Ⅰ.はじめに
筆者らの研究グループは,生徒・学生の経済リテラ シーを調査するために 1996 年以来 10 回の「生活経済 テスト」のシリーズを実施してきた。1)特に第 4 回以 降は,経済リテラシーの国際比較調査のために,海外 共同研究者の Walstad(ネブラスカ大学)と Rebeck (セントクラウド州立大学)が開発したテストを日本 でも実施し,米国での学会報告や報告書の出版をして いる。2)こうした国際比較調査の中で筆者らが注目し てきたのが,経済教育とともに,1990 年代後半当時 の日本では,まだ良く知られていなかった米国のパー ソナル・ファイナンス教育であった。 パーソナル・ファイナンス教育は,経済教育・消費 者教育・金融教育が融合した分野の教育である。米国 では金融の自由化が進み,金融に関する意思決定に自 己責任が求められる一方で,自己破産の増加が社会問 題化したため,パーソナル・ファイナンス教育のウエ イトが経済教育と消費者教育の中で特に高まっている。 こうした状況の下,Walstad と Rebeck は,2003 年に 米国の高校生(第 9 学年から第 12 学年)のパーソナ ル・ファイナンス・リテラシーを調査する目的で Fi-nancial Fitness for Life Theme Tests(以下,FFFLテストとする。)を作成し,3)アメリカ経済教育協議会
(NCEE: National Council on Economic Education)4) が同年,米国で調査を実施した。そのテストの内容が 興味深く金融を扱う教材としても優れているので,本 研究では FFFL テストを原著作者の許諾を得て翻訳・ 翻案し,「パーソナル・ファイナンス基礎テスト(第 6 回生活経済テスト)」として日本でも高校生と大学 生を対象に 2004 年に実施することとした。5)高校生と 大学生のパーソナル・ファイナンス・リテラシーを測 定する大規模な調査としては,日本では初めての試み と言えるであろう。この 2004 年の調査結果の分析に ついては,本学会誌に報告を掲載したところである。6) その後,日本でもパーソナル・ファイナンス教育の 現代的な意義が自覚されつつあり,その認知度も徐々 に高まってきた。そこで,こうした社会状況の変化を 受けてパーソナル・ファイナンス・リテラシーは向上 しているかどうかを調査するために,同じ「パーソナ ル・ファイナンス基礎テスト」を 2010-11 年に高校生 と大学生を対象にして再度実施することとした。本論 は高校生と大学生のパーソナル・ファイナンス・リテ ラシーの 2 時点間(2004 年と 2010-11 年)の比較分析 を行い,その現状と課題について明らかにするもので ある。
Ⅱ.研究の目的
前述の通り,筆者らの研究グループは本学会を中心 に経済教育に関心を持つ高等学校と大学の教員に協力 を要請し,高等学校と大学において「パーソナル・ ファイナンス基礎テスト」を2004年と2010-2011年の 2 回にわたって実施した(以下,2004 年に実施したテ ストを第 1 回,2010-11 年に実施したテストを第 2 回 とする)。従って,①高校生の第1回と第2回の結果の 比較,②大学生の第 1 回と第 2 回の比較,③第 1 回の 高校生と大学生の間の比較,④第 2 回の高校生と大学 生の間の比較という 4 通りの比較が可能である。 パーソナル・ファイナンス教育の重要性は増してい るが,高等学校や大学の教育課程の中に位置づけられSurvey Report
The Journal ofEconomic Education No.32, September, 2013
調査報告
日本のパーソナル・ファイナンス・
リテラシーの現状と課題
─高校生と大学生及び 2 時点間の比較分析─
Present State and Problems of Personal Financial Literacy in Japan : Time-Series and Comparative Analyses Among High School and University Students
阿部 信太郎(城西国際大学) 山岡 道男(早稲田大学) 淺野 忠克(山村学園短期大学) 高橋 桂子(新潟大学) Abe, Shintaro Yamaoka, Michio Asano, Tadayoshi Takahashi, Keiko
て広く実践されているとはまだ言えない状況である。 そこで,本研究には 2 つの目的がある。第 1 の目的は, 高校生の第 1 回と第 2 回,大学生の第 1 回と第 2 回の 結果を比較して,2 時点間でパーソナル・ファイナン ス・リテラシーに差が見られたかどうか,現状と課題 を明らかにすることである。 第 2 の目的は,高等学校と大学という学校種間の比 較である。大学生は高等学校の教育課程を修了してい て,高等学校の内容を学習済みである。また,数年で あるが,大学生は高校生よりは人生経験が長い。こう したことがパーソナル・ファイナンス・リテラシーの 差に影響しているかを検討する。第 1 回の高校生と大 学生の間の比較においては,特に顕著な差を見ること はできなかったが,7)第 2 回では,現状はどうなって いて何が課題になっているのかを明らかにすることを, 本研究の目的とした。
Ⅲ.研究の方法
本研究では,米国の FFFL テストを翻訳・翻案した 「パーソナル・ファイナンス基礎テスト」を用いて研 究・調査することを方法とした。「パーソナル・ファ イナンス基礎テスト」は FFFL テストに則して,4 つ の選択肢から正答を1つ選ぶ形式の50の設問から構成 されている。50の設問は,10問ずつ以下の5つの内容 分野に分類されている。具体的には,①経済について の基本的な考え方:合理的な意思決定,②所得を得る こと:教育は自分への投資,③貯蓄:明るい未来のた 表 1 パーソナル・ファイナンスのスタンダード(学習内容基準)とパーソナル・ファイナンス基礎テストの 設問との対応 学習内容基準と概念 設問番号 設問数 A.所得 12 1 所得の源泉 1,11,12,13 4 2 所得の決定要因 9,14,15,16,17 5 3 税と移転所得 18,19,20 3 B.金銭管理 16 1 資源の有限性と選択 5,8 2 2 機会費用 7 1 3 パーソナル・ファイナンスと自己責任 6 1 4 パーソナル・ファイナンスと意思決定 10 1 5 インフレと投資 28 1 6 保険とリスク管理 46,47,48,49,50 5 7 予算の作成と実行 41,42,43 3 8 金銭管理の手段の利用 44,45 2 C.支出とクレジット 11 1 支出の費用と便益 3,4 2 2 商品情報 3 支払い方法の費用と便益 31,32 2 4 リスクとクレジット 35,36 2 5 クレジットの源泉 37,40 2 6 クレジットの使用履歴と記録 33,34 2 7 家計財務に関わる困難の解決 8 売り手・買い手・クレジット利用者の権利と責任 39 1 D.貯蓄と投資 11 1 貯蓄と投資 21,23 2 2 貯蓄と投資をする理由 2 1 3 いろいろな投資手段の安全性・収益性・流動性 25,26,27 3 4 金融商品の購入と売却 29,30 2 5 投資の収益性 22,24 2 6 投資に関する情報源 39 1 7 貯蓄と投資に関する政府の規制出典:Walstad,WilliamB.,&KenRebeck(2005),Financial Fitness for Life: High School Test Examiner's Manual Grades 9-12,New York:NationalCouncilonEconomicEducation,p.6.
めに,④支出とクレジット:クレジットは借金,⑤金 銭管理:家計とリスク・マネジメントである。 表 1 に示されている通り,各々の設問にはパーソナ ル・ファイナンスの概念が含まれているので,それぞ れの設問の正答率によって,その概念に対する生徒・ 学生の理解度を知ることができる。なお,表 1 の第 1 列の「学習内容基準と概念」は,Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy が 2002 年に作成した, パーソナル・ファイナンス教育のスタンダードの 4 つ の上位概念と,さらにその下位にある 26 の概念の概 要である。8)「パーソナル・ファイナンス基礎テスト」 の原版である FFFL テストは,このスタンダードに基 づいて作成されている。9) FFFL テストは米国で開発されたものではあるが, パーソナル・ファイナンスや経済の概念はどの国にも 共通するユニバーサルなものなので,日本語に翻訳を してもほとんどが違和感なく使うことができた。ただ し若干,米国の社会経済制度を背景にした設問もあっ たため,それらは設問の趣旨を変えない範囲で,日本 の事情に合わせて翻案している。
Ⅳ.パーソナル・ファイナンス・リテラ
シー調査の概要と結果
1.サンプルの概要 本調査のサンプルの概要は,表 2 に示す通りである。 第 1 回と第 2 回の両方を受けた生徒・学生はいないの で,対応のないサンプルである(テストを受けた生 徒・学生は異なる)。本テストの参加校については, 一部の学校が第 1 回と第 2 回の両方に参加しているが, その他の学校はどちらか 1 回のテストのみに参加して いる。参加校の生徒・学生の学力レベルは一般よりや や高いところがあるが,サンプルの数は十分に大きく, また標準偏差と標準誤差はともに極端に大きな値では ないので,統計的に十分信頼できるデータであると言 える。なお,本テストは高等学校では公民科の授業で 実施され,大学では経済学関連の学部を中心に,主に 経済学担当の教員によってその講義の中で実施された。 2.全体的な結果 全体的な平均正答率は表 2 に示されているように, 2004 年の調査では,高校生が 57.3%,大学生が 57.2% である。これら平均正答率についてχ2検定を行った ところ,5%水準で有意差はなかった。また,2010-11 年の調査結果でも,高校生と大学生の平均正答率につ いて検定を行ったところ,有意差はなかった。さらに, 高校生について,2004 年と 2010-11 年の 2 時点間の平 均正答率の差を検定したところ,有意差は見られな かった。同様に大学生についても,2004 年と 2010-11 年の 2 時点間の平均正答率に有意差は見られなかった。 つまり,全体的に見ると,高校生に比べて大学生の 方がパーソナル・ファイナンス・リテラシーのレベル が上昇していると言うことはできない。また,2004 年から 6-7 年が経過した 2010-11 年において,高校 生・大学生ともにパーソナル・ファイナンス・リテラ シーのレベルが上昇したとは言えない状況であること が判明した。Ⅴ.高校生と大学生及び 2 時点間の比較分
析
表 3 から表 6 には,個々の設問の正答率と,高校生 と大学生及び 2 時点間の正答率についてχ2検定を 行った結果が示されている。以下,これらを分析して, 内容分野別に高校生と大学生の理解度が低い経済概念 とパーソナル・ファイナンスの概念など問題点を指摘 する。 1.経済についての基本的な考え方:合理的な 意思決定(第 1 問〜第 10 問) この内容分野に含まれるパーソナル・ファイナンス の概念は,表 1 に示される通りである。また,経済概 念としては,希少性,選択,生産資源,意思決定,限 界分析が含まれている。高校生と大学生及び 2 時点間 に共通して理解度が低かった概念は,機会費用(第 3 問)と意思決定のプロセス(第 10 問)であった。機 会費用については,後の第 22 問のところで詳述する。 表 2 全体のテスト結果 日本の高校生 日本の大学生 第 1 回 (2004)(2010-11)第 2 回 (2004)第 1 回(2010-11)第 2 回 学 校 数 10 2 13 6 人 数 1,434 301 1,074 528 平 均 得 点(点) 28.6 29.4 28.6 28.3 平均正答率(%) 57.3 59.1 57.2 58.3 標 準 偏 差 6.82 5.96 7.25 7.75 標 準 誤 差 0.18 0.34 0.22 0.342.所得を得ること:教育は自分への投資(第 11 問〜第 20 問) この内容分野に含まれる概念は,表 1 に示される パーソナル・ファイナンスの概念の他に,需要と供給, 労働市場と所得,起業家精神,(実物・人的)資本投 資等の経済概念が含まれている。ここでは特に理解度 の低い概念はなかった。 3.貯蓄:明るい未来のために(第 21 問〜第 30 問) この内容分野には,表 1 に示されるパーソナル・ ファイナンスの概念の他に,金融や利子率等の経済概 念が含まれている。この内容分野には理解度の低い概 念が多く見られ,10 〜 20%台の正答率の設問が 2 問, 50%未満の設問が全部で 7 問あった。これらは貯蓄, 特に金融や利子率に関する基本的な概念を問う問題で あるが,金融に関する経済概念の理解度の低いことは, 筆者らのこれまでの調査研究(経済リテラシーテスト を用いた調査)でも指摘してきたことである。10)ここ では,貯蓄の機会費用(第 21 問),複利(第 22 問), 名目収益率と実質収益率(第28問)の3問について取 り上げる。 第 21 問 預金についた利息を引き出す代わりに, 預金残高を複利で運用する場合の機会費用は, ① その年の税金が少なくなること ② 預金喪失のリスクが増加すること ○ ③ 現在の消費に使えるお金が少なくなること ④ 預金につく利息が増えること 本設問は,貯蓄について機会費用の概念を用いて説 明することを求める問題である。この正答率は,2 時 点において高校生・大学生いずれも低かった。χ2検 定の結果からは,大学生において第 1 回と第 2 回の正 答率に有意差が見られ(p<.05),6.0% ポイント高く なっているものの低位の正答率である(表 4 参照)。 高校生については第 1 回と第 2 回の正答率に有意差は なく,低い正答率に留まっている(表 3 参照)。 何かを選択したときに,犠牲にしたもののうちで最 も価値のあるものが機会費用である。合理的な意思決 定のためには,あるものを選択したら,その背後には 機会費用のあることを意識し,自分の選択と機会費用 とを比較考量し選択が最良であったかどうか評価しな ければならない。経済についての意思決定の際に必要 な基本概念の 1 つである機会費用に関して,高校生・ 大学生の知識が乏しいことは,筆者らのこれまでの調 査結果から何度も指摘してきたが,11)依然として日本 の経済教育とパーソナル・ファイナンス教育の課題と して残っていることが判明した。 本設問は,貯蓄と異時点間の消費の選択の議論に発 展できる内容の問題である。本設問を教材として,生 徒・学生は機会費用の概念を使って貯蓄を説明できる ようにするなど,機会費用という言葉が日常語になる ようにしたいものである。なお,第 3 問は機会費用に ついて,さらにストレートに問う設問であるが,その 正答率は,50問中最低であった(表3,表4,表5,表 6 参照)。 第 22 問 ヨシキは銀行に口座を開設して,50,000 円を預金した。もし預金金利が年 5%の複利であり, また彼が追加の預金や引き出しをしないなら,2 年 後の彼の貯蓄額は, ① 50,500 円 ② 55,000 円 ③ 55,000 円未満 ○ ④ 55,000 円超 この設問の正答率は高校生・大学生ともに低く,し かも正答率は高校生よりも大学生の方が低かった。こ の結果により 2 つの問題点が浮き彫りになった。第 1 に金利計算という基本的な事項と複利という概念につ いて正確に理解していないことである。このように金 利についての基本的な理解のないまま,マクロ経済学 の金融政策を取り扱っても,正確な議論は覚束ないこ とであろう。第 2 に,統計的検定の結果,高校生と大 学生の正答率は,第 1 回(p<.001),第 2 回(p<.01) ともに有意差が見られ,しかも高校生の正答率の方が 約 10% ポイント高くなっていることである(表 5・表 6 参照)。なぜ大学生になると,かえって正答率が低 くなるのか,このパラドックスの解明が必要なところ である。なお,第 1 回,第 2 回の 2 時点間の正答率に ついては,高校生・大学生ともに,有意差は見られな い(表 3・表 4 参照)。 第 28 問 投資の実質利回り(実質収益率)を計算 する方法は, ○ ① 名目利回りからインフレ率を差し引く。 ② インフレ率から名目利回りを差し引く。 ③ 年間利回りから名目利回りを差し引く。 ④ 名目利回りから年間利回りを差し引く。 本設問の正答率は,2 時点において高校生・大学生 いずれも正答率が低かった。これは,「名目値・実質
値」と「利回り」という 2 つの概念を問う問題である。 名目値と実質値については,高等学校公民科において も「名目 GDP」「実質 GDP」等というかたちで扱うの で,そのことが応用できれば答えられるはずの問題で ある。統計的検定の結果からは,大学生において第 1 回と第 2 回の正答率に有意差が見られ(p<.001), 8.7% ポイント高くなっているが,それでも十分に高 い正答率とは言えない(表 4 参照)。「名目値・実質 値」は,パーソナル・ファイナンスや経済学において 重要かつ基本的な概念であるので,教員は生徒・学生 のこうした実態を踏まえて,簡単な実例(計算問題) を通して,「実質値=名目値−インフレ率」という知 識を確実に身につけさせることが必要である。 4.支出とクレジット:クレジットは借金(第 31 問〜第 40 問) この内容分野には,主にローンやクレジットに関す る制度的なパーソナル・ファイナンスの概念と,交換 に関する経済概念が含まれている。正答率の低かった 概念は,交換の利益(第 32 問)と,個人信用情報機 関(第 34 問),クレジットカードに関する権利と責任 (第 38 問)であった。制度に関する問題ではあるが, パーソナル・ファイナンスや経済・金融を理解するた めの基本的知識であるので,今後,授業や講義を通し て生徒・学生に身につけさせる必要のある概念である。 5.金銭管理:家計とリスク・マネジメント (第 41 問〜第 50 問) この内容分野は,家計とリスク・マネジメントに関 するパーソナル・ファイナンスの概念が主として取り 上げられていて,経済概念については特に主だったも のは含まれていない。ここでは可処分所得(第 41 問), デビットカード(第 44 問)とともに,リスク・マネ ジメントとしての保険について理解度の低い概念が あった。例えば,大学生には多少の知識があると予想 される自動車保険においては,自賠責保険(第 47 問) や保険の免責(第 48 問)について,実際は正確な知 識・理解のないことが判明した。第 48 問の結果を取 り上げると以下の通りである。 第 48 問 ヒカルは自動車(査定価額 700,000 円)を バックした時に,金属製のフェンスにぶつけてしま い 500,000 円の損失をこうむった。彼女の自動車保 険では免責額が 200,000 円になっていた。自動車を 修理すると,損害保険会社が支払う金額は ① 0 円 ② 200,000 円 ○ ③ 300,000 円 ④ 500,000 円 本設問の正答は③であるが,第 1 回,第 2 回ともに, そして高校生と大学生ともに誤答である②の 200,000 円の選択率が正答の③の選択率を上回った。例えば, 生命保険は人生で 2 番目に大きい買い物と言われるが, 学校教育において保険について扱われることはほとん どない。本設問はその中でも,大学生には多少は知識 があると思われる自動車保険と免責について問う問題 である。免責は,保険会社の保険金の支払責任を免除 あるいは軽減するという,顧客との間の契約上の約款 のことである。正答率は,2 時点において高校生・大 学生いずれも低かった。統計的検定の結果からは,第 1 回と第 2 回ともに高校生と大学生の正答率の間には 有意差はなかった(表 3・表 4 参照)。大学生の方が運 転免許を取得している率が高く,また社会経験も高校 生よりはあるはずであるが,本設問の正答率には影響 を及ぼしているとは言えない。家計のリスク・マネジ メントとしての保険についても,基本的なことは学校 や大学で扱う必要があるようである。 6.内容分野ごとの平均正答率 以上,内容分野ごとに,理解度が低く今後の課題と なる概念を指摘した。次に 10 問ずつある内容分野別 に結果をまとめる。平均正答率の最も低かった内容分 野は,「3.貯蓄:明るい未来のために」であり,平均 正答率と標準偏差を第 1 回高校生,第 2 回高校生,第 1 回大学生,第 2 回大学生の順に列記すると,46.3% (19.0),47.4%(17.8),41.5%(19.4),44.6%(18.5)で ある(括弧内は標準偏差)。前にも指摘した通り,こ の分野には金融や貯蓄に関する概念が含まれていて, それらの理解度が低かったことを示している。逆に平 均正答率の最も高かった内容分野は,「2.所得を得る こと:教育は自分への投資」であり,同様に列記する と,73.3%(20.3),78.1%(17.3),74.4%(19.1),77.8% (21.3)であった。この分野の概念については,理解 度に比較的問題の少ないことを示している。 その他の分野の正答率は比較的中位であり,全体の 平均正答率に近いものであった。同様に列記すると 「1.経済についての基本的な考え方:合理的な意思決 定」57.7%(16.2),59.7%(15.1),58.2%(16.2),60.3% (16.3),「4.支出とクレジット:クレジットは借金」 55.9 %(18.4),55.3 %(16.4),56.9 %(18.2),55.3 %
表 3 高校生:第 1 回・第 2 回の比較 (単位:%) 設問番号 高校生 χ2検定の結果 第 1 回 (2004) (2010-11)第 2 回 n=1,434 n=301 1 23.8 19.0 2 79.5 87.0 ** 3 13.5 6.4 ** 4 85.1 87.3 5 71.6 72.7 6 62.3 67.7 7 81.6 91.3 *** 8 50.1 55.4 9 77.7 78.9 10 31.6 31.5 11 89.5 90.3 12 86.6 95.7 *** 13 70.4 81.7 *** 14 80.9 85.3 15 65.1 69.0 16 59.3 63.5 17 81.3 89.7 *** 18 73.2 77.3 19 48.8 48.0 20 77.5 80.7 21 36.1 36.6 22 45.3 40.3 23 48.2 53.7 24 28.3 25.6 25 78.1 82.3 26 19.5 18.1 27 63.8 63.9 28 32.0 35.7 29 43.8 47.7 30 67.9 69.9 31 83.9 92.3 *** 32 31.4 26.8 33 86.9 88.7 34 32.7 30.7 35 51.8 47.0 36 49.8 51.2 37 44.4 42.8 38 24.8 24.0 39 84.0 87.0 40 69.2 62.9 * 41 44.1 45.7 42 66.2 69.3 43 82.1 85.3 44 34.2 37.0 45 70.0 74.5 46 59.2 67.6 ** 47 25.9 18.2 ** 48 34.7 30.4 49 58.3 56.9 50 60.8 64.8 平均 57.3 59.1 *p<.05,**p<.01,***p<.001 表 4 大学生:第 1 回・第 2 回の比較 (単位:%) 設問番号 大学生 χ2検定の結果 第 1 回 (2004) (2010-11)第 2 回 n=1,074 n=528 1 27.1 26.5 2 79.4 76.1 3 14.2 9.6 * 4 85.2 83.9 5 67.6 76.0 ** 6 61.8 75.2 *** 7 87.5 86.2 8 50.7 58.3 ** 9 80.2 85.5 * 10 28.4 25.5 11 93.5 88.9 *** 12 90.2 90.6 13 75.8 85.0 *** 14 77.1 87.5 *** 15 66.8 75.1 ** 16 47.0 57.6 *** 17 76.8 83.7 ** 18 79.5 79.5 19 59.7 54.7 20 77.4 75.0 21 33.4 39.4 * 22 32.0 31.1 23 42.3 50.4 ** 24 26.2 24.6 25 76.3 79.4 26 18.4 19.1 27 56.2 59.6 28 25.3 34.0 *** 29 41.1 38.6 30 64.1 69.7 31 84.4 80.6 * 32 38.4 37.4 33 88.4 85.3 * 34 33.3 25.5 ** 35 52.1 41.8 *** 36 49.4 50.9 37 47.7 56.1 ** 38 26.9 29.6 39 74.7 79.1 40 73.5 66.5 *** 41 44.5 43.9 42 60.3 66.5 * 43 81.8 78.5 44 34.6 39.3 * 45 70.5 70.6 46 67.7 66.2 47 33.2 23.3 *** 48 33.3 34.5 49 57.0 57.9 50 64.3 56.7 ** 平均 57.2 58.3 *p<.05,**p<.01,***p<.001
表 5 第 1 回の高校生・大学生の比較 (単位:%) 設問番号 高校生 大学生 χ2検定の結果 第 1 回 (2004) (2004)第 1 回 n=1,434 n=1,074 1 23.8 27.1 * 2 79.5 79.4 3 13.5 14.2 4 85.1 85.2 5 71.6 67.6 6 62.3 61.8 7 81.6 87.5 *** 8 50.1 50.7 9 77.7 80.2 10 31.6 28.4 11 89.5 93.5 *** 12 86.6 90.2 ** 13 70.4 75.8 *** 14 80.9 77.1 15 65.1 66.8 16 59.3 47.0 *** 17 81.3 76.8 18 73.2 79.5 *** 19 48.8 59.7 *** 20 77.5 77.4 21 36.1 33.4 22 45.3 32.0 *** 23 48.2 42.3 ** 24 28.3 26.2 25 78.1 76.3 26 19.5 18.4 27 63.8 56.2 *** 28 32.0 25.3 *** 29 43.8 41.1 30 67.9 64.1 31 83.9 84.4 32 31.4 38.4 *** 33 86.9 88.4 * 34 32.7 33.3 35 51.8 52.1 36 49.8 49.4 37 44.4 47.7 38 24.8 26.9 39 84.0 74.7 *** 40 69.2 73.5 *** 41 44.1 44.5 42 66.2 60.3 * 43 82.1 81.8 44 34.2 34.6 45 70.0 70.5 46 59.2 67.7 *** 47 25.9 33.2 *** 48 34.7 33.3 49 58.3 57.0 50 60.8 64.3 * 平均 57.3 57.2 *p<.05,**p<.01,***p<.001 表 6 第 2 回の高校生・大学生の比較 (単位:%) 設問番号 高校生 大学生 χ2検定の結果 第 2 回 (2010-11) (2010-11)第 2 回 n=301 n=528 1 19.0 26.5 * 2 87.0 76.1 *** 3 6.4 9.6 4 87.3 83.9 5 72.7 76.0 6 67.7 75.2 * 7 91.3 86.2 * 8 55.4 58.3 9 78.9 85.5 * 10 31.5 25.5 11 90.3 88.9 12 95.7 90.6 * 13 81.7 85.0 14 85.3 87.5 15 69.0 75.1 16 63.5 57.6 17 89.7 83.7 * 18 77.3 79.5 19 48.0 54.7 * 20 80.7 75.0 21 36.6 39.4 22 40.3 31.1 ** 23 53.7 50.4 24 25.6 24.6 25 82.3 79.4 26 18.1 19.1 27 63.9 59.6 28 35.7 34.0 29 47.7 38.6 * 30 69.9 69.7 31 92.3 80.6 *** 32 26.8 37.4 ** 33 88.7 85.3 34 30.7 25.5 35 47.0 41.8 36 51.2 50.9 37 42.8 56.1 *** 38 24.0 29.6 39 87.0 79.1 ** 40 62.9 66.5 41 45.7 43.9 42 69.3 66.5 43 85.3 78.5 * 44 37.0 39.3 45 74.5 70.6 46 67.6 66.2 47 18.2 23.3 48 30.4 34.5 49 56.9 57.9 50 64.8 56.7 * 平均 59.1 58.3 *p<.05,**p<.01,***p<.001
(19.9),「5.金銭管理:家計とリスク・マネジメント」 53.5 %(20.0),55.0 %(18.8),54.7 %(20.9),53.7 % (22.0)であった。これらの分野に共通するのは,理 解度が高く問題のない概念がある一方で,理解度が低 く問題のある概念が含まれていたことである。 いずれの内容分野においても,高校生と大学生の間, 及び 2 時点間において,差は見られなかった。
Ⅵ.まとめ:高校生・大学生のパーソナ
ル・ファイナンス・リテラシーの課題
高校生と大学生のパーソナル・ファイナンス・リテ ラ シ ー の 現 状 と 課 題 を 調 査 す る 目 的 で 2004 年 と 2010-11 年の 2 時点で「パーソナル・ファイナンス基 礎テスト」実施したが,第 1 回目,第 2 回目ともに全 体的な正答率において高校生と大学生の間に有意差は 認められなかった。つまり,高等学校の教育課程を修 了した大学生においては,高校生と比較してもパーソ ナル・ファイナンス・リテラシーに関しては目立った 向上がなかったということである。これは,高等学校 においてパーソナル・ファイナンス教育が効果的に行 われていなかったことを意味している。また,高校生 よりは比較的長い大学生の人生経験も役に立った形跡 はなく,パーソナル・ファイナンス・リテラシーは日 常生活で自然に身に付くものではないことも判明した。 次に,第 1 回と第 2 回の 2 時点間の比較において, 高校生と大学生ともに全体的な正答率において有意差 は認められなかった。Ⅴで指摘した通り,「機会費用」 「意思決定のプロセス」「複利」「名目値と実質値」「保 険」など第 1 回の時点で正答率の低く問題があると指 摘した概念は,第 2 回でも改善されることはなく,依 然として課題として残っている。12)第 1 回のテストが 実施された 2004 年は 1999 年改訂の高等学校学習指導 要領の序盤であり,第 2 回の 2010-11 年は同高等学校 学習指導要領の終盤であった。1999 年改訂の高等学 校学習指導要領公民編の解説では,金融については 「身近で具体的な学習を展開すること」13)としていた。 しかし 1999 年改訂の高等学校学習指導要領の下では 高等学校におけるパーソナル・ファイナンス教育には 大きな改善があったとは言えないことになる。これは 公民科科目の「現代社会」や「政治・経済」において, 金融について学習するのは授業 1 回分(50 分)程度で, その中でミクロからマクロそして身近で具体的な内容 まで扱うので,時間が絶対的に不足しているというこ とであろう。また,パーソナル・ファイナンス教育を 意図的に行うほどの意識の高まりがなかったことも一 因である。 このように 2 時点間のパーソナル・ファイナンス・ リテラシーには変化が見られなかったが,パーソナ ル・ファイナンス教育を取り巻く環境は現在,少しず つ変化している。例えば,2009 年改訂の高等学校学 習指導要領である。2013 年から年次進行により実施 するこの高等学校学習指導要領の公民科では,改訂の 要点として,「経済に関する学習では,金融,消費者, 私法に関する内容の充実を図ることとした」としてい る。14)さらに,2012 年に制定された消費者教育推進法 においては第 12 条で国及び地方公共団体は,大学等 において消費者教育が適切に行われるよう大学等に対 して促すようにすると規定している。こうした社会的 な動きはパーソナル・ファイナンス教育の後押しとな る可能性を持っているのである。 また,大学の教養科目の 1 つとして,パーソナル・ ファイナンス関連科目を設置する試みも一部大学で始 まっている。それには次のような意義を挙げることが できる。15) 1. 金銭や金融についての個人的な意思決定をする 際に必要となる基礎的な知識・技能を習得する ことができる。 2. パーソナル・ファイナンス教育を通して金利計 算,金融商品,金融機関など金融に関わる経済 概念を身近な例で学んでおくと,その後のマク ロ経済学や金融論の学習と理解がよりスムーズ になる。 現代社会に生きる人間は,個人としては金融や経済 についての自己決定・自己責任が求められ,市民とし ては一層の社会参画を求められている。こうした状況 においては,経済やパーソナル・ファイナンスに関す る知識と理解が必要不可欠である。本研究の成果に基 づき,高校生と大学生の現状を踏まえて,パーソナ ル・ファイナンス・リテラシーを向上させる方策を追 究することが今後の課題である。 註 1) 山岡道男,淺野忠克,阿部信太郎[編著]『現代経済リテ ラシー:標準テストによる学習効果の測定 ─生活経済 テスト問題集(第 1 回から第 10 回)─』早稲田大学アジ ア太平洋研究センター経済教育研究部会,2012 年。 2) Yamaoka, Michio, Tadayoshi Asano, Shintaro Abe andKen Rebeck(eds.).2007, Comparative Studies on Eco︲ nomic Education in Asia-Pacific Region: Economic Lit︲ eracy in High School and University. Tokyo: Koku-sai-Bunken Publishing.
3) Walstad, William B., and Ken Rebeck, Financial Fitness for Life: High School Test Examiner’s Manual, Grades
9-12, National Council on Economic Education (NCEE), 2005.
4) 当時の名称。2009 年 1 月より Council for Economic Edu-cation に改称。 5) ウィリアム・ウォルスタッド,ケン・レベック,山岡道 男,淺野忠克,阿部信太郎[編著]『消費者・市民のため のパーソナル・ファイナンス入門』早稲田大学経済教育 総合研究所,2005 年。 6) 山岡道男・淺野忠克・阿部信太郎・猪瀬武則・山田幸 俊・新井明・保立雅紀・下村和平「パーソナル・ファイ ナンス教育:第 6 回生活経済テストの作成と結果」『経済 教育』第 24 号,2005 年,114-119 頁。 7) 山岡道男・淺野忠克・阿部信太郎・猪瀬武則・山田幸 俊・新井明・保立雅紀・下村和平,2005 年。
8) Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy, Na︲ tional Standards in Personal Finance with Benchmarks, Applications and Glossary for K-12 Classrooms, 2002. 9) なお,Jump$tart によるパーソナル・ファイナンス教育の
スタンダードは 2007 年に改訂された。そこでは,新たな 上位概念として,「金融における責任と意思決定」(Finan-cial Responsibility and Decision Making),「所得とキャリ ア 」(Income and Careers),「 計 画 と 金 銭 管 理 」(Plan-ning and Money Management),「 ク レ ジ ッ ト と 借 金 」 (Credit and Debt),「リスク管理と保険」(Risk
Manage-ment and Insurance),「貯蓄と投資」(Saving and Invest-ing)が示されている。Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy(2007),National Standards in K-12
Personal Finance Education with Benchmarks, Knowl︲ edge Statements, and Glossary, Washington, D.C.: Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy. 10) 例えば,阿部信太郎・山岡道男・淺野忠克・新井明・猪
瀬武則・栗原久・保立雅紀・宮原悟・山田幸俊・赤峰 信・山根栄次「日本とアメリカの高校生・大学生の経済 リテラシーの現状と比較─Test of Economic Literacy 3rd ed. の結果分析─」『経済教育』第 21 号,2002 年,21-26 頁。 11) 例えば,淺野忠克・山岡道男・阿部信太郎・猪瀬武則・ 栗原久・水野勝之・山田幸俊・山根栄次「パーソナル・ ファイナンス・リテラシーに関する日米比較:『パーソナ ル・ファイナンス初級テスト』の結果分析から」『経済教 育』第 27 号,2008 年,34-41 頁。 12) 2 時点間で正答率が向上した概念もあったが,それらは 総じて元々正答率の高いものであり,課題とはなってい ないものであった。 13) 文部省『高等学校学習指導要領解説 公民編』実教出版, 1999 年,25 頁。 14) 文部科学省『高等学校学習指導要領解説 公民編』教育 出版,2010 年,3 頁。
15) なお,OECD による Financial Literacy の定義(下記)に おいても,パーソナル・ファイナンス・リテラシーと共 通する意義を見出すことができる。「金融リテラシーとは, 金融に関する概念とリスクについての知識・理解のこと である。そしてそのような知識・理解を応用して,金融 に関わるいろいろな場面で効果的な意思決定をしたり, 金融に関わる個人と社会の良い状態を更に改善したり, 経済・生活に参画したりすることを可能にする技能・動 機・自信である。」(筆者暫定訳)。OECD (2013),PISA
2012 Assessment and Analytical Framework: Mathemat︲ ics, Reading, Science, Problem Solving and Financial Lit︲ eracy, PISA, OECD Publishing, p.144.
参考文献 [1] 山岡道男,淺野忠克,阿部信太郎監修『消費者・経済教 育の考え方進め方』,早稲田大学経済教育総合研究所, 2002 年 [2] 山岡道男,淺野忠克,赤峰信,猪瀬武則,山田幸俊,山 根栄次,宮原悟,阿部信太郎,新井明,蔵方耕一,栗原 久,保立雅紀『21 世紀における経済教育政策の日米比 較:経済リテラシー・テストの分析結果から』,早稲田大 学経済教育総合研究所,2002 年 [3] 山岡道男・淺野忠克・栗原久・阿部信太郎編『消費者経 済教育の新潮流』,早稲田大学経済教育総合研究所,2003 年
[4] Yamaoka, Michio, Tadayoshi Asano, Shintaro Abe, Takenori Inose, Hisashi Kurihara, Yukitoshi Yamada, Eiji Yamane, Masanori Hotate and Kazuhira Shimomura, “Ja-pan-U.S. Comparison of Personal Financial Literacy,” 『経 済教育』第 25 号,2006 年,117-126 頁 [5] 山岡道男・淺野忠克・阿部信太郎編著『現代経済リテラ シー:標準テストによる学習成果の測定,生活経済テス ト問題集(第 1 回〜第 10 回)』,早稲田大学アジア太平洋 センター経済教育研究会,2012 年 [6] 山岡道男,淺野忠克,阿部信太郎,ウィリアム・ウォル スタッド,ケン・レベック[編著]『現代パーソナル・ ファイナンス教育論入門』早稲田大学教育総合研究所 パーソナル・ファイナンス部会,2013 年