「 「 社 社 名 名 」 」
上智大学経済学部経営学科四年 網倉久永ゼミナール A9942125 中山 好彦
Contents
序文 素朴な疑問 第一章 社名
第一節 識別とイメージ 1-1識別のための社名 1-2イメージを付加する社名 1-3 識別とイメージの相互補完性 第二節 社名の定義
2-1 社名と商号 2-2 社名の定義
第二章 コーポレート・アイデンティティについて 第一節 統一的イメージの重要性
1-1 ブランド階層 1-2 イメージの拡散 第二節 CIの定義
2-1 CIの曖昧さ
2-2 心理学的アプローチ 2-3 集団の個性と分化 第三節 CIの歴史
3-1 CIブーム
3-2 第一次CIブーム 3-3 第二次CIブーム 3-4 不測の事態 第三章 消費者の変化と経営理念
第一節 欲求の階層
1-1 ブランドの価値
1-2 ブランドアイデンティティ 1-3 マズローの欲求段階説
1-4 欲求の階層と経営理念 第二節 経営理念
2-1 アイデンティティと経営理念 2-2 実際の経営理念
2-3 経営理念と実行 第四章 現代企業の課題
第一節 素朴な疑問について 第二節 日立製作所について 1-1 経営理念
1-2 エンドース機能 1-3 これからのHITACHI
序章 素朴な疑問
以前、私がカナダ人の知人の家を訪ねた際にヒタチという企業についての話になった。
私は彼がヒタチをうまく発音をできないことに衝撃を受けた。しかし、彼の家にはSONY と銘打たれた大型テレビが置かれていた。そしてさらに、彼はソニーについて「かっこい い」というイメージさえ持っていたのである。同じ日本の製造業であるにもかかわらず両 者には一体どのような相違が存在しているのだろうか。
まず、明らかに異なるのはその社名である。「SONY」と書かれた製品はカナダ人でも はっきりと発音することができる。しかし、もし「HITACHI」と書かれたテレビが売ら れていたとしてもカナダ人には正確に発音することができず製品を購入する際に戸惑う ことは必死である。一方、イメージについては国内においても SONY と日立の相違は存 在する。つまり、企業に対するイメージに国籍や言語の違いに関係性はないからである。
これらのことから、企業イメージの蓄積がグローバルな市場で企業が展開していく上での 不変的・絶対的な手段となり得る可能性を秘めているように私には感じられるのである。
企業イメージとは、企業にまつわるすべてのイメージの統一的概念であり、企業体の存 在の根幹を成す問題なのであると私は考える。そしてその企業イメージというものをこの 論文によって明らかにすることにより、これからの日本企業がどのような企業イメージ戦 略を取るべきであるかについて考察していきたい。
第1章 社名
まず始めに、社名とはどのようなものを指すのかについてその定義を明らかにしていき たい。
第1節 識別とイメージ
1-1 識別のための社名
人間には名前が必要である。それは個人を識別するために用いられるものである。例え ば、一卵性双生児Aさん、Bさんが生まれた場合、両者を識別することは親以外にとって は、非常に困難である。なぜなら身体的な相違は親以外には識別できないほどに似通って おり、そこで名前に必要性が生じる。二人は名前が付けられることによって、他者からの 識別が容易になるのである。企業にしてもこれとほぼ同様のことが言える。消費者が星の 数ほどある企業体を識別するためには名前が必要であり、また同質的な製品を識別するた めにも社名が必要なのである。
第二節 イメージを付加する社名
集団にも名前がある。それは集団を識別するためのであると同時に、そこに所属する個 人に付属的なイメージを付加する。例えば、「有名私立××大学に所属する○○さん」の 有名私立××大学という名前は数千、数万から構成される人間の集団であるにも関わらず、
○○さんにある一定の付属的なイメージを付加する。企業にしてもこれとほぼ同様である。
有名企業××社の製品は、有名企業××社という名前が付くことによってある一定のイメ ージが付加されるのである。
第三節 識別とイメージの相互補完性
先ほどの一卵性双生児Aさんが、この「有名私立××大学」に入学した。Aさんは「有 名私立××大学に所属しているAさん」となったのである。このことはこの二人を明確に 識別する新たな唯一の手段となるとともに、Aさんという名前の識別を「有名私立××大 学所属」が補完的に作用することとなる。名前を忘れたときにその人の所属大学や人柄と いったイメージからその友人の名前を思い出すといった行為がこのことに適合する。
これと同様に企業の社名を忘れ識別困難に陥った消費者に対して、付加されたイメージ からその社名を思い出させることが可能である。つまり識別とイメージは相互補完関係に あるといってよい。
第二節 社名の定義
社名についての厳密な定義は存在しない。ただし、社名、商標、商号の違いはは混同さ れがちなので明らかにしておく必要がある。
2-1 社名と商号
(『図解ブランドマネジメント』 榛名明浩 東洋経済新報社 2001)
商標 商号 デザイン
保護対象 商品またはサービス 商人の名称 産業上の創作 準拠法 商標法 商標、有限会社法
商業登記法 意匠法
権利の発生 登録 登記 登録
登録または登記する もの
文字、図形、記号、
立体的形状、これら の組み合わせ、これ らと色彩の組み合わ
せ
日本文字、ただし会社 の商号にはその種類 を示す文字(株式会社 など)を用いなければ
ならない
物品の形状、模様、
色彩、これらの結合 であって、視覚を通 じて美感を起こさ
せるもの 有効期間 登録から10年(更
新可能) 特になし 登録から15年
どんな消費者も各製品広告の後に読まれる社名やテレビスポンサーなどになっている 社名を目にしない日はないだろう。しかし厳密に言えば、一般にマスメディア等を通じて 消費者が目にしている社名の多くは「呼称」であり主に商標法に関するものである。登記 を義務付けられている商号とは多くの場合異なる(以下、「社名」と記述するものは、こ の「呼称」を指している)。例えば「SONY」と呼ばれる企業の商号は「ソニー株式会社」
であり、また日立と呼ばれる企業の商号は「株式会社日立製作所」である。
つまり、会社を設立する際に法律上必要になるのは商号であり、社名とは法律では登記 の必要性がないものなのである。ならば多くの企業が商号とは異なる社名を用いる理由が 存在するはずである。そしてその理由というのが識別とイメージの付加という二つである と考えられるのである。
2-2 社名の定義
これらを踏まえると、社名の定義とは以下に示すものであると考えられる。社名(商号 とは異なる)とは「ある企業体を消費者に識別させるための手段であり、さらに製品につ いてそれ自体の価値の他に、あるイメージを付加する役目をも果たすもの」である。
この定義により企業が社名を用いる目的は明確になったが、ではその目的は一体どのよ うな手段によってなされるものなのであるかを次章以降で明らかにしていきたい。
参考文献
榛名明浩 『図解ブランドマネジメント』 東洋経済新報社 2001
第二章 コーポレート・アイデンティティ(以下CI)について 第1節 統一的イメージの重要性
1-1 ブランド階層
社名 アンブレラブラン
製品ラインブラン
個別ブランド モディファイヤー
MNC バイオ バイオノート505
PCG505R/K ソニー
(『図解ブランドマネジメント』 榛名明浩 東洋経済新報社 2001)
消費者がイメージを構築する機会は様々である。まず、社名を頂点とし下位に向かい順 に説明すると、いくつかの製品カテゴリーにまたがって使用されるアンブレラブランド
(レンジブランド)、この代表的な例は松下電器のナショナル・パナソニックというアン ブレラブランドである。次に、ある製品カテゴリーの中で密接に関連した製品グループに 対して与えられる製品ラインブランド、一つの製品に対応している個別ブランド、さらに は仕様名、型番などを識別するモディファイヤーという階層になっている。
1-2 イメージの拡散
現在の複雑化した市場では、ここに挙げたそれぞれに付けられた名前さえ全て覚えるこ とすら複雑であるにもかかわらず、マスメディア等を通じてこれらの名前それぞれにロゴ やキャッチフレーズなどが加えられている。その際、あまりの膨大な情報量のために消費 者が想起する企業イメージが拡散する危険性は非常に高いと言えよう。
企業としては、この膨大な情報が消費者に効率的に認知されるような統一的なイメージ を確立する必要性が生じてくる。そして、この統一的な企業体のイメージ構築という行為 は、CI戦略と言われるものである。では、次に日本においてCIがどのようなものであっ たかということに注目していく。
第二節 CIの定義
2-1 CIの曖昧さ
CIについての統一的な見解は存在しない。例えば、“企業のデザイン統合戦略である”、
“企業イメージの統一である”、“企業や組織が自分らしさを主張することである”、“企業 文化の変革と創造である”、“組織の活性化や企業体質の改善活動である”、“企業の自己確 立・自己革新である”など様々なものが存在している。
そしてさらに、CIは統一的なイメージを構築すべく生まれたものであるにもかかわらず、
その統一的定義も存在しない。例をいくつか挙げておくと、「文化・事業・組織そしてシ ンボルを企業理念のもとに統一的にデザインすることで企業文化そのものを革新する企 業のトータル・デザインニング戦略」という企業内部に対して革新性を促すような組織連 想の定義や、「企業の特質・全体像を大衆に認知させること」(ソニーホームページ)のよ うに、消費者に企業のあり方を示すブランディングにも似た定義があるが、それぞれに曖 昧模糊としていて的確にCIというものを的確にあらわすような定義は存在していない。
「間違いだらけのCI戦略」で龍岡は“アイデンティティには個性(Personality)の意 味がある。つまり、CIとは企業の個性の確立、変革と創造と言うことになる。個性とは「そ の人や物にそなわった特有の性格・性質」だと辞書で説いている。”と述べている。この ように人間のパーソナリティからコーポレート・アイデンティティを考察していくことは いささかぞんざいではあるが手がかりとして捉えるならば有効な手段の一つであると考 える。
2-2 心理学的アプローチ
“パーソナリティという言葉を用いる場合は性格よりやや広く、個人の全体的人間像を 表している。(中略)広義の性格すなわちパーソナリティは、さまざまな特徴の単なる集 合体ではなく、ある構造を持ち、その構造は体系化されているものと考えられる。”(渡辺・
山崎・久田 『医療への心理学的パースペクティヴ』 ナカニシヤ 1994)
体質ならびに気質とは、先天的な素質傾向で遺伝とも関係があり、変えようとしても ほとんど変化しにくい側面である。狭義の性格とは、後天的ではあるが、三歳くらいま での幼児期に形成され、そのころの「しつけ」や環境の影響が大きい。また、これも変 化しにくい。
社会的性格とは、価値観と呼ばれるも のであり、物事を判断し行動を決める場 合のもとになるものの見方や考え方で、
後天的な環境や教育などによってつくら れる。これは、気質や狭義の性格に比べ て変化しやすい。
役割性格とは、実際に行動などの表面に 現れたもので、社会的性格にもとづいてと られることが多い。また他人から見て何を 役割として期待されているか考え、それに もとづき行動することである。個性の構造 の中で最も変えやすい。
これらを企業の CI に結び付けてみる。
まず、気質・狭義の性格については、企 業には先天性というものがないために関 係がなく、また企業には幼児期の性格形 成というものはあまり関係がない。
次に社会的性格について、これは価値 観と同義であり、また後天的な環境や教 育からつくられるという特徴上、現在に まで引き継がれている価値観がそうであ り、これが企業の個性の中心となるもの である。これをマインド・アイデンティ ティ(MI)と呼ぶ。
役割性格とは、他人からどのようなこと を期待されているかを考え行動すること である。それは視覚的なものと行動的なも のの二つがある。
これを企業に置きかえれば視覚的なものはデザインやロゴであり、また社名もこれに含 まれると考えられる。これをビジュアル・アイデンティティ(VI)と呼ぶ。また、行動的 なものは従業員の態度などである。これをビヘイビア・アイデンティティ(BI)と呼ぶ。
これら三つのアイデンティティを統合させる働きを目指すもの、それをコーポレート・ア イデンティティと呼ぶべきだと私は考える。
体質 気質 狭義の性格 社会的性格
役割性格 境 環
(医療への心理学的パースペクティヴ)
視覚的 VI
価値観 MI
態度・行動 BI
(間違いだらけのCI戦略)
2-3 集団の個性と文化
個性とは個人についてのものである。そしてその個性を持った個人が集団となることに より、その個性は文化へと変わる。文化人類学においてはこの文化の定義を「人間のあら ゆる生活の中で、人が学習によってその社会から習得し、また自らつくり出した有形・無 形のもののすべてで、外面的および内面的な生活様式の総称であり、その社会の成員に共 有されたもの。そして、その文化は、世代から世代へと伝えられ、時代と共に変化してい く。」としている。文化には、建物・機械・道具などの有形の物質文化(文明)と、価値 観・理念・哲学のような無形の精神文化がある。また両者の中間には、挨拶の仕方、仕事 のやり方、対人関係のあり方などの態度・行動に関する社会文化があると言われる。
これら文化人類学における三つの文化は前に挙げた企業における三つのアイデンティ ティと合致する。物質文化はロゴや社名などのビジュアル・アイデンティティ、精神文化 はマインド・アイデンティティであり、社会文化とはビヘイビア・アイデンティティとな る。文化人類学においては、この三つの文化のうち最も変えやすいのが有形の物質文化で あり、精神文化や社会文化は変更しにくいものであるとされている。このことはコーポレ ート・アイデンティティを考える上でも同様のことがいえる。
第三節 CIの歴史
3-1 CIブーム
“コーポレート・アイデンティティ(CI)が意識的な形で企業社会に取り入れられ、い わゆる「CIブーム」を起こしたのは過去に二度あったと言われる。” (日本型ブランド優 位戦略、陶山・梅本)
今まで日本におけるCIは二度の「ブーム」を経験してきた。言い換えれば、急激なCI の採用の後に忘れられていく状態を二度も繰り返してきたのである。「ブーム」が「ブー ム」で終わってしまう過程には何らかの要因が存在するはずである。そのことを明らかに することにより企業にとって CI とは、どのようなものであるべきであったのか、さらに 今後この「CIブーム」が発生するとしたらどのようにすべきかが明らかになるはずである。
次にこの二度の「CIブーム」それぞれについて詳しく見ていきたい。
3-2 第一次CIブーム
“「第一次ブーム」は、アメリカでは1950年代、日本では1960年代前半に起き た。経済の飛躍的な成長と高度大衆消費社会の成立のもとで、事業の多角化が進められた。
他方で、事業部制やプロダクトマネジャー制を敷きながら、権限の委譲・分権化も併せて 実施された。(中略)しかし、60年代に入ると、製品やブランドの拡散を招き、事業部 別活動やプロダクトマネジャー活動が展開された結果、マネジリアル・マーケティングの コンセプトにもかかわらず、それらが不統一のままになっているという自体が起きた。企 業・製品・ブランド三者間のイメージの乖離、全体としてのコーポレート・イメージの拡 散である。”
この文章を解すと、この時期は高度大衆消費社会による企業の拡大・肥大化による企業
文化の拡散と見てとることができる。1960年代に起きた CI ブームは概ね組織を如何 に統一的な集団として纏め上げるかというものを目指した内部指向性の強い CI 戦略であ ったと言える。
3-3 第二次CIブーム
“「第二次ブーム」は1970年年代以降に見られた。(中略)企業は過剰生産、市場の 飽和、シェア競争への対応とともに、社会的課題や新しい価値を求めて激動する社会シス テムへの対応が求められるようになった。そこでは“一次的効果”や“一次的福祉”だけ でなく“外部効果”や“高次の利益”も問題となり、“全体的な生活の質”という包括的 概念からの消費者満足の実現が迫られるようになったのである。(中略)マーケティング の方向や企業の経営意思決定のみならず、企業の存在を根底から揺さぶる事態の発生であ る。企業社会そのもののアイデンティティの動揺である。ここから、従来とは異なる経営 理念や企業姿勢の構築と、それに対応して組織体としてのドメインを新たに見直すことが 求められるようになった。これが第二次CI戦略が登場した背景である。“
さらに堺忠弘は「企業変革とCI戦略」においてこの時期のCIについて「目標喪失の危 機」を指摘している。
“第一は、企業目標あるいは企業理念の内的統合力の弱まりという機能喪失の危機であ る。業容の拡大や事業の再編を抑制するだけでなく、企業内部から目標や理念への懐疑を 生み出し、企業文化の崩壊と協同による価値喪失の危機である。第二は、自らの企業努力 と社会的役割との対応関係の曖昧化による価値喪失の危機である。事業使命はその現実妥 当性を失い、価値表現力を喪失する。異なる多様な市場や人々との接触が生まれるなかで、
自らの社会的貢献領域という面でも企業の社会的位置を曖昧なものにする。企業の個性そ のものを弱め、企業イメージの拡散と希薄化をもたらす。”
3-4 不測の事態
しかし、堺忠宏がここで挙げた一つ目の危機として内的統合力の弱まりという機能喪失 という危機は、第一次ブームにおいて問題として解決すべき問題であったはずである。つ まりこの時期において重要な危機は、二つ目の社会的役割の危機という外部的志向の CI 戦略であった。大量生産、大量消費という社会システムが終焉し、企業の顧客志向性が現 実問題として求められるようになり、企業は今までの目標や経営理念との惜別を強いられ る事態になったと考えられる。そして、社会システムの変化が消費者の消費行動に変化を もたらすという外部環境の変化によって、企業の文化の中心である、マインド・アイデン ティティの変化をも求められる「不測の事態」が発生したのである。この「不測の事態」
とは、外部環境の変化に対して、企業も外部のアイデンティティである VI の変更のみで 対応できていた第一次CI ブームとは異なる。外部環境の変化が企業のアイデンティティ の根幹であるMIの変更をも求めていた事態であったということである。
だが、この時期の日本経済は右肩上がりの上昇を見せており、企業としてはこの事態を あまり深刻に捉えることができなかったことが考えられる。実際には1980年代の「CI ブーム」は、非常に最も変えやすい形でのロゴや社名変更等のビジュアル・アイデンティ
ティの変更でイメージアップを狙った企業が数多くあったようだ。言うならば、過去の CI戦略は、外見上の変更のみにとどまり、本来のCI戦略が目指すべき本質的な改革まで 行うことができなかった企業がほとんどであった。
次に、1980年代 CI 戦略において「不測の事態」を引き起こす原因となった消費者 の変化について詳しく論じていく。
参考文献
・ 榛名明浩 『図解ブランドマネジメント』 東洋経済新報社 2001
・ 陶山計介・梅本春夫 『日本型ブランド優位戦略』 ダイヤモンド社 2000
・ 小田嶋孝司・中西元男 『シンボリック・アウトプット 「PAOS」CIプランニン グの実際』 プレジデント社 1989
・ 堺忠宏 『企業変革とCI戦略』 電通 1990
・ ソニーホームページ http://www.sony.co.jp/Fun/SH/2-23/h1.html
・ 龍岡資明 『間違いだらけのCI戦略』 ダイヤモンド社 1988
・ 渡辺・山崎・久田 『医療への心理学的パースペクティヴ』ナカニシヤ 1994
第三章 消費者の変化 第一節 欲求の階層
現代の消費者は製品を購入する際、製品の価値のみを消費しているわけではない。製品 の価値が同質化した場合(製造業に多く見られる)、消費者は一体何を購買行動の価値基 準としているのだろうか。近年、この価値基準を「ブランド」と呼ぶことが定着してきて はいるが、この言葉にはあまりに多くの意味が氾濫しているように感じられる。
次に、この消費者の購買行動に関する価値基準に関する例をいくつか示す。その中から 現代の消費者の購買行動における価値基準に統一的な見解を得たいと考える。
1-1 ブランドの価値
情報価値
基本価値 周辺価値
“ブランドの基本価値とは、製品あるいはサービスが持つ、
消費者の基本的な欲求を満たす部分である。電器製品や自 動車では機能、食品では味や栄養価などがこれに該当しま す。基本価値は製品の出発点ともいえます。基本価値が劣 っている製品は消費者を満足させつづけることが難しい ため、長期的なブランド価値の向上は望めません。
ブランドの情報価値とは、広告、パッケージ、デザイン など、製品の一部のように付加されている情報がもたらす 価値である。このような情報は消費者の重要な購入動機と なります。とくに、基本価値レベルではどの企業の製品も 顧客を満足させられる場合は、情報価値が重要な鍵になり
ます。ほかに自分が好感を持っている有名人による推奨な ども挙げられます。
ブランドの周辺価値は、製品そのものではないが、消費者が価値基準の1つとしていて、
購入動機に影響を及ぼすものをいいます。たとえば、自分が買った価格より安い値段でそ の製品が売られることを嫌う消費者が大勢います。彼らにとって、価格の安定性は重要な 購買動機となります。
近年では、多少値段が高くても環境問題に積極的に取り組んでいる企業の製品を購入し たいと考える消費者も増えています。
市場が成熟するにつれて、基本価値レベル差別化を図ることは難しくなります。そこで、
情報価値と周辺価値がブランド価値を決定づける重要な要素となるのです。“(図形ブラン ディング)
1-2 ブランドアイデンティティ
抽象化
シンボル としてのブランド
人格としてのブランド
製品としてのブランド 組織としてのブランド
具象化
“ブランド・アイデンティティとは、このようなブランド要素の四つのフェイズが有機 的・階層的に統合化されたものと考えられる。①製品としてのブランド、②組織としての ブランド、③人格としてのブランド、④シンボルとしてのブランドがそれである。それは、
製品から組織、人格、シンボルへの情報の集約化・抽象化プロセスによって導かれる四階 層のピラミッド構造からなっている。顧客に提供される便益タイプも、製品→組織→人格
→シンボルと上方に向かうにしたがっておおむね機能的便益→情緒的便益→自己表現的 便益となる。ここで機能的便益は機能面の効用、情緒的便益は購買と使用が与える肯定的 な感情、自己表現的便益は自己イメージの伝達の方法の提供をそれぞれ表す。”(日本型ブ ランド優位戦略)
上に二つの例を挙げたが、下位に製品的価値を挙げ上位になるほど抽象的な価値の消費 へと変わっていくという意味では、どちらも同じことを違った言葉で挙げているに過ぎな い。また、第二章、第一節で挙げた実際のブランド階層も、これらの考え方のもとでつく られた体系であると考えられる。これら全てに共通している考え方は、マズローの欲求五 段階説であると考えられる。
1-3 マズローの欲求段階説
“アブラハム・マズロー(1908年~1970年 A.H.Maslow アメリカの心理学者)は,
彼が唱えた欲求段階説の中で,人間の欲求は,5段階のピラミッドのようになっていて,
底辺から始まって,1段階目の欲求が満たされると,1段階上の欲求を志すというもので す。人間の欲求の段階は,生理的欲求,安全の欲求,親和の欲求,自我の欲求,自己実現 の欲求です。
生理的欲求と安全の欲求は,人間が 生きる上での衣食住等の根源的な欲求,
親和の欲求とは,他人と関わりたい,
他者と同じようにしたいなどの集団帰 属の欲求で,自我の欲求とは,自分が 集団から価値ある存在と認められ,尊 敬されることを求める認知欲求のこと,
そして,自己実現の欲求とは,自分の 能力,可能性を発揮し,創造的活動や 自己の成長を図りたいと思う欲求のこ とです。“
自己実現の欲求
自我の欲求
親和の欲求
安全の欲求 人間がこの五段階の欲求を満たすため
に製品を購入すると仮定すると、上に示
した二例と概ね合致する。 生理的欲求
http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm)
( 1-4 欲求の階層と経営理念
つまり、市場が成熟段階に向かうにつれ製品属性等の具体的な価値は、消費者が製品を 認知する上で差別化困難になり、より抽象的な価値を求められるようになり、また消費者 はマズローの欲求段階説のより上位の概念を求めるようになったのである。
製品価値は前段階のものと考え、現在の市場がより抽象的な消費を求めるものとしたと き、企業側の視点に立ち CI について考えると、消費者は視覚的、行動的なアイデンティ ティを消費する段階を超え、無意識的にだが、その製品の抽象的な価値まで消費する段階 へ達し、またマズローの欲求段階説におけるより上位の欲求を満たす必要性が生じてきた といえる。
歴史的背景に重ねてみると、1980 年代に起きた「不測の事態」は、消費者の欲求段階 が集団帰属、自我の欲求にまで到達したことに対し、企業が消費者の欲求を満たす手段を 見失った時期であったのではないかと想像できる。
では、このまま市場が成熟し、消費者がさらなる抽象的消費・より上位の欲求である自 己実現の欲求、さらにはそれ以上の欲求を見つける事態になった場合、企業体の最も抽象 的なアイデンティティを表すものとはどのようなものだろうか。私はその最も抽象的なア イデンティティとは「経営理念」であると考える。
第二節 経営理念
2-1 アイデンティティと経営理念
人間のアイデンティティは先天的遺伝要因と後天的環境要因によってつくられていく。
先ほど述べたように企業体には先天的遺伝要因はない。一方、人間の後天的環境要因に最 も早期に影響してくるものは三歳頃の幼児期までに受ける両親からの「しつけ」である。
人間はこの「しつけ」を社会的性格である自己の価値観を築き上げることにより、先天的 遺伝要因を克服し、さらには一生涯この「しつけ」を記憶していると考えられている。
このようなアイデンティティを築き上げていくものとは、企業においてはまさしく創業 者によってその企業の存在意義、経営姿勢、行動指針を示した「経営理念」にあてはまる。
つまり、この「経営理念」というものが、企業体のアイデンティティをつくる核であり、
消費者側からの視点に立てば、これが最も高次の抽象的価値であると考えられる。
しかし、この経営理念のみが「しつけ」というわけではない。企業は集団であるが故に、
集団として長期的に行動する際どうしても暗黙的な「慣習」が形成されていく。時には、
この「慣習」は「経営理念」よりも幅を利かす場合がある。さらに、この「慣習」という ものは暗黙的であり、意識的に変えていくことは非常に困難である。つまり、明確であり、
かつ実行可能な「経営理念」をつくることにより、この「慣習」が「経営理念」から外れ ないようなものにする必要がある。
次に明確かつ実行可能な「経営理念」の例であるソニーの経営理念を示す。
2-2 実際の経営理念
「SONY」と「東京通信工業」という社名がある。現在、「SONY」という社名は、造語 であるにもかかわらず人々から「かっこいい」というイメージと共に認知されている。一 方、「東京通信工業」という社名を聞いて「かっこいい」というイメージを抱く消費者は おそらく存在しないだろう。しかし、この「東京通信工業」という企業はソニー株式会社 の前身であり、異なる企業ではないのである。
「音(SOUNDやSONIC)の語源となったラテン語のソヌス(SONUS)と、小さいとか 坊やという意味のSUNNYを掛け合わせてつくった言葉である。自分たちの会社は非常に 小さいが、それにも増して、はつらつとした若者の集まりであるというイメージにも通じ た。~中略~そんなアメリカの風潮にもかかわらず堂々と自社のブランド名で勝負を掛け たのは、何としても「SONY」の愛称で世界的な商品としての評価を得たい、いや得るこ とができるに違いないという、東通工の自身の表れにほかならなかった。」(ソニー自叙伝、
第4章から)
東京通信工業(ソニー)株式会社設立趣意書 会社創立ノ目的
一、 目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理 想工場ノ建設
一、 日本再建、文化向上ニ対スル技術面、生産面ヨリノ活発ナル活動一、戦時中、各 方面ニ非常ニ進歩シタル技術ノ国民生活内ヘノ即事応用
一、 諸大学、研究所等ノ研究成果ノ内最モ国民生活ニ応用価値ヲ有スル優秀ナルモノ ノ迅速ナル製品、商品化
一、 無線通信機類ノ日常生活ヘノ浸透化並ビニ家庭電化ノ促進
一、 戦災通信網ノ復旧作業ニ対スル積極的参加並ビニ必要ナル技術ノ提供
一、 新時代ニフサワシキ優秀ラジオセットノ製作普及並ビニラジオサービスノ徹底 化
一、 国民科学知識ノ実際的啓蒙活動 経営方針
一、 不当ナル儲ケ主義ヲ廃シ、飽迄内容ノ充実、実質的ナ活動ニ重点ヲ置キ、徒ラニ 規模ノ大ヲ追ハズ
一、 経営規模トシテハ寧口小ナルヲ望ミ大経営企業ノ大経営ナルガ為ニ、進ミ得ザル 分野ニ技術ノ進路ト経営活動ヲ期スル
一、 極力製品ノ選択ニ努メ技術上ノ困難ハ寧口之ヲ歓迎、量ノ多少ニ関セズ最モ社会 的ニ利用度ノ高イ高級技術製品ヲ対象トス、又単ニ電気、機械等ノ形式的分類ハ サケ、其ノ両者ヲ統合セルガ如キ他社ノ追随ヲ絶対許サザル境地ニ独自ナル製品 化ヲ行フ。
一、 技術界業界ニ多クノ知己関係ト絶大ナル信用ヲ有スル我ガ社ノ特長ヲ最高度ニ 活用以テ大資本ニ充分匹敵スルニ足ル生産活動販路ノ開拓資材ノ獲得等ヲ相互 扶助的ニ行フ
一、 従来ノ下請工場ヲ独立自主的経営ノ方向ヘ指導育成シ、相互扶助ノ陣営ノ拡大強 化ヲ計ル
一、 従業員ハ厳選サレタル可成小員数ヲ以ッテ構成シ、形式的職階制ヲサケ、一切ノ 秩序ヲ実力本位、人格主義ノ上ニ置キ個人ノ技能ヲ最大限ニ発揮セシム 一、 会社ノ余剰利益ハ適切ナル方法ヲモッテ全従業員ニ配分、又、生活安定ノ道モ実
質的面ヨリ充分考慮援助シ、会社ノ仕事即チ自己ノ仕事ノ観念ヲ徹底セシム。
経営方針の中に挙げられている2つの文に注目したい。「不当ナル儲ケ主義ヲ廃シ、飽 迄内容ノ充実、実質的ナ活動ニ重点ヲ置キ、徒ラニ規模ノ大ヲ追ハズ」という文と、「経 営規模トシテハ寧口小ナルヲ望ミ大経営企業ノ大経営ナルガ為ニ、進ミ得ザル分野ニ技術 ノ進路ト経営活動ヲ期スル」という文である。この両文における趣旨は、他企業の「経営
理念」にはないものである。当時、非常に斬新であり、かつソニーの個性を明確に表現し ている文と見て取ることができる。さらに、このことを実行に移した話が存在する。
2-3 経営理念と実行
“1955年、初めてのトランジスタラジオTR-52型のサンプルにSONYの名前を つけ、盛田は勇躍アメリカに渡った。二ヶ月渡米中に、マイクロホン千個、放送取材用テ ープレコーダー十台の輸出契約を完了したが、サンプルとして持っていった TR-52に は、ちょっとした問題が生じた。
それは、アメリカでも大きな時計会社であるブローバー社から引き合いがきたときのこ とだ。「その値段で当方も OK だ。十万台のオーダーを出そう」即座に商談は成立するか に見えた。しかし盛田は、相手の出した条件が気に食わなかった。「SONY では売れない から、当社の商標をつけさせてもらうよ。何しろアメリカでは、SONYと言っても誰も知 らないんだからね」
絶対に断るべきだ。盛田の気持ちは決まっていたが、大きな取引でもあり、自分の一存 で断るわけにはいかない。ホテルに帰るや、日本に電報を打った。「十万台の注文を受け た。しかし、彼らのブランド名をつけなければならないという条件がついているので、断 るつもりだ」折り返し返信がきた。「十万台の注文を断るのは、もったいなさすぎる。名 前なんかいいから、取ってこい」盛田にもこの気持ちは痛いくらいわかった。
だが、だからといって、説を曲げることはできない。もう一度、断りたいと打電した。
それでも結論が出ない。遂に盛田は日本に電話をかけた。「絶対に向こうの商標をつける べきではないよ。せっかくのSONYという名をつけたんだ。われわれはこれでいこうじ ゃないか。第一、十万台の注文をもらったって、現在の態勢ではできやしないじゃないか」
手持ちの少ないドルで電話をかけてまで説得する盛田に、東通工はこの話を断ることに決 めた。“(ソニー自叙伝P136)
このように、当時のソニーの幹部は利益よりも「経営理念」に基づく行動を優先させO EM契約を結ばなかったのである。もし、このとき創業時に取り決めた「経営理念」が存 在していなかったら、今の海外でも通用する SONY のイメージはなかったのかもしれな い。このことから二つの効果が発生したことが推測できる。一つ目は、製品自体にSONY が付くことによる直接的な SONY のイメージアップ。二つ目は、経営理念に基づく経営 行動によるSONYのアイデンティティの創出である。
参考文献
・ 榛名明浩 『図解ブランドマネジメント』 東洋経済新報社 2001
・ 陶山計介・梅本春夫 『日本型ブランド優位戦略』 ダイヤモンド社 2000
・ http://www.dango.ne.jp/sri/maslow.htm
・渡辺・山崎・久田 『医療への心理学的パースペクティヴ』ナカニシヤ 1994
・ ソニー広報部 『ソニー自叙伝』 ワック株式会社 2001
第四章 現代企業の課題 第一節 素朴な疑問について
最初の疑問に戻る。素朴な疑問は、「なぜ、知人は HITACHI を知らないのに、SONY を知っているのか。さらにはそのイメージさえも認知しているのには、一体どのような原 因があるのか」である。
結論から言えば、原因は「経営理念」の相違である。「経営理念」の相違が、企業のア イデンティティを構築する中心にあり、端的に言えばより高次の欲求を満たすことを求め るようになった消費者は、この「経営理念」から派生してくる企業イメージを、その企業 特有のイメージとして認知しているのである。
社名とは、識別とイメージであると第一章で書いたが、イメージを構築するために「経 営理念」を中心として価値観であるMI、組織行動であるBI、さらには、視覚的イメージ である VI の統一的なイメージが必要となる。そうすることにより、企業イメージは識別 機能と有効的な相互補完関係を築くことができる。
「経営理念にまつわる企業イメージを意味記号として言語化したもの」、それが社名と いうものの本当の定義になるのだと私は考える。
つまり企業が明確なイメージを打ち出すためには、「経営理念」において差別化を行い、
その「経営理念」に基づく社名をつける必要がある。さらに時間をかけて実行可能な MI が社内全体へ波及するようなシステムを構築し、その上で社会の変化、消費者の欲求の変 化に対応し得るBI、VIを創造すべきであるのだと考えられる。そうすることにより統一 的な企業アイデンティティがつくりだされ、消費者にとって非常に分かりやすい形で企業 イメージとして認知されるようになる。
第二節 日立製作所について
株式会社日立製作所はグループ会社を600社も持つ企業である。この600社の統一的 なアイデンティティを構築するのは、莫大なコストがかかるためほぼ不可能であると考え られる。今後この企業がグループとしてそのイメージをどのようなものにしていくべきか、
またどのような手段があるのかについて考察していく。
1-1 経営理念
日立製作所には、SONYのように明確な「経営理念」がない。日立製作所の幹部のコメ ントに興味深いものがある。
“海外での知名度が低いのは、OEM の形で事業展開をしていたことが多かったからだ ろ う ね 。 ビ デ オ で も た く さ ん 海 外 で 売 っ て い た け れ ど 、「RCA」 ブ ラ ン ド だ っ た 。
「HITACHI」ブランドそのものが、残念ながらなかったんだね。”(Click!HITACHIvol5 社 内向けブランド広報誌から)
これは、日立製作所社長の最近のコメントである。このOEM契約が為されたのは、先 ほどのSONYのOEM契約拒否の時期とほぼ同時期である。ここに「経営理念」の重要性 が明確に現れている。現在、日立製作所は中期経営計画でブランド戦略を経営戦略の柱に 据えている。つまり、ようやく企業イメージを意識した「経営理念」を持ったのである。
しかし、OEM契約をしないというだけでは全体的な解決にはならない。この「経営理念」
を SONY のように実行のともなう「経営理念」とすることができるかどうかが、日立の アイデンティティを構築するための重要な問題となると考えられる。
1-2 エンドース機能
日本経済が拡大していた時期、日立製作所のイメージ戦略はエンドース機能が主だった ようだ。エンドースとは「裏書する、保証する」という意味であり、具体的には「日立」
という冠をグループ関係会社につけることにより、消費者に対して安堵感を与えるという ものである。
確かにこの戦略は技術イノベーションの激しい業界で有効とされているものであるが、
日立においてはその規模が大きすぎたことが考えられる。600社全てとはいえないが、
関係している会社の多くに「日立・・・」と付けるやり方は、あまりいきすぎた場合、そ のエンドースそのもののイメージを希薄化する可能性が強い。
また、マズローの欲求段階説を用いると、この戦略は安全・親和の欲求を満たすもので あることが分かる。消費者がこの段階に当てはまっていた時期には、日立のこのエンドー スというやり方は効果を発揮していたのであろう。しかし、時代は変わり、消費者の欲求 はさらに段階を上り自我・自己実現を求めるようになった。つまり、消費者はエンドース 機能にさほど影響されなくなってきたのである。いいかえれば、独自のアイデンティティ を明確に持たない企業は、消費者の自我・自己実現の欲求を満たすことはできないのであ る。
1-3 これからのHITACHI
先ほど述べたように、現在日立製作所は中期経営計画によってブランディングマネジメ ントをその中核として位置付けている。その内容は以下のようなものである。
“2000 年4月、日立製作所は製品や企業のイメージを高めるため、ブランドマネジメ ントを導入すると発表しました。そこには、金融をはじめとするサービス事業の拡大や、
ネット戦略の拡大など、新しい技術の開発・応用を行い、未知の事業分野に積極的に挑み たいという経営陣の意欲が表れています。それまで、同社は「技術の日立」としてハード を中心にした技術力の高さで高い評価を得ていました。しかし、これからは消費者から見 た日立ブランドの個性を明確にすることが重要だと考えたのです。この考え方を実行する ために、同社はコーポレート・コミュニケーション本部に専門部隊を設置しました。そし て、日立ブランドを約束し、提供する価値を明確化する綱領にあたるブランドプラットフ ォームを作成しました。次に、企業ブンランド(原文間違い)の全社的なメッセージであ るコーポレートステートメントとして、「インスパイア・ザ・ネクスト(次の時代に新し い風を吹き込む)」を定めました。(中略)なかでも話題を集めたのは、同社がグループ600 社からブランド使用料を徴収すると発表したことです。”(図形ブランドマネジメント)
このなかに掲げられているブランド使用料の徴収というものは、先に挙げたソニーグル ープでは以前から行われているものである。この論文の趣旨とは離れるため詳しくは論じ ないが、私はこのイメージ戦略においても先行者優位が働くと考えている。つまり、ソニ ーの後に同じことをやるのでは、その効果も半減してしまうということである。
「インスパイア・ザ・ネクスト」というコー ポレートステートメントを定めた理由は、序文 で記述したような発音できない外国人に対して、
なんとかイメージを保持してもらうための二次 的手段であると考えることができる。単純化し ていうならば、「HITACHI」が発音できない外 国人も、「INSPIRE THE NEXT」ならば発音で きるはずだという安易なものであると考えるこ とができる。
???
INSPIRE THE
ただし、社名変更の手段であるというならば 話は別である。一変してこの方法は重要な役割 を果たすものへと変貌する。
第一章で挙げたように識別とイメージは相互 補完関係にある。つまり、社名とはイメージを 意味記号化したものなのである。ならばイメー ジを意味記号化するものがなにも社名である必 要はない。「INSPIRE THE NEXT」がその代わ
HITACH I
りの役目を果たせばよいのである。しかし、「INSPIRE THE NEXT」が社名となるには、
文字が長すぎるため、消費者の記憶の機会を阻害することになる。つまり、一度HITACHI という社名と「INSPIRE THE NEXT」というコーポレートステートメントが同一のもの であることを消費者に認識させ、次の過程でHITACHIを切り離す。
そうすることにより、日本一国でしか発音できないような社名をグローバルな市場で通 用する新しい何かに変更することが可能になる。
つまり「INSPIRE THE NEXT」が社名変更をする際の手段となることが可能になるの である。
ただし、この手段は企業のアイデンティティのうち、VIの変更でしかない。日立製作所 の社名がグローバルなものになるというだけでは、それは水平方向の変更にしかならない。
最も重要なのは永続的な企業の存続要因となるような垂直方向の変更である。そのために はやはり「経営理念」、MI をどのようにするかが鍵となる。ただ単に旧世代の MI に執着 するのではなく、変更可能なアイデンティティと変更不可であるアイデンティティとを明 確に区別し、その時代にあったものへと対応していかなければならない。
参考文献
・ Click!HITACHIvol5 社内向けブランド広報誌
・ 榛名明浩 『図解ブランドマネジメント』 東洋経済新報社 2001