その他
原発震災への対応について
塩 谷 弘 康
は じ め に
東日本大震災及び東京電力福島第一原発事故の発生から3年が経過して、被 災地以外での震災記憶の「風化」や「忘却」が叫ばれている。しかし、「喉元 過ぎれば熱さ忘れる」の喩ではないが、被災地においても復旧・復興に傾注す るあまり、震災への対応が後回しになっていないだろうか。ましてや福島にお いては、原発事故は収束しておらず、長期低線量被ばくによる健康被害が懸念 されており、原発震災への継続的な対応が強く求められている。
今回、震災特集が組まれるに当たり、いま一度、学類・大学の原発震災への 対応を振り返り、課題を整理することとした。全学的には、危機対策本部が
「危機対策本部の組織と活動の総括」(2012年12月18日)をまとめているが、
論点整理に終わっており、評価や対策は今後に委ねられている。そこで、学類 長(~2011年3月31日)及び学類災害対策・復興支援室リスク管理チームの 一員(2011年4月1日~2012年3月31日)として、震災対応に携わった立場 から、資料を残し、私見をまとめておくことも意味なしとしないと考え、本稿 を執筆した次第である。
Ⅰ.第1期(震災から授業開始の暫定的決定まで:3月11日 ~3月31日)
1.初動対応
3月11日(金)、14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大 地震が発生し、宮城県栗原市で震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県で震 度6強など広い範囲で強い揺れを観測した。東北から関東にかけての沿岸部で は巨大津波が発生し、各地で地震・津波による甚大な被害が生じた。福島第一 原発の1号機から3号機が注水冷却機能を喪失して、原子炉のメルトダウンが 始まり、12日から15日にかけて次々と水素爆発・火災が発生し、住民に対し て屋内退避・避難指示が出された。
大学はすでに春季休業に入り、翌12日の後期入学試験の設営準備が行われ ており、キャンパス内に学生の姿はまばらだった。福島市では震度6弱の揺れ を記録し、学類棟の5階以上の階で揺れが激しく、書棚が傾き本が落下した。
また、上水道は止まったが、電気・ガスは通じており、建物の倒壊もなかっ た。
筆者は和歌山大学に出張中だったが、後に評議員から聞いたところによれ ば、地震の揺れが収まってから、学生・教職員は中央広場に避難したが、ほど なく帰宅指示が出され、帰宅困難者向けの仮宿泊所が設置された。また、同日 中に全学の危機対策本部が設置されたが、入試の中止を決定しただけだった。
12日(土)には、14日~15日はロックアウトにして学生・教職員とも自宅待 機とすることが決定され、臨時入試委員会が開かれた。13日(日)は目立っ た動きがない。
結果論になるかもしれないが、大学の初動対応には、①道路・交通状況や被 災状況を十分に確認しないまま帰宅を指示したこと、②震災後直ちに学生・教 職員の安否確認に着手しなかったこと、③放射能汚染の深刻度が増し、屋内退
避・避難指示区域が拡がる1)なか16日から「通常業務」に戻したことなど、
いくつもの問題があった。
また、学類においても、幸い12日までにほぼ全教員の無事と所在を確認し たが、学類長不在時の対応が決まっておらず、教員の緊急時連絡網は、①震災 時に電話・メールがつながらない、②携帯電話を登録していない・所持してい ない、③不在等で順送りに連絡できない、などにより、まったく機能しないと いった課題が明らかになった2)。
2.学生の安否確認作業と帰省支援チャーターバスの運行
3月14日午前、実質的に初めての危機対策本部会議が開催され、学生・教 職員の安否確認の実施を決め、学位授与式(3月25日)の中止を決定した
(放射線被ばくの危険性ではなく、東北本線が止まっている、大学の水道・ト イレが使用できない、卒業生が福島に戻って準備できない、などの理由によ る)が、入学式(4月4日)及び授業開始(4月8日)については結論を先延 ばしにした。
学類では、同日午後に、舟場町の職員会館で臨時教員会議を開催して、学生 の安否確認を含めた震災対応について協議を行った。学生については、ゼミ担 当教員を通じて学生の安否確認を行ってきたが、①名簿・連絡網を作っていな い、②データが手元にない(研究室に立ち入れない、パソコンがダウンした、
福島を離れた)などの理由により、ゼミ生との連絡がとれないケースが多かっ た。そこで、学生カードを使いながら、福島にいた学類教員が総出で学生及び 保護者に電話連絡を行うこととした3)。
その結果、15日終了時点で、学類生945人中851人、院生46人中45人の無 事を確認、16日終了時点で、学類生917人、院生45人の無事を確認、17日終 了時点で残り4人となった。普段から連絡がつかない学生、避難所を転々とし ている学生などもいて作業は難航したが、大学HPでも情報提供を呼びかけ、
23日に全員の無事を確認した。
次に、取り組んだのは、「帰省支援のチャーターバス」の運行だった。公共 交通機関は不通となり、食料・水やガソリンの不足は日々、深刻化していた。
しかも、テレビやネットからは原発爆発や避難状況が生々しく伝えられてい た4)。学生と情報交換するうちに、一人暮らしをしていた学生の中には、家族 が迎えに来たり友人と連れ立ったりして、福島を離れた者が多かったが、実家 が被災したなどの理由で福島を離れることができない者も相当数いて、パニッ ク状態になっていることが明らかになった。
危機対策本部会議で提案しても受け入れられる可能性がほとんどないことか ら、学類独自の判断で、15日、「帰省支援のためのチャーターバス」を運行す ることを決め、16日・17日に説明会を開催した。県内外のバス会社数社に連 絡・交渉して、米沢のバス会社の協力を得て、17日・18日の両日、JRが動 いている新潟(会津若松経由)、那須塩原、山形(米沢経由)まで、計8台の チャーターバスを運行した。4学類で合計162人の学生が利用し、3月21日ま でに全員の安着を確認した5)。
その後、学類では、福島に留まる学生への対応や、屋内退避・避難時の対応 について検討を進め、執行部に対しても検討を行うよう求めたが、「原発避難 については大学独自に判断せず、政府の指示に従う」とするだけで、消極的な 態度に終始していた。
3.入学式及び授業開始時期の決定
未曾有の災害時に通常業務を続け、「4月4日入学式、4月8日授業開始」
を目指すことがいかに非現実的であるかを訴え続け、ようやく16日の危機対 策本部会議において、入学式を4月下旬まで延期し、また4月23日まで休校 にすることが決定された。また、18日には、学長から、教職員に対して、「緊 急業務のみの遂行のお願い」が出された。
3月25日、学類からは、緊急対策(屋内退避・避難)とともに、原発事故 が長期化した場合の対応として、授業開始時期をいくつかのケースに分けてシ
ミュレーションすることを提案したが、突如、「学長メッセージ」が大学HP に掲載された。メッセージには、「原発事故の影響により、福島大学では、現 在自然放射能値より高い値が観測されていますが、3月15日以降明瞭に減衰 しており、開校までにはさらに1/30程度に減衰し、まったく問題なく、安全 に皆さまを迎えることができるものと考えております。大学は学問の府であ り、科学の砦です。非科学的な憶測や風評に惑わされることなく、学生の皆さ んの安全と安心を確保しつつ、教育・研究の環境を整えて皆さんをお迎えした いと思います。」と記されていた。
しかし、このメッセージは、放出された核種の認識不足と新たな爆発はない という希望的観測に基づいているうえ、危機対策本部会議でもまだ結論が出さ れていない開校時期を4月末と断定するなど、問題が多く、学内外から厳しい 批判を受けることになった。
3月27日、高木義明文科大臣が来学し、避難所を視察した(学類長への事 前連絡はなし)。そして、翌28日、執行部から、「5月9日入学式、5月12日授 業開始日」案が提示された。学類では、議論の末、29日、行政政策学類震災 対策室「入学式及び授業開始日を決めるにあたって」(資料1)を提出し、「授 業開始にあたっては、大量の放射性物質の漏えい・放出の可能性がなくなって いることが最低限の条件である」「安全性の確保、屋内退避・避難のあり方に ついて、早急に文部科学省と協議を行うべきである」などを要望した上で、暫 定的な決定として受け入れることとした。
執行部と文科省との間でどのようなやり取りがなされたかについては明らか にされていないが、入学式及び授業開始日の決定が、「福島の安全宣言」に一 役買ったことは間違いない。
Ⅱ.第2期(授業開始まで:4月1日~5月11日)
1.入学式・授業開始を目前にして
4月に入っても、原発事故は一向に収束する様子はなく、さらなる水素爆発 の危険性も危惧されており、4月12日、福島第一原発の国際的な事故評価は、
最悪の「レベル7」に引き上げられた。また、低線量放射線による長期的被ば くの危険性も指摘されていた。
学類では、4月11日、行政政策学類長「入学式及び授業開始日の判断につ いて」(資料2)を提出し、3月末の決定はあくまでも暫定的な決定であり、
予定通り授業開始するかについては慎重に判断すべきこと、また、かりに授業 を開始するのであれば、①「安全基準(年間の被ばく許容量)」を定め、②被 ばくのリスクを減らし安心して学び働き続ける環境をつくり(放射線モニタリ ング調査、健康を守るための措置、体育やサークル活動実施の判断基準・注意 点など)、③原発に対する不安から授業に出てこられない学生等に対応するこ と、などを要望した。
しかしながら、危機対策本部会議では、市内の小中学校が4月上旬から授業 を開始しているのに、大学がこれ以上遅らせることは世間の理解が得られない という意見が強く出された。そして、4月19日、文科省が「福島県内の学校 の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を通知すると、
21日、再び「学長メッセージ」を出し、文科省基準を無批判に受け入れた6)。 学類から出した要望は「非科学的」であると一蹴され、1カ月以上の猶予が あったにもかかわらず、モニタリング以外の放射線対策はほとんどとられない まま、授業開始を迎えることになったのである。
2.授業開始に関する学生の意向調査
連休明けに授業が開始されることが伝わると、学生や保護者からは、本当に
健康被害はないのかという不安の声が上がってきた7)。これまで、教職員の間 でだけ授業開始の是非を議論していたことに気づき、遅ればせながら、学類教 員有志を通じて、4月11日~18日の間、授業開始に関する学生の意向調査を 実施した。
184人(2年生51人、3年生57人、4年生以上63人、大学院生4人、不明 9人)から、回答があり、その結果は、①予定通りの授業開始に賛成の意見 84人(46%)、②反対の意見44人(24%)、③それ以外の意見(「わからない」
「個人的には賛成だが一般論として反対」など)56人(30%)と、意見がばら つく結果となった。全体的に見ると、卒業や就職を控えた4年生や県内の学生 に授業再開を求める意見が多く、県外の学生、女子学生に慎重な意見が多く見 受けられた(ただし、大学側が、代替案などを用意して授業や卒業に対する不 安を払しょくすれば、異なる結果が出たものと考えられる)。
もっとも、学生からは、賛成・反対を問わず、①授業を開始するのであれ ば、大学は安全と判断した根拠や基準について学生に対してきちんと説明する べきである、②原発事故や余震に対して十全の備えをして学生の生命を守るべ きである、③被災したり現状に強い不安を感じたりして授業に出ることができ ない学生に対しては特別な措置をとることが必要である、という要望が多く出 されていた。
3.教員に対する対応
震災以降、学類長として一番腐心したのは、福島を離れた教員にどう対処す るかだった。福島に残った教職員(とくに通常勤務を強いられた職員)の中に は、「危険な状況の中で懸命に震災対策に従事しているのに、自分の身を守る ために県外に逃げた」という不公平感・不信感が強く渦巻いていた。しかし、
教員に個別に事情を聴いてみると、福島を離れた理由は多様で、無理に福島に 呼び戻すことが得策であるとは思えなかった。そこで、福島を離れていても、
学生への連絡、情報の収集など震災対策に従事するよう依頼して、福島にとど
まっている教員に理解を求めた。未曽有の原発震災であれば、大学の業務は必 要最小限の範囲にとどめ、自宅待機を勧め避難を認めるべきであったのにそれ をしなかったことが、教職員の間の分断を生み出したのではないだろうか。
このほか、教員向けには、研究室の被災状況を把握して、各階合同研究室に 仮研究室を設置して研究室復旧作業の支援を行ったほか、被災学生への対応も 念頭において、専門家からヒアリングを行い、トラウマ・ケアの学習会を開催 した。
Ⅲ.第3期(授業開始後:5月12日以降)
1.学生向けガイダンスの実施
授業開始にあたり、学生に対する各種ガイダンスを実施した。まず、授業開 始1週間前の5月5日には、メールを通じて「地震への事前対応のアナウン ス」を行い、①非常持ち出し品の準備、避難所・避難場所の確認、②室内の安 全点検、③いざというときの連絡方法・集合場所の確認(災害伝言ダイヤルな ど)を呼びかけた。また教員向けのガイダンス(5月11日)を経て、最初の ゼミ(5月12日~17日)時には、大学側が用意した「放射線対応マニュアル」
「地震発生時の初動マニュアル」の配付と解説を行い、原発事故の受け止め方 や実習・野外活動を行う場合の注意点などについて学生と話し合う時間を設け た8)。
2.授業に出てこられない学生への対応
政府や一部の専門家、大学がいくら「安全」を強調しても、「安心」できな い学生がいるのは当然のことである。学類では、授業開始直前の5月10日、
行政政策学類震災対策・復興支援室「授業を開始するにあたっての3つの提 言」(資料3)を出し、「現状に強い精神的不安を抱いて授業に出ることができ ない学生に対して、その学習の機会を保証するために、教育上の特別の配慮を
行うこと」、具体的には、開講要件の緩和、実習などでの配慮、休学、他大学 での単位取得などを要望した。
しかし、この点については、他学類からの賛同が得られず、結局、各学類の 判断に委ねられた(本学類では休学の弾力的運用を行った)。保護者の会(注 10参照)からは、福島を離れたいと希望する学生のために、他大学での単位 取得、編入学を積極的に進めるよう何度も要望が出されたが、福島大学が他大 学に働きかけるなど積極的な対応をとることはなかった。
3.大幅に遅れた除染作業
授業開始後になって、大学の放射線対策は少しずつ進み始めた。前期授業期 間中に、①U字型側溝の落ち葉・土砂等の除去・洗浄、②「放射線対応マニュ アル」「地震発生時の初動マニュアル」「放射線ガイドブック」の作成と地震総 合訓練の実施、③「福島大学放射線相談窓口」の開設と個人用積算線量計
(100台)の貸出し、などが行われたが、一番強く要望していた、グラウンド や中央広場の除染は実施されなかった。小中学校や高校が夏期休業期間中に汚 染土壌の除去作業を終え、1μSv/時以下まで低減させたのに対して、福島大 学では秋になっても1μSv/時を超える状況が続いていた。
ようやく、10月になって、2012年4月までに屋外での生活域の放射線量を 1μSv/時以下にする除染計画をたて、サッカー・ラグビー場、野球場、馬場、
中央広場、陸上競技場、テニスコート、バレーコートなどの除染工事を実施し たが、遅きに失した対応だった。学長メッセージ(2011年10月)では、「福 島大学は、長期的には、大学構内における追加被ばく線量を年間1mSv以下と する」としているが、その具体的な工程は今に至るまで示されないままであ る。
4.残された課題
平常時の一般公衆の年間追加被ばく線量1mSvを超える状況が今後も続き、
完全な廃炉が実現するまで原発事故の危険性がなくならないことからすれば、
原発震災への対応はいまだに大きな課題として残っており、それは、①長期低 線量被ばくへの対応、②緊急時への対応の二つの側面から取り組まれなければ ならない。
前者については、除染による線量低減効果が限定的である以上、学生・教職 員一人ひとりの放射線防護に対する意識を高め行動に結び付けていく必要があ る。震災時の在学生はほとんど卒業し、放射線リスクに対する意識は徐々に低 下しており、とくに県外出身の学生の場合は、福島の放射能汚染の現状につい て知らず、放射線防護の基礎知識をもたないまま入学してくる者が多い。した がって、本学類で実施しているようなガイダンスを継続するとともに、自分の 身を守るための手段について注意喚起・情報提供を行い、ポケットサーベイ メーターや積算線量計を使わせてみるなどの工夫が不可欠である。また、再三 にわたって保護者の会からの要望があるように、医療機関などと連携して、学 生がホールボディカウンター(WBC)による内部被ばく測定、甲状腺検査
(エコー検査、血液検査、尿検査)を受けられる体制を整備する必要がある9)。 また、後者については、「政府の指示待ち」の消極的姿勢に終始するのでは なく、地元自治体や町内会との協議を行いながら、緊急時の行動計画を策定 し、実践的な訓練を積むことが重要である。
学生や教職員による復興支援を積極的に進めるためにも、原発震災への対応 を怠ってはならない。新執行部の取り組みに期待したい。
おわりに―原発震災と大学の危機
原発震災への対応をあらためて振り返ってみると、出来るだけのことはした という想いよりも、後悔の念のほうが先立つ。たしかに、安否確認やチャー ターバスの運行など、学生とともに歩んできた学類の本領が発揮された場面も ある。だが、全体として見るならば、大学の危機管理は不十分で、組織を守る
ことを優先して、学生や教職員の安全・安心、健康を守り切れなかったと言わ ざるを得ない。
その第一の要因は、原発事故に対する危機意識の希薄さである。第一原発と 第二原発を合わせて10基という全国有数の原発銀座を抱える福島県に所在し ていながら、モニタリングポストも放射線測定器もなく、事故時の対応も決 まっていなかった。原発から約60km離れた大学にとって、原発事故は「想定 外」の出来事だった。加えて、事故後も、「未曾有の災害」「千年に一度の災 害」と言うだけで、行動が伴わなかった。危機対応は、起こりうる最悪の事態 を想定しながら進めるべきであるのに、「安全」の強調に終始していた。こう した危機意識の希薄さが原発震災への対応の不十分さをもたらしている。
第二には、大学独自の判断の欠如である。現場を知らない霞が関の指示や政 府見解を無批判に受け入れるだけで、思考停止状態に陥ってしまった。そこに は、「学問の府」「科学の砦」としての見識は微塵も見られない。たしかに、福 島大学には放射能・原子力問題の専門家はいなかったが、学生・教職員の生命 や健康、そして、学習や労働の権利を守るという視座が確固たるものであれ ば、福島における原発震災への対応に一石を投じることができたのではないだ ろうか。
第三には、民主的な意思決定・合意形成の欠如である。3月11日以降、危 機管理の立場から早急に対応するために、本来は、各種委員会や評議会での審 議事項についても危機対策本部で審議・決定するものとされ、通常時とは異な るルートで意思決定が行われた。原発事故後、もともと原発や放射能について 関心が高く知識も豊富だった教員が福島を離れてしまい、正式な教員会議の開 催が困難になり、彼らの意見を反映することができなかった。また、学生も、
全国に散らばって、授業開始について意見を表明することができなかった。本 学類で実施したような意向調査を実施することはできたはずだが、それがなさ れないまま、授業開始が決まったのである。5月以降、教員有志、学生団体、
保護者の会が幾度となく学長宛に質問、意見、要望を出し10)、説明会や協議会
などが何度か開催されたが、結局、執行部の姿勢を改めさせることはできな かった。
福島大学では、学生・職員・教員の三者の合意によって大学運営を行う「三 者自治」を尊重することが「福島大学憲章」にも謳われているが、そのよき伝 統が発揮されることはなかった。法人化により、トップダウンで物事が進み、
大学構成員の意向が反映されなくなったことの弊害が、原発震災への対応に露 呈したのである。大学の民主的運営の欠如は、原発震災への対応という局面を 超えた最大の危機と言えるのではないだろうか。
追記:本稿は、2011年度明治学院大学国際平和研究所主催シンポジウム「原 発危機下の分断を超えて:〈私〉とフクシマをつなぐ」(2012年1月29日)
のセッション3「原発危機と大学―『知の拠点』は存在しうるか」における 筆者報告「3・11後の福島大学の取り組み」をベースに、その後の動向も含 めて再構成したものである。
注
1) 3月15日に大量放出された放射性物質は北西の風に乗って降下し、福島市で は、16時ころから放射線量の値が急上昇した。18時40分に最大値24.24μSv/時 を記録したあとも、放射線量が高い状況が続き、19日いっぱい10μSv/時を超 えていた。
2) 連絡網として学類震災メーリングリストを立ち上げ、また、学類震災対策本部 の組織、役割、立ち上げの基準などについて定めた。震災対策・復興支援室リ スク管理チーム「震災発生時の学類の対応について」(2011年7月27日)
3)2011年度と2012年度については、最初のゼミの際に、「緊急時学生連絡カー ド」を作成し、学生情報を学類で管理する体制を整え、2013年度からは全学の 一元的管理に移行した。
4)3月11日21時23分、第一原発から半径3km圏内の住民に避難指示が、半径 3~10km圏内に屋内退避指示が出された。3月12日5時44分、第一原発から
半径10km圏内に避難指示が出されたが、1号機の水素爆発を受けて、18時25 分には半径20km圏内に避難指示が拡大された。3月14日には3号機で水素爆発 が、15日には4号機で火災が起こり、同日11時に半径20~30km圏内に屋内退 避指示が出された。
5)学類単独で、チャーターバスの運行を決めたことに対しては、大学執行部から 強い反論が出され、「避難という言葉は使わないこと」「全学の取り組みとして 位置づけること」を条件に認められた。
6)文科省基準は、ICRPの現存被ばく線量年間1~20mSvの上限値を採用し たものだったが、計画的避難区域設定の基準と同じだったことから、保護者ら から強い抗議を受けた。「学長メッセージ(新入生・在学生・保護者の皆様へ)」 には、「放射線被曝については、本学における汚染核種の分析も終了し、被曝予 測量を正確に計算することができるようになりました。その結果、5月1日か ら1年間の大学屋外での被曝予測量は15.0mSvから6.8mSv、屋内では2.3mSv から1.1mSvとなっており、健康被害が発症する被曝量ではありません。また、
大学構内で最も放射線強度が強いところで2.4μSv/時と4月19日に文部科学省 が屋外活動の制限基準と定めた3.8μSv/時より低い値になっています。わたし たちは、学問の府として、この事実を踏まえて、単なる被害者としてではなく、
人類初めての原発震災の事実を分析し、皆さんとともにその成果を人類史の中 にとどめたいと考えています。」と書かれていた。
7)学生や保護者に対しては、大学・学類HPに加えて、①ゼミ担当教員経由の メール、②新入生に対するダイレクトメール(連絡先の把握、春休みの課題 等)、③学類教員有志のブログ(「ガンバロウ福大! 行政の『結』」、3月25日
~)などを通じて、相互のコミュニケーションを図った。
8)2012年度からは、学類独自の資料に基づき、新入生に向けての放射線防護の ガイダンスを開催している(2012年度はリスク管理チームが主催、2013年度以 降は学生生活委員会が主催)。
9)2013年度末に、NPO法人「CRMS市民放射能測定所 福島」の協力を得 て、全学の学生・教職員を対象にした無料WBC測定を実施したが、大学・学 類の公式行事としては認められず、教員有志の個人の企画として実施した。ま た、2014年2月には、「福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会」が、
甲状腺検査を主催した。
10)次のウェブサイトを参照(2014年5月28日アクセス)。
○ 教員有志
・「『授業再開』についての公開質問状」(2011年5月6日)
http://fukugenken.e-contents.biz/link02 ・「意見と要望」(同年5月17日) 同 上
○ 院生・学生自治会など学生諸団体
・「安全安心な学生生活の確保のための要望書」(2011年5月6日)
http://311gyosei.blog39.fc2.com/blog-entry-101.html ・「学生生活協議会を受けての意見と提案および学長説明会にむけて説明いた
だきたいことについて」(同年6月1日)
http://311gyosei.blog39.fc2.com/blog-entry-136.html ○ 福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会
・「要望書」(2011年12月20日)
http://ginga123.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/12post_37f6.html ・「緊急要望書」(2014年4月25日)
http://ginga123.blog.ocn.ne.jp/
○ 筆者個人
・「本学の放射能対策に対する要望及び質問について」(2011年8月11日)
http://311gyosei.blog39.fc2.com/blog-entry-186.html ・「本学の放射能対策に対する要望及び質問について(追加)」(同年9月2日)
http://311gyosei.blog39.fc2.com/blog-entry-194.html
資料1
2011年3月29日
入学式及び授業開始日を決めるにあたって
行政政策学類震災対策室
今回、「5月9日入学式、5月12日授業開始」を決定するにあたっての本学 類の意見・要望は以下のとおりである。
1.福島原発は、燃料棒の溶融が確認され、核燃の溶解と再臨界の可能性もあ り、予断を許さない深刻な状況が続いており、収束している・収束に向かっ ているという状況にはない。これまでの東電・政府の対応を見ると、すべて の情報が公開されておらず、マスコミで報道されている以上の深刻な事態が 進行している可能性が高い。
2.入学式を行い授業を開始することは、金谷川キャンパスに約五千名の構成 員が集うことを意味しており、その時点で屋内退避・避難を実施することは 大きな困難を伴う。学長は、大学内のすべての構成員の安全を確保する責任 を負う。授業開始にあたっては、大量の放射性物質の漏えい・放出の可能性 がなくなっていることが最低限の条件である。
3.多くの学生は4年以上福島の地に留まり、教職員は福島に住み続けるので あるから、放射性物質の長期的累積、とくに内部被曝の危険性についても、
十分に考慮に入れる必要がある。また、福島市においては、風向きなどの影 響を受け、退避・避難域には指定されていないものの、放射線量が高いこと に留意すべきである。
4.このような不透明で安全性が確認されていない状況の中で、5月初旬に学 生を呼び戻すことについては大きなリスクが伴っている。安全性が確認され るまでは休講にすべき、前期は休講にすべき、という意見も少なくない。
5.しかし、「4月23日までは休講」としているだけでは、新入生・在学生は まったく今後の予定を立てることができず、いつになったら授業が再開され るかについて不安を感じることも確かである。そこで、「最初の提案」とし て、「5月9日入学式、5月12日授業開始(延期の可能性あり)」を示すこ とを受け入れる。
6.あくまでも「最初の提案」であり、状況の変化に応じて、臨機応変に対応 すべきことは当然のことである。この日程で妥当であるかについては、日々 評価を行い、入学式・授業準備の進捗状況に関わりなく、状況が変化すれば 躊躇なく延期すべきである。
7.入学式と授業開始日が公表されれば、当然それに伴い人の移動が生じる。
現在の危機管理体制は、「学生を実家等に帰省させ、福島市内の一人暮らし の学生を最小限にする」ことを前提として構築されており、今後、起こるで あろう事態には即応できない。そのため、全学・各学類では、ただちに新た な危機管理体制を再構築する必要があるが、そのための準備の期限を4月 15日までとしたい(それまでは、学類生に対しては実家等にとどまるよう に指示する)。
8.安全性の確保、屋内退避・避難のあり方について、早急に文部科学省と協 議を行うべきである。「5月9日入学式、5月12日授業開始」を実施するの であれば、遅くとも4月15日までに結論を得て、大学としての判断をする
べきである。
9.最後に、本学類学生から寄せられた質問を紹介したい。
大学を安全なところに移転するということは考えていないのですか?
地震から2週間たち福島第一原発の収束がまったく見られない現在、福島市 にごく近い飯舘村の土壌汚染が発見されました。学長は、「福島大学では、
現在自然放射能値より高い値が観測されていますが,3月15日以降明瞭に 減衰しており,開校までにはさらに1/30 程度に減衰し,全く問題なく,安 全に皆さまを迎えることができるものと考えております。」とコメントして いますが、この発言の根拠はなく、事故を楽観視しているか気休めにしか思 えません。なぜなら、まだ原発は収束していないからです。風向きにより被 害地域は大きく変わり、飯舘村がアウトで福島市は大丈夫だという保障はな いはずです。
このままでは生徒たちは放射能に怯えながら講義を受けなくてはいけなくな るでしょう。
マスクをして肌を隠してまで講義をうけることになるのでしょうか。
われわれは、このような構成員の不安に対して真しに向き合い誠実に答えて いかなければならない。構成員の安全・安心を保障するために、あらゆる努力 を行うべきである。
以 上
資料2
2011年4月11日
入学式及び授業開始日の判断について(要望)
行政政策学類長
本学では、危機対策本部会議(3月28日)及び教育研究評議会(3月29日)
において、「最初の提案」として、5月9日を入学式、5月12日を授業開始日 とすることを、暫定的に決定した。その際、行政政策学類からはこの日程で実 施するのであれば、遅くとも4月15日までに判断すべきことを申し入れ(行 政政策学類震災対策室「入学式及び授業開始日を決めるにあたって」)、この点 については、大方の合意を得ていると考える。
本学類からはこの日程で授業を始めることの是非について文科省との間で協 議するように再三にわたって申し入れてきたが、危機対策本部会議において は、経過並びに結果についてまったく報告がなされないまま、現在に至ってい る。本学類ではこのままなし崩し的に「最初の提案」が実施されることを懸念 している。
この問題に対する学生と保護者の関心は極めて高く、不安を感じている者が 少なくない。入学式及び授業開始日を「最初の提案」通り実施するか否か、ま た、実施する場合の対応策について、本部会議で早急に検討して結論を得て公 表することを強く要望する。
1.授業を開始するかの判断について
原発については、依然として深刻な事態が続いている。圧力容器・格納容 器・燃料棒に損傷の疑いがあり、水素爆発という危機的状況が起きる可能性を 排除できていない。いまだ収束の方向に向かっているとは言い難く、全く問題
なく安全に在学生と新入生を迎えることができると断言できるような状況には ない。
このような現状において、「3月29日時点よりも状況が悪化していないから 当初の日程でいく」と判断するのか、「3月29日時点よりも深刻な状況にある ことが分かったのであるから当初の日程は変更する」と判断するのか、そのい ずれであるのか。
もし前者の判断であるとすれば、危機的状況が起きることも念頭に入れつ つ、在学生の自宅待機(帰省)推奨を解き、入学式を行い、授業を開始しなけ ればならない。「『屋内退避』発令時の対応について」(3月18日)は、学生が 自宅待機(帰省)していることを前提としており、現状に即していない。大学 に来る学生が大幅に増えるという新たな事態に対応する危機対策(屋内退避・
避難)を早急に構築すべきではないか(その際には、原発だけではなく、今後 も起きうる大きな余震への対策も必要である)。
一方、後者の判断であるとすれば、何を指標として収束・安定化の方向に向 かっていると判断するのか、その見通しがつくのはいつ頃なのか、授業開始が 再延期された場合にどう対応するか(たとえば、前期を休講にした場合には、
どのような措置によって教育を実施することができるのか)について検討しな ければならない。
2.授業開始にあたっての対応策について
幸いにして水素爆発という事態が起こらないとしても、長期にわたって放射 性物質の漏出・放出が続くことは避けられない。空気中の放射線量は逓減して いるとはいえ、ヨウ素以外の物質は長期にわたって残存し、土壌も汚染されて いることから、とくに影響を受けやすい若者の長期的被曝の危険性については 十分に考慮すべきではないか。
福島県内の小中学校では、子どもを安全に学校に通わせるための基準もない まま、見切り発車的に授業を開始したため、保護者の不安が高まり、教育委員
会ごとに対応が異なるという混乱が生じている。安全の基準を定めて、授業を 開始すべきことは、小中学校であるか大学であるかを問わない。また、小中学 校で授業を開始したことが、ただちに安全・安心が確保されていることを意味 するものではない。
新入生、在学生、保護者のみならず教職員に対する説明責任として、少なく とも、次の点について、授業開始まで基準を明示し対応をとるべきである。
○ 外部被曝及び内部被曝を考慮して、年間の被曝許容量の基準をどこに設 定するか。
○ 被曝のリスクを減らし安心して学び働ける環境をつくるにはどのような 工夫と対応が必要か。
① キャンパス内の複数個所で放射線量モニタリングを実施、学生・教職 員がすぐに確認できる形(例えば、HPのほかにテレビモニターなど)
で公表すること
② 学生・教職員の健康を守るための措置をとること(例えば、健康診 断、甲状腺被曝調査、スクリーニングの実施、線量計、ヨウ素剤の常備 など)
③ 学生・教職員に対して正しい放射能の知識や放射線対策を周知するこ と
④ 通学・通勤時(とくに降雨時)の服装・持ち物などの注意点について 明示すること
⑤ 屋外で体育やサークル活動をするか否かの判断基準と、実施する場合 の注意点を明示すること
⑥ 大学以外で実習や課外活動を実施するか否かの判断基準と、実施する 場合の注意点を明示すること
○ 原発に対する不安から授業に出てこられない学生、授業期間中にボラン ティアなどを積極的に行いたい学生、などにどのように対応するか。
現在、大学等で実施されている放射線計測のデータ公開は、その数値をどの ように評価し活用するかが明確になってこそ初めて意味をもつものである。大 学が責任をもって学生を受け入れ授業を実施するためには、大学が「安全」に ついての考え方を明らかにするとともに、「安心」して学べるように最大限の 配慮を行う必要がある。
以 上
資料3
学長・副学長殿
2011年5月10日
授業を開始するにあたっての3つの提言
行政政策学類震災対策・復興支援室
東日本大震災発生以来、福島大学における地震及び原発事故(放射能)対策 は、次第に充実しつつありますが、授業開始を目前に控え、以下の3点につい て、対策をとることを提言したいと思います。
1.福島大学における放射線量及び被曝線量を低減するために、グラン ドの土壌除去、S棟前広場の除染などを実施すること
福島大学で通常の生活をおくる被曝量は、年間4.4 ~ 8.1ミリシーベルトで あると試算されていますが、できるだけ速やかに平常時の1ミリシーベルトに 近づける努力をしていく必要があります。すでに県内の複数の自治体が校庭の 汚染土の除去を行って効果を挙げており、9日の行政政策学類後援会総会で は、保護者の間から、グランドの土壌除去を求める強い要望が出されました。
キャンパス内でとくに放射線量の高いグランドやS棟広場については、学内 予算を使ってでも(いずれ文科省の予算をとるとしても)、土壌を除去したり ブロックを張り替えたりするなどの対策をとることを提言いたします。
2.現状に強い精神的不安を抱いて授業に出ることができない学生に対 して、その学習の機会を保障するために、教育上特別の配慮を行うこ と
直接被災して経済的困難を抱えている学生だけではなく、福島大学が置かれ
た現状に強い精神的不安を感じて、福島に来ることができない、または授業に 出ることができない学生が相当数存在することが想定されます。
文部科学省も開講要件については震災対応として柔軟な運用を認めていま す。出席に替えてレポート提出を認めるなどの代替的措置をとり、夏期に福島 市以外で集中授業を行う、ネット・通信を活用した授業を行うことなどを検討 していく必要があります。
また、屋外での授業や実習、課外活動を実施するうえで安全を確保すための 基準や留意点を早急に明らかにし、参加することができない学生が不利益を被 ることがないように、特別の配慮をとることも重要です。
休学や他大学での単位取得について十分な対応をとるだけではなく、福島大 学の授業についても、他の学生との間の公平性や教員の裁量などにも配慮しな がら、教育上特別の配慮を行うことを提言いたします。遅くとも5月中に、共 通教育委員会及び教務協議会において検討を行っていただくことを希望しま す。
3.大学構成員の総意に基づいて総合的な対策を進めること
大学側の対応は、学生の判断や行動を大きく左右します。全学集会、説明文 書の配付・HP掲載などのあらゆる手段を使って、学生・保護者に対して丁寧 な説明を行い、学生・保護者からの個別の質問や相談に答える窓口を開設する ことを提言します。
5月6日、学生諸団体が学長に対して、「安全安心な学生生活の確保のため の要望書」を提出しましたが、学生が主体的にこの問題に係わることはきわめ て重要です。学生及び教職員の安全・安心な学習・職場環境を確立していくた めに、学生及び教職員の代表が一堂に会して、福島大学における地震・原発事 故の総合的対策について協議する場を設けることを提言いたします。
以 上