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(1)

基盤産業の取引関係における情報技術の影響につい

著者 藤川 健

雑誌名 同志社商学

巻 59

号 3‑4

ページ 84‑104

発行年 2007‑12‑20

権利 同志社大学商学会

ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007382

(2)

基盤産業の取引関係における 情報技術の影響について

藤 川 健

はじめに

金型製造企業の取引関係の特徴 金型製造企業の取引関係の変化の実態 取引関係の変化に関する理論的考察

おわりに

本稿の目的は,日本の基盤産業である金型製造企業と取引先企業の企業間関係の中で 構築された技能が,情報技術によって如何に変化し,如何なる取引関係への影響を及ぼ しているのかを検討することである。

今日,日本の自動車や家電製品などの最終製品産業の高い国際競争力を下支えしてい るものとして,基盤産業が見直されてきている。このような基盤産業とは,マザーマシ ーンである工作機械産業やマザーツールと呼ばれている金型産業のことである。その中 でも,とりわけ金型製造企業は,最終製品製造企業や部品製造企業の海外移転によっ て,存立の危機に直面している。今日では,進出した最終製品製造企業や部品製造企業 が日本で調達していた金型を現地調達に切り替えることを積極的に進めていると言われ る。これは,日本の最終製品製造企業や部品製造企業の厳しい要求水準を満たす,アジ ア諸国の急速な金型製作技術の向上を意味する。

ここで

1

つの疑問が生じる。何故,日本の最終製品製造企業や部品製造企業がアジア 諸国の金型製造企業と短期間のうちに取引を行うことができるようになったのだろう か。このような問いに対して,本稿では,金型製造企業と取引先企業の企業間関係の中 で構築された技能が,情報技術によって変化しているのではないかと考える。このよう な企業間で生じる技能の変化の仕組みを明らかにすることが本稿の目的である。また,

本稿では,日本の金型製造企業がそれに対して如何に対処し,存立基盤を確保していけ ばよいのかも論じたいと考えている。

本稿の構成は以下の通りである。始めに,アジア諸国の金型製造企業の急速な技術力 向上を踏まえ,日本の金型製造企業の取引関係の特徴を考察する。次に,ヒアリング調

4(234

(3)

査結果から得られた金型製造企業の取引関係の変化の実態を確認する。最後に,ヒアリ ング調査結果で得られた実態を長期継続取引について論じた浅沼の議論を用いて理論的 に検討することにする。

金型製造企業の取引関係の特徴

1.アジア諸国における金型製造企業の台頭

平成

11

年に施行されたものづくり基盤技術振興基本法に基づいた,中小企業の特定 ものづくり基盤技術高度化指針に見られるように,金型やプラスチック成形加工,金属 プレス加工などの特定技術に対する支援が行われている。このような動きは,川下に位 置する自動車産業や家電産業などの日本の最終製品製造企業の国際競争力強化という観 点から,その川上に位置する基盤産業を支援するために行われてい

1

る。しかし,政策面 の強化にもかかわらず,基盤産業である金型産業は低迷している。近年の金型産業は,

以前の一時的な円高不況と異なった構造的な環境変化に直面しているとも考えられる。

このような環境変化の中でも,とりわけアジア諸国の金型製作技術の向上による海外 金型製造企業の台頭が目立つ。金型産業を論じた既存研究においても,アジア諸国の金 型製造企業の技術力向上を指摘してい

2

る。一例を示せば,浅井は,金型製作に必要な属 人的なスキルと技術革新の相互作用に注目し,中国のプラスチック用金型製造企業の技 術力向上を検討してい

3

る。また,馬場は,アジア諸国への技術移転とデジタル技術の進 展の関連性を検討し,韓国の金型製造企業の技術力向上を検討してい

4

る。

さらに,このような国別の金型製造企業の特徴に基づき,アジア諸国の金型産業の比 較研究も精力的に行われている。例えば,斉藤は,日本,韓国,及び台湾のプラスチッ ク用金型製造企業へのヒアリング調査とアンケート調査を実施し,各国の取引関係と技 術力,経営状況の差異を検討してい

5

る。また,横田は,各国の金型製造企業の特徴や支 援政策の相違などを指摘し,日本,韓国,台湾,シンガポール,中国,インド,マレー シア,タイ,及びフィリピンのプラスチック用とプレス用金型製作技術の比較分析を行 ってい

6

る。

それらの結果として明らかになった,アジア諸国の金型産業の技術力から,日本の最

────────────

近年の金型産業に対する施策については,神代〔12〕,斉藤〔19〕,藤川〔33〕などを参照されたい。

アジア諸国の金型製造企業について書かれた文献は,浅井〔2〕や江頭〔7〕,斉藤〔14〕〔15〕〔16〕

〔17〕〔20〕,田 口〔26〕〔27〕〔28〕,朴〔31〕,馬 場〔32〕,松 田〔39〕,水 野 編〔40〕,横 田〔41〕な ど 多く見られる。

詳しくは,浅井〔2〕を参照されたい。

詳しくは,馬場〔32〕を参照されたい。

ヒアリング調査に関しては斉藤〔15〕を,アンケート調査に関しては斉藤〔20〕を参照されたい。ま た,日本,韓国,及び台湾の技術に特化した比較では,江頭〔7〕や朴〔31〕を参照されたい。

詳しくは,横田〔41〕を参照されたい。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 235)8

(4)

終製品製造企業の進出先での日本的生産システム展開の可能性を検討した文献も存在す る。具体的に示せば,斉藤は,韓国,台湾,タイ,マレーシア,及びシンガポールの金 型産業の技術状況を踏まえ,日本の最終製品製造企業が展開する日本的生産システムの 移転可能性と,それを支える金型産業の発展段階の推移を論じてい

7

る。また,田口は,

中国でのヒアリング調査結果に基づき,現地調達を行う日本の最終製品製造企業と成形 加工・部品製造企業の取引関係を検討し,海外における技術力維持の実態を明らかにし てい

8

る。

以上の一連のアジア諸国の金型産業を論じた研究を概観すれば,アジア諸国の急速な 技術力向上は,海外移転した日本の最終製品製造企業や部品製造企業の現地調達と深く 関連していることが明らかになる。つまり,品質の要求水準が高いと言われる日本の最 終製品製造企業や部品製造企業が,日本の金型製造企業から,現地の金型製造企業へ金 型の発注を切り替えていることになる。製作する金型の難易度や型種によって差異が見 られるが,このことは,日本の最終製品製造企業や部品製造企業が比較的低価格の現地 金型製造企業の技術力を評価していることを示

9

す。

そこで

1

つの疑問が生じる。従来,金型は,金型製作のために属人的で高度な技能を 要するものと言われてきた。さらに,このような技能は,金型製造企業と取引先企業の 長期継続取引の中で培われてきたと指摘されてい

10

る。それが何故,日本の最終製品製造 企業や部品製造企業が,アジア諸国の金型製造企業と短期間のうちに取引を行うことが できるようになったのか。この問いに対する一定の見解として,先行研究では,技術革 新によって,熟練作業者の技能が

3

次元

CAD

を含む情報技術に置き換えられてきたた めであると論じられてい

11

る。しかし,先行研究では,情報技術を利用することによる金 型製造企業と取引先企業の企業間関係の中で構築された技能の技術への転換は,あまり 検討されていないように思われ

12

る。このような企業間関係の中で生じる技能の転換は,

どのような仕組みで行われているのか。また,これに対して日本の金型製造企業は,ど のように対処し,存立基盤を確保していけばよいのか。本稿ではこれらを論じたいと考 えている。

────────────

詳しくは,斉藤〔18〕を参照されたい。

詳しくは,田口〔28〕を参照されたい。

浅井〔2〕や田口〔27〕が指摘するように,最終製品製造企業は,1号型を日本の金型製造企業に製作 させ,CADデータやCAMデータを提出させる。そして,それらのデータを基に,最終製品製造企業 2号型以降を海外で製作させているという側面もある。

0 金型産業の長期継続取引を指摘した文献は,例えば,斉藤〔13〕や重本〔21〕,田口〔25〕,藤本〔36〕

などが挙げられる。

1 情報技術による熟練作業者の技能の変化を論じた文献は,浅井〔2〕や田口〔28〕,馬場〔32〕,藤川

〔33〕などを参照されたい。

2 本稿と異なった視点で,企業間関係の中で生じる技能の変化を論じたものに,田口〔27〕がある。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

6(236

(5)

2.金型製造企業の取引関係の特徴

一般的に,金型製造企業と取引先企業は,長期間に渡り取引関係を継続すると言われ ている。このような長期継続取引は,金型製造企業と取引先企業にとって如何なるメリ ットが存在し,何故長期間に渡って継続するのだろうか。そもそも,金型は,新製品や 部品の開発時に発注されるため,部品や成形加工品のような規模の経済性が働きにく い。また,金型製造企業は,金型製作技術の特殊性から,特定の部品製造企業の専属下 請という取引関係があまり発生しないとも言われてい

13

る。このようなことがあるにも拘 らず,金型製造企業と取引先企業が長期継続取引を行ってきた理由は,双方にとってメ リットが存在していたためである。

金型産業を論じた先行研究やヒアリング調査結果を要約すると,両者のメリットは,

以下のように整理できる。一方の金型製造企業のメリットは,2点挙げられる。第

1

は,特定箇所の継続受注による技術力の蓄積であ

14

る。小規模な企業群から成り立つ金型 製造企業は,無数の同業他社との差別化を図るため,何らかの金型製作技術に特化する 必要があった。そのような技術力を意識的に蓄積するため,金型製造企業は,特定の取 引先企業との継続取引を志向してきたと言われている。つまり,この技術力が無数の小 規模な金型製造企業の存立基盤になっていたとも考えられる。第

2

は,売上の安定化で あ

15

る。前述した通り,金型製造企業は,製作する金型が単品受注生産のため,売上が不 安定になる。また,金型製造企業は,汎用が利かない金型加工専用の高価な設備を導入 しているため,設備稼働率を上げる必要がある。これらのことから,取引先企業からの 将来の受注が確定していることは,経営の安定に繋がる。

他方の取引先企業のメリットは,2点考えられる。第

1

は,技術力を持った金型製造 企業の探索コスト削減であ

16

る。取引先企業は,金型の形状が自社で製造する製品や成形 品にそのまま転写されるため,基礎となる金型の品質にこだわる。例えば,金型は,金 型を用いて製造する製品や部品よりも一桁高いミクロン単位の精度が要求されると言わ れている。また,金型は,高価な設備をただ揃えただけでは,良い金型ができるとは限 らず,その高価な設備を操作する高い熟練を持った人材が必要であると言われてい

17

る。

そのような意味で,取引先企業は,過去に取引を行った信頼できる金型製造企業との取 引実績を尊重す

18

る。換言すれば,金型は,その特性上,スイッチングコストが高くつく

────────────

2006314日の日本金型工業会西部支部でのヒアリング調査に基づく。

4 斉藤〔18〕193−198ページ,2006314日の日本金型工業会西部支部でのヒアリング調査に基づく。

5 斉藤〔13〕27ページ,重本〔21〕59ページ。

6 斉藤〔13〕27ページ,田口〔25〕76ページ,藤本〔36〕79ページ,2006313日の家電用プラス チック成形加工企業A社(資本金1000万円,従業員数50名),及び2006314日の日本金型工業 会西部支部でのヒアリング調査に基づく。

7 田口〔27〕130ページ,200638日の家電用プラスチック金型製造企業B社(資本金3000万円,

従業員数25名)でのヒアリング調査に基づく。

8 社団法人中小企業研究センター〔13〕63ページ。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 237)8

(6)

ものであると言える。第

2

は,開発上の機密情報の保持であ

19

る。比較的,金型は,製品 開発や部品開発の初期段階から製作を依頼される場合が多い。そのような際に,取引先 企業は,金型製造企業が新製品や新部品の形状や性能などの開発上の機密情報を競合他 社に漏らす機会主義行動を抑制するため,長期継続取引というインセンティブを与えて 機密情報を保持する傾向にある。このように,長期継続取引は,金型製造企業と取引先 企業の双方にとってメリットのあるものであった。そのため,取引関係は,長期間継続 してきたのである。

しかし,後述のヒアリング調査で確認するように,現在では,長期継続取引の解消が 生じている。これを説明する

1

つの要因として,本稿では,3次元

CAD

システムの普 及と利用が金型製造企業と取引先企業の企業間関係の中で構築された技能に変化を及ぼ すためであると考える。このような仮説を検証するため,本稿では,浅沼の関係特殊的 技能の概念に注目する。長期継続取引を分析する視角は,多数存在する。その中でも,

本稿では,金型製造企業と取引先企業の間で生じる技能の変化に注目するため,浅沼の 関係特殊的技能の概念を用いて長期継続取引を分析することにする。以下では,ヒアリ ング調査による実態と浅沼の議論を踏まえた理論分析によって,金型製造企業の取引関 係の変化を詳細に検討していくことにする。

金型製造企業の取引関係の変化の実態

1.金型を巡る取引主体

まず,取引関係の変化の実態を確認するため,ヒアリング調査結果に先立ち,金型を 巡る取引関係を整理することから始めることにする。金型は,取引主体を通じ,製作 者,購入者,及び利用者が異なることがある。そのため,金型を巡る取引関係は,複雑 であると言われている。このような複雑な取引関係を検討するためには,金型を取引す る主体を個別に検討することが有効であると考える。具体的に,金型を取引する主体 は,最終製品製造企業,部品製造企業,成形加工企業,商社,及び金型製造企業の

5

つ に分類できる。金型の所有権を中心に,それぞれの主体の製作者,購入者,及び利用者 としての側面を見ていくことにする。

1

は,最終製品製造企業である。製作者としての最終製品製造企業は,利用する部 品の金型を自社の金型部門で内製することである。また,最終製品製造企業の金型部門 は,金型の単品受注生産という特性から生じる設備稼働率の低下を防ぐため,商社を通 じて競合他社の金型を受注することもあ

20

る。そのため,最終製品製造企業の金型部門

────────────

9 斉藤〔13〕27ページ,重本〔21〕59ページ,田口〔25〕76ページ,200638日の家電用プラスチ ック金型製造企業B社(資本金3000万円,従業員数25名)でのヒアリング調査に基づく。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

8(238

(7)

は,金型の内製と外販の両方を行う場合が考えられる。購入者としての最終製品製造企 業は,金型製造企業から直接金型を購入し,取引先の成形加工企業へ貸与することであ る。利用者としての最終製品製造企業は,金型製造企業から金型を直接購入し,自社の 成形加工部門に与えることである。このような場合,最終製品製造企業が,金型を直接 購入するため,金型製造企業用の口座を開く必要がある。直接口座を開くためには,高 い技術的評判と財務力が求められる。そのため,最終製品製造企業は,必然的に社歴が 長く,規模の大きな金型製造企業と取引することが多

21

い。

2

は,部品製造企業である。製作者としての部品製造企業は,最終製品製造企業か ら受注した部品の金型を内製する場合である。また,最終製品製造企業の場合と同様,

部品製造企業の金型部門が他社に金型を外販する場合も有り得

22

る。購入者としての部品 製造企業は,金型製造企業から金型を購入し,取引先の成形加工企業へ貸与することで ある。利用者としての部品製造企業は,金型製造企業から金型を購入し,自社で使用す る場合である。

3

は,成形加工企業である。成形加工企業は,最終製品製造企業や部品製造企業か ら受注した部品の成形加工を行う企業である。製作者,購入者,及び利用者としての成 形加工企業は,自社で使用する場合である。最終製品製造企業,部品製造企業,及び成 形加工企業は,製品や部品の特性によって同一となる場合がある。例えば,プラモデル などの玩具やバケツなどの日用品,注射器などの医療品は,最終製品製造企業と成形加 工企業が等しい場合である。また,成形加工企業が加工した加工品は,そのまま部品と して利用することがあるため,部品製造企業と成形加工企業が同一の場合も有り得る。

4

は,商社である。製作者としての商社は,存在しない。購入者としての商社は,

最終製品製造企業や部品製造企業から金型調達を依頼された場合である。商社は,海外 の最終製品製造企業と国内の金型製造企業の取引における仲介役を果たすことがある。

また,商社は,国内の最終製品製造企業と金型製造企業の取引における決済役を果たす こともある。しかし,商社は,直接金型製作に携わっていないため,金型製造企業の実 力を把握する知識が要求され

23

る。そのため,商社は,財務状態や設備保有状況を公開し ている大規模な金型製造企業や,特殊な金型製作技術を保有する金型製造企業と取引す る傾向がある。利用者としての商社は,存在しない。

────────────

20061218日の業務用写真処理機製造の最終製品製造企業C社(資本金702530万円,従業員 1000名)でのヒアリング調査に基づく。

2006124日の精密機器用プラスチック・プレス金型製造企業D社(資本金9000万円,従業員数 352名)でのヒアリング調査に基づく。

20051119日の家電・自動車部品製造企業E社(資本金21000万円,従業員数37名)でのヒ アリング調査に基づく。

20051119日の家電・自動車部品製造企業E社(資本金21000万円,従業員数37名)でのヒ アリング調査に基づく。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 239)8

(8)

5

は,金型製造企業である。製作者としての金型製造企業は,最終製品製造企業や 部品製造企業,成形加工企業に金型を納める場合である。購入者としての金型製造企業 は,他の金型製造企業から金型を購入する場合である。単品受注生産という金型の特性 上,金型製造企業は,最終製品製造企業や部品製造企業からユニット部品の金型を受注 し,金型の一部,または全部を他の金型製造企業に発注することがある。つまり,金型 製造企業の中には,最終製品製造企業や部品製造企業から受注し,金型製造企業同士で 金型製作の分担を決めるコーディネーターの役割を果たす企業も存在す

24

る。これは,企 業規模に関係なく,中小規模の金型製造企業から,大規模の金型製造企業へ発注するこ とも有り得る。利用者としての金型製造企業は,存在しない。

このように様々な主体が,金型の製作者,購入者,及び利用者の立場に分かれて複雑 に絡み合い,取引が行われている。上記の主体の整理を踏まえて,商社を除く最終製品 製造企業,部品製造企業,及び成形加工企業が金型の内製を行わず,金型製造企業のみ が金型を製作する場合の取引関係に限定して,検討する。以下では,金型製造企業を中 心に,最終製品製造企業,部品製造企業,及び成形加工企業と取引を行うことをひとつ のまとまりと見て,垂直取引形態と呼ぶことにする。また,金型製造企業同士の取引形 態をひとつのまとまりと見て,水平取引形態と呼ぶことにする。このように,取引形態 を垂直と水平の

2

種類に分類し,金型製造企業の取引関係に関するヒアリング調査結果 を提示する。ここで言う取引形態とは,金型製造企業と取引先企業の関わり方を指す。

換言すれば,所与の金型製造企業を中心とした受注形態のことを表す。

2.垂直取引形態

まず,垂直取引形態を検討する。垂直取引形態とは,金型製造企業が最終製品製造企 業や部品製造企業,成形加工企業から受注する場合である。金型は,単品受注生産であ る。そのため,金型製造企業が自ら製作した金型を営業して販売することはできない。

つまり,最終製品製造企業や部品製造企業が新しい製品や部品を開発することによっ て,始めて金型の需要は,生まれるのである。上記を念頭に置き,具体的な受注形態で ある金型製造企業と最終製品製造企業,部品製造企業,成形加工企業の

3

者の関わり合 いを見ていくことにする。

垂直取引形態は,デザイン・インを行う受注と行わない受注の

2

種類が存在する。デ ザイン・インとは,最終製品製造企業や部品製造企業の製品設計や部品設計段階におい て,成形加工企業や金型製造企業が参画することであ

25

る。デザイン・インの歴史は古

────────────

200638日の家電用プラスチック金型製造企業B社(資本金3000万円,従業員数25名)でのヒ アリング調査に基づく。

5 デザイン・インの問題性については,斉藤〔13〕や重本〔21〕を参照されたい。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

0(240

(9)

最終製品・部品製造企業 製品・部品コンセプト

構想設計 詳細設計 部品設計

成形加工企業

詳細設計に参加

成形加工用件の検討

金型製造企業

詳細設計に参加

基本構造設計 型構造部設計 製品形状部設計

最終製品・部品製造企業 製品・部品コンセプト

構想設計 詳細設計 部品設計

成形加工企業

成形加工用件の検討

金型製造企業

基本構造設計 型構造部設計 製品形状部設計

く,自動車製造企業では,戦前ないし

1940

年代から行われてい

26

た。また,家電製造企 業では,1960年代半ばから行われていたと言

27

う。デザイン・インを行う受注と行わな い受注の選別基準は,最終製品製造企業や部品製造企業が製造する部品の重要度から決 定され

28

る。例えば,他の部品との干渉が生じ易い部品や製品のスタイルを左右する重要 な部品では,金型製造企業が製品設計や部品設計の初期段階である詳細設計から参加す ることが求められる。また,事前に金型の仕様が決定している部品や互換性がある標準 部品では,金型製造企業が製品設計や部品設計に参加することが求められていない。東

────────────

Fujimoto〔1〕pp. 192−195.

7 斉藤〔13〕19ページ。

20051119日の家電・自動車部品製造企業E社(資本金21000万円,従業員数37名)でのヒ アリング調査に基づく。

1 デザイン・インを行う受注の概念図

2 デザイン・インを行なわない受注の概念図

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 241)9

(10)

京都中小企業振興公社が

2003

年に行ったアンケート調査によれば,規模を問わず,こ のようなデザイン・インを実施している企業は多い。とりわけ,デザイン・インの実施 は,従業員規模が大きくなるにつれて増加する傾向にあ

29

る。

最終製品製造企業や部品製造企業の開発プロセスとの関連性を検討すると,デザイン

・インを行う受注は,各部品の基本的な要求仕様(性能,外形寸法,取り付け部設計)

を最終製品製造企業や部品製造企業が提示し,詳細設計の段階で成形加工企業と金型製 造企業が参加する。そして,最終製品製造企業や部品製造企業,成形加工企業から発注 を受けた金型製造企業が,金型設計を行う。また,デザイン・インを行わない受注は,

各部品の詳細設計に至るまで,最終製品製造企業や部品製造企業が作成し,受注した金 型製造企業が金型設計を行う。あるいは,最終製品製造企業や部品製造企業から,発注 された成形加工企業からの依頼で,金型製造企業が金型設計を行

30

う。

以上の最終製品製造企業や部品製造企業の開発過程における,デザイン・インを行う 受注とデザイン・インを行わない受注を図示すると第

1

図と第

2

図になる。

3.水平取引形態

次に,金型の水平取引形態を見ていくことにする。水平取引形態とは,最終製品製造 企業や部品製造企業,成形加工企業から受注した発注元の金型製造企業が,受注元の金 型製造企業に発注する場合である。この取引形態は,仲間取引や横受けと特別に呼ばれ るものである。仲間取引とは,小零細企業が相互発注を行う対等な取引関係のことであ

31

る。つまり,仲間取引は,金型製造企業間の下請け的な力関係を含む取引ではなく,対 等な関係で互いに受発注を行う取引のことを指す。金型の単品受注生産という特性上,

金型製造企業は,経営資源の制約や設備稼働率の低下を避けるため,仲間取引で受注変 動を調整する。大阪府立産業開発研究所が

1994

年に行ったアンケート調査によれば,

仲間取引は,規模の大小に拘らず,多くの金型製造企業で行われている。また,規模が 大きくなればなるほど,仲間取引を行う企業数が増加すると言われてい

32

る。これは,金 型製造企業が大規模になるにつれ,抱えている人員や設備に対しての受注変動の波が大 きいことを示している。上記を念頭に置き,受注形態である金型製造企業同士の関わり 合いを見ていくことにする。

水平取引形態は,丸投げ受注と工程受注の

2

種類が存在する。一方の丸投げ受注と は,発注元の金型製造企業から金型の一部,または全部を全ての工程で受注することで

────────────

9 詳しくは,東京都中小企業振興公社〔30〕を参照されたい。

0 藤本〔38〕132ページ。

1 義永〔42〕113ページ。仲間取引の機能と実態は,渡辺〔43〕を参照されたい。また,金型製造企業の 仲間取引に関しては,加藤〔9〕〔10〕〔11〕を参照されたい。

2 詳しくは,大阪府立産業開発研究所〔8〕を参照されたい。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

2(242

(11)

発注元の金型製造企業 基本構造設計 型構造部設計 製品形状部設計

組立図作成 CAM データ作成

金型加工

組立・調整・検査・トライアル

受注元の金型製造企業

型構造部設計 製品形状部設計

組立図作成 CAM データ作成

金型加工

発注元の金型製造企業 基本構造設計 型構造部設計 製品形状部設計

組立図作成 CAM データ作成

金型加工

組立・調整・検査・トライアル

受注元の金型製造企業

CAM データ作成 金型加工

ある。これは,発注元の金型製造企業が自社の生産能力以上の金型を受注して,受注変 動に対応するために行われる。他方の工程受注とは,発注元の金型製造企業から金型製 作工程の一部を受注することである。これは,丸投げ受注と同様に,発注元の金型製造 企業が自社の生産能力以上の金型を受注して受注変動に対応するため,または,受注元 の金型製造企業が特定の工程において優れた技術を保有しているために行われる。以下 では,工程受注の議論を単純化するため,受注変動に対応する場合のみを検討する。そ の場合,丸投げ受注と工程受注の選別基準は,受注元の金型製造企業内で金型設計を行 えるかどうかである。

発注元の金型製作工程の中での取引関係を検討すると,丸投げ受注の場合は,発注元 の金型製造企業が最終製品製造企業や部品製造企業,成形加工企業から受注した金型の

3 丸投げ受注の概念図

4 工程受注の概念図

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 243)9

(12)

工程受注 丸投げ受注 デザイン・インを

行わない受注 デザイン・インを

行う受注

水平取引形態 金型製造企業の

取引形態

垂直取引形態

基本構造を検討し,自社の生産能力が追いつかない場合や採算が合わない場合に,受注 元の金型製造企業に設計を含めた金型製作を依頼する。また,工程受注の場合は,発注 元の金型製造企業が最終製品製造企業や部品製造企業,成形加工企業から受注した金型 の製作途中で,受注元の金型製造企業に特定の工程だけを依頼する。以上の発注元の金 型製造企業の金型製作工程における,丸投げ受注と工程受注を図示すると第

3

図と第

4

図になる。また,金型製造企業の

4

つの取引形態を図示すると第

5

図になる。

4.ヒアリング調査結果

最後に,垂直取引形態と水平取引形態の

2

つの分類を踏まえ,企業間関係の中で構築 される技能を中心に,取引関係の変化に関するヒアリング調査結果を確認する。まず,

垂直取引形態から見ていくことにする。再度,デザイン・インを別の視点から検討して みる。デザイン・インとは,最終製品製造企業や部品製造企業が設計変更による開発期 間延長やコスト増加を避けるため,設計の初期段階である詳細設計を成形加工企業や金 型製造企業を交えて検討するものである。これは,最終製品製造企業や部品製造企業が 成形加工企業や金型製造企業の持つ技能を必要としているためである。

具体的な成形加工企業が持つ技能とは,部品に適切な樹脂や鋼材を選択し,その選択 された樹脂の流動性や鋼材の反りを検討することである。成形加工に利用する材料は,

樹脂であれば

ABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)や PP(ポリプロピレ

ン),鋼材であれば

SPC(冷間圧延鋼)や SS(熱間圧延鋼)など様々なものが存在

し,成形加工を行う部品の特性によって適切な材料が異なる。また,その選択した材料 によって成形加工の際に生じる変形の仕方が異なる。このような変形は,最終製品製造 企業や部品製造企業が製造する製品や部品の価格や性能,意匠に大きな影響を与える。

これらの特性を把握することが,成形加工企業の所有する,経験で身に付けた特殊な技 能であ

33

る。

5 金型製造企業の4つの取引形態 同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

4(244

(13)

他方の金型製造企業が持つ技能とは,部品設計図面から金型の基本構造を検討し,適 切な型材を選択して,金型製作に使用する工作機械を考慮した

CAM

データを作成する ことであ

34

る。金型の基本構造設計は,担当する金型設計者によって多様なものとなり,

それに準ずる金型製作コストも大幅に変化す

35

る。また,その基本構造設計を金型として 実現するため,各社で異なる工作機械の工具の磨耗度や発熱度合を理解し,CAMデー タを作成しなければならない。このような

CAM

データの微妙な調整は,最終製品製造 企業や部品製造企業が製造する製品や部品の価格や性能,意匠に大きな影響を及ぼす。

これらの特性を把握することが,金型製造企業の所有する,経験で身に付けた特殊な技 能であ

36

る。

通常,成形加工や金型製作の作業に直接従事しない,最終製品製造企業や部品製造企 業の製品や部品の設計者が,成形加工に適切な材料の選択や加工し易い金型構造を把握 することは困難である。さらに,デザイン・インを行う最終製品製造企業や部品製造企 業は,成形加工企業や金型製造企業の選定条件として,製品や部品を図面通りに成形加 工することやそれを可能にする金型を製作するだけでなく,尋ねた製品や部品の設計要 件に関わる成形加工や金型の知識を有することも考慮する。このような製品や部品の設 計要件に関する知識が,取引先企業に対して提案する特殊な技能であ

37

る。

上記の特殊な技能は,金型製造企業と取引先企業の長期間に渡る継続した取引の中で 培われた。しかし,3次元

CAD

システムの利用によって,これらの特殊な技能は,必 ずしも長期継続取引を必要としなくなった。従来,3次元

CAD

の利用方法は,最終製 品製造企業,部品製造企業,成形加工企業,及び金型製造企業の

4

者で異なってい

38

た。

極論すれば,最終製品製造企業と部品製造企業は,製品や部品を設計するために

3

次元

CAD

を利用していた。また,成形加工企業は,見積や部品形状の確認を行うために

3

次元

CAD

を利用していた。あるいは,金型製造企業は,受け取った部品図面から金型 設計を行うために

3

次元

CAD

を利用していた。しかし,取引を行う

4

者が

3

次元

CAD

とそれに連動した

CAE

CAM,CAT

を利用することによって,それぞれが所有して いた技能が曖昧になってきてい

39

る。具体的に述べれば,成形加工企業が応力解析で部品

────────────

20061215日の農機具用プラスチック成形加工企業F社(資本金1000万円,従業員数28名)で のヒアリング調査に基づく。

4 詳しくは,田部〔29〕を参照されたい。

200638日の家電用プラスチック金型製造企業B社(資本金3000万円,従業員数25名)でのヒ アリング調査に基づく。

200638日の家電用プラスチック金型製造企業B社(資本金3000万円,従業員数25名),2006 314日の日本金型工業会西部支部でのヒアリング調査に基づく。

2006126日の自動車用プレス金型製造企業G社(資本金11500万円,従業員数131名)での ヒアリング調査に基づく。

20061215日の農機具用プラスチック成形加工企業F社(資本金1000万円,従業員数28名)で のヒアリング調査に基づく。

20061215日の農機具用プラスチック成形加工企業F社(資本金1000万円,従業員数28名)で のヒアリング調査に基づく。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 245)9

(14)

そのものの強度の検証を行うことや,金型製造企業が流動解析で樹脂の流動性の検証を 行うことである。つまり,取引を行う

4

者は,3次元

CAD

システムを効果的に利用す ることによって,長期継続取引を行うことによってしか得られなかった取引相手が所有 する技能を獲得することが可能になってきている。さらに,3次元

CAD

システムは,

金型単価の低下にも影響を及ぼしている。3次元

CAD

システムが登場する以前には,

金型単価は職人の感覚に依存する曖昧なものであった。しかし,3次元

CAD

システム の登場によって,金型製造企業と取引を行う取引先企業は,CADデータから

CAM

デ ータを推測することにより,金型製作工数を見積もれるようになった。そのことによ り,金型単価は厳密なものとなっ

40

た。

これらのことが,垂直取引形態の変化と深く関わってくる。一方の他の部品との干渉 問題が生じ易い部品や製品のスタイルを左右する重要な部品の金型を製作する金型製造 企業は,3次元

CAD

システムを効果的に利用して,最終製品製造企業や部品製造企業 の持つ製品や部品の特性に関する技能をさらに理解し,最終製品製造企業や部品製造企 業の開発過程に深く入り込

41

む。それにより,最終製品製造企業や部品製造企業は,開発 過程に深く入り込んだ金型製造企業に,当該金型を含めたユニット部品の金型の発注を 直接行い,取引量を増やそうとする。このことが,取引先企業との長期継続取引の強化 に繋がる。他方の事前に金型の仕様が決定している部品や互換性がある標準部品を製作 する金型製造企業は,最終製品製造企業や部品製造企業が

3

次元

CAD

システムを効果 的に利用して,金型製造企業の持つ経験で身に付けた特殊な技能を理解することによっ て,金型の基本構造設計まで,最終製品製造企業や部品製造企業に把握されるようにな る。このことは,従来の最終製品製造企業や部品製造企業と金型製造企業の間の長期継 続取引の解消と,取引する金型単価の低下に繋がっている。

次に,水平取引形態を検討することにする。再度,別の視点から仲間取引を検討す る。発注元の金型製造企業は,売上安定と設備稼働率の上昇のため,自社の生産能力で まかないきれない金型を受注し,受注元の金型製造企業に発注することがある。この際 の受注元企業である金型製造企業の選定条件は,金型製作レベルであ

42

る。発注元の金型 製造企業が受注元企業の金型製作レベルを把握することは,発注した金型を含めて品質 を保証し,最終的に最終製品製造企業や部品製造企業,成形加工企業へ納めなければな らないためである。このような受注元企業の金型製作レベルを把握する

1

つの指標は,

────────────

20061026日の自動車用プラスチック金型製造企業H社(資本金1000万円,従業員数40名)で のヒアリング調査に基づく。

2006126日の自動車用プレス金型製造企業G社(資本金11500万円,従業員数131名)での ヒアリング調査に基づく。

200638日の家電用プラスチック金型製造企業B(資本金3000万円,従業員数25名),及び2006 1218日の業務用写真処理機製造の最終製品製造企業C(資本金702530万円,従業員数1000 名)でのヒアリング調査に基づく。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

6(246

(15)

金型設計図面であった。金型設計図面は,各社の金型製作に関するノウハウが凝縮され ていると言われている。しかし,従来の金型設計図面では,クリアランスやダイ

R

な どの詳細な数値を省略した簡略版のものが多く,それだけでは金型製作レベルを厳密に 把握することが困難であっ

43

た。そのため,このような受注元企業の金型製作レベルを提 示する特殊な技能を得るためには,金型製造企業同士の長期継続取引が必要であった。

しかし,3次元

CAD

システムの利用により,受注元企業のレベルを提示する特殊な技 能は,必ずしも長期継続取引を必要としなくなった。3次元

CAD

は,金型設計と同時 に,金型製作に必要な

CAM

データの基になる数値が確定する。そのため,発注元の金 型製造企業は,受注元の企業が作成した

3

次元

CAD

データを受け取るだけで,一定の 金型製作レベルを把握できるようになっ

44

た。

このことが,水平取引形態の変化と深く関わっている。一方の丸投げ受注を請負う金 型製造企業は,自社で

3

次元

CAD

を使って金型設計を行うため,発注元の金型製造企 業に金型製作レベルを提示することができる。そのため,既存の発注元である金型製造 企業は,安定した品質に対する保証が得られ,長期継続取引を維持する。他方の工程受 注を請負う金型製造企業は,自社で

3

次元

CAD

を使った金型設計が行えないため,既 存の発注元である金型製造企業が品質を保証できる他の受注元企業に変更する可能性が ある。このことが,金型製造企業同士の長期継続取引の解消と取引する金型単価の低下 に繋がっている。また,3次元

CAD

データは,インターネットを利用すれば,瞬時に 地理的に離れた金型製造企業へデータを転送することができる。そのため,発注元企業 と受注元企業の地理的近接性は,必ずしも求められなくなっ

45

た。そこでは,請負う金型 単価に比例して,3次元

CAD

データで設計できる金型製造企業とできない金型製造企 業の間の二局化が進む。そのため,丸投げ受注の金型製造企業と工程受注の金型製造企 業の取引量と取引単価の格差が広がる。これは,対等な関係で互いに受発注を行い合う 仲間取引の変化をも引き起こし始めていると言える。

取引関係の変化に関する理論的考察

1.承認図と貸与図の分類

以上のヒアリング調査結果から得られた実態を,浅沼の長期継続取引の理論に当ては

────────────

3 田口〔27〕120ページ,2006314日の日本金型工業会西部支部でのヒアリング調査に基づく。

4 ただし,3次元CADは,必ずしも無条件で金型設計と金型製作レベルを把握できるわけではない。例 えば,積極的に3次元CADシステムを使って受注元の金型製造企業を開拓する家電・自動車用部品製 造企業E社(資本金21000万円,従業員数37名)では,発注する際には必ず,直接新たな受注元 企業に赴き,財務状況や今まで製作した金型の履歴などを確認している。

20051119日の家電・自動車部品製造企業E社(資本金21000万円,従業員数37名)でのヒ アリング調査に基づく。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 247)9

(16)

めて,分析してみ

46

る。具体的に述べると,浅沼は,最終製品製造企業である中核企業と 部品製造企業であるサプライヤーの長期継続取引を分析するため,サプライヤーを貸与 図と承認図のメーカーに分類し,企業間関係の中で生じる関係特殊的技

47

能と言う概念を 導き出した。以下では,金型製造企業を貸与図メーカーと承認図メーカーに分類し,金 型製造企業の関係特殊的技能の変化から取引関係を分析することにする。始めに,浅沼 の貸与図メーカーと承認図メーカーの定義から確認することにする。

一方の貸与図メーカーとは,「完成車メーカーが貸与する図面にもとづいて,部品を 製造し供給するメーカー」のことであ

48

る。他方の承認図メーカーとは,「完成車メーカ ーが提示する仕様に応えて自力で図面を作成し,それにもとづいて部品を製造するメー カー」のことであ

49

る。つまり,浅沼は,承認図メーカーがその部品に関して独自の開発 力を持つメーカーであり,貸与図メーカーが少なくとも問題の部品に関する限り製造サ ービスだけを提供するメーカーであると述べている。この議論を金型製造企業に当ては めると,一方の貸与図の金型製造企業とは,「取引先企業が貸与する金型図面に基づい て,金型を製作し供給する金型製造企業」を指す。他方の承認図の金型製造企業とは,

「取引先企業が提示する仕様に応えて金型製造企業自ら金型図面を作成し,それに基づ いて金型を製作し供給する金型製造企業」を指す。では,このような浅沼の承認図と貸 与図の議論を,先ほど検討した垂直取引形態と水平取引形態に当てはめてみる。

まず,垂直取引形態から見ていくことにする。垂直取引形態は,前述した通り,デザ イン・インを行う受注とデザイン・インを行わない受注の

2

通りが存在する。垂直取引 形態のデザイン・インを行う受注と行わない受注は,共に承認図である。しかし,デザ イン・インを行う受注と行わない受注は,最終製品製造企業や部品製造企業との関わり 方が異なる。一方のデザイン・インを行う受注は,金型設計を行うことに加えて,製品 設計や部品設計の改善提案を行っている。このような改善提案は,バリュー・エンジニ アリング(以下,VE)と呼ばれてい

50

る。具体的な改善提案とは,金型が加工し易い製 品設計や部品設計の提案である。このことによって,最終製品製造企業や部品製造企業 は,金型製作で生じる製品や部品の設計変更を未然に防ぎ,コスト削減に繋がる。VE を行うことによって,金型製造企業の提案能力が,最終製品製造企業や部品製造企業か

────────────

6 浅沼〔3〕150ページ。浅沼のサプライヤーの分類や後述する関係特殊的技能に関して,植田〔6〕や清

〔23〕,高田〔24〕などの批判的な意見も存在する。例えば,清は,浅沼が用いた設計に準拠した開発能 力が一面的なものであると指摘している。関係特殊的技能の概念そのものの検討については,稿を改め て論じることにする。

7 浅沼〔5〕は,後に「関係特殊的技能」を「関係的技能」と改めている。本稿では,より一般的な呼び 方として定着している「関係特殊的技能」という呼び方で論じることにする。

8 浅沼〔3〕150ページ。

9 浅沼〔3〕150ページ。

0 浅沼〔4〕44ページ。

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

8(248

(17)

ら高く評価される。そのため,同種の金型の発注を決定する最終製品製造企業や部品製 造企業の長期方針の中で,その金型製造企業が高い優先順位を与えられるようになる。

この高い優先順位を得られることは,長期継続取引に繋がり,金型製造企業の行動を規 定するインセンティブになると考えられる。他方のデザイン・インを行わない受注は,

このような優先順位が与えられず,デザイン・インを行う受注よりも長期継続取引に繋 がりにくい。

次に,水平取引形態を見ていくことにする。水平取引形態は,前述した通り,丸投げ 受注と工程受注の

2

通りが存在する。一方の丸投げ受注は,受注元の金型製造企業自ら 金型設計を行うため,承認図の金型製造企業と言える。他方の工程受注は,受注元の金 型製造企業が発注元の金型製造企業から金型設計図面を受け取るため,貸与図の金型製 造企業と言える。このような丸投げ受注と工程受注は,発注元の金型製造企業との関わ り方が異なる。一方の丸投げ受注を請負う金型製造企業は,自ら金型設計を行う金型製 作レベルを有する。このことによって,発注元の金型製造企業は,発注した金型の一定 の品質が保証される。また,発注元の金型製造企業は,金型設計時間の短縮とコスト削 減を得ることもできる。このような丸投げ受注によって,受注元の金型製造企業の品質 保証が,発注元の金型製造企業から高く評価される。そのため,自社の加工能力を超え た金型の発注を決定する発注元の金型製造企業の長期方針の中で,その金型製造企業 が,高い優先順位を与えられるようになる。この高い優先順位を得られることは,長期 取継続取引に繋がり,丸投げ受注を請負う金型製造企業の行動を規定するインセンティ ブになると考えられる。他方の工程受注を請負う金型製造企業は,自社で金型設計を行 う能力に欠けるため,金型製作サービスを行っているに過ぎない。そのため,工程受注 を請負う金型製造企業は,丸投げ受注を請負う金型製造企業よりも,発注元の金型製造 企業との長期継続取引に繋がりにくい。

2.関係特殊的技能の変化

上記で検討した長期継続取引を維持するためには,金型製造企業と取引先企業が相互 作用を起こしている可能性がある。そのような相互作用によって蓄積された金型製造企 業が有する能力を関係特殊的技能と言う。浅沼によれば,関係特殊的技能とは,「中核 企業のニーズに対して効率的に反応するためにサプライヤーの側に要求される技能」の ことであ

51

る。続けて,浅沼は,関係特殊的技能を形成するためには,サプライヤーが蓄 積してきた基本的な技術的能力の基礎の上に,特定の中核企業との反復的な相互作用を 通じての学習が付与されることを要すると述べている。そのため,浅沼は,関係特殊的 技能が常に所与の中核的企業との取引を通じで獲得される学習の蓄積に対応する表層

────────────

1 浅沼〔5〕31ページ。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 249)9

(18)

と,一般的な技術的能力に対応する基層の

2

層からなると述べてい

52

る。この議論を金型 製造企業に当てはめてみると,関係特殊的技能は,「取引先企業のニーズに対して効率 的に反応するために金型製造企業の側に要求される技能」ということになる。このよう な浅沼の関係特殊的技能の議論を再度,垂直取引形態と水平取引形態に当てはめてみ る。

ヒアリング調査結果から,関係特殊的技能は,以下のように整理できる。一方の垂直 取引形態で生じる関係特殊的技能は,金型が加工し易い製品設計や部品設計を提案する 能力である。具体的に述べれば,関係特殊的技能の表層は,取引先企業に対して提案す る特殊な技能であり,基層が金型製造企業の所有する経験で身に付けた特殊な技能にな る。他方の水平取引形態で生じる関係特殊的技能は,受注した金型の品質を保証する能 力である。具体的に述べれば,関係特殊的技能の表層は,金型製作レベルを提示する特 殊な技能であり,基層が金型製造企業の所有する経験で身に付けた特殊な技能になる。

以上の金型製造企業の取引形態と関係特殊的技能の関係を表すと第

1

表になる。

これらの関係特殊的技能が,3次元

CAD

システムによって変化し,長期継続取引に 影響を与えている。具体的に見てみると,垂直取引形態では,デザイン・インを行って いる金型製造企業が

3

次元

CAD

システムを効果的に利用することにより,最終製品製 造企業や部品製造企業が所有する製品や部品に関する特性をより一層理解し,最終製品 製造企業や部品製造企業の開発過程に深く入り込む。それにより,最終製品製造企業や

────────────

2 浅沼〔5〕31ページ。

1 金型製造企業の取引形態と関係特殊的技能の関係

垂直取引形態 水平取引形態

デザイン・インを 行う受注

デザイン・インを

行わない受注 丸投げ受注 工程受注

関係特殊 的技能

表層 取引先企業に対して

提案する特殊な技能 × 金型製作レベルを

提示する特殊な技能 × 基層 経験で身に付けた

特殊な技能

経験で身に付けた 特殊な技能

経験で身に付けた 特殊な技能

経験で身に付けた 特殊な技能

2 3次元CADシステムの利用による関係特殊的技能の変化

垂直取引形態 水平取引形態

デザイン・インを 行う受注

デザイン・インを

行わない受注 丸投げ受注 工程受注

関係特殊 的技能

表層 深める

(長期継続取引の強化) × 深める

(長期継続取引の維持) × 基層 浅くする

(長期継続取引の解消)

浅くする

(長期継続取引の解消)

浅くする

(長期継続取引の解消)

浅くする

(長期継続取引の解消)

同志社商学 第59巻 第3・4号(27年12月)

0(250

(19)

部品製造企業は,開発過程に深く入り込んだ金型製造企業に当該金型を含めたユニット 部品の金型の発注を直接行い,取引量を増やす。これが,長期継続取引の強化に繋が る。水平取引形態では,工程受注を請負う金型製造企業が

3

次元

CAD

システムを利用 した設計が行えないため,発注元の金型製造企業が発注する金型単価を考慮し,品質の 保証ができる他の金型製造企業へ発注する可能性がある。それにより,発注元の金型製 造企業は,特定の受注元企業にこだわらなくなる。これが,長期継続取引の解消に繋が る。

一見すると,これらは,相反する長期継続取引における

3

次元

CAD

システムの影響 に見える。しかし,以上の分析は,一貫した結果を示している。つまり,3次元

CAD

システムの利用は,一方で関係特殊的技能の表層を深め,他方で基層を浅くするという 結果を導き出している。この結果を踏まえると,アジア諸国に海外移転した最終製品品 製造企業や部品製造企業は,3次元

CAD

システムを含む情報技術を効果的に利用する ことで,従来企業間関係の中で構築された,金型製造企業が有していた基層部分である 経験で身に付けた特殊な技能を手に入れ,技術力が比較的低いアジア諸国の金型製造企 業と短期間で取引することが可能になるのである。以上の

3

次元

CAD

システムの利用 による関係特殊的技能の変化を表すと第

2

表になる。

3.インプリケーション

このことは,金型製造企業が

3

次元

CAD

システムの利用方法によって,取引関係に 様々な影響を与えることができることも示している。繰り返しになるが,金型製造企業 が所与の取引先企業と長期継続取引を行うことは,売上の安定と設備稼働率の上昇に繋 がる。そのため,金型製造企業は,取引先企業から受身的に選択されて長期継続取引を 行うのではなく,取引先企業と能動的に長期継続取引関係を構築していかなければなら ない。そのための指針となるのが,3次元

CAD

システムと関係特殊的技能の関係であ る。つまり,長期継続取引を志向する場合は,3次元

CAD

システムを効果的に利用し て,関係特殊的技能の表層を深めなければならない。このことを踏まえて,垂直取引形 態と水平取引形態のそれぞれにおける対処方法を見ていく。

垂直取引形態では,3次元

CAD

システムの機能を活かして,製品や部品の特性を理 解し,最終製品製造企業や部品製造企業の開発の初期段階から入り込むことである。最 終製品製造企業や部品製造企業の開発工程に深く入り込むことにより,金型製造企業 は,ユニット部品の金型の受注が得られると同時に,多様な製品や部品の特性を把握す ることができる。このような

3

次元

CAD

システムの機能を活かし,最終製品製造企業 の製品設計以前のデザイン段階から試作金型製作段階までを請負う,試作金型製造企業 も現れてい

53

る。

基盤産業の取引関係における情報技術の影響について(藤川) 251)1

参照

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