人工知能の哲学入門
池田真治
富山大学・人文学部 哲学分野准教授
今日の内容
• 現代の科学は、哲学の伝統的な問題である概念形成ある いは抽象の問題に、どこまで迫っているのだろうか? • 人工知能の研究は、心と世界あるいは抽象と具体の哲学 的問題に、どのような光を(あるいは影を)もたらすのか? • コンピュータは概念をもつことができるか? • 近年の深層学習によるブレークスルーは、心の哲学にど のようなインパクトをもつのか? 2コンピュータは考えることができるか
• 第三次人工知能ブームの到来。 • コンピュータは人間のように考えることができ るのか? • 人間がもっているような仕方で、高次に抽象 的な概念を、人工知能は持つことができるの だろうか? 3「概念」とは何か
• 「人間がもっているような高次に抽象的な概念」 とはそもそも何だろうか? • 「無限」、「完全な円」、「自由」、「存在」、「神」な どの観念を、人工知能は持てるのだろうか? →「観念」とは何か。「概念」とは何か。 「抽象化」とは何か。 4機械は意味を理解するか
• コンピュータとは、記号を操作して情報を処理す る構文論的なプログラム。 • コンピュータは人間と同じような仕方で、「意味の 理解」をもつのだろうか? • 人間がもつような「意味」の「理解」を、物理的な 機械も持ちうるのだろうか? →「意味」とは何か。「理解」とは何か。 5科学と哲学の問題を接続する
• 概念を形成するという人間の抽象化の能力を、 機械でどう実現するか。 →科学の現代的問題。 「ディープ・ラーニング」というブレーク・スルー。 • 「概念形成の問題」あるいは「抽象の問題」 →哲学の伝統的問題。 6深層学習と抽象の問題
• 深層学習=抽象化? • 特徴量=概念? コンピュータは具体的な事物や現象から抽象化 して概念をえるという人間の思考の能力を実現 しているか? 7記号接地問題
• 記号をそれが意味するものと結びつけられるかという問題。 • コンピュータは記号の「意味」がわかっていないので、記号 をその意味するものと結びつけることができない。 • 「シマウマ」が「シマシマのあるウマ」だと記述できても、「シ マウマ」というシンボルと、それを意味するもの(実際に存 在するシマウマ)をグラウンディング(接地)させることがで きない。 • →「外界と相互作用できる身体がないと概念はとらえきれ ない」という「身体性」のアプローチ。フレーム問題
• あるタスクを実行するために、どれだけの関係事項を 想定すれば良いのかという問題。 • 関係ある知識だけを取り出してそれを使うという、人 間ならごく当たり前にやっている作業を機械に行わせ ることの難しさを示す問題。 • コンピュータが「無数の関連のないものを無視する能 力を実現することができるか」という問題 – ヒューバート L・ドレイファス[1972,1979]『コンピュータに は何ができないか―哲学的人口知能批判』産業図書 1992。身体的アプローチ
• ドレイファスによれば、人口知能研究は次の 前提によって初めから限界づけられている。 • 【前提】・・・世界は要素原子論の概念によっ て説明できる[⇔世界はデジタル化可能?] • ドレイファスの主張・・・感覚知覚は規則に従 う運命にある従来のデジタル・コンピュータに よっては実現されえない。身体的アプローチ
• ドレイファスは、「フレーム問題」が生じるのは、 まさにこの前提が関連しているという。 • 人口知能研究者には「身体」のはたす役割へ の洞察が欠落しており、「心をもたないという ことがデジタル・コンピュータの限界になるの と同じく、身体をもたないこともその限界にな る」と主張する。媒介説と接触説
• 「媒介説」・・・観念や表象といった心に内的な対 象を介してのみ外的世界の認識が成立するとい う理論。 • われわれを捉えて離さない固定的な概念枠組み (「描像」)として、内部にある心はその外部にあ るものについて何らかのもの(観念や言語)を介 してのみ何かを知るとする「媒介説」がある。 • デカルト主義的な内部-外部の二元論的枠組み。媒介説と接触説
• 「接触説」・・・媒介説が前提する主体/世界 の二分法的世界理解を拒否し、「世界内存 在」として主体を捉え、身体を通じた世界との 様々なかかわり合いのなかで認識が形成さ れるとする理論。 • 仲介者によってではなく実在と直接触れ合う ことによって知識の獲得を説明する。接触説(身体的アプローチ)
• ハイデガーやメルロ=ポンティ、ウィトゲン シュタインなどの哲学者に依拠して、思考や 知識を身体的・文化的文脈に埋め込む理論。 すなわち、 人間が身体を備えた社会的・文 化的主体としてあるという側面を重視。 • ドレイファスらは接触説の立場に立ちながら、 多元的で頑強な実在論を擁護していく。 – ヒューバート・ドレイファス/チャールズ・テイラー 『実在論を立て直す』法政大学出版局、2016.ディープラーニング
• 「深層学習」とは、ヒントンが2006年に開発した、 ニューラルネットワークにおいて多段の層をもつ 機構を用いた学習の手法。 • その手法はパターン認識の能力を飛躍的に向 上させ、顔認証を含む物体認識や単純なゲーム の攻略などの情報処理に対して、これまでにな い圧倒的な性能を発揮。 • 人工知能の実現の障害とされた、フレーム問題 や記号接地問題の解決(解消)が期待される。 15ディープラーニングの仕組み
• 上の層から下の層へ行くにつれて、無駄を省 き、情報を圧縮させる。 • 入力層と出力層のあいだにある中間層(隠れ 層)を形成するニューロンの数を減らしたり増 やしたりすることを繰り返すことで、抽象化と 一般化を実現し、必要な「特徴量」を抽出する。 • こうすると、回路の中での情報の表現が、層 が進むに連れて高次の概念を表すようになる と期待できる。 16ディープラーニングの仕組み
入 力 中間層 出 力 17ディープラーニングの応用例
• 画像認識 • 音声認識 • 物体検出・物体認識 • 自然言語処理 • コンピュータゲーム、アルファ碁(Deep Mind) • 歩行者検出(Google Map) • 自動運転技術 • 医療、etc. 18何が「ブレークスルー」なのか
• これまで、外界から与えられたデータのどこ に注目し、何を特徴量として問題とされている 情報を表現するかは、人間の能力に頼るほ かなかった。 • しかし、深層学習により、機械が特徴量を自 動的に抽出できるようになる。 →ブレークスルーパターン認識と機械学習
• 機械学習・・・「if-then」などの論理的構造に よっては明示的に表現しにくい、パターン認 識や運動の認識などの暗黙的な知識を学習 させる目的で始まった。 • ボルツマンマシン・・・観測データの生成的な 確率モデルとして位置づけられるニューラル ネットワーク。深層学習の基盤として用いられ ている。深層学習
• 現在では、確率的モデル、確定的モデル、回 帰結合やより複雑なニューラルネットワークモ デルが提案され、それらを組み合わせた複合 的な深層学習が研究されている。