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土師器堍小考 - 古墳時代後期の祭祀具から

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(1)

論 説

土魎器境小考

一古墳時代後期の祭祀翼から一

高 橋 信 一

葦 はじめに

 古代の祭紀を知る手がかむとしては、奈良時代に編纂された匿古事記掛艶 本書紀遜尋万葉集退螺颪圭記潅などの文献資料がある。しかし、これらの文戴 には、神々の種類や古代の人々がどのような考え方をしていたかは不明蝶な部 分が多い。古墳時代後難の7量紀前後はいわゆる律令集配の成立簸と考えられ ているが、地方ではまだ多種多様な信樺・祭縄が行われていた。そこで、人々 が神々との接鮭を計るため様々な遊具が必要となってくる。古墳時代には、軽 質によって金羅製・石製・土製・木製などの製品がしばしば綾絹されて、祭記 が行われていたことが確認されている。

 福農県内の祭記遺物及び祭認遺跳、変遷については菅原文髭氏の「福島県内 の祭紀遺跡盛や高綬俊雄氏の「騰島桑における祭認遺物の様権」によって的確 にまとめられている。しかし、従来の祭麗に関する醗究は、古墳や祭超遺跡を 中心に石製模造品・土製模造品・小型土器(手提上灘)など特殊な遺麹を醗究 する繧向が強かった。しかし、本鶏で検討する土簸器椀も講査鞍告の増撫と共 に鐵圭状溌やつくりの特殊性からしだいに祭麗遺物としての認識が高まってき ている。福島案内では数多くの報告書が手懸行されており・それを玉点つづまと め検討することは懸人の力では鰻界があるので、管見にふれた報告書を中心に 考えていく。古墳時代後簸の土器変遷については木本元治・石本弘長の論考を 参考にしながら蒔難を琶分する。また、本稿での土麟器椀は、鍵来から糧嚢杯 を含んでいる。

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(2)

行政社会譲葉 第蔦巻 第3号

2 硯究の視点と方法

 最椀に、このような穆製土器に注暑したのが須賀鰭毒攣穰懇古墳群(三長鱗縫 i§82〉の鞭告である。出土した土睡器を分類する申で、年代的1こレ護羅に大 群し、さらに鍵来の兎底杯をA類・平底の杯を9類とした。翼翼B類は、畢底 を呈し器彫がやや歪み、その糧雑なつくりが特色的である。これまでの集落遺 跡からの講董報告はなく、葬送儀礼の後に一一挺して廃棄されてと考えられ、古 墳での葬送儀礼に関わる特殊な土器と推定しており、7世紀前後の隼代を想定

していた。

 その後、長沼醗九第五鄭遺鋳(高橋縫欝85)の報告では、このような土器

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(3)

土縣難境小考(趨橋信一〉

類の報告が確轟忍され、その出土地点からA 古墳の馬糞、B 祭嚢…等の特殊遺 構、C 佳麗からの出土を想定した。また、6覆紀後半から7毯紀前半に高坏 が減少する傾霧もあり、高坏の代絹として土麟器椀の矯途を考えた。この時蟻 にまでに報告された遺鍵は表郷轡滝ノ森遺跡(§黒謄68・高橋欝雛〉・長沼 舞緯衡神経逡鋳・鉾衡亀露出祭羅遺鞍(江藤欝67・羅欝96)・天栄樗舞台遺 跡(玉瞬欝欝〉・いわき濃輯馨長春遺跡(鈴木欝醗)・大鷹韓赤藪襲y遺跡

(大越欝82)などがある。

 その後の講蓋では、いわき毒自註豆壷跡(廣馨縫欝総)・醸紅塾{市東丸出遣鋳

(鈴木縫捻8?)・いわき毒寺台遺跡(猪狩趣欝総)・浅鱗籍箕輪藪ノ前古墳群

(荒木縫欝欝)・天栄轡芹沢A遺霧(石本魑欝劔)・石摺欝殿爆遺鋳(麹々本健 鰺襲)・綴由青藍嘉A遺跡(出講雛欝艇)・矢吹鱗王宮縞鯵邊蹄(書癖纏 欝鶉)・本宮簿毒§木遺跡(鈴本鐘欝艦)・本宮1町北ノ脇遺跡(長谷繕纏鱒翻)・

茎1嚇凝工平遺跡(遠藤縫2縫2)などがある。この申には、矢吹鱗皇宮麟B遺

髪泰(香lli綾ig9暮)の2・5号墳寿〜ら痩土二した土弾器蟻iの内悪癖こ誌濯犬の{寸着駿1 が確認され、灯墾醗(緯圷)との関係を旛締している。講藝譲こ火に縫擁する祭 認とも考えている。

 次に、土麟器椀を灘上した竪穴住居錘・祭記遺鋳・古墳についてふれ、土麺 器椀の共通的な特色・性賂と無代を考えていく。

3 各遺跡の様根

 天栄越芹沢A遺跡(纒2〉

 岩瀬郡天栄村大字小辮字芹沢に訴在する。平成2葬度に蟹営総合農地開発事 業矢吹地褻に関連して発掘講査が実施された。遺跡は湾岸毅丘上に立地してい

る。昭穂磐年度に東北新幹線建設に梓って…部発掘講査が実旛されており、縄 文彗寺代・奈良〜平安時代の数時難に渡る複合選嫌であることが確認されている。

講査では古墳時代後期の竪穴注意鋳2軒と土坑6基が後議された。竪穴住馨跳 はいずれも講壷区の置藝撰が麟平されてお鯵全体像は不明である。

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(4)

蕎政桂会論纂第蔦登第3弩

 生母住羅蹄の平藤形はほぼ方形を呈していた推定され、カマドは北棄蕩に付 設されている。遺勅1ま住居跡尿嚢から土締器杯3点・塊磯魚(報文では糧製の 杯〉・甕i点・藪i点がある。これらの塊の計謙譲ま、警径で9.2〜難.8(平均 纏欝.2〉鷹・底径で珪.6〜5.6(平均値5.i)臓・器高で5.5〜6.8(平均値§.2)

艦を灘る。器影は平底を璽し、体部にかけて直線的に開き、さらに難縁部では 内湾気味に立ち上がる。底薬には木葉痕が確認され、調整はヨコナデ・ヘラナ デを施している。一部の器面には結土緩の痩鞍が確姦忍され、糧雑なつくむであ る。糧雑なつくりであるが胎土は洗練されてお鯵、焼成は良好である。鞍文で は、この竪穴住縷跡の時鞘を6逢紀構頭と季餐i寵している。

 石塀舞}殿懸遺跡(襲2)

 石鱒簾石摺町大字沢井字靉靆に所在する。平成2年度に轡営総合農地擬発車 業母総地区に騨連して発擬講査が実施された。吉墳時代から平安時代の集落跡

と推定された2§,倉§(}擢以上の懸積の中で■1法上保蓉が不可饒垂な警復}癒を対 象に 発掘調査が背われた。調査で検鐡された遺構は、竪穴住居跡舞軒、井戸跡2墓、

溝跡3条である。この中で、珪号住居跡から二と麟器擁が出土している。

 4号住緩跡の平面影はほぼ方形を呈し、南壁はやや膨らみを持ち、北壁中央 にカマドが付設されている。遺勅は土麟器杯盤点・椀無点・甕麺点・畿2点・

異彩土器5点があむ、堆積土や鎌癖・カマド霧辺から出土している。土麟器碗

(鞍文では糧嚢杯)1誰2点懸示されている。いづれも完形に遍く、カマド周辺 の床面から鐵出している。器形は平底を呈し、体部にかけて塵線的に開き、さ

らに陰縁藻で1ま内湾気秣や薩線的に立ち上がる。底蕩には木薬療を有し、講整 は3コナデ・ヘラナデ・港頭綾を施している。一部の器面には糖土緩の痕跡が 確認され、穏雑なつくりである。これらの境の計灘値は、環径で§.9〜盤.8

(平均纏驚2)c簸・緩径で6.G〜7.2(平均魑暮.8)c盤・器高で塁.4〜7.5(平均纏 5.8〉億である。また、繕時艱と考えられる竪穴住居鞍は8軒あるが土縣羅境 は4号住居跳からのみの議土である。この縫に円筒型の異形土器や購途不購な 特殊異形土器が発見されている。時窮は、7饗紀前半を推定している。

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(5)

土縣器境小考(高矯信一)

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(6)

膏政挫会誌集第葛巻第3響

 本宮舞琵沼木選跡(緩3〉

 安達郡本宮町大字高木字百§木に所在する。単成登年度に懸武駿矯平成の大 改修に繹って発振i講査が実施された。隅銭獲辮右岸地麩遺鎌群は、小字名から 山王購療・北ノ脇・高木・百羅本・原遺跡などが籔絶があるが縄文時代から奈 良・撃安時代までの長難醤にわたって生活が営まれた擾跡が確認されている。

 本宮醗教育委員会及び財懇法人福島県文化振興事業懇(講査時篠島県文化セ ンター)が発擬講査を実施し、騰§馨以上にも及ぶ竪穴往駿跡が検出されてい る。本稿では未報告地藝もあるが、春舞木遺跡(鈴木難鎗綴)を取青り擾う。

 84号住居跡は平面影が方形を呈し、カマ霞ま髭薩壁に付設されている。遺物 はカマドや鯨藏穴・住居の中央部から多量の土麟器響・塊・小聖甕・甕・甑、

石製品の経石が鐵止している。土麟器椀は合計で35点にも及び、磁島県内でも 最大の鐵土量を誇る。底部は単巖を呈し、購縁部で内湾するものや外反するも のがある。一部には体蕊と底部との境界が墾羅ではなく、やや丸底を呈する檎 もある。計灘魑で慧、口径が雛〜慧纒、器高が6〜7臓でほぼ収まっている。

調整は、ヨコナデ・ヘラナデ・ナデを多難し、一難に港頭痕も観察される。報 告では、このような圭縣器椀を製作に携わっている竪穴住居と推定している。

時難は、6量紀終末期としている。

 この縫に購武叢鱗右岸地区遺跡欝では栽ノ脇遺跡欝2号住暦跡カマド周辺か らも土騒器椀が毒出している。鰺点が灘示され、糧嚢の杯として報告されてい る。基本的には底部は木葉蔓嚢を;馨し、平底を呈する。外1登繋こ鴫i療な輪積み癒が 残っており、器形は譲縁部が内湾するものや緩やかに外領するものがある。講 整はヨコナデ・ヘラナデ・ナデを施している。同時に出土した上鎌器騨や甕の 特色から?漫紀窃頭の年代が推定されている。

 孫幾帯疋覆《遺跡(秘義)

 郡山市田村欝大字颪護字蓮沼に勝在する。平成4年度に醗営総合農地聡発事 業母爆地縫に関連して絹発予定区内の発掘霧査が実施された。詞武1襲響と谷賠 lilに揉まれた通称守由台地と騨ばれる盆地受端藩で、郡山屡と辱ばれる一と位段        一圭総一

(7)

土饒暴椀小考(趨橋懲一〉

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(8)

行政挺会譲葉 第iき巻 第3弩

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(9)

土懸器境小考(謀橋億一)

丘に立地している。このうち、■古墳時代中類(南小泉式鞘)に護1達する遺構は、

竪穴窪居跡形軒・祭紀跡3ヶ所・小竪穴4基の縫に土坑がある。

 i考察紀鋳は埋没谷に沿って、東西鶴.5欝・南跳5磁の範雛から完形の土翻 器や石製摸造品が多量に出土している。基本土懸の中に榛名一二ッ岳軽石(Rr

一曾P・6機紀中葉)が確認され、この下曝に遺勅が含まれており、6轡紀中 葉以薦の祭紀が考えられている。集配と弱達する遺麹には、土鍾器片2,3i7点、

石製模造贔2鑓点、滑石製譲許登点が串止している。土懸器は、杯・高坏・墳・

壷・甕・手裡土器がある。杯が多く、次に増・甕となむ、実形贔は少なく、意 識的に破壊された土懸器も存在する。瞬時に鐵上した杯や甕についても醤常的 な容器から祭器への変化を含めて祭認との鷺連を考窟しなければならず、絶の 遺跡の遺物包含曝や遺構験出作業時に単独または2〜5纒など建較的まとまっ て臨圭した場合には祭羅との関連を考えなければならない。

 この中で、復元した土器を含めて3薦点を報告している。このうち総点が±

晒器である。器種では、杯馨点(総%〉・高坏2点(2%)・短頸壷i点縫%)・

増越点(総%)・塊3点(3%〉・広羅壷i点(i%)・小整甕4点(5%〉・甕 爲点(懇%)があり比較的塊の慈土籏向が低い繧向にある。この時期の祭羅で は擁が祭髄i異の主流で縁なかったことが推定される。1轟轟寺毒こ馨常的に使霧した 容器が祭麗糞へと変化したことが傭える。

 いわき帯朝欝長者遺跡(図5)

 いわき帯泉購下鱗手中ノ谷に瞬在する。昭穂灘年度に小名浜臨海工業遜地築 2次造成に騨連して発掘調資が実施された。詞武縷高地から延びる標高48難前 後の壼綾上に立地している。この遺跡は、凝石器・縄文・弥生・古墳・奈良・

平安時代と連綿とつづく集落逡跡である。この中で祭縄と闘達する欝2号土坑 が験鐵されている。この土坑の規模は、長軸墾§纒・橋軸霧耀を灘る。土坑内 からは土鍾羅杯至3点・甕i点・広嚢壷3点・小聖土器駿点・擁23点、石製模造 品7点が霰承されている。小型土器と椀の比率が高い籐1餓こある。ほぼS匿紀 頃と推定されている。

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(10)

行政鮭会誌集 第葛巻 第3簿

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(11)

±簾器椀小考(高橋償一)

 大信村雰壌裏許遺跡(纒6)

 毯白梅郡大橋舞大字中新城字赤籔裏に瞬在する。紹穣灘年慶に蟹営総合農地 瞬発事矢吹地区に鱒達して試掘講査が実施された。遺跡は南龍に開析された沢 の蓉向き緩斜面に立地し、標高は鎗§獲麟後を灘る。調査麟象嚢積約暮,6§§㎡に 対して2×欝難のトレンチが§本設定された。

 3τから拳大の凝灰岩や土懸器がまとまって串上した。このうち、5点が纒 示された。いずれも井口クロ成形で、黒色麸理は施されていない。器彩は平底 を呈し、/水藻にかけて塵線的に開き、さらに馨縁部では内湾気味や直線的に立 ち上がる。底蕩には木葉震を有し、調整はヨコナデ・ヘラナデを施している。

勉のトレンチからの遺構・遺勅の確認はなく、3号トレンチを中心に、特殊な 遺跡として推定している。

 表郷村溌ノ森遺鑛(図6)

 西融海郡表郷村大字番沢字溝ノ森に所在する。この逡鋳1ま昭鞄蔦年9月発見 の人面付弥生土器の鐡土地として著名である。農業購造改善事業に関連して昭 穣凝年に一部を発擬講査を行った。遺蹄の立地する縫形1ま、銘菓に張吟出した 檬高3韓盤前後の海簿段丘である。諜査の結榮、弥生土器の包含屡と書壇鋳代 の集落跡を縫認した。弥生土器は馨生時代中難で壷・甕・筒形・蓋、土麟器は 甕・臨・鉢・塊・杯・壷が鐵止した。遺物の詳纈な点数1ま不明であるが、醤常 的の生活に必要な容器が鐵上した申で多い績向にある。

 長沼町樗衝神社選鱗・棒衝亀居雛祭麗選跡(籔6)

 岩瀬郡長沼町大字鉾衡字亀羅匙娘こ撰在する。江花購南馨の標高33§盤の髭綾 地中腹に磐座と数ヵ所の達物数姦雄が確認されている。昭穂鋳年度に試掘講査、

昭秘鍵年慶に発撮講壷を実施している。鞍告では、C地点から土舗器が散乱し た状態で出土している。また、完形品及び復元した鰹棒数が表示されており、

土縣懸の壷i点・甕3点・羅9点癒攣5点・堺2点・高坏i点・盤蓬点・藪i

点・一t製摸造贔3点が確認される。

 その後、長沼欝}斐編纂に伴って土麟器の一藻が騒化されている。江藤氏の墳        一驚§一

(12)

待政社会譲集 第藩巻 第3号

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(13)

±騒器碗小考(轟橋億一)

と雲に分類されておむ、手控土器と小型甕として掲載している。手握土器は馨 径が欝艦繭後、内外1奮に成形時の接合痕を残し、調整はヨコナデ・ヘラナデ・

指頭圧痕を絶す。平底の底部には木葉痕が多く残っている。時鞘としては、7 世紀蕪後を縷i足している。

 矢吹織上富鋳B選跡(纒?)

 西白梅郡矢吹韓土宮鋳に瞬在する。平成§年度に福島空灌・あぶくま南進艶 に麗達して発旛調査が実施された。遺鋳は、矢吹台地を雛妓状に罷新した儀湿 地を望む丘綾縁辺部に立地している。調査の結果、古墳時代に関連する遺構は 鑓墳鐙基・箱形石棺2基・土坑状埋葬施設工基がある。このうち、2・4〜7・

9・緯・鍍樋3号墳の周溝内から土饒器椀(輻文では杯8類)が出土している。

墨土状況は比較的単発な績霧を示す。土緬器境は総点がある。

 この遺跡では、円墳の2・5号墳を緩示した。2号墳1ま塵径約捻驚、墳廷径 約緯.5盤を呈し、周溝内堆積土の上罎から§点の土麟器碗が鐵生している。土 締器境は平底の底謡から内湾気味に饑き、嚢縁薬が僅かに外反するものや内湾 するものがある。講整はヨコナデ・ヘラナデを多様しているが、焼誠の不良な 塊は糧雑なつくりである。計漢事褻は馨径で9.4〜欝.8(率1均纏緯〉c鍵、底案釜で 壕.逢〜5.8(平均嬉5.2)儒。器高で塵.§〜6.蓬(平均纏5.7)繊を灘る。

 5号墳は藏径約欝欝、墳丘径iL2〜茎L5盤を呈し、麗溝内堆稜土の上膳から 2点の土瞬器椀が鐵土している。土締器椀は平底の底部から内湾気殊に饑き、

1 助狽ェ嚢かに内湾する。調整はヨコナデ・ヘラナデを多賭しているが、内嚢 に誌状の韓着物が纏認、されている。時窮は6糧紀麟後と推定しているG

 玉絹繕江平遺跡(図8)

 石瞬郡玉絹轡大字小高字江平に醗在する。単成縫・稔年度に福島空港・あぶ くま商道諮に関連して発露講董が実施された。遺跡は、瞬裁縷繕東熊の海岸段 段、しに立地している。講壼の結業、古墳時代に縫達する遺贈は、竪穴住居跡韓 馨・表方後円墳i基・陽墳鎗基・箱式石熔2基がある。このうち2・6・9・

鍾・28■号墳の主体離及び饗溝内から土麟器椀(報文では鉢A〜○類)が出土し        一驚7一

(14)

行政社会譲葉 第葛巻 第3号

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(16)

行政社会譲葉 第葛巻 第3号

ている。士縣器埃iは約総点が復元図示されている。

 この遺跡では、28号墳を緩示した。墳髭の甕径が約鴛獲と推定され、主体部 は後量の趨率を受け不瞬確であった。また、周溝内からは土坑状の埋葬施設が 2ヵ所確認されている。土鐸器境(報文では鉢)は、周溝内埋葬施設や周溝内 から24点慈童している。底蕩の特色は、縫の遺跡から出土した擁と異なむ、瞬 瞭な平底と底部が丸疾風平底を呈する2っの形態があり、底面紅は木葉痕が観 察される。ロ縁部の特色である内湾・外反・やや壷立気味など共選する特色が ある。器癒には粍土紐痕が観察される。調整は、明藤なヨコナデが少なく、捲 頭注震やヘラナデ・ナデ・ハケメを施すものが多い。

 この古墳から出土した土舗器椀(報文では鉢A〜○類〉を観察すると、いわ ゆる手誓系土器(鉢A類〉と蓼常容器から祭麗塁へと変化(鉢B〜D類〉した と考えられる2っの特色を看取することができる。手握系±羅(鉢A類)は1二}

縁部の調整に蚕コナデで繕いられず、器面会{本に指頭蓬緩による調整が藤著で ある。これに繁して蕪常容器として使賭した椀(鉢露〜D類)1ま全体的に置1縁 部下にはヨコナデ、器露にはヘラナデ・ナデ・ハケメなど手獲土器とは異なり、

比較的麹雑といっても丁寧なつくりをしている。こららの古墳欝の時期は、5 欝紀後葉から6嚢紀麟半の時鵡を推定している。

 須翼鱗市章穰藏古墳i騨(泌§)

 須賀絹毒大字下小山蟹手早穂懸に断在する。昭轄弱年度に緩常総合農地雛発 事業母纏地区に麗達して発癒講査が実施された占墳羅は、鰐銭獲瞬東岸の自然 堤防、.とに立壇する。調査の結果、■占墳時代の遺構は、前方後講壇!基と霧墳鰺 基が検鐵された。このうちi〜3・5・6・鱒磯4縫8・爵号墳の霧溝内から 土麟器椀(報文では杯簸羅9類)が出土している。土舗器塊は総点がある。

 この古墳群では、5岐4号墳を纒示した。5号墳は後彎の擾乱を受けており、

遺存状溌捻不喪であった。推定で径が約22灘の霄壌と推定されている。主体部 は未確認であるが、周溝内蹉嚢から比較的多肇の土鋳器が鵡上している。この うち、稔点が土臨器塊で、ほぼ完彫に這いものが多い。計灘鰹1証i径で聾.8〜

       一i祷一

(17)

xN... 暗︑鶏﹃﹃﹃﹃..ルノ

土懸聡碗小考(蕩揺億一)

4

三︑﹃ノ

︑\

訊墳

瓢.一

須賀鱗市早穰覆古墳群

一玉7i一 馨9

(18)

行政被会議集 第弼拳 第3号

i5露(平均値欝、7)幟・底径雌.巷〜7.2(平均値6.蓬)灘・器高4.8〜6.4(平均 値6.§〉縢を灘る。

 縫号墳1ま倒灘形に近い円墳で、早穏鑓古墳群の申で1ま最大焼模を糞する。主 体認は醜平されてお鯵未確認であるが、周溝の土橋状に途切れる部分から灘麟 体以上の±懸蕃境が趨上している。比較的まとまり、底癒から浮いて2〜3艦 の高さから出土している。このうち、28点を復元籔示している。謎灘纏は嚢径 で鰺誰〜捻.暮(平均値麓.2)鐡・緩径で姦.§〜7.§(平均鶴ξ2〉艦・器轟で3.6

〜§.3(平均纏唾.5)鰹を灘る。

 報文では、糧製杯を至〜V類に分類している。馨縁部の聞きと馨縁薬下の変 換点や段差などから纒分している。僅かに黒色経理?を施したものもある。講 整は、ヨコナデ・ヘラナデ・港頭痕を施し、一部にハケメを施したものもある。

 時期については6轡紀後睾から7鍵紀にかけての年代を推定している。

4 土締器塊の検討

 各遺跡の様権について、土嚥器椀の出土して地点から竪穴住居跡(天栄村芹 沢A遺跳・石摺舞殿耀遺跡・本宮麟百目木遺跡)、祭記遺跡(郡由毒正慶A遺 跡・いわき講朝麩長者遺鯨・大信樋歩数襲爵遺跡・表郷村滝ノ森遺跡・長沼霧 梓衡神社遺跡)、古墳の鷺溝(矢吹臨土宮鋳B遺跡・玉郷村江平遺錘・須賀鱗 甫畢橋襲古墳群)に分け議明を纐えてきた。

 まず、名称であるが報文によって、鉢・魂・糧製杯など様々な曄称が使灘さ れているα基本的に杯は食器で変遷を遽うことができ、古墳時代では丸嫁を呈 するものを一落している。今璽は、祭議雛こ梗灘されたことも考慮に入れ、椀と

した。

 次に椀の特色を整理すると①〜⑤にまとめることができる。

 ①籔認に木葉覆がある。

 ②器面に,結土綾痕が観察される。

③調整は指麟窪褻・ヨコナデ・ヘラナデが中心で、僅かであるがハケメを旛 一172一

(19)

上鎌器擁小考(高篠懸一〉

』誉』 繕鷺ダ、醗

     繕 秘  _.

籍蜜、_…、

二』灘_欝鞭響

謬嶺毒蕉直真遺業       長灘群亀鑑趣祭罷選鋳 騨ll舞殿嬢遣錨

      A群

 藤_プ      }=L      ヒー_    

一一

       ま

緊罪霧箱輩塵霧

      華箋縦欝ぎ箕輪坂ノー下古墳群

      竜__・

       顧一/暫7

       _ 驚7ζ}7

 繰櫨樋雛B群難難平翻   脚■ゴ

       震養携毒撃穰密書墳群 雌_、一ノ 蟹臆 土器の分類

         一i73一

(20)

行政益金譲葉 第葛巻 第3号

 したものもある。

 ㊥底部のつくり方が変換点を持つ平底、丸底嵐平底など2種類確認される。

 ⑤平均纏から口径1ま緯〜i2囎・底径は5〜7畿・器高は4〜7艦を譏る。

 擁を集滅する申で、従来から糧嚢杯・鉢・椀として響称されたこの土器群は その特色から大きく2っに分類できることが確認された。麟緯ではAとB難に 分類した。A類は基本的には結圭を窪めしだいに器懸を薄く仕一.ヒげていく狭義 の手捏±器に近い。底露には木葉痕を有し、講整はヨコナデが施されることは 少なく、器藤全体に掻頭圧痕による調整・ヘラナデ・ナデが舞著である。B類

と比べでさらに糧雑な感じを受ける。これに嬉してβ類は、糖土綴を積み、1二げ て製作する広義な手擾土器である。A類に髭べて糧雑な中に丁寧さを感じとる ことができる。基本的に饗縁部はヨコナデ、体部にはヘラナデ・ナデ・ヘラケ ズ1ナなど調整は多種多様なものがある。

 今まで、糧嚢杯・鉢・擁と呼ばれてきた土器羅は現在まで一低して検討され てきた。しかし、今懇の集絞では2っの分類が響能であることが明らかになっ た。時驚についても、灘山霧正直A遺跡i号祭認跡(山内鯵9尋)や天栄村芹 沢遺跡i号住居跡(石本ig9茎)が簸も古い境と考えられてきた。終末鞘は7 世紀の土器群を整理した申では、7謎紀後半難にはこのような塊を確認するこ とはできなかった。ただ、6量紀から7世紀前半にかけての集落選跡でも土麟 器椀が出土する繧向は少な継。本麓町誓目木遺跡(長谷瞬2§競)や石雛醗靉 靆遺跡(佐々木欝鱗)では、このような土麟器擁を鐵坐する竪穴注艦齢は集 落全体で茎・2蘇の可能性が高も・。

 いわき市寺台遺跡を報告した猪狩患雄氏の報告では、手控土器を古墳蒔代か ら奈良・平安時代にかけ磯窮に分けている。本稿の土締器椀は麓から脚期に櫓 当し、大きく輪を持っても5轡紀から7経紀までの3総年闘が樽当する。しか し、5世紀前半簸から7世紀後半難には出tが確認されていないことを考癒し、

さらに霞墳群の造営・祭羅が6世紀代が中心であることを含めて、本椀類は6 饗紀代に主に{斐霧されたことが蟹i定されるQ

       一壷7尋一

(21)

土鯵器擁小考(高橋鱈一)

 この二鶴毒器擁の購途についてはまだ不覊な点が多い。しかし、須賀翅講早穰 磁古墳群2墳iの内面には朱が、矢吹駒皇宮麟B遺跡5墳iの内面には誌状の 付着麹(灯明員?)が観察されている。容器として朱や櫨を入れた可能性があ るが、理在まで出土した生籬器椀の中ではまだ2点のみの確認である。同時に 椀内部を観察すると笹常的に水分を含んだような痕跡は確認されず、比較的乾 燥品を入れておいたとも考えられる。このことは主な絹途が神饌を盛る容器の 春}能盤iが高いと考える。

 土麟器塊について、2分類の薄能姓と絹途及び年代1こついてまとめてきた。

さらに、鐵±.状漫から再度検討していくゆ

 竪穴注艦鉢での鐵土蔵溌は、天栄村芹沢A遺跡董弩住(石本歪鱒i)・石籍鵜 殿糠遺跡4号住(佐々木欝鱗)・本宮簿喜目木遺跡纒号住(長谷繕鴻艇)を 図示した。土懸器椀A頻は殿懇逡鋳4号住、B類は芹沢A遺鱗i号住・本宮鞠 暮§木遺跡雅号住かが多い。このことは、殿鰯遺跡i号住では最密から祭超馨 的で製作している。芹沢A遺跡茎男柱は馨常綾絹する容器の薄能性が高い。本 窮鑓毒霧木遺跡84号住は寮内で最大数の蕊点が鐵土しており、実際1こ祭認が行 われたことを実証する誕鍵はなにも熱・。往居内から麹の土舗器も多く趨上し ていることなど、祭記が行われたのか洪水など自然災害のため竪穴往羅が廃棄 されたかは不霧であるが、このような土懸器塊を製作していた竪穴住居とも考 えられる。また、天栄鑓舞台遺跡(玉1購欝8i)も塊B類に含まれる。

 撫腿錺から磯圭釈然ま書羅1粛正庭A灘瞬号祭記跡絶内i鰹)・いわ

き薦朝嚢長者遺跡(鈴木鰺雛)・大鑑鰐赤筋裏F遺跡(大越欝総)・表郷替滝 ノ森遺跳(馨黒1§68)・長沼職稗徳神社祭認遺跡(江藤鰺67)を図示した。祭 紀遺跡では謬窪撰ぎ正慶A遺跡が碗A類、飽の遺跡では椀A・B類共に混在して いる.祭誕に対しては、祭麗目的の境A類と懸賞什器たる擁8類縫罵されてい る。これ1凝1常什器σ)碗が薬毒駐に硬灘されると祭認の道具へと購途が変寵する。

 古墳の周溝からの出土状況は、矢吹海上宮綺逡鱗2号墳(穣本露盤〉と5 讐墳(憲懸盤98)、三欝ii桝注平遺跡28号墳(篠田2§馨2)、須賀辮毒早穂懇古墳

      一i75一

(22)

行政挺会議集第婚巻 第3号

群5号墳(玉撰鰺雛)と麺号墳(福島欝82)を籔示した。各古墳群共に境8 類が多い繧鶴1こあ蓼、玉瞬村江平鰺号墳のみ椀A類が多い。また、浅緋欝簑輪 籏ノ前古墳欝(蓋木欝89)では塊β類の比率が多い。

 このことは、圭宛A類は塞11こ祭蔽!申£繕こ製{乍されへ境B類1ま暮常ぞ十器から祭霧駐 具への変化が考えられる。購時に使講ずる椀も行う祭総1こよって変化するかは 堤段繕では不明である。

 次に、手縫土器との灘孫を考えていく。従来の芋窪土器は、粘土ブロックを 挫ね中央に繕でくぼみを作り、しだいに体翻の雛嚢を薄く佳上げていく。古墳 時代には祭霧獣こ縫絹した小型な壷・杯・高輝・椀など量的な生産が多い土器も 含めて手握土羅と辱称している。本稿で検討した土錘器椀も祭記との関連が強

く広義の手握土器考えられる。しかし、蓉常葺器として使灘された可能性も高 く、いちが塾に手提±器として考えるには疑鶏がある。このため、非実講的な 小型土器(擁A類)と実溺的土器(椀B類)とに分類し験謁することも、集落 内祭認や古墳群での葬送儀礼・祭総遺跡の性格などを考える一ヒでひとつの手が か馨となろう。

5 おわ》に

 本稿縁、祭認に霞達が強いと報告された上編器擁(穣製杯・鉢)について、

各遷跡からの塵土状溌や分類・特色・性賂などをまとめてきた。しかし、麟島 県内全域の塊を験試していないので不墾確な点も多い。今後、出土資料の集積 化と分桁の方向姓からさらに験討を進めたい。

 小福は、福島大学大学駐在掌中や中震旅行を始めとして羅頃掛ら鐸指導を受 けている工藤雅趣先生への学愚1こ少しでも報いようと取り績んだ結果であるが、

暗闘的な鱗約から議鞘が不十分になってしまったと考えている。さらに確たる ものにしていくことを約して終わりとしたい。

 また、挿纒作成にあたっては福蟹秀生氏に協力を饗た。

       一i76一

(23)

土輝器擁小考(蕎矯鴛一〉

参考文献 氏家鵜典 欝欝 涯藤吉雄 i弱7

難無畜墾 欝総

鈴本重美 嬉綴

■玉矯一簾縫 鴛8董 玉穣一郎纏 欝82

大越忠士 婚麗

轟橋懸一 難懸

菅原文毯 欝麗 麗麟 敏纏 欝86

鈴木雄三難 欝87

猪狩忠雄甦 欝総

荒木  隆縫 i§8§

本本元治 欝欝

辻 秀人 欝鱒

石本: 弘縫 i弱i

羅橋億一鮭 鯵9i

「東龍±蘇器の型式分類とその編年」ゼ歴史第欝輯壽東跳虫学会 r長沼霧亀居毒薬認遺麟謁蓋鞍告」ζ福島考古第?■号護福島銀考 吉学会

「橿島集表郷轡滝ノ森遺跡講壷報告」箪福島考古第8弩遜福島桑 考古学会

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ゼ舞台2覆高察轡瀬郡天栄韓教育委貴会

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 罫棄蒐出遣霧(轟出カルチャーパーク関連講蓋報鑑第i葉隠篠 島繋蔀出藩籬毒念藤部・麟島藥謬重事教育委員会・財懸法人蔀 由市埋蔵文龍雛発掘講壷事業懸

 ゼ寺台遺跡遜建設省磐誠蟹道■事事務新・福島藥いわき市教書

委貴会・舞書套聾法.太いわき彗ぎ教育F文{ヒ事業獲

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 r芹沢A遣誌.貯蟹常総合農地覇発事業矢吹地麩遺齢発灘調査輯

㌫7壽福島桑教育委費会

 罫深渡戸9蟻穴羅発掘調査輻告(表鱗羅文化舞調査輯密書第4 一貫7一

(24)

鴛政琶会論集 第藤巻 第3号

        集確彊島桑西白癩灘表雛轡教育委農会

椴鵡紡織 簿盤 「4祭羅翼(逢祭器海賦古墳時代の醗究 3生活と祭嚢躍鑑毒麟         量販株式会栓

高松俊雄 1弱3 「福島薬にお1する祭麗遺跡」『古墳時代鈴祭麹(第2繧東欝竃埋         藏文髭雛醗究会凋東雲奉埋蔵文姥難癖究会

後々本懐一纏 雄襲 「殿爆逡暴」ζ蟹営総合農地開発事業毒爆地麩遺跡発羅講壷鞍         告3縫福島県教育委葵会

山内幹夫纏 欝縫 「玉藍A遺鞍」麺彗常総余震地絹発事業轟爆地麩遺跡発掘調査報         告3離福観察教育委員会

石本 弘 1鱒5 「福島桑における律令成立期以前の±器様帽とその背幾」『東蟹         土羅醗究第4弩邊棄蟹土器醗究会

高松俊雄 緯鱒 「福島濃における祭記遺鋏の様撚」ゼ論集しのぶ考古垂論集しの         ぶ考古鷺付会

穰 耕粟 欝96 「緯籍神経祭認遺跡」『長沼霧史第2巻 資料編至愚長沼町 大場 鱗趣 鰺§7 ゼまつるかたち一古墳・飛驚の人と神一壽大阪癖立返っ蘂鳥博         物鐵

香羅嶺一飽 欝弼 「上宮麟B遺錘」『福島空港・あぶくま購道路遺跡発掘調査鞍告         麺福島蒙教蕎委費会・財懇法人福島戴文紀センター・福羅桑         土本蔀

高松俊簸 19鱒 「橿鳥桑の祭羅遺跳」『棄蟹土器晒究5憂講棄石土器醗究会 鈴木雅文簸 2縫1「百目木遣鋳」ぎ隆裁濃鱗巻岸地区遺跡調査報告躍醒土交通省         束髪地方整備局福島工事事務翫・福島県安達螺本震簿教育委員         会

遠藤千駿美鎗 2総2 r江平遺跡」ゼ福島空港・あぶくま商道鶏遺鋳発掘讃査…織塾鍾         福島桑教育委轟会・財痩法人福島薬文化振興事業懇・福島桑土         水離

長谷矯正健勝競 「詫ノ脇遺跡・百欝木地褻ζ」継奮銭畿辮巻岸地縫遺鉢講登鞍告躍遜         霞土交通省棄跳地方整備局福島工事事務勝・福島桑安達孫家憲         町教育委員会

一i?8一

参照

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㎝程度ではないかと推測する。こうした開口部の存

重複しており、たちあがり高が全体的にやや高めであることがわかる。窯跡資料のたちあがり形状

2.在地首長のクニと土器の地域性

[弥生集落の祭祀機能と景観形成]……小林青樹

 国立歴史民俗博物館研究報告 第44集 (1992)

 以上,概観したところからも明らかなように,古墳に滑石製模造品が副葬ないし供