沖縄振興と金融政策・金融特区の検証
沖縄国際大学大学院地域産業研究科 教 授前泊 博盛
司会:皆様のお手元にも一部お配りしていると思いますが,今回,三大学院共同シンポジ ウムが10回目を数えたということで,3大学共同の書籍を出版しております。これが,先 ほどご紹介しました『地方は復活する』という書籍です。これをもとに,この後の報告を 続けて参りたいと思います。それでは次は,沖縄国際大学大学院地域産業研究科の教授で ある前泊博盛先生から「沖縄振興と金融政策・金融特区の検証」というテーマでご報告を いただきます。 前泊:本日は,すでにお配りしている資料がありますので,それを読んで頂ければと思い ます。その概要について報告をさせていただきます。レジメにもありますように,今回は 沖縄振興と金融政策,金融特区の検証というかたちをとらせていただきました。 実は沖縄は,来年(2012年5月15日)で日本復帰40年です。沖縄は終戦から1972年ま での戦後27年間,米軍の統治下に置かれていました。そのために,日本本土とは異なる 法制度,あるいは金融制度というものが長く続いておりました。日本復帰後1972年5月15日をもって,日本の諸制度の中に組み入れられることになりました。金融で言いますと, 沖縄には現在琉球銀行,沖縄銀行,沖縄海邦銀行,コザ信金など民間金融機関というもの があります。それら地方銀行が中心になって,地域金融を支えるというかたちになって います。日本本土と大きく異なるのは,メガバンクあるいは都市銀行がほとんど活躍しな い,また活躍できない環境にあったという点です。現在も,みずほ銀行が支店を構えてお りますが,これは,かつての第一勧業銀行が宝くじの支払いのために唯一沖縄に設置を認 められたという経緯があります。そのみずほ銀行に至っても,支払いが中心で,預金を集 めるということをあまりやらずに続けてきているという環境があります。ですからまさ に,地銀が地域の金融を支える柱の役割を担ってきたわけですが,それだけでは資金量が 足りないということで,必要な資金をどう融通するかというところで,政府系の沖縄振興 開発金融公庫が復帰した年の1972年に発足しています。それは米軍統治時代にもあった のですが,それを引き継ぐようなかたちで,さらに日本政府が中心になって,本土にある 公庫をすべてひとつの窓口で行うということで,沖縄振興開発金融公庫を設置しておりま す。 その公庫の役割がどのくらいの比率を占めているかというと,現在でも約25%のシェ アを持っております。貸し出しの総資金量からすると,4兆円のうち1兆円ほどを沖縄振 興開発金融公庫が占めるというかたちになっています。一時期は40%ほどのシェアを占 めていたのですが,その比率は年々減少しておりまして,地方銀行がそれを補うかたちで シェアを増やしております。とくに復帰後は住宅ローンを中心としたものを沖縄振興開発 金融公庫が背負ってきたのですが,この10年くらいのあいだに,住宅ローンについては民 間のほうが低金利政策を施してきて,その肩代わりをするというかたちで金融公庫から民 間の金融機関に借り換えが進みシェアが減少してきたということであります。この5年間 の数字をご紹介しておきますと,2010年の段階での沖縄県内の総資金量,銀行が抱えて いる残高は5兆8,882億円です。5年間で約5,000億円の資金量が増加しております。その うち地方銀行が3兆7,252億円ということで,5年間で約7,000億円の増加ということにな ります。その他は,ゆうちょ銀行を含めて2兆1,630億円ということで,これは1,400億円 ほど,この5年間で減少してきております。融資残高は,2005年に沖縄振興開発金融公 庫が1兆3,000億円くらいありましたが,2010年には1兆円まで減少しております。地方 銀行のほうは,2005年には2兆3,549億円くらいあったものが,2010年には2兆6,379億 円ということで,3,000億円くらい増加しています。ちょうど,公庫が減らした分くらい の資金を地銀も増やしているという,割合の変化があります。それから銀行の預貸率です が,沖縄県内の5行で79.5%から,現在73.3%ということで低くなってきています。地銀
も78.1%から現在71.6%まで低下しており,この預貸率の低下が,どういう影響を与えて いるのかについては,のちほどシンポジウムでお話したいと思います。 都市銀行がないということで,沖縄は政府系の金融公庫という仕組みを持っているわけ です。沖縄振興の関係で金融特区を沖縄県名護市に作ろうという動きが出てきたのが10年 前です。それについて,今日の報告の中に書かせていただきました。名護市は,88ペー ジにありますが,沖縄本島の北部地域に位置します。全国から注目されている米軍普天間 飛行場の移設先になるのが,その名護市であります。名護市に代替基地を建設するという ことで,実はそのための地域振興政策として金融特区が名護市に誕生した経緯がありま す。ですから,本来の沖縄の金融環境を改善する,あるいは資金量を増やすというような 金融政策上の狙いから金融特区が設置されたわけではなく,基地の代替施設の受け入れを 認めさせるための代替要件として金融特区が作られたという特殊な経緯があります。そう した経緯で設置された金融特区ですから,本来の金融特区としての機能を発揮するまでも なく,設置されたはいいが,10年が経過した現在も,制度が充分に活用されていないとい う状況にあります。 地域政策と金融政策という論点から話しますと,沖縄の金融特区の場合には,地域政策 としてというよりも,むしろ名護市という特定の地域においての雇用拡大政策として金融 特区が設置されたという部分が大きいです。それから地域に対する金融政策の強化を狙い としているわけではなく,むしろ外国との金融取引,あるいは証券市場も含めたやりとり をするワークオフィスとしての機能を持たせるために金融特区が設置されていることが特 長となっています。 日本で唯一の金融特区ということで,金融業務の特別地区として設置されたのですが, 残念ながらあまり充分に機能が発揮されておらず,活用されていないという現状がありま す。理由として挙げられているのは,制度そのものが使われるための要件が,あまりにも 厳しすぎるということが指摘されております。特徴的なものをいくつか挙げましたが,こ の中で言うと,89ページです。設置を要求した名護市がモデルにしていたのは,アイル ランド・ダブリンの金融特区でした。そのダブリンの金融特区がなにを制度としてやって いたかというと,税法上の優遇措置として,法人税の軽減,個人所得税の軽減,利子, 配当,キャピタルゲインの非課税,地方税の免除等々,8項目の優遇措置をそろえていま す。業法の特例としても,賃金業規制法など,あらゆる法律の特例措置が適用される。キ ャプティブ保険会社も優遇されているということで,会計基準の特例がある。英語による 書類の申請受理も可能ということで,こういったものが特例として準備されている。そし て,それを支えるための施設として,大容量の高速通信回線を強化している。ダブリン・
モデルにそって名護市は,金融特区を設置しています。 追加でお配りした資料をご覧ください。金融特区には情報特区というものが一緒に設置 されていて,むしろ情報特区を活用するためのひとつの特区として金融業務の特区が設置 されています。最初にインフラとして情報特区を作り,通信関係のインフラが活用できる ように,プラスとして金融業務特区がスタートしているというかたちになっています。ま さに,ダブリンの金融特区をモデルとして,情報特区を創設したうえで金融特区をそこに はりつけ,金融特区をスタートさせています。名護市がダブリン型の金融特区の実現を要 求し,ようやく設置に至ったわけですが,実際には設置の段階で,いくつかの条件を国か ら提示されて,実際はそれを事実上活用するわけです。沖縄に認められた金融特区のため の各種優遇措置認定条件は88ページに書いております。一番目,所得控除制度は35%を 10年間認めるということで,実効税率の軽減になります。 具体的には,所得が2億円上がった場合を例にあげると,通常で特区の制度が適用さ れないと2億円の所得に対して30%の税金がかかりますから,6,000万円の税金を納め なければなりません。これに対して,金融特区に入っていた場合には,2億円に対して 35パーセントの所得控除が行われますので,7,000万円がそこから差し引かれる。残り 1億3,000万円に対しての30%で,税額は3,900万円。実効税として2,100万円の所得税の 軽減が行われるというかたちになります。 こういう所得控除制度が誘致のうえでひとつの魅力として創設されています。ただし, これを適用するためにはいくつかの要件があります。ひとつは,現地に新設の法人である こと。それから主務大臣が認定をすること。それから,新規雇用で10名以上を最初に雇い 入れることとなっています。これは当初20名以上となっていましたが,新規で立ち上げ る企業が,最初に20名を雇い入れることは事実上困難ということで,これだけで,立地 が不可能ということになりました。そこで,名護市や沖縄県から要請を受けて,政府は雇 用要件を「10名以上」に減らした経緯があります。雇用者数を10名,20名と決めているの は,現地に対して雇用効果を発揮するということを目的としていたわけですが,むしろそ の雇用効果を狙った条件が企業の特区参入を阻止する参入障壁となってしまっています。 所得控除できる額の上限も決まっていて,法人の直接人件費の20%が上限というかたち を取っています。この他に投資税額の控除ということで,機械,装置,器具,備品などは 15%,建物,付属設備についても8%ということで税の控除額の設定をされています。そ れから地方税にあたる利用税,不動産取得税,資産税の減免措置も適用されるということ で,詳しくはこのパンフレットに書いてありますのでご参考にしてください。それから, 特別措置の保有税の非課税措置なども準備されています。金融業務地区における実効税率
については89ページに書いてあります。それを支えるインフラとして,グローバルイン ターネットエクスチェンジという大きな国際回線が沖縄に設置されて,そのインフラを使 って国際的な金融取引を行うという想定をしています。90ページに略年表を入れておき ました。 2番目に金融特区の現状です。実際に金融特区を設置して,どれくらいの企業が入っ てきたかということですが,名護市の誘致企業の数は2011年の段階で,雇用者数950人, 企業数32社ということで右肩あがりに増えてきているように見えます。この数字につい ては注意が必要です。実は行政が作るデータについて私も検証をしています。常に立地企 業についてはプラスで計算をしてくるということです。今,何社入っているかというと累 計で32社と答えるのですが,撤退企業については引き算をしていないということで,こ れが実は大きな問題になりました。こういう調査,統計をもとに分析をしていくと,大変 なミスを犯す危険性があります。実際に,立地した企業の中で何社が,金融特区として立 地しているかというと,実は10社であるということがその中身です。残りの企業について は,情報通信産業として立地をしていて,金融業務そのものを行っているのは10社です。 この10社について,投資減税を含めて優遇税制が適用されたのが何社あるかというと,1 社ということで報告されています。残り9社については,とくに金融業務を行うための優 遇措置があるからということで入ったわけではないということです。その適用を受けた 1社ですが,3,000万円ほどの優遇措置を受けたと沖縄県へのヒヤリングで出てきました が,すでにこの1社は撤退をしているということで,事実上,現在はゼロということにな っています。 この金融特区について調査をして,今回の学会のための報告をということで,できれば 華々しい成果を持って,北海道の皆さんにも鹿児島の皆さんにもご報告をしたうえで,企 業誘致に役立つようなかたちでピーアールができるようにと考えていたのですが,残念な がら成果が芳しくないということです。優遇税制についても4,970万円ということで,ヒ アリングで沖縄県から別の数字が出てきました。国税以外に,県税も含めるとこれだけの 優遇措置を行いましたということで,2002年から2010年のあいだに3社が恩恵を受けた ということですが,どの社がいくらかということについては「情報を開示できない」「企 業の経営に関することなので一切開示できない」ということで,ヒアリングに対しては総 額がいくらということのみでした。企業名についても非開示ということで,その企業が実 際に存在するのかどうかと言う検証を始めないことには報告ができません。実はこの報告 書をまとめる上でも手間取りました。別のルートから確認をしましたところ,実はその優 遇税制を受けた企業はすべて撤退をしているという報告もありました。これについては,
この報告書が整理される段階で,改めて記述を加えていきたいと考えています。金融特区 ですが,これだけの数字があると公表されている数字そのものの信憑性について検証が必 要であると思います。 名護市は,今回,アイルランドのダブリン型の金融特区を入れていれば,名護市には 5,000人の雇用が実現していたであろうということを目標にしていたのですが,現状で は,情報特区を含めても950人という数字に留まっています。しかもその大半は正規雇用 ではなく,非正規雇用でいつ解雇されるかわからない,あるいは,期間限定の雇用が大半 を占めているということです。170人規模の情報特区に立地した企業,コールセンターが ありますが,正規雇用者は170人中2人という数字があります。残りは非正規ということ で,本来の雇用拡大に貢献しているかどうかという点について,必ずしも貢献していない のではないかというように評価が分かれるところだと思います。 新しい金融特区を設置したのですが,雇用効果,企業立地も含めて税制上の優遇措置と いう国が作った制度については,ほとんど活用されていないということで,これをいかに 変えていくかということが,重要な課題になっています。名護市は,金融特区の新たな改 善策として,あるいは未来像として,「金融情報通信国際都市構想」というものを打ち出 しています。これは低迷する,金融特区内の金融関連産業の集積に向けた新しい取り組み ということで,企業が立地するためのオフィスをたくさん作る,それから企業の人たちが 暮らすための住宅エリアも含めて整備をして,情報特区に設置されている関連施設を活用 する,一体となった地域再開発を行うことを目標にかかげて,新しい金融情報通信国際都 市構想を打ち出しています。これはファーストステージからサードステージまで,構想と してまとめられていますので,参考にしてください。 93ページに入りますが,金融特区の課題が挙げられています。607人の雇用が創出され ていると言いながら,なぜ,実際に優遇措置を受けられる企業が出てこないかという点で す。これについては,条件が厳しすぎるとの指摘があります。実際に適用されるには,実 は金融業務については,地域金融といえども,外の金融機関との連携が必要になってく るのですが,沖縄の金融特区の場合は,名護市の金融特区の中に単独で存在する企業以外 は,優遇措置を受けられない。たとえば大手のみずほ銀行が名護市に支店を置いて,そこ で金融業務を行おうとすると,これは優遇措置の対象とならないんですね。なぜかと言う と,タックスヘブンに使われかねないという懸念から,単独で名護市に,しかも新規で名 護市に立地した企業のみが対象になるという縛りを加えているからです。このため,「い ったいなんのための制度」なのかと,名護市から不満が出るわけですね。金融業務そのも のを行うためにはネットワークが必要になりますが,ネットワークを持っている企業は優
遇措置を受けることができないというかたちになっています。同じように,投資税額控除 を受けるためには,そういう条件をクリアしなければならないのですが,それがクリアで きない。一番最初の立ち上げの段階で10人以上の雇用を持っていないと,優遇措置の対象 とならないということで,立ち上げ段階で10人の人件費を払うということになると,かな り厳しいという声が企業から挙がっています。これは,とくにITを使った金融業務につ いては,非常にプロフェッショナルな人たちを雇わなければならない。その人たちの賃金 は,大体年収で1,000万円以上になりますから,手当てや設備経費も含めると一人当たり 2,000万円くらいの人件費がかかる。10人ということになると,2億円がコストとしてか かるわけですが,それを最初の年から負担しながら企業を立ち上げていくことは,事実上 困難ではないかという見方をされています。ですから,最初は1人か2人で立ち上げて, 拡大していきたいと企業側は言うのですが,10人以上でなければだめだということで,地 域政策上,これを実現できる企業だけを認定するというかたちをとっているために,この 制度は事実上使えない制度になっているという問題点が挙がっています。 同じようなかたちで,金融特区が事実上,骨抜きにされている指摘があります。沖縄に おいては,たくさんの特区があります。金融特区を見るうえで参考になると思いますの で,いくつかの他の特区を挙げさせていただきます。自由貿易特区,観光特区,情報通信 特区が,沖縄県には特別に作られているのですが,事実上,制度についても実効性に乏し いということは,実は国がまとめている沖縄振興計画に関する「総点検報告書」の中でも 報告されています。国自体が,その制度の不備を指摘しているということです。たとえ ば,観光特区は,沖縄に観光施設を作った場合には,投資減税が適用される,あるいは法 人税の減免措置が適用されるとなっているのですが,これも事実上適用されたのは,那覇 新都心というところにある大型スーパーの「メインプレイス」というところです。しか し,誰が見てもそれは観光施設とは認められない部分ですけれど,それが実際には観光施 設として申請をして優遇措置を受けたかたちになっています。そして肝心の観光施設につ いては,適用が事実上ゼロというということです。最も観光施設として想定されていたホ テルの立地を促進するということで作られたのですが,国の実際の政令によりますと,観 光特区に立地する施設についてはは,ホテルを除くとなっています。ホテルを除いた観光 特区は,いったい何を,誘致の目標としているのかということで,沖縄県が,ちゃんとホ テルも入れてほしいということで,次の特区の改定のときに申請をしているということで す。 自由貿易特区については,地方税,事業税については2件100万円,不動産取得税につ いては実績なし,固定資産税については10件2,000万円となっていますが,実際に自由貿
易特区に立地しているにもかかわらず,対外的な貿易については実績がないというかたち になっています。国内での荷物のやり取りだけで貿易と言えるのかどうかという点が指摘 されています。情報通信産業についても,投資減税や法人税の減免措置が適用されるので すが,本来,固定資産税の減免措置が適用されるような大型施設の設置をしたサーバーフ ァームには法人税の減免措置が適用されている。長期間,利益が上がらないのにもかかわ らず法人税の減免を適用する。コールセンターのように,レンタルで施設を借りてきてス タートし,利益が上がるような企業については,なぜか固定資産税の減免を適用する。固 定資産がいらないところに,固定資産税減免を適用し,法人税が効かないところに法人税 減免措置を適用するという,逆転する措置を適用する制度になっている。それが,機能を しない理由として指摘されていますが,政府としては,それを是正していないというのが 現状です。 このように,沖縄には地域振興のための特区がたくさん設置されているのですが,実際 には活用できないものがほとんどです。ですから沖縄県庁でよく言われるのが,沖縄の地 域振興のために,さまざまな特区制度も含めて,設置してもらう。これはいわば,沖縄は 魚をもらって食べていた時代から,自分たちで魚を釣って食べていく経済に換えるという ことで,釣り竿をもらい,その釣り竿で魚を釣って生活をしていくことを目標に掲げてい る。その釣り竿となるのが,金融特区も含めたさまざまな特区制度だったわけです。とこ ろが,実際にもらって使ってみると,その釣り竿には「針がついていない」状態だという ことです。沖縄県が,針がついていないことを指摘すると,立地要件であった20人以上 を10人に下げる,あるいは投資減税も加えて,さらに使いやすくするように改定を行って いるように見えるけれど,周りにはカツオしかいないのに,ついている針はクジラ用だっ たりする。外国企業(クジラ)の誘致にもっと励みなさいということで,国内企業(カツ オ)でもおぼつかないのに,外国企業(クジラ)を誘致するような制度を国が作っている というような指摘がされています。この制度のミスマッチをどう改善するかというのが, 今後の金融特区の課題ということになってきます。 金融特区の今後の予想ということで,94ページにまとめてあります。「TOKYO AI M」という,東京都の新しい企業ですが,「沖縄県をアジアの金融センター」へというこ とで新しい提案を出してきています。金融特区そのものが,現状では企業が利用するうえ でマッチしていないということで,自分たちで新しい企業を立ち上げる際に必要な制度 を,こういった制度がほしいということで要望が出てきております。この中では,新しい 金融ビジネス,証券取引所のミニマムなものを沖縄に作りたいという要望があります。証 券取引所が設置できるような制度を整備してほしいという要望です。これについては,新
しい沖縄振興計画が来年(2012年度)から始まりますが,その制度の中で国が取り入れ るかどうかがひとつの焦点になってきます。 それでは,まとめに入ります。沖縄の金融特区は,特区とは名ばかりで,参入を阻害す る高いハードルがあることを指摘されています。これをいかにハードルを引き下げて,優 遇税制による企業誘致の促進を図るかということが課題になっています。名護市は,金融 IT国際未来都市構想を掲げて,アジアなどの海外金融市場を視野に,金融業務拠点化を 目指しています。しかしながら,香港やシンガポールなどアジアの金融センターの金融優 遇措置,制度に比べて,非常に制度的に見劣りするということで,周辺のアジア諸国が持 っているものに比べると,ほとんど魅力がない。その金融特区に海外の金融企業を持ち込 むのは非常に厳しいのではないかということで,新たな金融特区制度の改善をどうするか ということが課題になっています。認定要件として,常時使用する従業員が10人以上とい う要件も,立ち上がりから10人を雇用することは,新規ベンチャー企業などには酷な条件 になっているということがあります。この10人以上という要件がどう緩和されるか,それ から,特区のみに事業を有するという認定条件の撤廃についても,沖縄県や名護市は要求 しています。 最後になりますが,この金融特区自体,名護市に設置されていますが,実は米軍普天間 基地の代替地建設を受け入れることを条件に金融特区を設置しています。名護市にはこ の金融特区以外に,政府の特別な振興予算が投入されてきました。ひとつは,島田懇談 会事業と言われている,基地所在市町村に対する振興予算,これが10年間で1千億円とい うことで,これに加えて,北部地域,名護市を中心とした,普天間基地受け入れを予定し ている地域にも,10年間で1千億円をということで,合計で2千億円の関連予算が上積み されて投入されてきました。名護市がその特別予算の受け入れの中心になってきたわけで すが,この基地所在市町村に対する活性化策として,400億円の予算が新たに投入されて きました。名護市では,新しい振興策として特区が設置されたり,振興予算が上積みされ たり,政府の特別な振興策が展開されてきました。しかし結果としては,名護市の地域自 立を進める制度だったにも関わらず逆に地域振興策としての振興予算や特区が投入された 後,失業率については7%台だったものが,11%台に増えてしまったという結果になって います。法人税収については減少する,市債残高は171億円だったものが,337億円に増え てしまっている。振興策を当てにして入ってきた有力建設会社が破綻をしたとの報告があ ります。この間に,振興策を受けてきて自立が進んだかと思えば,逆に,生活保護者の人 口割合も,年々増加していまして,振興策を展開する前は7.81パーミルでしたが,振興策 が展開された2009年には2倍の15.38パーミルに達しているということで,振興策そのも
のが,逆に政府の予算への依存体質を高めてしまったという問題も指摘されています。 金融特区から少々はずれましたが,そういう話題を抱える名護市で金融特区の導入によ って地域振興を行おうとしたわけですが,特区制度を入れたのち,むしろ地域経済が破壊 されてしまうという厳しい現状があるということを,私の報告としたいと思います。あり がとうございました。 司会:ありがとうございました。先生から,沖縄の金融特区についてさまざまな問題点を 詳しくご説明いただきました。ご質問等がありましたら,アンケート用紙にご記入いただ き,パネルディスカッションに反映させていただきたいと思います。 【報告② レジメ】 序論:沖縄振興と金融特区 1:金融特区のしくみ 2:金融特区の現状 3:金融特区の課題 4:金融特区の今後の行方 5:まとめ ……… 序論 本稿では,2002年4月に沖縄県に指定・設置された日本で唯一の「金融特区(金融業 務特別地区)のしくみと導入後の現状,課題,今後の行方を検証する。 結論からいえば,「金融に関連する業務を営む企業を対象に,税制及び各種優遇措置を 講じることで,沖縄県に金融関連企業の誘致をはかり,雇用を創出する」「金融に関連す る産業(例えば金融に関連するシステム産業など)を集積させ,金融業務に関連する新た な産業の創造」という特区設置の狙いは,国が認可する大がかりな優遇税制措置にもかか わらず,制度の利用は振るわず,優遇税制の効果は制度設置から10年を経た現在も十分に 発揮できていない。 原因は「優遇措置を受けるための政府の認定条件の厳しさ」(沖縄県)に加えて,①沖 縄という地域の特性を活かした上で,十分な利益が出る魅力的なビジネスを金融特区で見 いだすことが現時点では出来ない,②国際オフショア市場との競合可能な,国際競争力の
ある税制優遇が期待薄である,③投資家保護を緩めるようなコンプライアンス要件の緩和 措置が出来ない,などの課題が指摘されている。(堀江貞之・野村総合研究所金融ITイ ノベーション研究部上席研究員「沖縄金融特区の現状と今後の課題」2005年) 金融特区は情報通信産業や金融業務等を営む企業を対象に,税制,その他の優遇措置を 講じることにより,沖縄県に新たな産業を創造しようとする構想である。金融特区は, 『金融』を産業と捉え,金融関連産業を集積させ金融業務の新たな展開を支援する一大拠 点を形成しようという我が国にこれまで無かった発想に基づくものである。 金融特区が本来の設置目的を達成するためには,特区制度の魅力を高めるための新たな 優遇措置の導入,特区の優遇措置の利用を促進するための抜本的な規制緩和,特区での 金融ビジネスを支える人材育成の強化,特区制度の利用促進に向けたワールドワイドな広 報・宣伝が課題となる。 金融特区制度については,そもそも離島県沖縄の経済振興,企業誘致政策として適した 制度だったか,との疑問の声も少なくない。なぜ,沖縄県で金融特区なのか,またなぜそ れが沖縄本島北部の「名護市」であったのか。今後の金融特区の成否を探る上でも,政策 決定過程について検証が必要である。その上で,国内初かつ唯一の金融特区を,日本の金 融システムの高度化を促進する金融インフラとして位置づけ,国際金融ビジネスの拠点と するための新たな戦略の構築が求められている。 1:金融特区のしくみ 金融特区制度は,沖縄県の本土復帰30周年の節目となる2002年4月に施行された沖縄 振興特別措置法(沖振法)において,初めて創設された制度である。沖縄振興計画では, 「金融特区は,金融業務の集積を図り,沖縄における雇用機会の創出,ひいては自立的発 展につなげるとともに,わが国をはじめアジア・太平洋地域の経済発展へ貢献する」と位 置づけられている。 金融特区はダブリン(アイルランド共和国)をモデルにして創設された。名護市はダブ リンの国際金融センターの外国調査を実施し「国際情報通信・金融特区構想」をまとめ, 政府に次の要望・実現を求めていた。 1 税制上の優遇措置 (1)法人税の実効税率の軽減 (2)個人の所得税の軽減 (3)利子,配当,キャピタルゲインの非課税 (4)地方税の免除
(5)連結納税制度の適用除外 (6)会社型投資信託促進税制の創設 (7)情報・金融ベンチャー企業創設促進税制の創設 (8)ストックオプション付与に係る優遇税制の創設 2 業法の特例 (1) 貸金業規正法,銀行法,出資法,印紙税法,外国為替及び外国貿易法の改正 (2) 証券取引所設立の規制緩和 (3) キャプティブ保険会社の容認 (4) 会計基準の特例(米国,英国の会計基準の承認) (5) 英語による申請書等の受理 (6) 英語による決算書類等情報開示の容認 3 大容量通信回線の保有 4 国際情報通信・金融都市建設計画 5 情報特区の創設 6 管理運営主体の設置 名護市はダブリン型金融特区の実現を目指したが,国の検討段階で骨抜きにされた。名 護市が実施した『沖縄国際情報金融センター設置調査業務報告書』は,ダブリンの成功要 因を次のように説明している。 「アイルランド共和国は1989年,ダブリン市内の再開発地域(カスタムハウス・ドッ ク)に国際金融サービスセンター(International Financial Services Center:IFSC)を設 立。第1の目的は,金融機関誘致による雇用機会の創出であった。設立後,イタリアを筆 頭とする欧州,米国,日本等の先進国の金融機関が,有利な税制と良質な労働力の供給に 引かれて進出したので,IFSCは欧州の主要な金融センターに成長し,バックオフィス業 務等による雇用の創出が実現した。成功の要因は,政府の積極的関与である。法人税率10 %の税制優遇措置(2003年1月から標準税率12.5%に一本化),政府産業開発庁による積 極的なマーケティング活動,内閣府など行政機関と業界団体がワーキング・グループを組 織し,効率的にIFSCを動かす仕組みを構築した。監督者のアイルランド中央銀行は,健 全性規制を厳格に実施しつつも,金融機関の許認可ニーズに迅速に対応している。インフ ラストラクチャー(基盤)は充実。安定した法律・金融制度,教育水準の高さ,かつ若い 労働力の供給,充実した情報通信ネットワーク,近くて便数の多い国際空港があり国際金 融センターの条件を備えている」
名護市は,アイルランド・ダブリンの金融センターをモデルに,金融特区構想を描き, 政府に実現を要請したものの,キャプティブ保険会社の容認や証券取引所の設立の規制緩 和など要となる規制緩和やインセンティブのほとんどが実現を見ないまま,「目玉なき特 区」として金融企業集積地を目指すこととなった感が否めない。 最終的に設置された沖縄金融特区は以下のコンセプトを基に沖縄県名護市に設置され た。 1.小さな世界都市 2.2000年に名護市で開催された沖縄サミットの成果の発揮 3.沖縄県の自立型経済構築のための成長のエンジン 4.我が国金融業界の再生 5.アジア地域の発展への寄与 金融特区は,特区設置に必要な基本ツールとなる情報通信インフラの整備が不可欠とな る。このため,名護市には金融特区設置の前提となる情報通信情報通信産業振興地域も 指定されている。情報通信産業振興地域は,税制優遇制度を活用し,コールセンターなど の情報サービス分野,映像処理やコンピューター・グラフィックス(CG)などのコンテ ンツ制作分野及びソフトウエア開発分野の集積・振興を図る目的で制度化されたものであ る。情報通信産業特別地区は,法人税の所得控除を活用し,データーセンター,インター ネットサービスプロバイダー(ISP)及びインターネットイクスチェンジ(IX)の立地促 進を目指している。特別地区の名護市は「名護市マルチメディア館」を開設,その中にN TT西日本104センターなどコールセンター6社,情報サービス業11社,コンテンツ制作 2社,その他4社が立地しているが,沖縄県によると法人所得税額の35%控除の実績は ないという。 2010年1月現在,県内に立地している情報通信産業は202社(雇用者18,075人)。優遇 税制の適用実績(2002年度~2008年度)累計は16億2,700万円。企業誘致のインセンティ ブとしての優遇税制を利用している企業はごく限られている。 情報通信産業は新たなリーディング産業として情報通信ハブの形成を目指して,本土~ 沖縄間に「新産業情報ハイウエイ」の通信コストが軽減されているが,ランニングコスト 負担について国の補助制度はない。沖縄県は単独事業で1999年度以降,通信業者に対し て通信コスト1/2補助を実施。2009年度までの補助金総額は39億円。ソフト面では,IT 高度人材育成事業,情報産業核人材支援事業についても県単独事業で実施しているが国の 支援策はない。情報通信産業は沖縄振興計画で戦略産業と位置づけているが,雇用者総数
17,300人のうち40%(6,900人)は非正規雇用(契約社員,パート)が占めている(総務 省『就業構造基本調査(平成20年度)』。 金融特区に話を戻すと,特区内に進出する金融関連企業は,一定の要件を充たせば税制 上の優遇措置を受けることができる。対象地域は,沖縄県名護市の全域が2002年7月10 日に指定されている。対象事業は沖振法第3条で定められた①金融業に係る業務(沖振法 施行令第5条=銀行業,無尽業,貸金業,クレジットカード業,住宅専門金融業,金融商 品取引業,確定拠出年金運営管理業,信託業,生命保険業,損害保険業,保険媒介業,保 険代理業など),②金融業に付随する業務(平成14年内閣府令第22号=①に規定する事 業を営む者の子会社,専ら金融業者のために事業を行う法人が行う各種業務) 特区立地企業には,国税,県税,市税の税制上の優遇措置が適用される。 具体的には国税の「法人税制優遇措置」として「特区内で行われる金融業務から得られ た所得の35%を,法人税の課税所得から控除」し,実効税率で25%(一般地域40.9%) の所得控除制度を適用するほか,「機械装置及び特定の器具備品の取得価額の15%,建物 及びその付属設備の取得価額の8%を法人税から控除」する投資税額控除制度を保障して いる。 県税では1000万円を超える金融業務用設備を新増設した法人に対する事業税(新増設 から5年間),金融業務に供する土地または家屋の取得に対する不動産取得税の課税免 除。市税では「1000万円以上の金融業務用設備を新増設した法人」を対象に「新増設し
た金融業務に供する土地,家屋及び償却資産に対する固定資産税の五年間の課税免除」 「特別土地保有税の非課税」措置を講じている。 ※沖縄金融特区に認められた企業誘致のための各種優遇策と認定条件 1.所得控除制度 35% 10年間(実効税率の軽減) 【認定要件】 (1)現地に新設法人を設けること (2)主務大臣の認定 (3)雇用者10名以上 (4)所得控除できる額の上限は,地区内における当該 法人の直接人件費の20%とする 2.投資税額控除 機械・装置,器具・備品 15% 建物・付属設備 8% (繰越4年,法人税額の100分の20上限,投資上限額20億) ※1または2を選択 3.事業税,不動産取得税,固定資産税の減免 4.特別土地保有税の非課税 このほか,特区への立地企業に対するコスト低減策として,①若年者雇用助成金の支 給(厚生労働省沖縄特例として35歳以下の若年者を新規に雇用した場合,最大2年間, 給与額の四分の一,中小企業は三分の一を助成。1人当たりの限度額は月額10万円,年間 120万円)②最新の賃貸オフィスの低廉な料金での提供,③情報通信費低減化支援事業= 通信回線の低廉な料金での提供(沖縄県の施策として「情報産業ハイウエイ」による沖縄
―本土間の情報通信費の一部を支援し企業の県内進出を推進し,雇用の拡大,県内産業の 振興と活性化を図ることを目的に通信料金を43%~68%OFFを実施している),④沖縄G IX等活用ビジネス支援事業=沖縄から直接アジアなど海外への接続可能なグローバル・ インターネット・エクスチェンジを活用し,アジア向けにビジネスを行う企業に対して支 援。「移転費」=情報通信機器購入費及びリース料,機器設置費,「システム構築費」= ソフトウエア購入費,ソフトウエア開発費,「ハウジング費」=免震構造施設への機器 設置費,「海外足回り回線費」=海外IX側から海外事業所などの拠点までの通信費,の 四つの対象経費の二分一以内,補助上限額は1000万円)などの制度支援が実施されてい る。 ※金融特区の推移 ・1999年に情報通信産業振興地域に指定 ・2002年7月に金融特区に指定 ・ 〃 9月に情報特区に指定 ・2004年3月「国際情報通信・金融特区構想基本方針策定」 基本方針に基づき,インフラ(みらい1号館,2号館,3号館,名護市産業支 援センター)を次々と整備。現在,情報・金融関連企業20社余がビジネスを展 開。これまでの実績を踏まえ,金融特区を更に飛躍させるため金融・情報通信国 際都市形成計画を策定。 ・2009年1月30日 「アジア金融フォーラムin沖縄」の開催 ・2011年3月 金融特区の活性化に向けて沖縄県が優遇税制適用要件の緩和などを国 に要請
2:金融特区の現状 沖縄県名護市の金融特区は,設置から10年近くが過ぎようとしているが,法人税や地方 税の優遇措置に加え,若年者雇用助成金の支給や低廉なオフィスの提供,通信料金の低減 化措置などのコスト低減策などを盛り込み,金融関係企業の沖縄県名護市への立地促進 を図った。沖縄県は金融特区の設置により10年後の2011年には金融関連企業の立地企業数 20社,新規雇用者数を2005人とする目標を掲げていた。しかし,実際には12社,805人 (2007年度実績)にとどまっている。国内唯一の金融特区制度にもかかわらず特区設置 から10年近く経った2010年度末時点で金融関連産業の立地は10社,607人の雇用にとどま り,初期の設置目的を果たすには至っていない。 名護市の統計では2011年10月現在の誘致企業数は32社,雇用者数は950人となっている (下図)。国,沖縄県,名護市で立地企業,雇用者数の統計に乖離が生じている。 衆議院調査局第1特別調査室(沖縄及び北方問題に関する特別委員会担当)が2011年3 月にまとめた「沖縄の振興―沖振法の期限切れを見据えて」によると,金融業務特別地区 の現状は以下のようになっている。 「金融業務特別地区については,2008年度末時点までに,10社の金融企業・金融関連 企業が進出し,607人の雇用が創出されている。ただし,同制度は所得控除を含む優遇税 制により企業の進出を誘導するものだが,認定条件の厳しさ等が障害となり,現在,同制 度を利用する企業は存在しない。 本地区の活用が未だ進んでいない現状を鑑み,銀行法や金融商品取引法,保険業法など 金融業・金融関連業に係る法制度において,地域を限定した振興措置について,今後検 討する必要性があると内閣府は指摘している。ただし,当面はキャプティブ保険制度等こ れまで名護市が要望してきた自公を検討することが有益と考えられる」(同報告書,37
頁) 衆議院調査局によると,金融特区のために創設された優遇税制は「認定条件の厳しさ」 が制度利用を妨げ,優遇税制は実際には全く活用されていないのが現状となっている。 金融専門家も「思ったような雇用効果が生まれず,規制緩和の要望も認められないな ど,金融特区は一種の膠着状態に陥っている」(堀江貞之「沖縄の金融特区の現状と今後 の課題」野村総合研究所金融イノベーション研究部リポート 2頁)と厳しい評価を下し ている。 一方で,沖縄県は「優遇税制の適用は2002年~2010年の間に3社が恩恵を受け,国 税・県税を合わせた優遇税総額は4970万円」としている。(筆者の2011年10月のヒアリ ング) ただし,適用企業名は「プライバシーの関係から公表不可」(沖縄県),企業別の国 税,県税の優遇措置額についても「公表不可」(沖縄県),国税当局からのヒアリングも 「不可」(沖縄県)となっている。このため,衆議院調査局の報告書と沖縄県ヒアリング 結果との齟齬も含め,金融特区の優遇税制についての追加調査は当面困難となっている。 名護市は,金融・情報特区内への誘致企業数と雇用者数として26社,876人(2009年4 月現在)と公表し,「特区効果」をアピールしている。しかしながら,同データには情報 特区への立地企業,雇用者数が含まれており,金融特区のみの企業数,雇用者数は明確に されていない。このため,金融特区の個別データの解析には至っていない。 ・「金融・情報通信国際都市構想(通称・金融IT国際みらい都市構想)」 低迷する金融特区内への金融関連産業集積に向けた取り組みとして,名護市は同市東海 岸の豊原地区にみらい1号館~3号館,名護市マルチメディア館などのレンタルオフィス 群の整備・提供に加え,2006年には地域の職業能力開発と雇用機会の拡充支援を目的に 特定営利活動法人NDA(名護市経済特区開発機構)を設立。特区関連施設の指定管理, 企業誘致の活動,名護市への進出後の研究開発や事業拡大などの企業支援を行うワンスト ップサービスを提供している。 2007年3月には「他地域にはない特色ある特区としてのまち作りの推進という観点を 盛り込んだ新たな構想」(名護市)として「金融・情報通信国際都市構想(通称・金融 IT国際みらい都市構想)」を策定し,構想に基づくエリア整備事業を強化・推進してい る。 金融IT国際みらい都市構想は「金融・情報通信産業に携わる人々が世界中から集い, 喜び・感動・充実感を持って滞在・生活し,そこから新たなビジネスが絶え間なく創造さ
れるための空間・環境づくりを行う」ことを基本に据え,①金融・情報通信産業の集積に 向けて企業誘致とまちづくりを一体的に推進,②ジュニア層からシニア層まで応援する幅 広く一貫した人材育成,③「人」と「企業」と「街」の情報が効率よく循環する情報発信 の仕組みづくりの推進,④企業誘致・サポート体制を強化し,平成30(2018)年度末の 金融・情報通信関連産業の直接雇用者を2500人に延ばす,という4つのコンセプトを掲 げている。 ■名護市の「金融IT国際みらい都市構想」推進図 具体的には豊原地区に新たなレンタルオフィス「みらい4号館」の増設をはじめ,住居 エリア,シンボルロード,地区会館などの整備を行い金融特区の拠点となるエリアの広域 開発に着手している。 また金融関連企業の特区誘致を促進するため,2004年と2005年に「沖縄金融専門家会 議」(主催,沖縄県,名護市,国際情報通信・金融特区促進協議会)も開催されている。 2005年の第2回会議では,ペイオフ全面解禁という日本の金融業界にとって大きな節目 を迎えたこともあり,福井俊彦・日本銀行総裁もテレビ中継で参加している。福井総裁は 「日本銀行としても『沖縄モデル』の実現に向けて支援を続けさせていただくことを約 束」するなど,金融特区を通した新しい金融システムや金融サービスの開拓に期待を寄せ た。その後も,2009年1月には「アジア金融フォーラムIn沖縄」が開催され,金融特 区の国際化戦略が論議され,「金融特区の次代のステージ戦略」が打ち出されている。 3:金融特区の課題 金融特区の課題について検証する。先に衆議院調査局の資料から金融業務特別地区には 「10社の金融企業・金融関連企業が進出し,607人の雇用が創出(2008年末時点)」され ているものの「同制度は所得控除を含む優遇税制により企業の進出を誘導するものだが,
認定条件の厳しさ等が障害となり,現在,同制度を利用する企業は存在しない」との現状 を指摘している。「制度」はあるが,「使えない」という指摘こそ,まさに金融特区制度 の形骸ぶりを示すものであろう。 「馬の鼻面につり下げられたニンジンと同じように,企業はニンジンが食べられるもの と思い疾走するものの,ニンジンは永遠に食べることができない仕組みになっている」と 沖縄県の担当者も制度の実効性に疑問を呈している。 金融特区の課題と今後の方向性について,沖縄県は「所得控除制度は,同地区外の事業 所を優指定はいけないなどの認定要件が厳しい」「投資税額控除については,建物付属設 備と同時に取得する場合に限定されている」などの点を改善すべき課題としている。その 上で「今後の方向性」として「金融業及び金融関連業務の一層の集積を図るため,所得控 除及び投資税額控除に係る要件の緩和を検討する」ことが不可欠としている。 ・沖縄県におけるその他の特区の現状と課題 沖縄県には多くの金融特区のほかにも観光特区,貿易特区など4つの特区が設定され, いずれも法人税の減免,投資減税などの優遇税制が制定されているものの,多くが「適用 実績が皆無かわずか」というのが現状となっている。 自由貿易地域は立地企業が15社にもかかわらず,「国税は平成13年度以降,課税免除実 績無し」「地方税は事業税2件,百万円,不動産取得税は実績なし,固定資産税は10件, 200万円」となっている。 特別自由貿易地域(貿易特区)については「企業誘致は,平成19年度末時点の立地企業 数,製造品出荷額(53億円),従業者数(503人)ともに伸び悩んでおり,分譲用地の分 譲率も低いことから,期待されたような成果はあがっていない」(「沖縄振興計画等総点 検報告書―沖縄振興の現状と課題及び展望」平成22年4月 沖縄県 431頁)として,特 区の効果向上には「新たな法制度の整備拡充等による,物流コスト低減の抜本的措置が必 要」と指摘している。 情報通信産業振興地域についても沖縄県は「税制優遇措置の活用や沖縄県による通信コ ストの低減化支援が奏功し,情報通信関連企業の立地企業数は平成21年1月現在で22社 (30事業所)と,順調に増加している」と総括しているものの,「情報通信特区(情報 通信産業特別地区)」については「進出企業は概ね順調に伸張しているものの,情報通信 産業特別地区については事業認定の実績がまだないことから,対象事業や業務拠点にかか る要件を見直すなど,企業ニーズと沖縄の情報通信関連産業の実情の即した特区制度のあ り方を検討しなければならない」(「沖縄振興計画等総点検報告書―沖縄振興の現状と課
題及び展望」平成22年4月 沖縄県 410頁)として,事業認定に必要な対象事業,業務 拠点などの要件見直しの必要性を強調している。 4:金融特区の今後の行方 新たな金融特区活性化策として,東京の金融関連企業「TOKYO AIM」社(東京都中 央区日本橋)が,2011年5月19日に「沖縄県をアジアの金融センターへ」と題する提案書 を沖縄県に提出している。提案は①金融特区を制度的に大幅に拡充し,新たな是正および 金融商品取引法上の特例を導入,②①導入を前提に,TOKYO AIM取引所が金融特区内 に移転し,投資家,内外の企業,金融業者を呼び込む,③財政資金は不要で,制度上の工 夫で民間資金を呼び込み,沖縄経済,日本経済の強化に貢献する,というものである。 具体的には①金融特区市場における譲渡益非課税化,②金融特区市場への個人投資家の 参加実現,をはかるもので,金融特区に設置された特定取引所金融商品市場「金融特区市 場」への上場有価証券を対象に法人・個人が金融特区市場で買い付けた有価証券の売却に 伴う譲渡益の非課税措置を行うというものである。 上記の特例制度に加えて,ベンチャー企業への投資を促進させるための制度として,金 融特区内のベンチャー企業(設立10年未満の中小企業)が発行する有価証券,金融特区に 設立された特定取引所金融商品市場への上場有価証券に対し「2年に株式保有期間末に投 資額を課税所得から控除」する特例措置も提案している。 「特例」の導入によって,同社は①内外の有力企業,ファンドの沖縄金融特区への誘 致,②日本の優良ベンチャー企業の発掘を行うほか,「投資家」に対しても①ベンチャー キャピタルや投資ファンドを含むプロ投資家の投資増進,②特区外では参加できない個人 投資家の呼び込みによる流動性の拡大,「上場企業」に対しては①特区に集積した内外の 幅広い投資家へのアクセスする機械の獲得,②柔軟かつスピーディーな上場の実現,など が図れることなどを利点として強調している。 金融特区を活用し,「これまで実現できなかった日本のベンチャー企業への資金供給の 実現,成長著しいアジア企業や資金を取り込むとともにファンド等への新たな投資機会を 創出」することで,日本経済の再生・発展に貢献できるとアピールしている。 同社の提案は,これまでの沖縄の金融特区が抱える弱点とされてきた「法人投資家への 優遇税制」「個人投資家への優遇税制」「ベンチャー投資支援税制」に対する抜本的な制 度再構築である。法人投資家の税制として日本の場合,キャピタルゲインの法人税率は約 40%,配当金に対しても約40%の法人税率が適用されている。しかし,香港やシンガポ ールではキャピタルゲインや配当金は非課税。個人投資家のキャピタルゲインについても
上場株式で10%,非上場株式で20%,配当金についても上場株式で10%,非上場株式では 累進税率で15%~50%が課税されるのに対し,香港やシンガポールでは非課税となって いる。一方でベンチャー投資支援税制として日本ではエンジェル税制があるが,香港はな し,シンガポールでは日本と同じような「Angel Investors Tax Deduction税制」が導入 されている。 東京エイム取引所は09年に,機関投資家向けの市場として誕生した。しかし,上場企 業はいまだにゼロである。同社の伊藤豊・最高業務執行責任者(COO)は「特区の税優 遇の魅力で投資家を呼び込み,幅広い企業の上場を促したい」と意欲をみせている。 金融業務特別地区の今後の活性化について沖縄県は「オフィスや道路など立地基盤の整 備を一層進めるとともに,今後は企業側が求める金融人材を育成する必要がある。また, 特区を活用したビジネスモデルの構築及び事業化が図られることが期待される」(「沖縄 振興計画等総点検報告書―沖縄振興の現状と課題及び展望」平成22年4月 沖縄県 162 頁)と総括している。 沖縄県が実施した県外企業へのアンケート調査(回答企業171社)によると,沖縄の投 資環境に魅力を感じない理由として「交通・輸送コスト」(116件,38%)が筆頭にあが っている。次いで「関連企業の集積なし」(104件,33%)「専門知識を持つ人材・熟練 工の確保難」(29件,9%)などのほか「制度内容複雑」(4件,1%)「制度の実質 的なメリットなし」(17件,11%)という企業誘致のための優遇制度の魅力不足,実効性 の希薄さを指摘する声も少なくない点が注目される。 5:まとめ 沖縄の金融特区は,「特区とは名ばかりで,特区参入を阻害する高いハードル」(沖縄 県)をいかに引き下げ,優遇税制の適用拡大による企業の誘致促進を図るかが大きな課題 となってきた。名護市は「金融IT国際みらい都市構想」を掲げ,アジアなど海外金融市 場を視野に金融業務拠点化を目指しているものの,香港やシンガポールというアジア金融 センターの金融優遇税制に比べると制度の上でも見劣りする内容となっている。対外的な 競争力を持つためには,「特区」の名にふさわしい大胆な優遇税制の設定と同時に制度の 形骸化を招く「厳しい参入条件」の緩和が喫緊の課題となっている。 沖縄県は,特区に進出する企業に対する法人税の軽減措置が,対象となる法人の認定要 件の厳しさから2002年~2011年の8年間で3社,総額4,970万円にとどまる現状を踏まえ, 認定要件にある「特区内にのみ事業所を有する」という条件の撤廃を国に要求している。 認定要件の「特区内にのみ事業所を有する」という条件は,「特区がタックス・ヘイブ
ンに悪用されないため」(国)の要件とされるが,沖縄県は「既存の金融企業が支店を 設置しても優遇税制を受けることはできない。在京の大手証券会社をはじめ大手金融機関 の特区進出も不可能」(沖縄県)という企業立地の阻害のみならず,「特区内で立地後, 業務を軌道に乗せるために他の地域に支店を設置した段階で優遇税制の対象から外れる」 (沖縄県)などの業務拡大を否定する仕組みともなっているという。「名護市のみの立地 を前提とする金融特区では特区の発展は困難」(沖縄県)として,沖縄県は国に対し「特 区内にのみ事業を有する」という認定条件の撤廃を求めている。 認定要件の②として「常時使用する従業員数が10人以上」という要件も「立ち上がり段 階から10人の雇用を課すのは新規ベンチャー企業などには酷な条件」(沖縄県)との指摘 もある。金融特区がスタートした当初は,②の要件は「20人以上」となっていた。その こともあってか,認定企業はゼロが続いていた。このため沖縄県から要件緩和の要望が出 され,「10人以上」に緩和された経緯がある。 沖縄県・名護市に設置された全国唯一の金融特区が,本来の特区効果を発揮し,金融企 業の集積促進による雇用効果の成果を上げるためには,競合地域となる香港・シンガポー ルなどアジア周辺諸国の金融センターと渡り合える本格的な優遇税制の導入,優遇税制の 実効性を高めるための認定要件の緩和,特区内の金融業務支援施設のさらなる整備強化, 高度な金融業務を担う人材の育成,特区制度の広報・宣伝による国内外の金融企業へのア プローチなどが急務である。 金融人材の育成プログラムについては,金融特区の名護市内にある沖縄県立名護商業高 校に2004年度から「ファイナンス科」が創設され,金融人材の育成が図られている。し かし,沖縄県や名護市が金融特区活性化の新たな仕組みとして導入を提案している「キャ プティブ保険」や「パスダック市場創設」など高度な金融システムを理解し運用できる人 材育成などが,今後の取り組むべき課題となっている。 参考文献 ・沖縄県「沖縄振興計画等総点検報告書―沖縄振興の現状と課題及び展望」平成22年4月 ・沖縄県商工労働部情報産業振興課「2011 情報通信産業立地ガイド―沖縄県における情 報通信産業及び金融関連産業支援制度」平成23年 ・名護市国際情報通信・金融特区創設推進プロジェクトチーム,大和証券グループ金融特 区調査チーム編「金融特区と沖縄振興新法」商事法務,2002年5月15日 ・沖縄県,名護市,国際情報通信・金融特区医促進協議会編「第2回沖縄金融専門家会
議」琉球新報社,2005年10月30日
・衆議院調査局第1特別調査室「沖縄の振興―沖振法の期限切れを見据えて」衆議院院内 資料,2011年3月
・堀江貞之「沖縄の金融特区の現状と今後の課題」野村総合研究所金融イノベーション研 究部リポート「金融機関経営」2~3頁,2005年