化学と生物 Vol. 50, No. 11, 2012 789
今日の話題
ユーグレナミトコンドリアの糖代謝系におけるユニークな酵素
特殊な融合型酵素が映し出すミトコンドリアの進化
ユーグレナは一般的にミドリムシと呼ばれる,単細胞 真核生物である.植物と動物の中間の生物,と考えられ ている本生物の代謝系は動物・植物の両方の性質を反映 したものであるが,それに加えてミトコンドリアの糖代 謝系に,従来ほかの生物で存在が知られていなかった酵 素を数多くもつことが明らかになってきた.図1に示す ようにユーグレナのミトコンドリアには,ほかの生物で は発見されていない代謝酵素や特殊な構造をもった酵素 が多く存在する.本稿では特に,異なる2つの機能ドメ インが融合して構成された酵素の例として,ピルビン酸 代謝およびグリオキシル酸経路を担う酵素に注目して述 べる.
ユ ー グ レ ナ に お い て は,ピ ル ビ ン 酸 か ら ア セ チ ル-CoAへの変換が,一般の真核生物に存在しNAD+を 電子受容体とするピルビン酸脱水素酵素多酵素複合体
(PDC) ではなく,NADP+を電子受容体とする酸素感 受 性 酵 素 で あ る ピ ル ビ ン 酸:NADP+酸 化 還 元 酵 素
(PNO) によって触媒されることが示唆されてきた.
PNOの遺伝学的解析を行った結果(1),PNOはN末端側 に通性嫌気性微生物などで見いだされる酸素感受性酵素 で あ る ピ ル ビ ン 酸:フ ェ レ ド キ シ ン 酸 化 還 元 酵 素
(PFO) と高い相同性をもつドメインが,またC末端側
には高等動物などに存在するNADPH‒シトクロムP450 還元酵素と緩やかな相同性を示すフラボタンパク質ドメ インが存在し,両者がリンカーを介して一本のポリペプ チド上に存在していることが明らかとなった(図2). PNOのC末端側ドメインは単独でNADPH‒ジアホラー ゼ活性をもつフラビン酵素として機能する.PFOは鉄 硫黄タンパク質であるフェレドキシンを電子受容体とし て用いるが,NADP+は電子受容体として利用できな
図2■タンパク質精製およびcDNAクローニングから推定した PNOの構造モデル
図1■ユーグレナミトコンドリアに 存在する特異な炭素代謝経路の概略 色付きで示した部分が,ユーグレナ においてユニークな代謝経路である.
略 号:PNO,ピ ル ビ ン 酸:NADP+ 酸化還元酵素;TER,トランスエノ イル-CoA還元酵素;2-OGDC, 2-オキ ソグルタル酸脱炭酸酵素.
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い.PNOは,フェレドキシン型酵素であるPFOに対し て,C末 端 に フ ラ ビ ン 酵 素 タ ン パ ク 質 を 融 合 さ せ NADP+型に変換するという「モジュール型」の進化に よって,新たな機能をもつようになったことが示唆され た.
Rotteらによりさらに詳細にPNOの分子系統学的解析 がなされた(2).その結果PNOのN末端側ドメインは,
ミトコンドリアをもたない原生動物に存在する水素発生 細胞内器官ヒドロゲノソームに局在するPFOと同一の 起源を有することが明らかとなった.さらに,PNOの N末端側ドメインはミトコンドリアに存在する,これま で知られている唯一の「PFO遺伝子」であった.近年 進化学において,真核生物やミトコンドリアの起源を考 えるうえで,ヒドロゲノソームとミトコンドリアの関係 は,非常に注目されてきた.そのなかで,好気・嫌気の 両代謝が可能な「通性嫌気性」のユーグレナミトコンド リアに存在するPNOが,「絶対嫌気性」ヒドロゲノソー ムのPFOと同一起源を示すことは,ミトコンドリアと ヒドロゲノソームが同一の「祖先ミトコンドリア」から 進化したという仮説を支持する,大きな分子的証拠の一 つとして取り上げられた.また,近年のプロテオーム解 析およびEST解析から,ユーグレナもPDC遺伝子・タ ンパク質をもつことがわかってきた(3) (ただしPNOと PDCの機能分担についてはいまだ不明).ほかのさまざ まな情報と合わせると,「祖先ミトコンドリア」はPDC とPFOの両者をもった通性嫌気性器官であり,真核生
物が各種酸素濃度環境に適応するなかで各遺伝子の欠失 などが起こり,現在のような各機能をもつ細胞内器官が 形成されてきたと考えられる(図3).
次に,ユーグレナミトコンドリアに存在するもう一つ の融合型酵素,二機能型グリオキシル酸経路酵素につい て述べる.ユーグレナはエタノールや酢酸などのC2化 合物を単一炭素源とした場合,TCA回路の2回の脱炭 酸反応をバイパスするグリオキシル酸経路の酵素活性を 誘導することによって,炭素固定を行うことができる
(図1参照).グリオキシル酸経路は一般的に,イソクエ ン酸をグリオキシル酸とコハク酸に開裂するイソクエン 酸リアーゼ (ICL) と,グリオキシル酸とアセチル-CoA からリンゴ酸を生成するリンゴ酸シンターゼ (MS) の2 つの酵素から構成されており,原核生物では細胞質に,
真核生物ではグリオキシソーム(脂肪酸
β
酸化および グリオキシル酸経路の酵素を含む,一重膜に覆われた細 胞内小器官)に局在することが知られている.しかし,それらとは異なり,ユーグレナのグリオキシル酸経路は ミトコンドリアに局在していた.また,電気泳動的に単 一まで精製してもICL活性とMS活性は分離できず,そ の分子量は他生物由来の既知のICLとMSの分子量の和 にほぼ等しかった.さらにcDNAクローニングを行っ たところ,ユーグレナではグリオキシル酸経路を担う2 つの酵素が1本のポリペプチド上にタンデムに連結して いることが明らかとなった(4).本酵素はN末端に推定ミ トコンドリア移行シグナルをもち,N末端側ドメインの
図3■ミトコンドリアの進化と生育 酸素濃度に関する考察図
PNO遺伝子は,通性嫌気性ミトコン ドリアを祖先として各種酸素濃度に 適応したミトコンドリアに進化した という説を支持する分子化石の一つ となった.PFO,ピルビン酸:フェ レドキシン酸化還元酵素;PDC,ピ ルビン酸脱水素酵素多酵素複合体;
CPR,シトクロムP450還元酵素.
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MSとC末端側ドメインのICLがリンカーを介して結合 していた.ほかに二機能型グリオキシル酸経路をもつ生
物として,線虫 が唯一知られて
いる.ユーグレナと線虫の両酵素の推定アミノ酸配列を 比較したところ,驚いたことにドメイン構造が完全に逆 になっており(線虫ではN末端側がICL, C末端側が MS),各ドメインのアミノ酸配列の相同性はMSで35%
程度,ICLで20%程度と非常に低いものであった.さら に,ユーグレナのグリオキシル酸経路酵素は系統学上,
既知のどのMS,ICLとも同じクレードを形成しなかっ た.このことから,ユーグレナが遺伝子の水平転移によ りグリオキシル酸経路酵素を獲得したことが示唆され
た(4, 5).ユーグレナがこのような二機能型酵素としてグ
リオキシル酸経路をもつ生理的な意義は,その局在に関 連していると考えられる.グリオキシル酸経路の中間代 謝産物であるグリオキシル酸は,TCA回路を強く阻害 することが知られている.上記のように,ほかの真核生 物ではグリオキシル酸経路とTCA回路は異なる細胞内 器官に存在するが,ユーグレナでは同じミトコンドリア に存在する.二機能型酵素としてグリオキシル酸経路を 有することが,有毒なグリオキシル酸の放出を最小限に し,TCA回路の存在するミトコンドリアへの局在を可 能にしていると考えられる.
以上,ユーグレナのミトコンドリアに存在する2つの
特殊な融合型酵素について概説してきた.これらの酵素 の解析から,ユーグレナのミトコンドリアは,「祖先型 ミトコンドリア」の特徴を色濃く残しながらも,水平転 移により独自の代謝経路を獲得してきたことが明らかと なった.ミトコンドリア進化の遷移状態にある生物とも とらえられるかもしれない.ユーグレナはミトコンドリ アを獲得した初期の真核生物に,光合成真核緑藻が葉緑 体として共生することにより発生したと考えられている 二次共生生物である.ユーグレナミトコンドリアにはこ の宿主真核生物について考察する情報がさらに潜んでい る可能性が高く,さらなる解析が期待される.
1) M. Nakazawa, H. Inui, R. Yamaji, T. Yamamoto, S. Take- naka, M. Ueda, Y. Nakano & K. Miyatake : , 479, 155 (2000).
2) C. Rotte, F. Stejskal, G. Zhu, J. S. Keithly & W.
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4) M. Nakazawa, T. Minami, K. Teramura, S. Kumamoto, S.
Hanato, S. Takenaka, M. Ueda, H. Inui, Y. Nakano & K.
Miyatake : :
, 141, 445 (2005).
5) M. Nakazawa, M. Nishimura, K. Inoue K, M. Ueda, H.
Inui, Y. Nakano & K. Miyatake : ,
58, 128 (2011).
(中澤昌美,宮武和孝,大阪府立大学生命環境科学部)
重 岡 成(Shigeru Shigeoka) <略 歴>1980年大阪府立大学大学院農学研究 科修了(農学博士)/同年近畿大学農学部 食品栄養学科助手,講師,助教授を経て 1995年教授,2005年学部改組によりバイ オサイエンス学科,現在に至る.この間,
1991 〜 1992年米国アリゾナ大学生化学科 留学<研究テーマと抱負>光合成生物の環 境ストレス応答および光合成炭素代謝の分 子機構の解明とストレス耐性・高成長/多
収性植物の分子育種<趣味>ガーデニン グ,早朝散歩(ラジオ体操付き),大和・
河内の歴史を探る
榛葉 繁紀(Shigeki Shimba) <略歴>
1991年静岡県立大学大学院薬学研究科博 士後期課程修了/1991年ベイラー医科大 学(米国)/1995年日本大学薬学部<研究 テーマと抱負>転写因子による代謝調節
菅井 佳宣(Yoshinori Sugai) <略歴>
2006年東京農工大学農学部応用生物科学 科卒業/2008年東京農工大学大学院農学 府修士課程修了/2010年学術振興会特別 研究員 (DC2)/2011年東京農工大学大学 院連合農学研究科博士課程修了/2012年 東京大学大学院農学生命科学研究科特任研 究員,現在に至る<研究テーマと抱負>天 然物の生合成研究<趣味>合気道(昔), 飲酒,スポーツ観戦