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基礎心理学者のキャリアパスV

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.38

258 基礎心理学研究 第38巻 第2号

基礎心理学者のキャリアパスV

Series of Interviews on the career path of Psychonomic Scientist V

企   画: 実験心理学者としての多様なキャリアパスを考える特別委員会 お答えいただいた方: 齋藤真里さん (ソニー株式会社R&Dセンター Tokyo Laboratory 08インタラクションシニアリサーチャー) インタビュアー: 熊田孝恒(京都大学),綾部早穂(筑波大学) 場   所: ソニー株式会社品川オフィス 日   時: 2019年12月 略歴と企業を目指した動機 学部は早稲田大学文学部,大学院(修士課程)はお茶 の水女子大学で,どちらも知覚心理学を専攻。企業を目 指した動機は,大学の教員は授業や学生指導など研究以 外の仕事もあり大変そうだと思ったこと,また,当時の (多分,今でも)知覚心理学分野は優秀な研究者も多く, 自分は違うキャリアを歩もうと思ったことなどから。一 方,企業だと,研究や開発などのクリエイティブな仕事 に携われそうだったから。企業なら,1日中,研究や開 発のことを考えていれば済むと思ったし(実際には,そ うとは限らなかったが),また,もともと人間に興味が あったので,臨床心理とかではなく別の形で何か人に役 立つ仕事がしたかった。 どのような就職活動をしたか 学生課などでは斡旋してくれなかったので,自分で直 接,企業の人事部などに電話して心理学卒業者をエンジ ニアとして採用してくれるかを聞いた。心理系を採用し ているところでも,人事やマーケティングなどの部署で の採用というところも多かったが,その中で知覚や認知 分野の研究・開発をしているところを探した。全部で 10 数社に問い合わせをした。メーカーなど,ものを 作っているところを中心に。通常の入社試験に応募する ように案内してくれた会社もあったし,特別に面接など をしてくれた会社もあった。 また,学会などで企業に所属している人の発表を探 し,その場で直接,心理学出身者を採用しているかなど を聞いた。ただし,発表内容は学生時代に行った研究 で,現在は,全く関係ない業務をしているという場合も あった。 現在の所属を志望した理由 心理学関係出身の先輩が数名いて,その方々の話を聞 いて,面白そうだと思った。ユーザビリティの評価をし ている企業は結構あったが,評価よりは開発そのものに 興味があり,ソニーがそのような研究・開発のセクショ ンで採用してくれるという話だったので。 入社後の仕事内容 社内のシンクタンクのような部署にしばらくいたが, そこでは,あまり心理学の知見を活かすことはできな かった。3年後ぐらいにユーザインタフェースの開発を している部署に異動。最初に取り組んだのは,当時とし ては珍しかった,リコメンデーションシステムの開発。 リコメンデーションアルゴリズムの開発とプロトタイプ の評価,その結果に基づく改良を行った。そこでは,プ ロトコル分析や実験計画の知識や技術が役立った。また,

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2020, Vol. 38, No. 2, 258–260

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259 齋藤: 基礎心理学者のキャリアパスV 認知系の研究については,勉強しながら取り組んだ。 年数を経るにしたがって,自分のやりたい研究や開発 ができるようになった(そのような企業の風土なので)。 社内の別のセクションの人に話を聞きにいくことや,一 緒に開発を始めることが,かなり自由にできるように なった。できる人の話を聞きながら,あるいは協力を得 ながら仕事を進めてきた。ただし,研究開発の進め方 は,企業によって異なるので,実際には,(企業の)中 にいる人に聞くしかない。また,このような方法があっ ている人とそうでない人がいるとは思う。 特許出すのは楽しい 研究所内では他のエンジニアと比べても特許出願件数 はかなり多い方。特許はアイディアなので,課題を見つ ければ強い。課題を見つける力は心理学出身者には備 わっているはず。特許は技術の組み合わせで問題を解決 すること。社内では,共同出願で,技術の部分では助け てくれる人がたくさんいる。特許書類を書くことは,ア イディアを論理的に記述することで,実験計画や論文執 筆に似ている。あとはフローチャートとシステム図が描 ければよい。実際にものを作らなくても特許は出せるの で,クリエイティブで楽しい仕事でもある。 心理学の人材は貴重,でもアピールしすぎないことが重要 社内で,心理学の知識が必要だと思っている上司など に恵まれたことで,やりたいことができた。チームとし て仕事を進めるので,その中で,心理学寄りの部分をう まく分担できた。そういうチームに恵まれたことが大き かった。 基本的に,社内のシステムはエンジニア向けなので, 論文だけでなく,特許やエンジニアリングレポート(社 内のエンジニア向けのテクニカルレポート)なども書か なくてはならない。チームで行う勉強会のようなもの も,工学系の内容なので,かなりきついこともあった。 しかし,心理学のバックグラウンドを前面に出すのでは なく,一人のエンジニアとしてのキャリアを歩むことを 望んだ。 実験計画や統計解析ができる人だという評判が社内に 広がるにつれて,いろんな部署から声がかかり,また, 社内で研修をしたりするようになった。ただし,自分から は積極的に心理学のバックグラウンドをアピールしてこ なかった。心理学関連の仕事しかできなくなる可能性が あったから。評価ができる人,調査ができる人というふ うに思われてしまうと,そのような仕事しか回ってこな くなる。その結果,自分のやりたいことができなくなる。 周りは工学系が多いので,数学がわからないことが苦 になる人には難しいかもしれない。数学は全くわかりま せんという態度だと,「それなら評価やって」というこ とになるので,詳しくわからなくても概念を理解しよう とすることが大事。意欲があれば,高校の数学レベルで も対応できる。 企業における心理学出身者の強みとは 技術系の研究者,開発者とは違った観点からの提案が できるところが心理学バックグラウンドの強み。人間の 理解に基づいて,どのあたりに着眼したらよいかがわか る。また,技術的な限界を,人間の特性を理解したうえ で代替することなどの提案ができる。そのような研究 は,今後,ますます必要になってくる。新しい工学的な 技術の心理学的な意義を考えることも心理学に期待され る1つの方向性。 特に,基礎心理学を専攻した人たちは,自分で実験を 計画するといったクリエイティブな側面の資質が備わっ ていると思う。そのような資質が企業では求められる。 リサーチクエスチョンを立てる部分は,企業における研 究や開発にもつながる。ただし,心理学の分野では,豊 かな発想するような人が十分に評価されるシステムには なっていないのかもしれない。心理学では,先行研究を 踏まえた厳密な議論が求められるのは確か。これは,日 本の基礎心理学の特徴かもしれないが。 心理学出身者は,日常場面をイメージすることに長け ている。実験は,人間の日々の営みをどのように,抽象 的に切り出すかにかかっている。そのような能力は,実 際の製品がどのように使われるのかをイメージしながら 進める製品開発との親和性が高い。 企業での研究開発は,役に立つだけではなく,知りた いという欲求にも応えてくれる。面白いと思うことを やっているが,それが最終的に人に役立つに結びつくと 思う。人間に興味がある,が十分条件なので,心理学者 には最適。 心理系の人は,「評価はできるが,ものは作れない」は 絶対に間違い. 実際のプログラミングなどは,社内にできる人もたく さんいて,また,外注したりもするので,システムが組 めないこと自体が大きなハンデにはならない。チーム内 の全員がすべてを把握しているとは限らない。工学部出 身でも理論系の人は,ものは作れない。臆することはな い。

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260 基礎心理学研究 第38巻 第2号 心理学出身者が活躍できる環境は整いつつある 10年ぐらい前に,上司から心理学の人を採用しても いいと言われたが,そのときには,ぜひに,という勇気 がなかった。自分では楽しく仕事ができてきているが, 自分だけのケースなのか,ほかの人にも当てはまるケー スなのか,自信がなかった。当時は,キャリアパスをこ れから自分で作っていかなくてはならない段階で,責任 が持てなかった。いまは,少しは自信が持てるように なった。この10年ぐらいで,社内でも心理学が受け入 れられるようになってきた。 最近は,心理学出身者を採用すべく活動を行っている が,一方で,社内で心理学出身者がうまく活用できるか と言われると,そこは,心許ない部分もある。現マネー ジャークラスが,心理学出身者と仕事をした経験がない ので。 ただし,同時に社会も変わってきた。面白そうなも の,目新しそうなものを出せば売れるという時代ではな くなってきた。どのような消費者に,どんなアピールを するかを考えなくてはならない。そのときに心理学の見 方は貴重。 心理学出身者が活躍できない事例も聞こえてくるが, それはサンプリングの問題ではないか。工学系の出身者 の母集団に比較して,心理学出身者が少なすぎる。なの で,心理学出身者が,良くも悪くも目立つ。 求められる人材とは 身もふたもない言い方かもしれないが,心理学出身者 に限らず,アグレッシブに動く力とか,コミュニケー ションの能力とかというベースの部分は必要。違う領域 の人と質問したりできる能力,あるいは,自分の専門と 関連づけて考えられるかは重要。工学系の人たちとのや りとりは異文化コミュニケーションそのもの。採用する 側は,一緒に働けるか,という観点で見ている。 社内では,心理学のことはなんでも知っている人とし て見られるので,詳しくは知らなくても,聞かれたこと に対して,どのようなキーワードで,どの辺の領域の研 究を調べればいいかがわかること(いわば,土地勘)は 大事。いま思えば,(学生時代に)周辺領域のことも勉 強しておくべきだった。 インタビュアーの感想 長年にわたり企業の第1線で活躍されてきた齋藤さん の言葉は自信にあふれ,また,その間の苦労を感じさせ ないような,前向きなものばかりで,とても楽しい時間 でした。経験に裏打ちされた言葉には一つ一つに説得力 があり,「目から鱗」なこともたくさんありました。特 に印象に残っているのは,心理学バックグラウンドを積 極的にアピールしてこなかった,というあたりでしょう か。これまで,どちらかというと,企業で心理学の知識 や技術が役立つことが大事,あるいは,そうなることが 企業にとっても,本人にとってもよいことだという先入 観が見事に打ち砕かれた瞬間でした。技術に必ずしも明 るくないということを逆手に取り,心理学の考え方や技 術を駆使しながら,研究開発の一番クリエイティブなと ころに自分が居続けられるようにするための考え方は, このようなキャリアを考えている読者の皆さんや,その ような学生を指導する立場の教員にも,とても参考にな る話だと思いました。周囲に恵まれたということをしき りに口にされていましたが,周囲を活かす齋藤さんのコ ミュニケーション能力や,あるいは,周囲を巻き込む情 熱があればこそ,ではないかということを感じました。 究極的には,人間に興味があるという,基礎系心理学者 の誰もが,その心の底で持っている根幹を活かした仕事 に楽しんで取り組んでおられる齋藤さんの言葉が,多く の皆さんのこれからのキャリア設計や研究テーマの選択 に,少なからずインパクトを与えるものと確信をしまし た。お忙しい中,お時間をさいていただきました齋藤さ んに,改めて感謝の言葉を述べたいと思います。ありが とうございました。

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