化学と生物 Vol. 50, No. 12, 2012
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セミナー室
放射性降下物の農畜水産物等への影響-7低濃度汚染土壌における野菜への放射性核種の移行
大下誠一 * 1 ,安永円理子 * 1 ,高田大輔 * 1 ,田野井慶太朗 * 1 ,川越義則 * 2
*1東京大学大学院農学生命科学研究科,*2日本大学生物資源科学部
はじめに
2011年3月11日に福島県で発生した原発事故により,
放射性核種が各地に飛散した.このため,汚染の程度が 低いと考えられる地域でも,放射性降下物による農産物 の直接汚染の懸念が広がった.そこで,事故の約2カ月 後から,東京都西東京市で栽培途上にある野菜の放射性 セシウム(134Csおよび137Cs)による汚染の検討を始め た(1)
.しかし,時間が経過すれば経根吸収による放射性
核種の移行(間接汚染)も問題になる.このため,人為 的に高い濃度の放射性核種を培地に付与した移行実験が なされており,稲(2〜4),ブドウ
(5),キノコ
(6) などに加 えて,畑作物に関する報告もある(7〜9).一方で,食材に
及ぼす環境放射能の影響を評価した報告(10) はあるもの の,移行実験では,たとえば490 kBq/pot(8) という高濃 度の 137Csや 134Csが用いられていることが多い(11).こ
こでは,低濃度汚染畑地土壌で栽培されたジャガイモへ の放射性セシウムの影響について,概要を述べる(12).
野菜,土壌と放射性核種の濃度測定
試料は高畝で栽培されたジャガイモ(男爵)であり,
福島第一原子力発電所から約230 km離れた東京大学大 学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構(東京都 西東京市:標高約60 m)の研究圃場で採取した.ジャ
ガイモは北海道産種イモを2011年3月30日に植え付け たものである.これを,植え付け47日後の2011年5月 16日,58日後の5月27日,および,82日後の6月20日 に採取した.土壌(黒ボク)は,深さ方向に35 cmまで 5 cmごとに2011年6月11日に採取した.ジャガイモ試 料の一部は採取時に東京都水道水で洗浄した.洗浄は,
流水下で,指で表面をなぞるようにして,目視で付着物 がないことを確認するまで行った.測定核種は,放射性 降下物である134Cs, 137Cs, および,天然の40Kとした.
測定にはゲルマニウム半導体検出器(ORTEC, セイ コー EG & G)を用いた.測定時間は,5月16日採取の ジャガイモのみ50,000秒,それ以外は3,600秒である.
結果および考察
ジャガイモの葉(洗浄および未洗浄)
,根および塊茎
の放射性核種 134Cs, 137Cs および 40Kの濃度を表1
に示 す.洗浄した葉では,植え付け47日後においては 137Cs の み が 微 量 検 出 さ れ た が,58日 後 に は 134Csお よ び137Csの両者が検出され,137Cs濃度は増加した.また,
未洗浄の葉では植え付け47日後において 134Csおよび
137Csが検出されたものの,58日後には未検出となった.
この理由は,表1に示したように,検出限界が洗浄した 葉の約2倍であったことによると考えられる.一方,根 からは,放射性セシウムは検出されなかった.これらの
化学と生物 Vol. 50, No. 12, 2012 905 ことから,地上部の放射性セシウムによる汚染は,大半
が放射性降下物,または汚染土壌の跳ね返りによる直接 汚染であると推察された.
可食部である塊茎については,植え付け58日後に
137Csが2.4 Bq/kg検出された.なお,134Csの値は検出 限界未満であるが参考値として表1に示した.このいず れもが82日後には未検出となった.この理由を次のよ うに考察した.ジャガイモのようにデンプンを主要生産 物とする作物では,塊茎の肥大や同化産物の転流蓄積に とってカリウムは重要な成分であり,カリウムイオン
(K+) は体内でよく移動する(13〜15)
.一方で,ダイコン
に関する研究では,セシウムは植物体内でカリウムと似 た挙動を示し,塊根のカリウム濃度は,ある時期を過ぎ ると生長とともに低下し,セシウムも同様の傾向を示す と報告されている(9).この説に沿って
40Kの濃度を比較 すると,植え付け58日後に対して82日後の濃度は約 45%に減少している.ここで,一般的にジャガイモ塊茎 に含まれる 40K濃度を概算する.ジャガイモ塊茎のカリ ウム濃度を410 mg/100 g(16) と仮定して 40Kの天然存在 比を考慮したカリウム1 g当たりの放射能を30.4 Bq/g とすると,約125 Bq/kgになる.これは,82日後の実 測値151.2 Bq/kgの82%に相当する.つまり,実測した40Kの濃度から塊茎のカリウム濃度の8割程度は概算で きると考えられる.これに基づいて,82日後のカリウ ム濃度も 40Kと同様に58日後の45%程度に低下したと 考えると,カリウムと類似の傾向を示すとされる放射性 セシウム濃度も82日後には半分以下に低下し,その結 果,未検出になったと推定される.
土壌の放射性セシウム (134Cs+137Cs) および 40Kの鉛 直方向の濃度分布を図
1
に示した.深さ方向に負の値は 高畝の底部を起点に目盛りを付したからである.地表か ら15 cmまでの作土層において分布が認められ,地表面 および畝の濃度が高い結果となった.なお,40Kの濃度 は,作土層の範囲では地表からの距離によらず,ほぼ一 定であった.まとめ
低濃度汚染土壌において,原発事故後に植え付けられ たジャガイモの放射性セシウムによる汚染について検討 した.植え付け58日後にジャガイモ塊茎に微量の 137Cs が検出されたが,82日後の収穫時には検出されなかっ た.これは,セシウムが,浸透圧調整のため体内を移動 するカリウムと類似の挙動をとり,収穫時の濃度が低下 図1■土壌の放射性セシウムおよび放射性カリウムの垂直方向 濃度分布
表1■西東京市で栽培されたジャガイモの放射性セシウム濃度
May 16, 2011 May 27, 2011 June 20, 2011
Days from settled planting 47 d 58 d 82 d
Moisture content
% w.b.
Concen- tration Bq/kg*
Moisture content
% w.b.
Concen- tration Bq/kg*
Detection limit Bq/kg*
Moisture content
% w.b.
Concen- tration Bq/kg*
Detection limit Bq/kg*
Potato Leaf
(washed)
134Cs N.D. 3.8 2.9
137Cs ― 1.8 90.0 4.9 3.4 ―
40K 380.3 32.6
Leaf
(unwashed)
134Cs 4.3 N.D. 6.0
137Cs ― 4.5 90.0 N.D. 8.5 ―
40K N.D. 77.9
Root
(washed)
134Cs N.D. ― N.D. 0.7
137Cs ― ― 91.7 N.D. ― 88.7 N.D. 0.7
40K 508.7 144.4 107.5 13.4
Tubor
(washed)
134Cs 1.2** 1.8 N.D. 0.3
137Cs ― ― ― 2.4 2.1 80.6 N.D. 0.3
40K 338.3 18.9 151.2 8.2
*Bq/kg-wet weight for. ** Less than detection limit.
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したことが理由の一つであると考えられた.一方,土壌 については,地表部において放射性セシウムの濃度が高 く,鉛直方向に分布が認められた.今後,耕耘や深耕な どの土壌撹拌により濃度の均一化(低下)が図られれ ば,移行の抑制につながると期待される.
謝辞:本研究は,東京大学の中西友子,佐々木治人,牧野義雄先生との 共同研究の一部であり,実験では東京大学農学生命科学研究科附属生態 調和農学機構の久保田浩史氏,市川健一郎氏,矢津田啓介氏の協力を得 た.
文献
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go.jp/b̲menu/shingi/gijyutu/gijyutu3/toushin/
05031802.htm(2012/8/26アクセス).
安永円理子(Eriko YASUNAGA) <略 歴>2002年九州大学大学院生物資源環境 科学研究科農業工学専攻博士課程修了/同 年4月九州大学大学院生物資源環境科学研 究科特任研究員/同年5月九州大学生物環 境調節センター講師(研究機関研究員)/
2004年九州大学生物環境調節センター助 手 /2007年 九 州 大 学 生 物 環 境 調 節 セ ン ター助教/2011年東京大学大学院農学生 命科学研究科准教授<研究テーマと抱負>
農産物の安全性評価に関する研究<趣味>
スポーツ観戦
山田 耕路(Koji YAMADA) <略歴>
1974年九州大学農学部食糧化学工学科卒 業/1979年に九州大学農学研究科食糧化 学工学専攻博士後期課程を修了し農学博士 号を取得後,NIHに留学.1982年に九州 大学医学部助手に採用され,1985年に農 学部に配置転換,1989年に助教授,1997 年に教授に昇任.2005年11月から2008年 まで九州大学教育担当理事副学長を務める
<研究テーマと抱負>食品成分の体調調節 機能の解明と多機能性食品の開発を行って
いる.大学教育,社会貢献,産学連携の質 に向上についても興味があり,生物機能研 究所を設立して支援活動を行っている<趣 味>スポーツ,読書
吉 川 博 文(Hirofumi YOSHIKAWA)
1975年東京大学農学部農芸化学科卒業/
1983年東京大学大学院農学系研究科博士 課程修了(農学博士)/1984年東京大学助 手(応用微生物研究所)/1987 〜1989年カ リフォルニア大学デービス校博士研究員/
1995年東京大学助教授(分子細胞生物学 研究所)/1997年東京農業大学教授(農学 部)/1998年東京農業大学教授(応用生物 科学部),現在に至る<研究テーマと抱 負>細胞分裂と分化の制御,一塩基配列の 意味の探索,試験管内進化実験,合成生物 学手法による微生物育種,バクテリアの種 とは何か考えること<趣味>音楽鑑賞(ク ラシックからメロスピまで),写真,ドラ イブ,ゴルフ,美味しい地酒を探すこと 吉 田 稔(Minoru YOSHIDA) Vol.
49, No. 5, p. 346参照
芳 本 忠(Tadashi YOSHIMOTO)
<略歴>1967年大阪市立大学理学部生物 学科卒業/1969年大阪市立大学理学研究 科修士課程修了/同年小野薬品工業株式会 社中央研究所/1973年長崎大学薬学部講 師 /1974年 同 助 教 授 /1994年 同 教 授 / 1997年長崎大学薬学部学部長/2010年長 崎大学定年退職,摂南大学理工学部生命科 学科教授<研究テーマと抱負>酵素の応用
(主にプロリン特異性酵素)<趣味>奈良の 実家に戻り畑地の管理など
若木 高善(Takayoshi WAKAGI) <略 歴>1978年東京大学大学院農学系研究科 農芸化学専門課程博士課程修了/東京工業 大学生命理工学部生命理学科等を経て,
1996年東京大学大学院農学生命科学研究 科応用生命工学専攻准教授/2010年同教 授/2012年同特任研究員<研究テーマと 抱負>超好熱性古細菌の酵素学・タンパク 質科学