日本語教育実践研究(5)期末レポート
「言葉を教える」とは
はじめに
本レポートでは、日本語教育実践研究(5)及び実習の「「わたしのにほんご」プロジェクト1—2」に ついて、具体的な事例、エビデンスに基づき振り返る。なお、エビデンスには振り返りシート(以下、
振り返り)、実習観察記録(以下、実習メモ)、実習後の講義記録(以下、講義ノート)、メーリングリ ストでのコメント(以下、メール)、教案を用いる。
1.「文型」や「表現(機能)」からではなく,「状況」から出発する教育実践を理解し,実現する。
教案(話す第1回-誘う・誘われる-Ver.1)を見てみると、当初どれだけ自分が文型や機能から出発 しているかがうかがえる。教案には「予定を聞く」「興味・関心を聞く」「誘う」「誘いを受ける」「誘いを断 る」といった項目に分けられているが、そこには状況が全くなく、状況の中においたまま言葉を見ること ができていなかった。自身の日本語教師としての経験のなかでも教材、特に教科書からの影響による 固定観念が非常に強いものとしてあった。
状況から出発する上で2つの出発点で考えることが多かった。一つは「学習者が想定、或いは経験し た状況」、一つは「教師が想定し、提示する状況」である。
一つ目の「学習者が想定、或いは経験した状況」では、学習者にとって自分の気持ちを正しく伝えら れるかを判断するために、彼らの状況をきちんと把握する必要がある。小林先生の初回の授業を見学 させて頂き、「本当に自分が言いたい事が言えるように、学習者の状況をきちんと把握した上でフィード バックする」(実習メモ10月9日)事が非常に重要だと感じた。振り返り⑬(1月15日)には「サークル の先輩に明日ご飯に誘われた状況で、友達なら「おごりなら行きたい!」、先輩だから「おごってくださる なら行きたいです!」と考え入力していた学生がいましたが、本当にそう言うのか、どういう関係ならそう 言うのか、その状況で実際にどう振舞うのかを学生と考える事ができました」とある。学生の頭の中に浮 かんでいる状況をきちんと把握した上で、フィードバックをするよう全実習を通して留意した。
二つ目の「教師が想定し、提示する状況」では、講義ノート(12月20日)を見ると、LINEでケーキを もらい写真を送るという設定に対し、先生より「どこにいて誰にもらい、いつ誰に写真を送るのか」「何で も良いではなく、枠組みをきちんと提示する事、その上で枠組みからはみ出していないか判断する」と いう指摘があった。学生にとって理解、納得を得られる状況を考え提示しなければならないが、まだ短 絡的に考えてしまっているところがあると感じている。
小林(2017)は、「個別具体の状況は、無数の要素によって成り立っており、無限である。それらを「コミ ュニケーション」「言語教育」「言語使用」といった観点から、どのように整理し、構造付けられるのか」と 述べている。コミュニケーションを構造化する手掛かりの1つとして講義ノート(11月15日)には板書を 切り口に方法が書かれている。「財布を忘れ、一緒に食事をする友人にお金を借りる状況において、ど のタイミングで言うのか「入店時」「食事中」「会計時」、更に「切り出し」「話中」「話終わり」と9つの枠組
みを設けた板書の方法であった。これをヒントに、状況の中の言葉をどう整理づけ授業で扱う事ができ るのかを考えていた。振り返り⑫(1月8日)で「それぞれの状況が多くの要素で成り立っているため、収 集がつかない?ように思いました。幾つかの段階(どのような段階かは今思いつきませんが…)、或いは 枠組みを設ける等、何かまとまりをつける事ができなかったかと感じています」と書いてあるが、教材、活 動の組み立て、授業の展開において、それは今後も考えていきたい。
2.1人ひとりの学習者にとって「+1」になる活動を組み立て,実践する。
振り返り①(10月9日)にあるように「初級というのはとにかく教師が学習者を引っ張っていくものだと 考え」、私自身、クラス全体を教師が把握、コントロールしようとしていた。しかし先生の初回の授業で は、「じゃあ、練習しましょう」という言葉で時間が設けられ、学習者の様子を見ると、すぐに周囲と練習を 始める者、母語で隣に意味確認をする者、頭の中で整理づけする者と三者三様であった。全体で足並 みを揃える事を考えていると、+1として学習者1人ひとりが授業で得る何かは生まれにくいと実感し た。まず、その実感が得られたことが私にとって大きいものであった。しかし、教案(打つ第1回-キー ボードで打つ-Ver.1)では、初めて日本語を入力する学生からレポート作成等にて経験がある学生ま で様々なはずであるのに対し、教師が全てをコントロールし、活動をひとつずつ全体で進めようとしてい た。それに対して講義ノート(11月29日)を見ると、「教師の好みやビリーフを学生に押し付けている可 能性がある」という指摘を頂き、改めて学習者それぞれの+1を潰してしまっている事に気付く事ができ た。教案(打つ第1回-キーボードで打つ-Ver.4)での最後の自己紹介、教案(打つ第4回-写真を 利用する-Ver.4)での自由に写真、状況を選択する活動は、学習者それぞれが言いたい事を言える、
その上で適切にフィードバックする事で+1になる活動として組み立てる事ができたのではないかと思 っている。また、実習においてその場での学習者からの質問への対応により、+1となる気づきを得る 事ができるとも感じた。
3.学期開始時に自分で立てた「私の目標」
1)クラス全体の雰囲気にも気を払いつつ個々の学習者の様子をきちんと観察できるようになる。
以前より、クラス全体の雰囲気ばかりに気が向いてしまい、個々の学習者の様子に目が向かない事 が多々あったため、この目標を設定した。ある実習にてペアワークがあったが、参加していない学生に 気付く事ができなかった。また、気付いた上でどう対応すべきかも判断ができなかったと感じた。それに 対し講義ノート(10月18日)には、「もう活動が終わっているペアであれば前後等ペアを入れ換える、1 人余っているのであれば他の席に連れていく等、ケースバイケースで考えられる」とあり、これを参考に 話す第4回-頼む-実習にて、ペア、グループでの活動を設け、それぞれが機能できるよう留意し、
対応する事ができたと思う。
個々の学生の反応をよく観察し、きちんと待つために、振り返り⑬(1月15日)では、「学生からの反 応は発話だけでなく、表情や仕草など非言語としても現れる事、自分自身もそういった反応をきちんと 受け止められるように気を付けたい」とある。また、振り返り④(10月30日)には机間巡視の際に「様子 を見ながら声をかけないべきか,声をかけるのであればどう声をかけるのかを意識した」とある。以前で
あれば、教師として学習者をよく観察せずに、手助けしようとすぐに声をかけていたように思う。また、学 生の反応を待つ無言の時間に耐えられず、次に進んでしまう事が多々あった。学習者をよく観察し、ま ず「待つ」事ができるようになったと思う。
2)教案作成,授業実践において,1つ1つのスモールステップに目標を設定する。
教案(話す第1回-誘う・誘われる-Ver.2)の冒頭に「誘う、分かりますか?」という教師の発話があ る。それに対しメール(10月22日)で先生より「実質的な意味を持つ発話だけに絞ったほうがよい」とい うコメントを頂いた。また、講義ノート(10月11日)には「有意味な事を言う」、「学生が答えられない質問 はしない」(11月29日)といったフィードバックがある。にもかかわらず、教案(打つ第4回-写真を利 用する-Ver.1)の冒頭でも「どんな時にLINEで写真を送りますか」という教師の発話がある。これに対 しても先生や実習生より、聞かれても答えられない、といった指摘があった。そもそも、授業の展開、活 動の組み立てとして教師のスモールステップのみを考えてしまっていた。講義ノート(1月10日)には
「学生のスモールステップをまず組み立てる事、そこには色々なアプローチを考える事ができる」とある。
つまり、教師のスモールステップのみを考えると、そのアプローチには柔軟性が無いのだと感じた。学 習者の頭の中がどうなっているのか、それを意味のある段階として授業を組み立てなければならないと 感じた。
学習者の頭の中のスモールステップを考える事は簡単な事ではないと思う。今期の目標として達成す る事はできなかったが、この実践研究を経てようやくその観点を得る事ができた。それが無目的な形だ けの段階に沿った教師の発話を減らす、なくす事に繋がるのだと感じている。
3)自分自身の引き出しを増やし,パッケージを充実させたい。
この目標を設定したのは、先生の初回授業見学をさせて頂いた事がきっかけであった。
自己紹介というパッケージで、 名前 です・ 名前 と申しますの違いや、名字と下の名前、ミドルネ ームといった語彙、出身の意味等、自己紹介1つにとても広がり、充実を感じた。その状況で何をどう扱 うのか、学習者の発話にどう対応するのか、目標でありながらもどうしていくのか考えた実践研究であっ た。
メール(10月22日)にて先生より「目上の人には丁寧体、同等の人には普通体という機械的な置き換 えは、まさに「教室日本語」です。私たちは、相手によって文末スタイルだけを切り換えているのではな く、他のすべてをかえているはず」というコメントを頂き、自分自身の引き出しには教室日本語が多くある と痛感をした。日本語教師として言葉を過大評価し、引き出しには言葉しか入っていないとも感じた。
「話す第4回-頼む-」実習にて、ファミリーレストランで友人の手元にあるフォークを取ってほしいとい う状況で何というか質問をした。学習者からは「フォーク取って」「あ、フォークお願い」「ごめん、フォーク 取ってくれる」といった発話があったが、1人の学習者から「相手が友人ではなく先生とか上司だった ら、フォーク取って頂けませんか、でいいですか」という質問があった。その際に「そもそもそういう人に 対し、お願いはしないんじゃないか」と対応した。以前であれば、単なる親疎上下で言葉を考えていたと 思う。状況の中で言葉がどう振る舞いを見せるのかだけではなく、振る舞いを見せないという事も意識 するようになった。そういった観点からも考え、引き出しを増やしていきたい。
5.参考文献
小林ミナ(2017)「「状況から出発する」アプローチ」『早稲田日本語教育学』22,pp.101-113