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Academic year: 2021

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freedoms : 2010/11/16(19:9)

まえがき

科学と技術に用いられるあらゆる道具のなかで,計算機ほど急速に発達した ものはないかもしれない.本書が出版された時点から遡ると,科学研究に計算 機が使われるようになってから60年ほどであるが,その間に計算速度は1兆 倍になっている.こうした進歩を背景に,理論,実験と並ぶ第3のアプローチ として計算が注目されるようになり,計算科学という新しい領域が登場してき た.この新しい科学について,本講座のほかの巻よりやや広い視野から考えて みようとするのが,この巻の役割である. 第1章は,本講座の監修に携わった2人が計算科学についてのエッセイを書 いている.これは,この巻のほかの章のように体系的な解説ではなく,このま えがきの延長のような文章だと捉えていただければ有り難い. 第2章は,計算科学の歴史,現状,将来について,ハードウェアから実際の 研究にわたるまで,広い視点で書かれた解説である.シミュレーションとは何 かという考察から始まり,その代表的な研究例が紹介され,さらに計算機の進 歩と並列計算技術の進歩について解説されている. 第3章から第5章は,計算科学の個別の問題について,それぞれの分野での 入門的解説としても使えるようにとの企図で,コンパクトだがまとまった記述 がされている.ここで,異なる分野を並列に紹介しているのは,以下のような 編集の心づもりがあってのことである. 計算科学の大きな特徴の1つは,超多自由度の複雑な系を過度に単純化する ことなく扱うことができるということである.この特徴を生かして,興味ある 現象をそのまま計算機に再現することができれば,現象の解明,製品の開発, 災害予防など,大きなメリットがある.もちろん,そうしたリアルな計算をす

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freedoms : 2010/11/16(19:9) iv まえがき ることは簡単ではないが,その可能性は急速に広がっている.第3章は,そう したリアルな計算をすることのできる分野について,研究の方法と指針を解説 している. 第3章3.1節は,タンパク質のダイナミクスについてリアルな計算をした結 果,生命現象のどんな側面にアプローチできるかという解説である.タンパク 質が情報スイッチとして大きな構造変化を起こす機構を,線形応答の考え方で 探ることができることが説明されている.3.2節は,気象現象のリアルな計算 について,その方法が基礎方程式から体系的に解説されている.最近急速に発 展しつつある雲や降水を中心とした気象のシミュレーションに重点が置かれて おり,極めてリアルな計算から新しい現象を発見することが期待されている. こうしたリアルな計算の達成はいくら強調してもしすぎることはないが,一 方では,自然や技術に現れる複雑さは,リアルに計算できる限度を超えて,は るかに複雑であることが多い.こうした自然と技術の豊富さを目前にして,計 算科学の課題は,複雑さに忠実なモデルづくりを放棄してでも,つまり簡単化 されたモデルを用いてでも,未知の現象に挑戦することである.こうした計算 では,よく検証された,あるいは基礎方程式から論理的に導かれたモデルを用 いるのではなく,現象の何が本質的かということを考えた仮説に基づいたモデ ルを用いる.したがって計算の役割は,実際の観測に匹敵するシミュレーショ ンデータを示すことではなく,観測によって証明されるべき仮説を提案し,考 え方の枠組みをつくることである.こうした,論理を発見するための計算が第 4章に紹介されている. 第4章4.1節は,タンパク質のフォールディングと構造予測についてである. タンパク質は進化によって選ばれた原子配列を持ち,それらの原子の間に多種 多様な相互作用が働いている.「進化によって選ばれたデザインでは,原子間 相互作用の矛盾が少なく協調的である」という仮説に基づいて簡単化されたモ デルが,多くのフォールディング現象を説明すること,そして,そうした仮説 に立脚した構造予測法の開発が進んでいることが解説される.妥当な仮説に基 づいていれば,簡単化されたモデルも予測能力を持つのである.4.2節は,超 伝導状態についての計算の解説である.最近の新しい物質の発見に伴い,従来 まで考えられなかった新奇な対称性を持つ超伝導状態が発見されつつある.一

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freedoms : 2010/11/16(19:9) まえがき v 番重要なのは,超伝導を表す波動関数の対称性であるため,その対称性の本質 をつかんだ簡単なモデルは超伝導現象の異常性を見事に捉え,また新しい現象 を予言する.4.3節は,粒子系モデルにおける流体と固体の間の相転移シミュ レーションについての解説である.計算物理学の発展の初期の段階で,実際の 分子を理想化したモデルである剛体球粒子の集まりでも相転移を示すことが, シミュレーションによって示され,相転移の物理学に大きな衝撃を与えた.当 時のどのような創意工夫がこの画期的発見に導いたかが解説されている.さら に,対称性と相転移など現代的な問題について,計算機シミュレーションの果 たすべき役割が説明されており,計算物理学への道筋を示している. 第3章と第4章を続けて企画したのは,少ない仮定をもとにモデルを複雑に して,できるだけリアルな計算をしようとする研究と,大胆な仮定をもとにモ デルを簡単にして,未知の現象について計算をしようとする研究の間に,交流 と相互の関係が活発になるように,幾分でも寄与したいという希望のためで あった. 第5章では第3,4章と異なる立場として,データの量と質を分析すること で,どのようなモデルを選べばよいか,合理的に考えるアプローチについて紹 介している.できるだけリアルな計算をしたいとしても,たとえば地球環境の ような問題については,自由度の数が大きくてそれらをすべてシミュレーショ ンで扱うことは不可能である.そのようなときは,観測データによってどのよ うなシミュレーションモデルを選ぶべきかを吟味する,つまり,シミュレー ションによる演繹とデータによる帰納を合わせたアプローチが必要になるが, データもまた十分ではなく誤差や不確定さを持つ.そこで,不足する部分につ いて確率論的な考え方を取り入れ,統計科学の方法で推測すれば,最適なモデ ルを合理的に選ぶことができる.このデータ同化という方法の解説と,その具 体的な応用例が第5章の内容である. このように,仮定,モデル,データの扱いなど少しずつ違った立場の計算を 比較して,計算科学の姿を立体的に見ていただければと願って,本書をスター トさせたい.   2010年9月 編者 笹井理生

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