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化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014
ヒトのミトコンドリア NAD キナーゼの特定
人ごとではない脆弱な活性?
筆者らは2012年の12月,ヒトのミトコンドリアNAD キナーゼ(NADK; NADP+合成酵素)を特定したと発 表した(1)
.本稿では,なぜ今更「ミトコンドリアの
NADK」なのか,なぜ「人ごとではない脆弱な活性」なのか,研究の背景と意義,展望を交えつつ筆者らの見 解を述べたい.
NAD+とNADP+は,生化学の教科書でおなじみの分 子であり,重要な「酸化還元反応の補酵素」である(そ れ以外の重要な機能は本稿では割愛する)
.ミトコンド
リアにおけるNADP+とその還元型NADPHの必要性は 疑う余地がない.たとえば,ミトコンドリアは主要な活 性酸素種(ROS)の発生源であるが,ROSの解毒に必 要な還元力を供給するのはNADPHである.NADP+は NAD+のリボースの2′-OH基がリン酸化された分子であ り,NADK(EC 2.7.1.23) はNAD+の リ ン 酸 化 反 応(NAD+
+ATP→NADP
++ADP) を 触 媒 す るNADP
+ 合成酵素である.NADKそのものは,1950年にArthur Kornbergによ り初めて部分精製され,その存在が記述された.半世紀 後の2000年,筆者らによりNADK遺伝子が特定され,
NADKの分子生物学的および構造生物学的研究が可能 になった(2)(最初に特定されたのは結核菌NADKで あった)
.結核菌NADKの一次構造を基に多様な生物の
NADKホモログが容易に見いだされ,筆者らを含むグ ループによりさまざまなNADKホモログの特性が詳細 に調べられた(3).Zieglerらは,いち早く2001年にヒト
NADKの性質を明らかにし,さらに2007年に当該ヒト NADKはミトコンドリアに局在せず,細胞質に局在す る細胞質NADKであることを示した(4).そして「ヒト
のミトコンドリアNADKはどこだ?」という問題を提 起した.ヒトゲノム配列上には当該ヒトNADK遺伝子 と相同性を示す遺伝子が見いだされないことが早くから わかっていた.NADP+がミトコンドリアに取り込まれ る可能性は以前から否定されていた.このような背景の なか,筆者らは,植物シロイヌナズナのペルオキシソー ム局在型NADK3の一次構造を手がかりにして,ヒトの 機能未知遺伝子C5orf33をミトコンドリアNADK(以後 Mit NADKと称する)として特定した(1).
Mit NADKの最も顕著な特性は,細胞質NADKと比 較した場合のその脆弱な活性であると考えている(1)(図
1
).Mit NADKの
max値は細胞質NADKの約1/200に 過ぎない.また,Mit NADKのNAD+に対する m値も 低く22μ
Mである(細胞質NADKの m値は1.07 mM).
筆者らは,細胞質とミトコンドリアの推定したNAD+ 濃度(各々 0.39 mM, 0.25 mM)ではMit NADKの活性 は細胞質NADKのそれの1/3程度なので,Mit NADK はその活性自体は低くても機能しうると考えている.こ の基質飽和曲線(図1)から,細胞質NADKはNAD+ 濃度の変化に応じて活性も大きく変動するのに対して,Mit NADKは幅広いNAD+濃度域(100
μ
M 〜)で弱い ながらも一定の活性を示すことが読み取れる.とはい え,ミトコンドリアにおけるROS制御の病気や寿命に 対する重要性を考えると,ROSの制御で重要な役割を 果たすNADP+合成酵素の活性がこんなに弱くてよいの かと心配になる.「人ごとではない」のである.なお,細胞のミトコンドリア画分のNADK活性も検出可能で ある(siRNAによるMit NADKのノックダウンにより,
同活性は半分以下に低下し,ROSの発生量は倍以上増 加する)
.ミトコンドリア画分のNADP
+濃度の測定法 を確立していないため,Mit NADKのノックダウンに よるミトコンドリア内のNADP+濃度の変動は,残念な がらいまだ調べられていない.Mit NADKのもう一つの特性は,ATPとポリリン酸
(リン酸が鎖状にエステル結合した高分子)の両方を利 用する能力である(1)
.強力なポリリン酸利用能を示す真
核生物由来のキナーゼは,筆者らの知る限りでは,Mit NADKの例が初めてである.これはミトコンドリア細 菌起源説と関係があるのか,あるいはこのポリリン酸依 存活性に生理的な意味があるのか(ミトコンドリアにポ リリン酸は存在する),もしあるならミトコンドリアの
機能と関係があるのか,重要な問題かもしれない.余談 だが,マラリア原虫がなぜかMit NADKホモログのみ をNADKホモログとして有する(ヒトNADKホモログ を有さない)ということもわかった.最後に,筆者らの最初の論文公表から2カ月ほど過ぎ て か ら,Zhangに よ っ て も ヒ ト の ミ ト コ ン ド リ ア
今日の話題
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NADKを特定したとの論文が公表された(5)
.素早く再
現性を示していただいて安堵した.それはともかく,Zhangの論文には,Mit NADKの転写が組織特異的に 栄養状態で変動するという興味深い報告があった(マウ スのMit NADKホモログを用いた系で調べられた)
.細
胞質NADK(およびNADPHプール)がβ
細胞における インシュリン分泌を制御するとの報告もある(6).今後
は,動物の個体レベルにおける生理や病態とNADP+合 成の関係という方面でも研究が進展して欲しいと思う.1) K. Ohashi, S. Kawai & K. Murata: , 3, 1248 (2012).
2) S. Kawai, S. Mori, T. Mukai, S. Suzuki, T. Yamada, W.
Hashimoto & K. Murata:
, 276, 57 (2000).
3) S. Kawai & K. Murata: , 72,
919 (2008).
4) N. Pollak, M. Niere & M. Ziegler: , 282, 33562 (2007).
5) R. Zhang: , 2, 432 (2013).
6) J. P. Gray, K. N. Alavian, E. A. Jonas & E. A. Heart:
, 303, E191 (2012).
(河井重幸
*
1,村田幸作 *
2, *
1 京都大学農学研究科,*
2 摂南大学理工学部)プロフィル
河井 重幸(Shigeyuki KAWAI)
<略歴>1998年京都大学農学研究科食品 工学専攻博士後期課程中途退学/同年同大 学食糧科学研究所助手/2001年同大学農 学研究科助手,2007年同助教に名称変更,
現在に至る.この間,2002年京都大学博 士(農学)取得,2008年スイス連邦ジュ ネーブ大学に留学(1年間)<研究テーマ と抱負>NADキナーゼがヒト細胞内で実 際どのように機能しているかを理解する.
食品微生物を用いて海洋バイオマス資源か ら有用化合物を生産する.放射線・紫外線 耐性の仕組みを代謝の視点から理解する
<趣味>(温泉)旅行,読書 村田 幸作(Kousaku MURATA)
<略 歴>1972年 京 都 大 学 農 学 部 卒 業/
1974年同大学大学院農学研究科修士課程 修了/1980年田辺製薬株式会社退社/同 年京都大学食糧科学研究所助手(1982年 農学博士)/1983年米国コーネル大学医学 部研究員/1988年京都大学食糧科学研究 所助教授/1996年同教授/2001年京都大 学大学院農学研究科(食品生物科学専攻)
教授/2013年同大学定年退職/同年摂南 大学理工学部教授(2014年同大学大学院 理工学研究科教授),現在に至る<研究 テーマと抱負>微生物の機能開発<趣味>
暇つぶしの農業
Copyright © 2014 公益社団法人日本農芸化学会 図1■Mit NADKの脆弱な活性NAD+濃度に対する基質飽和曲
線(1).Mit NADK(実線),細胞質NADK(点線).