地と集落であり,郡山盆地だけについてみれば, 耕地と集落が主要地目とな る.集落については次節で他地目とともに詳述することにして,ここでは耕地のみを取り上げる.

 さて農林省が金園一斉に行なっている1950年,1960年,1965年の各農業センサスの結果は,1950年当 時の市町村毎に耕地面積を始め各種の統計数値が集計されているから,分村合併等によるその後の行政 区画の変更を考慮すれば,それらの資料によって農業関係の諸項目について,各年次間の変動を地域的 に把握することが可能である.華奢は前に1950年,1960年爾年次のせンサス結果を利用して,福島県に

(2)

大沢  郡山市付近における土地利用の変化 27

おける耕地の増減を論じた③が,ここではさらに1965年中間農業センサスの結果も加えて,本地域にお ける最近驚年間の耕地増減を,前と同様な方法で考察する.

 そこで耕地を総耕地・水田・普通畑・桑園などの各種目に分け,その面積の変動を,1950隼を100と する各鰯次の指数,および1期(1950〜 60耀)・H期(ig60一 65年)の雨期における増減面積によっ て表わし,各種の表と分布図を作成した(第1〜3褒,第2〜5図).これらによって本地域における 耕地増減の状態を地域的に検討して行く.

 この場合,統計資料はすべて旧市町村の行政区を集計単位としてあるから,対象地域をそれらによっ ていくつかの部分に区分しておけば説明に便利である.

  (1)対象地域の区分と概要

 対象地域は,昭和4嘩8月現在で郡山市域の他1市9町村にまたがり,昭和25奪i当時の市町村では58 市町村が含まれる.この地域を,郡山盆地を中心とし,位鷺・地形・農薬的性格を薦慮して,第1図に 示すように旧市町村区画によって,次の5地区に分けることにする.すなわち〔1〕郡山盆地・〔2〕

湖南地区・〔3〕安達南部・〔4〕阿武隈丘陵地・〔5〕岩瀬北部である.

 郡山盆地はその大半が,西部か ら中央部にかけて広く発達する台 地面と,それを開析する阿武隈川 およびその支流諸川の沿岸部に形 成される沖積低地からなり,中心 都市郡山を核心として嗣発が進 み,豪た大部分が新旧安積疏水の

覇漿概区域1こi当り, 早くカ〉ら台上脇面

の水田化も行なわれ,全体として 耕地密度の高い水繊卓越地域をな している(ゆ.郡山市を中心とし て,さらにこの地区を,C郡山市 街地近辺・n盆地北部・w盆地西 部・欝盆地南部・¢盆地東部の亜 地区に分ける.

 湖南地区は猪苗代盆地の爾楽部 に当り, 海抜500m以上の高冷地 をなし,安達南部は水田の卓越す る本篇盆地と安達太良火山南東麓 の地域を含み,阿武隈丘陵地は田 村郡西部を主体とする阿武隈山地 西部の丘陵性地域で畑地が麟越(助

〔第1図/対象地域

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6

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1対象地域の範囲,2:対象地域内の地区境界,

:郡山盆地内の璽地区境界,41旧町村界,

臓郡山市域(昭和2脚当時),6:現郡山市域(昭和40年8月以降)

し,岩瀬北部は郡山盆地に続き,同様に貸地地形が広く分布している地域である.各種の分布図や表も 含めて,今後の記述には,これらの地区の名称と範囲を適用することにする.

  (2)総耕地面積

 第1表と第2図によれば,総耕地面積は地域全体として,1期には増加し∬期には減少しており,福 島県全体の傾向と同じである.1期には,東北・北海道地方と同じく,戦後の開拓による耕地造成が急 激に行なわれ,特に台地や火山麓の多い本地域では総耕地面積が急増したのである(嫁).しかし1960隼 以降は開拓の進行が鈍ぶり,それよりも耕地の潰廃が上廻ったとみなされるのである.

 これを地域的にみれば,1期には,郡山盆地の西部・南部とそれに続く岩瀬北部の増加が著しく,安 達南部の火山麓地区も同様である.その反面,郡山市街地近辺と阿武隈丘陵地は減少若しくは停滞気昧 である.しかしH期になると増加地域は減り,岩瀬北部や盆地西部の片平村寺が,漸増を続けている が,他は停滞若しくは減少し,特に郡山市街地近辺は1期以上に減少が著しい.

(3)

28 福島大学教育学部論集 第綿畢 1966−U

〔第1籔〕 総耕地園穫の推移(澱50解1960〜紛65年) 単位:町

年\ ぺ \

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 地

次1 195

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〔1〕郡山盆: 地計li lo,蜘.夢    ll

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h盆地北部計

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1$

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三享6肇4.玉

ち噸4.7

〔2〕湖南地区計

生,2鮪。○

〔3〕安達繭都計

3β31.4

〔4〕阿武隈丘陵他計 タ,嶺。.1

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〔5〕

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6季6董6.5

対象地 域合計131・%3・7

福 島 県

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実  数  指  数

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92.8 78.5 勢.5

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102,隻

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三・6ほい78・う78・8… 103.8

(漉)。

  o

実数は各無次の農業センサスの結果数値により,各地域毎に集計して求めた.

地域の鷹分にっマ・ては第三図を参照・ 。 以下第2・3表についても同じである.

〔第2図/耕地面積の増減

(1) 1期:1%0年一1960年

50町 の町 田  雛 増

(2) II期:1960年〜1965年

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      口呂1、. 籔

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10

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(4)

大沢  郡山市付近における土地利用の変化 29

 これらのことは,戦後の緊急開拓や,新灌漑用水路の開さくに伴なう台地面の開拓が,1期には著し く進展したが,珀60年以前にそのピークが到来したこと,阿武隈丘陵地は,その南部地区を除けば,成 る程度耕地化の進んだ地域であり,開拓余地の少ないこと,また郡山市街地近辺では,開拓よりも都市 化による耕地演廃が多く,特に∬期にはそれが顕著であること等によるのである.

 郡山盆地のみについてみれば,∬期における耕地増減とその内容を示した第4衷に見られるように,

この時期においても水田や畑の開墾が一部では行なわれているが,それよりも全般的に潰廃が多く,特 に郡山市では,この5無間に水眠が僅か2反歩開かれたに対し,潰廃は水田・畑ともにそれぞれ80町歩 以.ヒに及んでおり,都市化の盛んなことを物語っている.

 本項では総耕地面積についてその増減をみてきたが,それを構成する水田・畑等はそれぞれ別個に変 動し,また相互に転換し得るから,耕地の変化を論ずるには,総耕地とともに,それを水田・畑等に分 けて検討する必要がある.以下それらについて述べる.

〔第2褒〕 水繊爾積の推移(紛50−1960〜1965無)︸次

三里

.年

単位:町

〔η.劉軸盆地酬

1¢ 郡山市街地近辺計

郡寓大永窟

 由  聞  槻  盛

久  山

市村町町町

1識 盆地北部計

1w盆地両部計

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実  数  指  数

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1965年

1,813.0

ち移7.0 1JO多.2

598・引 84

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2ン1雛.タ

〔4〕賦駈陵地酬

3β2尋。o

〔5〕旛瀬北部計

3・6・

実  数  指  数

7窟822.3 舞1層1

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1・…い・1885

107.筆 工,337.3 三2!.0

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1。刺,2・郷

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対象地域合剤咽副

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1!4.3

福 島 県 合 1・⑳い。1・33飢31

1餓・!い。3廊1マ581凱

  (3)水田面積

 第2衷と第3図によれば,水田面積は全体として増加を続けており,福島県合計がH期に水田増加が

,鈍ったのに対し・本地域では短期間の∬期でも1期と同じ位の水繊面積が増加している.

 しかし本地域を部分的にみれば,その傾向は必ずしも闘じでない.郡山盆地西部・岡南部と岩瀬北部 は1・∬とも水田増加が著しく その増加面積は総耕地の増加分を上廻わる場合もあり,特に岩瀬北部 は雨期を通じて水田増加が総耕地のそれを上廻わり,しかも∬期において甚しい.また郡山盆地西部・

同南部でも∬期にはぞの傾向が顕著である.これらの地区では,ともに戦後開さくされた灌漑用水の大 幹線である新安積疏水と羽鳥用水㈹により,森林・荒地の開田とともに畑地の水田化が大規模に行な われており,また郡山盆地西部の一部では,旧安積疏水の灌漑により,戦前に引続いて依然として水田 化が進められている.

(5)

30 福島大学教育学部論集 第18号 1966一・11

/第3図〕水 田面積 の増減

(1) 1期:195G年〜1960年

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        (2)

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II期:1960年〜i965年

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  ︑  鶯 篇薦鶯

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0   10 20㎞

 安達南部ではむしろH期の水田増加が目立つが,これも前記の新安横疏水の開さく事業に関連して行 なわれた五百川幹線水路(塒の開さくに伴ない,昭和36驚以降,岩根・青田地区等の開田事業が進んだ ことによる.

 一方郡山市は雨期とも減少し続け,特にH期には本地域内では最大である68町歩の水照が減少してい

る.

 郡山盆地におけるU期の水田増減の傾向は第4衷にも現わむている・水照増加の内容は開墾によるも のも一部あるが,畑地よりの転換が大部分であり,それらが水田の灘廃面積を上廻わ軌盆地全般が水 田増加となっている.ただし郡山市街地近辺では,潰廃面積が上廻わり水田減少地域であることを示し

ている.

 また阿武隈丘陵地では,雨期を通じて全般的に水照面積の増減が少ない・これは丘陵性の地形である から,大規模な用水路の開さくも困難であり,また著しい都市発展も見られないだめと思われる,

  (4)普通畑西横

 第3表と第4図によると,本地域における普通畑面積は,全体として1期には増加し,∬期には急減 している.

 これを地域的にみると,先ず第1期においてはその増減の分布はかなり複雑である.普通畑増加の著 しいのは安達南部の火山麓地区と阿武隈丘陵地の南部地区および郡山盆地西部・岡南部である・このう ち前2奢は,先きの総耕地および水照の増減分布図と比べればわかるように・総耕地増加の大部分がこ の普通畑増加によっている地域であり,いわば山地開拓型である.これに対して後奢は新安積疏水開さ

くに伴なう畑地造成地域であり,台地開拓型ということが出来る.

 一方鏡石村を主体とした岩瀬北部と郡山市およびその北部地区は普通畑の減少が著しく・南部以外の 阿武隈丘陵地は,普通畑の増減は少なく停滞している.このうち岩瀬北部は,前述したように新規灌漑 水路開さくに伴って畑地の水田化が盛んに行なわれている開田減少型の地域であり,郡山市およびその 北部地区は,都市化の影響で減少したものが多く,これは都市潰廃型といえ急

(6)

大沢:郡山市付近における土地利粥の変化 31

〔第3衷〕 普通畑面積の推移(1950〜1960{496S年)  単位:町

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測︑

㎜年

1950舘

       ヨ  \i陳数

〔1〕郡山盆1他計i1

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〔2〕湖南地区針ii        ii

3i3.・i   キヨ      き…oo・㌧i37タ・8… 蓬21、3 348・8i 111.4

〔3〕宏遠南部欝刊

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(1)

獄篇 欝

〔第4図〕普通畑面積の増減

 工期:1950年〜i960年         破)

         5G町lo購丁

         口 鶯増 加          ■ 縮減 少

         %減少繊

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11期:1960年〜1965年

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(7)

1966−11 福島大学教育学部論集 第18畢

32

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樫 騰

慮一鐘騰︵無給〜霧凝駿︶騨饗製薬ゆむ鵜島製繍叢緯 ︹榔サ織︺

(8)

大沢  郡山市付近における土地利用の変化 33

 ∬期は1期とは異なり,普通畑は全地域にわたって減少している.特に開濁減少型の岩瀬北部は一顧 その特徴を強めており,さらに地続きの郡山盆地西部・同南部も岡類型となっている.これら諸地域の 変化は,再三ふれたように灌漑用水路の土地利用に対する影響が,いかに強く広範囲に及ぶかを物語る

ものである.安達南部の岩根・轡田地区も戦後の緊急開拓の後に実施された漉概用水路開さくによって 開田減少型になった.また郡山市街地近辺は,この鷺期には大槻・永盛の2町村をも含めて都市潰廃型 になっている.

 このようにして,最近では,一部の開墾があっても,水田への転換と都市的利用への潰廃が著しく,

本地域の普通畑面積は減少し続けているのである.

  (慕)桑 園 面 積

 本地域における桑園はもともと面積が少なく,1950年でも全耕地の11%を占めるに過ぎず,その分布

τ第5図〕桑園面積の増減

(1) 1期:1950年刈960年 (2/ U期:1960年一1965年 50町 10鰐

口  驚 増  加 磯  轍 減  少

減少地域

0 旧   20k獅

髪縁瓜 雛拗  笏 疹勿

は郡山盆地に少なく,その周辺部特に阿武隈丘陵地に多かった.その後金圏並びに福島県全体の傾向と 同じく,本地域の桑園は全般的に減少して来たので,1965年でもその分布配置は基本的には変らない・

 第5図に示すように,この地域における桑園は,1期には全般的に減少したのに対して,∬期にはそ の減少が鈍ぶり,一部には擁かに増加した地区もある.しかしそれも郡山市街地近辺を除く,その周辺 部に見られるに過ぎない. したがって本地域の中心である郡山盆地においては,桑園はもともと少な

く,しかも減少傾向にあるから,耕地としては主要な種目とはならないのである.

 蓑や分布図には示さなかったが,果樹園も桑園と同じく全体的には小面積であり,特に郡山盆地にお いては,一部地区を除けば,その変動も著しくない.

  (6)耕地の増減による地域類型

 以上述べて来たうちで,1950年以降1965隼までの欝年間における耕地各種園の増減が,地域的に著し く変動するのは総耕地と水田であるから,1950無をioOとする1965のそれぞれの指数によって類別され たものを組み合わせて,本地域の市町村を幾つかの類型に分けた.

 先ず総耕地の指数⑳5以上をA,95未満を(),その申閥のものをヨ3とし,それぞれ総耕地の増加型・

減少型・停滞型とし,さらに水田についても同じく,指数105,95を境とし,&・b・cに分け,両者

(9)

34 福島大学教育学部論集 第18号 ig66−11

の組合せによって,実際にはA載・Ab・1ね・Bわ・C亀・Cわ・Ccの7類型に分けられた.それらの分布を 示したのが第6図である.

 これによると郡山市を始め主要 地方町は耕地減少のC型となる.

全般的には,郡山市街地近辺と阿 武隈丘陵地の虫体部はCc・Cb・Bb が多く,耕地・水田の減少または 停滞型となり,それぞれ都市近辺 と丘陵地域の憔格を示している.

 この他は大周的には郡山市とそ の近辺を取り巻く形で,A紳Ab・

B欲の耕地又は水田増加型の町村 が分布している.

 したがって中心都市の拡大およ び農業の発展による耕地造成とい う二大要因によって,本地域にお ける耕地増減の地域構造は,一…部 の地形的制約や地方都市の存在を 除けば,大局的にみて,郡山市を 中核とし,その外周に順次,減少

・停滞・増加と,それぞれの類型 が同心円的に1配列しているという こと力簑出来よう.

〔第6図〕耕地の増減による地域類型

    努〃.b

彰鍵 、.

z膨b嚇i脳b,

    /z 烈

    〆■    鼓  c,幽

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謬ノ×懸鱒瓢…敬

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   //bz    〆 &        b     b・

        輸 ノ哉         / 載          z

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b め

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10 20執難

b &

︒しり

、め

凹:A曜 鷹:A礎

凹:脱型

腿:βb型

凹:c躍

蝕」:Cb型

いすハ

膿:Cc型

      大文字は珀5Q年以降総耕地面積について,Aは増蜘,鷺は停滞,

      Cは減少の市町村,小文字は,同篠く水闘面積について,繊は増加,

      bは停滞,cは減少の市町村.

      〔2〕土地利爾図による地圏の変化

 前節では統計資料によって,耕地増減だけについて概観したのであるが,この方法では数量的な議論 は出来ても,土地利用変化の実態把握は間接的にならざるを得ない.したカ㌔てそれを薩接的に把握す るには,各地鷹の窪間的脚tt奪mを年次別に比較することが必要である.そのために年次別の土地利 用図を作成し,それらの比較によって地目の変化を検討して行く.

  (1)土地利用図の作成方法

 土地利用図(第8図1・U・皿一折込み)の範囲は,郡山市街地を中心とするその周辺部で第7図に 示す四角形の地域である.この中には,昭和25年当時の郡由市・大槻町の全部と欝久山・永盛・高瀬・

片平・豊田・小泉の各町村主要部が含まれている.

 土地利用図工は,5万分の1地形図r郡山」図葉から,集落・水田・普通畑・桑園・果樹園・溜池・

主要道路等を抽出して作成したものである.この場合,森林は荒地その他の地圏とともに窒臼にしてあ る.この「郡山」図葉は,明治41年測図,昭和6年要部修正測図,岡27奪応急修正して同32隼発行され たものであり,その応急修正は昭和22奪撮影の窪中野輿並びに岡24年の現地調蚕による資料に基づいた とされている.この場合応急修照は図葉全体についてなされてはおらず,市街地や特に談とまって大き く変化した個所のみについてであるが,この図葉から作成した土地利用図1は,一応昭和24箪当時を示 すものであるとしておく(陶.

 土地利用図∬は昭和39隼測図の1万分の1郡山都市計画図により,1図と同じように主要地目を5万 分の1地形図r郡山」図葉の中に,縮尺に応じた省略を行なって記入して作成したものである.したが ってH図は昭和39隼の土地利用を示すものであり,1図とは15奪の無代間隔があることになるから,前 節の場合と殆ど同じ奪次および間隔となって,糊精を関連させて最近における土地利用の変化を論ずる ことが出来るわけである.

 王図・∬図とも集落とは,市街地・村落を一括したもので,その咋葦には学校・工場等の敷地の侮に,

(10)

大沢  郡山市付近における土地利用の変化 35

自衛隊駐屯地や感動車教習所も含まれている.

  (2)土地利用図1および∬の概要

土地利用図1に示される内容の中,主要なものに関しては,既に記述されたものがある(、轟〉ので,ここ

第7図/ 土地利用図1第8図,1弓トIIDの範囲

門煮3

K幽

・1,K・

o 10

、〜

20k絹

1:鉄道,21旧郡山市域,31郡山市街地

ではそれ以後に変化した個所に焦 点をしぼってその概要を記するに

留める,

 郡山市街地は,西方の台地上に 学校や住宅地を伸展させ,また一 方,駅の東部に工場地区をさらに 拡大せしめている.耕地について は,水田は依然としてこの地域の 中央部以西に広面積を占めてお り,普通畑は,桑園の転換が著し く,奮地末端部に多かった森林の 開拓も進んだため,増加してい る.特に阿武隈川蛇行帯の砂質地 は,その金面が桑園より普通畑に 変っている.桑園は禽地面・河畔 等各地に未だかなり分布している が,果樹園は郡山市街地に接して 小面積のものが爆かにあるにすぎ ない.森林その他は,阿武隈川の 河川敷にある荒地を除けば,大部 分は丘陵地と台地宋端部に分布し

ている.

 土地利用図∬によると,郡山市 街地はさらに発展し,麓山公園を 中心とし半径約2kmの群ヨに包禽さ れる地域を殆ど充蠣しており・特に西部では,明治初期の開拓にかかる開成山の街村状集落が中心市街 地と連続するに到った・また国道4号線の新適が完成したので,旧道沿線部とともに市街地はその南北 方向に著しく伸長した・その他大槻町の自衛隊駐屯地・希望ケ丘団地等,広面積の市街地化が児られ,

また学校や工場が中心市街地の周辺部に新設されている(助.

 水田は 各地目からの転換が多く・全般的に1図よりさらに増加しているから,この地域内の相嶺広 い面積を占めている,普通畑も全般的に分布し,来だかなりの衝積を占めている.

  (3)主要地目の変化

 土地利用図1および∬を璽ねて・主要地目について変化した部分のうち,増加したもののみを抽出し て作成したのが土地利用図皿であ徽この図を中心に工・∬図を参照して,次に主要地目毎にその変化 の状態を地域的に検討する.

 この焉郊間に最も多く変化しその面積が最大なのは市街地である.特に既存の郡山市街地を囲む隣接 部に金面的に膨脹し,郡山の連櫓市街地の広さをこの期間に約3倍に拡大せしめた.この場合,特に市 街地化の著しいのは,西南部の菜根屋敷であり,ここは肯い台地地形でその周辺部より〜段高いため,

安積疏水の水がかからず,永く畑地として残されていた地域である.

 また郡山市街地から各方面へ派出する圃遵はじめ主要道路の沿線部に,新しい市街地が形成されっっ あ瓶特に南北方向に縦断する新團道4号線沿線が顕著である.

 大槻町には前述の自衛隊駐屯地や希望ケ丘等の大面積の新市街地が懲立つが,これらは戦時申に造ら れた飛行場等の軍事施設が颪接間接に転化したものである.また中心市街地の拡大とともに,新設の工

(11)

36 橿鳥大学教育学部論集 第18号 1966−U

場や学校が,その周辺部に遠心的に進出している.

 これまで述べた新市街地化ぐ集落化)した場所の元の地関は,菜根緊敷の場合のように,普通畑が最 も多く,次いで桑園であるが,既存の中心市街地に接する所が沖積低地の場合では,水田の潰廃された ものがかなりある.しかし台地を刻む侵蝕谷底の水田は,菜根醗敷その他でも,その宅地化が余り進ん ではいないのである.

 水田の増加分は市街地(集落)に次いで多く,m図中金面にわたっているが,特に中心市街地を遠巻 きにする形で,その北部・西部・西南部に多い.

 しかし工図の基本になった5万分の1地形図は,応急修正が図葉全面になされておらず それに用い た聖申写真によれば,①阿武隈丘陵地の樹枝状水田や,②寓久山町陣馬付近にある中位段丘上のもの,

③豊田村月順南方の台地上のもの等の水眼は,昭和22年当時既に存在していたことが判読される.ただ しこの中の①は地形図の表現の組さによるものらしく,古くからのものと見なされるし,②の水田もか なり以前から開かれていたらしいが,③その他の水田は戦時中ままたはそれ以降のものが多い.また大 槻北部や上高森付近にある大面積のものや,駒屡北方の細長い台地上にある水田が,いずれも昭和22年 以降の開田によるものであることは明らかである,

 これらのことから,皿図に示される水田のうち,①や②以外の大部分は,少くとも近々20数年来闘か れた水田であると見なしてよい.このようにして郡山市街地近辺においても,その北部・西部および西 南部では,安積疏水と一部では新安横疏水の灌漑により,最近まで水田化が進展しているのである.こ の場合,以前の地目は主として普通畑であるが,桑園や森林および溜池の一部も含まれる.

 普通畑の増加もかなり多く,全般的に散在しているが,この中には地形図表現上の粗さに基づく場合 もあると、思われる.普通畑は工図の中心市街地隣接部に相溢する地域では,鍛も早く都市化され易い土 地なので,宅地化されたものがかなり多いが,一方台地末端部や丘陵斜面の森林と,台地面および河畔 の桑園が,普通畑に転換しているから,この期間を通じて,普通畑は中心市街地から遠心的に拡散し,

市街地の周辺部に増加する傾向を示す.

 これらに対し,桑園や果樹園の増加面積は極めて少ない.桑園は著しく減少し,阿武隈托陵地では普 通畑に,西部では水田・普瀬畑に転換し,増加桑園は阿武隈丘陵地に小面積の断片が目立つ程度であ

り,果樹園は以前とは分布配置を異にし,中心市街地から遠心的に拡散している.

 かって郡山盆地全体に多数分布していた溜池は,安積疏水の完成によりその機能に変化を来たし,以 来減少の傾向をたどっているが,1・∬図の比較によると,この期間刺こもかなり減少し,多くは干拓

されて水田になっている.ただしその刺こは見かけ上のものもあり,この期間以前の干拓も相当あると

、思われる(18).

 森林・荒地の変化は減少が主で,潰地末端部や丘陵斜面にあった森林が普通畑に・一部は宅地・水懸 になっている.

 主要通路の変化では,4暑園適に並行してその西側に舗装された広い新道が完成し,それと交叉する 岡49号線(新平線)も昭和37年に1級園適に昇格され,桑野北町から鶴田方面への新道が出来・金屡付 近でも改修整備された.

  (4)地目変化の蜜閥的碑t驚m

 前項では主要地目毎にその変化について述べて来たが,ここでは主としてm図によって,土地利用変 化の蜜間的腿tt黛mを全体として把え総括する.

 この郡山市街地近辺においては,最近欝年間に土地利用の変化が激しく行なわれた・それは中心都市 郡山の発展によって,その周辺部に隣接する普通畑・桑園あるいは水田や森林には,住庵・商社・工場 等が相次いで進出し,その中心市街地は急激に鰯周に拡大し,特に西部禽地上への発展は顕著である・

 また主要道路に沿う地区の市街地化も盛んに行なわれ,特に園遵4号線沿線では,中心市街地を南北 方向に伸展せしめており,岡49号線の新通沿いにも工場・住宅が進出し始めている.

 一方中心市街地をとりまくその外縁部では,耕地化が進み,特にその北部・西部・西南部では安積疏 水の影響により禽地面の開田が著しく,中心市街地との中間部には,土地利用変化のやや少ないいわば 停滞地帯ともいうべき地域が不明瞭ながら指摘出来,また普通畑化は中心市街地周辺部の全般に見られ

(12)

大沢  郡山市付近における土地利用の変化 37

蕎が,停滞地帯の中の外側にやや多い傾向が認められる.

 地團間の変化の系列を模式化すると,森林・荒地が普通畑に一部は水田となり,さらに既耕地の普通 畑・桑園が水閏化し,桑園はまた普通畑化するもの多く,一方市街地に接する部分では,普通畑を主と

して水田・桑園が市街地化して行くということが出来よう.

 このように,郡山市街地近辺においても,中心都市の発展と灌漑用幹線水路の存在に暴づいて,地形 的制約の下に,それぞれ市街地の拡大と外縁部の水韻化を促進しているから,土地利用変化の蜜間的 p&tt嬢臓は,既存の郡山市街地を中核とし,その外側に順次,市街地拡大地帯・停滞地帯二開照地帯と やや不明瞭ながらも,同心円的構造を示している,

〔3〕結

 郡山市付近における,最近の土地利用変化を検討するために,1950年,1260年及び1965年の各農業セ ンサスの結果を利用して,郡山盆地を中心とし,現郡山市域とそれに隣接する地域を対象地域として,

各種耕地西横の増減分布図を作り,更に郡山市街地の周辺部については,5万分の1地形図と最近調製 された都市計画用1万分の1地図に基づいて,それぞれの土地利用図を作り,最近聯年間における主要 地欝の変化を比較した.これらの結果,郡山市付近における土地利用の変化については次のことが明ら かになった.

 (1)この地域においては,ここ10数年来土地利用の変化が著しい.それは一つには郡山盆地及びそれ に続く南部地域における台地面の開拓,開隔が引続き行なわれていることにより,また一方中心市街地 郡山の都市的拡大が顕著なためである.

 ㈹ 耕地についてみれば,全体的には耕地面積は減少する傾向にある.しかし水田は全般的に増加し ており,新規の開田と畑地よりの転換のいずれも盛んである.したがって,郡山盆地の水田率はより増 大している.

 (3)郡山の都市的発展が著しく,周辺部の耕地を叢食して膨脹し,特に普通畑の潰廃は著しい.その ため連櫨市街地の面積をこの15年間に約3倍に拡大した.発展の方向は主要道路に沿っており,特に南 北方向と西方への伸展が顕著である.

 (4)対象地域全体についてみても,郡山市街地近辺だけについてみても,中心部市郡山市街地と新旧 灌漑用幹線水路の存在が二大要因となり, その土地利用は自律的に制約を受けて変化し,それぞれ市 街地の拡大とその周辺部における水田化を促進しているから,本地域における土地利用変化の地域構造 は,地形的制約や交通路・地方都市による変形を考慮すれば,郡山市街地を搾峨とし,その外側に順 次,市街地拡大地帯・土地利用停滞地帯・水田造成地帯が,やや同心円的に配列しているということが 出来よう.

 今回は耕地の増減や,主要地目の変化についてのみ論じたが,今後,作物の種類や営農方式等の他の 農業部門について,および都市的施設の拡大様式等について,地域的分析を試み,本地域の土地利用変 化の実態を究明して行きたい.

〔注および参驚文献〕

(1)安照初雄:郡山盆地の景観変化,地理学評論第掻巻第4,5号(19概).

(2)昭和38年7月,全園路地区とともに「新産業都市常磐・郡山地区」として内定をうけ,同39年3周本指定を   うけた.

(3) 「郡山市街地」とは,郡山市のうち,中心部にあり都電的機能を持つ連櫓市街地を指す,蕊たここでは「中   心市街地」も上と同義に使胴する.

㈲ 小笠原義勝1土地利用,新地理学講座第6巻経済地理所収,朝倉書店(1955)・

(5)地理調萱所地図部編:段本の土地利用,古今書院(19邸あ

(6)正式の名称は,それぞれq950年世界農業センサス」・「1960年世界農林業センサス」・「1965年中間農業   センサス」である,

(7)前掲:(1)

(13)

38 禰島大学教育学部論集 第鳩畢 工966一一11

(8)鮒の第1図に示すよう嶋昭秘0年8月に,臓欄陰部蝦村郡の一部総む地域を割拠,断節3.

  馨K鵬騒の大区域になった.

(9)大沢貞一郎:福島県に於ける耕地の増減について,福島大学業藤学部論集第蕊畢の1(1鮪の.

⑩ L 大沢貞一郎1郡山盆地・閏村山地に於ける地形と耕地分布,地理学評論第黎6巻第2号(麹闘),

  2.大沢貞一郎:福島県中通り低地帯の耕地密度,東北地理第8巻第2畢(珊55).

㈱ 前掲:⑬の1,一2

㈱ 前掲1(窃)

㈱ 新安積疏水路は,猪苗代湖よ塑取水し,郡山盆地西部から岩瀬郡北部に灘汐,瀬疏水路の両部と南部地区を   灌漑し,約1,500町歩の水閏を開く團常闇拓事業の幹線水路である.羽鳥用水とは,正式には鶴沼川上流に造   られた羽、鶏貯水池よりの水を矢吹原台地に引いて,約1,600町歩の氷雨を灌漑する幹線水路のことである.

⑬・五百川の上流よ鯵取水し,その左岸一帯の台地を灌漑iし, 約2QO町歩の水照を開く五百川左岸国営開墾事業   の幹線水路である.

㈲ このことは昭和22年撮影の空中写真と応急修正された「郡山」図葉を比べれば崩際である.しかし空中写真   によって,この地域全部にわたり,細部を判読することは園難である.

⑱ 前掲1(1)・⑯の1.

㈱ 学校ではβ大工学部並びに同東北工業高校が増新築され,郡山女子短大・郡山購工業高校・尚志単騎が新設   され・工場では金門苓英硝子(株)や森永乳業(株)の郡山工場が郊外に新設された・

⑱高閣衛:郡山盆地および矢吹原はおける溜池潰廃,福島地理論集第β暑(聡63).

(14)

〔第8図〕

(昭和24年)

土地利用図1

凡 例

1市街地・村落

水 

普通畑 桑 園 果樹園

その他の地鼠

     暑     溜

1沼

主要道路

  地園田敷場屋鐵槻平川川川 騒謄購 響 のび郡麓開票陣金川大片隅違笹 中よ 図おパ襲累断崖パ9

騒姦

愚、

・財二

O  I  2  3  4㎞

(15)

     土地利用図II (昭和39年)

難業霧lil慧灘1難嬢1

         織   灘

1.一轟

A、.

撃戟̀1..藝嚢瀬. 萄麟鎌・、難遡纈.灘…籔罰       O  l, 2  3  4k獅

凡例は1図と同じ

(16)

土地利用図III (髄輔に変化舗翻み一)

凡例

市街地・村落

水   圏 普 通 畑 桑   園 果 樹 園

簸羅イ撤しなし、部

分濠たは華の 傭の地麟

新しい道路

0 1 2 3 4k痘

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