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国際理解教育を考える

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Academic year: 2024

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1. 途上国への贈り物をめぐって

 私がかつて地方都市のある私立中学高等学校に 勤めていたときの出来事をご紹介しましょう。 私 はかつて青年海外協力隊に参加していた経験から, 

その街ではかなり積極的に国際交流などの活動を 実践していました。 そのうわさを聞きつけて, あ る公立中学の先生が相談に, 突然私を訪ねていら っしゃいました。 

 相談の内容は次のようなものでした。 中学に導 入された  「総合の時間」  として国際交流に取り組 んでこられたそうです。 その仕上げとして, 3年 生がこれまで使ってきた体育館シューズを途上国 に贈りたいのだそうです。 ついては送り先などを 教えてほしい, という相談でした。 私は国際交流 については知識があったので, 素直に送り先を紹 介すればよかったのですが, そのときは学習の意 図を知りたくていろいろと話しをしました。 そこ で, 私は担当の先生に, 次のようなアドバイスを しました。 

 まず3年生が使ってきた体育館シューズをピカ ピカに磨き, それを新入生に渡す。 新入生はそのシ ューズを使うが, 靴の代金は新品と同じだけ払う。 

そこで, そのお金を使って途上国の産品をフェア トレードにて購入する。

 すると, その先生はみるみる顔を真っ赤にして 怒りだしたのです。 その先生の言い分は次の通り です。

 なぜ新入生に先輩たちの中古品を使わせなけれ ばならないのか?それは新入生に対して失礼極ま りないとは思わないのか?しかも代金を取り上げ るとは本末転倒だ。 靴を贈ったことでの感謝状が あれば生徒たちにも, 目に見える形で国際協力し たこととして励みになる。 …ということなのです。

 そこで, 私は次のように質問しました。

  「新入生に中古品は失礼だけれども, 途上国の 人には失礼ではないということですか?」

 先生は答えました。   「途上国の人たちは満足に 靴も買えないのだから, 私たちの善意で靴を贈る わけです。」

 私は別の角度から質問しました。  「あなたはカ レーをスプーンで食べますか?」

 先生は答えました。  「もちろんです。」

 私は続けました。  「カレーを手で食べることを どう思いますか?」

 先生は答えます。  「インドはそういう文化だった でしょう。 ですから問題ありません。 文 化の違い です。」

 私は続けました。  「 靴とスプーンを同じと考え てみてはどうでしょう? 靴を履くことが普通でな い文化の国に靴を贈っても意味がありません。もっ と文化を尊重しないと。 それに本当に途上国のた めに何かするならば, 彼らの生産活動によって自 立できるようにする事が, 最も必要なことだと私 は思いますが。 」

 その先生は, 半分納得したような, 不満そうな,

そんな顔をして帰っていきました。

2. 言葉の壁と文化の壁

 ある小学校での国際交流で中国の方をゲストに 呼ぶことになりました。 私は青年海外協力隊の経 験者であることから, それに同行することになっ たのです。ゲストの中国の方は日本語がそれほど上 手ではありませんでしたが, 簡単なやりとりはで きました。

 さて, 教室に入ると壁いっぱいに子どもたちが 調べてきた中国事情が壁新聞としてびっしりと貼 られているのです。 それは, なかなかすばらしい 出来上がりでした。

 さて, ゲストの中国の方の話しが始まりました。 

  授業に役立つ新しい話題 2010⑤

国際理解教育を考える 

         共立女子中学高等学校教諭   池 末 和 幸いけ         すえ         かず       ゆき

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しかし, 日本語がうまく通じません。 通じないと いうよりもニュアンスが違うのです。 私は協力隊 員として中国で2年活動してきたので,このゲスト の言わんとすることがよくわかります。 しかし, 

それが日本の子どもたちにダイレクトに伝わるか と言われると, 文化的な背景が違うので簡単には 理解できないのです。 そこで私の登場です。 「文化 の壁はどんなところにあるのか」を感じてもらうの です。 それが,ゲストと協力隊経験者がセットで学 校を訪問するという企画の旨味なのです。

 しかし, 『これはちょっと違うぞ!』という空気 を感じたのは次の瞬間でした。 私が文化的な背景 を説明しようと自分の体験も交えつつ話し始める と,それまでゲストにビデオカメラを向けていたあ る一人の先生が, 私の話しを遮るように言ったの です。

 「では皆さん, 各班で調べてきた中国のことをゲ ストの方に発表してください。 」

 そして, 教室は子どもたちの発表の場となった のです。 発表も終わり, 時間も残り5分となった 時です。 先生は続けました。 「今日はゲストの方に 学校まで来ていただきました。 学級委員はお礼の 言葉を言って下さい!」… こうして, 交流? の45 分は瞬く間に終わったのです。

 子どもたちが, 用意したものをきちんと発表し たことで, 授業はうまくまとまりました。 しかし,

それ以上に, 子どもたちの中に「言葉が通じないだ けじゃなくて, 考え方ややり方も, 国が違えばち ょっと違うんだぞ。 」という気持ちを感じさせられ たことが, 何よりも世界に目を向けるきっかけに なったのではないかと思います。

3.国際教育と国際理解教育

 これは英語教育に特色のある高校を見学訪問し た時の話です。

 私と英語担当の教員二人で学校へ行くと, 多く の学校から見学者が訪れていました。 授業をのぞ いてみると, 英語の授業は全て英語で行っていま した。 生徒たちもうなずきながらノートを取って います。 そのノートを見てみると, 英語と日 本語

が半分ずつという感じで書いてあります。 かなり レベルが高いなと感心しつつ, 次の「国際交流」の 授業を見学しました。 これももちろん英語で全て 行っています。 三人の外国人の先生がカードなど を使いながら, ゲームをしたりしています。 そし て, 極めつけは海外の交流校とのライブ中継によ る生徒同士の意見交換です。 もちろん生徒も英語 でやり取りしています。 私も含めて見学に来てい た先生方はため息を漏らすほどです。

 さて, 午後からは学校側の関係者と見学参加者 との質疑応答の時間です。 さすがに, ここは日本 語ですが, 見学に来ていた多くの先生方が, 自分 の学校で取り入れることはできないかと, 技術的 な質問をしていました。

 そこで,私も質問をしました。 「ここで行われて いる教育は国際教育ですか? それとも国際理解 教育ですか?」

 担当者は一瞬きょとんとした表情をしました。

そして,答えてくれました。 「どちらも同じです。

特に区別していません。」

 私は続けます。 「英語を重視しているようです が,例えば中国の方と交流するときはどうするの ですか?」

 その答えです。 「本校の交流では, 中国の学校と は今のところ予定はありません。 」

 私の質問の意図が伝わっていないようです。

 「生徒たちが将来交流するであろう世界の人々 は必ずしも英語を話すとは限らないと思うのです が, それについては, なにか特別なプログラムは あるのですか?」 

 今度は質問の意味が伝わったようです。

  「現実的に世界の共通言語は英語ですから, 英語 がまず話せないと世界の方々とは交流ができませ ん。 本校ではまず英語が自由に使えるように, そ して生徒たちに世界に目を向けてもらえるよう英 語教育を充実させています。 外国人教師の文化交 流プログラムも今日の授業にありました。」

 同じ 「国 際」 をテーマとしながらも, そのとら え方は各校によってさまざまですし, 人によって

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解釈が異なります。

 まず 「国際教育」 は英語のコミュニケーション 能力育成を中心とした考え方が根底にあります。

次に 「国際交流」 は特に外国人の方をゲストに迎 えて異文化の交流をすることを中心としたもので す。そして, 「国際理解教育」 は世界各国の文化の 違いを学び, その違いを受け入れる力の育成に中 心を置いたもの, という3つに分類されます。 で すから, 項目1と2でご紹介した, 途上国に靴を 贈ることや子どもたちの発表をゲストの人に見て もらうことは, もちろん意味のあることですが, 

この3つの分類のどこを中心に子どもたちに学ば せたいのかを明確化しておくことが大切であると 考えられます。 私は自分自身の経験と, 授業での 実践を重ねてきた結果として, 「 国際理解教育 」  を最も重要視しています。

4.国際理解教育の実践

 私は青年海外協力隊に参加した後, 世界の人々 との交流をしたくて, 世界の国を巡りました。今,

思い返すと結局,英語はほとんど使っていなかっ たように思います。 英語を知らない人がほとんど でしたので, 身振り手振りのジェスチャしかあり ません。 しかも, そのジェスチャが日本で当たり 前と思っていたものとずいぶん違うものがあるこ とにも驚かされました。 例えば,首を縦に振るの はOKの意味ですが, 西アジア近辺では肩こりの 時に耳を首に近づけるようにします。一見すると 首を横に振っているようにも見えますし, 極度の 肩こり症の方にも見えます。

 また, 英語がたとえ通じても, それは私たちが 学校で習ったような意味になっているとは限りま せん。 その国の文化や歴史的背景で微妙なニュア ンスの違いは小さくありません。

 私の実践する国際理解教育の授業は地理の授業 の中で断片的に行っていますが, 外国の方をゲス トに招くことはありませんし, 英語を使うことも ありません。 自分たちとの 「違い」 に気づくス トーリーを取り入れています。

 例えば, トランプのルールをちょっと違えたゲ ームがあります。 このトランプゲームの概要を簡 単に説明すると,まず参加者を5, 6人のグルー プに分け, グループごとにまとまって座ります。 

次に各グループにトランプ1デッキと, グループ ごとに異なるルールカ ードをそれぞれ配ります。 

さて, ここからがポイントですが, 言葉を発して はいけないのです。 ひそひそももちろんだめです し, 文字に書くこともだめです。 使えるのはジェ スチャだけです。

 さて, それぞれにゲームを進めますが, 5分ほ どで1セット終了です。ここで, 各グループの勝 者と敗者はそれぞれ別のグループに移動します。 

そして2セット目に入ります。 じつはここで大混 乱になるのです。 なぜならば, それぞれのグルー プのルールが異なっているからです。 もちろん, 

グループごとにルールが異なっているとは知らせ てありませんから, 全員同じだと思うわけです。  

「自分は強いカードを出しているはずなのに,勝て ない。おかしいじゃないか!」ということになりま すが, それを言葉で伝えることができません。 こ のルールの違いに, どのように対処していくかが このゲームの真髄です。もし言葉でやりとりして しまうと, このゲームの意味がなくなってしまい ます。 進行者はそこに十分注意を払います。

 このゲームでは各グループを一つの国と見立て ています。 セットごとに移動する人は旅行者や移 民,仕事などでの移動です。 移動した人もストレ スですが, 異質なものが入ってくることもストレ スになるのです。

 こうした異文化を自分の経験として持っておく ことが, 自分とは異なったものを受け止めるとい う心を養う素地となります。

 国際理解教育とは, 必ずしも英語を用いる必要 もありませんし, 必ず外国人をゲストに迎えなけ ればならないということもありません。 

 最も大切なことは, 5年後, 10年後に世界で活 躍しうる人材を育てることだと考えています。

参照

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