2000 年網倉ゼミ
「転職における情報の影響について」
A964428:長瀬俊二郎
Contents 1. 始めに
2. 転職のメカニズム 3. 転職の理由と特徴 4. 転職パターン 5. 転職市場の現況 6. 転職を妨げる制度
7. 転職市場を機能させるための制度的諸策 8. 転職と情報
9. ネットワーク
10. 終わりに
1. 始めに
問題意識
日本には何故転職する人が少ないのか?
企業は生き残りのために、会社の極めてコアな事業に関わる人材を内部化して、それ意外 は外部へ委託するようになってきた。(アルバイト、派遣労働者、アウトソーシングの活 用)
将来の労働者は従来のように、企業内の地位を追及するのではなく、時間と共にその目的 もメンバー構成も変化し、離合集散を繰り返すプロジェクトにおいてそのキャリアを追求 するようになるだろうことが予想される。しかし、現状を顧みるに日本の絶対的な転職者 数は欧米のそれに比較して同等であるとは言えず、転職を阻む制度的、精神的障壁がいま だに数多く存在していることが容易に想像される。このレポートでは従来議論されている 障壁(年金制度や社会的体面)を踏まえた上で、「企業内の転職情報の質と量」に着目し それがどのように転職希望者に影響を与えているかを考えてみたい。
以下 転職のメカニズム、転職の種類と方法、わが国における転職市場の概況、を概観し た後日米における転職情報の差について考えていきたい。
尚この論文内で使う「転職」とは、勤め先あるいは雇用主を変えることであり、同一企業 内で職場を変わることはここでいう転職にはあたらない。また、今回検証の対象とする「ホ ワイトカラー」に間してもここでは一般的に説明されることが多い、専門的・技術的職業、
管理的職業、事務、販売の4職種を対象とする。
2. 転職のメカニズム
転職の七つの要素
ある労働者が転職を考え、それを実行に移す時どのような要素がいし決定に影響をあたえ、
どのようなメカニズムが働くのだろうか。これ関して、渡辺教授は 7 要素の循環型モデル を提示している。(図 1)これを元に各段階においての強気材料(転職を促す要因)と弱気 材料(転職を阻害する要因)とを考えてみる。
まず、中央の「労働者の属性」とは年齢、性別、教育水 準、人種などの集団属性であり、これらの属性が全ての プロセスに影響を与えることを示している。この際場合 にもよるが、教育水準の高さ、年齢の若さ、前職就業年 の長さ、などが強気材料となり、その逆が弱みとなる。
アメリカでは年齢を根拠に採用の可否を行う事は法律で 禁止されているが、日本では禁止されておらず、転職希 望者の大きな弱気材料となる。
1. 職業と企業の特性
転職の最初の段階は、図の上部に示される「職業と企業の特性」である。業種、職種、職 位、在職期間、賃金、企業規模、など職業と企業の特性であり基礎的なデータとなる。こ れらが労働者にとって納得のいかない場合、強気材料となる。一般に労働者が属する企業 の業績が上向きの場合は弱気材料となり、逆に加工気味の場合強気材料となる。
2. 組織コミットメント
つぎの段階では会社との一体感(会社帰属意識)をどの程度持っているかが問われる。組 織コミットメントが高い場合、労働者は多少の不満足を感じても、離職に踏みきることは すくない。この組織コミットメントはステップ1の条件を満たす事のほかに職場での人間 関係、業務から得る満足感によって形成される。日本の終身雇用制のもとでは組織へのコ ミットメントは高いとされてきたが、これに関しては章を改めて議論する。
3. 離職理由
実際に会社を辞める段階では離職理由が重要である。離職する理由はそれぞれ独自なもの であるが、大別すると「会社の都合」等による非自発的なものと「自己都合」による自発 的なものに分けられる。自発的理由をさらに分類するとプッシュ要因とプル要因に分けら れる。プッシュ要因は何らかの理由で現職に不満をもち離職する場合であり、プル要因は 現職に不満はないが、他の選択肢としてもっと良いものがあったので離職する場合である。
転職においてプル要因はプッシュ要因よりも有利な結果を(転職者に)もたらすことが多 いため、強い強気材料となる。
4. 転職活動
次は「転職活動」に入る。これは多くの場合は前職にとどまりながら行われる。いつ、ど うやって転職するか、何歳で転職をするのか、同じ業種、職種か。これら全てが転職活動 であるが、自分からアクションを起こしたときから転職活動が始まるといえる。
5. 転職方法
転職活動の際、最も重要なのが「転職方法」の選別である。新聞や雑誌などの①フォーマ ルな方法、②直接応募、③人的つながり(ネットワーク)等のうち、どの方法を用いるか。
どのような転職方法が良い情報をもたらすのか。グラノベッターは転職情報のチャネルと して上記の三つをあげているがインターネットが新たなチャネルとして考えられる。
6. ネットワーク
転職の際ネットワーク(人的ネットワーク)を利用したならば、それはいったいどのよう なネットワークであるのかが非常に重要となる。親族や社交場の友人から情報を得たのか、
あるいは職場関係の人から情報を得たのか、どのようなネットワークが役に立つ情報や望 ましい転職結果をもたらすのか。8 章では「紐帯の強さ」や「コンタクトの種類」という 概念を用いて、人脈がキャリア形成に与える影響を考える。
7. 就業情報
上記6つの要素から総合的に得られた情報をもって、最終的に労働者自身が転職の意志決 定をする。各段階における強気の材料が総合的に弱気材料よりも勝っていると感じたとき に労働者は転職をする。
3. 転職の理由と特徴
1992 年から 1994 年にかけて渡辺教授が行った離職理由に間する調査によると、転職には その理由によっていくつかパターン分けすることが出来る。(図 2 参照)教授はこの研究 の結果、離職理由と転職後の収入の間に相関関係を見出し、労働者にとって有利な転職を
非自発的要因
仕事に関連した離職 自発的要因
個人的理由による離職
プル要因 プ ッ シ ュ 要
家族の理由
• 会社の都合(人員整理や倒産による解
健康問題
• 現職への不満(賃金、労働条件、職
• より高い誘引(より高額の報酬、労働
定義している。まず、非自発的離職では平均して 2000 ドル近く収入が下がっており、倒 産や一方的解雇により余儀なくされる転職が明らかに転職者にとって不利であることを示 している。一方自発的離職では平均して 500 ドルほど収入が上がっており、その中でも「個 人的理由」<「プッシュ要因」<「プル要因」の順番に転職後の収入が増加している。
図 2
それではどれほどの労働者がプル要因によって転職しているのだろうか。渡辺教授が使用 したデータ(平成 3 年当時)によると、「特にやめる理由は無かったがより良い条件の転 職先があったため」と回答した割合は全体で 11.8%、これには非自発的離職者が含まれて いるので実際の割合はもっと少なくなるという。また、最近のデータとしてニッセイ基礎 研究所が 99 年に行った、転職理由に関する調査によると、自発的要因の「自己都合」が 74.6%と最も高く、非自発的要因である「会社などの倒産、人員整理など」(15.6%)が 続く。「倒産、人員整理など」は、年齢別では男性 40 歳以上、女性 30 歳以上で高く(各 22.1%,21.1%)、年齢の上昇につれ、昨今の企業のリストラ策を反映する結果となってい る。「自己都合」の転職理由としては、「前の会社や前の仕事に将来性がなかった」(47.3%)
が最も高く、また、「労働時間、休日・休暇制度や福利厚生制度に不満」(24.0%)や「自 分の能力や実績の評価に不満」(13.6%)など、前の勤務先に対する不満が多くやはりプ ッシュ要因による転職の多さを裏付ける結果となっている。一方「自分が保有する能力・
適性や専門性を活かせる仕事がしたかった」(38.4%)や「専門性の向上や、キャリア形 成につながる仕事がしたかった」(32.9%)、「賃金や処遇面で、より良い条件の転職先 が見つかった」(21.3%)など、キャリアアップやよりよい条件を求めての積極的な理由 による転職者も渡辺教授が平成 3 年に行ったレポートに較べては格段に多くなってきてい る。
転職者の種類
転職はあらゆる年代や社会的階層に見られる現象であるが、社会的階層や、階級、男女差 によってどのような状況がうまれているのだろうか。
労働省が 88 年から 99 年にかけて独自に行った調査によると、非自発的離職は高齢者や 男性独身者の解雇される確率(解雇確率)が高くなっている。これは、高齢者は労働生産 性に比べて賃金が高く、男性独身者は雇用調整費用(解雇コスト)が低いためであると考 えられる。自発的離職については、男性の場合は独身者の離職確率が高く、既婚者は自発 的離職については、男性の場合は独身者の離職確率が高く、既婚者はよほど高い転職先賃 金が望めないかぎり前の企業を辞めようとしない事が分かる。一方、女性の場合は子供の いる人の離職確率が高く、継続就業したい人にとって「子育て支援」が重要となると思わ れる。また女性については、従来は労働市場に残る割合の低かった 25-29 歳の労働力継続 確率が上昇しており、働き続けようとする女性が増加していることを示している。また、
既婚の女性の継続就業確率(1年以内に仕事をやめなかった確率)が高まってい既婚の女 性の継続就業確率(1年以内に仕事をやめなかった確率)が高まっている一方で、乳児を 持つ母親の継続就業確率が低下していることから、育児支援政策の充実が求められている。
離職者の転職不成功確率、すなわち離職者が転職先を見つけることができたかどうかを見 ると、まず、性別に関係なく高齢になると転職不成功確率は上昇し、失業期間は長期化す る。
おおむね 45 歳以上層の男性の失業期間が長く、55 歳を超えると極端に長くなる。前職を 非自発的に離職した人は、自発的離職者に比べ転職不成功確率が高く、失業期間が長い。
また、高学歴者ほど転職成功確率が高く、さらに所得の必要度が相対的に高いと思われる 既婚者及び子供のいる人ほど転職成功確率が高いことも指摘される。
今回はブルーカラーに関しては取り上げていないが、東京では低学歴で、ブルーカラー職 に従事し、規模の小さい企業で働く労働者の中に転職経験が多く、転職回数も多いことが 確認されている。今まではこのように「低い階層−教育水準が低く、威信の低い職業」で 中小企業に勤務する労働者の中に多くの転職経験者が見出されたが、バブル崩壊後、ホワ イトカラー、特に従来企業の中核であった中高年の管理職が人員削減の対象になってきた ことも事実である。また、一方で高学歴で専門性を持つ「高い階層」の労働者の流動化も 進みつつある。
4. 転職パターン
労働者の転職の理由は第 3 章で述べたとおりだが、実際に彼等はどのようにして転職をし ていくのだろうか、ここではその方法をグラノベッターの分けた3つのパターンから紹介 する
グラノベッターの三つのチャネル
マーク・グラノベッターは著書「転職」の中で仕事を見つける方法を三つに分類した。① フォーマルな方法、②人的つながり、③そして直接応募である。
① フォーマルな方法
:求人広告や公共職業安定所、民間の紹介所、大学や専門機関による面接や職業紹介所が これにあたる。
② 人的つながり:
親族や友人など労働者が個人的に知っている人である。労働者に就業情報を伝えた知り合 いを「コンタクト」と呼ぶ。
③ 直接応募:
フォーマルやコンタクトを使わずに、直接会社に問い合わせる方法。インターネットを使 う場合は民間の人材バンクに登録をしたり、斡旋依頼をした場合は①のフォーマルな方法 に分類されるが、企業のホームページから直接申し込みをした場合は③の直接応募に分類 される。
さて、この3つの方法の中で、最も良く使われるチャネルはどれであろうか?
グラノベッターによると、男性ホワイトカラーの56%が人的繋がりを用いて新しい職を 見つけた。彼が強調する点は、人的つながりがもっともよく用いられる理由は、労働者と 職業を結びつける就業情報が労働市場に広く行き渡っているわけではなく、特定の社会関 係を媒介して特定の情報に接近できる場合が多いからである。という点。つまり、就業情 報は誰にでも簡単に入手できるわけではなく、「情報は特定の社会関係にうめこまれてい る」という点が重要である(埋め込み)。労働者のネットワークが就業情報への接近を可 能にしたり、阻害したりする役割を果たし、転職に影響を与えるのである。後述するが、
転職希望者が最も欲しがっている情報は給与や労働時間などの外延的な情報ではなく、職 場環境や人間関係などの集約的な情報であるため、それを手に入れられる唯一のチャネル である②の人的つながりが最も頻繁に使われ、良い結果をもたらすのだという。
これを裏付けるように、渡辺教授が行った調査からも知人・友人などの人的ネットワーク を使用して転職をした人間の割合が多いことがわかる。
しかし、一歩進んで、この労働者の内訳を みてみると面白いことがわかる。 ニッセ イ基礎研究所が最近3年間にホワイトカラ ー正社員の中途採用を実施した企業の募集 方法(図表−4)を職種別にみると、「求人 情報誌の広告」の利用は事務職、専門・技 術職、営業・販売職で多く、管理職について は「社員や取引先等の縁故」(22.3%)、「親 会社や関連会社の紹介」(23.4%)を会わせ
た②人的ネットワーク利用の合計は 45%と最大だが、「民間の職業紹介会社」(29.7%)も 非常に活用されている事がわかる。インターネットは、97、98 年頃から急速に拡大してき ており、管理職を除いて既に、2割を超え、特に専門・技術職では「インターネット」の 利用が4割弱(38.5%)を占めて重要な採用ルートになってきている。
これから分かる事は、企業のコア人材となる経営陣クラス、または管理職クラスにおいて は以前集約的な情報が重要な要素であるため、人的ネットワークが頻繁に使われる。しか し、それ以外のルーチンの業務に携わる人材は外延的な情報を効率良く集める事を重視す る為、外延的な情報を大量に管理している紹介会社や人材広告を活用する、ということで ある。
しかし、今後人材紹介会社の目利き、コンサルティング機能が向上し集約的な情報でさえ も収集が可能になることが予測される。また、現在の割高な手数料(転職後の給与の 3 割 が相場)が企業間の競争の激化によって低下することで、企業側も人材紹介会社を使いや すくなることが予測される。
図3
図4
5. 転職市場の現況
経済のグローバル化、規制緩和、IT(情報技術)革命の進展に伴い、産業間における労 働力の最適配分が求められている。雇用情勢の厳しさが長期化してはいるものの、99年 就
業者6,462万人のうち転職希望者は623万人を占め、転職希望率は9.6%に達している。こ
のうち実際に求職活動を行っている人は 246 万人、全体の就業者に占める割合(求職者比
率)は 3.8%を示し、この傾向は今後も高まっていくものと考えられる(図 5)。しかし、
実際には転職者の数は80年代後半のバブル期と較べてかなり少なくなっている。
このように転職希望者が増加しつつある背景には、経済状況の変化とともに労働者・雇用 者側双方の価値観の変化が上げられる。 経営者からは、労働市場が流動化すれば (1)
雇用調整がやりやすくなり、人件費の硬直化を回避できる (2)優秀な即戦力を外部から 採用できる__という声が上がる。労働者からは (3)企業が倒産しても、不安を感じるこ となく次の仕事を容易に見つけられる (4)今の仕事が自分に合っていないと思えば、い つからでもやり直せる (5)他の企業に転職できるという選択肢を持つことによって、今 の企業にしがみつく必要がなくなるから無理難題を言われても断れるなど、お互いの利益 が合致した結果であるといえよう。
もちろん、これらの利点はときにはデメリットに変わることも予想される。たとえば(2)
の優秀な即戦力を企業外部から採用できる企業が存在する反面、このことは逆にせっかく 費用をかけ人材を育成しても、他の企業に逃げられてしまう企業が生まれてくることにな
図5
る。
日本では第1次大戦前から労働者の企業定着率が高かったわけではない。当時はまさにこ こに掲げた、「人材を育成しても、他の企業に逃げられてしまう」ことが問題視されてい た。その結果、高い成長率を背景に、雇用保障が重視され、長期勤続者が有利になる雇用 慣行が意図的に作り上げられてきた。その雇用慣行が、いまや企業や個人を取り巻く環境 の変化により、社会に適さなくなったと意識する人が多くなったのである。
流動化を求める声が聞こえてくるのは、経営者、労働者といった個人の立場からばかり ではない。マクロ経済の視点からも、こうした声が上がってくる。 労働市場が流動的に なれば、 (6)人手の余っている企業から、不足している企業に人材が移ることによって ミス・マッチが解消され、人材の有効活用が可能になる (7)人件費が固定費化すること を恐れ、採用を手控えている企業も雇用を増やすようになり失業率が下がる。 (8)企業 がリストラを実行しても、労働者は転職コストを払うことなしに他の企業に移れるから、
雇用不安が和らぎ、将来のために貯蓄する必要性が低下して消費支出が拡大し、内需が拡 大する (9)企業が迅速にリストラを実行することにより企業収益が回復し、設備投資が 増え、内需の拡大、景気の回復につながる。
それだけプラスの効果が期待できる「労働市場の流動化」ならば、即刻実現してよさそ うなものだが、実態はそうなっているのだろうか。
確かに労働者の企業への出入りを示す転職率(図 5)の統計を見ると、労働市場全体の 数字はここ数年来わずかながら上昇している。それだけ転職のしやすい社会になりつつあ るようにも思えるが、ただし中身を詳細に見ていくと、こうした見方を疑問視せざるをえ ない動きがある。
まず全体の入職率・離職率を押し上げているのは、パートタイマーや嘱託労働者、派遣 労働者といった人たちが増加していることである。最近、パートタイマーとの雇用契約に おいても、期限を限定した契約を結ぶケースが増えてきた。短期の契約を結び、期間終了 後も人手が必要であれば再契約し、余ってくれば雇い止めを行うといった動きが見られる。
パートタイマーの平均勤続年数自体は延びているが、一般労働者に比べれば短い分だけ、
こうした人々が増えることによって労働市場全体の流動性は増しているように見える。
さらに、一部の専門職や若年層において転職率は高いが、一般の中高年労働者が転職し やすくなったという統計を見出すことはできない。たとえば、常用労働者を対象として、
入職率・離職率を調査した労働省『雇用動向調査』を見ると、バブル崩壊後、転職者は減 少している。確かに 80 年代後半のバブル期には一時、労働市場は流動化したように見え たが、それでも高度成長期に比べれば、はるかに転職率は低い。それだけ流動化には、雇 用機会の拡大が不可欠であるといえよう。
常用労働者の平均勤続年数を見ても、中高年を中心に近年、短期化するどころか、逆に 勤続の長期化傾向が見られる。また転職した人の給与を見ても、転職前の企業に比べて給
与の下がる人が増えている。全体的に見て日本の労働市場は流動的になり、転職のやりや すい方向にあるとは決していえない状況にある。キャリア形成のパターンが大きく変わる なかで、企業は生き残りのために、得意分野である中核部分だけを残し、それ以外の部分 は外部からパートタイマー、派遣社員、契約社員などを調達する。いわゆる雇用の外部化 が急速に進めている。また企業は、新しいパートナー、新しい技術、新しい市場を求めて、
他の企業と、いわゆる戦略的提携を展開している。こうなると、企業としての枠組みはあ いまいになり、ビジネスはプロジェクト単位で推進されるようになると考えられる。労働 者はこのなかでキャリアを追求することになる。こうした世の中においては、流動化が進 む「渡り職人」タイプの人材と、逆に企業の中にとどまってオペレーションの部分を担う タイプの人材とに二極化されていくものと思われる。これが現在の日本の転職市場の概観 である。
5. 転職を妨げる制度
個人間で伝播する転職情報の量と質が、日米における転職率の差を生む要因の一つである ことを検証する前に、情報以外にどのような阻害要因があるのかを確認してみたい。ここ では情報量の過多という命題から離れて、その他の制度上の問題について考えてみたい。
一般的な議論の中で出てくるものを大別すると、①年功序列・終身雇用制度、②年金・退 職金制度③職業紹介制度の三つに分けられる。
① 年功序列・終身雇用
すでに良く知られているように、終身雇用制度とは労働者が一つの会社に新 卒者として入社した後定年まで働くことを保証する雇用システムであり、
1958 年にアベグランによって主張された概念である。年功序列は勤続年数に 応じて収入が増加していく給与体系のことである。これらは特に大企業に見 られる慣行であると考えられており、この制度が転職に対してもたらす影響 としてあげられるものは以下のようなものであるとされている。
コミットメント
終身雇用制度は会社とそこに属する社員に家族主義的な共同体意識を もたらし、会社に対しての忠誠心を植え付ける。そして、そこから抜け るものはいわば「裏切り者」のようなイメージでみられてしまう。
インセンティブ
年功序列制度の元では、勤続年数に応じて収入が逓増していくため、一定期 間以上勤めた労働者が転職することは安定した高収入を捨てるリスクの高い 行動になる。
② 年金・退職金制度
現行の企業年金は転職すればその受給権を失うことになっており、アメリカ の 401K プランにみられるような確定拠出型制度の導入などにより、年金の ポータブル化を実現することが労働移動を促進するために不可欠である。ま た、退職金に対する個人所得税が同一企業内で長期雇用されるほど有利にな っていること、そもそも現行退職金制度が長く勤めるほど金額が急増する仕 組みになっていること、などは転職を阻む大きな阻害要因となっている。関 連して、税制の面でも退職金にかかる所得課税は通常の給与に対する所得課 税よりもかなり低くなっている。これにより同じ額面の給与を得るにしても、
退職金をもらう人の方が、そうでない人に較べて手取の額が多くなることを 意味する。労働者はこれは国が企業に対して行ってきた一種の優遇税制であ り、個別の企業が対応できる問題ではない。
③ 職業紹介制度
従来、職業紹介は雇用政策に直結する事業であった為、民間の業者による職 業紹介は見とめられておらず、公共職業安定所いわゆる職安が全ての労働者 に対して職業の斡旋を行っていた。1980 年代に入り民間による職業紹介が一 部解禁されたが、その職種は 1998 年まで制限されていた。このため、就業 情報の情報源が限られてしまい転職を阻害する原因の一部となっていた。ま た、労働者の能力を判断するために現在使用されている政府規定の「履歴書」
は、企業が求める能力を判断できるものにはなっておらず、ミス・マッチを 生みやすい状況がうまれていた。
6. 転職市場を機能させるための諸策
4 章で見たように、現在のシステムでは転職市場の流動化を阻害する要因が数多くある。
そのなかで政府が改善のために取り組んできた諸策にはいかのようなものがあげられる。
流動化を推し進める諸施策
それでは、どのようにすればこれらの制度上の阻害要因をとりのぞけるのか。企業は 年 功賃金や多額の退職金支払いといった賃金の後払い方式を見直し、その分を上乗せする、
他企業に移っても不利にならないよう年金制度を確定拠出型に変え、ポータビリティ化を 図る、労働者が自分の仕事内容や進め方、働き方について自己選択できるよう選択の幅を 広げ、業績給のウエートを高めるなど自己責任をとれる体制に変えていく、企業福祉も、
労働者が自立した個人として生活できるよう見直しを進めることによって転職コストの引 き下げが可能になることが期待されている。
企業の努力に加え、政府の行うべき課題、政府にしか解決が出来ない課題も多い。
原則的にすべての職種において有料職業紹介ができるようにし、求職者からもサービスや 相談の内容に応じて適正な料金をとれるように改革する。派遣労働の職種を拡大するとと もに、派遣から一般労働者へ採用される道を拡大する。能力開発自身は民間の教育機関に 任せ、政府は資金援助や教育機関の格付けなど情報提供を行う、 失業保険制度を再就職 を促進する制度に改正する、 長期勤続者を優遇する退職金税制を中立的なものに見直す__
などの考えが指摘されている。
1999 年の 12 月に行われた改正職安法はこの意味で、労働者の転職を促すものとなるだろ う。今回法改正された一番の理由として、政府は雇用悪化の原因である"求人・求職のミス・
マッチ"をあげている。また IT を中心とした労働移動が進むなか、転職や中途採用が不利 にならないよう、人材サポートシステムを整備強化していくというのが、今回の法改正の 主たる目的であるようだ。以下が改正職安法の主な変更点である。
□業務の紹介範囲が自由化
紹介してはいけない業務(「ネガティブチェック方式」)を決め、それ以外の職種は原則紹 介可に。港湾運送業・建設業以外すべて紹介される。また新卒・学生の利用、地域制限の 解除によって国内の引越しを伴う紹介可能になった(※但しバンクが自主的に職種・地域 などを限定できる)。
□労働条件(募集要項)が文書で明示
今までは簡潔な内容でも可能だった求職票も、職種や仕事内容などの具体的な「労働条件」
が必ず文章で明示に。 他にも求人票は常に登録者に見せられる状態であることが義務付 けられた。ただし文書の受け渡しは手渡し、郵送のみ。FAX、Emailは不可。
□個人情報に守秘義務
人材バンクが登録者の個人情報を外部に漏らした場合、 罰金、免許取り消しといった厳 しい罰則規定を定めるなど、今まで曖昧だった登録者の保護措置が設け、自由化によって プライバシーが侵害されないよう配慮されている。
□求職手数料システムの廃止
人材バンクが登録者から受付手数料を徴収することを原則禁止に(モデルなどの特定業種 を除く)。また求人企業から受け取る求人手数料には上限が設けられた。
□紹介会社の免許有効期間の延長
1 年ごとに免許の書き換えが必要だったものが、新規許可の人材バンクは 3 年間、更新の バンクは5年間に延長に。
しかしこうした諸制度の変更は、労働市場が流動化するための必要条件にすぎない。高 度成長期やバブル景気に転職率が上がったという現実を見ると、雇用機会がどれだけ用意 されているかが重要な課題になる。良好な雇用機会が豊富に用意されることこそが労働者 にとっては最大のセーフティネットであり、転職コストを引き下げるための十分条件とな る。
政府は何よりも 短期的にも長期的にも雇用を創出できる社会基盤を整備していくべき である。このためには短期的な有効需要の拡大とともに、それが基礎技術の発展や人的能 力の開発、環境改善や福祉の向上につながり、長期的にも雇用創出をもたらすような施策 を講じていくべきであろう。
7. 転職と情報
日本の転職者の転職理由にプッシュ要因が多く見られることは第 2 章で述べたが、
海外ではどのような理由で転職をする場合が多いのだろうか。1994 年にアメリカ(ロス アンゼルス:LA)で行われた調査ではプル要因により転職する労働者の割合は男女平均 で 31%となっている。当時の日本の割合が 11.8%であることを考えると大きな差がある。
上述のニッセイ基礎研究所の 1999 年調査では日本でも約 30%の労働者がキャリアアップ などのプル要因により移動しているが、同時期のアメリカでは景気の拡大が進んでおりそ の差は以前開いたままであることが推測される。
このように日米において転職の理由に差が生まれる理由の一つに「情報の伝播」が考えら れる。現状に不満はないが、他に選択肢としてもっと良い職があったために現職を止める 場合には、現職よりももっと良い仕事についての情報がまず入手されなければならない。
これは労働市場における、他の仕事や会社という選択肢についての情報量の多寡に依存す ると考えられる。渡辺教授はこの就業情報の中でも特に人的繋がりによって直接交換され る情報(ここでは対面情報と呼ぶ)に注目し、LAでは東京に比較して対面情報の量が多 いことを調査によって明らかにし、日米の転職率の差が生まれる原因を情報伝播の量に求 めている。教授が対面情報にこだわる理由は、①知っている人間によって推薦されること によって、伝え手がその情報の信憑性についてある程度の保証を与えているため信憑性が あり、かつ重要な情報とそうでない情報の選別をする「情報のスクリーニング」を可能に すること、②賃金や昇給制度などの外延的な情報(extensive information)ではなく、
職場の環境や雰囲気といったその場で実際に働いている人にしか分からない集約的な情報 (intensive information)が得られるため、としている。社会関係に埋め込まれた情報なの で、人的つながりを通して初めて接近できる場合が多いという。
在職期間と人的つながり
この「人的つながり」は知り合いならば何でも構わないという類のものではない。コンタ クト自身が、提供してくれた情報を信用するに値する「信頼の置ける人」である必要があ る。渡辺教授の調査により東京の労働者では、前職の在職期間が長いと人的繋がりを用い る傾向が見られるが、これは日本の社会では長期の在職期間に基づき、同僚や上司との頻 繁な相互作用を通じて会社内部の人脈や取引会社とのネットワークが発達するからである と考えられる。従来の日本で長期的な時間枠で形成・維持された個人的なつながりを通し て労働者の紹介や保証が行われてきたと考えられる。
これに比してグラノベッターの研究からは、LAでは対照的に、前職の在職期間が 2 年か ら 5 年の労働者がそれよりも在職期間が短いか、長い労働者よりも人的繋がりを通じて職 を見つける傾向がみられた。グラノベッターはその理由について「自分の能力や人格につ いて、自分のコンタクトがはっきりとした印象を持たなければならないので、在職期間が 短すぎると十分ではない。一方長すぎると、転職を重ねた場合にくらべて人的つながりの 蓄積が減り、将来の移動を妨げるかもしれない。」と仮定している。これは一つの職場に 長く在籍し続けることで人脈形成の機会を失う可能性があるため、労働者は意図的に職場 を変えるということだがやや不可解である。渡辺教授も指摘するように、LAでの調査で はグラノベッターが仮定するような関係は見られなかったという。
8. ネットワーク
これまで述べてきた中で、ホワイトカラー(特に管理職やエグゼクティブ)にとって、価 値ある就業情報は長い在職経験の中で培われた信頼関係をもつ人的ネットワークによって もたらされることがわかったが、ここでネットワークとは何かを考え、どのようなネット ワークがいかなる就業情報をもたらすのかを考えてみたい。
ネットワークとは
一人の人間と一人の人間の、直接の結びつきを紐帯と呼ぶが、ネットワークとは個々の紐 帯が結びついたものを指す。人の直接・間接の社会関係の網を厳密にはソーシャル・ネッ トワークと呼び、情報ネットワークや金融ネットワークと区別している。私達は皆、ネッ トワークを通じて心理社会的、対人的な資源を伝達し、交換している。
ネットワークは、個人の目的達成の為にしばしば手段として活用されるので、ネットワー クそれ自体が社会資源と考えられるようになった。一般に労働者が身に着ける職業キャリ アは、教育と訓練によって身につける個人的な能力であると考えられ、このような個人の 技能や知識は「人的資本」と呼ばれる。これに対して、最近では誰と知り合いなのか、あ るいはどんな構造のネットワークをもつのかなど、社会間系の性質やネットワークの構造 特性が「社会資本」と呼ばれるようになった。
では実際に転職をする労働者はどのようなネットワークを使っているのだろうか。
労働者のネットワークは、労働者とそのコンタクトとの対人的な関係であり、その関係は 様々な性質を持っている。ネットワーク分析で用いられる概念にコンタクトの種類、紐帯 の強さなどがある。
コンタクトの種類と特徴
渡辺教授の分析によると、コンタクトの種類には大別して家族や親族、以前の会社の同僚、
以前の会社の取引先などがあり、日本では家族や親族が多く、アメリカでは日本と比較し て家族の知人・友人そして同郷の友人の割合が多い。また、転職者が若い場合は家族や同 郷のコンタクトを使う事が多く、年齢の増加に連れて仕事上のコンタクトを使う事が多く なる。これは若年のうちは仕事上のネットワークが十分に発達していないため、必然的に 親族ネットワーク、学校ネットワーク、遅延ネットワークへと依存してしまうためである。
またグラノベッターの研究から、失業機関を経験している労働者、すなわち「緊急に仕事 を必要とする労働者は強い紐帯」に依存する傾向があると指摘している。それは彼等には 簡単に頼めるし、また彼等が喜んで援助してくれるからである、と説明している。もう一 つの特徴としては職種の移動率が、コンタクトによって異なるというものがあげられる。
家族、社交場のコンタクトを活用すると、異なる産業や異なる職種を移動する傾向が日米 の労働者で見られる。親族ネットワークには年齢、性別、教育などの地位において多様な 人々とのつながりが存在するので、異業種に転職する場合に親族ネットワークが適切なコ ンタクトを提供する。逆に仕事上のコンタクトを利用すると、労働者は同じ産業、あるい はおなじ職種間を移動する傾向がある。
弱い紐帯の強さ
グラノベッターが提唱したこの仮説は、「役に立つ情報は、強い紐帯よりも弱い紐帯から 手に入る傾向がある。」というものである。なぜこのようなことが起きるのか?強い紐帯 で結ばれるとは、人と人とが互いに親密な関係を持ち、頻繁に接触し合うことをさしてい る。こうした強い紐帯は集団や地域の連帯感を高めるが、逆に諸集団や諸地域の分節化を もたらしよりマクロな社会レベルでは亀裂を生みやすいと指摘している。これは派閥間抗 争に典型的に見られる現象である。弱い紐帯はこのような異なる諸集団をゆるやかな力で 結び付け、交流を促す機能をもつ。転職においては、同じ部署の同僚から得られる情報は、
自分もすでに知っているような情報が多く、対して異なる部署や異なる企業の知人から得 られる情報は自分の知らない情報が多いという現象が予測される。
日米の労働者に関して、実際にどの程度の強 さの紐帯を用いると良い情報を活用できるの だろうか。図 6 は渡辺教授が行った労働者の ネットワーク特性と転職の関係についての調 査結果である。東京の労働者についてみると、
強い紐帯を用いると情報の収集度が高い。転 職者とコンタクト間の頻繁な相互作用によっ て相手を熟知するようになり、交換される情 報量も多くなる。だが、LAの労働者の場合 には紐帯の強さが情報の収集度とは関係して いなかった。むしろLAでは弱い紐帯を活用 すると労働者と職業のマッチングがよくなり、
収入も増加する傾向がみられる。これは弱い 紐帯が機能している例とかんがえられるだろ う。
それではなぜ、日本では弱い紐帯が機能しな いのだろうか。
一つ考えられる理由としては、日本人は自分と関係の薄い人(弱い紐帯をもつ知り合い)
に対して転職や就職の相談をしないことが考えられる。それは日本ではまだ人々は転職に 対してポジティブなイメージよりもネガティブなイメージを持っており、誰にでも相談で きる種類の問題ではないことが関係する。こうした社会の中では自分のことを良く知って いる強い紐帯に関係を求めてしまうのは自然なことといえる。日本の労働者はLAのそれ に較べて前職の先輩や取引先の知り合い等と頻繁な「付き合い」を維持しておりこれが強 い紐帯として機能していることに着目したい。
しかし今後はこうした状態も、かなり変化してくるのではないかと思われる。強い紐帯 である社内の仲間というのは、その企業が倒産した場合、全員が丸ごと失業することにな り、ネットワークとしてはほとんど役に立たなくなる。セーフティネットとして考えるな らば、企業の外のネットワーク、たとえば学生時代の仲間や、知り合いの知り合いといっ た、弱い紐帯のネットワークのほうが、今後は重要になっていくのではないだろうか。
9. 終わりに
これまでの中で、日本で転職者の数がなかなか増えないのは様々な要因があることを説明 してきた。そして日本では集約的な情報が強い紐帯によってもたらされるため、ホワイト カラーとくに管理職以上では人材紹介業者があまり活用されていないという現状がある。
しかしこれも変わりつつある。人材紹介業は今後専門機関としてその役割を伸ばして行く 中で、求職者の職業能力とそれに見合ったスキルを求める求人をリンクし、求職者を求人 企業に紹介するマッチングの機能が加速するものと思われる。その際には当然集約的な情 報をも含んだ包括的な情報提供ができるようになるだろう。更なる転職市場の活性化のた めには、こうした政府や企業の努力はもとより、個人がその人的資本としての能力を高め 自分のもつネットワークの社会資本としての機能を意識し、高める必要があるだろう。
【参考資料】
M・グラノベッター、『転職』ミネルヴァ書房、1998 渡辺深『「転職」のすすめ』講談社現代新書、1999
小豆川裕子『ホワイトカラーの転職市場』、ニッセイ基礎研究所、1999 労働大臣官房政策調査部『わが国の労働市場の現状』、労働省、1998 総務庁『平成11年雇用動向調査結果速報』、総務庁