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家庭手内職について
著者 清水 キワ
雑誌名 奈良学芸大学紀要. 人文・社会科学
巻 11
ページ 141‑146
発行年 1963‑02‑28
その他のタイトル Von der Hausnebenarbeit
URL http://hdl.handle.net/10105/3502
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家庭手内職について
清 水 キ ワ
l 前調査(於紀要第IO巻第2号)との連続関係について
先に家庭手内職の実態調査を発表したが、その中で不十分な点及びもっと深めるべきだと思っ た点についてしらべたので紀要本号に於て述べたいと思う。不充分だと思った点は、第1に経済 学の一般理論との関係、第2には手内職従事者である主婦と、一般勤労婦人との比較による手内 職従事主婦の状態の把握である。これを達成するために手内職従事主婦の一日の労働時間を掘り 下げてみた。このため、37年3月に更に調査表を作成し、前回と同様に大阪市の阿倍野区、南
区、住吉区、東住吉区、西成区、生野区、浪速区に互る普通住宅地区の一般世帯58世帯について 前回と同様にM高校生の手によって調査表を配布し、調査し、収集した。
前回は33年9月に調査されたのに対し、今回は37年3月に行なった。この時問的差異と調査対 象の相違は収集された資料の上に当然に反映されて前回と異った数値となった。その点は次の表 の通りである。
第1表
33年9月調査(撃薦品墓雷雲孟芸) 今回(37年3月)の調査 就労時間別 従事人数 従事人数%
7(時間) 4 7.7
8 10 17.3 9 6 9.6 10 23 38.5 11 2 3.9 12 12 21.1 14 1 1.9
就労時間別 従事人数 従事人数%
5 5 8.6 6 10 17.2 7 10 17.2 8 18 31.1 9 7 12.2 10 5 8.6 11 1 1.7 13 1 1.7 ユ4 1 1.7
前回では主要な就労時間が一日 10時間であったものが今回では 8時間となっている。その他全 般的に時間が短縮されている。
この原因は第1に33年に比べ、
37年度は一般経済状態が好転し ていること、第2にはこの様な 調査にはつきものであるが実状 をありのまま記録せずに多少外 聞上よく見せようとする傾向が あることでこの様な偶然性を常 に考慮する必要があること、第 3には4年間の歳月のために調査従事者が変り、又調査対象も変っていること、主な原因は以上 の通りであろうと思うがこのような相違にもかかわらずその底に見出される本質の変化はないと 思われるので異った数値を基礎にしても差しつかえないと思う。
2 手内職は大工業の苛酷な外業部であること
前号「手内職の実態調査」の結論で述べたように手内職の手を経た製品は我々の日用品の広範 囲に亙っている。又その製品を前号「手内職の実態調査」の別表によって一見してもわかるよう にその製品の基礎材料、半製品は何れも大工業か中・小の会社企業による製品であることは前発
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家庭手内職について(清水)表の多種類製品をみても明らかである。これらの相当の規模の会社の製品が日用の些細な細分さ れた需要に応じる必要上、個々の需要は大量ではないので機械生産では採算がとれないから手内 職に出していると判断出来る場合が多い。私の調査した限りでは同じ生産行程が或いは手内職に より或いは工場内機械生産によるという併存形態はとってない。機械生産の及んでない所で手内 職が営まれているのである。このような手内職についてK.Marxが資本論の中で次のように述 べている。『近世家内工業と称するものは相独立した都市的手工業や、自営農業や、就中また労 働者家族の住宅やを前提とする旧式の家内工業とは名称以外何等共通する所がないのであって後 者は今や工場なり、Mandfacture場なり、又は貨物倉庫なりの外業部となっているのである。
空間的に多数密集されて、直接に命令されている工場内労働者や、Mandfacture労働者や、手 工業的労働者以外にも資本は目に見えぬ糸をたどって大都市及平地到る処に散在している家内労 働者の他の一軍を動員する。』(註1)
まさにこの言葉が手内職にあてはまる。手内職は主婦の片手間の仕事ではなく、主婦の家事労 働の多くの時間を短縮して手内職にむけ手内職時間は一般工場労務者と同じかそれより多くなっ ている。次表はこのことを示している。
第2表 生活時間構造
、
\厚 別
生活時間這這\ 手内職主婦
※ 婦人勤労者(註2)
※(註3)
一般勤労者家庭の妻
分
計
1440(24時間)手内職作業主婦の家事 労働時間、娯楽、文化時 間は極度に切りつめられ て手内職の時間に当てら れている。今回の調査で は前回の調査に比較して 割合に楽な時間配分を示 したが、この種の調査に ありがちな外聞上よく見 せるという傾向を考慮す ると手内職に就労するた めに相当激しい無理が行 なわれている。この事は 前回の調査で既に明らか であるが、更に家事労働 を子供に負担させてい る状態をみることによ って理解することが出来 る。
平均14.6才の子供が一日当り平均106分間、最高240分、最低10分の家事手伝いをしている。つま り家事労働をして余暇が出来るからその余暇に手内職をするというのでほなく、一定の手内職を 家庭内に割りこませこれを達成するために家事労働を犠牲にし、犠牲にされた家事労働のうち必 要なものは子供が手伝をするという形態をとっている。このことは手内職は家庭内で行なわれて いても実質的には工場内で行なわれるのと同じであることを示している。
手内職従事者が工場労働者と異なるのは次のことである。
1.労働者が一カ所に集団的に集められておらず、手内職従事者間の自由競争が行なわれ、従っ
家庭手内職について(清水)
第一図 生活時間構造の比較図
手内職主婦
一般勤労者豪廃の妻
て労働組合等を結成していないこと。
2.雇傭契約によらず一種の請負契約であって 固定給部分がなく、製品の出来高による完 全な能率給であり破損品は弁償しなければ
ならない。
3.監督者がいない。
4.労働基準法その他の労働法規による保護規 制をうけないこと。
5.失業保険、健康保険、厚生年金等の社会保 障制度の恩恵をうけないこと。
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註1・マルクス著高畠素之訳資本論第4篇13章機械及大工業18)大工業によるマニュフ7クチュド ア、手工業及び家内労働の革命P446
1.1j
家庭手内職について(清水)註2・労働科学研究所発行労働科学Vol.28,P82〜83藤本武調査「婦人勤労者の生活時間構造」
1952年 調査対象101名、内訳未婚89、既婚6、死別6・
註3・労働省婦人少年局「中小工場者家族の生活」1954年5月P144−156
註4・手内職家庭に於ける、手内職仕事をとりにゆく、製品をとゞける時間及び活動転換時に於ける 余裕時間
3 手内職労働と大規模機械生産との関係及びその存在根拠
以上の点から私達は次の疑問に到達する。技術的に高度に発展した生産体制をもつ我国に於て 技術的におくれた原始的な家内工業である手内職が何故存続してゆくのであるか。即ち一方には 尤大な機械設備をもって営まれる近代的な大規模工業が存続し近代的な規律ある工場労働が行な われ、他方に機械を使用せず専ら従事者の熟練に依存し無規律な労働時間の延長を伴う前時代的 な原始的な手内職が行なわれ、しかもこの両者は無関係ではなく後者は前者の外美都的に存在 し、製品生産の連続的な行程の車の最終的な一行程を形成しているという関係にある。このよう に矛盾した生産形態が統一されている根拠を何に求めるべきであろうか。これは資本のもってい る唯一最高の目標である利潤追求にあると恩われる。衆知のように労働時間の延長による労働の 太いさと労働の能率とは矛盾している。別の言葉で表現すれば、他の条件が同一であれば労働の 収益は時間延長によって或る点までほ漸増するがその点を過ぎると漸減する。従って労働の収益 を時間的に無限に延長することには限界がある。資本のもっている利潤増大の無限的欲求はこの 時問的版界のために空間的に延びざるを得ない。これが現在の各企業内の生産設備、生産技術の 合理的競争であってこの競争によって益々優秀な機械設備の増大を伴っている。だが一方機械生 産をもってする程大量の需要が存在せず、他方労働者間の自由競争が行なわれ、労賃が極度に低 廉であり、労働の収益増大を機械設備等の空間的延長による必要がなく時間的延長によって達成 可能であれば、機械生産を採用せず手内職のような家内工業に依存するのである。これは形態的 に矛盾しているが資本の欲求には少しも矛盾がない。一貫した方針であるっ
このことを別な角度から眺めてみたいと思う。産業革命直後の原始資本主義時代には労働者の みならず、婦人、子供の苛酷な労働時間の延長、労働密度の増大、賃金の低廉化が行なわれ、人 間が機械の為にその能力の凡ての方向に於て(精神的方面を含めて)著しい低下があったことは 既に先進各国の歴史が示している。このような苛酷な利潤追求の個々の資本を放置したならばや がて資本自らが墓穴を掘ることになるということに気付いた。何故ならば白痴化した労働力は労 働能率を低下させるばかりでなく高度の機械生産のためには役に立たなくなって資本自らの前途 を閉すことになるからである。このため個々の資本の立場でなく社会の総資本の立場から労働時 間の延長、賃金の水準の低下、その他労働条件に制限を加えることになった。これが我国の労働 基準法の立法精神でもあろうと思う。又大規模機械生産には多数の労働者が集団となって従事す るが、この管理は或る程度労働者の自主的な規律による自主的な労働による方がより能率的であ り又労働者の方も個人個人で労働条件を定めるよりも集団の力による方が利益であることは勿論 である。此処に労働組合法が成立する所以があると思う。この様な労働法規を通じて社会総資本は 自らの発展を求めているがこのことは個々の資本の欲求に必ずしも合致するものではない。寧ろ 法規による活動力の規制として受取られる。法規により規制されるから止むを得ずこれを守ると
いう立場に立つものが多い。従って法規規制の範囲外に於てほ個々の資本は原初的な資本の欲求 をそのまま露出し、以上述べたような手内職を存続させていると云える。
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だがこの様な手内職はどのようなときに没落するか。これについてK.Marxは資本論の中で 次の様に云っている。『Man凸factnreと家内労働との問に横たわる諸種の中間形態や更に家内労 働それ自身について云えば此等の生産形態の地盤は労働日、並びに婦人児童の上に制限が加えら れたとき陥没してしまうのである。蓋し廉価なる労働力の制限なき搾取ということが此等の産業 形態の競争能力の唯一の基礎となっているからである。』(註5)手内職全般が没落するのではなく、
(1)には需要の増大によって手内職によるよりも機械生産の方が利益があるとき、(2)には手内 職の労賃が高くなって手内職によるよりも工場内生産の方が利益があるときに個々の製品につい て遂次没落があるだろうが、この何れの場合も資本制生産が行なわれているときその歴史的な足 跡を見ると外部から婦人や子供の労力に対して法規的な制限が加えられない限り行なわれ得ない
と思う。
註5・マルクス著 高畠素之訳 資本論第4篇第13章機械及大工業−8のe−近世的マニユフアクチュ ーア及家内工業が大工業に向って進む推転 P460
4 む す び
家庭手内職は主婦の家事労働や生理的生活時間をのぞいた余暇に行なわれるのではなく、家庭 内に工場労働者と同じかそれ以上の労働時間を割りこませそれを行うために家事労働や生理的生 活時間を犠牲にしている。それは会社企業により機械的大量生産された半製品を取扱うものが多 い。形式的には工場労働者のように雇傭契約によって雇傭されたものでなく一応独立して営なま れているが、実質的には工場労働者のように社会保障の保護をうけないで工場労働者と同じよう な仕事をするいわば割の悪い、会社の外美都的存在である。近代的機械的大量生産と人間の手の 熟練に依存する原始的な手内職の一貫的存在根拠は資本の利潤追求にある。製品の需要が機械的 生産を要しない程少いか、労働者問に自由競争が行なわれて極めて低賃金であり且労働法規の規 制をうけないところでは、個々の資本は利潤追求のため機械を採用するよりも労働時間の延長に よる原始的資本主義時代の方法を今日も適用する。今日大企業労働者は労働基準法、 社会保障、
労働組合法等によってその権利と生活が相当に保障され賃金もかなりの水準になっているが、こ れは一つには総資本の健全化と発展のために法規によって個々の資本に対して労働力の健全な再 生産を損なうことを禁止していることが大きな力になっている。家庭手内職についても主婦や子 供の労働に対して法規上何等かの制限が加えられるときその原始的な労働方法も廃絶し工場機械 生産がこれに代るであろう。
以上が本稿の結論である。
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家庭手内職について(清水)本調査によって得た参考資料 1.手内職従事者の一日の生活時間構造 手内職時間 睡眠時間
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2.調査家庭58世帯の一日平均の主婦及び子供別家事労働時間 供吟
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r:‖一削り
分婦<O>ocDCD主NwHMHCSICvl蝣>‑!*‑H
以 上
⊂昭和37年9月29日受理〕
、 von der Hausnebenarbeit Kiwa Smmizu
( Haushaltungslehrfach von Lehrerbildungshochschule Nara
Die sogenannte Hausnebenarbeit erhalt sich als eine Art Aussengeschaft der Unterneh‑
mungen, die grossere und kleinere Fabrikanlagen haben. Die Arbeiterinnen in den armen Familien aber geniessen den gesetzlichen Schutz nicht , wie er einer Fabrikarbeiterin zuge‑
sichert ist : Fabrikgesetz (Arbeitsrecht) , Sozialfiirsorge usw.
Der Hauptgrund der widersinnigen Tatsache , dass einerseits die Maschinenproduktion , andererseits die primitive Hausnebenarbeit getrieben wird, ist meines Erachtens im Streben des Kapitals nach dem Gewinn zu suchen.