• 検索結果がありません。

石城地方の土地利用

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2024

シェア "石城地方の土地利用"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

石城地方の土地利用

一地形と耕地・耕作物との関係について一

貞 一 郎

       序

 人間の土地に対する営みの状態である土地利用は,空間的拡がりを持ち,利用の種類・程度・目的等 を内容とし,これらを自然的・人文的諸要因から考察する課題であるが(1》 このことは同時に地理学的 研究課題ともなり得るものである・

 筆者は先に福島県全体について農業反当粗収入によって耕地利用の諸相を地域的に概観し(2),また水 田裏作によって水田の年間利用率等を検討した(3).これらによって土地利用に対する気候や地形の直接 的・間接的制約がかなり著しいことが判明した・

 そこで小論では石城地方を例にとって,特に農業的土地利用に対する地形の影響を検討すると共に,

合せて福島県で最も温暖な地域であり,また新産業都市に指定され今後の変貌が予想される石城地方の 土地利用的性格を把握し解明しようと試みた.

 調査方法としては,先ず5万分の1地形図にて耕地を主とする土地利用を概観し,特に地形との関係 を追求した.また主として1960年世界農林業センサスの旧市町村別統計数値によって耕地・作物等の分 布や変動を検討し,また同集落別統計数値を用いて主要項目についての詳細な分布図を作成した.さら に平市・磐城市・川前村・田人村等の地区については現地調査によって細部を検討した.

 なおこの研究の調査は昭和36〜37年度における玉山勇氏に対する東北経済開発センター研究助成金,

および昭和38年度文部省科学研究費等によった.明記して厚く謝意を表する、

  1地形および気候

    (1)地  形

 石城地方は地形的には阿武隈山地南部とその東縁に連なる低地帯(4)からなっている。

本地方の阿武隈山地は南部では変成岩類,北部では儲着類からなる古賭石で構成され(5)1高度700

〜750配および600_630餌前後に平坦面を有するかなり開析の進んだ隆起準平原である・特に高い所は・

北西部で矢姫山(鰯皿),中部で鶴石山(768寵),南西部瑚日山(787机)がある・山地の東縁部 には南から井戸沢断層暢ノ岳断層・赤井断層・ニツ箭断層(6)があり それぞれや輔北方向から麺 禰東方離走りその先端はいずれも山地陳深く侵入しており護れらの断層崖。こよって山地は高度 を急に低下して複雑な形で低地融接している.従って南東流する夏井川・好間ll卜鮫川 四時川等の 河川は侵蝕が著しく,ある程度まで山地内に深い峡谷を穿っているが・下刻作用は未だ上流までは達せ ず,高原状の山地内部には古い谷が埋積されたまま残っているものがいくつかありノ特に山地の幅以 北に多い.

低地帯は双葉・相馬の沿岸部と共練噸斜する第三系より構成される駈地域(7)午 それを呵す る河川沿岸および臨海の沖積低地よりなる.浜通り沿岸の駈地域には数段の駈面力】認められるが(8⊃・

石城地方にあってはいずれも開析が乱く,平坦醜乏しく汰部分は丘陵化している洞武隈山地か ら流下する先述の河川はこの丘陵地域を侵蝕し沿岸部1乙はやや広い平野を作り太平獣注し でいる・

そのうち夏井川・藤原川および鮫川の下流部はややまとまった平野であるぽたそれらの河川の支流や 4、河川は駈地域を複慰開析して,きめの細かい樹枝状の埋積谷を作ってレ る・こ紛の沖積低地と 丘陵地とは比較醐融山麓線によって画されており,その山麓線の形は沈水型を呈している・こ紡 の事実から,海退期において丘陵・台地を開析し蝦蝕谷がその後の海進によって埋積され・さら1乙そ

(2)

44 福島大学学芸学部論集 第17号 1965−10

〔第1図〕地形分類

[コ沖積低地

       ずのへ

       慈〜     團瀕地

       〕細し叙

       〜    ・.ノ       段丘面

       薮卜脇目丘陵地       /¥  \ K    □山地

    一蟹      \

       訳 騰∫ ・\玩)、

    糠・継 覧一直 k\

      、      罎        械

       ■       一          ず

         , 、

      尻       .         \

      瓜

       ●へ       r〜」

         ,!         ポ轟一

      ■       じフ       側転       一

      一        一

         晃       ・=・ 一         膳

      ノ「      ン 翼 ・・騰慧.

     ご、 、\と.灘 粛    ■映 難

     1     、」〆...

            「    ・ノ      御

   トそ  , 毒航し       襟

  ノ   一    

◇㌧戴 ..

       

      ノ 悩・や

       、       無《  ・う ワ      、静

      雪    『       謹= 1毛

         轟一一葡.量や誓    \        ,.1 ・葺・i・

    \)・く.         ..ρ∫

        一\一、

       \、.三    鯨        、〉一》

0 5 !Okm

1234

沖積低地には三角洲面・臨海低平地・谷底平野の他に狭小な埋積谷も含まれる.

砂質地は河畔砂地・自然堤防・砂浜・浜堤・砂丘等であり,必ずしも微高地とは限らない.

段丘面には海岸段丘面や河岸段丘面の他に山麓緩斜面を含む.

丘陵地とは第三系よりなる小起伏の開析地域に限定した.

(3)

大沢:石城地方の土地利用 45

の後僅かの海面下降によってその前面に海岸平野が形成されたことが推定される(g).

 本地域の地形を,特に農業と関係の深い低平地を主にして,山地・丘陵地・低地に分け,低地をさら に段丘と沖積低地とに細分した.後者のうち自然堤防・浜堤・砂丘等の砂質地を区別した.なお第三系 よりなる小起伏地を丘陵地とし,それ以外の起伏地を山地とした.これらの地形分類を示したものが第 1図であるし・o).ただし図では丘陵頂部の平坦面である台地面と山麓緩斜面,およびそれらより一段低い 中位段丘以下の面を一括して段丘面としてある.

 第1図によって特に低地地形の分布を述べると,比較的広くまとまっている所は先にもふれたように 夏井川・藤原川および鮫川の下流部であり,ここではそれらを夏井川平野・藤原川平野・鮫川平野と呼 ぶことにする.

 そのうち夏井川平野は支流の好間川・新川や北部の仁井田川,南部の滑津川沿岸の低地を含めてこの 地方最大の平野となっており,夏井川下流部には東西方向に自然堤防が並び,臨海部には南北方向の浜 堤が数列あり,前者とは丁字状に交っている.また沈水期の岬端部に相当する突出丘陵地の先端付近に は砂嘴状の砂地形が見られ,そのうち高久地区には砂丘化しているものもある.

 藤原川平野はその南部にあり,藤原川および支流の矢田川・釜戸川沿岸にある低湿な平野であり,小 名浜から泉にかけて数列の浜堤がやや東西方向に弧状に並んでいる.その後背低湿地は,藤原川の上流 部が炭鉱地域を通るのでその選炭汚水が流入して下流部の河床を上昇させたから,さらに排水不良地と なっている.

 鮫川と蛭田川の下流部にある鮫川平野は藤原川平野の南西部に位置し,臨海部にはやや南北方向の浜 堤が数列並び,鮫川の曲流部には自然堤防状の砂質地が1㎞前後の幅で山麓から河口まで続いている.

 第三系の丘陵地を刻む侵蝕谷底の埋横谷は,夏井川平野と藤原川平野との間の丘陵地で最も密に分布 し,鮫川平野周辺部の丘陵地や湯ノ岳断層南部の遠野地区がそれに次ぎ,平市街地の北部と西部,内郷 市や常磐市の西部および渡辺地区西部付近では埋積谷の密度は比較的粗である.これらの埋積谷密度の 差は第三系の新旧(11)と局部的侵蝕基準面からの距離に関係するものと思われる.

 阿武隈山地内の埋横谷は,低地帯と比べれば分布は粗であるが,樹枝状のもの直線状のもの等が山地 内の各地に散在している.そのうち比較的まとまって平坦なものは中部以北に多く,幅200紳300皿のも のは戸渡・小白井・桶売・三阪・差塩・永井付近や好間川上流沿岸にある.これらのうち小白井・三阪 付近のものは海抜高度500拠以上であり殊に後者は650叫こ及ぶ.これに対し南部では小埋積谷の断片が 散在するが,まとまった低平地は少なく,段丘をなすものが多い.またそれらの海抜高度も西端の井出

・貝泊付近のもの以外は一般に小である.これらの地域的相異は,相対的隆起に伴なう河川の侵蝕復活 が山地内の古い河床部に達したか否かによるものであり,中北部では,河口よりの距離が大であり,夏 井川以外は長大でなく侵蝕力が盛んでないためであり,南部では山地が海岸寄りに在り,鮫川および支 流の四時川が山地内まで盛んに下刻作用を及ぼしている結果と思われる・

 低地帯における台地および段丘面(12)は,田代原や金山付近に高位面が,仁井田川沿岸や旧平市以北の 夏井川沿岸,好間付近・大畑付近・小山田付近および窪田付近に中位面が分布し,局地的な平坦地を形 成している.下位面は各地に散在するがいずれも小面積である.またニツ箭断層崖下と湯ノ岳断層崖下 には,南西方向に傾く古い段丘面の残片が並んでいる・

    (2)気候・植生

 石城地方は福島県で最も東南部に位置し,太平洋に臨んでいるから,温暖で海洋性の気候を呈する.

従って県内の他の地域とは異なり,関東・東海型の気候区に属している(13).

 第1表(14)を参照して述べると,気温は夏は余り高温にならないが,冬季は温暖であり,年平均では低 地帯が県内最暖地となっている.温量指数は高度280肌の川前でも97。Cを示し,低地帯ではそれ以上で あり,寒さの指数もいずれも一10。C以上である.従って本地方の低地帯は,双葉・相馬地方のそれと共 に暖帯照葉樹林帯(15)に入り,吉岡邦二氏によれば1月平均気温L1〜2.2。C以上の地域にカシ天然林が分 布しており(16),その範囲は大体高度約200皿以下の地域に相当しているようである.

 平・上遠野・川前・川内(双葉郡)と海抜高度の低い順に気温の各数値を比較すると,9月,年の平 均気温と寒さの指数は順に低くなるが,上遠野と川前は8月平均が,また上遠野は温量指数が,それぞ

(4)

46 福島大学学芸学部論集 第17号 1965−10

〔第1表〕 気  温 ・ 降  水  量

(福島県気候図一1951一による)

石城地方双葉郡

福 島 盆 地 会 津 盆 地

 崎野前

平屋遠  塩上川

富川 岡内

観測所の 海抜高度

  m

 6 53 125 280 14 401

温  (。C)

1月

009341 8月1年

111125:1 24.9 24.4 25

24.5 23.5

温量指数

13.3   103.1 13.0    99.3

13.1 103.41

     1

12.5   97.0

寒 指

の数1

一3.9

− 2.9

−6.0

−7.3

12.7 10.4

96.9 83.3

一5.1

−18.0

降  水  量 (期)

6gl・・5し25・4

1 月

35.7 30.0 29.7 27.7

12・51

38.0 34.8

98・91司2・1卜83

6 月

148.0 113.5 133.2 144.6

152,7 145.3 120.1

9 月 188.0 133.2 194.0 209.4 224.7 207.7

全 年

1,405.2 1,153.4 1,395.5 1,357.7

1,459.9 1,373.5

188.3 1,193.6 180 ■二2・・t25・1111・2194・・1−19・7い22・8い1・・21

138.31,355.4

〔注〕温量指数・寒さの指数は吉良奄夫氏の方法により算出

れ海抜高度の低い平よりも大である.しかし川内はいずれも最低値を示す.このことは本地方では,夏 の気温が海抜高度200π前後では高度と無関係で余り変らず,むしろ海岸から離れた内陸部の方が高温 になること,しかし冬季は海岸からの距離と海抜高度の増大によって気温が低下していくことを示して いる、従一)て本地方は,海抜高度200拠前後を境に温度的に異なる部分に区別することが出来る.

 降水量は梅雨期や9月に多いが冬季は乾燥し,特に南半部に著しい.雪も少なく,特に低地帯では降 っても根雪になることは殆どない.

    (3)地 域 区 分

〔第2図〕 地域区分 ・

B藍

一一一一 P21    (1)

一…一一一一 o3)

      」\

 B   、 \」

      、  一ψ1    / AI

、匙む

・、、¥1  、  瓶ンーA、ノロ、、

 r 、 Ao      』   t !        、

B・ 誹へ  A2

   ノ  ζ〜歯

     」

  ロ      し

  l A3     、

0  5 10km

 (1)山地と平地との境界線  (2)各地域内の地区境界線  (3)山地と平地の地形的境界線  A:石城平野,Ai:平地区,A2:磐城 地区,A3:勿来地区,A4:上遠野地区;B

:石城山地,Bi:北部地区,B2:入遠野地 区,B3:南部地区

 なお,単位地域は旧市町村であり,特 に断らない限り,以下の図についても同 様である.

 第三系の丘陵地および主要河川下流部の平野からなる海抜高 度約200π二以下の低地帯と阿武隈山地とは,地質・高度・起伏 量や沖積地の配置等において異なり,又気候特に気温や植生も 海抜高度200蹴前後によって地域的に差が生じている. 従って・

地形と土地利用との関係を主題にした小論では,本地方を,地 形を主にし気候も加味して,海抜高度200皿付近の地質的,地 形的変換線を境にして,A石城平地とB石城山地に区分し,平 野と都市を中心として前者をA、平地区・A2磐城地区・A,勿来 地区に小区分し,湯ノ岳断層と井戸沢断層に挾まれた遠野楔状 地によって,後者を2分し,Bl北部地区とB3南部地区とした.

ただし土地利用について耕地や耕作物の数量的比較の便宜上か ら行政的な区画を地域区分の単位とし,実際上は第2図の如く に区分した.そのうち遠野楔状地は山地の多い入遠野地区を石 城山地に入れてB2とし,上遠野地区をA、として石城平地に含 めた. また旧上小川村の北半部は海抜高度400π以上の部分が 広く,性格的には阿武隈山地に属するが,耕地の主要部は海抜 高度100π以下の低地にあるから, 旧町村区画を単位としたこ の区分では全部をA石城平地に含めてある.これと反対に田人 村は200配以下の部分も含まれるが全体的には高度の大な起伏 ある山地であるからB地域とした.従って第2表以下の地域的 数量比較の際はそれらのことを念頭におく必要がある,

H 耕 地

(5)

大沢:石城地方の土地利用 47

〔第3図〕 耕地分布

隆竺」水  田

        .ノ^>

       餌晦

.鮮☆1

猟、

    y   ノ駕認麟

迂愚…悪難

        鞭

畑  地

麗璽果樹園

脇開拓地

…市街地

       、        ・、

醜噌諺輪滋.

      縫

      ■h.

       ■

       ■   ■

       一

       ■   ■   ■  ■  一

      ラ  ラ        ■  一  ■  ■        ラ   ド        ド  ラ    ラ  ラ   

      蕪繊欝

       .祓・ …湛.;

      一  ・野:

        一 姻  ㍗嚢『

      、       ご

       ヂ       じ       、〜

  \     φ 、 ..・、 =一.,』

\…\趨螺

         噸鞍

0

澱欝ψ 蝦夢

︑一  h■;

5 10km

123

畑地には普通畑の他に桑園が含まれる.

開拓地はその範囲がすべて耕地であるとは限らない,またその中には水田も含まれる.

市街地には大工揚も含まれる・

(6)

48 福島大学学芸学部論集 第17号 1965−10

 5万分の1地形図の地類から耕地をとり出し, 市街地付近は大縮尺の地図や現地調査によって修正 し,水田・畑地・果樹園と主要市街地・工場および開拓地を示したのが第3図である.地形図上の桑園 は現在大部分が普通畑に変りまた面積も小なので,図では畑地に含ませてある.

 第3図によって耕地の分布を検討すると,先ず水田は全般的に分布し,耕地の主体 をなしている.特 に3平野では集中し,水田地帯を形成している.また丘陵地や山地内の埋横谷には殆ど谷の形態と同様 の形で分布しており,むしろ水田のPattemによって埋積谷の存在を知る方が早い位である.従って 第1図と比較してわかるように,平野内の砂質地や市街地を除くと,沖積低地の分布と水田分布とは極 めてよく一致している.このことは日本の土地利用全般の傾向と同様(17)に,水がかりの良い低平な沖積 低地が最も水田化し易い地形面であることを物語っている.ただし石城山地内で海抜高度が大きく集落 より遠距離にある小埋積谷の一部や,鮫川上流部にある砂礫質の峡谷底部等は例外である.

 一方段丘面や山麓緩斜面では,耕地造成や用水取得および耕作上の困難が加わるので,水田は少な         くぱはらく,僅かに大野の久原や上小川の福岡で中位段丘面が開田され,またニツ箭断層崖下の緩斜面や田人村

内の山腹斜面に小断片の水田が見られるのみである.このことは土地利用度の大な中心地帯とは異なり,

本地方が東北地方全般と同様に,可耕地開発度の低い外縁地帯(18)に属していることを意味している.

 また水田の海抜高度は平野や埋積谷の高度分布と殆ど同様で, 大半が100餌以下にあり,遠野楔状地 や旧箕輪村では100〜200拠のものが多く,石城山地では200〜400吊台のものが主で,北部・西北部・西 南部には500皿以上のものがあり,最高は北部で小白井の670餌,南部で朝日山開拓地の680皿である.

 夏井川から取水する小川江筋・愛谷江筋や鮫川用水等で3平野の主要水田は灌漑されるが,流域の狭 い丘陵地内の侵蝕谷では,谷頭部や谷中部等に多数の溜池が造られている.

 畑地は水田と比べると少ない.主要平野では自然堤防や浜堤列の砂質地に畑地が集中し,それらの地 形配置に応じて分布している.その他は埋積谷底に接する山麓の緩斜面や段丘面と一部の埋積谷底に小 塊の畑地が分散している.

 果樹園は平市街地に近接するその北部と西部に集中し,大部分が乏水性の高位および中位の段丘面を 利用している.

 戦後の開拓地は,石城平地の段丘面等に一部見られるが,大部分は石城山地にあり,準平原遺物と思 われる山頂若しくは山腹にある緩斜面の畑地が主であるが,水田の開かれた場合もある(19).いずれにし ても石城山地内の開拓地は海抜高度が大である.

       このように水田以外の耕地は自然堤防や浜堤列等の砂質地

〔第4図〕 耕地密度

     (1960年)

      40%

      ヨロ     ィN       20

   1.r職    1・

   1、_、屑 5 だ嘗.湛〜19●

  》i、

、ご擶臣

.ノ

@ 一・

〔一

、・

 、・〉ゼ》

し・

   一、

一 一

− ■A 』・■ .  ■

,ll娼一ご 『 一

,熱

ノ ヘ .一』し 一 一ド『、・ 一一一

一『 a@ マ

ノ ・ .、 一 ・一㌧..

一r㌦   、 員」、

門    

..∫、

dノ・・

fr

Aド

0  5 10km  単位地域は旧市町村であるが,田平だ けは更に平窪と平に分けてある.

か,段丘面や山麓および山腹・山頂の緩斜面で,いずれも透水 性が大きいか,水の得難い地形面である.従って耕地の分布は 各種地形面の分布と極めて密接であるということが出来る.

 第4図は旧市町村単位の統計数値から求めた耕地密度の分磨 を示し,また第2表は地域別耕地密度・水田率等を表わしてい る.これらによると大野・草野・夏井を中心とする夏井川平野,

錦を中心とする鮫川平野,小名浜・泉地区の藤原川平野が耕地 密度大で30〜50%を示し,丘陵地の多いその周辺部は10〜20%

台となり,炭鉱地域の内郷・湯本は埋横谷が少なくてその大半 が市街地・鉱業所となっているために,耕地密度は7%以下で 山地並である.高度・傾斜・起伏量の増大する山地地域は,全 般的に可耕地が少なく,緩斜面を含めて傾斜地の大半が森林・

原野となっているから,耕地密度は一段と低く,すべて7%以 下である.

 第5図は集落別に求めた水田率分布図であり,50%以下は果 樹園を含めた畑地の多い地域を示すことになる.この図は第3

図に示す耕地分布を水田対畑地の比率で表わしたものと同じで あるから,前の場合と同様に3平野の大半や丘陵地は水田が多

(7)

大沢.石城地方の土地利用 49

〔第2表〕

耕地密度・水田率

(1960年)

地地計 平山方

城城地 石石城

AB石

福  島  県  合  計

AのうちBのうち

平磐勿上

ユ    ヨ 

AAAA 区区区区

地地地 地  野 城来遠

B・北  部  地  区 B2入 遠 野 地 区 B3南  部  地  区

耕地面積(町)

10,604.0 2,2915 12,895.5 182,502.8 5,4!8.2 2,555.1 2,132.4  498.3 1,322.1  423.3  546.1

畑面積(町)隔地密度(%)

7,242.8 1,135.2 8,378.0 101,139.9 3,690.4 1,866β 1.379.6  306.5

   ド

74351

211.61     180・11

16.9 4.1 10.8

13.2

15.6 19.0 21.1 12.5

3.9 6.4 3.4

水田率(%)

68.1 49.6 65.0 55.2

68.1 73.2 64.7 61.5

56.5 49.9 32.9

〔注〕① 耕地密度は地域全面積に対する耕地面積の100分比,水田率は耕地面積に対する水田面積の100    分比である,

  ② 特に断らなV・限り,(1960年)や(1950年)とあるのはいずれも各年度の世界農業センサス資    料による.

〔第5図〕

水  田  率

(1960年1

80%

  6

・ノ≧譲

博二一

    ヘ一一i≡…登…[一

[ )

   1践1

《二1

、i蒙

 単位地域は農業集落であり,その区画は農林省福島統計調査 事務所の区分した境界線によった.

く,70%以上の部分が広いが,平野内の 砂質地域では水田率が下る.そのうち鮫 川沿岸の砂質地は30〜40%台となり,そ の他内郷・湯本の炭鉱地域,好間・赤井 の段丘地域と江名の漁港地域では相対的 に畑地が多くなっている.

 石城山地も北半部には50%以上の部分 がかなり広いが,上小川北半部等では畑 地が多い.南部地区である田人村は入遠 野南端部とともに水田率が極めて低く,

畑地卓越地となっている.このことは前 節で述べたように,石城 山地内では南部 地区が河川の下刻作用が山地内部まで及 んでおり,そのためまとまった埋横谷が 比較的少なく,それとともに段丘状の地 形面が多く分布するためであろうと考え られるし,また鮫川上流部の峡谷底の平 坦地が砂礫質で断続していることや,開 拓地の多いことも,本地区の水田率を低 下させる一要因と思われる.

 第3−4表は1950年に対する1960年の 各種耕地の増減面積とその指数を示して あるが,石城平地は普通畑と果樹園の他 は減少しているに対し,石城山地では,

県内の他の山地地域と同様に(,o),桑園以 外は増加しており,特に普通畑の増加は 著しく,新しい開拓地が多いことを物語 っている.このことは1950年と1960年の

(8)

50福島大学学芸学部論集 第17号 1965一一10

〔第3表〕  耕地面積等の増減および同指数(その1)

       (1950年〜1960年)

地地計 平山方

城城地 石石城 AB石

福  島  県  合  計 福 島 県 平 地 計   〃   山 地 計

耕  地  合  計

増残町)階数

一48.5 250.2 201.7

99 112 101

増減(町)指 数

10,494.4 4,358.2 3,410,9

一238.8  88.0

− 150.8 1・6

P3・7293

104 113

2ρ55.1 1.055.1

688 909

1〔呂

3700

普  通  畑

増減(町)1指数

177.5 181.9 359.4 6,838.3 1,336.7 2,650,8

106 123

1〔珍

112 105 125

〔注〕① 指数はすべて1950年を100とした場合の1960年における相対値である・

  ②福島県平地計および同山地計は大沢論文r福島県に於ける耕地の増減について」(1964)によ     る数値である,

〔第4表〕  耕地面積等の増減および同指数(その2)

       (1950年一廻60年)

地地計

平山方 城城地

石石城 AB石

福  島  県  合  計 福 島 県 平 地 計   〃   山 地 計

樹  園  地

増減(町)j指数

 i4.5

−19.7

−5,2 一70.2 974.6 348、1

06

B。B。

X9 99 111 85

増減(町)階数

一36.9

−24.8

−61.7 1−2,659.4 L1,317.5 1

1− 417・6

06nツ 787

84

ハソ0

78

果  樹  園

増減(町)1指数

52.8 2.9 55.7 2,675.2 2,290.7  87.6

152 680 153 226 220 702

日市町村別単位の水田率分布図を比較してみると明かで(分布図省略),1950年には田人村以外はすべ て水田率が50%以上であった、石城平地でも普通畑が増加しているのは,上小川・大野・赤井・内郷・

泉等広い開拓地を有する地区を含むからである.いずれにしても石城山地は耕地全体が増加し可耕地の 開発が進められているに対し,石城平地では平付近の果樹園の増加集中と,一部の地区の畑地増加が見 られるが,耕地全体は減少しており,特に都市化・工業化の進んでいる地域に著しい.即ち耕地化は限 界に近づき,むしろより高度の土地利用へ向って農地潰廃が進行している状態である.

 このように地形によって分けられた平地と山地は,各種耕地のPattemはもとより,耕地密度や水 田対畑地の割合,および耕地の増減等についても異なった様相を示しており,交通条件や都市化・工業 化のことまで含めると,地形の耕地に対する制約性は直接間接に極めて大であるということが出来よう.

皿 耕  作  物

 耕地とともにそこに栽培される作物によって土地利用の種類と程度は地域的様相を異にする.従って ここでは主要耕作物の分布を通して,本地方の土地利用の地域的多様性を検討していく.

 なお,1950年および1960年の世界農業センサスでは作物の面積はすべて収穫面積として扱ってある が,一部の作物を除けば,作付面積と収穫面積は殆ど変らないから,ここでは叙述の便宜上,これらの 統計数値によって作物の作付状態およびその面積を述べていくことにする.

    (1)水  稲

 水稲の分布は水田の分布と実質的に同じであるから,前節で述べた水田分布に応じて,水稲は石城平 地に多く,特に3平野に集中している.しかしまた水稲は農家の主食作物でもあるから,本地方全般に

(9)

大沢:石城地方の土地利用 51

作られ,すべての市町村でいずれも作付面積は全作物申の主位を占めている.

 作付面積とともに,水稲の反収〔21)も自然・人文諸条件との関係で地域的様相を異にしているから,こ こでは主としてこれについてその分布を述べる.

〔第6図〕 水稲反収

讐.匿

憾誓1量

1・三ii:i:誉昌

凝  ㌧

、、

q一差

.一︐く

!\

噂  ●  −  ■

@・  ●  ・  ●

A  ● .・●・

一・::{・∈≡≡≡』・.

唱 .

胴.一ノ

■   ■

0  5 10km一

 単位地域は1960年現在の市町村で あるから,第4図よりPattemが粗 い.またA3上遠野とB2入遠野は,遠 野地区として集計上は単一区画に含 まれている.

 福島県における昭和39年度の水稲10a当り平年収量は427吻で あるが,現市町村を単位地域とするその分布をみれば(福島県 全体の分布図は省略,第6図は石城地方のみを示す.),会津地 方が最高で510匂(3.4石)以上の地域が大部分であり,猪苗代 および本宮付近がこれに次ぎ,さらに420掬(2.8石)以上の地 域は中通り中南部,福島盆地北半部,田島盆地付近および本地 方の常磐市であり,平地の中では会津盆地や中通り低地帯と比 べて,浜通り低地帯が最も低い.ただ浜通り低地帯の中では石 城平地が最高である.

 一方反収の低い地域は阿武隈山地の中央部にあり,そこは奥 会津山地よりも一段と低い.このことは昭和27年度における水 稲反収の分布についても同様である(勉).

 石城地方のみについて言えば,平地と山地の地域差が明瞭に 出ていることと同時に,石城平地の中でも海より距つた地区は 水稲反収が一段高く,一方平地と山地の中間地帯である遠野地 区は石城山地より幾分高い.

 このように本地方における水稲の反収の全般的低さやその分 布は,本地方が海岸に近接しているから,他の内陸部とは異な り,海洋の影響を受けて夏季の気温が余り高温にならないこ と,日較差の小さいこと,夏季に日照時間が小なること,また 臨海地区には砂質土壌が多く肥料保持力が弱いこと(鶉),山地地 域では海抜高度に基づいて気温が低下すること,および灌漑水 が低温であること等の自然的要因が大きな影響を与えているためと考えられる.

 また昭和8〜17年における水稲反収の偏異係数 の分布についてみると(24),石城平地は会津盆地や 郡山盆地に次いでその数値が低く,15%以下であ

 〔第5表〕  水稲10a当収量

       一昭和39年度一

(農林省福島統計調査事務所の資料による)

り,水稲作安定地であるが,石城山地は40%以上 を示し,阿武隈山地北中部とともに,福島県内で 最も不安定な地区の一つをなしている.このこと は夏季太平洋からの冷偏東風を受け,しばしば冷 害に見舞われたためであり,現在でもその傾向が 見受けられる.ただし第5表に示すように,昭和 39年度の10a当り収量は石城平地では平年より下 廻るのに対し,石城山地では上廻っている.この ことはいろいろの原因があることであろうが,一 つには水稲早植えが全般的に普及したことや,そ の反面,平地の中では都市化・工業化の影響で,

兼業農家が増加し,それに基づいて土地利用が粗 放化したこと等の結果であるとも考えられる.

    (2)麦  類

 石城地方に作られる麦類は大麦と小麦が主であ る.第7図には1950年一1960年の大麦および小麦

平山方

  地

城城

  城

石石

AB石 地地計

県  合  計 AのうちBのうち

区区区  地地

 城来

平磐勿

ま  さ  ヨ

AAA 区区区 地地地 部野部 北遠南

ユ  ユ   

BBB

10a当収量

  (為9)

397 358 391 394 395

398

339 402 324

〔注〕本表では資料の制約のため,A4上遠野地区と  B2入遠野地区は一括しB2 遠野地区としB石  城山地に含めてある,従ってA石城平地はA  区を除いてある.

作付の増減面積と減少地域の分布を示し,第6表には地域別に大麦小麦の両年度における作付と増減面

(10)

52 福島大学学芸学部論集 第17号 1965−10

〔第7図〕 麦類作付の増減 (1950年司960年)

(1)大麦

    ノロ

    1□L、

   1。W

ブで.(」o、

準・諺

  !    κ     ロ

彦0

      !

20町5町 0 ロ 増 加

■ ■ 減 少

吻減少地域

(2)小麦

20町5町 口 o 増加

 減

少地減砂

︑敏肇

弁解隆︑      〆●︑.

0  5 10㎞

  本文でも断ったように,「作付」とあるが,統計数値は収穫面積による.第9図も同様である.

積をまとめてある.これらの図表によって本地方における麦作の分布とその変動を見ると,この10年間 に大麦が減少し小麦が増加しているが,全般的には大麦は小麦よりも多く作られている.この傾向は福 島県全体でも同様である.

〔第6表〕大麦・小麦

(1950年一1960年) 単位:町

地地計

平山方 城城地

石石城 AB石

榴  島 県  合  計

AのうちBのうち

区区区区  地地地 地  野  城東遠 平磐勿上

ま     コ  る

AAAA 区区区 地地地

 野

部遠部 北入南

に     

BBB

!950年 1,904  361 2,266 21,466 956 402 443 102

2n∠Qノη〜96

1960年 1,372  383 1,756 20,894 708 272 303 88 265 103 14

増  減 一531

 21

−509 一571 一248

− 130

 140  !4

 93

  11

− 82

1950年 820

149 970 11,702 543 97 144 34 56 T3

1960年 933  130 1,064 12,124 566 126 196 43

820

43ドフ

増  減

n∠94 119

422

3929

n∠n∠︻ノ

一  8

 21

  10

〔注〕数値はすべて収穫面積である.以下第7〜10表も同様である.

 地域的に見れば,大麦は石城平地と石城山地南部で減少し,石城山地北中部と平地の上小川地区が増 加している.一方小麦は平周辺部や石城山地中部で減少する他は増加している.

(11)

大沢:石城地方の土地利用 53

 これらのことは,大麦価格の相対的低さと農家における食生活の変化に基づくものと思われるが,特 に石城平地における大麦の全般的減少は労働力不足による水田裏作の減少と関連している.一方山地北 中部や上小川地区の大麦増加は,開拓地が多く畑地増加に相伴なう現象と考えられる.ただし石城山地 南部である田人村の大麦減少は,開拓地の増加にもかかわらず,後述のこんにゃくいも畑の激増と酪農 化の進行による影響と思われる.

    (3)豆類・雑穀・いも類

 大豆・小豆等を主とする豆類は本地方全般に作られるが,比較的山地に多い傾向があり,雑穀につい ては特に著しい.交通不便で開拓地の多い石城山地では自給的,粗放的作物が相対的に多く作られてい ることを示す.

 本地方では甘藷と馬鈴薯は作付面積も多く全般的に作られるが,その分布と動向は異なっている.第 7表は地域別に両者の作付面積とその増減を示してある.

〔第7表〕  甘  藷 ・ 馬  鈴  薯

(1950年一1960年) 単位:町

地地計 平山方

城城地 石石城 AB石

福  島 県  合 計 AのうちBのうち

区区区区  地地地 地  野  城来遠 平磐勿上

         

AAAA

B・北 部 地 区

B2入遠野地区

B3南 部 地 区

1950年 524.3

78.5 602.8 5,596.3

246.9 124.2 134.6 18.6

33.4 14.5 30、6

1960年 467、7

67.8 535.5 3,648.6

255。6 94.2 102.4 15.5

20.5 11.8 33.5

増  減 一56.6

−10.7

−67.3 1,947.7

 8.7

−30.0

−32.2

− 3.1

一12.9

−2.7  2.9

1950年   518.3

1

   99.8   618.1 6,757.7 313、9 96.8 90.5 17.1

42.0 16.7 41.1

1960年 413.4

115.0 528.4 6,894.2

245.1 81.1 69.5 17.7

54.7 17.3 43,0

増  減 一 104.9   15.2

−  89.7

B6.5 一68.8

−15.7

−21.0  0.6

12.7 0.6 1.9

 暖地性の甘藷と寒地性の馬鈴薯は,日本における主要分布地域を異にしており,全般に寒冷な東北地 方では馬鈴薯の方が多く作られるが,東北地方の最南部にある本地方は両者の作付面積は接近してお

り,甘藷の作付は福島県内で最も多い地方である.そのうち特に石城平地では甘藷が多く,石城山地で は馬鈴薯が多い.

 甘藷・馬鈴薯とも,石城地方全体としては食糧事情の悪かった1950年頃よりその作付面積を減じてい るが,平地においては両者とも減少し甘藷が相対的に多くなるに対し,山地では甘藷が減り馬鈴薯が増一 加しており,両者の気候的適応性をより明確に反映している.また甘藷は砂質地の臨海地区に特に集中 しており,馬鈴薯はそのうちの相当量が水田裏作物として作られている.

    (4)野 菜 類

 第8図は集落別統計により1960年における野菜類作付面積の分布を示したものである、これによると,

野菜類は畑の分布に応じて本地方全般に作られる.それは野菜類は農家の自給用としてどの地域でも或・

る程度作られるからであるが,特に多量に作付されるのは商品作物としての野菜類であり,都市に近く 交通の便な砂質壌土地が好適地とされている.福島県における主要野菜栽培地は福島市東北部,会津若 松市西南部,郡山市東部等いずれもそれらの条件の良い地域であり,近郊的園芸農業地域としての性格 を有している.

 石城地方にあっても同様であり,川名子・北白土・神谷・夏井を中心とする平市周辺地区,泉を主と する小名浜西部地区が主要野菜栽培地域であり,それらはいずれも第1図に示した自然堤防か,浜堤列 の砂質地に立地している.

(12)

54福島大学学芸学部論集 第17号 1965−10

 闘町  ﹄︑鵠廻齪︒軌︑壷・ 輸

麟噸

ナ、

A一一高︑:らゼ一照瞬瀞〜憶

 蒔ノ  ⁝  − ︒一. ︑図︐︑55﹂穐・  .......・中..︑ ㈱ 跨ぐいし︑︾〆仁㌧㌧駄    rイL︸   〆.口 ︑\         /・.︶・︑         で︑

統計単位は集落別によった、第10図・第11図も同様である.

   〔第8表〕 野菜類 (1960年)

  ん

鞭醐.、『 y 嚢籍

野 捻L口⁝⁝蕪︑吐バ鉾目〜㍗高塗葦﹃眉︑コ.

咽〜r︐!玉液〆一過一^曝ヂ蕪⁝離 悌    −︑  ノ:届℃︑        〆も

     普通畑に 作付面積  対する      作付率

 (町)   (%)

  第 9図お よび第 8表に 示した 普通畑 面積に 対する 野菜作 付率は これら のこと を明確 に表わ し,石 城山地 では低 率に,石城平地特に前記諸地域を含む地区 では著しく高率となっている.

 これらの地区では温暖な気候を利用し,

なす・きゅうり・トマト・ねぎ・玉ねぎ等 が多く作られ,平市・磐城市・常磐市等の 都市や鉱業地と,東京や北海道向けに大量 に出荷される.特にねぎは「石城ねぎ」と して有名であり,川名子を中心とし石城平 地全般に作られている.

        (5)果  樹

     石城地方の果樹は全般的に少な ね  ぎ

作付面積  (町)

地地計

平山方

城城地 石石城 AB石

1,610.4

 159.0 1,769.4

48.6 15.8 40.0

162.3  3.5 165.8

福  島 県  合  計 い5・616・31 25.0 935.7

AのうちBのうち

区区区区  地地地 地  野  城来遠 平磐勿上

ユ  ワ      ゆ

AAAA

896.0

429.7 243.7 41.0

52.2 63.0 38.0 23.0

99.1 32.9 28.1 2.2

B1北 部 地 区

B2入遠野地区

B3南部地区

72.1 33.8 53.1

15.9 19.0 15.0

0.6 1.5 1.4

〔注〕① 前にも断ったように作付面積や作付率は,統計上収穫面積で    扱かわれているが,叙述の便宜上このように表現した・

  ②野菜類の作付面積の中には水田作のものも一部含まれるか    ら,普通畑に対する野菜類作付率は水田裏作の多い地域では実    際より上廻っていることになる、

く,第2節で述べたように,それ は平市の北部と西部地区に集中し ており,梨を主とし,それに桃・

ぶどう,一部にりんごがある.

 梨は上平窪・田代原・赤井・上 小川・柳生地区にあり,いずれも 高位および中位の段丘面に分布 し,地元の都市・炭鉱地域や東京

・水戸方面へも出荷される.

 これらの梨園は霜害の少ない温 暖な気候や砂礫質,乏水性の地形 面を利用し,人口稠密地域に近 く,栽培上有利であり,その面積 も増加しているが,炭鉱従事者と 結びついて発展した面もあり(%),

果樹栽培専業の農家も少なく,出 荷体制は不充分で伸び悩んでい

る.桃は平窪や大野地区に分布す

(13)

大沢・石城地方の土地利用 55

るが,いずれも大集団地を形成してはいない.

    (6)工業用作物

 工業用作物の主位はなたねであり,畑に も作られるが,水田裏作物として作られる 方が多い.その分布は,石城平地に多く,

山地には少なく,いずれにしろその作付面 積は,福島県全体と同様に年々減少してい

る.

 これに反し,たばこ・こんにゃくいも(空6)

は年々増加している作物であり,第10図お よび第9表に示すように,両者とも石城山 地に多く,平地には少なく,特に主要都市 や鉱工業地近くには殆どない.またたばこ は石城山地北部地区以外は減少している が,こんにゃくいもは本地方全域で増加し

ている.

 たばこは三阪・川前を主に石城山地の北 部や中部および石城平地のそれに接する地 区に多く,こんにゃくいもは山地南部の田 人村を主にし,遠野地区がこれに次いでい る.こんにゃくいもは荒粉の製造に冬季乾 燥する気候が好適であるから(助,主要産地 である東白川郡や茨城県北部に隣接してい ることと相俟って,石城山地南部に多く栽 培されている.またこんにゃくいもは収穫 まで4〜5年かかる多年生の作物であり,

連作を嫌うから,相対的に畑地の多いこの

L第10図∫ たばこ・こんにゃくいも

   l1960年)

    ザバヨ

  r 籍

   じ 

  イ:...  ●   丸

  へ》\ ・  海亀

   ヨ       

    、   ...  ●      、,   ・●』

     、

    !     》    r 。。

   ノ     ロ 

       

   !。亀 ●...。

メ.。藷惑

ノ  。o   O o・

ナ       の

       の     

\   。 。。

、・。1議

 1     。

      o

町 町      

こく   ︑・          ︑〜

は に        ︑

﹂竜   噛と. たこし    〜       ︑.

● O      ・

      ㌧

   ■︐ 覧曳

  1.〜︿  ● ●   五  .⁝    へ  ...    一    レ

  ︑!又︑

 ﹂     ●● ●  ㌔・  ●︑  ㌦  籔・⊃転 へ︒ぜ塾.●.● ・.︑ だ〜ダ糖琶. 

    ノ︐﹃  ●

 悔ゾ・』覧

   、嘱

\︑

 )}㎏〉、

●●●

O      l okm

地域がその栽培に好都合であり,田人村では最近は水田にまで進出している状態である.

〔第9表〕 く︵

 1 v蜘

︑年

もd

 ㈱  旬

単位:町

地地計

平山方 城城地

石石城 AB石

福 島 県 合 計

AのうちBのうち

区区区区  地地地 地  野  城来遠 平磐勿上 馬ん志ん 区区区 地地地

 野

部遠部 北入南

      ヨ

BBB

1950年 100.9

1(14.7

205.6 5,2985 52.4 26.2 10.0 12.3

77.2 13.2 14.3

1960年 49.8 110.8 160.6 6,017.4 29.9 7.6 2.6 9.7

95.0 8.0 7.8

増  減 一51.1  6.1

−45。0 718.9 一22.5

−18.6

−7.4

− 2.6

 17.8

−5.2

−6・51

こんにやくいも

1950年

0.7 7.9 8.6

68.2 0.1 0.1 0.1 0.4

0.1 0.4 7.4

1960年

19.3 52.8 72.1

559.6 4.1 5。4 2.1 7.7

3.6 12.6 36、6

増  減

18.6 44.9 63.5 491.4 4.0 5.3 2.0 7.3

3.5 12.2 29.2

隣接地からの影響という点ではたばこも同様であり,本地域の主要産地である石城山地北部はその西

(14)

56 福島大学学芸学部論集 第17号 1965_10

側が県内第一のたばこ産地である田村郡に接しているのである.

 いずれにしても,たばこやこんにゃくいもは石城山地における重要な商品作物であり,その分布は主 産地に集中し増加する傾向にある、

 またごく少数であるが本地方の南半各地には畑の畦畔等に植えられた茶が散見する.

    (7)桑・飼料用作物

 桑園はかつては広く本地方全般に見られたが,現在は減少し,特に石城平地では少なく,小川町・赤 井・山田地区以外は殆どない状態であり,その分布はたばこと同様石城山地北部に多い.

       〔第10表〕 飼料用作物および大家畜

       (1950年一1960年)

地地計

平山方 城城地

石石城 AB石

福  島  県  合  計

AのうちBのうち

区区区区  地地地 地  野 城来遠

平磐勿上

ユ     ホ  る

AAAA 区区区

 地

地 地

 野

部 部

 遠

北入南

ま  ワロ  オ

BBB

飼料用作物 (町)

1950年

3.6 0.6 4.2

725.8

1960年

55.1 39.4 94.5 4,211.4

大家畜飼用頭数(頭)

2.4

0.7

0.6

乳 用 牛

11950年 293  9 302

1960年 1,075  547 1,622

い・26gi22・282

役肉用牛

1950年 1960年

1,210

 23

1,233

1950年

3,8421

 858

4,7001 5,504 2,054 7,558 36ρ42164・724

い96・年 2,751 1,081 3,832

3L6「

6.6 !!

13.811   …13.1 i−

  ii 204

54 35  5 4・8

P

21111

7

2

6剰

ll1

861 777 351 82

 5,

2,507  812  523  212

159・71927・972

3,098「

1,0751

1β3!

400:

  1

1,541

410

 168 157

90

︻フ62 500

176 182

1,184  399 47i

604 230 247

 青刈作物・牧草・れんげ等の飼料用作物は,第10表に示すように,乳用牛・役肉用牛の増加に伴って,

全地域にわたって増加し,四倉町・内郷市・小川町等の平地区北半部,勿来地区および田人村に多く,

それらは役肉用牛とともに乳用牛の多い地域であり,酪農の盛んな地域と一致している.特にかつては 馬産地であった田人村では昭和23〜24年頃より酪農の導入が行なわれ,その中心部では水田にれんげを 播き,畑地の半分に飼料作物を作り,5年前頃までやっていた馬の放牧地に,今では乳牛を5月から10 月一杯まで放牧している.また川前村の高冷地小白井でも最近乳牛飼育が盛んになって来ている.

  N 耕地利用度

 小笠原氏によれば,耕地利用の集約度を表わす指標として,商品化率の高いまたは反当りの現金収入 の多い作物の作付状況,水稲の反当収量および耕地の年間利用率によっているが(弼),これはまた反当り 粗収益を構成する諸要素ともなっている〔凶)。

 従ってここで石城地方における耕地利用の程度を論ずるには前述ではふれなかった耕地利用率につい て検討し,次いで綜合指標である反当り粗収益によって山地・平地の比較をし,同時に本地方全体の土 地利用的性格を把握してみる.

    (1)水田二毛作

 気候的にきびしい東北地方にあっては水田の二毛作はかなり制約を受けるから,耕地利用率を水田と 普通畑に分けて考察する必要がある.

 1960年センサスの集落別統計資料によって,二毛作田および二毛田率(水田の年間利用率をも意味す る)の分布を求め,前者を第11図に示し,後者は図を省略した.第11表は1950年と1960年の二毛作田面 積および二毛作田率を表わしている・

(15)

夫沢:右壊地分の土地利用 57

〔第11図〕

く〜.!・    

一.一︐

 〜ノ      一  ./〜\/尺.\       ノ︶︑︐       ぐ\

二 毛作田

  (1960年1

  ¥,}し.        1町      し7

     )ぺ

         〜          \        一、

      N       し.

       、・、、., . \

        もや       コ      ヨ

  腕 ● 職議・・証    ㌧   遷酎噛職

一.}購講

、簾㌘』●㌧ … 燭

   ヤκ彊 乾.

   1。衛::∵

、,ll∵憂1:郵    ・

 \〜の噛

    〉

        0     5    10km

        一

^ノー、、、

 二毛作田は石城平野の平地区に特に多 く,勿来地区および遠野地区がこれに次 ぎ,石城山地の永戸地区や田人村東部に もやや多い.一方石城山地のそれ以外の 部分や石城平地の上小川地区北部および 磐城市付近は極めて少ない.二毛作田率 の分布も同様の配置を示し,平地区の夏 井川沿岸地区では30%以上の部分がかな りあり,県内でも福島盆地に次いで水田 二毛作の多い地域となっている.次いで 遠野地区が10〜30%セあり,勿来地区の 中南部が10〜20%,永戸の好間川沿岸地 区も6〜20%となるが,磐城市付近は・

石城山地内の北端部や西端部,上小川地 区の北端部と同様極めて低率であり裏作 皆無地もかなりある.

 本地方の水田裏作物としては県内各地 と同様に(30)大麦・小麦・なたね・れんげ が多い他に,馬鈴薯・玉ねぎがあり一部 にはいちごも見られる.特に最近では,

早期田植えの普及や労働力不足,麦類の 低価格等によって,水田の二毛作は全体 的に減少し,特に麦類・なたねの作付が 少なくなっており,平や勿来の市街地や 工場周辺部では,二毛作田の潰廃と相俟 って,水田裏作は殆ど見られなくなって

いる.

これに対し,夏井川下流部の瀕地の多い地域では,玉ねぎ・いちひ甘らん等の水田裏作がカ)なり 多くなっている.また石城山地でも牛飼育の増加に伴なって飼料用れんげの裏作が多くなり 第11表の

       〔第11表〕  二   毛   作   田

地地計

平山方 城城地

石石城 AB石

福  島 県 合 計 AのうちBのうち

区区区区

地地地 地  野  城来遠

平磐勿上

ユ     ヨ  る

AAAA 区区区 地地地

 野

部 部

 遠

北入南

ま  つル  ヨ

BBB

二毛作田面積 (町)

1950年

1,025.4

 38.9

1,064。3

1960年 906.8

75.9 982.7

 118.6  37.0

−  81.6

二毛作田率(飾)

9,353.8 799.5 46,7 159.9 19.3

10.6 19.7 8.6

7,9452 704.6 30.4 135.9 35.9 25.2 37.4 13。3

1950年

779 330

一1,菊8・61 9.6

一94.9

−16.3

−24.0  16.6 14.6 17.4 4.7

21.0 2.4 11.1 6.3

1.5 9.5 5.2

1960年

12.5 6.6 11.7

7.8

19.0 1.6 9.8 11、7

3.3 17.6 7.3

〔注〕二毛作田率は水田面積に対する二毛作田面積の100分比である.

(16)

58福島大学:学芸学部論集 第17号 1965・一10

ように1950年に比べて1960年には,上遠野地区を含めて石城山 地では二毛作田とその比率が全域にわたって増加している.

 しかし本地方でも二毛作田は海抜高度500m以上にはなく,

特に300m以下に多く見られ,海抜高度に基づく気温の大小が その分布を大きく制約していることがうかがわれる.また第三 系の丘陵地を刻む幅狭い埋積谷や海岸の浜堤列背後の水田は排 水悪く,裏作は極めて少なく,特に河床の高まっている藤原川 下流地域は皆無に近い.

 耕地の年間利用率は水田とともに普通畑についても検討する 必要があるが,普通畑に作付する全作物の合計面積か,または 各作物の田畑別作付面積が資料上正確に得られないので,小論 では普通畑の年間利用率についてはふれないことにする.ただ 温暖地の野菜作地域では・普通畑の利用率が他地域と比べて相 当に大であることが推定される.

    (2)土地生産性(反当り粗収益)

 第12図は昭和37年における土地生産性の分布を示し,第12表 には,それと他の項目および他地域も加えて表わしてある.こ こでいう土地生産性とは反当り粗収益のことであり,表の注に 述べたように第2次生産物や畜産物を含んでいるから,「土地 生産性」と称するには疑念が生ずるが,他に方法も資料もない ので,これを耕地利用度の綜合指標とみなして論を進める.

〔第12図〕土地生産性      (反当り粗収益

ビ一︑

で:、.斗.

  ,う

  ヨア 

   万円   4.0

  32

  2.8   2.4

 単位地域は第6図と同じく1960年 現在の市町村である.

〔第12表〕農業生産性

(昭和37年福島農林水産統計年報による)

石石城 AB石 地地計 平山方 城城地

福  島  県  合 計 AのうちBのうち

区区区  地地

 城来

平磐勿

   を  オ

AAA 区区区 地地地 部野部 北遠商

工     コ

BBB

福 島 盆 会   津

地 西 部 盆   地

    

粗筋

A業 00

 農収︵

4,229  841 5,070 68,259 2,462  927

参照

関連したドキュメント

3 ■沿道土地利用規制ゾーン ― 主な幹線道路の現状の土地利用・建物形態や景観などを保全しまたは将来のまちづくりの方向 を実現していくために土地利用を規制するゾーン ― 地

に立地しにくいことを表している. (2)浸水深と地価・土地利用

- 8 -

5

土壌汚染地の制度的管理と土地利用転換

  図 6 は、土地利用転換パターンと土地利用クラスタ ーの規模の関係を示したものである。それぞれ、1974

農業的土地利用に影響を与える基礎的な変化は 農業人口の減少とそれ以上に土地利用に影響を与

る、また資産を増やすための手段と見ることは、土地を必要としている他の人々の