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裁判員制度の現状と課題

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富 田   哲

 1.まえおき

 本稿は、2021年11月25日に実施された県立福島高校における“Teacher’s ラボ模擬授業”の講義案に加筆補正したものです。講義の時間は50分でした。

そのため裁判員制度が抱える現在の問題点については、あまり言及することが できませんでした。本稿は、裁判員制度の概説書に書かれているような解説の 部分をできるだけ簡単にし(模擬授業では当然これを省略するわけにはいきま せん)、問題点の検討を中心に構成しました。当日の配布物には「注」はあり ませんでしたが、高校生・大学生の皆さんにも読んでもらうことを念頭におい て、本稿では、参考文献を中心にして、これを付すことにしました。また当日 の雰囲気を残すために「です・ます調」で記述しています。

裁判員制度の現状と課題

―大学生・高校生に訴える―

   目  次 1.まえおき 2.序―問題の所在 3.裁判員制度の概略 4.裁判員制度の問題点

5.専門家による判断と素人による判断

6.おわりに―国民の司法参加を定着させるために

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 2.序―問題の所在

 2004年に「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(裁判員裁判法)」が成 立し、2009年から裁判員裁判が始まりました。本年(2021年)で12年が経 ちましたが、2021年8月末の時点で、新受は全国で15,189人、終局は14,309 人、未済は880人です。この間に裁判員に選任された数は全国で80,618人、

補充裁判員の選任数は27,369人となっています。この数字は裁判員制度が国 民に定着したといえるでしょうか。

 司法制度改革審議会において裁判員制度が提唱されたころ、この制度が憲法 に違反するのではないかという主張がありました。日本国憲法は裁判官によ

1 裁判員制度に関する概説書として、以下のものをあげておきます(単行本の み)。丸田隆『裁判員制度』(平凡社新書・2004年)。河津博史・池永知樹・鍛冶 伸明・宮村啓太『ガイドブック裁判員制度』(法学書院・2006年)。最高裁判所

『よくわかる! 裁判員制度Q&A』(2006年)。竹田昌弘『知る、考える裁判員 制度』(岩波ブックレット・2008年)など。他方、裁判員制度に批判的なものと して、小田中聡樹『裁判員制度を批判する』(花伝社・2008年)があります。そ のほか、最高裁判所が裁判員裁判の広報用として作成した映画(DVD)には、

最高裁判所『裁判員 選ばれ、そして見えてきたもの』(非売品)、最高裁判所

『評議』(非売品)などがありますが、これも参考になります。

2 最高裁判所「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~令和3年8月末・速 報)」による数字です(最高裁のホーム・ページに掲載されています)。なお、

15,189人は実人員であり、延べ人員は16,375人となっています。

3 戦後の日本国憲法の制定段階において、陪審制を導入(復活)するか否かの議 論があったことは、周知の事実です。そうして陪審制の見送りは問題の先送り ともいえますが、裁判所法3条3項は「この法律の規定は、刑事について、別 に法律で陪審の制度を設けることを妨げない」と規定しています。もしも裁判 員制度そのものが憲法違反であると主張するならば、裁判所法3条3項も当然

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る裁判以外の裁判を予定していないこと等を理由としていました。合憲か違憲 かについては、最高裁判所が2011年11月16日に合憲判決を出しましたが、

この最高裁判決においては、合憲の理由として、「刑事裁判に国民が参加して 民主的基盤の強化を図ることと、憲法の定める人権の保障を全うしつつ、証拠 に基づいて事実を明らかにし、個人の権利と社会の秩序を確保するという刑事 裁判の使命を果たすことは、決して相容れないものではなく、このことは、陪 審制又は参審制を有する欧米諸国の経験に照らしても、基本的に了解し得ると ころである。そうすると、国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための 諸原則とは、十分調和させることが可能であり、憲法上国民の司法参加がおよ そ禁じられていると解すべき理由はなく、国民の司法参加に係る制度の合憲性 は、具体的に設けられた制度が、適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵 触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば、憲法は、一般 的には国民の司法参加を許容しており、これを採用する場合には、上記の諸原 則が確保されている限り、陪審制とするか参審制とするかを含め、その内容を 立法政策に委ねていると解されるのである」と述べています。この判決の後、

違憲説はあまり主張されなくなりました。

 しかし国民の司法参加という観点からすると、裁判員制度は決して完璧なも のとはいえません。改善しなければならない点が多数あります。ここでは裁判 員制度の現状を踏まえた上で、いくつかの問題点をとりあげ、改善の方策を検 討していきたいと思います。

に憲法違反であると主張しなければ辻褄が合わなくなります。

4 最高裁判決2011(平成23)年11月16日については、最高裁のホーム・ページ で検索することができます。

5 この一般論に続けて、本件最高裁判決においては、憲法31条、32条、37条1 項、76条1項、80条1項について、具体的に検討し、憲法違反にはあたらない としています。

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 3.裁判員制度の概略

(1) 日本における立法・行政・司法

 日本国憲法は三権分立制を採用しています。三権とは、①立法権、②行政 権、③司法権、を指しています。三権分立の意義については、18世紀のフラ ンスの法律家、シャルル=ルイ・ド・モンテスキューがその著書『法の精神』 において強調したところです。

 「立法権」は国会に属しています。すなわち、「国会は、国権の最高機関で あって、唯一の立法機関である」(憲法41条)と規定しています。国会議員

(衆議院議員および参議院議員)は、国民が選挙によって選出します。明治憲 法下には貴族院に勅選議員というものがありましたが、日本国憲法下では選挙 によらない国会議員を認めていません。それゆえ選挙を通じての国民の立法府 への関与はかなり強いものとなっています。

 「行政権」は内閣に属しています。すなわち、「行政権は、内閣に属する」

(憲法65条)と規定しています。内閣のトップは内閣総理大臣であり、内閣総 理大臣は必ず国会議員の中から選出されます(憲法67条1項)。また国務大臣 の過半数は国会議員から選出されることとなっています(憲法68条1項)。さ らに内閣は衆議院が不信任を決議したときは、内閣が総辞職するかまたは衆議 院を解散しなければなりません(憲法69条)。行政権になると、国民の関与は 間接的なものとなりますが、それでも国民の関与を認めています。

6 モンテスキュー『法の精神』の翻訳は多数ありますが、ここでは次の2点をあ げておきます。モンテスキュー、根岸邦孝訳『法の精神 世界の大思想16』(河 出書房・1966年)。モンテスキュー、野田良之・稲本洋之助・上原行雄・田中治 男・三辺博之・横田地弘『法の精神(上)(中)(下)』(岩波文庫・1989年)。

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 「司法権」は裁判所に属しています。すなわち、「すべて司法権は、最高裁判 所及び法律の定めるところにより設置する裁判所に属する」(憲法76条1項)

と規定しています。しかし裁判官は国民による選挙で選ばれるわけではありま せん。戦後の日本国憲法下において、21世紀初頭の司法改革以前には、国民 の司法権への関与は、「最高裁判所裁判官の国民審査」および「検察審査会制 度」に限られていました。最高裁判所裁判官の国民審査は、衆議院議員の総選 挙の際に行われ、裁判官として適切ではないとして、「×」印が過半数となっ た者は裁判官を罷免されることとなっています

 検察審査会の委員は国民のなかからクジで選出されます。現在の日本におい ては、検察官のみが起訴するか否かを決定できるのですが、検察官が不起訴ま たは起訴猶予としたケースについて、検察審査会が二回にわたり、起訴を相当 とすると判断したときは、強制的に起訴されます。この場合には、選任された 弁護士が検察官役を務めることになります。最近では、東京電力株式会社の幹 部が原発事故の刑事責任を追及されたところ、検察官が二回にわたり不起訴と しましたが、検察審査会はこれを二回とも「起訴相当」と判断しました。東電 原発事故については、こうして刑事裁判が始まりましたが、第1審では東電幹 部は無罪となりました

7 2021年10月31日の衆議院議員総選挙の際に行われた最高裁判所裁判官の国民 審査においては、対象者11名につき、罷免を可とする「×」票は最大で7.85 パーセント、平均は6.82パーセントであり、全員が信任されました。

8 福島原発事故の刑事裁判については、福島原発告訴団『これでも罪を問えない のですか! 福島原発告訴団50人の陳述書』(金曜日・2013年)。海渡雄一[編 著]、福島原発刑事訴訟支援団・福島原発告訴団[監修]『東電刑事裁判で明ら かになったこと 予見・回避可能だった原発事故はなぜ起きたか』(彩流社ブッ クレット・2018年)などがあります。

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(2) 司法権への国民参加  1)陪審制度と参審制度

 立法または行政とは異なり、日本においては、司法は職業裁判官に任せてお けばよいとか、裁判は素人になじまないものという考えが支配していました。

これに対して民主主義の観点から批判されてきました。西洋では国民が裁判に 直接参加する制度は古く、ギリシア、ローマの時代から行われてきました。た とえば、ソクラテスが死刑判決を受けた法廷は市民集会のような状況で行われ ました

 そうして近代にはいると、ほとんどの西欧諸国において、司法への国民参加 が認められるようになりました。司法への国民参加の形態としては、①陪審制 度、②参審制度が代表的なものです。

 「陪審制度10」は主にイギリス・アメリカなどで発達した制度です。陪審員 は担当する事件ごとに選出されます。そうして陪審員は事実認定のみを担当

9 プラトン,久保勉訳『ソクラテスの弁明・クリトン』(岩波文庫・1964年)。 10 アメリカの陪審裁判につき、初心者向けとして、丸田隆『陪審裁判を考える

 法廷にみる日米文化比較』(中公新書・1990年)があります。また陪審裁判の 評議を活き活きと捉えた作品として、『十二人の怒れる男』という有名な映画が あります。最高裁作成の裁判員広報用映画よりもはるかに面白いと思います。

旧バージョンは『十二人の怒れる男』(20世紀フォックス ホーム エンターテイ ント ジャパン,1957年)であり、新バージョンは『12人の怒れる男―評決の行 方―』(20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン,1998年)で す。このうち1957年度版は、陪審員のうちにエスニック系と思われる者が一人 いますが、他はすべて白人男性です。これに対して1998年度版は12人の陪審員 のうち4人が黒人となっています。さらに裁判官には女性を起用していますが、

陪審員はすべて男性です。現在では女性が一人もいないという陪審員の構成は 不自然です。タイトルの「Angry Men」のMenは女性を含んで用いられますの で、次のバージョンには女性の陪審員も登場すると思われます。

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し、「有罪(guilty)」か「有罪でない(not guilty)」かを決定します。法を解 釈し、法を適用して判決を下すのは、裁判官の役割です。伝統的な陪審制度は 12名の陪審員で構成され、原則として全員一致で事実認定を行い、「評決」を もって裁判長に答申することとなっています。

 「参審制度」は主にフランス・ドイツ等の大陸諸国で発達した制度です。参 審員は任期を限って選任され、その間に複数の事件を裁判官とともに担当しま す。裁判官と参審員との人数比は国によって区々です。たとえば、フランスで は裁判官3名に対して参審員9名です。ドイツでは裁判官3名に対して参審員 2名となっています。参審員は原則として事実認定にも法的判断(量刑等)に も関与します。

 2)日本における陪審制度

 日本においても、大正デモクラシーの影響を受けて、1928年10月1日から 約15年間、「陪審裁判」が行われたことがあります11。10月1日が「法の日」

(戦前は「司法記念日」といいました)となっているのは、これに由来します。

明治憲法57条1項は「司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ」

と規定していました。明治憲法下においては、天皇は不可侵=無答責とされて いましたから、たとえ誤判があっても天皇が法的責任を負うことはありません でした。しかし国民の不満が天皇・皇室に向けられることを政府は極度に恐れ ていました。もしも陪審裁判によって誤判が起きたとしても、それは仲間内の 国民がしたという言い逃れができることになります。

 原敬政友会内閣は陪審制度を積極的に導入することを図りましたが、原敬が 東京駅にて刺殺されたこともあって、1923年になって、ようやく陪審法が成

11 日本の陪審員制度の記述については、前掲(注(10))、丸田隆『陪審裁判を 考える』を参照しました。

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立したのです。そうして1928年から陪審裁判が開始されました。陪審員とな る資格として30歳以上の男子であること、直接国税3円以上を納めているこ と等とされ、納税要件がありました。1925年に普通選挙法が成立し、25歳以 上の男子であれば、選挙権を有することとなり、納税要件がなくなりました。

このとき投票権者は全人口の約21パーセントでしたが、1927年当時の陪審員 有資格者は、この投票権者の約14パーセントでした。陪審員となる資格は国 民のごく少数に限定されていたのです。

 戦前の陪審裁判には、法定陪審(重大事件として、原則として陪審裁判とす るもの)と請求陪審(被告人の請求によって陪審裁判とするもの)とがありま したが、法定陪審であっても、被告人はこれを辞退することができました。ま た陪審にかかる費用は被告人が負担するものとされていました。

 英米の陪審制度では、評決には陪審員12名の全員一致が必要とされていま すが、日本では多数決によって行われました。さらに裁判官は陪審員の評決に 拘束されませんでした。評決を不当としてこれを無視することもできたので す。

 陪審裁判は戦争が激化してくるに伴い、時局にそぐわないものとして、

1943年に停止されました。戦後になって日本国憲法の下でも、陪審制度は復 活されませんでした。しかしこのことは戦前の陪審制度が無意味であったこと を示すものではありません。陪審裁判は、約15年の間に、484件の陪審評議事 件が行われたにすぎませんが12、このうち無罪率は約18パーセントであり、通 常裁判の無罪率約0.07パーセントと比較して、無罪となるケースが非常に多 かった点が指摘されています。

12 484件の陪審事件のうち、殺人215件、放火214件、殺人放火2件となってお り、これだけで約90パーセントを占めています。

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(3) 日本の裁判員制度

 1)日本型・司法への国民参加制度

 国民が裁判に参加できない制度は民主主義の観点から批判されてきたところ ですが、世界的にも珍しい存在となり、先進国の中で国民の司法参加を認めて いない国は、極東の二か国、日本と韓国であるといわれました。グローバル化 が進展する中で、21世紀に入り、日本においては、司法制度改革の一つとし て、司法への国民参加の制度である「裁判員制度」が設けられました。すなわ ち裁判員裁判を施行するための法律として、2004年に「裁判員の参加する刑 事裁判に関する法律(裁判員裁判法)」が制定され、5年の周知期間をおき、

2009年から裁判員が加わった裁判員裁判が開始されました。なお、日本とほ ぼ同時期に、韓国においても、「国民参与裁判13」として、国民の司法参加が 実現しています。

 2)どのような裁判に裁判員が関与するか

 裁判員が加わって裁判が行われる事件は、重大な「刑事事件」についてです

(裁判員裁判法2条)。たとえば、①死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる 罪に関する事件(同条1項1号)、②法定合議事件(裁判官が3名で行う事件)

のうち故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた罪に関する事件(同条1項 2号)などです。

 3)誰が裁判員となるか

 裁判員の選任資格として、裁判員裁判法13条は、「裁判員は、衆議院議員の

13 韓国の国民参与裁判に関する紹介として、今井輝幸『韓国の国民参与裁判制 度―裁判員制度に与える示唆―』(イウス出版(発行),成美堂(発売)・2010 年)があります。

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選挙権を有する者の中から……選任するものとする」とされています。それゆ え年齢については、当初は満20歳以上でありましたが、選挙権年齢が2016年 から満18歳に引き下げられました。しかし当分の間は、裁判員は満20歳以上 の者から選任するという運用がなされています(この点については、後でとり あげます)。

 年齢の上限に関する規定はとくにありませんが、満70歳以上の者について は、他の事由がなくても辞退が認められます(裁判員裁判法16条1号)。  裁判員の選任は、それぞれの事件ごとに行われます。この点では英米の陪審 制度と同じです。

 まず各市町村の選挙管理委員会は毎年くじによって裁判員候補者予定者を選 び、「裁判員候補者予定者名簿」を作成(調製)します(裁判員裁判法21条)。 裁判員候補者予定者になったことは各人に通知されます。その際に、就職禁止 事由に該当する者(裁判員裁判法15条、たとえば同条1項15号には「学校教 育法に定める大学の学部、専攻科又は大学院の法律学の教授又は准教授」とあ ります)に該当するかの問い合わせがあり、該当者はこの段階で排除されま す。

 次に、各地方裁判所は「裁判員候補者名簿」を作成(調製)します(裁判員 裁判法23条)。この裁判員候補者名簿に記載された者から、それぞれの事件ご とに、参加する裁判員候補者をくじで選任します。

 選ばれた裁判員候補者は特定の日時に裁判所に出頭することが要請されます

(裁判員裁判法27条)。

 裁判所は裁判員候補者に対して、裁判員になることができない事由の有無

(たとえば、被告人と親族関係にある等)とか、裁判員を辞退する希望の有無

(たとえば、学生が辞退を希望すれば、それだけで辞退できます)などを確認 します。そのうえで、裁判所は裁判員および補充裁判員(いわゆる補欠)を確 定することになります。

 裁判官と裁判員との人数比は、裁判員制度の導入に際して最も議論された点

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の1つですが、結局、原則として、裁判官3名に対して、裁判員6名で裁判所 を構成することになりました14(裁判員裁判法2条2項)。

 4)審理の方法

 これまでの刑事裁判においては、いわゆる公判は月一回、5~6回で結審と なることが一般的でした。さらに裁判官は書面を自宅に持ちかえって、じっく りこれを読むことも行われてきました。しかし、裁判員制度になると、こうし た運営方法は不可能です。素人である裁判員を何か月も拘束しておくことはで きませんし、書面を自宅に持ち帰ることもプライバシー保護の観点から許され ることではありません。

 それゆえ、審理は原則として連日開廷して行われ、その間、裁判員は毎日、

裁判所に出頭することとなりました。しかし現在ではこの原則が崩れつつあり ます。数日で決着がつくような簡単なケースばかりではないからです(この点 については、後でとりあげます)。

 裁判員が関与する刑事裁判は原則として地方裁判所の本庁で行うとされてい ましたが、福島県では、福島本庁と郡山支部において裁判員裁判が行われてい ます。裁判員裁判に関する福島本庁の管轄は、福島本庁・相馬支部であり、郡 山支部の管轄は、郡山支部・白河支部・会津若松支部・いわき支部です。その ため郡山での取扱件数は福島の倍近くとなっており、2021年8月末現在で、

福島地裁本庁では、新受は67人、終局は66人、未済は1人です。福島地裁郡 山支部では、新受は126人、終局は122人、未済は4人となっています。また 裁判員制度に利用される法廷も福島では一つ、郡山では二つ設置されました。

14 例外的に裁判官1名、裁判員4名で行う場合が認められています(裁判員裁 判法2条3項)。

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 5)評  議

 裁判員は、裁判官とともに、犯罪の事実認定、法令の適用、刑の量定(量 刑)を担当します(裁判員裁判法6条1項)。この点は参審制度と共通してい ます。これに対して、法令の解釈に係る判断、訴訟手続きに関する判断、その 他裁判員の関与する判断以外の判断については、裁判官の合議によって行いま す(裁判員裁判法6条2項)。

 法廷における審理が終わった後、裁判官と裁判員は別室で「評議」を行いま す。評議とは、犯罪の事実認定、法令の適用、刑の量定を決めるための話し合 いです。評議は非公開で行われます。

 評議の結果、意見が一致しないときは、裁判官または裁判員の双方の意見を 含む過半数で決定することになります(裁判員裁判法67条1項)。

   官① 官② 官③ 員① 員② 員③ 員④ 員⑤ 員⑥  1 無罪 無罪 無罪 有罪 有罪 有罪 有罪 有罪 有罪→無罪  2 有罪 有罪 有罪 無罪 無罪 無罪 無罪 無罪 無罪→無罪  3 有罪 有罪 無罪 有罪 有罪 無罪 無罪 無罪 無罪→無罪   (官=裁判官、員=裁判員)

 上記のケースにおいて、1は裁判官が全員無罪のため「無罪」です。2は裁 判員が全員無罪のため「無罪」となります。3は裁判官にも裁判員にも有罪の 者がいるので、この場合には多数決によって決することとなり、有罪4名と無 罪5名のため「無罪」となります。この多数決については、裁判官と裁判員は 平等です。現実には全員一致まで話し合いを続け、多数決で決することはあま り行われていないようです。

 評議の結論を受けて、裁判官が判決を作成し、公開の法廷において、裁判長 が判決文を読み上げます。

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 4.裁判員制度の問題点

 裁判員制度にはさまざまな点で改善の余地があります。ここでは【設例】形 式15を用いて、具体的な事例を挙げて問題点を指摘し、改善の方策を探ってい きたいと思います。その事例として、①裁判員の年齢資格をどのようにする か、②辞退をどのような場合に認めるか、③どのようなケースにつき裁判員裁 判とするか、を考えることにします。いうまでもなく裁判員制度の問題点はこ れらに限られるわけではありません。

(1) 裁判員の年齢資格をどうするか

 【設例1】

 数年後のことです。Aは昨年18歳になりました。Aは、幼稚園、小学 校、中学校、高校とも半径300メートルの範囲内にあり、すべて自宅から 通園・通学しました。ところが、Aが裁判員候補者名簿に載り、裁判所か ら〇月〇日に出頭するようにとの通知(呼出状)が来ました。呼出状には どのような事件なのかについての記載はありません。Aは迷っていました が、勇気を出して出頭しました。そこで裁判所からの説明を聞き、はじめ て18歳の少年が友人3人を殺害した殺人事件であることを知りました。

 【設例1】は、社会経験の少ない18歳のAが、裁判員候補者となったとこ ろ、出頭するかに迷っており、そして裁判となっている事件はAと同年代の人

15 いわゆる「学校事例(Schulbeispiel)」といわれるものです。実際に現われる と思われるケースを単純化して設例形式にて作成しました。

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が被告人となっている殺人のケースです。

 裁判員裁判法13条は「裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者の中から」

選任すると規定しています。そうであるならば、選挙権資格年齢が18歳に引 き下げられた2016年の時点で、裁判員の選任資格も18歳になるはずでした。

しかしこの公職選挙法の改正による年齢変更は当分の間、裁判員資格には適用 しないものとされ、裁判員の選任資格は20歳のままで運用されてきました。

ところが民事上の成人年齢が2022年4月から18歳に引き下げられることにな り(成年になると、民事上では、「行為能力者」として単独で契約等を締結で きます)、裁判員資格もこれに連動させるべきかが問題となりました。国では、

2023年から、裁判員の選任資格も18歳とすることとし、現在、準備を進めて います。

 裁判員資格の年齢引き下げについては賛否両論があります。年齢引き下げ反 対派は、次のように主張します。選挙であれば多くの場合、投票権者は数万人 の規模であり、一人の一票の価値は数万分の一となるのに対して、裁判員裁判 の場合には6名のうちの一人です。それゆえ責任の重さは決定的に異なりま す。これを考慮して、反対派は裁判員となるためにはもう少し、年齢を重ね、

経験を積んでいることが望ましいと主張します。ドイツにおける参審員の年齢 要件は25歳であり、フランス、ロシア等でも参審員・陪審員の資格年齢を選 挙権年齢よりも高く設定しています。

 これに対して、年齢引き下げ賛成派は、裁判員制度が広く国民の声を反映さ せることが目的であるので、若い人の声も反映させるべきであると主張しま す。若年者の犯罪に対して価値観の異なる高齢者のみで判断すると、公正な裁 判とはならないのではないかという指摘です。アメリカでは、陪審員選任資格 は選挙権と同じく18歳です。

 皆さんはどのように考えますか。

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(2) どのような場合に辞退が認められるか

 【設例2】

 Bは40代の中小企業のサラリーマンです。裁判所から裁判員候補とし ての呼出状が来ました。呼出状には事件の記載はありません。Bは迷って いましたが、勇気を出して出頭しました。当日、裁判所からの説明を聞 き、Bと同年代の男性サラリーマンが自分を馬鹿呼ばわりした女性上司を 逆恨みして、この上司を虐殺したケースであること知りました。

 【設例2】は、40代のサラリーマンが裁判員の候補者となったケースです。

この世代の者は会社の中堅として休暇をとることもなかなか困難です。しかも 仕事の上で大きなストレスにさらされている年代です。【設例2】の被告人も こうした背景があって殺害に及んだのかもしれません。

 裁判員裁判が定着してくると、難しい事件も出てくるようになりました。当 初、連日開廷で2~3日を予定していましたが(最高裁判所が作成した裁判員 制度の広報映画も2~3日で終結するものばかりです)、現在では相当長期間 に及ぶような裁判員裁判も現われました16。そうすると、欠席率とか辞退率も 上がり始めました。とりわけサラリーマン層の辞退率が高くなりつつあること が指摘され17、その結果、裁判員の構成に偏りを生ずることが問題となりま

16 最高裁判所事務総局「2020(令和2)年における裁判員裁判の実施状況等に 関する資料」(2021年7月)10頁によると、2020(令和2)年(2020年1月1 日から2020年12月31日まで)につき、裁判員の平均的職務従事日数は7.0日で あり、6日または7日であることが多いのですが、11日以上となるものが7.6 パーセントあります。勤め人の場合(サラリーマンのほか公務員をも含めて)、

10日に近い休暇をとることは非常に困難であると思います。

17 前掲、最高裁判所事務総局「2020(令和2)年における裁判員裁判の実施状

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す。このような問題は、アメリカでも同様であり、陪審員として、年金生活 者、専業主婦、学生の比率が上がっているといわれています。

 私が子どものころ、「三ちゃん農業」ということがいわれました。高度成長 期、兼業農家が増加し、「父ちゃん」は企業に勤めに出て、農業を担っている のは「爺ちゃん」「婆ちゃん」「母ちゃん」という農家の実態を示しています。

これに即していえば、裁判員裁判が「爺ちゃん」「婆ちゃん」「母ちゃん」によ る「三ちゃん裁判」といわれる事態を招きかねません。

 裁判員となる年齢層、性別が偏ってくると、公正な裁判をすることが困難と なります。とりわけ国民の声を裁判に反映させるというのが、裁判員裁判の主 たる目的であったのに、これが実現できないことになりかねません。そうであ るならば、辞退できる事由を厳格にして辞退を困難にすればよいのではないか といわれるかもしれません。しかし、嫌々ながら裁判に参加することを強制し ても、裁判に真摯に向き合うことにはならないと思います。アメリカ映画『十 二人の怒れる男』において、第7番陪審員がその夜の野球のチケットを持って いたために、早く評議を切り上げたい意向をちらつかせる場面がありますが、

こうしたことは避けたいところです。

 検察官・弁護士による公判前整理手続きを徹底的に行い、提出する証拠等を 厳選するなどの工夫をすればよいのではないかといわれるかもしれません。し かしこれによって被告人・弁護側の防御の機会が減少するならば、本末転倒と いわなければなりません。大変な難問です。

況等に関する資料」36頁によると、実審理予定日数が2日の場合には、辞退が 認められた裁判員候補者の割合が40.5パーセントであるのに対して、11日以上 の場合には、76.3パーセントに上ります。4分の3を超える人の辞退を認めて もよろしいのでしょうか。

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(3) どのような事件が裁判員裁判にふさわしいか

 【設例3】

 Cは〇〇電力の原子力発電所から3キロメートルのところに住んでいま した。最近、地質学者によりこの原発の下には活断層があるという指摘が なされました。これに対して、〇〇電力は相変わらず、活断層は存しない と主張しています。Cは裁判で決着を付けることにし、国を被告として、

原発設置許可の取消しを求める訴訟を提起し、裁判員裁判で判断すること を求めました。裁判所は行政法上の取消訴訟は裁判員裁判の対象外である として、裁判員裁判にはしませんでした。Cは今でも裁判員裁判とならな かったことにつき不満をもっています。

 現在の裁判員裁判は、重大な刑事事件を対象としています。それゆえ現行法 を前提にすると、【設例3】のケースは、いうまでもなく裁判員裁判の対象と はなりません。ここで問題としたいことは、立法論として行政訴訟等について も裁判員裁判で行うことが妥当であるか否かという点です。もう少し広く考え るならば、現行の裁判員裁判にとらわれずに、どのような事件につき国民の司 法参加を認めるべきかという制度設計の問題として考えることにします。実定 法学の中心は法解釈学とされてきましたから、現行法のみを対象とし、立法論 を除外してきました。しかし現在では立法論をも念頭においた議論がなされて います。また裁判員制度の導入を議論した司法制度改革審議会においても、裁 判員裁判の対象につき、身近な民事事件とか行政裁判等も含めるべきではない かという議論がありました。アメリカ等では民事事件にも陪審裁判が導入され ています。

 どのような事件が司法への国民参加が強く求められるのかといえば、実際の 裁判の結果に対して国民が強い不満をもっているケースであると思います。行 政事件についてはどうでしょうか。行政事件では裁判官は行政府よりの姿勢を

(18)

示すことが多いとの指摘があります。国策である原子力発電所に関する訴訟で は(なお原発訴訟には行政事件のほかに民事事件もあります)、2011年の東京 電力の福島第一原子発電所事故の前には、原告勝訴のケースは下級審でわずか 2件しかありませんでした18。原発に関連する裁判は住民の利害と密接に結び ついていることが多いので、住民の声を反映させることが必要となります。も しも政府や電力会社の代弁者と思われるような裁判官であれば、国民の支持を 得られるはずはありません。それゆえこうした分野は裁判への国民参加が強く 求められると思います。

 家事事件についてはどうでしょうか。家事事件は価値観の相違で結論が左右 されることが多いとされています。これも立法論となりますが、たとえば夫婦 別姓とか同性婚などを認めるべきか否かが裁判の争点となると、若年者と高齢 者、男性と女性との間で考え方の相違が浮かび上がってきます。もしも高齢男 性の裁判官のみ裁判が行われるならば、若年者や女性の声を反映できないこと になります19

 ただし、この問題は国民の司法参加を拡大すれば解決するという単純な話で はありません。現在でも裁判員裁判が長期化しつつあることを指摘しました が、もしもこれ以上に裁判員裁判の対象事例を拡大するならば、それに伴っ

18 海渡雄一『原発訴訟』(岩波新書・2011年)xx頁(はじめにの部分)による と、原発関連訴訟の判決(決定を含む)につき、2011年3月の時点では、行政 事件・民事事件を併せて、棄却または却下は35判決あるのに対して、請求認容 は、名古屋高裁金沢支判2003(平成15)年1月27日判例時報1818号3頁(も んじゅ、行政事件)および金沢地判2006(平成18)年3月24日判例時報1930 号25頁(志賀原発2号機、民事事件)の2判決です。

19 最高裁判決2015(平成27)年12月16日は「夫婦同氏」を規定する民法750条 を合憲と判示しましたが、女性判事は3人とも違憲であるとの意見を述べてい ます。

(19)

て、裁判員も増やさなければなりません。裁判員裁判の対象をどのように範囲 の事件にするべきかという問題には、政策的判断が横たわっているのです。

 5.専門家による判断と素人による判断

 裁判は専門性が強いので、専門家である裁判官に任せるほうがよいとか、素 人は感情に流されやすいから信用できないということを今でもよく聞きます。

司法制度審議会において裁判員制度を導入しようとした際にも、この問題がと りあげられました。確かに法の解釈とか法の適用であれば、専門性を必要とし ます。これに対して事実認定はどうでしようか20

 【設例4】

 1949年8月のことです。福島市の金谷川・松川間で列車の転覆事故が ありました。これにつき当時の国鉄職員(現在、JR)10名と東芝松川工 場(現在、北芝)の従業員10名、合計20名が共同謀議等で起訴され、そ のうち甲・乙・丙・丁・戊の5名が実行犯として起訴されました。

 被告人・乙は、当日の午後9時頃から翌朝まで、自宅に居たと供述して いますが、甲の自白により乙は実行犯の一人とされました。乙を実行犯と する証拠は甲の証言だけでした。乙の妻は、乙は外出していないと証言し ています。夜中に乙を目撃した者は誰もおりません。そのうえ乙は足に障 がいがありました。弁護側は乙が南福島から45分ないし50分で事故現場

20 法の適用についても、素人の対応が尊重に値する場合がありうると思います。

たとえば被告人を執行猶予とすべきか否かという判断については、素人は被告 人が真に反省しているのか、それとも口先だけなのかを、自己の体験に即して 真摯に考える傾向があるといわれています。

(20)

に往き、20分ほどでレールの犬釘を外すという作業をして、同じ時間を かけて戻ってくることは、到底、不可能であると主張し、さらに弁護側鑑 定人は「不可能」という鑑定を提出しました。これに対して、検察側鑑定 人(複数)は「可能」とする鑑定を出してきましたが、鑑定人の一人は法 廷で「精神力が旺盛であれば、不可能ではない」という証言しています。

 【設例4】について、もしも皆さんが裁判員であれば、どのように判断する でしょうか。このケースのモデルは「松川事件21」です。裁判員裁判において は、裁判官は必ず「無罪の推定」について説明します。無罪の推定とは、被告 人が有罪であると立証する責任は検察官側にあり、「合理的に疑いを容れない 程度」にまで立証できない場合には、無罪とするという原則です。合理的に疑 いをいれない程度とは、数字でいえば、99.9パーセント程度といわれることが あります。足の悪い乙が南福島から事件現場まで出かけ、犯行を遂げ、南福島 に戻ってくる、これが2時間足らずでできるでしょうか。後に松川事件の支援 団体の者が南福島から事件現場まで自白したコースに従って歩いたことがあり ます。最も健脚な人でも片道1時間かかったそうです。私も金谷川にある福島

21 松川事件に関する文献は、現在、入手できないものが多いのですが、模擬授 業に際しては、以下の文献を掲げておきました(単行本のみ)。日向康『松川事 件 謎の累積』(社会思想社(現代教養文庫)・1992年)。松川事件無罪確定25 周年記念出版委員会編『復刻版 私たちの松川事件 無罪確定から25年 松川事 件が現代に訴えるもの』(現代人文社・1999年)。廣津和郎『新版 松川裁判』(木 鶏社・2007年)。伊部正之『松川事件から、いま何を学ぶか 戦後最大の冤罪事 件の全容』(岩波書店・2009年)。福島県松川運動記念会編『【新版】真実は壁を 透して 松川事件被告の手記』(八朔社・2019年)。大塚一男『回想の松川弁護』

(平文社・2009年)。後藤昌次郎『原点松川事件』(日本評論社・2010年)。松本 善明『謀略―再び歴史の舞台に登場する松川事件』(新日本出版社・2012年)。

(21)

大学から事件現場まで歩いたことがありますが、私の足では50分ほどかかり ました(ただし、国道旧4号線はJRの線路に沿っていないので、線路伝いに 歩くよりも多少時間がかかります)。また2011年3月11日、東日本大震災の ためJRが不通となり、金谷川から福島まで歩いて帰りましたが、金谷川から 南福島までが約1時間30分、南福島から福島までが約1時間でした。そうす ると、私についていえば、事件現場から南福島までは片道で2時間20分はか かることになります。私は足が悪いわけではありません。また被告人らは深夜 に出かけましたが、私は日中です。

 乙につき、検察官が死刑を求刑したところ、第1審の福島地裁では無期懲役 でした。控訴審の仙台高裁では懲役15年に減軽されました。そして最高裁で は破棄差戻しとなり、差戻審の仙台高裁では無罪となりました。検察側は再度 上告しましたが、最高裁は上告を棄却し、こうして乙の無罪が確定したのでし た22。1963年のことです。事件発生から14年が経過していました。

 第1審および控訴審の裁判官は、いずれも乙の有罪につき合理的に疑いをい れない程度に確信していたはずです。もしも被告人が有罪であるという思い込 みをし、それが誤判に導くならば、恐ろしいことです。事実認定については、

少なくとも職業裁判官であれば正確に認定することができ、素人であればデタ ラメであるということは、決していえないと思います。とりわけ甲の自白のみ を証拠として、乙の犯行を立証するというのは危険です。

22 その他の19名の被告人については、検察官の求刑では、死刑9名、無期懲役 3名、有期懲役7名でしたが、第1審・福島地裁では、死刑5名、無期懲役5 名、有期懲役9名でした。第2審・仙台高裁では、無罪3名、死刑4名、無期 懲役2名、有期懲役10名となり、最高裁による破棄差戻後は、差戻審・仙台高 裁では全員無罪、そうして再上告の最高裁では上告棄却となり、全員の無罪が 確定したのでした。

(22)

 裁判員裁判においては、法廷に提出された証拠によって判断することになり ます。そのため証拠の取扱いが重要になります。それゆえ、第1に、証拠は全 面的に開示されなければ不公平な結果をもたらします。検察官手持ちの証拠に は被告人に有利なものもあります。これを開示させる必要があります。松川事 件においては、検察側が故意に証拠を隠蔽したのではないかという疑惑がもた れました23。第2に、被告人の自白も立証の手段として用いられますが、その 自白は任意になされたものに限ります。それゆえ、取調べは、警察についても 検察についても可視化することが必要です。たとえば取調べのすべてを録画す るべきであるとか、取調べには弁護士の立会いを認めるべきであるとかいう提 唱はここから出てきます。

 6.おわりに―国民の司法参加を定着させるために

 民主主義は国民が参加することによって運営される制度です。立法権にも行 政権にも国民の参加が憲法上保障されています。それに対して司法権について は、国民の参加は小さいものでした。民主主義の観点からすると、これは確か に異常です。とりわけグローバル化した今日、外国人による犯罪も増加してい ます。もしも職業裁判官のみによる裁判が行われるならば、日本は国際的に非 民主主義的な国家であると評価されるおそれがあります。それゆえ裁判員制度 の導入は一歩前進であったと思います。民主主義は議論を尽くして決定してい く制度です。これは立法権のみならず司法権についても当てはまることであっ て、民主主義は決して能率第一主義の制度ではありません。

23 松川事件の2日前、1949年8月15日に国鉄側と東芝側とで共同謀議がなされ たと検察側は主張しましたが、参加者の一人につきアリバイが出てきました。

いわゆる「諏訪メモ」です。検察側は当初これを法廷に提出しませんでした。

(23)

 最後に、アメリカ映画『十二人の怒れる男』のなかで(ただし1957年バー ジョンのみですが)、第11番陪審員(時計屋)が「私たちは裁判所から呼出し を受けて、ここに集まってきたのです。被告人が有罪となるか無罪となるか は、私たちにとって、まったく得も損もありません。それだからこそ公正な裁 判ができるのです」という趣旨のことを述べています。私もその通りだと思い ます。ところがこの部分を英語で聞いてみると、これに続けて、「これによっ てアメリカは強い国(strong country)になったのです」と結んでいます。

しかしこの台詞は日本語の吹き替えでは省略されています。強い国が良いかど うかは別として、アメリカの陪審員の社会的意識と責任感とが強く現われてい る言葉であると思います。

参照

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べきだ」 と主張した。 これに対し有罪の維持を求めている検察側は 「制度は憲法に違反し ない」 と述べた。