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化学と生物 Vol. 53, No. 9, 2015維管束初期形成における道管前駆細胞の役割
シグナルセンターとして働く道管前駆細胞
植物の道管が,植物体の隅々にまで水を運ぶための管 であることは,ほぼ誰もが知っていることであろう.で は,「道管のもつそのほかの役割は?」と尋ねられたら どうだろう.この場合には,答えに困るかもしれない.
正確な質問は,「道管に分化する前の細胞には,どのよ うな役割があるか?」であるが,いずれにしろこれまで 道管に分化する前の細胞に特別な機能が存在することは 意識されてこなかったのではないかと思う.最近,シロ イヌナズナの胚および根の維管束形成の研究から,分化 する前の段階の道管細胞には新たな役割があることがわ かってきた.
根は,表皮細胞,皮層細胞,内皮細胞,内鞘細胞,維 管束を構成する細胞などから成り立っており,どの細胞 も根端にある分裂組織での活発な細胞分裂を行うことに より,縦方向(根が伸びる方向)に細胞を供給している
(図
1
A).一方,特にシロイヌナズナの場合,根端分裂
組織では,横方向(根が太くなる方向)にはそれほど活 発な分裂は起きず細胞数はあまり増えない.ただし,根 の中心にある維管束の細胞は例外であり,根端分裂組織 内で横方向に活発に細胞分裂をし,初期の根の太さを規 定している.シロイヌナズナの機能欠損変異体である( )変異体と
( ) ( )二重変異体は,ほぼ同様 の細い根をもっている.根端分裂組織の横断面を見てみ ると,これらの変異体では,野生型に比べ,維管束の細 胞数だけが大幅に減少しており,維管束の細胞数の少な さが根の細さをもたらしていることがわかる(図1B)
.
また,野生型の根端分裂組織の維管束細胞をよく見てみ ると,より根端に近い側の分裂組織に比べて,より成熟 した側(地上部側)の根端分裂組織では,維管束の細胞 数が2倍以上に増加していることがわかる.これは,根 端分裂組織の中で維管束の細胞数を増やす積極的な仕組 みがあることを示している.ところが, 変異体や 変異体ではこの維管束細胞数の増加がほとん ど見られない.このことから,根端分裂組織の中で維管 束 細 胞 を 増 や す 積 極 的 な 仕 組 み に はLHWやTMO5 T5L1がかかわっていることがわかってきた.では,LHWとTMO5 T5L1はどのようにして,維管
束の細胞数を増やしているのだろうか.LHW, TMO5, T5L1はいずれもbHLH型の転写因子であり,TMO5と T5L1はホモログであるが,LHWはTMO5/T5L1とは 異 な る サ ブ グ ル ー プ に 属 す るbHLHで あ る.ま た,
LHWはTMO5およびT5L1とヘテロダイマーを形成し て機能することがわかっている(1, 2)
.ここで,シロイヌ
ナズナの根の維管束内の構造について説明すると,維管 束は,通常5つの道管細胞(道管前駆細胞)が中央に一 列に並んでおり,この列を中心とした線対称の構造と なっている.つまり,道管細胞列の両側に前形成層細 胞,つづいて篩部がある構造である(図1A).この中
で,主に細胞分裂をし,増えていく細胞は前形成層細胞 であるので,LHW-TMO5/T5L1が前形成層細胞で働い ていれば話は単純である.ところが,LHW-TMO5/T5L1が機能する場所は,前形成層細胞ではなく道管前 駆細胞であった.このことから,前形成層細胞へと移動 し細胞分裂活性を導くことが可能な何らかのシグナルが 道管前駆細胞内で作られていることが示唆された.
そこで,LHW-TMO5/T5L1が制御する下流の遺伝子
が探索され, ( )と が直
接の標的遺伝子であることがわかった(3, 4)
.LOG3およ
びLOG4は,いずれもサイトカイニン合成の最終ステッ プ を 触 媒 す る サ イ ト カ イ ニ ン 活 性 化 酵 素 で あ る.LOG3・LOG4の機能欠損変異体や,サイトカイニン応 答マーカーを用いた解析から,根端分裂組織の維管束細 胞で,LOG3・LOG4を介したサイトカイニン合成が行 われ,このサイトカイニンが前形成層の分裂を導くこと が示された.併せて,
・
は前形成層ではな く道管前駆細胞で発現しているが,サイトカイニンの応 答は道管前駆細胞ではなく前形成層細胞で見られること もわかった.これらのことから,道管前駆細胞で合成さ れるサイトカイニンが,前形成層細胞へ移動し細胞分裂 を引き起こすシグナルの実体であることが明らかとなっ た(図1C).
上述したように,道管前駆細胞では,サイトカイニン が合成されているが,この細胞自体はサイトカイニンに 応答しない.したがって,細胞分裂も起きず,自身の細 胞identityを保ちつつ情報を発するセンターとしての役
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割を果たしていると考えられる.この道管前駆細胞がシ グナルセンターとして働き続けるための仕組みも,
LHW-TMO5/T5L1の標的遺伝子の探索から一部明らか になってきた(3)
.LHW-TMO5/T5L1は,サイトカイニ
ン合成酵素だけでなく,同時にサイトカイニンのシグナ ルを負に制御する因子である の転写も活性化し ていたのである.このAHP6の作用により,道管前駆細 胞ではサイトカイニン応答が抑えられ,細胞分裂が抑え られていると考えられた.以上のことから,根端分裂組織の道管前駆細胞は,
LHW-TMO5/T5L1の制御の下でサイトカイニンを細胞 間移動シグナルとして合成することにより,前形成層細 胞における細胞分裂を誘導するためのシグナルセンター として機能していることが明らかとなった.また,本稿 では触れなかったが,この道管前駆細胞でサイトカイニ ンが合成されることが,根の維管束パターンの形成にも 必須であることもわかってきた(3, 4)
.これまで,道管前
駆細胞にその後道管に分化すること以外の機能があると は想定されてこなかったが,実は,道管前駆細胞は維管 束形成の初期段階において非常に重要な役割を果たし,維管束形成全体を統括する役割をもつ特殊な細胞である
可能性が示された.今後,維管束初期形成の研究が進む ことで,道管前駆細胞のもつさらなる役割が明らかにさ れていくかもしれない.
1) K. Ohashi-Ito & D. Bergmann: , 134, 2959 (2007).
2) B. De Rybel, B. Möller, S. Yoshida, I. Grabowicz, P. Bar- bier de Reuille, S. Boeren, R. S. Smith, J. W. Borst & D.
Weijers: , 24, 426 (2013).
3) K. Ohashi-Ito, M. Saegusa, K. Iwamoto, Y. Oda, H. Kata- yama, M. Kojima, H. Sakakibara & H. Fukuda:
, 24, 2053 (2014).
4) B. De Rybel, M. Adibi, A. S. Breda, J. R. Wendrich, M. E.
Smit, O. Novák, N. Yamaguchi, S. Yoshida, G. Van Ister- dael, J. Palovaara : , 345, 1255215 (2014).
(伊藤(大橋)恭子,東京大学大学院理学系研究科)
プロフィル
伊藤(大橋) 恭子(Kyoko OHASHI-ITO)
<略歴>2004年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了,博士
(理学)/2011年同大学大学院理学系研究科准教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>植物の発生を分子レベルで理解すること
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.578 図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層 細胞分裂誘導の機構
(A)シロイヌナズナの根端分裂組織の横断 面の模式図.内鞘細胞の内側にある道管前駆 細胞(橙色),前形成層細胞(薄黄色),篩部 細胞(青色)が維管束を構成している.本文 参照のこと.(B)根端分裂組織(左)に示 した①と②の位置の横断面における野生型
(中), 変 異 体 と 変 異 体(右)
の維管束細胞の様子.最外層は内鞘細胞を示 す.(C)LHW-TMO5/T5L1の制御下で起き るサイトカイニンの作用の模式図.