526 化学と生物 Vol. 55, No. 8, 2017
メチオニン代謝が鍵となる酵母の長寿の仕組み
突然変異株取得のすすめ
老化・寿命制御機構の解明は,ヒトの老化を理解し,
健康寿命(日常生活に制限のない期間)の延長を実現す るうえで極めて重要な課題である.寿命メカニズムは,
酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウス,サルなどのモ デル生物を用いて解析され,基本的な仕組みには共通点 が多いことが明らかにされてきた(1).たとえば,カロ リー制限(1)やメチオニン制限(2)などの食餌制限は酵母か らほ乳類に共通して寿命を延長する.モデル生物で保存 された寿命制御経路として,TOR(Target of Rapamy- cin)複合体1経路やAMP依存性プロテインキナーゼ
(AMPK)経路が著名である(1).TOR複合体1は,酵母 からヒトにまで高度に保存されたプロテインキナーゼで アミノ酸などに応答してタンパク質合成などの同化作用 を制御しており,免疫抑制剤ラパマイシンの標的因子と しても知られている.実際,ラパマイシンを投与して TOR複合体1を阻害すると,酵母,線虫,ショウジョ ウバエ,マウスの寿命が延長する.AMPKは酵母から ヒトにまで高度に保存されたセリン・スレオニンキナー ゼで,細胞内のエネルギー状態をモニターし,グルコー ス欠乏などで細胞内ATP量が不足すると,TOR複合体 1を阻害し異化作用を促進する(1).
近年,
α
-ケトグルタル酸(3)や硫化水素(H2S)(4)などの 代謝産物がTOR複合体1を阻害し寿命が延長したこと から,代謝産物が関与する寿命制御機構が注目されてい る.さらに, -アデノシルメチオニン(SAM)による メチル基転移がかかわる寿命制御も報告された(5, 6). SAMは,メチオニン代謝経路においてメチオニンと ATPにより生合成され,メチル基供与体としてタンパ ク質,DNA,脂質などさまざまな生体分子のメチル化 反応に利用される.SAMはメチル基を供与した後 -ア デ ノ シ ル ホ モ シ ス テ イ ン(SAH) と な る.SAHは,SAMのメチル化反応の競合阻害物質として働くため,
速やかに分解される必要がある(図1A).SAMやSAH そのものと寿命との関連は不明であった.本稿では,出 芽酵母のメチオニン代謝が関与する寿命メカニズムつい て最新の知見について紹介したい.
単細胞真核生物の酵母はさまざまな生命現象の仕組み を明らかにする格好の材料として利用されているが,寿
命研究にも大きく貢献している.出芽酵母には「複製寿 命」と「経時寿命」という2つの寿命がある.複製寿命 は,母細胞が一生の間に産生する娘細胞の数で,経時寿 命は,栄養分を枯渇させたときに分裂しない細胞が生き たままでいる時間の長さで定義される(7).
筆者らの研究室で取得した出芽酵母の -アデノシルホ モシステイン水解酵素 に変異をもつ 変異 株は制限温度(36〜37 C)で増殖遅延を示した(8).さら に, 変異株は経時寿命が顕著に短かったことか ら, 変異株の制限温度における増殖遅延の抑圧 を指標に変異株を選抜すれば長寿変異株を取得できると 予想した.期待どおり,長寿変異株の取得に成功しこの 株 を (spontaneous suppression of growth-de- lay in )変異株と命名した(9)(図1B). 変 異株では,SAMおよびSAHの高蓄積が観察された.野 生株においてSAM合成酵素(Sam1およびSam2,図 1A)を過剰発現させたところ,コントロールと比較し て約1.6倍の寿命延長効果が観察された.培地中にSAM を加え野生株にSAMを高蓄積させても寿命延長効果が 観察されなかったことから,SAMを細胞内で過剰に生 合成させることが寿命延長に重要であった. 変 異株では,SAM合成に関与するメチオニン代謝経路の 遺伝子群やグルコース代謝に関与する遺伝子群も高発現 しており,カロリー制限で誘導される遺伝子との重複も 観察された.実際,カロリー制限(2%グルコースから 0.5%グルコース濃度の培地にシフト)を行った 変異株の寿命は,カロリー制限した野生株の寿命と同程 度となったことから, 変異はカロリー制限を模 倣することが示唆された.さらに, 変異株は SAM合成が促進されているため,メチオニンとATPが 消費され,酵母AMPKであるSnf1の高活性が観察され た(図1C).SAM合成酵素過剰発現株においてもSnf1 が活性化され, 変異株の寿命延長にはSnf1が重 要であった.
興味深いことに,SAHを添加した野生株はSAHのみ ならずSAMの高蓄積と寿命延長が観察された.この作 用は,SAHの毒性を回避するためにSAM合成を活性化 させる未知のメカニズムが作動したことが予想され,こ
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
527
化学と生物 Vol. 55, No. 8, 2017
れは弱いストレス(低濃度の有害物質)を作用させると ストレス耐性効果をもたらすことが知られる ホルミシ ス 効果かもしれない.
変異の原因遺伝子は 遺伝子で,酵 母DKD-5D-H株において高発現によりエチオニン(メ チオニンの構造アナログ)耐性を獲得する遺伝子 として報告されている(10).驚いたことに,実験室酵母 の 遺 伝 子 とDKD-5D-H株 や 清 酒 酵 母 の 遺伝子を比較すると,DKD-5D-H株や清酒 酵母では 変異と同様な変異を有していた.古く から清酒酵母はSAMを高蓄積することが知られていた がこの原因は不明であった(11).最近のQTL(Quantita- tive Trait Gene)解析から, / が清酒酵母 におけるSAM高蓄積の要因の一つであることが明らか にされた(12). 変異株は飢餓や高温などのストレ スに対して耐性を獲得していたことから,清酒酵母は SAM合成活性化とカップルした形で清酒醸造中の過酷 なストレス環境下に適応していると想像される.一方,
なぜ実験室酵母は 変異を失ったのか? 実験室 酵母は家畜化されており,つまり細胞増殖(同化)が活 発な株が選抜されてきた結果, 変異のような異 化にシフトした変異は排除されたと推察される.以上の ような知見は酵母を使った遺伝子と表現型の因果関係を
分子レベルで解明する分子遺伝学,すなわち突然変異株 のスクリーニングを実施した賜物であり,酵母遺伝学の 魅力は尽きない.
SAMは抗鬱,肝機能,アルツハイマー病などの疾患 や質の高い睡眠にも効果があることも示唆されており,
清酒酵母を利用したSAM高蓄積株の育種などの応用が 期待される.老化を抑制・遅延させることは老化に伴っ て発症する疾患の予防につながる.代謝産物はヒトなど の高等生物にも高く保存されていることから,代謝産物 による寿命制御メカニズム解明は,がん・糖尿病の予防 に期待され,ひいては 健康寿命 の延長に貢献するか もしれない.
1) W. Mair & A. Dillin: , 77, 1 (2008).
2) N. Orentreich, J. R. Matias, A. Defelice & J. A. Zimmer- man: , 123, 2 (1993).
3) R. M. Chin, X. Fu, M. Y. Pai, L. Vergnes, H. Hwang, G.
Deng, S. Diep, B. Lomenick, V. S. Meli, G. C. Monsalve : , 510, 7505 (2014).
4) C. Hine, E. Harputlugil, Y. Zhang, C. Ruckenstuhl, B. C.
Lee, L. Brace, A. Longchamp, J. H. Trevino-Villarreal, P.
Mejia, C. K. Ozaki : , 160, 1 (2015).
5) F. Obata & M. Miura: , 6, 8332 (2015).
6) M. Schosserer, N. Minois, T. B. Angerer, M. Amring, H.
Dellago, E. Harreither, A. Calle-Perez, A. Pircher, M. P.
Gerstl, S. Pfeifenberger : , 6, 6158 (2015).
7) M. Kaeberlein: , 464, 7288 (2010).
図1■出芽酵母におけるSAM合成活性化が関与 する新規寿命制御メカニズム(文献9の図を改 変)
(A)メチオニン代謝経路.(B)新規寿命延長変異 株 は, 変異株の高温における増殖 遅延を抑圧する優性変異株として取得され,寿命 が延長した.(C) 変異株はSAMの生合成 の促進により,メチオニンとATPが消費され,既 知の長寿遺伝子AMPK Snf1が活性化し長寿とな る.青線:減少,赤線:増加/延長をそれぞれ意 味する.詳細は本文参照.
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
528 化学と生物 Vol. 55, No. 8, 2017 8) M. Mizunuma, K. Miyamura, D. Hirata, H. Yokoyama &
T. Miyakawa: , 101, 16 (2004).
9) T. Ogawa, R. Tsubakiyama, M. Kanai, T. Koyama, T. Fu- jii, H. Iefuji, T. Soga, K. Kume, T. Miyakawa, D. Hirata
: , 113, 42 (2016).
10) N. Shiomi, H. Fukuda, Y. Fukuda, K. Murata & A. Ki-
mura: , 71, 4 (1991).
11) S. Shiozaki, S. Shimizu & H. Yamada: , 48, 9 (1984).
12) M. Kanai, T. Kawata, Y. Yoshida, Y. Kita, T. Ogawa, M.
Mizunuma, D. Watanabe, H. Shimoi, A. Mizuno, O. Ya-
mada : , 123, 8 (2017).
(小川貴史,水沼正樹,広島大学大学院先端物質科学研 究科,広島大学健康長寿拠点(HiHA))
プロフィール
小川 貴史(Takafumi OGAWA)
<略歴>2013年広島大学工学部第三類卒 業/2015年同大学大学院先端物質科学研 究科博士課程前期修了/同年同大学大学院 先端物質科学研究科博士課程後期入学/
2016年日本学術振興会特別研究員(DC2), 現在に至る<研究テーマと抱負>出芽酵母 の長寿変異株における寿命制御機構の解析
<趣味>読書,映画鑑賞<所属研究室ホー ム ペ ー ジ>https://www.hiroshima-u.ac.jp/
adsm/graduateschool/bio/cellbio
水沼 正樹(Masaki MIZUNUMA)
<略 歴>1996年 広 島 大 学 工 学 部 第 三 類
(化学系)卒業/1998年同大学大学院工学 研究科博士前期課程修了/2001年同大学 大学院工学研究科博士後期課程修了,博士
(工学)(指導教官:宮川都吉広島大学名誉 教授)/1998〜2001年日本学術振興会特別 研究員(DC1)/2001年日本学術振興会特 別研究員(PD)/同年8月〜2007年4月広 島大学大学院先端物質科学研究科助手/同 年4月〜2011年1月同大学大学院先端物質 科学研究科助教/同年2月〜現在,同大学 大学院先端物質科学研究科准教授(2009 年3月〜2011年1月米国・ハーバード大学 医学部客員研究員(T. Keith Blackwell教 授)<研究テーマと抱負>モデル生物(酵 母・線虫)を使った寿命・老化研究,私た ちの健康長寿に役立つような新しいアンチ エイジング法を提唱したい<趣味>生き物 の飼育,犬の散歩<所属研究室ホームペー ジ>https://www.hiroshima-u.ac.jp/
adsm/graduateschool/bio/cellbio(細胞生 物学研究室)http://hiha.hiroshima-u.ac.jp/
(広島大学健康長寿拠点)
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.526
日本農芸化学会