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不動産の二重売買と横領 : -民法理論との交錯- 利用統計を見る

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不動産の二重売買と横領 :

-民法理論との交錯-著者名(日)

今上 益雄

雑誌名

東洋法学

45

2

ページ

1-27

発行年

2002-03-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000397/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︻論  説︼

不動産の一

一重売買と横領

    民法理論との交錯

はじめに

東洋法学

 ﹁違法性の相対性﹂ということがいわれる。一個の不法な行為に伴って発生する民事責任と刑事責任の成否は明 確に区別し、実体的にも手続的にもそれぞれ別個独立に論定されなければならず、その結果、一方において適法 とされることが他方において違法とされることが生じうる。民事法と刑事法とではそれぞれその目的はもとより、 要件、効果を異にする以上、これはむしろ当然のことである。が、しかし素朴な国民の法感情からすると、本質 的に害悪・苦痛を内容とする刑罰制裁の有無ということにかんがみて、刑事上適法とされる行為が民事上違法・ 無効とされることはともかく、逆に民事上適法・有効とされる行為を刑事上違法な行為として処罰することは望

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不動産の二重売買と横領 ましいことではない。  とりわけ不動産取引きの分野では、不動産の経済的価値や所在が転々と移転しないという性質から、古くから 動産とは異なる民法理論が組み立てられてきた。その意味で不動産取引きに関わる刑事事件の成否を論ずる場合、 このような民法上の法的効果を抜きに考えることはほとんど不可能であるばかりでなく、実際の取引き慣行から 遊離した空理空論になりかねない。そして、この民事・刑事の交錯する典型的な場合が不動産の二重売買をめぐ る犯罪の成否である。ここでは不動産売買における所有権の転移時期についての民法理論が売り主の横領罪の成 否を決定づけ、と同時に背信的悪意者ないしその者からの転得者についての理論構成が第二の買い主の共犯の成 否に影響を及ぽす。  ﹁違法性の相対性﹂とはいっても、一方の責任の存否を考察するに当たって、他方の責任の有無を全く無視して よいというものではない。刑事責任の成否を決定する場合、その行為の民事上の法律効果も十分に樹酌すべきな    ︵−︶ のである。  本稿は、右のような観点から、不動産の二重売買をめぐる刑事責任の有無・内容を解明するに当たって、それ に関連する問題の民事上の要件・効果をより詳しく考察し、その妥当性を検討しようとするものである。

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︵1︶ 本稿と同じ観点からする先駆的な著作として土本武司﹁民事と交錯する刑事事件﹂   いる。 ︵昭和五四年︶が良く知られて

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学説・判例のスケッチ  不動産の二重売買とは︹図・1︺のように﹁XH売り主が、その所有不動産をAU第一の買い主に売却した後、 Aへの所有権移転登記をする前に、未だ登記名義がX名義になっているのを利用して、さらにその不動産を第三 者Y“第二の買い主に売却すること﹂をいう。判例に現われた事案はそのほとんどがX・A間に相当の代金の授 受がある状況で、Y名義に所有権移転の登記がされた事案である︵以下︹設例A︺と引用する。︶が、Yへの所有 権移転登記の有無にかかわらず、通説・判例は横領罪の成立を認める。  すなわち二重売買にあっては、物権変動に関する民法の意思主義︵民法一七六条︶により、第一の売買契約の成 立によりXの所有権はAに移転するので、その時点で当該不動産は﹁他人の物﹂︵刑法二五二条二項︶になる。そし て不動産についての占有は、事実的支配のほか法律的支配としての登記を含むとされる。横領罪における占有の

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A Y ①売買 ②売買

X

〔図・1〕 重要性は排他力ではなくして濫用のおそれのある支配力にあるからである。またXはAに対 して登記名義の移転に協力すべき義務があると考えうるから、委託信任に基づくものといえ る。そこでXがさらにYに売却するのは、Xにおいて﹁自己の占有する﹂﹁他人の物﹂を不法 に領得したことになる、とする。大審院は、古くから﹁或不動産二付売買契約成立シ未タ所 有権移転ノ登記ヲ了セサル間ハ其ノ所有権ハ移転セリト錐登記簿上依然売渡人ノ所有名義二 在ルヲ以テ当事者間二登記手続二必要ナル書類ノ授受アリタルト否トニ関セス刑法第二百五

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不動産の二重売買と横領 十二条第一項ノ適用上該不動産ハ売渡人ノ占有スル他人ノ物二外ナラサレハ檀二之ヲ他二売却スル売渡人ノ行為 ハ横領罪ヲ構成ス﹂と述べ不動産の二重売買が横領罪となることを肯定し︵大判昭和七・三・一一刑集一一巻一六七 頁。同旨、大判明治四四・二・三刑録一七輯三二頁、大判大正一丁三・八刑集一巻一二四頁︶、最高裁もこの結論を確 認している︵最判昭和三〇・一二・二六刑集九巻一四号三〇五三頁。他に、最判昭和三四・三二三刑集一三巻三号三一 〇頁︶。  もっとも、右の通説・判例の見解に対しては、次のような疑間が提示されている。民法上登記がなくても当事 者間・対第三者関係で物権変動は生ずるが不完全なものであり︵したがって、Xは完全な無権利者とはならず、 さらにYに譲渡できる権原がある︶、登記を備えることによって完全な物権変動となる、と説く見解︵不完全物権         ︵−︶ 変動説︶のあること、不動産を売却したがその移転登記を終わらない間のXの法的地位は、いわば取引き完了へ の一過程として買い主への所有権移転登記に協力すべき債務者としての地位に過ぎず、買い主11Aの委託信任に        ︵2︶ よって不動産を占有している状態と解するのは、特殊な場合を除き事実の真相に合致しないことを理由とする。 しかし、この見解は、通説・判例を覆すほどには至らなかった。

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︵1︶ その代表的なものの一つに我妻栄︵有泉亨補訂︶﹁新訂物権法﹂︵昭和五八年︶ ︵2︶ 正田満三郎﹁刑法における占有の概念とその機能的意味qD﹂法曹時報二三巻一   動産の二重売買と横領罪﹂民商雑誌三七巻四号九三頁以下参照。 一四九頁がある。 一号二八八頁以下。 なお乾正三﹁不

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二重売買の諸形態と横領罪の保護法益  右に見てきたように、通説・判例は、不動産の二重売買の場合、一律に占有者は登記名義人である売り主であ り、第一の売買によって不動産の所有権は買い主に移転し、売り主は他人の不動産を占有することになる。そし て、第二の売買によって第一の買い主の所有権を害し不法にこれを領得することになるから、横領罪が成立する、 とするのである。  しかし、不動産の売買における所有権の移転時期についての民法上の学説は変化しているのである。また不動 産の二重売買は、代金支払いの有無、所有権移転の登記あるいはその登記に必要な書類の交付の有無などにより いくつかの段階・形態が考えられ、横領罪も財産犯の一種であるので、現に損害が発生したとみられる時点で初 めて横領罪の既遂を認めるべきであるとの前提から、近時は、第一および第二の売買のそれぞれについて個別・       ︵−V 具体的に横領罪の成否を実質的に検討しようとする見解が有力になりつつある。妥当な態度というべきであろう。

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 一 二重売買の諸形態       ︵−V  詳細に分析すれば種々の形態を考えることができるが、通常、次の三つのタイプに分類されているといえよう。  qDは、︹図・1︺における︹設例A︺のタイプである。すなわち、X・A間で売買代金の授受があったが、Yの ために所有権移転の登記がされAが確定的に所有権取得をYに対抗しえない場合︵民法一七七条︶である。

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不動産の二重売買と横領  のは、X・A間で売買契約は締結されたが、手付程度は支払われても売買代金の授受も所有権移転登記に必要 な書類︵その主たるものは、Xの所有権取得の登記済証および印鑑証明書である  不登法三五条一項二号、同細則四二 条一項、四四条︶の交付もされていない場合である︵以下︹設例B︺という。︶。  ⑥は、X・A間では売買代金の授受があったが、X・Y間では売買契約が締結されたのみである場合である︵以 下︹設例C︺という。︶。  右のそれぞれの場合の可罰性について通説的見解は次のように説く。  まず、︹設例A︺の場合、Xは、Aの所有物を自己の計算においてYに処分し確定的に所有権を取得させた意味 において、まさに不法に他人所有の不動産を領得したものであるから、その行為は横領罪を構成する。  次に、︹設例B︺の場合、Aへの所有権帰属は名目的・形式的に過ぎず、Yへの二重売買によりAは現実に売買 代金などについて損害をこうむっているわけではなく、その損害は主として将来の利益の喪失にかかり、この種 の損害に対する救済は民事上の損害賠償責任を認めるだけで十分であるので、横領罪の成立は否定されるべきで ある。  そして、︹設例C︺の場合、︹設例B︺とは逆に、Yが確定的に不動産の所有権を取得したとはいえない反面、 Aは登記を完了させてYに対抗できる可能性をもっており、この段階では未だXがAの所有不動産を不法に領得        ︵2︶ したとはいい難い、として横領罪の成立は否定される、とするのである。  ︹設例A︺の場合に、Xについて横領罪が成立することは、ほぼ異論なく認められているといえる。

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 他方、︹設例B︺の場合、Aへの所有権移転は名目的・形式的な存在に過ぎず、二重売買によってAに損害が生 じていないので可罰的違法性はなく、横領罪の成立は否定される、とされる。しかし、その所有権がある者に帰 属した以上、それが名目的・形式的なものに過ぎないことを理由に、刑法上の保護のらち外にあってはならない はずである。なぜなら近代的所有権の特質はむしろその観念性にあるからである。否、それよりもそもそもAに 不動産の所有権が移転したといえるかどうか、それ自体が問われなければならない。  また、︹設例C︺の場合、通説はXの不法領得の意思が確定的に発現しないことを理由に横領罪の成立を否定す        ︵3︶ る。そして、横領罪における領得行為説によれば、一般に横領罪は不法領得の意思が外部に発現されたと認めら れる行為によって成立し、その行為は、法律上の処分行為たると事実上の行為であると、また法律上の処分は有 効であると無効であるとを問わず、さらに、その処分行為は完了しなくてもよいと解されている。とすれば、︹設 例C︺の場合も、XがYに売買の意思表示をなせば不法領得の意思は客観的に発現されたことになるはずである。 それにもかかわらず、Xが、その意思を翻してAに対する所有権移転登記を完了させてYに対する対抗力を取得       ︵4︶ させる余地が残されていることを根拠に不法領得の意思の﹁確定的な﹂発現がないから横領罪は不成立とされる のは、売買契約が無効であって所有権の移転が全く生じない場合でも、横領罪が成立するとされる場合と比べて        ノ バランスを失している、というほかはない。  やはり、︹設例B︺および︹設例C︺における売り主Xの不可罰性の根拠は、他の点に求められなければならな い。

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不動産の二重売買と横領  二 横領罪の保護法益  二重売買と横領罪の成否の問題は、︵委託物︶横領罪︵刑法二五二条︶の保護法益との関係で考えられるべきで ある。そして、刑法二五二条の解釈に当たっても、もっぱら刑法の法益保護機能との関係から考察されなければ ならないのである。この観点からすると二五二条は、財物の委託者・受託者間の信任関係を破って行われる点に 基本的特徴があるが、窃盗罪・強盗罪などといった奪取罪とは異なり、所有権を保護法益とする。  そして、近代所有権は、物資を全面的に支配する権能であることを特色としつつ、最も典型的な物権として憲 法の保障を受ける財産権の中心的な権利とされ︵憲法二九条︶、民法が所有権の内容を定め、その得喪・変更、侵 害などに対する効力を規定する。右のような性質を有する所有権を保護することが刑法二五二条の任務であり、       ︵5︶ ﹁所有権概念の内包の決定もその外延の確定も、もっぱら民法によってなされるべきことになる。﹂  したがって、不動産の二重売の場合の所有権の帰属関係も民法によってのみ決定されるのであるが、その際、 売買行為が二個存在するため、不動産の所有権の移転時期が横領罪の成否に重大な影響を及ぼすことは明らかで あろう。もっとも、このような思考方法に対しては民法理論に従属し刑法の独自性を放棄するものだ、との批判 が考えられる。しかし、それぞれの犯罪が何を保護法益としているのかを決定するのは、もとより固有の任務を 有する刑法それ自体であり、その場合には刑法の独自性が最大限に尊重されなければならない。そして、右の観 点から横領罪の保護法益を所有権と決定した以上、所有権の帰属を含め、その内容、得喪・変更が民法ないし民       ︵6︶ 法理論によって決せられるのは当然のことといわなければならないのである。

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︵1︶ ︵2︶ ︵3︶

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︵6︶  大谷實﹁新版刑法講義各論﹂︵平成一二年︶三〇八頁、西田典之﹁刑法各論﹂︵平成二年︶二二〇頁、中森喜彦﹁刑 法各論︵第二版︶﹂︵平成八年︶一六〇頁、山口厚﹁問題探求・刑法各論﹂︵平成二年︶一八O頁、山火正則﹁二重 売買と横領﹂刑法の争点︵新版︶二九〇頁、前田雅英﹁刑法演習︵新版︶﹂︵平成三年︶四一〇1四一一頁など。  しかし、その多くは、X・A間の売買が意思表示にとどまり、金銭の授受も、登記に必要な書類の交付のない場合 ︵後出︹設例B︺のケース︶と、X・A間で金銭の授受があったが、第二の売買においてはXがYに対して単に売買 の意思表示をしたにすぎず、Aに所有権移転登記を完了する余地が残っている場合︵後出︹設例C︺のケース︶の二 つに分類する場合が多い。例えば大谷・前掲三〇九頁。拙著﹁重点講義刑法各論﹂︵平成九年︶一六二頁など。  藤木英雄﹁横領行為・背任行為﹂総合判例研究叢書︵11︶︵昭和三三年︶六〇頁。なお、藤木博士の分析にかかる 三つの形態は、現在かなり広く受け入れられている。同﹁経済取引と犯罪﹂︵昭和四〇年︶一一六頁以下。なお、大 塚仁﹁刑法概説︵各論︶﹂改訂版︵昭和六二年︶三八九頁。  私見は、横領罪においては通説・判例と同じく領得行為説を採り、不法領得の意思が外部に発現されたと認められ る行為が実行行為であると解している。しかし、領得行為説を採っても不法領得意思H横領の認識という主観面と、 不法領得の意思の発現という客観面が対応しており、故意のほかに不法領得の意思という主観的要素は不要である と考えているのである。拙著・前掲一六〇頁。  藤木・前掲叢書二五頁。土本・前掲二六頁。  川端博﹁二重売買と横領﹂財産犯論の点景︵平成八年︶三〇頁。同﹁不動産の二重売買・二重抵当と横領・背任﹂ 植松正・曽根威彦・川端博・日高義博﹁現代刑法論争11﹂︵平成六年︶一八二頁。  民法上の所有権が保護の対象とされる以上、その内容、得喪・変更が民法によって決められるのは当然であり、こ れは民法への従属として非難されるべきものではないことを強調するのは、川端﹁不動産の二重売買と横領罪﹂明治 大学法制研究所紀要一六・一七合併号三二頁以下、同・前掲論争一八二頁以下。

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10 不動産の二重売買と横領 売り主XのAに対する罪責  不動産の二重売買の場合、 罪責を負うのでないことは、 検討してみることにしよう。 ︻ 他人の物 不動産の売買、

A

横領罪の成否 すべての形態について、一律に売り主Xの行為が第一の買い主Aに対して横領罪の 右に見てきたとおりである。そこで、以下、横領罪の構成要件に即してその成否を すなわち所有権の移転の過程は、 、 1 登記時 引渡し時③ 代金支払時説② 買 売

X

契約時説① 〔図・2〕       ︹図・2︺において、現金一括払い売買は別として通常X・A 間で売買契約が締結され、その際にAからXに手附が交付され、一回から数回の中 間金が支払われ、最終的に残代金が支払われ︵残代金の支払いは、所有権移転の登 記に必要な原因証書−多くの場合売渡証書が用いられるー売り主Xの登記済証、印 鑑証明書、買い主Aの住所証明書およびX、Aの登記申請の委任状を持参し登記申 請を司法書士に嘱託する手続の完了とともに行なわれる︶、目的物の引渡しと登記と を経由して終了するのが一般である。このような場合、X・A間で残代金の支払い と引換えに目的物の引渡しと登記を行う旨の特約がされるが、これは当然に所有権 移転時期の特約を意味するものではない。この所有権移転のプロセスにおいて、当

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事者が、したがって取引き社会が特別の意味を認めている行為は、最初の売買契約と代金の全額支払い、引渡し、 登記である。それでは、どの時点でXからAへの所有権の転換があるものと考えられるのであろうか。  ω 民法理論  民法一七六条は﹁物権ノ設定及ヒ移転ハ当事者ノ意思表示ノミニ因リテ其効力ヲ生ス﹂と規定し、民法一七七 条は、登記を不動産の物権変動の対抗要件としている。これらの規定の解釈として、大別すると次の三説がある。 ω 契約時説  特定物である不動産売買の場合、最初になされる売買契約︵債権契約︶のときに所有権も移転 する︹図・2︺では①の時点︶が、当事者が、所有権移転時期につき別段の特約をしたときは、それに従う、と       ︵−︶ 考える説である。判例の立場でもある。 ω 代金支払い・引渡し・登記時説ー物権行為時説 わが国の取引き慣行では、所有権は、当時者間の意思表 示︵合意︶だけで移転するとは一般に考えられておらず、代金支払い・引渡し・登記などの外部的徴表があった ときに移転するものと考える︵︹図・2︺では③の時点︶。そして、きわめて稀な例外として、当事者の合意︵特        ︵2︶ 約︶による移転時期の決定を認める。近時は、判例は実質的には、この説に立っていると理解されつつある。 ㈲ 代金支払い時原則説  有償性説 売買契約では代金の支払いがあるまでは所有権は移転しないとするの が原則だから、所有権移転は双務契約上の対価︵代金支払い︶との牽連関係から導かれ、したがって、その時期        ︵3︶ は対価の支払い時である︵︹図・2︺では②の時点と考える説である。売買契約の有償性とわが国の慣行の確認と にその根拠を求める。 11

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不動産の二重売買と横領  実際の取引きでは、一般に同時履行、すなわち対価の支払いの時に所有権移転の合意があるのを通例とするか ら、登記または引渡しがなくても代金の支払いがあれば売買目的物の所有権は移転すると考えられ、民法の解釈 として㈲説が妥当であると解する。  右の民法解釈にしたがえば、二重売買の諸形態のそれぞれについて、さらに、第一の買い主が代金をどの程度 支払ったかを吟味し、その所有権が実質的、経済的にも刑法によって保護されるに値するものか否かの検討が必 要となる。  その結果、 @︹設例A︺の場合、X・A間の第一の売買において、 ①Aが代金全額を支払っていたときは、所有権はAに移転し、Xが目的不動産をYに売却することにより横領罪 の成立は認められる。 ②Aが代金の一部を支払ったときは、どうか。最高裁昭和三三年一〇月八日決定︵刑集二一巻一四号三二三七頁︶ は、第一の売買において不動産の代金八一万円のうち六五万円余が支払われた事案において、﹁原判決認定の如き 事実関係の下においては、被告人が⋮⋮二重売買をした当時は既にその所有権は第一の買い主⋮⋮に移転して おったものと認めるを相当﹂とすると述べ、横領罪の成立を肯定している。本事案では第一の買い主が売買代金 の約八割を支払っているので所有権移転が認められたが、支払い代金の価額いかんによっては、第一の買主への       ︵4︶ 所有権移転が認められないことも示唆していると考えられる。所有権の転換を生ずる支払額の線引きの判断は困 12

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難であるが、次の︹設例B︺のケースが一つの参考となろう。 ㈲︹設例B︺の場合、その多くは、X・A間の売買が単なる意思表示にとどまり、金銭の授受も、登記に必要な 書類の交付もないケースとして例示される。  そして、この場合、Aの所有権は名目的な存在に過ぎず、Xが目的不動産をYに売却しても、民事上の債務不 履行が問題となるに過ぎないとか、形式的には他人の不動産を領得したといえるが、単に売買の意思表示があっ たといえるに過ぎないときは、買い主の売り主に対する信頼も弱く、刑法上処罰に値する程度の所有権の実質を       ︵5︶ 備えていないと解すべきであるから横領罪を構成しないとされる。しかし、取引きの実際においては、X・A間 で売買契約は締結されたが手附も全く支払われないケースは存在し難いのであり、通常、AはXに対し手附とし        ︵6︶ て売買代金の一割ないし三割程度を支払う慣行がある。それにもかかわらず横領罪が成立しないのは、代金支払 い時原則説によれば、契約締結の証明と解除権留保の手段として交付される手附︵前者は証約、後者は解約手附の性 質をもつ  民法五五七条︶の支払いのみによっては、Aに所有権は移転せず、その不動産はなおX自身の物であ る。したがって、横領罪の構成要件要素である物の﹁他人性﹂を欠くことになり、そもそも構成要件該当性が認       ︵7︶ められないのであって、違法性を欠くからではないのである。  かくして、所有権がAに移転したと評価しうるためには、売買代金全額を支払った場合のほか、特約のある場 合を除き手附に加え代金の一部と目される内金・中間金の支払いによって少なくとも代金の三分の二以上を超え る必要があるのではないか、と考えるのである。 13

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不動産の二重売買と横領 @︹設例C︺の場合、︹設例B︺と同じく、Yに対する意思表示だけでは所有権はYに移転しないので、Xにおい        ︵8︶ てそもそも処分行為自体が完了しておらず、横領未遂の段階であって、Xは不可罰であると解すべきである。  二 自己の占有  二重売買において、売り主Xに横領罪が成立するためには、Xが目的不動産を占有しているという事実が認め られなければならない。そして、横領罪における占有は、攻撃・侵害の対象となるその排他力が問題となる奪取 罪における占有とは異なり、誘惑・濫用のおそれのある占有で足りるので、物に対する事実上の支配だけではな く、法律上の支配をも含むことになる。登記済み不動産の場合、所有権登記名義人は当該不動産を所有するもの と推定される︵最判昭三四・一・八民集一三巻一号一頁︶から、登記名義人は法律上、不動産を第三者に処分しうる 地位にあるといわなければならない。したがって、不動産の所有権がX・A間の売買によりAに移転した後も登 記簿上の所有名義が未だ売り主Xにある以上、Xが当該不動産の占有者ということになるぺ最判昭三〇・二丁二 六刑集九巻一四号三〇五三頁など︶。 14  三 委託信任関係  刑法二五二条の横領罪が成立するためには、法律上明文の規定はないが他人の物を占有するに至った原因が委 託信任関係のある場合に限られる。この委託信任関係の発生原因は委任・寄託などの契約を基礎とするのが一般

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であるが、事務管理・後見などの法律上の規定による場合や慣習・条理・信義則に基づくものでもさしつかえな く、また、委託者・受託者の直接の委託行為を必要としない︵大判大四・九・一七新聞一〇四九量二四頁︶など一般 にかなり緩やかに解されている。したがって、当事者間の契約の効果として一方が他方に対してなんらかの法的        ︵9︶ 義務を負う関係があれば足りる。二重売買におけるX・A間の関係は、Xは売り主の義務としてAに対し所有権 移転登記に協力すべき義務があり、それゆえ、それまでの間その登記名義をAのために保存すべき義務を負って いるため、委託信任関係があるということができる。

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 四 横領行為  ︹設例A︺のように、Aに不動産の所有権が移転している場合において、XのYに対する第二の売却行為は、A のXに対する委託の趣旨に反し、かつXはすでに所有者でないのに所有者でなければできないような処分行為を しており、横領行為の意義に関する越権行為説、領得行為説のいずれによっても、横領罪に当たる.問題となる のはその既遂時期である。横領罪の成立については、不法領得の意思を発現する行為があれば処分行為が完了し        ︵−o︶ なくても既遂となり、実際上未遂は問題とならない、とする見解が有力である。しかし、横領罪も財産罪の一種 であるから、他人の財物に対する処分行為が開始されただけでは足りず、その結果、現に損害が発生したとみら        ︵11︶ れる時点で初めて既遂に達すると解すべきである。  そこで、横領が既遂として可罰的といいうるためには、Xに横領意思が明確に看取されなければならない。そ 15

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不動産の二重売買と横領 のためには、第二の買い主Yが所有権移転の登記を得たか、登記手続に必要な書類の交付を受けたことを必要と する、と解すべきである。したがって、XがYに対して単に売却の意思表示をしただけにとどまる場合はもとよ り、代金の授受があった場合も、Xの横領意思が確定的に発現しているとはいえない。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶  この説は、売買・贈与などでは一個の意思表示から債権の発生と物権の変動︵所有権移転︶が生ずるとし、物権変 動のために常に別個の意思表示︵所有権を移転させる旨の合意U物権行為︶の存在は必要でないとする。いわゆる物 権行為の独自性否認説に立つのである。物権の変動を生ずる意思表示と債権の発生を生ずる意思表示とが民法上区 別されていず、また民法五四五条一項但書などこの解釈を支持する規定のあることを理由とする。しかし、この説に 対しては、有償契約における代金支払いの重要性を軽視し、所有物の引渡請求に対して売り主が代金支払請求権を もって同時履行の抗弁権︵民法五三三条︶で対抗することができないなどの批判がされている。この説を採る代表的 なものとして、我妻・前掲六〇1六一頁。末弘厳太郎﹁物権法上巻﹂︵昭和三五年︶六二−六三頁など。判例として 大判大二二〇・二五民録一九輯八五七頁、最判昭三三・六・一〇民集二一巻一〇号一五八五頁など。  この説は、代金支払いにしても、引渡しや登記にしても、常に双方の協力によるものである以上、一つの契約︵合 意︶を構成するものと考えられ、しかもその契約は、それ以前にされた売買契約︵債権契約︶とは明白に区別される ものであり、所有権を移転させようとする目的をもった合意であるから、物権契約H物権行為と解することができ る。しかし、ここでいう物権行為は、ドイツでの︾亀一器霊轟のようなものではなく、わが国特有の物権行為概念で あるとする。  末川博﹁物権法﹂︵昭和三一年︶六二−六八頁。近江幸治﹁民法講義H﹂︵平成六年︶六一i六二頁など参照。  この説は、所有権の移転は有償契約の本質である対価的牽連関係H同時履行から導かれるのであって、したがっ て、所有権に対応するものは代金の支払いであるから、この時が所有権の移転時期であるとする。川島武宣﹁︵新版︶ 所有権法の理論﹂︵昭和六二年︶一二九−二二四頁。しかし、正確にいえば対価的牽連関係H同時履行とは、請求権 16

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︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶

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︵代金支払請求権と目的物引渡請求権︶であって、所有権の移転ではない。川島博士は、後に改説し﹁引渡しをなす べき時﹂︵代金支払時または登記時︶とした。同﹁民法1﹂︵昭和三五年︶一五三頁。なお舟橋諄一﹁物権法﹂︵昭和 三五年︶八七頁など参照。  上蔦工口同﹁不動産の二重売買と横領﹂刑法判例百選H︵第四版︶二一頁。なお、曽根威彦教授は、﹁Aが相当程 度の代金を支払っている場合﹂Xについて横領罪の成立を認められるが、﹁相当程度﹂とは、どの程度のことをいう のかは明らかでない。曽根﹁不動産の二重売買と二重抵当﹂刑法各論の重要問題︵新版︶二三四頁。  大塚・前掲三八九頁。大谷・前掲三〇九頁。小暮得雄・内田文昭・阿部純二・板倉宏・大谷實﹁刑法講義各論﹂︵昭 和六三年︶二二八頁。  青木茂﹁登記実務からみた物権変動論﹂不動産物権変動の法理二一〇頁。なお、宅地建物取引業者が、自ら売り主 となる宅地または建物の売買契約の締結に際しては、代金の額の二割を超える額の手附を受領することができない、 とされている︵宅建業法三九条一項︶。  同旨、川端・前掲論争三一頁。これに対し可罰的違法性を欠くものとして曽根・前掲二三五頁。山火・前掲二九〇 1二九一頁参照。  拙著・前掲一六三頁。同旨、曽根・前掲二三六頁。  前田・前掲四〇九頁。  大判明四三二二・二刑録一六輯二一二九頁、最判昭二七・一〇・一七裁判集︹刑事︺六八巻三六一頁など。  曽根・前掲二三六頁。

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売り主XのYに対する罪責 詐欺罪の成否  第二の売買に際し、第二の買い主Yが第一の売買の事実を知らない善意の第三者である場合、 実を告知しないことが、不作為による欺く行為としてYに対する関係で詐欺罪を構成しないか、 XがYにその事 が問題となる。 17

(19)

不動産の二重売買と横領 かつて大審院昭和二年九月一〇日判決︵新聞二七四六号一六頁︶は、﹁既二他人二売渡シタル不動産二付キ、其ノ登 記ヲ経由セズ登記簿上依然トシテ自己ノ所有名義トナリ居ルニ乗ジ、第三者ヲ欺岡シテ重ネテ其ノ者二該不動産 ヲ売渡シテ其ノ登記ヲ了シタル⋮⋮二於テ、第ニノ買主⋮⋮二被害ナキモ之ガ為第一ノ買主タル某ガ損害ヲ被リ タルコト明白ナレバ、⋮⋮詐欺罪ノ成立ヲ妨グルモノニ非ズ﹂と判示し詐欺罪の成立を認めた。積極説は、この 場合、登記によりYはAに当該不動産所有権の取得を対抗することができるが、Aから争われる危険があり、現 実に当該不動産が利用できなかったり、あるいは所有権の取得を否定されることも予想されるときは、Xに事実       ︵−︶ を告知すべき義務があり、不作為による欺岡が認められる、とする。この考え方によると、二重売買の場合、X は、原則としてAに対する横領罪とYに対する詐欺罪とを構成し、両罪は観念的競合または併合罪ということに なる。しかし、Xは登記名義人である以上、法律上有効にYに売却できる地位にあり、また、Yは所有権移転登 記によってAに対抗することができるから財産上の損害が発生したとはいえず、したがってXはAに対しすでに 売却済みであることを告知する義務はない。また、第二の買い主YにはAの財産を処分する権限はないから、A       ︵2︶ を被害者、Yを被欺岡者とする三角詐欺の成立も認められないであろう。 18 ︵1︶ 土本・前掲三二頁。なお、藤木博士は、Yの側からみて、もしXから第一の売買の事実を告知されていれば支払わ   なかったであろう不動産の代金を支払ったこと自体を損害と解する場合には、詐欺罪の成立を認める余地があると   される︵前掲叢書七一頁︶が、対価の設定に誤りがなければ財産上の損害はなく、詐欺罪の成立は否定されるべきで  ある︵拙著・前掲一四〇頁︶。なお大判昭三⊥二二二刑集七巻二七二頁参照。

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︵2︶ 大谷・前掲三一〇頁。曽根・前掲二三七頁。 第二の買い主Yの罪責  二重売買にあっては、Xの売却行為に対応する第二譲受け人Yの買受け行為が存在するため、その可罰性が問 題となる。しかし、右に見てきたとおり、二重売買の諸形態に応じてXの行為が横領罪を構成する場合とそうで ない場合とがあるので、それに応じてYの可罰性にも差異が生ずる。そこで、Xの行為が横領罪を構成するとき には、次のように場合を分けて考える必要がある。

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 一 横領罪の共犯  qD Yが善意または悪意の場合  Yが善意の場合はもとより、Xが当該不動産をすでにAに売却していた事実を知っていた︵単純︶悪意者に過 ぎない場合、民法上、Yの行為は、通常の取引き行為として是認されており、その登記は有効であって所有権取 得をAに対抗することができる。民法一七七条の登記の欠飲を主張するにつき正当な利益を有する第三者には、 単純悪意者が含まれるからである︵大判明三八・一〇・二〇民録一一輯一三七四頁、最判昭三二・九・一九民集二巻 九号一五七四頁︶。もし、右の場合にも、Yが横領罪の共犯として処罰されるとすれば、民事上有効・適法な行為が 刑法上違法な行為として民事と刑事との間に矛盾が生ずることになる。 19

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不動産の二重売買と横領  最高裁昭和三一年六月二六日判決︵刑集一〇巻六号八七四頁︶は、Xが不動産をAに譲渡したが登記名義がその ままになっていたところ、Yから金員を借り受け、その不動産がすでにAに譲渡されていることを知っているY のため代物弁済を原因とする所有権移転登記をした事案で、横領罪の共犯の成立を否定して、X・Yを横領罪の 共同正犯とした原判決を破棄し、原審に差し戻した。そして、﹁被告人Yは、被告人Xに対する元金二万八千円の 債権に基づきその代物弁済として⋮⋮本件不動産の所有権移転登記を受けその所有権を取得したというのである から代物弁済という民法上の原因によって本件不動産所有権を適法に取得したのであって、彼告人Xの横領行為 とは法律上別個独立の関係である。されば本件においてたとい被告人Yが﹃前記の事実を良く知りながら﹄右所 有権の移転登記を受けたとしても、これをもって直ちに横領の共犯と認めることはできない﹂と、判示したので ある。 A i(2 ①売買 Yが背信的悪意者の場合 :::,⋮⋮、⋮:⋮  ㈲ 二重売買にとどまる場合 ︹図・3︺のように、Yが正常な取引きの範囲を逸脱する、   Z   ⋮

D野誓蕪糠毅蕪瓢鵬罐、酵巽鷺匙論麓鞍謹

X

②売買

→玉

背信的悪  〔図・1 同昭四三・二二五民集二二巻一二号二六七一頁など︶。信義則に反する場合として、登記申 請を詐欺・強迫によって妨げ自己名義に登記したケース︵不登法四条・五条︶、第一の買い主 Aに対して復讐を目的としてXから譲り受けYが登記したケース︵最判昭三六・四・二七民 20

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集一五巻四号九〇一頁︶、Aに高値で売りつけて利益を得る目的でYが買い受けその旨の登記を経たケース︵最判昭 四三・八・二民集二二巻八号一五七一頁︶などがある。  ところで、右のケースの場合、Aは登記なくYに対して目的不動産所有権の取得を対抗することができるため、 Aはなんらその所有権を侵害されていないのではないか、と解する余地もある。  しかし、現実にY名義で登記がされている以上、Aが自己名義に回復するには、A・Yの共同申請による︵不登 法二六条一項︶か、登記請求権を行使し勝訴の確定判決により、Aが、単独で︵不登法二七条。民執法一七三条一項︶、 Y名義の登記を抹消するか、﹁真正な登記名義の回復﹂を原因としてY←Aへ移転登記を申請するほかはない︵昭 和五三・三・一五民事三第一五二四号回答︶。その意味で、Aがその不動産を通常の取引き過程におくことは事実上 阻害されており、Aの所有権は侵害されたとみるべきである。福岡高裁昭和四七年一一月二二日判決︵刑集四巻一 一号一八〇三頁︶は、Yが、山林の所有権が登記簿上の所有名義と異なることを利用して山林を取得しようと企て、 名義人の相続人らに再三売却方を申し入れたが拒絶されるや、法的知識に疎く経済的にも困っているのに乗じ執 拗かつ言葉巧みに働きかけ、ついに山林をYに売却することを承諾させ、中間省略の方法で同人名義に所有権移 転登記をした事案で、﹁被告人の本件所為は、もはや経済取引上許容されうる範囲、手段を逸脱した刑法上違法な 所為というべく、右Xを唆かし、更にすすんで自己の利益をも図るため同人と共謀のうえ本件横領行為に及んだ ものとして、横領罪の共同正犯としての刑責を免れない﹂とした。  右判示のように、第二の買い主Yの行為は、Xの横領行為に関与していると評価され、その行為態様により共 21

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不動産の二重売買と横領       ︵−︶ 同正犯あるいは教唆犯になると解すべきである。 ω 背信的悪意者からの転得者のある場合 ︹図・3︺において、第二の買い主Yが背信的悪意者とされた場合、 Yから転得したZが善意であっても保護されなくなるのではないか、という問題が生ずる。この善意の転得者Z を保護しようとする方向では民法上の学説は一致しているが、その理論構成に苦慮していた。しかし、近時は、        ︵2︶ 登記欠訣者Aと転得者Zとの関係でも、背信性は相対的に判断されるべきとの見解が有力である。相対的判断と は、背信的悪意は当事者ごとに決定し、中間取得者の善意・悪意に影響を受けないということである︵絶対的構 成では、Yが背信的悪意者であれば、Zは取得できない。広島高裁松江支部昭和四九年一二月一八日判決︵判例時 報七八八号五八頁︶は、﹁第二譲受人Yからさらに係争山林を買い受けた転得者Zが第一譲受人Aからその所有権を もって対抗されるかどうかは、Z自身の右山林を買い受けた行為がAに対する背信性を帯びるかどうかにかかっ ている﹂とする。なぜなら、﹁斯く解したからとて、その適用の結果が中間に介在する善意の第三取得者の法律関 係、法的地位に影響を及ぼすものでもなく、又反面⋮⋮悪意の遮断を認めると、善意の第三者を介在させること により背信的悪意者が免責されるという不当な結果を認めることになる﹂︵東京高判昭五七・八去二判例時報一〇 五五号四七頁︶ことを根拠とするが、最高裁判所は、ごく最近背信的悪意者排除論の相対的適用を採ることを明ら かにした︵最判平八二〇・二九民集五〇巻九号二五〇六頁︶。右の相対的適用論にしたがえば、転得者Zが善意であ れば、横領罪の共犯など犯罪を構成する余地はないこととなる。なお、Yが﹁加害目的悪意者﹂の場合、すなわ ち積極的にAを害する目的でXに対し從心涌心・勧誘・強要などの行為をして譲渡を受け、自己名義に登記した場合 22

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東洋法学

は、民法上も公序良俗違反の不法行為として民事上の効力が絶対的に否定される︵民法九〇条︶のであるから、刑        ︵3︶ 法上の可罰的違法性を具備するものとして、Xとの間に横領罪の共犯が成立することになる、との見解がある。 そして、背信的悪意者は、信義則違反を伴っている点で単純悪意者よりもその悪意性が強い一方で、必ずしもA に対する害意が認められない点で、加害目的悪意者よりもその悪意性が弱いことから、このような者に罪責を問 い得るか否かが問題となる、とする。しかし、これは前掲最高裁昭和三六年四月二七日判決の位置づけを曲解し たことに基づく所論というべきである。背信的悪意者排除理論は、戦後の社会混乱期のなかで、登記を具備しな い物権者や借地権者に対し、信義則にもとるような権利取得者が明渡しを請求するケースが多く現われた.それ に対し、下級審判例は権利濫用や信義則違反などの民法上の一般理論を用いて、かかる者を排除する態度をとり、 その積み重ねを基礎に最高裁判所は、背信的悪意者排除論を承認するに至り、その理論を明言したのが前掲最高       ︵4︶ 裁昭和四三年八月二日判決であって、それが確立するのは昭和四〇年代半ば過ぎのことである。したがって、公 序良俗︵民法九〇条︶に違反するとして民法一七七条の第三者から排除する前掲昭和三六年判決は、いわば判例の 形成途上に便法として用いられたものであって、この理論構成では、背信的悪意者からの善意の転得者がある場 合、相対的適用をすべきとの前掲平成八年判決と均衡がとれないことは明らかである。もし、Yが背信的悪意者 でX・Y間の売買が公序良俗に反し無効であるとすれば、Zの善意・悪意にかかわりなく所有権取得は不可能で        ノ あり、Zが善意であれば、その者は所有権取得をAに対抗できるとの理論構成もできないからである。 23

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不動産の二重売買と横領  二 盗品等有償譲受け罪の成否  不動産の二重売買において、その不動産は第二の売却行為により盗品その他財産に当たる行為により領得され たものとして盗品等に関する罪︵刑法二五六条︶の客体となっているので、Yが悪意者である場合、Yに盗品等有 償譲受け罪の成立を認める見解がある。この場合、横領罪の共犯も成立しうるが、それと盗品等有償譲受け罪は       ︵5︶ 侵害事実を同じくし、しかも後者の刑が重いので、前者は後者に包括されるという。しかし、このような理解は 妥当でない。盗品等有償譲受け罪が成立するためには、本犯であるXの横領行為が既遂に達していることが必要 である。不動産売買の場合、第二譲受人Yが所有権移転の登記を完了したときに横領罪は既遂となる。したがっ て、XがYに売却の意思表示をしただけでは横領罪は既遂とならず、また、Yが悪意でも民法一七七条により所 有権の取得をAに対抗することができるから、Yが取得した当該不動産に対してAは追求権を行使しえず、Yに        ︵6︶ 盗品等に関する罪が成立する余地はないのである。 24 ︵1︶ 大谷・前掲三〇九頁。川端・前掲点景三二頁など参照。 ︵2︶ 吉原節夫﹁背信的悪意者の転得者への適用﹂民事研修二二九頁以下、椿寿夫・松野民雄﹁背信的悪意論の相対的適  用﹂法律時報五五巻八号一四三頁以下、近江・前掲八七頁ー八八頁など参照。 ︵3︶ 曽根・前掲二三八頁。土本・前掲四〇ー四一頁参照。 ︵4︶ 近江・前掲八四−八六頁。 ︵5︶ 牧野英一﹁刑法各論下巻﹂︵昭和二六年︶七八九頁。 ︵6︶ 例えば、曽根・前掲二三八−二三九頁など。

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おわりに

東洋法学

 不動産の二重売買における刑事責任をめぐる問題は、比較的古くから論じられてきたテーマで特にめ新しいも のではない。  当然のことながら、一部に反対説が存在するものの、今日では、売り主Xおよび第二買い主Yについての罪責 は、論理構成は別にしても、ほぼ定説ともいうべきものが成立しているといっても過言ではない。そして、それ ぞれの罪責を論ずるに当たり、多かれ少なかれ、Xについては所有権移転の時期についての民法一七六条の解釈 論を、Yについては同法一七七条の第三者の範囲についての民法学説を前提としていることは明らかである。し かし、そのことは決して刑法の独自性を放棄して民法理論に従属することを意味しない。刑法の法益保護機能か らして、Xの罪責を考える場合、もっぱら動機、領得行為の不当性という行為無価値性を問題にするのではなく、 侵害利益の要保護性という結果無価値性を重視すべきこととなる。そして、横領罪が占有の濫用による﹁所有権﹂ の侵害の禁止を保護法益とするならば、目的不動産の所有権の帰属は民法によってのみ決定される以上、横領罪 の成否を民法の解釈論に依拠するのはむしろ当然のことであり、右の理は、背信的悪意者排除論に依拠してYの 罪責を論ずる場合にも妥当するのである。  問題は、実はこの先にある。  すでに述べたように、現在、XおよびYの罪責は二重売買の諸形態に応じ二ないし三のケースに類型化して論 25

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不動産の二重売買と横領 ぜられるのが通常である。私もこれにならって三種のタイプに分けたのではあるが、その一つの場合として︹設 例B︺がある。一般にこのケースでは、X・A間の売買が単なる意思表示にとどまり、金銭の授受もなく、また 登記手続に必要な書類の交付もされていない場合、と例示される。そしてこの場合、形式的には﹁他人の﹂不動 産を領得したといえるが、単に売買の意思表示があったといえるにすぎないときは、買い主の売り主に対する信        ︵−︶ 頼も弱く、﹁刑法上処罰に値する程度の所有権の実質を備えていない﹂と解すべきである、とされる。これは、﹁形 式的﹂にせよ他人の不動産を領得したというのであるから、横領罪の構成要件該当性はあるが、﹁刑法上処罰に値 する程度﹂の所有権の実質を備えていないので可罰的違法性がないので横領罪を構成しない、とする趣旨であろ う。所有権移転の時期について契約時説を暗黙の前提としているとも考えられる。しかし、果してこのような売 買が実際に存在するものであろうか。仮に、X・A間で売買契約が締結されたのが五月一日付けで、代金はおろ か手附も支払われていない︵当然のことながら、登記に必要な書類の交付がされていることはありえない︶段階 で、六月一日付けで、さらにXがYに売却して登記を了した、としよう。形式的にせよ不動産の所有権がX←A に移転したと考えることは当事者の意思に反するし実際の取引き慣行にも反する。また、Yが登記を了したのは 代金を完済したうえでのことと考えられ、それは正当な自由競争の枠内の取引き行為であって、A・Yの関係を 対抗問題と捉えた民法一七七条の趣旨にも合致するのではないか。とすれば、形式的にせよAに所有権は帰属し ていず、横領罪の構成要件該当性自体がないもの、と考えるべきなのである。  また、︹設例A︺の場合も、Aが代金を完済すれば、それと同時に不動産の明渡しと登記または登記に必要な書 26

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類の交付を受けることとなり、XのYへの売却行為が横領罪を構成することには異論はない。問題は代金の一部 が支払われた場合、どの程度でAに所有権が帰属するか、である。残代金支払いと同時に不動産の明渡しと所有 権移転登記をする旨の特約がある場合でも、その特約は当然に所有権移転の時期を定めたものとは考えられては       ︵2︶ いないのである。  以上、要するに、そのいずれの場合でも、取引きの実態に即してさらなる詳細な分析が必要不可欠であって、 その意味では、二重売買の諸形態を二ないし三に類型化するだけでは不十分というほかはない。  私自身は、右についての若干の資料を保有しているが、後日、より資料を補完・充実し、取引きの実態に即し て本テーマに関する論考を再度表わしたいと考えている。 ︵1︶ 例えば、大谷・前掲三〇九頁。西田・前掲二二〇頁など。 ︵2︶ 残代金完済時に所有権移転が生ずる旨の特約のある場合、残代金の完済前に登記実務は、﹁登記の目的 条件付所  有権移転仮登記﹂﹁原因 年月日売買︵条件 売買代金完済︶﹂とする仮登記の申請を認めている︵昭五八・三・二民  三第一五〇八号回答︶が、当然のことながら、所有権移転登記をすることはできない。

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参照

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