裁判所委員会をめぐる論点と課題(1)
著者
渡邊 弘
雑誌名
鹿児島大学法学論集
巻
51
号
2
ページ
73-90
発行年
2017-03
URL
http://hdl.handle.net/10232/00029707
渡 邊 弘
1.本稿の目的 2.長崎家庭裁判所委員会委員としての経験 3.委員会設置の趣旨・目的をめぐる論点 (以上、本号) (以下、次号) 4.委員構成をめぐる論点 5.その他委員会の発展方策をめぐる論点 6.まとめにかえて1.本稿の目的
本稿は、裁判所委員会(地方裁判所委員会と家庭裁判所委員会)をめぐる法 的・社会的な論点と課題を示すことを目的とする。 裁判所委員会については、政府が主導した司法制度改革において、概略以下 のような経緯で改変・導入された。 ①司法制度改革審議会意見書(抄・2001年 6 月12日)* 1 Ⅲ 司法制度を支える法曹の在り方 第5 裁判官制度の改革 4.裁判所運営への国民参加 家庭裁判所委員会の充実、地方裁判所での同委員会と同様の機関 の新設など、裁判所運営について、広く国民の意見等を反映するこ とが可能となるような仕組みを導入すべきである。 裁判所運営に国民の健全な常識を反映させていくことは、裁判所 に対する国民の理解と信頼を高め、司法の国民的基盤を強化することにつながる。 現在、各家庭裁判所に家庭裁判所委員会(委員は、法曹三者以外 に地方公共団体の職員や学識経験者から選任される。)が設置され、 家庭裁判所の運営全般について意見を聴取することとされている。 この制度の充実を図ることを含め、地方裁判所においても家庭裁判 所委員会と同様の機関を新設することなど、裁判所運営について、 広く国民の意見等を反映することが可能となるような仕組みを導入 すべきである。 ②司法制度改革推進計画(抄・2002年 3 月19日閣議決定)* 2 Ⅲ 司法制度を支える体制の充実強化 第5 裁判官制度の改革 4 裁判所運営への国民参加 裁判所運営について、国民の意見を反映することが可能となるよ うな仕組みを整備することに関し、最高裁における検討状況を踏ま えた上で検討し、なお必要な場合には、本部設置期限までに、所要 の措置を講ずる。(本部) ③「地方裁判所委員会規則」制定、「家庭裁判所委員会規則」全部改正(2003年) (各規則については、本稿末尾に資料として掲載) もともと、家庭裁判所には1948年から家庭裁判所委員会が設置されていたが、 その運営についてはあまり活発ではなかったとも* 3 指摘されている。そこで、 政府の司法制度改革を契機としてその活性化が図られるとともに、新たに地方 裁判所にも同様の組織を設置することとなった。ただし、司法制度改革審議会 意見書では(そして、それを受けた司法制度改革推進計画でも)裁判所委員会 は、例えば裁判員制度とは異なり、「Ⅳ 国民的基盤の確立」の項に記載され ているのではない点は、興味深い。 上記のような経緯で新たなスタートを切った裁判所委員会制度が、既に10年 以上にわたって運用されていることに鑑みれば、その運用を詳細に分析した上 で課題を明らかにするとともに、その在り方や運用の改善に向けた提言がまと まった形でなされるべき時に来ているように思われる。しかしながら本稿で
は、主として筆者の能力に関わる問題から、そのような大きな課題に取り組む ことはできない。ただ筆者は、2012年初から2015年末(暦年)まで 4 年間にわ たって長崎家庭裁判所委員会委員を務める機会を与えられ、また、日本弁護士 連合会が主催する「裁判所委員会10周年記念シンポジウム『これからの裁判所 委員会』~開かれた司法をめざして~」(2014年 1 月24日・東京)、および、日 本弁護士連合会第16回地方・家庭裁判所委員会への対応に関する全国担当者会 議(2016年 2 月22日・東京)に出席して自らの経験を述べる機会を与えられた。 本稿では、これらの経験も元にしつつ、思いつくままに裁判所委員会をめぐる 論点と課題を示すこととしたい。 ただし、本稿において、意見にわたる部分はすべて筆者の個人的見解であり、 長崎家庭裁判所、長崎家庭裁判所委員会、日本弁護士連合会、その他筆者が関 わる(関わった)機関・組織とは関係がない。また、筆者の経験に関わる記述 については、筆者の記憶によるものも含まれる。これらの点については、特に 読者に注意を喚起しておきたい。 ちなみに裁判所委員会については、社会的な関心はもとより* 4 学術的な関心 もあまり呼ばないテーマのようである。例えば、最も一般的に用いられている であろう論文データベースのひとつであるCiNii Articlesの論文検索機能で「裁 判所委員会」を検索すると16件しかヒットしない(2017年 1 月16日現在)。も ちろん、CiNii Articlesの論文検索機能でヒットしなくても裁判所委員会につい て論じている論文や書籍はあり得る* 5 。そうは言っても、先に触れた司法制度 改革の経緯などからすれば、その本来的な意義に見合う程度にまで学術的な検 討がなされているとはとても言えないように思われる。単純に比較することは できないが、政府の司法制度改革の結果として改革がなされ、司法への市民参 加と関連する制度である検察審査会制度については、学術的にも大きな注目を 集めたし、また、集めている。そもそも検察審査会制度については、政府の司 法制度改革が実施されるよりも前に、その歴史的な運用の経過についての公式 な記録と考えられる、最高裁判所事務総局刑事局監修による『検察審査会五〇 年史』(法曹会、1998年)という書籍が刊行されているが、同様に長い歴史を 持つ家庭裁判所委員会については、同種の記録は少なくとも書籍の形では刊行 されていないようである。このような傾向についても本稿で取り扱うことはで
きないが、裁判所委員会に対する社会的・学術的関心の状況そのものも研究対 象になり得るかもしれない。 以下、筆者の長崎家庭裁判所委員会委員としての経験を簡単に述べた上で (2)、委員会設置の趣旨・目的に関わる論点(3)、委員構成をめぐる論点(4)、 その他委員会発展のための方策を考える上での論点(5)について述べること とする。
2.長崎家庭裁判所委員会委員としての経験
前項で述べたとおり、筆者は、2012年から2015年までの 4 年間にわたって長 崎家庭裁判所委員会の委員を務めた。ここではその経験の概略について、以降 の本稿での記述に関係する限りで述べる。委員を務めて感じた課題については、 主として「3」以降で検討したい。 (1)長崎家庭裁判所委員会の委員 家庭裁判所委員会規則(以下、「規則」という。地方裁判所委員会規則につ いても同様とする)第 4 条各号に定められる委員のうち、二号委員は弁護士、 三号委員は検察官、四号委員は裁判官となっており、これは当然のことながら、 長崎家庭裁判所委員会でも規則通りであった。二号委員、三号委員は各 1 名、 四号委員は、長崎家庭裁判所の所長と裁判官の 2 名であった。ただし、検察官 と裁判官については転勤があるので、筆者の任期中においても委員の交代が あった。また、弁護士についても、筆者の任期中に交代があった。 一号委員は、2012年 2 月20日現在で以下のような立場の者であった* 6 。 ①医師(精神科) ②特定非営利活動法人DV防止ながさき理事長 ③長崎県男女共同参画推進センター長 ④株式会社テレビ長崎報道局長 ⑤社団法人成年後見センターリーガルサポート長崎支部所属、長崎県司法書 士会所属司法書士 ⑥大学教員(筆者) なお、③の委員は所属機関から離れたことをもって元職となり、その後、長崎市男女共同参画推進センター(アマランス)所長に交代した。④と⑤の委員 も後任者への交代があった。以上、一号委員から四号委員まで、長崎家庭裁判 所委員会は合計10人で構成されていた。合計人数についても、規則第 3 条の規 定通りである。 ところで長崎家庭裁判所委員会については、2014年 9 月実施の第22回委員会 の議事録以降、各委員の所属・身分に関する記述が議事録から落ちている(何 号委員かについての区分はある)。この会議の時から長崎家庭裁判所所長が交 代しているが、そのことと議事録記載内容の変化についての関係は定かではな い。いずれにせよ、一号委員の所属・身分が議事録に明記されなくなったこと により、委員選任の適切性について検証することはヨリ困難になったと言えよ う。 委員選任について言えば、そもそも、筆者がなぜ一号委員として選ばれたの か、ということについても判然としない。記憶によれば、長崎家庭裁判所から 当時の筆者の勤務先事務局に対して委員の推薦を求める連絡があり、勤務先の 職員が筆者に諾否を尋ねてきたことがきっかけである。現時点でわかっている のはここまでであり、例えば最高裁判所が規則第 4 条を具体化する下位の内規 などを持っているか、あるいは、長崎家庭裁判所が独自に同様の内規などを作 成しているかという点については、本稿脱稿までの間には不明であった。仮に そのような内規や申し合わせ事項などが裁判所内部にあったとしても、文章で 記されるという性質からすれば、それはやはり抽象的なものにならざるを得な いと思われ、具体的な選任過程についての調査・検討は、なお課題として残さ れるであろう。 ただ、筆者にとって各委員との議論は極めて興味深く、委員会においてそれ ぞれの委員が持つ専門的な学識が遺憾なく発揮されたという感想を筆者は持っ た。この点は、一号委員の持つ多様なバックグラウンドに負うところが大きい ように思われた* 7 。とはいえ、筆者在任中における長崎家庭裁判所委員会での 議論がいかに活発で充実したものであったとしても、そのことは、一般的に委 員選任過程が適切であることの証明にはならない。たまたま今回はそうだった というにすぎないかもしれないからである。
(2)委員長の選任 委員長については、規則第 6 条第 1 項で委員の互選によると定められている。 全国の裁判所委員会を見ると、裁判所長が委員長になるというケースが多いよ うである。長崎家庭裁判所においても、筆者の在任中は同様であった。 この点については、規則第 2 条に当該「裁判所の諮問に応ずる」ことが委員 会の任務の一つであると定められている以上、諮問する側の長と諮問される側 の長が同一人物であるのは不適切だという意見があり得よう。筆者も、理論的 にはその意見に賛同するところがある。ただし、後に「4」で検討するが、委 員長の選任については、それ単独で議論することの意義について疑問を感じて いる。端的に言えば、委員長の選任については、規則第 4 条に定められている 委員構成全体の在り方と合わせて考えられるべきではないかと思われる。 それはともかく、不適切ないしは偏頗な委員会運営を委員長が行う可能性 は、それが所長であろうが他の委員であろうがあり得ることである。その場合 には規則第 6 条第 1 項に基づいて粛々と新しい委員長を互選すればよい。も ちろん規則では、委員の人数について全体の上限が定められているのみであ り(第 3 条)、第 4 条各号ごとの人数が定められていないので、裁判所から選 出される四号委員を委員会の過半数とすることもできる。それによって裁判所 の意向通りに委員会を動かすことも、規則の上では可能であろう。しかしその ような委員選任をすれば、そのこと自体が、政府の司法制度改革の結果として 運営されている委員会制度の趣旨(司法制度改革審議会意見書ならびに規則 第 1 条、第 2 条)に反するし、加えて、裁判所の公正性に疑問を抱かしめるも のとして社会的批判を浴びることになるだろう。 (3)協議事項の選定 筆者が在任中の委員会の主たる協議事項は以下のようなものであった。 ①児童虐待と家庭裁判所の関わり ②家事事件手続法について ③法教育について ④少年審判における少年へのサポート ⑤家事事件手続法施行後 1 年を振り返って ⑥成年後見制度について
⑦家庭裁判所の広報活動について ⑧離婚・面会交流と子どもの福祉について(家庭裁判所調査官の関与と役割) 協議事項については、概ね、各回の委員会の最後のところで委員長から次回 分について委員に対し提案が求められた。委員からの提案があればそれを協議 事項にすることについて議論した上で決定がなされた。また、委員からの提案 がなければ、委員長からの提案がなされ、議論の上で決定がなされた。筆者の 任期中に開かれた 8 回の委員会のうち、初回の協議事項については就任前に決 まっていたのでその決定の経緯については不明であるが、その後は、上記のよ うな手続が踏まれ、委員が提案したものが採用されることもあった。例えば、 ③や⑦については委員の提案によるものであったと記憶している。また、委員 長の提案によるものであっても、基本的に一号委員の関心ならびに学識に沿う ものであり、協議事項の決定をめぐって対立的な議論となることはなかった。 また、先述の通り、それぞれの協議事項について、特に一号委員が自らの学識 や経験をふまえながら積極的に意見を述べていたのも印象的である。 しかしながら、そもそも何を協議事項としてはいけないか、あるいは、何を 発言してはいけないか、ということ自体が規則からは判然としないという問題 もあり、この点は一号委員の発言に影響を与える可能性があるように思われ る。規則第 2 条では「当該委員会を置く家庭裁判所の運営」(家裁委員会の場合。 地裁も同旨)について当該裁判所の諮問に応じ、また、意見を述べるとされて いるのみである。特に一号委員にとっては、自分がこれから発言しようとして いること(ないしは、協議事項として提案しようとしていること)が、委員会 の場での発言や提案として許容されているのかどうかということがわかりにく かったのではないかと思われる。この点は、一号委員への萎縮効果の問題と関 連するため、後に検討したい。 (4)委員会の進行 委員会の進行については、筆者の在任中は、概ね適切に行われたのではない かと思われる。各回とも、その回の協議事項について説明者から説明がなされ、 その後に委員からの質疑応答と議論が行われた。説明者は、裁判所の裁判官や 職員(家庭裁判所調査官、書記官、事務官)の場合、一号委員・二号委員の場合、 弁護士会の推薦による弁護士の場合など、それぞれの協議事項に見合った者が
用意された。説明者を誰にするかという点に関しても、特に所長がリードする ということではなく、他の委員も自由に意見を述べ提案することができ、その 意見も入れられた。また、協議の過程で、その場では事実関係などが不明な質 問などが出された場合などは、委員長が引き取り、次回の委員会でその説明が なされた。 (5)委員会の回数 委員会の回数については、全国の他の家庭裁判所委員会に多く見られるとお り、年 2 回というペースであった。回数の多寡については、後に検討する。 (6)議事録の作成 議事録の作成については、各回の委員会終了後しばらくしてから、裁判所よ り議事録案が郵送され、それについて意見がある場合にはその旨を裁判所に連 絡するという手続がとられた。 議事録の記載内容・形式については、本来であれば、発言委員の名前を明記 した上で逐語的な議事録を作成し、それを市民に広く公開するべきであると考 える。そもそも、家庭裁判所委員会の活性化と地方裁判所委員会の新設をもた らした司法制度改革審議会の議事録自体がそのようなものであったし、裁判所 委員会の趣旨・目的(規則第 1 条・第 2 条)からしても、その議事録は逐語的 なものであるべきだと考えられる。また、後になってから裁判所委員会の成果 と課題を学問的、あるいは政策的に検証する場合にも、顕名かつ逐語的な議事 録の存在は必要となると思われる。しかしながらこの点については、全国の裁 判所委員会の中には激しく抵抗する委員もいるようである。この問題は、委員 会回数問題、ならびに委員構成問題と合わせて、後に検討する。なお、筆者は 長崎家庭裁判所委員会においては、特に顕名・逐語的な議事録の作成を強く主 張はしなかった。
3.委員会設置の趣旨・目的をめぐる論点
委員会設置の趣旨・目的については、地裁委員会規則・家裁委員会規則とも に、「裁判所の運営に広く国民の意見を反映させるため」(第 1 条)、「委員会は、 当該委員会を置く地方(家庭)裁判所の運営」「に関し、当該地方(家庭)裁判所の諮問に応ずるとともに、当該地方(家庭)裁判所に対して意見を述べる ものとする」(第 2 条)と定められている。 ここで検討するべき論点は、以下の通りである。 (1)「裁判所」とは何か、「運営」とは何か 第一に、規則で言う「裁判所」とは何かが問題となる。 考えられる可能性は以下の三つであろうか。 ①裁判体 ②裁判体を含む、司法機関としての裁判所 ③司法行政上の裁判所 筆者の経験からしても、あるいは各地の裁判所委員会の議事録を瞥見したと ころからしても、この点についてはどうやら③と考えられているのではないか と感じられる* 8 。そして、規則の言う「裁判所」が③の意味であるとすると、 当然、規則が言う「運営」についても、裁判所委員会が諮問に応じ、ないし意 見を述べることができるのは、司法行政に関わる「運営」に限定されることと なる。先に述べた「何を協議事項としてはいけないか」という問いに答える形 で言えば、例えば個々の事件の判決や決定などは諮問の対象とはならないし、 また、委員会として意見を述べることはない(できない)ということになるだ ろうか。 しかしながら、特に一号委員について言えば、規則上は居住・執務要件の他 には「学識経験者」という条件しかない(第 4 条)ので、必ずしも法学や裁判 所に関する知識や経験を持っている者のみが任命されるわけではない。加え て、規則第 1 条が「広く国民の意見を反映させる」という定めを置いている以 上、一号委員から四号委員に至るまでの委員のうち、最も「反映」されるべき 意見は一号委員から出されたそれであると考えられるが、この点も合わせて考 えれば、一号委員が法学や裁判所に関する知識や経験を持っていることは必ず しも必要ない。むしろ、それら知識や経験を持っていない者の方がヨリ「国民」 の“平均”に近くなり、委員会の趣旨に合致するかもしれない* 9 。そのような、 一般の「国民」に近い一号委員にとって、「裁判所」とは③の意味であり得る だろうか。あるいは、「運営」という文言から、一号委員は、司法行政に関わ る事柄をイメージするであろうか。むしろ「国民」に近い一号委員は、「裁判所」
と言えば判決・決定を出す機関と考え、また、裁判所の「運営」と言えば個々 の事件の判決・決定やそれを出すまでのプロセスをこそイメージするのではな かろうか。 もちろん、③の意味での裁判所の「運営」、すなわち司法行政そのものも重 要であることは間違いない。例えば、裁判所の施設・設備について言えば、従 前からその在り方は問題とされてきたし、それ自体が司法改革の対象となると 意識されてきた*10。また、例えば家庭裁判所について言えば、家事調停におい て両当事者が必要もないのに顔を合わせることがないような配慮をすることは 極めて重要であり、そのためには、当事者控え室を複数設けたりすることが求 められるし、あるいは裁判所職員がその点について十分に配慮したりすること が必要であるから、これらの点を実現するためには、司法行政上、特に予算・ 人員上、特段の手立てが「裁判所」の「運営」にあたって必要であろう。しかし、 この種の「運営」上の手立てが何のために必要なのかといえば、裁判所の利用 者が少なくともその利用の始期から終期に至るまで、個人の尊厳を重んじた取 り扱いを受け、かつ、利用者にとっても社会的にも公正な結論(判決や決定な ど)を得ることができるようにするためではなかろうか。このように考えれば、 純粋な司法作用と司法行政とは密接に関連しているのであり、少なくとも、そ れらを明確に区分することが極めて難しい部分や場面があり得るように思われ る。極端なことを言えば、たとえ裁判所の利用者がその利用の始期から終期に 至るまで「司法行政」的な部分において個人の尊厳を重んじた取り扱いを裁判 官やその他の裁判所職員から受けることができたとしても、司法作用そのもの の中核である判決や決定の内容が明らかに偏頗なものであるとすれば、利用者 は(そして社会は)その裁判所全体、ないしは、裁判というシステムを高く評 価するであろうか。そして、このような場合に、委員会は裁判所に対して「意 見」を述べることが禁じられていると考えられるべきであろうか。仮に、委員 会の議論の対象が③の意味の裁判所の「運営」に限定されるとすれば(上述の 通り、司法作用と「司法行政」の密接な関連性からすれば、その様な限定が可 能かどうか疑わしいが)、委員会が議論できることは極めて少なくなると同時 に、そのこと自体が一号委員の発言に関して萎縮効果をもたらし、委員会は、 必ずしも法学や裁判所に関する知識や経験を持たない一号委員にとっての「勉
強会」的なものになってしまうのではなかろうか。そしてこのような萎縮効果、 「勉強会」化は、既に生じている可能性があるのではないか。 もちろん、判決や決定などの司法作用そのものについて委員会が議論し、委 員会がそれについて「意見を述べ」るとなると、そこでは当然、憲法上の問題 が生じる可能性がある。第一に、憲法第32条の言う「裁判所」は「独立の」裁 判所であると考えられており*11、第二に、憲法第37条では刑事裁判について「公 平な」裁判所の裁判を受ける権利を保障しており、第三に、憲法第76条第 1 項 は司法権について「すべて」最高裁判所及び法律の定めるところにより設置す る下級裁判所に属すると定めており、第四に、憲法同条第 4 項は「すべて裁判 官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束 される」と定めている。委員会の存在や活動と、これら憲法上の諸規定との抵 触が問題とされる余地があるかもしれない。しかしながら、委員会が述べるの はあくまでも「意見」(ないしは、「諮問」に対する答申)にすぎないのであっ て、裁判体に属する裁判官がその様な「意見」に拘束される必要はないし、裁 判官が「独立して」判断すればよいだけのことであろう。また、事件が終局を 迎えた後であれば、委員会の意見は法的な意味において当該事件に対して影響 を及ぼさないと考えてもよいのではないか。仮に、委員会・委員の意見が、憲 法に定められた裁判官の「独立」を侵すと考えられるのであれば、ヨリ直接的 に判決に国民(から選ばれた裁判員)の考えが反映される裁判員制度の合憲性 こそが、再度問われなければならなくなるだろう。 (2)「当該委員会を置く」裁判所の運営という意味 規則第 2 条は「当該委員会を置く地方(家庭)裁判所の運営」について委員 会が意見を述べるとされている。この文言は、「当該委員会を置く」裁判所以 外の裁判所の「運営」について意見を述べることを排除しているように読める 点も問題となり得る。 というのも、先述の通り一号委員は必ずしも法学や裁判所に関する知識や経 験を持っているわけではないから、一号委員が裁判所について持っている知識 などは、日常生活の中で、特にマス・メディアを通して培われたものである可 能性が高い。そうだとすると一号委員は、当該裁判所特有の「運営」について なんらかの知識などを持っている可能性は極めて少ないように思われる。むし
ろ、「国民」に極めて近い一号委員が持っている知識は、(a)当該裁判所にお ける具体的事件および(b)他の裁判所における具体的事件のうち、マス・メ ディアで報じられる程度の重大事件についてである可能性の方が高いのではな かろうか。一方で、(c)当該裁判所特有の「司法行政」の実情について知っ ている可能性は相対的に低いであろう。 そうだとすれば、規則第 2 条に「当該」という文言が入れられていることも また、委員会の「勉強会」化を招くと同時に、一号委員に対する萎縮効果をも たらす要因となるように思われる。 もちろん、「国民」にとってみれば、自らが居住し働く(「執務」する)地域 の裁判所がどのようなものであるかは、自分の人生に密接に関わるものである から、一号委員が「当該委員会を置く」裁判所の「運営」について意見を述べ ることには一定の意義がある。しかしそのことは、他の裁判所の「運営」につ いて意見を述べることを排除するものと解されるべきではないだろう。 (3)委員会の「意見」か、委員の「意見」か 本稿では、以上の記述について、規則第 2 条に言う「意見」が委員会による ものであるのか、それとも委員によるものであるのかという点を敢えて曖昧に してきた。もちろん、規則第 2 条の主語は「委員会」なのであって、従って規 則の言う「意見」も、委員会によるものであることは文言上は明らかである。 しかしながら、繰り返しになるが、委員会が「裁判所の運営に広く国民の意 見を反映させるため」(規則第 1 条)のものである以上、委員会としての「意見」 に最も反映されるべきは、一号委員から出された“意見”であると考えるのが 妥当であろう。規則において、委員会の議決方法について特段の定めがないこ とも、第 1 条の趣旨と合わせて考えれば、裁判システムの内部にいる二号・三 号・四号委員の“意見”よりも、一般的には裁判システムの外部にいる一号委 員の“意見”をヨリ尊重すべきことの表れであるようにも読める。 以上のように、本項以前の部分から本項に至るまで議論を進めてくると、次 に俎上にあげなければならないのは、委員会の構成(規則第 4 条)そのものを めぐる課題のように思われる。筆者は、裁判所委員会をめぐる最大の論点の一 つは、委員会の構成にあると考えており、ここまでの記述で挙げた課題のうち のいくつかは、それとの関係なしに検討することはできないと考えている。次
項「4.委員構成をめぐる論点」において、その点を検討する。 (以下、次号) 【資料】 1.地方裁判所委員会規則(平成十五年四月二日最高裁判所規則第九号) (設置) 第一条 地方裁判所の運営に広く国民の意見を反映させるため、地方裁判所に 地方裁判所委員会(以下「委員会」という。)を置く。 (所掌事務) 第二条 委員会は、当該委員会を置く地方裁判所の運営(その管轄区域内の簡 易裁判所の運営を含む。)に関し、当該地方裁判所の諮問に応ずるとともに、 当該地方裁判所に対して意見を述べるものとする。 (組織) 第三条 委員会は、委員十五人以内で組織する。ただし、最高裁判所が必要と 認める場合には、二十五人に達するまで委員の数を増加することができる。 (委員の任命) 第四条 委員は、次に掲げる者のうちから、第二条に規定する地方裁判所が任 命する。 一 当該地方裁判所の管轄区域内において居住し、又は執務する学識経験者 二 当該地方裁判所を設立の基準とする弁護士会に所属する弁護士 三 当該地方裁判所に対応する地方検察庁又は当該地方裁判所の管轄区域内 の簡易裁判所に対応する区検察庁の検察官 四 当該地方裁判所又はその管轄区域内の簡易裁判所の裁判官 (委員の任期等) 第五条 委員の任期は、二年とする。 2 委員は、再任されることができる。 3 委員は、非常勤とする。 (委員長) 第六条 委員会に委員長を置き、当該委員会の委員の互選により選任する。
2 委員長は、会務を総理し、委員会を代表する。 3 委員長に事故があるときは、あらかじめその指名する委員が、その職務を 代理する。 (部会) 第七条 委員会は、その定めるところにより、部会を置くことができる。 2 部会に属すべき委員は、委員長が指名する。 3 部会に部会長を置き、当該部会に属する委員の互選により選任する。 4 部会長は、当該部会の事務を掌理する。 5 部会長に事故があるときは、当該部会に属する委員のうちから部会長があ らかじめ指名する者が、その職務を代理する。 6 委員会は、その定めるところにより、部会の議決をもって委員会の議決と することができる。 (庶務) 第八条 委員会の庶務は、第二条に規定する地方裁判所の事務局総務課におい て処理する。 (雑則) 第九条 この規則に定めるもののほか、議事の手続その他委員会の運営に関し 必要な事項は、委員長が委員会に諮って定める。 附 則 この規則は、平成十五年八月一日から施行する。 2.家庭裁判所委員会規則(平成十五年四月二日最高裁判所規則第十号) (設置) 第一条 家庭裁判所の運営に広く国民の意見を反映させるため、家庭裁判所に 家庭裁判所委員会(以下「委員会」という。)を置く。 (所掌事務) 第二条 委員会は、当該委員会を置く家庭裁判所の運営に関し、当該家庭裁判 所の諮問に応ずるとともに、当該家庭裁判所に対して意見を述べるものとす る。
(組織) 第三条 委員会は、委員十五人以内で組織する。ただし、最高裁判所が必要と 認める場合には、二十五人に達するまで委員の数を増加することができる。 (委員の任命) 第四条 委員は、次に掲げる者のうちから、第二条に規定する家庭裁判所が任 命する。 一 当該家庭裁判所の管轄区域内において居住し、又は執務する学識経験者 二 当該家庭裁判所と管轄区域を同じくする地方裁判所を設立の基準とする 弁護士会に所属する弁護士 三 当該家庭裁判所に対応する地方検察庁又は当該家庭裁判所の管轄区域内 に所在する簡易裁判所に対応する区検察庁の検察官 四 当該家庭裁判所の裁判官 (委員の任期等) 第五条 委員の任期は、二年とする。 2 委員は、再任されることができる。 3 委員は、非常勤とする。 (委員長) 第六条 委員会に委員長を置き、当該委員会の委員の互選により選任する。 2 委員長は、会務を総理し、委員会を代表する。 3 委員長に事故があるときは、あらかじめその指名する委員が、その職務を 代理する。 (部会) 第七条 委員会は、その定めるところにより、部会を置くことができる。 2 部会に属すべき委員は、委員長が指名する。 3 部会に部会長を置き、当該部会に属する委員の互選により選任する。 4 部会長は、当該部会の事務を掌理する。 5 部会長に事故があるときは、当該部会に属する委員のうちから部会長があ らかじめ指名する者が、その職務を代理する。 6 委員会は、その定めるところにより、部会の議決をもって委員会の議決と することができる。
(庶務) 第八条 委員会の庶務は、第二条に規定する家庭裁判所の事務局総務課におい て処理する。 (雑則) 第九条 この規則に定めるもののほか、議事の手続その他委員会の運営に関し 必要な事項は、委員長が委員会に諮って定める。 附 則 (施行期日) 第一条 この規則は、平成十五年八月一日から施行する。 (旧規則の廃止) 第二条 家庭裁判所委員会規則(昭和二十三年最高裁判所規則第三十九号。以 下「旧規則」という。)は、廃止する。 (経過措置) 第三条 この規則の施行の際現に旧規則第四条第四号又は第五号の委員に委嘱 されている者は、この規則の施行の日に第四条の規定により同条第一号の委 員に任命されたものとみなす。この場合において、当該委員の任期は、第五 条第一項の規定にかかわらず、平成十六年七月三十一日(同日までの間に退 任する委員にあっては、その退任の日)に満了するものとする。 第四条 平成十六年七月三十一日までの間における第三条の規定の適用につい ては、同条中「委員十五人以内」とあるのは、「附則第三条の規定により委 員に任命されたものとみなされる者の数に委員会ごとに最高裁判所が別に定 める数を加えた員数(当該員数が十五人を下回る場合にあっては十五人)以 内の委員」とする。 2 第三条ただし書の規定は、平成十六年七月三十一日までの間においては、 附則第三条の規定により委員に任命されたものとみなされる者の数に委員会 ごとに最高裁判所が別に定める数を加えた員数が二十五人以上である委員会 については、適用しない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――― * 1 http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/iken-3.html * 2 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/keikaku/020319keikaku.html * 3 この指摘は様々なところでなされているが、政府の司法制度改革後のものとし て、『市民の声を裁判所に!活かそう裁判所委員会』(日本弁護士連合会パンフ レット、発行年不詳)。 * 4 社会的関心について言えば、@niftyが提供する「新聞・雑誌記事横断検索」サー ビスを用いて新聞・雑誌の記事を検索すると、以下のようなヒット件数が得ら れる。 (1)「裁判所委員会」で記事検索を行った場合 ①2002年 2 月 1 日~ 2016年12月31日 359件 ②上記期間のうち、2002年 2 月 1 日~ 2005年12月31日に限った場合 200件 (2)「地裁委員会」で記事検索を行った場合 ①2002年 2 月 1 日~ 2016年12月31日 227件 ②上記期間のうち、2002年 2 月 1 日~ 2005年12月31日に限った場合 115件 (3)「家裁委員会」で記事検索を行った場合 ①2002年 2 月 1 日~ 2016年12月31日 187件 ②上記期間のうち、2002年 2 月 1 日~ 2005年12月31日に限った場合 94件 この点からすれば、委員会に関する報道は、その設置ならびに初期の委員会の 会合の状況に集中しており、その後の展開については、例えば地方紙などにお いて、その地方で関心を持たれるようなテーマが議題になった場合など、ごく 稀にしか報道されない傾向であることが見て取れるように思われる。 * 5 例えば、中村元弥「『天窓』は開かれたか──裁判所運営改革の到達点と課題」 自由と正義55巻 5 号(2004年)、曽我部真裕「司法制度」大石眞監修、縣公一郎・ 笠原英彦編著『なぜ日本型統治システムは疲弊したのか:憲法学・政治学・行 政学からのアプローチ』(ミネルヴァ書房、2016年)など。 * 6 http://www.courts.go.jp/nagasaki/vcms_lf/240220.pdf * 7 筆者は、地方自治体の各種委員や旧財団法人・公益財団法人の評議員なども勤 めたことがあるが、それらと比較しても、委員会の議論は実質的なところに及 ぶことが多く、また、各委員からは裁判所に対して率直な意見が述べられ、少
なくとも筆者にとっては充実したものであった。 * 8 これに関わって、全国の裁判所委員会で取り上げられているテーマについて簡 潔にまとめられた資料として、日本弁護士連合会『裁判所委員会10周年記念シ ンポジウム「これからの裁判所委員会」~開かれた司法をめざして~報告書』(報 告書の発行年月は不詳、シンポジウム自体は2014年 1 月24日実施)53頁以降の 当日配布資料編43頁「裁判所委員会でのテーマ一覧」がある。 * 9 この点から言えば、なぜ一号委員は「学識経験者」なのかという問題もある。 この点も、後に検討したい。 *10 裁判所の施設なども含めたその在り方について、政府の司法制度改革よりも前 に、比較法制度論的な観点から詳細な実地調査をもベースにして検討したもの として、木佐茂男『人間の尊厳と司法権』(日本評論社、1990年)。なお、本書 から四半世紀経過した現時点において、その状況を再検証したものとして、木 佐『司法改革と行政裁判』(日本評論社、2016年)がある。 *11 芹沢・市川・阪口編『別冊法学セミナー№210 新基本法コンメンタール 憲法』 261頁〔柏﨑敏義執筆部分〕(日本評論社、2011年)。 ※ウェブサイトについては、2017年 1 月16日最終確認。 ※本稿執筆にかかる謝辞については、完結した際に述べたい。