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ハイリスク対象者の在宅リハビリテーション

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Academic year: 2021

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はじめに  今回,第 48 回日本理学療法士協会全国学術研修大会にて「ハ イリスク対象者の在宅リハビリテーション」というテーマで講 師の依頼をいただいた。経験豊かな諸先輩方を差し置いて登壇 するのは恐縮だが,当法人の取り組みを報告することで,他所 でも積極的に在宅リハビリテーションに取り組むきっかけにな ればと考えた。疾患や人工呼吸器等の医療機器管理は,入院医 療等で行われるものと基本的に変わらない。その解説は,各専 門領域のスペシャリストに委ねるとして,本セミナーでは「在 宅リハビリテーションにおけるリスク」について筆者なりに整 理して報告する。 在宅リハビリテーションを取り巻く環境  我が国の人口は,2008 年を境に減少の一途をたどっている。 一方で,国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば,高齢 者の平均寿命は 2020 年で 87.65 歳,2060 年では 90.93 歳(いず れも女性)に達するとされている。2010 年における 65 歳以上 の高齢者人口は 2,937 万人であるが,2042 年には 3,878 万人と なってピークを迎え,同年の 75 歳以上の人口の割合は現在の 11 ∼ 21%に増加する1)2)と予想されており,深刻な少子高齢 化問題に直面している。  在宅医療の推進により,在宅リハビリテーションを取り巻く 環境も激変した。従来のいわゆる症状が安定した慢性期療養者 のみでなく,平均在院日数の短縮に伴い在宅リハビリテーショ ンによる回復期のリハビリテーションの継続や,終末期リハビ リテーション等,多様なニーズが在宅リハビリテーションに寄 せられるようになった。  厚生労働省によれば,病院・診療所において訪問診療または 往診を受けている在宅療養者は,介護保険 3 施設に入院・入所 中の者よりも,人工呼吸器,気管切開,酸素療法等の医療を必 要とする者が多く,在宅人工呼吸指導管理料の 1 ヵ月あたりの 算定件数は,2001 年の 2,455 件から,2009 年の 12,783 件へと 約 5 倍に増加した1)としており,医療依存度の高い重度の在 宅療養者へ在宅リハビリテーションを提供する機会が増えてい る(図 1,2)。 在宅リハビリテーションにおけるハイリスク対象者と は?  在宅リハビリテーションにおけるハイリスク対象者とは,どの ような対象者を指すのだろうか。筆者は,単に高度な医学管理 を必要とする在宅療養者のみを指すものではないと考えている。  在宅リハビリテーションの最大の目的は,在宅療養者が住み 慣れた場所で,親しみある家族・仲間とその人らしい生活が継 続できるように支援することであり,在宅療養の継続が難しく なる可能性すべてをリスクと考えるべきだ。  高度な医学管理を必要とする在宅療養者へのリハビリテー ションは,医師と十分な協議を重ねて安静度や運動負荷量を決 定すべきものである。けっして,訪問理学療法士が単独で判断 してはならない。医学管理のイニシアチブをとるのは医師であ り,訪問理学療法士は,医師が適切な判断ができるように患者 の心身状態を時が失することなく正確に情報提供することが求 められている。そのような観点から,在宅リハビリテーション の教育はフィジカルアセスメントに重きが置かれているのだ。  在宅においても人工呼吸器等の管理方法は,病院の入院治療 中と基本的には変わらない。事前の主治医,訪問看護師,関連 する医療・介護連携事業所と医療機器メーカーとの綿密な申し 合わせが必須だ。その患者に対して想定できる異常事態を予知 して,その異常事態発生時の対処方法を,事前にシミュレー ションしておくこと。また,その対処方法を患者・家族に伝え, あらかじめ了解を得ておくことが必要である。大切なのは少し でも早く異常に気がつくこと,「あれ?」と気づける感性であ る。日々のバイタルサインチェックと連携機関との情報収集か ら,患者の正常(普段)の状態を確認しておくことが重要であ る。訪問したその場だけでの判断でなく,情報と知識,経験を フルに活用して五感で評価したい。  患者・家族は,セラピスト以上に不安で恐怖心を抱いてい る。セラピストが自信をもってサービス提供にあたることで, 患者・家族の不安の緩和にも繋がると考える。 在宅療養が継続できなくなる要因  在宅療養が継続できなくなる要因は,下記の 3 つの要因に大

ハイリスク対象者の在宅リハビリテーション

鈴 木   修

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アドバンスドセミナー

Home-based Rehabilitation for Patients Who Are at High-risk of Discontinuation of Home-care Program

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社会医療法人財団慈泉会相澤病院訪問リハセンター兼地域在宅医療支 援センターリハビリテーション科

(〒 390‒0814 長野県松本市本庄 2‒10‒21)

Osamu Suzuki, PT: Visiting Rehab Center at Aizawa Hospital and Rehabilitation Department at Community & Home-care Support Center, Jisenkai Medical Corporation

キーワード: 在宅リハビリテーション,ハイリスク,リハマネジメ

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別できる。 1)病状の悪化・死亡等から在宅療養が難しくなる場合。 2)介護者の介護負担から在宅療養が難しくなる場合。 3)経済的理由により在宅療養が継続できない場合。  筆者が勤務する法人でも死亡終了例は,全体の 1 割を占めてい る。その多くの死亡例は急変等により医療機関へ入院し最期を 迎える場合が多いが,在宅での看取り例も少しずつ増えている。  最期の時を誰とどこで迎えるのか? 終末期では,在宅療養 者と家族双方への心理的サポートも含めた関わりが必要であ る。高齢者の多くは在宅での看取りを希望していると報告があ るが,家族への負担や急変時の不安から終末期の在宅療養を断 念する例も多い。在宅医療の充実とともに,終末期に対する在 宅リハビリテーションのニーズは間違いなく増加するだろう。  在宅高齢者の多くは複数の疾患を有し,心臓病は主治医であ る内科医に,膝関節痛は近隣の整形外科医の治療を受けるなど 複数の医療機関を並行して受診される者も多い。ICF の理念か ら在宅高齢者の心身機能を正しく評価するには,生活環境も踏 まえた総合的な評価と情報収集が必要である。バイタルサイン の変化はもちろん,身体状況等の日内変動,生活動線の福祉住 環境等も含め,特に大きなトラブルに発展しやすい転倒には注 意を払う必要がある。  介護者は経済面,体力面等でも負担を強いられている。東京 新聞の記事では,介護を必要とする者を男女別でみると,男性 が 32.8%,女性が 67.2%と女性が 7 割を占める。また,同居し おもな介護をしている者は配偶者,子,子の配偶者であり,そ のうち 60%が 60 歳以上である4)。同居する介護者と要介護者 の年齢割合をみても老々介護が深刻化しており,介護負担軽減 への対応も重要である。厚生労働省がまとめた「在宅療養推進 の課題」でも,介護者の不在が重要視されており,在宅療養継 続の鍵を握るものと認識している。 在宅ケアチームにおける理学療法士の役割  在宅リハビリテーションは,理学療法士等のリハセラピスト が在宅療養者の住居等へ訪問を行い,専門知識・技術を用いて 在宅療養者の生活上の困りごとに対して助言や療養上の指導を 行うサービスの総称であり,在宅ケアチームの一員としてサー ビスにあたる。  在宅ケアチームにおける理学療法士の役割は,在宅療養者の 図 1 在宅療養者の医療区分 3) 図 2 医療の提供状況 3)

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身体機能の評価とその評価をベースとした療養指導,家屋改修 や車椅子等の生活補助具への助言および身体機能の維持・改善 を目的としたリハビリテーションプログラム(リハマネジメン ト)の作成・提供だろう。これに加え,進行性疾患等では病状 の進行に合わせた生活環境の調整や家族指導,場合によっては 在宅療養者の学校,職場,お茶のみ友達へのアプローチも求め られる。 「連携」と「協働」  「連携」とは,同じ目的をもつ者同士が連絡を取り合い,協力 し物事に取り組むこと。在宅リハビリテーション場面では,患 者の QOL を拡大,維持するために,その患者に関わるすべて の職種が連絡を取り合い,協力しサービス提供を行うことを指 す。目標を共有するための連絡と目標を達成するための共同(協 働)作業の進捗確認が主となるが,それはすべて患者のため, ケア目標共有のためである。それぞれの情報をひとつの目標達 成のために結集させ,ベクトルを合わせることが大切である。  「協働」とは,同じ目的のために対等の立場で協力しともに 働くことをいう。患者に関わるすべての職種が対等の立場で自 らの専門性を発揮し,患者の生活機能の改善,QOL 拡大を図 ることが望ましい。それには,face to face の連携が欠かせない。 担当者間で顔と顔を合わせる機会をつくることが重要であり, 担当者会議や主治医面談,他施設へ積極的に足を運ぶことが大 切である。  他職種連携のキーワードは,他職種の専門性を理解する こと。  在宅療養を支える地域ケアチームの一員として,各職種が専 門性を発揮し,在宅療養者が抱える困りごとに対して,各職種 が臨機応変にイニシアチブをとりながら支援する。リハセラピ ストは身体機能面から問題点を抽出し家族の介護負担を軽減さ せることが得意だが,ケアマネジャーはクライエントを家族の 一員という立場から総合的に問題点を抽出することに長けてい る。クライエントや家族の訴えに対して,もっとも臨機応変に 対応しているのが介護福祉士だ。それぞれの職種に得意分野が あり,また苦手な分野も存在する。それぞれの得意分野を伸ば し,苦手な分野を補えるのがチームの強みである。  自分が欲しい情報を得るには,まず,相手がどのような情報 が欲しいかを考えるべきだ。それには,それぞれの職種の専門 性を理解することがきわめて重要と考えている。一方的に自分 たちの意見を主張するのではなく,しっかりと他職種の意見に 耳を傾けることが必要だ。

目標設定(Fore casting と Back casting)  在宅リハビリテーション,特に訪問リハビリテーションで は,現状を理解し目の前の課題をひとつずつクリアしながら, あるべき姿を創造する「Fore casting 方式」と,あるべき姿を 実現するために,いつまでになにを達成すべきか? を将来か ら現在に遡って目標設定する「Back casting 方式」を上手に活 用する。  「Fore casting 方式」は発展的にアプローチができ,変化に 順応した目標設定が可能である。患者が自身の病状や身体機能 に悲観し在宅療養の士気を見いだせないときは,この「Fore casting 方式」が有効である。一方で,患者の病状および身体 機能に対し,患者が高い目標を設定している場合には「Back casting 方式」を用いてリハビリ意欲を維持させつつ,段階的 に短期ゴールを設定する。この場合,目標を掲げた時点でのシ ナリオが十分でないので,現状とのギャップを可視化し行動に 移すことが大切である。また,イレギュラーな対応にも柔軟に 対応するために,ある程度の「振り幅」を想定しリハマネジメ ントを行う必要がある。  いずれにしても,長期目標を達成するための短期目標の設定 がカギを握ると考える。  マズローは,人間の欲求は 5 段階のピラミッドのように構成 されていて,低階層の欲求が充たされるとより高次の階層の欲 求を欲すると述べている(図 3)。筆者はこの 5 段階の欲求を 常に意識し,クライエントがどの状況を欲しているのか? ま た,その欲求が充たされた次になにを課題として提示すべき か? を考えてサービスを進めている。 小児領域の訪問リハビリテーション  小児領域の訪問リハビリテーションは,提供する事業所がま だ少ない。難治性の疾患が多く,呼吸器管理等の医学管理を必 要とする症例が多いこと。小児領域のリハビリテーションを提 供する施設自体も,需要と供給が足りておらず,在宅まで手が 回らないといったところが原因と推察している。  当法人でも低酸素脳症等で人工呼吸器管理下にある小児患者 を受け入れてきたが,成長過程により連携先が変わり車椅子や バギーの再作成等で専門的な知識が必要であると感じていた。 そこで,2012 年より小児領域専属の理学療法士を配置し,積 極的な受け入れを行っている。  小児領域における訪問リハビリテーションは,その成長期に 応じたリハマネジメントが重要である。当法人に従事する小児 担当者の意見をもとに解説する。 1.乳幼児期の関わり ・「児と家族」⇔「医療関係者」間の連携からはじまり,信 頼関係を構築する時期。病院等で説明された病状や身体状 況等の内容を噛み砕いて理解してもらう仲介役となること も重要。 ・家族は障がいを受け入れるのに時間がかかる。ゆっくりと 図 3 マズローの 5 段階の欲求(アブラハム・マズロー)

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児のもっている能力を見せてあげることで,家族の関わり に自信をもってもらう。 ・児はなにをするにも未経験である。自分の手足ですら実感 できない時期であるため,積極的な刺激入力が必要。家に あるものを上手に活用し,発想力豊かに対応する。 2.幼児期の関わり ・「児と家族」⇔「医療関係者」⇔「母子通園施設・保育園」 間の連携がはじまる。 ・生活リズムを整えて,家以外の生活空間でも過ごせるよ う,姿勢,介助方法,移動用具の評価・見直しが必要な時 期。移動用具は必要物品(呼吸器・吸引器・酸素等)が持 ち運べるように業者とともに検討し,自動車に乗れるか? 介助者 1 人で移乗,移動ができるか等も考慮し助言する。 ・障がい像が固定化してくるが,臥位・座位・立位・歩行等 も経験できる。姿勢・運動はできるだけ経験をさせ,その 後も続けていく能力として生活の中で習慣化する。 3.学童期・思春期の関わり ・「児と家族」⇔「医療関係者」⇔「学校職員」間の連携が 主となる。 ・誰の介助でも受けられるように,誰にでも介助してもらえ るように,いろんな人との関係を築く時期。 ・身体が大きくなることで介助方法が変わっていく点に注意 し,まず家族が介助しやすい方法を探す。次いで学校職員 へ介助方法を伝達する。 ・自宅ではリラクゼーション,学校では活動の 2 面性を明確 にし,学校でしかできないことを職員とともにみつけるこ とが大切。生活アドバイザー的な関わりが必要。 4.青年期の関わり ・「本人と家族」⇔「医療関係者」⇔「作業所・就職先・各 種サービス業者」間との連携が必要となる。 ・介護者である家族も徐々に歳をとり,介護負担が増大する 時期。また,本人も加齢や固定的な体の使い方により,疲 れやすさや痛みの出現が顕著になる。 ・成人としての接し方を大切にし,障がい児から障がい者と しての関わり方へ移行。本人の想いを尊重し,本人の身体 状況に合わせた生活方法を家族とともに見直しを促して いく。 ・自立(自律)した生活が持続できるよう,定期的な機能評 価,リハビリテーションを継続する。 終末期のリハビリテーション  厚生労働省は,高齢化社会の次に訪れる多死社会は 2038 年 がピークに達すると想定している。理学療法士としても,今後, 積極的に介入していきたい分野である。最期の時を住み慣れた 自宅で,慣れ親しんだ家族・友人に見守られて迎えたいと願う 在宅療養者も少なくない。筆者が経験した自宅で最期を迎えた 一症例を紹介する。 1.症例の紹介  60 歳台の男性,筋萎縮性側索硬化症(Ⅱ型呼吸不全)。X 年 に胸の硬さがあり近医を受診したが症状は持続。X+2 年 4 月, 呂律障害や歩行障害も出現してきたため,A 病院を受診し確 定診断される(本人にも告知)。X+3 年 3 月 8 ∼ 18 日,NPPV (BiPAP)導入目的で B 病院へ入院。BiPAP への適応に難渋し たが,日中 6 時間ほど装着可能(夜間の装着は困難)となり自 宅退院。X+3 年 3 月 24 日より,訪問看護と訪問リハビリが開 始となる。 2.生活歴および訪問リハ介入時の希望  東京都出身,I ターンで長野県へ転居(約 15 年)。妻と 2 人 暮らしで子供は 2 人(長男は結婚し県外在住,次男は独身県内 在住)。電気関係の技術職として会社勤めをしていたが,現在 は退職し年金生活。本人は,人工呼吸器・気管切開の希望なし。 妻は,本人の意向を尊重したいが,今後の経過(病気の進行) も含め在宅介護に不安を抱いていた。 3.社会資源・利用サービス  主治医は B 病院神経内科医師(内服薬処方等は近隣のかかり つけ医へ依頼),ケアマネジャーは,当法人の居宅介護支援事 業所で看護師資格を有す。訪問看護と訪問リハビリ以外のサー ビスは本人の拒否があり,ベッド・車いす・杖・吸引器等のレ ンタルのみ。 4.訪問リハビリ介入時のポイント  告知をされているが,「なんで俺が?」「そんなはずはない!」 といった医療(診断)・介護サービスに対する受け入れ拒否が あった。粗大筋力は概ね MMT4 ‒ 5 レベルであったが,手内筋 萎縮があり握力,ピンチ力は不十分。箸を使用して食事をとっ ていたが時間がかかり,時間経過とともに呼吸苦も出現,咽こ みもみられていた。排泄,入浴動作は時間がかかるが自立して おり,息苦しさがあるものの,自宅周囲の散歩や自動車も運転 して近隣の行楽施設へ出かけ気分転換が図られていた。  訪問リハビリに対しては,B 病院入院中もリハビリ介入がな かったため導入も拒否的であった。本人の困りごとは,呼吸 筋疲労による呼吸困難感と食事や入浴・排泄後の疲労感,頸部 等の筋萎縮による離床時(座位)の首のだるさであり,「首が 取れそうだ!」とよく訴えていた。そこで,呼吸筋リラクゼー ションと胸郭柔軟性の維持・向上,呼吸苦予防のための生活指 導や環境調整を中心にリハプログラムを作成。まずは,快刺激 と安楽肢位の紹介によるラポール形成を意識して 1 回 / 週の頻 度から開始した。 5.経過  介入 2 週間後,頸部筋のだるさに対して頸部固定シーネを紹 介。本人の同意も得られ購入の手配を行った。同時期にイカの 燻製を食べて喉に詰まらせる窒息イベントがあり,その後喀痰 量も増加した。自己喀痰は辛うじて可能だが,喀出に時間を要 し,疲労感も強くみられたため,カフマシーン(以下,MAC) の導入を検討。吸引器には依然拒否がみられたが,MAC の使 用は承諾が得られ導入した。  介入後 2 ヵ月,訪問リハビリを 2 回 / 週へ変更。この頃には ラポール形成も進み,本人は訪問リハビリを楽しみに待つよう になった。トイレまで歩行移動しているが,フラツキも目立ち 転倒の危険性が高く,食事動作の疲労感も強い。そこで,介 助用箸とサークル歩行器の使用を提案したが「これは便利だ けど,今はまだいらない」と拒否。病状の進行を予測し Back casting 方式で福祉器具の紹介とデモを事前に行うように意識

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した。また,この頃から日中の呼吸苦も強くなり,ほぼ 1 日中 NPPV を使用するようになっている。  介入後 4 ヵ月,外来通院が困難となり主治医が訪問診療を開 始。訪問診療に合わせて,各担当事業者が自然と集まり在宅カ ンファレンスが開催されるようになった。訪問リハビリ後の呼 吸苦軽減と動きやすさを実感し,本人より訪問リハビリ頻度を 3 回 / 週へ増やしたい希望がだされた。しかし,四肢および呼 吸筋萎縮は進行。NPPV を使用しても安静時で SpO2 は 90% 前半,トイレ歩行直後では 80%を切るなど低酸素状態で推移 している。また,夜間のトイレ移動(歩行)時に椅子に躓く, フラツキで家具にぶつかるなどして打撲する機会も増えた。歩 行器導入のタイミングと考えたが,依然拒否があり本人の意思 を尊重。体調,気分により活動量(内容)に変化がみられたが, 気分のよい時には妻の運転で外出するなど趣味的活動も行って いた。一方で,介護疲れから妻より体調不良の訴えが聞かれる ようになった。必要時にレスパイト入院ができるように登録を 行っている(使用する機会はなかったが…)。  介入後 6 ヵ月,安静時でも SpO2 は 80%台後半を示すように なった。特にトイレ歩行後の呼吸苦が強く,本人よりサークル 歩行器使用の申し出があった。サークル歩行器は,同日中に導 入が完了している。  介入後 8 ヵ月,主治医より本人へ最終の意向を確認。「症状 の緩和は積極的に行うが,気切・人工呼吸器は使用しない,気 管挿管も希望しない」ことが再確認された。在宅酸素の投与量 は状況に応じて流量調節可能,食事に関しても「好きな物を食 べられるときに食べる」として,経鼻経管チューブの希望もな かった。訪問リハビリは,趣味であるパソコンのマウス速度調 整や絵文字カードの提案,摂食嚥下指導,本人,家族の訴えの 傾聴等,理学療法士として,医療人として,また人としてでき ることをすべて提供した。  介入後 10 ヵ月,呼吸は浅く SpO2 は常に 80%台。CO2 の蓄 積から意識混濁がみられるが,ほとんど呼吸苦の訴えは聞かれ なくなった。栄養状態も不良だが,妻の介護負担感に大きな変 化はない。主治医より,「このままいけば在宅での看取りも可 能」と妻へ説明があった。一方で,急変時の妻のパニックを想 定し B 病院への緊急搬送手順も再確認をしている。 6.最期の時  介入後 11 ヵ月,本人が楽しみにしている家族とのドライブ も月に 1 ∼ 2 度程度の割合で継続。しかし,外出後の疲労と CO2 の蓄積から 2 ∼ 3 日は意識レベルが低下し,声かけに対 して頷く程度の反応となっていた。SpO2 は安静時でも 80%を 切る状態だが,呼吸苦はない。経口摂取がほとんど行えず,体 力は日に日に消耗。意識が朦朧とする時間も増えていたが,訪 問理学療法士が訪問するといつも笑みを浮かべてくれた。  X+4 年 3 月 23 日,訪問時の SpO2 は 40%台。反応は乏しく 意識は朦朧。訪問理学療法士が「なにかして欲しいことは?」 と尋ねると,黙ってゆっくりと首を横に振った。訪問リハビリ が介入してちょうど 1 年となる翌日,朝 4 時頃,妻が本人の寝 室へ行くと呼吸をしていないことに気づく。妻より訪問看護師 の緊急呼び出し携帯電話に連絡。その数分後,主治医と連携を とり本人と家族を支えてきた「かかりつけ医」により死亡確認 がされた。  最期まで人工呼吸器と経鼻経管チューブを拒否し,「俺のバ ロメーターだから ・・・」と継続したトイレ歩行,本人の思いを 尊重し支え続けた妻との在宅療養は幕を閉じた。 7.訪問リハビリを提供した 1 年を振り返って  訪問リハビリは,本人と妻の意向を尊重し,運動機能や動作 能力・ADL の評価をもとに安全で効率的な方法・環境調整に 取り組んできた。筋疲労の緩和により日常生活への意欲も向上 し,友人との交流や外出など有意義な時間を過ごすことができ たと考えている。介入当初,訪問リハビリに対して拒否的な姿 勢をみせていたが,ラポール形成が進むにつれ「触れられるだ けで安心」と訪問理学療法士冥利につきる言葉までいただいた。  病期に応じたレベル低下を予測し,段階的に医療・介護・福 祉等の情報を提供する必要性と,必要な情報は提供するがけっ して押しつけない。実現が不可能と思われる希望もすぐに否定 せず,ともに方法を考えて寄り添う姿勢が終末期リハビリテー ションにもっとも重要であることを学んだ。 おわりに  本セミナーでは,在宅リハビリテーションにおけるリスクに ついて,筆者なりに整理し報告させていただいた。在宅リハビ リテーションのフィールドには,「理学療法士にしかできない」 アプローチがあり,「理学療法士だから見える」視点がある。 それは,高度な医学管理を必要とする在宅療養者であっても同 じことである。もし,「経験がないから ・・・」といって,ハイ リスク患者の受け入れに手をこまねいているのであれば,ぜひ 一歩を踏みだしてほしい。主治医や看護師らと連携を密にと り,その患者に対して想定できる異常事態を予知し,異常事態 発生時の対処方法をシミュレーションしておけばあわてずに対 処ができるだろう。  より多くの理学療法士が,在宅リハビリテーションのフィー ルドに立ち,在宅ケアチームの一員として地域貢献されること に期待している。  最後に,本セミナーの講師を行うにあたり,資料提供および 終始適切な助言をいただいた,三崎賢治氏,大見喜子氏,瀬戸 建氏,坂口直謙氏に,この場をかりて心より御礼を申し上げる。 文  献 1) 在 宅 医 療 の 体 制 構 築 に 係 る 指 針.http://www.mhlw.go.jp/ seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/zaitaku/dl/ h24_0711_03-01.pdf(2013 年 10 月 15 日引用) 2) 内閣府ホームページ平成 25 年度版高齢化社会白書.http://www8. cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2013/zenbun/s1_1_1_02.html (2013 年 10 月 15 日引用) 3) 厚生労働省ホームページ医療施設・介護施設の利用者に関する横 断調査.http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000r4qh.html (2013 年 10 月 15 日引用) 4) 東京新聞.http://www.tokyo-np.co.jp/article/seikatuzukan/2012/ CK2012101702000172.html(2013 年 10 月 15 日引用)

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