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福島大学地域創造

第33巻 第2号 91〜104ページ 2022年2月

Journal of Center for Regional Affairs, Fukushima University 33 (2):91-104, Feb 2022

調 査 報 告

摘   要

 明治時代の福島県における海岸植物の種多様性の状 況について情報を得ることを目的に,田口亮男が1911 年に発表した論文群および福島大学貴重資料保管室に ある田口亮男コレクション中の維管束植物標本を分析 した。標本の採集年月日および文献の記述から,文献 内の海岸植物の記述や目録は,田口が1901年〜1910年 に調査を行った際の観察記録であると考えられた。田 口コレクションに含まれていた海岸植物標本や田口の 論文の本文や目録には,現在の福島県の海岸部ではほ とんど見られない植物が多く含まれており,現在絶滅 が危惧されるハマハタザオ,ナミキソウ,ハマアカザ が群生していたとする記述からは,当時これらの植物 の量が多かったことが推測される。田口コレクション に含まれていた海岸植物標本,あるいは田口の論文に 掲載された植物で種類が特定できたものはあわせて47 種類であった。これらの半数以上の24種類(1種類が 絶滅,17種類が絶滅危惧種,5種類が準絶滅危惧,1 種類が情報不足)が現在保護上重要な植物とされてい る。保護上重要な植物の割合は特に塩湿地生植物ある いは海浜植物で高かった。

は じ め に

 海岸は人による開発や人工的な改変を受けやすく,

そこに生育する海岸植物の種類の多くは環境省や都道 府県のレッドリストに掲載される保護上重要な植物と して扱われている(澤田 2014)。福島県でも,71種類 の海岸植物が生育するが,そのうち38種類が環境省 レ ッ ド リ ス ト2020(http://www.env.go.jp/press/ 

files/jp/113667.pdf,2022年1月2日確認,以下環境省 RL2020)とふくしまレッドリスト(2020年版)(https:// 

www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/ 

380266.pdf, 2022年1月2日確認,以下福島県RL2020)

に掲載されている保護上重要な植物で,特に塩湿地植 物と海浜植物でその割合が高い(黒沢 未発表)。現在 の福島県の沿岸部は,平地の海岸域のほぼ全域を工区 とした東日本大震災の復旧・復興事業により,人為的 な影響を強く受けており(環境省自然環境局生物多様 性センター 2015,2016,2019,2020,黒沢 2020a, 2020b,Kurosawa 2021),本来の海岸の環境がほと んど残されていない。また,震災前ももともと半自然 海岸や人工海岸の割合が高く(黒沢 2014,Kurosawa  2016),1998年に行われた自然環境保全基礎調査で,

福島県の海岸長さに占める自然海岸の割合は19.68%

に過ぎず,全国でも6番目に低い数値であった(環境

田口亮男資料に基づく1901~1910年の福島県における 海岸植物の種多様性の状況

福島大学共生システム理工学類  

黒 沢 高 秀 

東京大学大学院理学系研究科附属植物園  

根 本 秀 一  Species diversity of coastal plants in Fukushima Prefecture, Japan, in 1901-1910

KUROSAWA Takahide, NEMOTO Shuichi

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庁自然保護局 1998a,1998b)。特に,自然海岸の砂 浜長は都道府県の中で,大阪府に次いで短かった(環 境庁自然保護局 1998a,1998b)。

 人為的な影響が今より少なかった頃に,福島県の海 岸部にはどのような植物が生育していたのであろう か。戦後,福島県の海岸の大部分が人為的に改変され てしまったために,現在の海岸の調査や,近年の文献 からこれを探るのは困難である。より古い時代の標本 や文献などの資料を分析するしかないが,これまでに そのような試みはなされていなかった。

 福島県師範学校生および大浦小学校(現いわき市)

教員であった1906年から1910年に福島県内で精力的に 植物調査を行ったことが知られる田口亮男による手書 き原稿を含む2冊の冊子と明治から大正時代の植物さ く葉標本群は,福島県内の当時の植物多様性の状況を 知ることができる貴重な資料である(阿部 2013)。こ れらの田口亮男資料を用いて,黒沢他(2021)は,こ れまでほとんど知られていなかった磐梯山噴火後約20 年後の植生景観の多様性の一端を明らかにしている。

田口は福島県の海岸部でも調査を行い,標本を残す と共に,当時の植物の様子や(田口 1911a),当時生 育していたヒメキンポウゲの生育状況(田口 1911b) を記録として残している(表1)。田口亮男による手 書き原稿を含む2冊の冊子のうちの1冊に含まれる1 編『石城郡大浦小學校訓導田口亮男調査 福島県の花』

内には「ツルヒキノカサ」に関する別刷りが綴じられ ているが(阿部 2013),これは福島縣教育會発行の『福 島縣教育』に掲載された田口による論文(田口 1911b)

である。もう一冊である原稿用紙に手書きされた福島 県内各地の植物誌6編を綴った冊子のうち1編は『石 城郡大浦小學校訓導田口亮男調査  福島縣植物誌海岸 地方之部』と題され,「海濱植物」46種類の科名,種 名,産地が記録されている(阿部 2013;阿部 2015内 に復刻されている)。これは,田口(1911a)と,後 述する誤植と思われる部分を除き同一の内容であるこ とから,この原稿であると考えられる。田口亮男コレ クション中の磐梯山の標本は高い同定精度を示し,文 献内の植物についても,同属あるいは近縁属でよく似

 表1.田口亮男と福島県の海岸植物調査に関する年表.

田口亮男関連 その他

1887(明治20)年 生誕(阿部 2016

1901(明治34)年 原釜(相馬市)で採集 岡田毅三郎が Niida(いわき市上仁井田または下仁井 田)でヒメキンポウゲを採集(Makino 1904,田口  1911b)

1904(明治37)年 牧野富太郎がヒメキンポウゲを新種として発表(Maki- no 1904)

1905(明治38)年 福島県師範学校入学(阿部 2016 1906(明治39)年 松川浦(相馬市)で採集

1908(明治41)年 10日に大浦仁井田港口(いわき市)でヒ メキンポウゲを採集,理科大学植物学教室に 記載と共に送付し,6月中に同定の返事を得 る(田口 1911b,阿部 2013)

1909(明治42)年 3月に福島県師範学校卒業,4月に大浦尋 常高等小学校に訓導として赴任(阿部 2013,

2016)。四倉,久之浜(いわき市)で採集。

7月3日に大浦横川でヒメキンポウゲを採集

(田口 1911b,阿部 2013

1911(明治44)年 海岸植物(田口 1911a)およびヒメキンポ

ウゲ(田口 1911b)に関する論文を発表

1914(大正3)年 大浦尋常高等小学校校長に就任(阿部 2016)

1920(大正9)年 12月29日から小此木忠七郎らによるハマナスの調査

(〜1921年1月5日)(小此木 1922)

1921(大正10)年 1月または6月に小此木に四倉のハマナスに

関して聴取をうける(小此木 1922)。大浦尋 常高等小学校から転勤(阿部 2016

1月および5月25日から6月26日に小此木忠七郎らに よるハマナスの調査(小此木 1922)

1922(大正11)年 小此木らによるハマナスの調査の報告書が出版される

(小此木 1922

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た植物が分布する場合は誤同定の可能性も考える必要 があるものの,特徴のある植物の同定は信頼できる状 況であった(黒沢他 2021)。そのため,海岸での植物 調査についても,文献内の植物についての同定が一定 の信頼性を持ち,調査が行われた当時の海岸植物の種 多様性の状況を明らかにできることが期待される。本 研究は,田口による調査当時の福島県の海岸植物の種 多様性の状況について情報を得ることを目的に,これ らの標本や資料,文献の分析を行った。

方   法

 福島大学貴重資料保管室植物標本室FKSEに保管さ れている田口亮男コレクション中の海岸植物標本(以 下,田口コレクション海岸植物標本)を選び出し,同 定を確認し,ラベルに記された情報を読み取った。田 口(1911a)の文章部分(以下,本文)と「海濱植物 目錄」部分(以下,目録),および田口(1911b)に 出てくる維管束植物名および産地を抽出した。また,

これらの植物名について,牧野・根本(1925)により 当時の分類学的な取り扱いを確認した。特に重要な植 物の種類については,東京大学総合研究博物館TI や 田口亮男の標本が確認されている東京都立大学牧野標 本館MAK(阿部 2021)でも標本の調査を行った。

 本論文においては,海岸植物の定義や該当する種類 は澤田他(2007)に従った。また,澤田(2014)に倣

い,澤田他(2007)で「砂浜・砂丘・礫浜に生育する種」

を「海浜植物」,「塩湿地・マングローブ・河口汽水域 に生育する種」を「塩湿地植物」,「岩場・海崖・隆起 珊瑚礁に生育する種」を「海崖植物」と略記した。環 境省RL2020と福島県RL2020に掲載されている種類を 保護上重要な植物とした。

結果と考察

1.田口コレクション内の海岸植物標本と本文・目録 に掲載された植物

 田口亮男コレクションには福島県内の海岸で採集 された海岸植物のさく葉標本が20枚含まれていた

(表2)。ヒメキンポウゲが3枚,ハマナスとハマボ ウフウが2枚ずつあるため,種類数は16であった。

本文には15種類の植物が記録されているが(表3),

田口コレクション海岸植物標本中に標本が確認され たのはこのうち7種類であった。また,目録には41 種類の植物が記録されているが(表4),同じく標 本が確認されたのは5種類のみであった。田口(1911 a)には標本番号等の標本を特定する記述はなく,

標本にも田口(1911a)への掲載を示すような書き 込みはなかった。一方で,標本と目録にはそれぞれ 字や浦などの地名が記されており,対応を確認する ことができた。また,標本は1点を除いて年月日が 記されていたが,1901年に採集された1点を除いて

 表2.福島大学貴重資料保管室植物標本室FKSE の田口亮男コレクションに含まれていた海岸植物標本.

    いずれも採集者番号はつけられていなかった.

和名(科名) 標本ラベルの和名 ラベルに記された和名 現在の地名 採集者名 採集日 標本室

シート番号

(FKSE) 田口(1911b)での掲載 オニヤブソテツ(オシダ科) ヤブソテツ 石城郡 小名濱 いわき市 小名浜 (不明) 1909年8月29日 23638

アマモ(アマモ科) アマモ 松川浦 相馬市 松川浦 田口亮男 1906年5月2日 22921

ヒメハリイ(カヤツリグサ科) ホソヰ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年6月20日 23616

コウボウムギ(カヤツリグサ科) カウボウムギ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年5月7日 23501 本文(群生),目錄(38)

オニシバ(イネ科) オニシバ 大浦 上仁井田 いわき市 四倉町 上仁井田 (不明) 1909年7月25日 23507

ケカモノハシ(イネ科) ケカモノハシ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年7月30日 23510 本文(群生),目錄(39)

ヒメキンポウゲ(キンポウゲ科) tsuruhikino kasa 大浦 仁井田港口 いわき市 四倉町 上仁井田

または下仁井田 (不明) 1909年6月15日 23336 ヒメキンポウゲ(キンポウゲ科) コキンポウゲ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年5月10日 23327 ヒメキンポウゲ(キンポウゲ科) ヒメヒノキカサ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 田口亮男 (不明) 23242

ハマエンドウ(マメ科) □□エ□ド□ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年5月7日 23801 本文(群生)

ハマナス(バラ科) ハマナス 石城郡 大浦 いわき市 四倉町 上仁井田

または下仁井田 田口亮男 1909年5月25日 23302 本文(群生),目錄(31)

ハマナス(バラ科) ハマナス 大浦 下仁井田 磯 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年5月15日 23503 本文(群生),目錄(31)

ハマハタザオ(アブラナ科) ハマハタザホ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年4月29日 23500 本文(群生)

ハマツメクサ(ナデシコ科) ハマツメクサ 石城郡 小名濱 いわき市 小名浜 (不明) 1909年8月25日 23538

ヒサカキ(サカキ科) ハマヒサカキ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年4月10日 23733 目錄(29)

ハマヒルガオ(ヒルガオ科) ハマヒルガホ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年6月19日 23511 本文(群生)

コハマギク(キク科) 原釜 相馬市 原釜 田口亮男 1901年11月11日 23426

トベラ(トベラ科) トベラ 大浦 下仁井田 いわき市 四倉町 下仁井田 (不明) 1909年6月18日 23583

ハマボウフウ(セリ科) ハマボウフウ 大浦 上仁井田 いわき市 四倉町 上仁井田 (不明) 1909年6月17日 23509 本文(群生),目錄(20)

ハマボウフウ(セリ科) ハマボウフウ 原釜 相馬市 原釜 田口亮男 (年不明) 23988 本文(群生)

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 表3. 田口(1911a)の本文の「海濱植物群落」の前半に掲載された「海濱植物」の同定,標本,「目錄」

への掲載状況.本文に出現した順番に並べてある.

和名(科名) 掲載植物名 記述 備考 標本と採集地 「目錄」に

掲載された地名 ハマハタザオ(アブラナ科) はまはたざほ 群生 大浦 下仁井田(FKSE23500 原釜 ハマエンドウ(マメ科) はまゑんどう 群生 大浦 下仁井田(FKSE23801 久濱

ハマゼリ(セリ科) はまぜり 群生 四倉

ハマボウフウ(セリ科) はまばうふう 群生 大浦 上仁井田(FKSE23509),

原釜(FKSE23988 四倉

ネコノシタ(キク科) はまぐるま 群生 四倉

ハマヒルガオ(ヒルガオ科) はまひるがほ 群生 大浦 下仁井田(FKSE23511) 原釜

ウンラン(オオバコ科) うんらん 群生 四倉

ナミキソウ(シソ科) なみきさう 群生 (掲載なし)

ハマアカザ(ヒユ科) はまあかば 群生 掲載植物名は「はまあかざ」

の誤植と考えられる。 (掲載なし)

オカヒジキ(ヒユ科) をかひじき 群生 (掲載なし)

ハマゴウ(シソ科) はまがう 群生 四倉

コウボウムギ(カヤツリグサ科) こうぼうむぎ 群生 大浦 下仁井田(FKSE23501 原釜,四倉

コウボウシバ(カヤツリグサ科) こうぼうしば 群生 (掲載なし)

ケカモノハシ(イネ科) けかものはし 群生 大浦 下仁井田(FKSE23510) 四倉

ハマナス(バラ科) はまなす 群生 大浦 下仁井田(FKSE23503),

石城郡 大浦(FKSE23302 原釜,四倉

ハマベンケイソウ(ムラサキ科) はまべんけいさう 見るべし (掲載なし)

不明 はまるりさう 見るべし (掲載なし)

ハマハコベ(ナデシコ科) はまはこべ 見るべし 原釜

 表4.田口(1911a)の「海濱植物目錄」に掲載された植物の同定,標本,本文での掲載状況.

番号 和名(科名) 掲載植物名 生育地 備考* 標本 本文での

掲載

1 ハマニガナ(キク科) はまにがな 久濱

2 ハマギク(キク科) はまぎく 久濱

3 ネコノシタ(キク科) はまぐるま 四倉 群生

4 イソギク(キク科) いそぎく 久濱

5 不明 くまのきく 四倉 クマノギク(キク科)は福島県には分布しない。

よく似たネコノシタの可能性がある。

6 エゾノコギリソウ(キク科) えぞのこぎりさう 四倉

7 シロヨモギ(キク科) しろよもぎ 久濱

8 ハチジョウナ(キク科) はちゞやうな 原釜

9 トウオオバコ(オオバコ科) たうおほばこ 原釜,久濱

10 エゾオオバコ(オオバコ科) えぞおほばこ 四倉

11 スナビキソウ(ムラサキ科) すなびきさう 原釜

12 ハマゴウ(シソ科) はまがら 四倉 掲載植物名は「はまがう」の誤植と考えられる。 群生

13 ウンラン(オオバコ科) うんらん 四倉 群生

14 不明 みづばのたむらさう 原釜 和名に「タムラソウ」が含まれ,3出複葉であ

るミヤマタムラソウの可能性がある。

15 不明 あさぎりさう 松川浦 アサギリソウ(キク科)は福島県には分布しな

い。よく似たカワラヨモギの可能性がある。

16 ハマサジ(イソマツ科) はまさじ(はまじさ) 原釜

17 ハマボッス(サクラソウ科) はまぼつす 磯部

18 ハマヒルガオ(ヒルガオ科) はまひるがほ 原釜 群生

19 ハマゼリ(セリ科) はまにんじん(はまぜり) 四倉 群生

20 ハマボウフウ(セリ科) はまぼうふら 四倉 掲載植物名は「はまぼうふう」の誤植と考えられる。 FKSE23509 群生

21 アシタバ(セリ科) あしたば 四倉

22 不明 はまうど 四倉 ハマウド(セリ科)は福島県には分布しない。

海岸生で大型のセリ科植物であるマルバトウキ の可能性がある。

23 シロダモ(クスノキ科) しろだも 原釜

24 ハマハタザオ(アブラナ科) はまはたざほ 原釜 群生

25 不明 やまがらし 原釜 ヤマガラシ(アブラナ科)は福島県には分布しない。

26 ハマナデシコ(ナデシコ科) はまなでしこ 原釜

27 ハマハコベ(ナデシコ科) はまはこべ 原釜 見るべし

28 不明 はまなつめ 久濱 ハマナツメは福島県には分布しない。

29 ヒサカキ(サカキ科) はまひさかき 四倉 福島県に分布が知られていない。標本からヒサ

カキの誤同定と考えられる。 FKSE23733

30 ハマエンドウ(マメ科) はまゑんどう 久濱 群生

31 ハマナス(バラ科) はまなす 原釜,四倉 FKSE23503 & 

FKSE23302 群生

32 シャリンバイ(バラ科) しやりんばい 原釜

33 センダイハギ(マメ科) せんだいはぎ

34 アマモ(アマモ科) あまも(あづも,おほはも) 原釜

35 ハイネズ(ヒノキ科) はひねず 松川浦,四倉

36 シオクグ(カヤツリグサ科) しほくぐ 四倉

37 ハマエノコロ(イネ科) はまえのころぐさ 原釜

38 コウボウムギ(カヤツリグサ科) こうぼうむぎ 原釜,四倉 FKSE23501 群生

39 ケカモノハシ(イネ科) けかものはし 四倉 FKSE23510 群生

40 アイアシ(イネ科) あいあし 原釜

41 シバナまたはマルミノシバナ(シバナ科) しばな(うみにら,はましば) 新沼浦  * 詳細は本論文の本文を参照.

(5)

1909年であり,田口(1911a)より前であった。田 口コレクション海岸植物標本と,田口(1911a)に 掲載されている植物の種類は必ずしも一致していな いが,種類と地名が一致しているものについては,

田口(1911a)で報告された植物の標本の可能性が 高いと考えられる。田口コレクション海岸植物標本 と田口(1911a)の本文と目録に掲載された植物を 合わせると54種類の植物が採集・記録されていたこ とになる。

2.本文・目録に掲載された海岸植物の調査の時期  本文や目録には,観察した日付や時期を直接示す 情報は全く含まれていなかった。しかし,後述する 田口コレクション海岸植物標本の採集日(表2)と 海岸植物に関する論文(田口 1911a)の出版日(1911 年4月25日)から,標本の採集や生育状況の観察を 伴う福島県内の海岸の調査は田口が満13〜14歳で あった1901年から大浦小学校(現いわき市四倉町狐 塚松橋)に赴任した翌年の1910年に行われたものと 考えられる(表1)。福島県の海岸植物の近代的な 学術的記録としては,小此木(1922)の調査に10年 以上先んじる最も古いものである。

3.田口コレクション内の海岸植物標本

 20枚の田口コレクション海岸植物標本のラベルに 記された採集地は,「松川浦」「原釜」「大浦 仁井田 港口」「大浦 上仁井田」「大浦 下仁井田」「大浦 下 仁井田 磯」「石城郡 大浦」「石城郡 小名濱」の8箇 所であった(表2)。このうち,いわき市四倉町上 仁井田または四倉町下仁井田かその付近と思われる 場所で採集された標本が15枚と大半を占め,いずれ も1909年4〜7月の採集であった。5月7日にコウ ボウムギとハマエンドウを採集したのを除き,そ れぞれの標本は採集日が異なる。田口亮男は1909 年4月に大浦小学校に赴任していた(阿部 2013,

2016)。そのため,赴任した年の春から初夏に,赴 任先に近い海岸に14回以上も頻繁に通って,植物の 観察や採集を行った可能性がある(表1)。田口(1911 b)には,1909年6月10日に農業休業を機に,数名 の同行者と共に植物採集のために仁井田浦に行っ て,後述するヒメキンポウゲを発見したことが記さ れている(ただし,この日採集した標本は残されて いない)。残念ながら,田口が採集した5枚を除き 採集者が不明であるため,他の人が採集した可能性 も残っている。

 16種類20枚すべての標本について,ラベルに植物 名が記されていた。このうち12種類14枚は現在の 和名あるいはその別表記(コウボウムギに対する

「カウボウムギ」など)が使われていた。1904年に Makino(1904)で記載されたばかりのヒメキンポ ウゲに対しては,「tsuruhikino kasa」「コキンポウゲ」

「ヒメヒキノカサ」の3種類の名前が使われており,

最前者は現在別名とされる和名で,田口(1911b) で用いられた名前であるが,後二者に該当する植物 名は見つからなかった。もしかしたら,ヒメキンポ ウゲの形態から田口が独自に付けた名前かもしれな い。「ヤブソテツ」および「ハマヒサカキ」はそれ ぞれ同属の別種であるオニヤブソテツおよびヒサカ キ,「ホソイ」は別の科であるカヤツリグサ科のヒ メハリイであった。このように,13種類15枚につい て正しく同定されていた。一方で,2種類2枚が,

同属でよく似ている植物と誤同定されていた。また,

カヤツリグサ科のヒメハリイはイグサ科の植物に誤 同定されていた。以上のように,海岸植物に関して も,磐梯山周辺の植物(黒沢他 2021)と同様に田 口コレクションの標本は高い同定精度を示した。そ のため,本文や目録にある植物名についても,特徴 のある植物の同定は信頼できるものと思われる。一 方で,同属あるいは近縁属でよく似ている植物があ る場合や,カヤツリグサ科やイグサ科などの葉や茎 の細い,花の微細な単子葉植物は,誤同定の可能性 も考える必要がある。

 田口コレクション海岸植物標本のうち,1909年に いわき市内の小名浜や大浦で採集された16枚の標本 には「大浦尋常高等小學校」のラベルが付されてい た(図1a‑c)。田口は福島県師範学校在籍中の

1908年4月18日に開催された校友会の講談会におい

て,「小學校に備ふべき植物標本」と題する講演を 行い,小学校の博物教育の理想を論じて,準備する べき植物の標本や,その採集方法を述べたという(無

名 1909)。田口は大浦小学校に赴任して間もなく海

岸植物の採集を行い,あるいは児童・生徒や同僚に 採集を指導し,標本を作製した。ラベルがいつ印刷 され,標本に付されたかは不明であるが,ラベルに 小学校名を印刷していることから,学校に備えた植 物標本として教育に活用していたものと思われる。

田口は大浦小学校に赴任した1909年に大浦の植物名 の方言(田口 1909a),小学校に設置した植物園(田 口 1909b),地域の迷信(田口 1909c)に関する 報告を『福島縣教育』誌に相次いで発表している。

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図1.田口亮男コレクションに含まれていた福島県の海岸で採集された植物標本.

A:ヒメキンポウゲ(collector unknown s. n., June 15, 1909, FKSE 23336).B:ハマナス(collector  unknown s. n., May 15, 1909, FKSE 23503).C:ハマハタザオ(collector unknown s. n., April 29,  1909, FKSE 23500).D:アマモ(S. Taguchi s. n., May 2, 1906, FKSE 22921).

(7)

自分が理想とする博物教育実現のために,植物をは じめとする地域の自然や民俗の調査やその教材化を 活発に行っていたことがうかがえる。いわき市立図 書館所蔵の手書き資料『郷土誌 大浦小学校』(編纂 を指示した福島縣訓令第二號の日付と校長の緒言の 日付から,昭和7(1932)年度に作成されたと考え られる)には「第六節 天産の分布」の「一 植物分 布状況」の「海濱區」に掲載された植物名の多くが 田口(1911a)と一致し,記述にも似た表現が多い ことから,田口の調査記録は何らかの形で大浦小学 校に残され,郷土教育に活用されていたものと考え られる。「大浦尋常高等小學校」のラベルが付され た標本以外には,「田口所藏腊葉」のラベルが付さ れていた(図1d)。東京都立大学牧野標本館MAK では,現在までに35点の田口亮男の標本が確認され ているが,これらの中には,海岸植物は含まれてい ない(阿部 2021)。

4.本文に掲載された植物

 本文の「海濱植物群落」および「海外植物群落」

の節に海岸植物名が記されている。このうち,「海 濱植物群落」の前半に砂浜で群生している,あるい は見られるとして列挙された18種類は,後述するよ うにほとんどが福島県内で確認できる種類であり,

標本が採集されている,あるいは目録に掲載されて いるものが多い。そのため,福島県の海岸で田口が 観察した植物であると考えられる。一方,「海濱植 物群落」の後半の形態や発生が特徴的であるとして 記されている7種類や「海外植物群落」で挙げられ た4種類の海草については,福島県には生育しない 南方のグンバイヒルガオ(「うちはかづら」),スナ ヅル(「はりがねさう」),ウミヒルモ,ウミショウ ブ(「うみしゃうぶ」)が含まれていることから,福 島県に分布するかどうかにかかわらず海岸植物を紹 介したものと思われる。

 「海濱植物群落」の前半に掲載された18種類の植 物のうち,16種類は現在用いられている和名あるい はその別表記,1種類(「はまぐるま」)が別名であっ た(表3)。なお,「はまあかば」は,手稿では「は まあかざ」と書かれており,誤植と考えられる。残 りの1種類の「はまるりそう」は,該当する植物が 特定できなかった。ルリソウが属するムラサキ科に はハマベンケイソウとスナビキソウがあり,これら のいずれかを指すのかもしれないが,それぞれ本文 と目録で「はまべんけいさう」「すなびきさう」の

名前で掲載されている。特定できた植物は,いずれ も特徴のある植物で,福島県の海岸で生育している ことが報告されており,同定は信頼できると思われ る。

 本文に掲載され,田口コレクション海岸植物標本 があるのはハマハタザオなどの7種類であり,原釜 でも採集されたハマボウフウも含めて,いずれも下 仁井田や上仁井田で採集されたものであった。本文 の「海濱植物群落」の前半に掲載されたもののうち 12種類は目録にも掲載されており,その産地は原釜 が5種類,四倉が8種類,久濱が1種類であった。

このことから,本文の「海濱植物群落」の前半に記 された植物の生育の様子の記述は,当時の相馬市原 釜や,いわき市久之浜,いわき市四倉町上仁井田・

下仁井田の砂浜での観察に基づくものであると考え られる。

5.目録に掲載された植物

 目録に掲載された41種類の植物のうち,32種類は 現在用いられている和名と同じ名称,2種類(「は まぐるま」と「はまにんじん」)が別名であった(表 4)。なお,「はまぼうふら」は,手稿では「はまぼ うふう」と書かれており,誤植と考えられる。「は まがら」は手稿でもそのように書かれているが,「馬 鞭草科」(クマツヅラ科)であるとされているので,

かつてクマツヅラ科に含まれていたハマゴウで(牧 野・根本 1925),「はまがう」の書き間違いと思わ れる。「はまひさかき」は標本(FKSE23509)から,

ヒサカキの誤同定であると考えられる。「あさぎり さう」が指すと思われるアサギリソウは,高山や北 地の岩場に生育する植物で(牧野・根本 1925,門

田他 2017),これまでに福島県には分布が知られて

いない(福島県植物誌編さん委員会 1987,黒沢 未 発表データ)。同じキク科ヨモギ属で福島県の海岸 に分布し,葉が2回羽状全裂し,裂片が糸状になる 点でよく似たカワラヨモギの誤同定かもしれない。

「くまのきく」が指すと思われるクマノギクは,伊 豆半島以南に分布する植物で(牧野・根本 1925,

門田他 2017),これまでに福島県には分布が知られ

ていない(福島県植物誌編さん委員会 1987,黒沢  未発表データ)。同じキク科で福島県の海岸に分布 し,花が黄色い点でよく似ていて,田口(1911a) の本文にも掲載されているネコノシタの誤同定かも しれない。ハマウドは関東以西に生育する植物で(牧 野・根本 1925,鈴木 2017),これまでに福島県に

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は分布が知られていない(福島県植物誌編さん委員

会 1987,黒沢  未発表データ)。同じセリ科で福島

県の海岸に分布し,大型草本のマルバトウキなどの 誤同定かもしれない。ヤマガラシは北海道,本州中 部以北,四国の荒原や北地の河原などに生育する植 物であるが(牧野・根本 1925,門田・米倉 2017),

これまでに福島県には分布が知られていない(福島 県植物誌編さん委員会 1987,黒沢 未発表データ)。

ハマナツメは東海地方以西に生育する植物であるが

(牧野・根本 1925,五百川 2016),これまでに福島 県には分布が知られていない(福島県植物誌編さん

委員会 1987,黒沢 未発表データ)。「みづばのたむ

らさう」は,該当する植物が特定できなかった。当 時の「唇形科」(シソ科)(牧野・根本 1925)の海 岸植物で福島県に分布するものは,本文に掲載され ているナミキソウぐらいしかない。目録にはシロダ モなどの海岸林に生育する植物も含まれているの で,もしかしたら相馬市の海岸近くの森林に見られ る3出複葉のミヤマタムラソウ(菅野・湯澤 2012)

かもしれない。

 目録に掲載され,田口コレクション海岸植物標本 があるのはハマボウフウなどの5種類のみであり,

いずれも下仁井田や上仁井田で採集されたもので あった。前述のように,目録に掲載されたもののう ち12種類は本文にも掲載されていた。

6.特記すべき植物 シバナ(シバナ科)

 シバナは北半球の温帯域の広くに分布し,河口や 干潟の湿地に生育する多年草で(遠藤 2015),産地 が松川浦に局限しており,復旧事業等により減少す るおそれがあるため,福島県RL2020で絶滅危惧Ⅰ B類に指定されている(黒沢他 2018)。田口(1911a) の目録にはシバナが新沼浦に生育することが記され ている。当時,シバナと良く似たマルミノシバナは 区別されずに,ともに広義のシバナとして扱われて おり(牧野・根本 1925),標本がないため田口(1911 a)の目録のシバナがどちらを指すかは判断できな い。これまで福島県内ではシバナは松川浦のみ(薄

葉他 2015),マルミノシバナは新地町今神,相馬市

松川浦,いわき市泉町のみで確認されている(福島 県植物誌編さん委員会 1987,福島県生活環境部環 境政策課 2002)。新沼浦は松川浦の北にあった潟湖 で,1921年に干拓工事が始まり,1924年に入植が始 まった(「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1981)。

新地町今神の一部は新沼浦の干拓地にあたる。新沼 浦は古くに干拓されたため,生育していた植物など はわかっていなかった。シバナまたはマルミノシバ ナが生育していたことから,塩性湿地が存在したも のと考えられる。

ヒメキンポウゲ(キンポウゲ科)

 ヒメキンポウゲは日本固有で青森県から千葉県の 太平洋沿岸の砂浜海岸の湿地や,時に潮だまりの縁 の岩上に生える多年草である(門田・西川 2016)。

生育地が少なく,海岸開発の影響などで減少してい ることから,環境省RL2020では絶滅危惧Ⅱ類に指 定されている。東日本大震災の際に,既知の2箇所 の個体群が消滅してしまったことでも知られる(小 山田他 2012,葛西 2013,滝口他 2014,Kurosawa  2016)。福島県RL2020では絶滅とされるが,これは 本研究の過程でヒメキンポウゲが過去に福島県に生 育していたことが再確認されたことによる(黒沢他  2018)。

 ヒメキンポウゲは,Kawakami(1896‑1897)が  山形県庄内地方の植物目録の中で,鳥海山と吹浦  からRanunculus sp. として記した植物で,Makino 

(1904)がRanunculus kawakamiiとして記載,発表 した植物である。Makino(1904)には Fuku‑ura,  Ugo(山形県飽海郡遊佐町吹浦),Mt. Chokai, Ugo

(鳥海山),Takata‑machi in Kesen‑gori, Rikuzen

(岩手県陸前高田市高田),Motosuka, Kadzusa(千 葉県山武市本須賀)と共に,K. Okadaが1901年6 月21日にNiida, Iwaki(福島県いわき市上仁井田ま たは下仁井田)で採集された標本が引用されてい る。田口(1911b)では,川上瀧彌による発見か ら,牧野富太郎の発表,自身による1909年の採集ま での経緯を,K. Okadaが磐城中学校教諭の岡田毅 三郎であることも含めて詳細に記している。なお,

Tanaka and Sugawara(2009)は,岡田が仁井田 で採集した標本をレクトタイプに選定している(た だし,誤って産地を青森県とし[http://ylist.info/

ylist̲detail̲display.php?pass=29004], 採 集 者 を Okudaとしている)。

 田口コレクションには,田口亮男が「大浦  下仁 井田」で採集し「ヒメヒキノカサ」と同定された採 集日不明の標本,採集者不明で1909年5月10日に「大 浦  下仁井田」で採集され「コキンポウゲ」と同定 された標本,採集者不明で1909年6月15日に「大浦  仁井田港口」で採集された「tsuruhikino kasa」と

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同定された標本(図1a)の3点のヒメキンポウゲ の標本がある。このほか,東京大学総合研究博物館 TI にも田口亮男が1909年6月12日に「大浦村下仁 井田」で採集した標本が保管されている。なお,田 口亮男標本がまとまった数保管されている東京都立 大学牧野標本館MAKでは田口亮男が採集したヒメ キンポウゲの標本は確認されなかった。田口(1911 a)に記されている採集日(1908年6月10日と1909 年7月3日)に採集された標本は,今のところ確認 されていない。

 ヒメキンポウゲがいわき市に生育していたこと は,その後福島県内の植物研究者の間では忘れら れ,福島県の植物リストが掲載された『福島県植物 誌』(福島県植物誌編さん委員会 1987)や福島県の レッドデータブック(福島県生活環境部環境政策課  2002)にも掲載されていなかった。これらの標本 は,福島県にヒメキンポウゲが生育していたことを 示す,貴重な資料である。

センダイハギ(マメ科)

 センダイハギは北米北部,極東ロシア,北海道,

本州中部以北,中国,朝鮮半島の海岸に生育する多 年草で(大橋 2016),福島県内では知られている生 育地が少ないため福島県RL2020で絶滅危惧ⅠB類 に指定されている(黒沢他 2018)。田口(1911a) の目録に挙げられているが,例外的に産地が記され ていない。標本はないが,似ている植物がないので,

同定は正しい可能性が高いと考えられる。

ハマナス(バラ科)

 ハマナスは南千島,北海道,本州(千葉県および 島根県以北)の海岸砂地に生育する低木で(池田他  2016),県内では残された自生地が少なく(いわき

自然塾 2006),生育していても園芸品や植栽由来,

あるいはもともとの自生地に大規模に植栽されてし まい自生と植栽が混在する(例えば松川浦,薄葉

他 2015)ことが多く,確実な自生地が少ないこと

から福島県RL2020で絶滅危惧ⅠB類に指定されて いる(黒沢他 2018)。かつてハマナスは福島県内の 海岸に広く生育しており,小此木(1922)は1920〜

1921年に県内の海岸を踏査して,「砂濱ヲ伴フ平原 地」(砂浜を伴う低地あるいは平地)のほとんどに ハマナスが生育していることを報告し,17箇所の自 生地の生育状況を記している(解説がいわき自然塾  2006にあるが,汀線の長さを当時のハマナスの群落

の長さと誤解して議論しているので注意が必要であ る)。小此木(1922)には,田口が採集した大浦(現 在のいわき市上仁井田または下仁井田)や下仁井田 の生育地については記されていない。ただし,分布 を論じている節で,三好(1908,1909)に四倉がハ マナスの産地として記されているが,これは師範学 校生時代の中原源治が標本と写真を三好に送った際 に,大浦浜を四倉と「錯誤」したからであるという 文脈で取り上げられている。また,小此木等の調査 時に,当時大浦小学校校長であった田口にこのこと を聴取した話も紹介されている。なお,小此木(1922)

が言及した中原撮影の三好(1908)の第五圖版の「ハ マナス」の写真(田口の手書き原稿に綴られている ものはこの写真図版である)と三好(1909)の92ペー ジの「はまなす くろまつ」の写真は同一であるが,

前者は「磐城四倉」,後者は「磐城請戸海邊」(現在 の浪江町請戸と思われる)とされている。田口コレ クション海岸植物標本には,1909年に大浦で採集さ れた標本が2枚ある(図1b)。田口(1911a)の 目録にはハマナスが原釜と四倉(大字や当時の四倉 町を指すのではなく,大浦や下仁井田を含んだ地域 名と思われる)に生育すること,本文には群生する ことが記されており,小此木(1922)に記されてい るように,かつてはハマナスが福島県内の海岸に多 く見られたことが伺える。

ハマハタザオ(アブラナ科)

 ハマハタザオは南千島,サハリンから日本,台湾,

朝鮮半島の海岸の砂地に生える多年草で(門田・米

倉 2017),福島県内では産地,個体数とも少ないた

め福島県RL2020で絶滅危惧Ⅱ類に指定されている

(黒沢他 2018)。近年にハマハタザオの生育が確認 されているのは新地町,相馬市松川浦,広野町,い わき市など数箇所に限られているが(いわき自然塾  2006,湯澤 2014),かつては福島県内の海岸で広く 見られたようで,小林・鈴木(1953)には当時の相 馬郡,双葉郡,石城郡にふつうであったとされてい る。田口コレクションには採集者不明で1909年4月 29日に大浦下仁井田で採集された標本があるほか

(図1c),田口(1911a)の目録にはハマハタザオ が原釜に生育すること,本文には群生することが記 されており,調査当時もハマハタザオが福島県内の 少なくとも一部の海岸に多くの個体が見られたこと が伺える。

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ハマハコベ(ナデシコ科)

 ハマハコベは北米太平洋沿岸,ロシア極東地方,

朝鮮半島,北海道,本州に分布し,海岸の砂地に生 える多年草で(門田 2017),福島県内ではこれまで 太平洋側南限とされる相馬市蒲庭,南相馬市原町 区,浪江町請戸川河口,棚塩,大熊町小良浜で知ら れていた(櫻井 2003a,b,葛西 2009,2015,櫻 井他 2013,伊賀 2014,中西 2018)。震災後も確認 されていた相馬市蒲庭の生育地も東日本大震災の復 旧事業で失われたことから(伊賀 2016,葛西 2019 b),福島県RL2020で絶滅危惧ⅠA類に指定されて いる(黒沢他 2018)。田口(1911a)の本文にハマ ハコベが見られることが書かれ,目録に産地として 原釜(現相馬市)が挙げられている。標本はないが,

似ている植物がないので,同定は正しい可能性が高 いと考えられる。

ハマベンケイソウ(ムラサキ科)

 ハマベンケイソウは北海道,本州,九州,朝鮮半島,

中国北部に分布し,海岸砂地に生える多年草で(米

倉 2017),福島県内では小林・鈴木(1956)に石城

郡四倉海岸と江名海岸で報告されているのみで,福 島県RL2020で絶滅危惧ⅠA類に指定されている(黒

沢他 2018)。田口(1911a)の本文にハマベンケイ

ソウが見られることが書かれているが,場所は記さ れていない。標本はないが,似ている植物がないの で,同定は正しい可能性が高いと考えられる。

スナビキソウ(ムラサキ科)

 スナビキソウはアリューシャン列島からサハリ ン,千島列島,オホーツク海沿岸,北海道,本州

(隠岐以東と千葉以北)に分布し,海岸の砂地や礫 地に生える多年草で(米倉 2017),福島県内では知 られている生育地が少ないため福島県RL2020で絶 滅危惧ⅠB類に指定されている(黒沢他 2018)。こ れまでに知られている生育地はいずれも現在はいわ き市内の平市(小林・鈴木 1956),石城郡豊間(小 林・鈴木 1956),江名(福島県植物誌編さん委員会 

1987)のみであった。田口(1911a)の目録にスナ

ビキソウが挙げられている。標本はないが,似てい る植物がないので,同定は正しい可能性が高いと考 えられる。産地として挙げられた原釜(現相馬市)

はこれまで知られていなかった場所である。

ネコノシタ(キク科)

 ネコノシタは関東地方以南および北陸地方以西の 本州〜琉球,小笠原諸島,韓国(済州島),台湾,中国,

ベトナムに分布し,海岸の砂地に生育する多年草 で(門田他 2017),福島県では標本が確認されてい ないため福島県RL2020では情報不足に指定されて いる(黒沢他 2018)。小林・鈴木(1956)では相馬 郡小高町(現南相馬市小高区),鈴木(1970)では 相馬郡小高町,いわき市四倉,久之浜,豊間,小名 浜に生育するとされるが,今のところ標本が確認さ れていない。鈴木昌友コレクション植物標本目録

(ミュージアムパーク茨城県自然博物館植物研究室  2000)にも福島県産のネコノシタの標本は掲載され ていない。田口(1911a)の本文にネコノシタが群 生することが書かれ,目録に産地として四倉(現い わき市)が挙げられている。標本はないが,福島県 内には似ている植物がないので,同定は正しい可能 性が高いと考えられる。

7.1901から1910年の福島県の海岸植物の多様性  田口(1911a)で群生するとされた植物のうち,

ハマエンドウ,ハマヒルガオ,オカヒジキ,コウボ ウムギ,コウボウシバ,ケカモノハシは現在でも福 島県の海岸にふつうに見られる。一方,田口コレク ション海岸植物標本や田口(1911a)の本文や目録 には,現在の福島県の海岸部ではほとんど見られな い植物が多く含まれていた。現在絶滅が危惧される ハマハタザオ,ナミキソウ,ハマアカザが群生して いたとする記述からは,当時これらの植物の量が多 かったことが推測される。

 田口コレクション海岸植物標本,あるいは田口

(1911a)に掲載された植物で種類が特定できたも のはあわせて47種類であった。これらには,帰化植 物は全く含まれていない。一方で,半数以上の24種 類(1種類が絶滅,17種類が絶滅危惧種,5種類が 準絶滅危惧,1種類が情報不足)が現在保護上重要 な植物とされている。保護上重要な植物の割合は特 に澤田他(2007),澤田(2014)が塩湿地生植物あ るいは海浜植物とした種類で高く,前者で7種類中 6種類,後者で22種類中12種類であった。塩湿地生 植物の多くが保護上重要な植物となった背景には,

福島県内にあった潟湖のほとんどが干拓されて消失 したことにより(黒沢他 2015),相馬市松川浦以外 の塩湿地がほぼ失われたことがあるかもしれない。

また,海浜植物の多くが保護上重要な植物となった

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 表5. 田口コレクションに標本が含まれていた海岸植物または田口(1911a)の「海濱植物群落」の前半に

「海濱植物」として掲載されていた植物で,種類が特定できた植物.

和名(科名) 学名  田口コレクションまたは田口(1911a)に

おける生育地 田口(1911a)の

量的な記述 澤田(2007,2014)

の海岸植物 環境省

RL2020* 福島県 RL2020**

オニヤブソテツ(オシダ科) Cyrtomium falcatum (L.f.) C.Presl いわき市小名浜(標本)

ハイネズ(ヒノキ科) Juniperus conferta Parl. 相馬市松川浦,いわき市四倉町(目録) 海浜植物 絶滅危惧Ⅱ類 シロダモ(クスノキ科) Neolitsea sericea (Blume) Koidz. 相馬市原釜(目録)

シバナ(シバナ科) Triglochin asiatica (Kitag.) A. et D.Löve 新地町新沼浦(目録) 塩湿地植物 準絶滅危惧 絶滅危惧ⅠB類 アマモ(アマモ科) Zostera marina L. 相馬市原釜・松川浦(標本,目録) 浅海域

コウボウムギ(カヤツリグサ科) Carex kobomugi Ohwi 相馬市原釜(目録),いわき市四倉町(標本,

目録) 群生 海浜植物

コウボウシバ(カヤツリグサ科) Carex pumila Thunb. 地名掲載なし 群生 海浜植物 シオクグ(カヤツリグサ科) Carex scabrifolia Steud. いわき市四倉町(目録) 塩湿地植物 ヒメハリイ(カヤツリグサ科) Eleocharis kamtschatica (C.A.Mey.) Kom.  f. 

kamtschatica いわき市四倉町(標本) 塩湿地植物 絶滅危惧ⅠB類

ケカモノハシ(イネ科) Ischaemum anthephoroides (Steud.) Miq. いわき市四倉町(標本,目録) 群生 海浜植物

アイアシ(イネ科) Phacelurus latifolius (Steud.) Ohwi 相馬市原釜(目録) 塩湿地植物 準絶滅危惧 ハマエノコロ(イネ科) Setaria viridis (L.) P.Beauv.  var. 

pachystachys (Franch. et Sav.) Makino et  Nemoto

相馬市原釜(目録) 海崖植物

オニシバ(イネ科) Zoysia macrostachya Franch. et Sav. いわき市四倉町(標本) 海浜植物

ヒメキンポウゲ(キンポウゲ科) Halerpestes kawakamii (Makino) Tamura いわき市四倉町(標本) 塩湿地植物 絶滅危惧Ⅱ類 絶滅 ハマエンドウ(マメ科) Lathyrus japonicus Willd. いわき市久之浜町(目録),四倉町(標本) 群生 海浜植物

センダイハギ(マメ科) Thermopsis lupinoides (L.) Link 地名なし(目録) 海浜植物 絶滅危惧ⅠB類 シャリンバイ(バラ科) Rhaphiolepis indica (L.) Lindl.  var. umbellata 

(Thunb.) H.Ohashi 相馬市原釜(目録) 絶滅危惧ⅠB類

ハマナス(バラ科) Rosa rugosa Thunb. 相馬市原釜(目録),いわき市四倉町(標本,

目録) 群生 海浜植物 絶滅危惧ⅠB類

ハマハタザオ(アブラナ科) Arabis stelleri DC.  var. japonica (A.Gray) 

F.Schmidt 相馬市原釜(目録),いわき市四倉町(標本) 群生 海浜植物 絶滅危惧Ⅱ類

ハマサジ(イソマツ科) Limonium tetragonum (Thunb.) A.A.Bullock 相馬市原釜(目録) 塩湿地植物 準絶滅危惧 絶滅危惧ⅠB類 ハマナデシコ(ナデシコ科) Dianthus japonicus Thunb. 相馬市原釜(目録) 海崖植物 準絶滅危惧 ハマハコベ(ナデシコ科) Honckenya peploides (L.) Ehrh.  var. major 

Hook. 相馬市原釜(目録) 見るべし 海浜植物 絶滅危惧ⅠA類

ハマツメクサ(ナデシコ科) Sagina maxima A.Gray いわき市小名浜(標本)

ハマアカザ(ヒユ科) Atriplex subcordata Kitag. 地名掲載なし 群生 塩湿地植物 準絶滅危惧 オカヒジキ(ヒユ科) Salsola komarovii Iljin 地名掲載なし 群生 海浜植物

ヒサカキ(サカキ科) Eurya japonica Thunb. var. japonica いわき市四倉町(標本,目録)

ハマボッス(サクラソウ科) Lysimachia mauritiana Lam. 相馬市磯部(目録) 海崖植物

スナビキソウ(ムラサキ科) Heliotropium japonicum A.Gray 相馬市原釜(目録) 海浜植物 絶滅危惧ⅠB類 ハマベンケイソウ(ムラサキ科) Mertensia maritima (L.) Gray  subsp. asiatica 

Takeda 地名掲載なし 見るべし 海浜植物 絶滅危惧ⅠA類

ハマヒルガオ(ヒルガオ科) Calystegia soldanella (L.) R.Br. 相馬市原釜(目録) 群生 海浜植物 ウンラン(オオバコ科) Linaria japonica Miq. いわき市四倉町(目録) 群生 海浜植物

エゾオオバコ(オオバコ科) Plantago camtschatica Cham. ex Link いわき市四倉町(目録) 絶滅危惧Ⅱ類 トウオオバコ(オオバコ科) Plantago japonica Franch. et Sav. 相馬市原釜,いわき市久之浜町(目録)

ナミキソウ(シソ科) Scutellaria strigillosa Hemsl. 地名掲載なし 群生 海浜植物 絶滅危惧ⅠA類 ハマゴウ(シソ科) Vitex rotundifolia L.f. いわき市四倉町(目録) 群生 海浜植物 絶滅危惧ⅠB類 エゾノコギリソウ(キク科) Achillea ptarmica L.  subsp. macrocephala 

(Rupr.) Heimerl いわき市四倉町(目録) 絶滅危惧ⅠB類

シロヨモギ(キク科) Artemisia stelleriana Besser いわき市久之浜町(目録) 海浜植物 準絶滅危惧 イソギク(キク科) Chrysanthemum pacificum Nakai いわき市久之浜町(目録) 海崖植物

コハマギク(キク科) Chrysanthemum yezoense Maek. 相馬市原釜(標本) 海崖植物 絶滅危惧Ⅱ類 ハマニガナ(キク科) Ixeris repens (L.) A.Gray いわき市久之浜町(目録) 海浜植物

ネコノシタ(キク科) Melanthera prostrata (Hemsl.) W.L.Wagner 

et H.Rob. いわき市四倉町(目録) 群生 海浜植物 情報不足

ハマギク(キク科) Nipponanthemum nipponicum (Franch. ex 

Maxim.) Kitam. いわき市久之浜町(目録) 海崖植物

ハチジョウナ(キク科) Sonchus brachyotus DC. 相馬市原釜(目録)

トベラ(トベラ科) Pittosporum tobira (Thunb.) W.T.Aiton いわき市四倉町(標本)

アシタバ(セリ科) Angelica keiskei (Miq.) Koidz. いわき市四倉町(目録)

ハマゼリ(セリ科) Cnidium japonicum Miq. いわき市四倉町(目録) 群生 海浜植物 ハマボウフウ(セリ科) Glehnia littoralis F.Schmidt ex Miq. 相馬市原釜(標本),いわき市四倉町(標本,

目録) 群生 海浜植物 準絶滅危惧

 * 環境省レッドリスト2020(http://www.env.go.jp/press/files/jp/113667.pdf,2022年1月2日確認).

 ** ふくしまレッドリスト(2020年版)(https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/380266.pdf, 2022年1月2日確認).

参照

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