エゾヒグマの認知能力と
研究対象としての可能性について
長尾充徳,松永雅之(京都市動物園)・ヒグマについて
・分布
ヨーロッパからアジアにかけてのユーラシア 大陸と北アメリカ大陸の森林地帯に広く生息。 北アメリカ北西部にはハイイログマ(グリズ リー)、アラスカにはコディアックヒグマ、そして 北海道に生息するエゾヒグマなど、いくつかの 亜種が存在する。•
生態
内陸に生息しているヒグマより、遡上するサケ やマスなどを食べられる環境にいるものの方が 巨大となる。中でもアラスカ沿岸のコディアック島 とカムチャッカ半島に生息するものは、共に500 ㎏以上の個体記録がある。エゾヒグマの最大記 録は450㎏である。 食性は、雑食だがツキノワグマに比べると肉 食傾向が強い。
・ヒグマの能力
•
運動能力は、獲物を襲う時や逃げる時に
時速5~60㎞で走ることができ、木登りも得
意といわれ、泳ぐことに関しても優れている
とされている。
•
視覚は、動いているものに関してはよく見
えているが、静止しているものについては凝
視することが苦手で、近視である。ハンター
たちの間では、目があまり良くないと伝わっ
ている。
•
聴覚は、良く発達し、音響によってその物体
も判断できるといわれているが、体の大きさ
に比べ貧弱な耳であることや、内耳の構造が
単純であることで、あまり発達していないとの
見方もある。
•
臭覚は、特に敏感で彼らの「最大の武器」と
いわれるほど発達している。今回のフィー
ダー操作に関しても、臭覚をかなり発揮させ
ていた。
・ヒグマの知能
漢字で「能ある四つ肢」となる熊は、昔からハンター たちに利口な動物といわれてきた。•
先回りしたり、止め肢を使い、時には樹上か
ら獲物を狙うこともある。
•
人里に現れる時は、夕闇に紛れることが多
く、体を巧みに隠したり、接近する時には物音
を立てない。
•
記憶力も良く、危険な目にあった場所は避
けたり、隠した獲物の場所は決して忘れない。
• ウシやウマを襲っても完全に殺さず、背負いながら 後肢で歩かせながら運ぶことがある。 • 獲物の防腐法や貯蔵法を知っており、時には水中 貯蔵をすることがある。 • 銃痕にヨモギやササなどを詰め込んで、止血する ことがある。 • 復讐心や執着心が非常に旺盛である。 ヒグマによる過去の事故では、1度襲って殺したヒトの死体をヒトに取り返され、その翌日自分の獲物と認 識しているその死体を、お通夜が行われている時に奪い返しに来た。 以上は、ハンターや野生ヒグマ研究者などからのエピソード ではあるが、かなりの知能を持っている 可能性が伺える。
・対象個体
アイ(愛) 性 別 : メ ス 生年月日:1984.1.10 体 重 : 200㎏(’06.1.30) キサブロウ(喜三郎) 性 別 : オ ス 生年月日:1984.1.7 体 重 : 270㎏ (’06.1.23)・使用したフィーダー
(報酬:クマ用ペレット,殻着き落花生) 重機用タイヤ 塩化ビニール 製パイプ 漁具のフロート (転がし用) (吊り下げ用) *吊り下げ用は地上約30 ㎝と 約130㎝の2種類を使用
・重機用タイヤ
• 操作個体: 殆どの場合メスのアイが操作。 キサブロウの操作は限定的。これは 起立時の高さが合わず無理な体勢と なるためか?報酬が嗜好性の高いリ ンゴの時は、オスのキサブロウが操 作する(その日の担当者を認識し、判 断している様子である)。 • 操作方法: タイヤ内側に報酬を入れると、すぐ に立ち上がり前肢の爪でき出す。・塩化ビニール製パイプ及び
漁具のフロート
(転がし用)
•
操作個体: 殆どの場合キサブロウが独占し
ていたが、最近ではアイが操作
する場面も見られるようになった。
•
操作方法: 最初からフィーダーを乱暴に扱
(キサブロウ)うことが殆どなく、穴から臭いを嗅
ぎ餌の有無を確認後、転がしたり、
少し持ち上げて落としたりを繰り
返した。
•
操作方法:
穴に爪を引っかけて持ち上げ、揺 (キサブロウ)すったり、落としたりを繰り返す。2日 目もすぐに転がしたが、10分後、故 意にプールへ落とした。落とした後は すぐに触らず、沈むのを待っていた。 その後水中でそっと転がし、報酬が浮 かんでくるのを食べていた。 *フィーダーは、初日もプールに沈んでいたので、 同じことをしていたと思われる。
• 操作方法:
報酬が浮かんでこなくなると 水中より引き上げ、水と共に出 てくるものを食べた。 • 操作方法: 転がしたり、持ち上げて落としたり (アイ)
するまでは、キサブロウと同じだが、
その後は、咬んで破壊し取り出した。 *その後も以上の操作を繰り返していた。 *パイプを漁具フロートに交換しても同じ操作を行 う。・漁具のフロート(吊り下げ用)
•
操作個体: キサブロウが独占して操作す
る。アイは、キサブロウと隔離し
て、1頭でグラウンドに放たれる
と、低い方を操作した。その後、
高い方も扱うようになった。
•
操作方法: 高い方も低い方も、先ずは、
(キサブロウ)前肢で叩き、飛び出てくる報酬
を獲得する。
•
操作方法: 低い方は、叩いても出にくくなる
(キサブロウ)と脇にフロートを挟み揺すった。5
日目からは、叩くことをやめ、すぐ
に揺するようになった。
高い方は、脇に抱えることがで
きず、10日後から檻に向かってフ
ロートをぶつけるようになった。
•
操作方法: 低い方は、初め押したり小突
(アイ) いたりしていたが、やがて両前肢
の爪を穴に引っかけて揺すり、
獲得時間を縮めた。
高い方は、低い物の操作後だ
ったため、すぐに爪を引っかけて
揺すっていたが、2足立ちで思っ
たような操作ができなかったため、
檻に押しつけ安定させながら、穴
を下に向けようとしていた。
・その他の事例
• 2007年7月29日「氷のプレゼント」イベントがあり、 フルーツ入りと魚入りの2種類を与えた。 フル-ツ入りは、表面に果物があったので、その まま囓って食べたが、魚入りの方は、氷の内部に埋 め込まれているため、囓ってもなかなか取り出せな いので、プールに落としたり、滑らせてコンクリート に何度もぶつけ、氷を割って取り出して食べた。 • パイプに報酬として入れてあったクマ用ペレット が、水にふやけ崩れやすくなり、水中を浮遊してい た場面では、慌てて取りに行かず、優しく手の甲で すくい上げて食べていた。•
毎夕の給餌時間には、キサブロウとアイ
を隔離し、隣り合う部屋に収容しているが、
収容時、キサブロウは、アイの部屋を経由
し自分の部屋に入る。キサブロウの部屋に
もグラウンドに繋がる扉があるが、2年前
に旧収容舎から引っ越して以来、その扉は
「開かずの扉」状態で、使えないようにして
ある。 しかし、給餌時間前に扉を叩く習慣
のある2頭は、それぞれ自分の部屋の扉
を叩いている。
・まとめ
• 全てのフィーダーにおいて、短時間に報酬を獲 得し、初めての物に対しても破壊行為(アイのパイ プ以外)には及ばず、浮遊する崩れやすい物に関 しても、加減して扱った。 これらは、力任せではなく、物に対する判断がはや く、それに対する適応能力にも優れているとも見て 取れる。 • 全てのフィーダー操作は、殆どキサブロウが行 い、アイは2頭を隔離した後、触るようになった。 これには、2頭の優劣関係が影響していると考えら れる。 また、タイヤでは、報酬の違いと担当者の関係も認 識でき、ヒトの見分けもできると思われる。•
キサブロウはパイプ,フロートで、次々と操作を変 化をさせ獲得時間を短縮し、その操作では、「沈むま で待つ」ということまで確認され、魚入り氷でも割るこ とにまで気づき獲得した。また、アイも(タイヤも含め) キサブロウほどではないが、小さな操作変化が見ら れた(ただ操作時間が制限されるため、大きな変化 までたどり着かない可能性はある)。 これは、より効率の良い方法に行動を変化させると いう、一例ではないだろうか。 そして、パイプからフロートへ形を変化させた時も、迷 わず同じ操作を行い、その応用力にも可能性を残し た。 一方のアイの操作から、観察学習はできないのでは ないかと考えられる。
• 扉を叩く事例に関してキサブロウは、経験したこと のない「開かずの扉」が自分の部屋に繋がっている ことが分かっている様子で、毎日同じことを繰り返し ている。エピソードの「回り道ができる」ことなどから 考えると、彼らは頭の中で、テリトリー内の地図が出 来上がっていて、行動を起こす前に、シミュレーショ ンができる可能性も考えられる。 霊長目の手は、第1指が他の4本と向き合うことに より、物を掴むという操作ができる。このことが知能の 発達に、大きく貢献しているともいわれている。 しかし、食肉目の手(前肢)は、第1指が向かい合わ ない。イヌ科やネコ科においては、指をそれぞれで自 在に操作することもできない。 しかし、クマ科は、そ れぞれの指を巧みに使うことが可能であり、その爪も 指の延長として、引っかけたり、ほじくったりと活躍す る場面も多く見られる。 クマの知能の発達には、このことも関係があるのでは ないだろうか。