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東日本大震災 危機発生時の対応について考える:12.東日本大震災時の東北大学工学研究科の対応

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Academic year: 2021

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(1)3.11 大震災. 東日本大震災 危機発生時の対応について考える. 特別企画. 12. 東日本大震災時の東北大学工学研究科の対応 伊藤彰則,馬場博子,安斎浩一 東北大学. 東北大学の3月11日. 的に外部から孤立した.なお,東北大学の DNS サ.  3 月 11 日の大地震によって,東北大学は甚大な被. ーバがすべて停止したため,大学が復電するまで,. 害を受けた.この稿では,地震による東北大学工学研. tohoku.ac.jp ドメインがインターネット上から消失. 究科の被害の様子とその後の状況,大学による情報. してしまった.. の収集と発信において体験した困難と問題点につい.  電気が復活し始めたのは 2 日後の 13 日からであ. て書いてみる.筆者らは,工学研究科の情報発信と情. ったが,工学研究科では多くの建物が被害調査中で. 報システム管理を受け持つ情報広報室のメンバであ. あったため,調査が終了するまで通電ができず,多. り,その立場からの記述であることをお断りしておく.. くの建物では通電したのはその数日後であった.. 地震による被害とその影響. 緊急Webページと各種サーバの立ち上げ.  地震によって,東北大学の建物や実験設備は設立.  工学部・工学研究科としては,一刻も早く学生・. 以来の甚大な被害を受けた.太平洋沿岸にあった関. 教職員の安否を確認し,また現在の大学の状態やス. 連施設はもちろん,仙台市内の各キャンパスにあっ. ケジュールを学生や受験生に知らせることが必要. た建物も 12 棟が危険な状態として立ち入り禁止に. であった.そのためには,Web サーバを復活させ,. なった.建物・実験設備等の被害総額は 770 億円. 緊急情報を掲載するための Web ページを用意しな. に及ぶ.市内の青葉山キャンパスにある工学研究科. ければならなかった.また,学生にメール配信をす. では,3 つの比較的大きな建物が立ち入り禁止とな. るために,ポートフォリオシステムを復活させなけ. り,80 以上もの研究室が一瞬にして行き場を失った.. ればならなかった..  この影響により,大学のスケジュールも大きな変.  このときに問題となったのは,サーバが設置され. 更を余儀なくされた.大学入試の後期日程試験は中. ていた建物が一時利用不可となったことである.安. 止となり,センター試験の成績のみで合否を判定す. 全が確認されるまでは,一見大丈夫そうに見える建. ることとなった(なお,工学部は後期日程試験を行. 物も一時立ち入りを制限され,機器の搬出もままな. っていないので影響はなかった).3 月 25 日に予定. らなかった.. されていた学位記授与式も中止となり,学位記は卒.  工学部キャンパスの中で比較的被害が軽微であっ. 業学生に個別に郵送されることになった.講義室も. た建物である総合研究棟の中に災害対策本部が設置. 大きな被害を受けたことから,4 月早々の授業開始. されるのに伴い,対策本部を最初に復電させ,同じ. は不可能で,入学者全員による入学式は中止,授業. 建物内に各種サーバなどの情報システムをいったん. 開始は 1 カ月遅れの 5 月 9 日となった.. 集約することになった.13 日の午後に総合研究棟 が復電し,直ちにサーバがそこに移設された.. 停電による情報インフラへの影響.  サーバをとりあえず復活させるためだけにも,サ.  地震の直後から仙台市内は停電し,携帯電話など. ーバの物理的移動と結線,ネットワーク機器の設定,. の通信インフラも利用不可能となった.大学のネッ. サーバでのネットワーク情報設定,DNS 情報の変. トワーク機器は,当初無停電電源により稼働してい. 更など多くの工程が必要であり,それを各サーバに. たが,数時間で順次停止した.稼働していたのは独. ついても行う必要があったため,作業量は膨大であ. 自の発電施設を持っていた大学病院だけであり,大. った.この作業については,NTT 東日本および SRA. 学と外部との接続点であるサイバーサイエンスセン. 東北の多大なご協力をいただいた.. ターが停電したために,大学病院もネットワーク.  サーバ復活後,災害対策用緊急 Web ページの作成. 1084 情報処理 Vol.52 No.9 Sep. 2011.

(2) を行った.このページでは,学生・教職員の安否確 認 CGI と,工学研究科災害対策本部および各学科・ 専攻からの連絡事項が掲載された.このとき,緊急. Web ページに対して各学科・専攻から寄せられる掲 載依頼を少ない人数でさばくため,情報を掲載する 係や学科などが自分で情報を掲載できる掲示板のよ うな仕組みを用意する必要があった.そのため,要望 に応じてそのつど CGI を作成するという状況であった.. 学生・教職員の安否確認 被災した研究室の例.  学生・教職員の安否の確認は,災害時に最優先で 行うべき情報収集である.今回のような災害に対処 するため,工学研究科独自の安否確認 CGI が用意 してあったので,Web サーバ復活後に CGI を利用. 今後に向けて. した安否情報収集を行った.東北大学には,工学研.  今回の震災対応で問題だったのは,建物が利用不. 究科のほかに全学の安否確認システムもあり,この. 可能になることが想定されていなかったことである.. 2 つのシステムをどう使い分けるかが問題となった.. そのために,物理的なサーバの移設に膨大な手間が. 最終的に,1・2 年生は全学のシステム,3・4 年生. かかり,それと同時に情報収集・発信も必要なた. および院生・教職員は工学研究科のシステムを使い. め,すべての要求にリアルタイムに応えることがで. 分けることになった.ただ,研究室に所属していな. きなかった.人的資源は限られているので,次に同. い短期留学生などを誰がどう調べるのかについては. じような状況が起きたときには,現状の人員で作業. 結局はっきりせず,課題が残った.. がパンクしないような方法を考えなければならない..  安否確認は,Web 経由で入力されるものだけで. 1 つの方法は,情報システムのバックアップを地理. なく,電話で連絡されるもの,対策本部で口頭で連. 的に離れた場所に置いておくことであろう.Web. 絡されるものなど,さまざまなルートで寄せられて. サーバやその他の情報システムを厳重にケアされた. いる.また,一口に学生・教職員といっても非正規. サーバに集中し,それを多重化することでダウンを. 生や派遣職員もおり,元々どの組織に誰がいたのか. 防ぐ必要がある.また,情報の流れを学内で一元化. の一覧を作ること自体も手間がかかる作業であった.. しておくことが必要である.. これらを電子的に一括管理する体制を短期間に整え.  今回の震災により,情報システムにおける多くの. ることができず,結局最後の整理は人力で行うこと. 課題が明らかになった.いつ来るか分からない次の. になった.各学科で当番を決め,Web 経由とその. 災害に向けて,次は慌てずに情報サービスが継続で. 他経由の安否情報を統合してスプレッドシートに入. きる体制を作っていきたい.. 力するという作業を行った.これもうまくシステム を作れば自動化することができたであろうが,災害 時の情報の流れを事前に想定できていなかったこと, 災害後にシステムを作るにはマンパワーが足りなか ったことなどが反省点として挙げられる.  なお,工学部・工学研究科では 3 月 31 日に学生・ 教職員全員の無事が確認された.死亡者がいなかっ たことは不幸中の幸いであったが,全員の安否確認 に 20 日かかったことになる.. (2011 年 5 月 30 日受付). 伊藤彰則(正会員)■ [email protected] 1986 年東北大学工学部卒業.2010 年より東北大学大学院工学研究 科教授.専門は音声言語・マルチメディア情報処理.工学博士.. 馬場博子 ■ [email protected]. 1992 年青山学院大学理工学部卒業.1997 年より東北大学大学院工 学研究科情報広報室助手.. 安斎浩一 ■ [email protected]. 1978 年東北大学工学部卒業.2003 年より東北大学大学院工学研究 科教授.専門は,金属工学.工学博士.. 情報処理 Vol.52 No.9 Sep. 2011. 1085.

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