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日本佛敎學會年報 第50号 017廣川堯敏「浄土教における釈迦・弥陀二尊教について」

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浄土教における釈迦・弥陀二尊教について

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大 正 大 学 ︶ は じ め に 弥陀浄土教において釈迦はどのような位置を占めているのであろうか。浄土宗を開創した法然に対して笠置の貞 慶は九ケ条の過失を数えあげて法然批判を展開したが、その第一二条に﹁釈尊を軽んずる失︵ 1 ︶ ﹂ を あ げ て い る 。 ま た ﹃擢邪輪﹄を著し、理論的に法然批判を展開した明恵は弥陀念仏に対抗して釈尊を思慕する﹃四座講式﹄を撰述し た。そこで法然門下においては釈尊軽視という批判や聖道門蔑視の批判に対応する必要に迫られた。聖光一房弁長が 聖道・浄土兼学を説き︵ 2 ︶ 、 釈迦・弥陀二尊を浄土宗の本尊とすべきことを主張した︵ 2 ︶ の も 、 ﹂のような批判に答 えようとしたからであろう。 こ れ に 対 し て 善 恵 一 房 謹 空 は 善 導 の 教 一 不 に も と づ き 、 ﹃観無量寿経﹄は釈迦一尊教では なく、釈迦・弥陀の二尊教を説く経典であると規定し、他力浄土教を釈迦教仏力と弥陀教願力という二つの他力に よって説明し直している。ここに謹空のいう二尊教説が成立した。謹空の二尊教説の意図するところは、 付弥陀浄土教の立場から釈尊一代仏教を見直し、 かつ釈尊一代仏教中に弥陀浄土教を位置づける必要があったこ と 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 発 敏 ︶ 二 五 九

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 ニ 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 実 敏 ︶ 二 六 O 同﹃観無量寿経﹄が十六観法と弘願念仏の両方を同時に説くという二重構造となっているため、それと相即した 経典解釈法が必要であったこと。 などによるものといえよう。 そこで小論では誼空におけるこ尊教説の典拠について、まず﹃観経﹄および善導﹃観経疏﹄に対する誼空の解釈 を論じ、その上でその独特な二尊教説について考察してみたい。その場合、研究の素材として、その思想史的研究 の 観 点 か ら 、 ﹃ 自 筆 ﹄ ・ ﹃ 他 筆 ﹄ ・ ﹃ 積 学 ﹄ 三 紗 を と り あ げ 、 比 較 検 討 す る こ と に し た い 。 観無量寿経におけるこ尊教の典拠と善導・謹空の解釈 善導は何故に﹃観経﹄が釈迦一尊教ではなく、釈迦教・弥陀教の二尊教を説く経典と理解したのであろうか。﹃観 経﹄の経説のどこに弥陀教が説かれているとしたのであろうか。善導の﹃観経﹄理解の基本的な立場は観法︵定散 十六観︶と念仏とを併説する経説の中から、阿弥陀仏の大悲を聞き取ろうとすることにあった。善導が可観経﹄を 解 釈 す る 時 、 ﹃ 観 経 ﹄ そ れ 自 体 に 限 定 せ ず 、 阿弥陀仏の本願を説く﹃無量寿経﹄と一具の経典として自由に解釈を 展開するのが常である。 し た が っ て 、 善導はτ無量寿経﹄に説かれる阿弥陀仏の大悲を、﹃観経﹄の経説の中で聞 き取ろうと最大限の努力をなしたのである。 つまりそれが﹁古今階定﹂といわれる善導の妙釈である。 善導が﹃観経疏﹄の中で﹃観経﹄における弥陀教を説く経文として指摘した主な箇所に、 付その時世尊は屑聞の光を放ちたもう。その光金色にして偏く十方無量の世界を照し、仏頂に還

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前 九 り て 、 化 し て 金 台 と な る 。 ︵ 欣 浄 縁 ︶

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。この語を説き給う時、無量寿仏空中に住立したもう。︵第七観︶ 同かくの如きの妙華はこれもと法蔵比丘の願力の所成なり。︵第七観︶ 伺無量寿仏に八万四千の相あり。 一一の相に各八万四千の随形好あり。 一一の好にまた八万四千の光明あり。 一の光明あまねく十方の世界を照して念仏の衆生を摂取して捨てたまわず。︵第九観︶ 伺かの国に生ずる時、この人精進勇猛なるが故に、:・ j i − − − 阿 弥 陀 仏 は 大 光 明 を 放 っ て 、 行 者 の 身 を 照 し 、 諸 の 菩薩とともに手を授けて迎接したもう。︵上品上生﹀ 付汝よくこの語を持せよ、この語を持せよとは即ち無量寿仏の名を持せよとなり。︵流通分︶ などを列挙することができよう。付は光台現国の経文で、経文には﹁十方無量の世界﹂とあるが、善導はここで章 提は阿弥陀仏とその国土を観見した、 とする。誼空浄土教では重要な経説である。∞は釈迦が第七観を説法中に、 それに答えて阿弥陀仏が空中に出現された経文で、釈迦・弥陀二尊を同時に説く。同は第七観の華座は阿弥陀仏の 本願力の所成であると説く経文で、謹空がとくに重視する。制は有名な第九真身観の光明偏照の文で、善導がここ で一二縁釈を説き、詮空もきわめて重視する。同は九口問段の弥陀の臨終来迎を説く経文である。付は釈迦所説の﹃観 経﹄の結論は阿弥陀仏のみ名を称せしむるにあるとする経文で、釈迦・弥陀二尊の関係を説く。 以 上 ﹃観経﹄中に阿弥陀仏を説く経文六例のなかで、 とくに善導が二尊教を創唱する典拠と考えられるものは 主として伺と付ではなかろうか。そこで住立空中の文と付属名号の文とについて、ニ尊教の典拠を考えてみたい。 1 住立空中の阿弥陀仏 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 ニ 尊 教 に つ い て ︵ 虞 川 尭 敏 ︶ 一 一 六

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 嘉 敏 ︶ 一 一 六 まず第七観の経文から検討すると、経文には次のように説いている。 ﹁仏、阿難および章提希に告げたもう。﹃諦らかに聴け、諦らかに聴け、善くこれを思念せよ。仏、まさに汝の ために、苦悩を除くの法を分別し、解説すベし。汝らよ、憶持し、広く大衆のために、分別し解説せよ﹄この 語を説ぎたまいし時、無量寿仏、空中に住立したまい、観世音と大勢至の、この二大士は左右に侍立せり︵ 4 ︶ ﹂ と。すなわち、釈迦仏が第七華座観を説き始め、﹁常官官

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汝分 a 解 ” 説 除 一 一 苦 悩 一 法 嗣 ﹂ と 言 う や 否 や 、 阿 弥 陀 仏 が 二 菩 薩 を伴って空中に住立したのである。この経説について浄影慧遠など諸師はあまり注意を払ってはいない︵ 5 ︶ が 、 善 導 は詳しい解釈を展開している。﹃観経疏﹄に、 A J ニに﹃説是語時﹄より下﹃不得為比﹄に至る己来は、正しく裟婆の化主は物のための故に、想いを西方に住 せしめ、安楽の慈尊情を知るが故に則ち東域に影臨したまふことを明す。斯れ乃ち二尊の許応異なることなし O B l i − − l l l i l i − − I l l i − − − 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 l l ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

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ー ー ー ー 直だ以れ隠顕殊あることは、正しく器朴の類万差なるに由って、互に郭匠たらしむることを致す﹂ という。すなわち、釈迦の説法中に弥陀が空中に住立されたことは、釈迦教と弥陀教とは衆生摂化の方法では相違 があったとしても、その教えの本意においては少しも異るところがないということをあらわす、 と 解 釈 し て い る 。 善導はおそらく釈迦の説法と弥陀の住立空中という、 この経説にヒントを得て、 ﹃観経﹄二尊教説という独創的な 見解を展開するにいたったものであろう。 この善導の釈文、傍線

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に対して誼空はどのような解釈を展開しているであろうか。まず可自筆紗﹄では﹃観経﹄ 一経には文々句々に釈迦観門と弥陀弘願の二門の心が説かれているが、このうちとくにこの住立空中の経文こそ ﹁明ラカニ二門ヲ説キ顕セリ︵ 6 ︶﹂といい、その典拠として注意を払っている。さらに具体的に善導の疏文﹁婆裟化

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主為 ν 故 、 住 一 一 想 西 方 こ を 釈 迦 観 門 の 心 に 、 ハ リ タ マ フ ガ ヲ ユ ﹁ 安 楽 慈 尊 知 ν 情 故 、 チ N V タ マ フ コ ト ヲ ニ 則 影 向 臨 東 域 色 を 弥 陀 弘 願 の 心 に あ て て解釈する。すなわち、この住立空中の経説は、釈迦観門の教えによらなかったならば、我々は弥陀弘願の教えを 知ることはできないし、逆に弥陀弘願の教えによらなかったならば、釈迦観門の教えが説き出されることはない、 という二尊教︵二尊許応無異︶の典拠となる経文である︵ 7 ︶としている。次に可他筆紗﹄では、まず ﹁問うて日く、此れ二尊教か。答えて日く、伝なり︵ 8 ︶ ﹂ と明解に規定し、この釈迦・弥陀二尊の相互関係は釈迦観門の教説の体が弥陀コ一尊である︵ 9 ︶ 、 と い う 説 と 体 と の 関 係にあるとしている。さらにその上に立って二尊の聖意は、釈迦も弥陀もともにただ凡夫をして一向に西方浄土に 往生せしめるという一点につきるのであって、凡夫往生という点でコ一尊許応無異﹂である︵叩︶、 と す る 。 ﹃ 自 筆 ﹄ では釈迦観門の教えと弥陀弘願の教えとの聞の能詮所詮、能顕所顕の関係を説いたが、 ﹃他筆﹄では二尊の聖意が 一致してただ凡夫往生にあることを強調している。 さらに﹃積学紗﹄でも﹁二尊教﹂という用語を使い、 ﹁ 釈 尊 観 仏 ノ 教 ︵ 日 ︶ ﹂ と ﹁ 弥 陀 弘 願 ノ 教 ︵ ロ ︶ ﹂ と の 関 係 を 能 詮 ・ 所 詮 の 関 係 と し て と ら え 、 ﹁ 所 詮 ノ 無 量 寿 ハ 能 詮 ノ 仏 語 一 一 依 テ 顕 ル ︵ 日 ︶ ﹂ と 述 べ て い る 。 こ の ﹃ 積 学 ﹄ の解釈は﹃他筆﹄よりも守自筆﹄の釈文と全く一致する。すなわち、観門・ 弘願を能詮・所詮の語にかえて、釈尊の説と弥陀の願力との相即不離の関係を強調し︵ U ︶ 、 ﹁釈迦仏ノ開悟ニ因ラズ ン パ 、 弥 陀 ノ 名 願 何 ノ 時 ニ カ 聞 カ ム 。 : : ・ : : 深 ク 心 肝 ニ 銘 ズ ル 者 ナ リ ︵ 日 ︶ ﹂ と 述 べ て い る 。 このように傍線

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の疏文に対して、﹃自筆﹄では釈迦観門の説と弥陀弘願の誓い、﹃他筆﹄では釈迦の説と弥陀三 尊の体、﹃積学﹄では能詮の仏語と所詮の無量寿、それぞれの相即不離を説いているといえよう。 次に傍線

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の善導の疏文に対して詮空はどのような解釈を展開しているであろうか。まず﹃自筆﹄・﹃他筆﹄・﹃積 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 実 敏 ︶ 一 一 六

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 尭 敏 ︶ 二 六 四 月子﹄三診の釈文を比較すると、全く一致する釈文が二カ処ある。第一は疏文﹁直以隠顕有 ν ﹂ 第二は疏文﹁致 v使 菖 互 為 三 郭 匠 ↓ ﹂ に 対 す る ﹃ 自 筆 お よ ・ ﹃ 積 学 ﹄ に対する﹃自筆 ︵ お ︶ ﹄ ・ ﹃ 他 筆 ︵ 立 ﹄ ・ ﹃ 積 学 ﹄ 一 一 一 診 の 釈 文 の 一 致 で あ り 、 二紗の釈文の一致である。 すなわち、前者では﹁隠顕﹂を解釈して化身と報身︵自筆紗︶、裟婆ノ化主ト云フ面と安 楽 ノ 慈 尊 ト 云 フ 面 ︵ 他 筆 紗 ︶ 、 釈 迦 観 仏 ノ 教 ノ 謂 レ と 弥 陀 弘 願 ノ 教 ノ 意 ︵ 積 学 紗 ︶ 、 それぞれを対比させているが、 結 局釈迦教と弥陀教との比較である。また後者でも﹁邸匠﹂の語の解釈において﹃自筆﹄・﹃積学﹄は全く一致してい る 。 こ の よ う に 一 一 一 紗 の 釈 丈 の 一 致 を 指 摘 で き る 反 面 、 なわち、善導の疏文﹁正由=器朴之類万差一﹂に対して、﹃自筆﹄では該当する釈文がなく、﹃積学﹄では釈文が残つ ﹃ 他 筆 ﹄ に は 他 の 二 紗 に は な い 、 独自な解釈が存在する。す ていないが、﹃他筆﹄には特殊用語﹁正因正行﹂を使って、釈迦教と弥陀教のそれぞれに、仏の側の平等救済の立場 ︵ 正 因 ︶ と 衆 生 の 側 の 機 根 の 立 場 ︵ 正 行 ︶ の 二 つ の 立 場 を と も に 説 い て い る ︵ 担 。 さ ら に ま た ﹃ 積 学 ﹄ の 他 の 釈 文 に よ れ ば 、 一 種 ノ 凡 夫 ト 成 リ テ 許 応 無 具 ノ 二 尊 教 一 一 帰 シ テ 、 九 品 各 々 ノ 機 成 ズ ル ナ リ ︵ 初 ︶ ﹂ ﹁ 在 世 滅 後 ノ 万 差 ノ 器 朴 、 と述べている。この﹃他筆﹄・﹃積学﹄両紗の釈文はあきらかに誼空の円熟した思想であって、他力領解後、念仏の 信心がいよいよ、深まり、異類の助業の宗教的境界を問題としているといえよう。 2 阿弥陀仏名の付属 次に流通分の付属弥陀名号の経文について検討してみたい。﹃観経﹄には次のように説いている。 ﹁仏、阿難に告げたまわく﹃汝よくこの語を持せよ、この語を持せよとは即ち無量寿仏の名を持せよとなり﹄ シ ﹂ ︵ 幻 ︶ L

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と。すなわち、釈迦は﹃観無量寿経﹄の説法を終えるにあたって、最後に阿弥陀仏の名号︵弥陀教︶を伝持すべきこ とを阿難尊者に付属されたのである。この一段について浄影慧遠など諸師はあまり注意を払ってはいないが︵忽︶、善 導は王官会の流通分を七科に分け、その第六に、 ﹁﹂ハに﹃仏告阿難汝好持是語﹄より巳下は、正しく弥陀の名号を付属して、超代に流通せしめたまふことを明す。 こ こ ろ 上来定散両門の益を説くと難も、仏の本願に望むれば、意衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるに在 h ノ ︵ 幻 ︶ ﹂ と解釈している。すなわち、益呈︷得は釈迦が﹃観経﹄において定善・散善の両門︵釈迦教︶を説いてきだけれども、且取 後流通分で阿難に付属したのは一向専称弥陀仏名︵弥陀教︶であった、 とする。ここでも善導は﹃観経﹄は釈迦・弥 陀二尊教を説く経典であると理解していたのである。 では謹空はこの善導の釈文に対してどのような解釈を展開しているであろうか。すなわち、謹空は経文﹁汝好持 是語﹂、疏文﹁定散両門﹂をもって釈迦教にあて、経文﹁持無量寿仏名−、疏文﹁一向専称弥陀仏名﹂をもって弥陀 教にあて、釈迦・弥陀二教の相互関係においてこの流通分を解釈している。ぞれは結局釈迦教としての定散二善と 弥陀教として弘願の名号の問題に帰着する。 法然は﹃選択集﹄第四章段において、 ﹃ 観 経 ﹄ に定散二善と念仏とを併説する理由に廃立・助正・傍正の三義を あ げ ︵ M ︶ 、 さらに同十二章段では寸定散は廃のためにしかも説き、 念仏三昧は立のためにしかも説く︵およと述べて いる。しかるに謹空は定散は﹁一向に捨と云うことを以て正となすべからずおごという。とすれば、法然と誼空と は説を異にするのであろうか。そうではあるまい。その理由は廃・助・傍のゴ一義は併列的に理解すべきではないか 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 実 敏 ︶ 二 六 五

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 尭 敏 ︶ 一 一 六 六 らである。すなわち、謹空は念仏信仰の深まりの過程に相即して、ハ円自力修行としての定散、

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弘願を能詮する教 えとしての定散を、同決定往生信以後、異類の助業としての定散さ、 の 一 一 三 義 に わ け で 立 体 的 に 説 い て い る 。 謹 空 の孫弟子、行観の言葉を使えば、ハけが廃立義、同が傍正義、同が助正義に相当するさ。この三義務﹂整理すると、決 定 往 生 信 以 前 ︵ 付 ︶ と 決 定 往 生 信 以 後 ︵

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、 日 開 ︶ と に 分 け ら れ る 。 ﹃選択集﹄は専ら前者付の立場に立っており、 謹 空 は、ここでは主として後者の同の立場に立っている。 つまり、廃立義を深め念仏一行による決定往生信を確立した 者の眠から再び定散二善を見直すと、諸善は悉く弥陀一仏の功徳を説きあらわし、讃歎しないものはない、 と い 、 つ 宗教的境界にいたるのである。 では具体的に誼空の釈文をみてみたい。まず﹃自筆紗﹄では﹃観経﹄所説の定散二善は﹁観門ノ施設﹂であって、 ﹁是ヲ修シテ往生スベシ﹂と説くのではない、 という。その真意は﹁念仏ノ功能ヲ示サントスル能詮ノ文 L だから である。したがって、 ﹁定散両門の益﹂とは﹁別意ノ弘願一一帰シテ往生ヲ得﹂る利益のことであって、 弘願念仏の 利益と別なことではない︵恕。このように﹃自筆﹄では弘願を能詮する釈迦教定散二善の役割があるからこそ流通分 の 一 向 専 称 弥 陀 仏 名 ︵ 弥 陀 教 ︶ が 成 り 立 つ 、 と主張している。次に﹃他筆紗﹄では﹁浄土宗の義文この文に在り﹂と 注意した上で、﹃選択集﹄で﹁定散は廃のために説く﹂と述べているのは、 前述した三一義のうちの第一義、自力修 行としての定散を廃捨したのであって、 一向廃拾ではない、という。すなわち、流通分で問題にする定散は、前述 の三義のうちの第二義、弘願を能詮する教えとしての定散であるとしている︵

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。さらに﹃積学紗﹄では定散二善を 釈 迦 教 能 詮 、 弥 陀 仏 名 手 ﹂ 弥 陀 教 所 詮 と し 、 ﹁所詮ノ願体ニ望レバ、能詮ノ意ハ衆生ヲシテ一向ニ南無阿弥陀仏ト称セシムルニ有リ︵位︶﹂

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と 述 べ て い る 。 以 上 、 ﹃ 観 経 ﹄ におけるこ尊教の典拠として第七観の住立空中の文と流通分の付属弥陀名号の文とが考えられる で あ ろ う 。 善導における二尊教の典拠と詮空の解釈 善導は自らの著述の中で二尊教について具体的にどのように説いているであろうか。まず善導の二尊教説の典拠 を あ げ 、 次 に そ れ ぞ れ に 対 す る 謹 空 の 釈 文 、 ﹃ 自 筆 ﹄ 、 ﹃ 他 筆 ﹄ 、 ﹃ 積 学 ﹄ 一 二 一 紗 を 比 較 検 討 し て み た い 。 −帰三宝備におけるこ尊教 善導は司観経疏﹄玄義分﹁帰三宝偏﹂に、 ﹁我れ等愚療の身、噴劫よりこのかた流転して、今、釈迦仏の末法の遺跡たる、弥陀の本誓願、極楽の要門に 逢えり。定散等しく廻向して、速に無生身を証せむ。:− j i − − − 今 、 二 尊 教 に 乗 じ て 、 広 く 浄 土 の 門 を 聞 か む ︵ お ︶ ﹂ と述べ、ここに明確に﹁ニ尊教﹂という用語を使っている。右の疏文と序題門の疏文とを合わせて考えると、善導 は一一尊教の具体的な内容として、弥陀の本誓願︵弥陀の弘願︶と極楽の要門︵釈迦の定散二善十六観︶の二尊教を考えて いたことは明白である。この疏文に対して、まず﹃自筆紗﹄では、二尊教とは釈迦の観門と弥陀の弘願の二つであ るとして、両者の関係を能詮・所詮の関係と規定している︵包。釈迦の観門とは﹃観経﹄所説の定散二善十六観のこ と で あ り 、 つねに所詮の弥陀の弘願を能詮する、 とする解釈は﹃他筆﹄・﹃積学﹄両紗も全く同説である。次に﹃他 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 桑 敏 ︶ 二 六 七

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 発 敏 ︶ 二 六 人 筆紗﹄の釈文はきわめて詳細である。ここでは﹃自筆﹄にあまりみられなかった釈迦教・弥陀教がしばしば対語と ︿ ら い お も て ほかに釈尊の説の位、釈迦教の面、弥陀教と云う面、弥陀一尊教など多種の用語が駆使されて し て 使 わ れ て お り 、 い る 。 す な わ ち 、 定 散 二 善 ︵ 極 楽 の 要 門 ︶ を 釈 迦 教 、 念 仏 の 一 行 ︵ 別 意 の 弘 願 ︶ を 弥 陀 教 と し 、 両者の関係を﹃自筆﹄と 同じく能詮・所詮の関係とした上で、両教の特色について、 寸裟婆の化主と云う面は説を以て弥陀の願体を顕し、安楽の能人と云う面は第七観に仏身を現じて別願を顕し たもう。共に報仏の別願、凡夫を摂する謂れ、説を聞いても往生を証得し、仏を見ても往生を証得す︵お︶﹂ と述べている。﹁説を以て弥陀の願体を顕﹂すとは﹃観経﹄所説の定散二善十六観のことであり、﹁第七観に仏身を 現じて別願を顕したもう﹂とは﹃観経﹄第七華座観所説の住立空中の弥陀三尊のことである。ともに﹃観経﹄の所 説 で は あ っ て も 、 前 者 は 釈 迦 教 で あ り 、 後 者 は 弥 陀 教 で あ る ︵ お ︶ 。 さ ら に ﹃ 積 学 紗 ︵

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で は 善 導 の 一 経 両 宗 説 ︵ ﹁ 玄 義分﹂第三宗旨不同門︶を先取りして、観仏三昧を釈迦教、念仏三昧を弥陀教にあてている。 ﹂こに﹃積学紗﹄の特 色 が あ る 。 ﹃積学紗﹄が謹空のかなり晩年の聞書であり、 本紗以前に講述者自身がすでに善導の著述を完全に消化 しきっている状況を推察せしめる。 一経両宗の問題は後述にゆずることにしたい。また疏文﹁広開浄土門﹂に対す る三紗の釈文もほぼ一致している。 以上、コ一紗を比較すると、﹃他筆﹄の釈文が最も詳細であり、﹃自筆﹄よりも二尊教の用語が多様であり、 か つ 田 山 想的に深まっているといえる。

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要門と弘願

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善導は自らの﹃観経﹄解釈の大綱について可玄義分﹄序題門に明確に表明しているが、このうちとくに﹃観経﹄ を二尊教と解釈する根拠について次のように述べている。 ﹁遇々意提請を致して、我れ今安楽に往生せんと楽欲す。唯だ願わくは如来我れに思惟を教えたまえ、我れに 正受を教えたまえというに因って、然かも裟婆の化主は其の請に因るが故に即ち広く浄土の要門を聞き、安楽 や の能人は別意の弘願を顕彰したもう。其の要門とは即ち此の観経の定散二円是れなり。定は即ち慮を息めて以 て心を凝らし、散は則ち悪を廃して以て善を修す。斯の二行を廻して往生を求願するなり。弘願と言うは大経 に 説 く が 如 し 。 一切の善悪の凡夫生ずることを得ることは、皆阿弥陀仏の大願業力に乗じて増上縁となさずと いうことなし 0 ・ :

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−−−仰ぎ惟れば、釈迦は此の方より発遣し、弥陀は即ち彼の国より来迎したもう。彼しこ に 喚 び 此 に 遺 る 、 宣 に 去 ら ぎ る ベ け ん や ︵ お ︶ L と。すなわち、善導は﹁裟婆の化主﹂である釈迦の教えを浄土の要門と呼び、その具体的な内容を﹃観経﹄所説の 定散二善十六観にあて、﹁安楽の能人﹂である弥陀の教えを別意の弘願と呼び、二教の一致を強調している。 右の疏文に対して司自筆紗﹄ではこの部分の釈文を欠いているため、﹃他筆﹄・﹃積学﹄の二紗を中心にみてみた い。まず﹃他筆紗﹄では﹁要門﹂とは要に入るの門ということであって、定散二善が弘願念仏に帰入する門である と 解 釈 す る 。 つまり、要門定散二善と弘願との関係を能詮・所詮の関係としている︵ぬ︶。次に﹃積学紗﹄では﹁要門 ト イ ハ 示 観 ノ 名 也 ︵ 却 ︶ ﹂ と い い 、 ﹁然レバ、広開浄土之要門トイハ十六観門ヲサスナリ。此正シキ示観正因ノ体也。::::顕彰別意之弘願トイ ハ示観ノ領解成ズレパ、十六観門ノ中−二々ニ此ノ弥陀別意ノ願体ヲ説顕セバ、法界身ノ体顕ルル第七観ノ三 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 発 敏 ︶ 二 六 九

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浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 康 川 実 敏 ︶ 二 七 O 尊 ヲ サ ス ナ リ ︵ 4 ︶ L 釈迦の仏力に相当する。 という。示観とは他力を意味する。詮空のいう﹁他力﹂には釈迦の仏力と弥陀の願力とがあり︵包、要門とは前者、 要門とは十六観円であると指摘した上で、﹃他筆﹄と同じく、要門定 右の釈文によれば 散二善、すなわち十六観門が弥陀の弘願を説き顕す能詮の教えであると主張している。 以 上 、 ﹃ 他 筆 ﹄ ・ ﹃ 積 学 ﹄ 二 紗 に よ れ ば 、 二尊教とは釈迦教十六観門と弥陀教弘願のことであって、両者の関係は 能詮・所詮の関係にあるといえる。定散二善をもって能詮弘願の意味に解釈するのは謹空の独特な﹃観経﹄理解で お よ び ﹁ 釈 名 門 ﹂ の 疏 文 コ 一 = 口 ν観者照也︵斜︶﹂に対する釈文に求め あ る 。 そ の 典 拠 は ﹃ 玄 義 分 ﹄ ﹁ 定 数 料 簡 門 ︵ 必 ︶ ﹂ 、 ることができる。したがって、謹空は釈迦教と弥陀教との関係について、 ﹁ 今 此 の 可 観 経 ﹄ ︵ 釈 迦 教 観 門 の こ と ︶ は 弘 願 ︵ 弥 陀 教 ︶ よ り 聞 け て 、 還 り て 弘 願 を 顕 し 、 弘 願 を 成 じ て 、 又弘願に 帰 す 。 一 切 の 凡 夫 の 出 離 こ れ に 依 る ︵ 必 ︶ ﹂ と明確に述べている。 3 観仏三昧と念仏三昧 善導は﹃玄義分﹄宗旨不同門において、 A i 1 I l l i − − I I l l 1 1 1 1 コニに宗旨の不同、教の大小を弁釈すとは、 i l l − − I l l i − − Illic − − I l l − − Illi − − − − − − − − − − 昧を以て宗となす 0 7 U に廻願して浄土に往生するを体と B − − − − − 人 目 I

此の観経は即ち観仏三味を以て宗となし、 亦 た 念 仏 一 二 £ U 〆 4 、 L と い い 、 ﹃ 観 経 ﹄ 一経には観仏一二昧と念仏三昧の二つの宗旨が説かれている、 と し て い る 。 ﹂ の 説 は い わ ば 、 国

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に二君を認めるようなものであヮて、経典の宗体論としてはきわめて異例な解釈といわねばならない︵ぜ。しかしな がら、善導の﹃観経﹄観全体からみる時、善導は﹃観経﹄の説相︵顕︶と説意︵隠︶とを区別して、表而的には観仏三 昧を宗とするが、釈尊の本意からすると、念仏三昧を宗とする、 と 解 釈 し た の で は な か ろ う か ︵ 必 ︶ O これに対して誼空はどのような解釈を展開しているであろうか。まず傍線

A

宗旨不問の疏文に対して、﹃自筆紗﹄ では宗旨の不同に三種の宗旨をたてる。第一は聖道門諸経の行門の宗で、観仏為宗であり、第二は観経の釈迦観門 の 宗 で 、 観 仏 三 昧 為 宗 で あ り 、 第 一 二 は 観 経 の 弥 陀 弘 願 の 宗 で 、 念 仏 三 昧 為 宗 で あ る ︵ 必 ︶ 。 つまり、第一は聖道門の宗 旨であり、第二、第三が浄土門の宗旨に相当する。二尊教という用語はないが、観門の宗、弘願の宗それぞれが釈 迦教、弥陀教を意味することは明らかである。次に守他筆紗﹄では、宗旨の不同とは諸経それぞれの宗旨の不同で はなくて、諸経と観経との宗旨の不同を意味する、 と す る ︵ 卯 ︶ O ところが、﹃積学紗﹄では、宗旨の不同とは二尊教 において釈迦教と弥陀教それぞれに別々の宗旨があることを意味する、としている︵日︶。すなわち、釈迦教は観仏三 昧為宗であり、弥陀教は念仏三昧為宗であって、その上で両者は能詮・所詮の関係にある、という。今の釈文に限 定していえば、コ一紗のなかで﹃積学紗﹄のみが問題を二尊教に絞って、より深まった解釈を展開しているといえよう。 次に傍線

B

、 両三味為宗の疏文に対して、﹃自筆紗﹄では、 観 仏 コ 一 味 為 宗 ︵ 観 門 の さ と は ﹃ 観 経 ﹄ 一 経 の 本 意 が ﹁只弥陀一仏ノ功徳ヲ照ス︵臼︶﹂ことにあるとし、また念仏三昧為宗︵弘願の宗︶とは一経の本意がただ念仏にあると いうこともあらわす、とする︵

g

。 し た が っ て 、 一 経 二 宗 と は ﹁ 観 門 ノ 宗 既 一 一 立 チ ヌ レ バ 、 必 ズ 弘 願 一 一 転 入 ス ︵ 臼 ︶ ﹂ ることをあらわすもの、と解釈している。次に﹃他筆紗﹄では可観経﹄に観仏・念仏の二宗を立てることは﹃観経﹄ が釈迦・弥陀二尊による教えであることを明らかにするためである誌︶、とする。すなわち、観仏三昧為宗とは釈迦 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 尭 敏 ︶ 七

(14)

浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 完 敏 ︶ 二 七 二 教にあたり、念仏三昧為宗とは弥陀教にあたる。ただ観仏三昧という場合の﹁観仏 L の概念は謹空独特である。謹 空は観仏に三種の別を立てる。第一義は自力修行としての観仏露︶で、通常一般仏教で使われる観察行のことである。 第二義は正因の観仏で、この観は観察行ではなくて、弘願を照知し、能詮する意味である︵

g

。第三義は正行の観仏 で、他力領解後、異類の助業としての観察行のことである。自力修行の観仏との違いは、行相は同じであっても、 他力の領解・未領解という点で全く相違する。以上の三義のうち、観仏三昧為宗の観仏は第二義の正因の観仏、 つ まり所詮の弘願念仏︵弥陀教︶を能詮︵回︶する照知の意味である。したがって、観仏三昧為宗︵釈迦教︶と念仏三昧為宗 ︵ 弥 陀 教 ︶ と の 関 係 は 能 詮 ・ 所 詮 の 関 係 で あ っ て 、 一国に二君が並立するような矛盾に落ちいることはない、 と い h

このように﹃他筆﹄では明確に観仏・念仏の二宗を釈迦・弥陀の二尊教にあてはめて論じているのである。さらに 守積学紗﹄も﹃他筆﹄と同じく、一一宗を二尊教によって解釈して、観仏三昧為宗とは﹁示観能詮ヲ以テ義ト為ス L 釈迦教であり、念仏三昧為宗とは﹁所詮ヲ以テ宗ト為ス﹂弥陀教であって、一一尊教の本意はただ﹁観仏︵ H 正 因 ノ 観 仏 ︶ ノ 成 ズ ル 所 ノ 念 仏 三 昧 ﹂ に あ る ︵ 日 ︶ 、 と 述 べ て い る 。 最後に傍線

C

一心廻願往生浄土為体の疏文に対する三紗の釈文を比較すると、 ほぼ一致する。すなわち、 Jむ 廻願を観門の宗、観仏三味にあて、往生浄土を弘願の宗、念仏三昧にあてて解釈している。したがって、三紗それ ぞれに視点、力点の違いはあっても、根底には全く同一の思想が流れていることを確認することができる。 4 発遣と招喚 善導は﹃散善義﹄においてこ河白道の喰えを説き、釈迦・弥陀二尊の役割について次のように述べている。

(15)

﹁仰いで釈迦の発遣して西方に指向せしむることを蒙り、又弥陀の悲心をもって招喚したまうに語って、今二 わ す 時州劃に信順して水火の二河を顧みず、念念に遣るることなく、彼の願力の道に乗じて、命を捨てて巳後彼の 国 に 生 ず る こ と を 得 ︵ 印 ︶ ﹂ と す な わ ち 、 善導は釈迦発遣と弥陀招喚とをもって二尊の心としたのである。 ﹂ れ に 対 し て ﹃ 自 筆 亡 、 ﹃ 積 学 ﹄ ︵ ﹃ 他 筆 ﹄ に は 当 該 の 釈 文 を 欠 く ︶ は と も に 釈 迦 発 遣 を 釈 迦 教 十 六 観 、 弥 陀 招 喚 を 弥 陀 教 弘 願 ︵ 願 体 ︶ に そ れ ぞ れ あ て て 、 きわめて簡単に注釈を施している。 以上、善薄におけるこ尊教説の典拠として帰一二宝傷、序題門、宗旨不同門、二河端の四文を数えあげることがで ぎる。と同時に謹空はこれら四文にもとやついて師の独創的な二尊教説を展開させていったのである。 四 謹 空 浄 土 教 に お け る こ 尊 教

1

二尊教の用例 読空は一一尊教を特殊名目として師独自な使い方をしている。その著述、 ﹃ 自 筆 ﹄ 、 ﹃ 他 筆 ﹄ 、 ﹃ 積 学 ﹄ 一 一 一 一 診 を 比 較 す ると、謹空が晩年になるにしたがって、二尊教に注目し、その用語に深い意味をもたせた特殊名目として頻繁に依 用するにいたる過程をあきらかにすることができる。 まず﹃自筆紗﹄では二尊教をいまだ特殊名目として依用していないが、その思想は全篇にわたってみることがで 卦 C 4

。 。

すなわち、﹃自筆紗﹄にもっぱら依用する行門・観門・弘願の三名目を釈迦教・弥陀教に配当すると、 行門 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 莞 敏 ︶ 二 七 三

(16)

浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 実 敏 ︶ 七 回 は自力聖道門の釈迦教、観門は他力浄土門の釈迦教、弘願は弥陀教、ということになる。したがって、教えの順序 として聖道門の釈迦教によって機根がととのえられ、誘引されて浄土門の釈迦教に転入し、その上で浄土門の釈迦 教によって弥陀教に帰入するにいたるのである。﹃自筆紗﹄ではまず聖道門の釈迦教︵行門︶と浄土門の釈迦教︵観門︶ とを対比した上で、もっぱら浄土門の釈迦教︵観門︶と弥陀教︵弘願︸との関係を詳細に注釈している。そこで司自筆 紗﹄における用例を調べると、二尊教に相当する用語として、二尊ノ心、観門・弘願ノ二門ノ心、二尊ノ教ノ心な どがよく使われ、釈迦教・弥陀教の代りに、釈迦ノ観門・弥陀ノ弘願、観門ノ心・弘願ノ心、釈迦仏ノ心・弥陀仏 ノ心、釈迦ノ要門・弥陀ノ弘願、釈迦観門ノ仏力・弥陀弘願ノ願力、観門ノ仏心・弘願ノ仏心、釈迦ノ説・弥陀ノ 誓、釈迦ノ悲・弥陀ノ智なとがしばしば対語として依用されている。このように﹃自筆紗﹄における二尊教には、 専ら行門・観門・弘願の三名目を使い、釈迦教行門・弥陀教観門、 あ る い は 釈 迦 教 観 門 ︵ 能 詮 ︶ ・ 弥 陀 教 弘 願 ︵ 所 詮 ︶ の二種類の用例にわけられよう。 次に﹃他筆紗﹄では二尊教が特殊名目として使われている。すなわち、一一尊教、二尊教ノ意、二尊教ノ意趣、二 尊教ノ教法、二尊ノ意、二尊一意なとの用語が多く、 また釈迦教・弥陀教が対話としてしばしば依用されている。 これら﹃他筆紗﹄における一一尊教の用例は次の三種にわけられよう。

A

聖道門釈迦教と浄土門弥陀教とを対比する場合 顕行自力釈迦教聖道・示観他力弥陀教浄土

B

釈迦教・弥陀教を能詮・所詮の関係でとらえる場合 釈迦教・弥陀教、釈迦発遺ノ教意・弥陀弘願ノ別意、釈迦教ノ義・弥陀教ノ意、要門釈迦之教・弘願弥陀之

(17)

法、観仏・念仏、観仏三味・念仏三昧

C

釈迦教・弥陀教を正因・正行の関係でとらえる場合 釈迦教・弥陀教、持戒ハ釈迦教・破戒ハ弥陀教、釈迦ノ抑止門・弥陀ノ摂取門、釈迦正行・弥陀正因 こ の う ち 、

C

の用例は﹃自筆紗﹄にはみられない。もちろんその思想そのものが﹃自筆紗﹄には全くみられない とはいえないが、正行としての釈迦教と正因としての弥陀教とを対比させて解釈を展開する用例は﹃他筆紗﹄の特 色 と い え よ う 。 し た が っ て 、 二尊教の用例に限っていえば、﹃自筆﹄より﹃他筆﹄の方が思想的に深まってきてい る 、 と い え る 。 さらに﹃積学妙﹄では二尊教の用例が﹃他筆﹄よりも一層多様化している。すなわち、二尊教ノ心、示観二尊教 ノ 心 、 二 尊 教 ノ 本 意 、 二尊教ノ謂レ、二尊教ノ道理、二尊教ノ理致、一一尊教ノ詮要、二尊教ノ鉢、示観二尊教ノ義、 発遠来迎二尊ノ教、所詮ヲ以テ宗ト為スニ尊教、能詮所詮ニ一帰スル二尊教、二尊教ノ名号などが用いられている。 こ れ ら の 二 尊 教 の 用 例 は ﹃ 他 筆 紗 ﹄ の 場 合 と 同 様 に 次 の 一 一 一 種 に 分 け ら れ る 。

A

聖道門釈迦教と浄土門弥陀教とを対比する場合 顕 行 ・ 示 観 ノ 一 ア 心 、 顕 行 ・ 示 観 ノ 二 門 、 行 門 ・ 観 門 、 顕 行 自 力 一 部 教 ・ 示 観 他 力 一 時 一 教

B

釈迦教・弥陀教を能詮・所詮の関係でとらえる場合 観門・弘願、示観能詮・弘願所詮、能詮観仏・所詮念仏、能詮定散・所詮弘願、能詮ノ観仏三昧・所詮ノ念 仏三昧、能詮ノ観・所詮ノ願体、能詮ノ仏語・所詮ノ無量寿、能詮ノ十六観・所詮ノ願体、能詮示観ノ領解 −所詮願力ノ摂受 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 亮 敏 ︶ 二 七 五

(18)

浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 虞 川 桑 敏 ︶ 七 ノ 、

C

弥 陀 教 ︵ 一 示 観 他 力 ︶ か ら 釈 迦 教 ︵ 示 観 顕 行 − 一 反 ル への展開をあらわす場合 示 観 顕 行 ニ 反 ル 、 一 不 観 ノ 上 ニ 顕 行 − 一 反 へ ル 、 示 観 ノ 顕 行 一 一 反 ル 九 品 正 行 、 示 観 弘 願 − 一 帰 シ テ 顕 行 ニ 反 へ ル 、 顕行ニ反へル花開以後ノ得益、示観顕行ニ反へル道理、示観顕行−一反へル九品正行ノ意、示観弘願ニ一帰シテ 顕行ニ反ヘル二一重ノ法体、示観摂受門・顕行一一反ヘル抑止門 これらの用例と﹃他筆紗﹄の用例とを対比すると、

A

B

C

ともにほぼよく対応している、 といえる。ただ

C

に関して、﹃他筆﹄では弥陀教︵正因︶と釈迦教︵正行︶とを対比して依用する用例が多いのに対して、﹃積学﹄では弥 陀 教 ︵ 示 観 他 力 ︶ か ら 釈 迦 教 ︵ 示 観 顕 行 一 一 反 ル への展開に焦点をあてている。 以上のように、誼空は﹃自筆﹄よりも﹃他筆﹄、﹃積学﹄において二尊教をより特殊名目化して依用していると言 い 得 る で あ ろ う 。 2 二 尊 教 の コ 一 義 以 上 、 三妙おのおのにおける三尊教の用例分析によると、誼空における二尊教の用法は、次の三義にまとめるこ と が で き よ う 。 まず第一義は聖道門釈迦教・浄土門弥陀教を対比して用いる場合である。この用法は行門と観門の対比、顕行と 一不観の対比など、主として﹃自筆﹄、﹃他筆﹄などに多くみられる。ただ﹃積学﹄における用法で注目されるのは、 顕 行 ︵ 自 力 聖 道 門 ︶ と 示 観 顕 行 − 一 反 へ ル 正 行 ︵ 他 カ 領 解 後 の 異 類 の 助 業 ︶ と を 対 比 さ せ る 用 法 で あ る 。 こ れ は ﹃ 自 筆 ﹄ ・ ﹃ 他 筆﹄にはみられない用法といえよう。

(19)

第二義は浄土門の中で釈迦教・弥陀教を能詮・所詮の関係でとらえる場合である。その用法には ︿ 釈 迦 教 ﹀ ︿弥陀教﹀ ①釈迦十六観の説法 住立空中の阿弥陀仏 ②定散二善十六観 阿弥陀仏の名号 ③ 釈 迦 要 門 ︵ 観 門 ︶ 弥陀弘願 ④釈迦仏力 弥陀願力 ⑤観仏三味為宗 念仏三昧為宗 ⑥観仏三昧 念仏三昧 ⑦ 観 仏 ︵ 位 ︶ 念 仏 ︵ 位 ︶ ③第十七諸仏脊瑳願 第十八念仏往生願 などがある。①、②は可観経﹄における二尊教の典拠で、弥陀教とは第七観所現の仏体、 および弘願の名号のこと であり、釈迦教とは正宗分十六観の説法をさす、 とする。③は善導の二尊教観で、釈迦教とは要門十六観、弥陀教 と は 弘 顕 で あ る 、 とする。これを、つけて、④は詮空が釈迦・弥陀二仏を仏力と願力とにあて、浄土教の他力を説明 したものである。また⑤、⑥、⑦は善導の一経二宗をもって謹空は二尊教の典拠とし、観仏三昧・念仏三昧をそれ ぞれ釈迦教・弥陀教にあてている。⑧は弥陀教を能詮する釈迦教の根拠は、本願でいえば、第十七願にもとずく、 とする誼空の解釈である。以上の八つの用法から、﹃観経﹄←善導←誼空へと順次に展開する二尊教観の概略を知る ﹂ と が で き る 。 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 尭 敏 ︶ 一 一 七 七

(20)

浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 虞 川 嘉 敏 ︶ 七 l¥ 第三義は他力領解後、念仏の信心が深まり、異類の助業︵但︶の宗教的境界における用法である。異類の助業は誼空 が初めて用いた用語ではないが、師法然の教示を得てさらに思想的に展開させた。謹空の著述にみられる観門ノ解 ノ 上 ノ 行 相 ︵ 自 筆 紗 ︶ 、 正 因 の 上 の 正 行 ︵ 他 筆 紗 ︶ 、 一 不 観 顕 行 一 一 反 へ ル ︵ 積 学 紗 ︶ な ど の 用 語 は こ の 異 類 の 助 業 の 思 想 的 展 聞といえる。その用法には、 八 弥 陀 教 ﹀ ︿釈迦教﹀ ①観門領解 観門ノ解ノ上ノ行相 ②正因領解 正因の上の正行 ③示観領解 示観顕行ニ反へル ④ 第 三 ノ 機 ︵ 第 三 門 総 挙 有 縁 之 類 ︶ 第 五 ノ 機 ︵ 第 五 門 筒 機 堪 与 不 堪 ︶ ⑤摂取門 抑 止 門 ⑥玄義 依 文 ⑦即使往生 当得往生 などがある。これらの用法は第二義の場合と異り、全く謹空独特な二尊教観といえよう。すなわち、①、②、③は 他力領解を弥陀教にあて、異類の助業を釈迦教にあてている。④、⑤は機根の問題で、平等に救済する立場を弥陀 教とし、機根の堪不堪に応じて具類の助業を修する立場を釈迦教とする。⑥は善導の﹃観経疏﹄四巻のうち、玄義 分の立場を弥陀教にあて、序分義・定善義・散善義など依文の立場を釈迦教にあてている。⑦は往生の問題で、平 生即便往生を弥陀教にあて、臨終当得往生を釈迦教にあてて二種の往生を論じている︵位︶。

(21)

以 上 誼空の二尊教観は司観経﹄や善導司観経疏﹄など伝灯の経釈にもとづきつつも、 ﹃観経﹄所説の定散二善 十六観の独自な解釈を起点として展開せしめた

8

、全く新しい独創的な浄土教思想であると言い得るであろう。 五 お わ り に 以上、誼空浄土教において二尊教はきわめて大きな問題であることが明らかになったであろう。それが特殊名目 として使われるのは、初期の﹃自筆紗﹄よりも﹃他筆紗﹄・﹃積学紗﹄など中・後期の著述により顕著にみられる。 このように謹空浄土教が釈迦教・弥陀教というこ教の相関関係によって成り立っているのは、その源は﹃観無量 寿経﹄にある。定散二善十六観は詳説するが、弘願念仏は略説するのみという複雑な内容をもっ﹃観経﹄を正依の 経典としだからこそ、謹空は二尊教を重視せざるを得なかった。二尊教の典拠として﹃観経﹄や善導の著述を指摘 できうるとしても、その解釈は全く誼空の独創的な営みにもとづくものといえよう。 小論においては釈迦・弥陀二尊教が謹空浄土教において特殊名目として依用されていることと、その典拠を指摘 しただけにすぎない。謹空教学上の個々の課題に対して二尊教はどのように法門を捌いているのか、 と い う よ り 目 穴 体的な問題については稿を改めて論ずることにしたい。 ︵ 昭 和 五 十 九 年 九 月 ︶ ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ ︵ 3 ︶ ︵ 4 ︶ 興福寺奏上 徹 選 択 集 上 巻 ︵ 浄 全 ⑦ ω ∞ b ︶ 浄 土 宗 要 集 ︵ 浄 全 ⑩ 川 a ︶ 浄 全 ① 必 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 発 敏 ︶ 二 七 九

(22)

日蔵⑩

m

b

i

削 a 西全⑤

na

日蔵⑧

m

a

他 筆 林 野 ︵ 西 全 ⑤ 口 b ︶ 定善義積学紗 浄全①日 智顕の﹃観経疏﹄では﹁結 ν名付属﹂といい、仏名の付属ではなく、観法の付属の意味に解釈している。︵浄全⑤山

a

︶ 観 経 疏 ︵ 浄 全 ②

nb

︶ 浄全⑦お J m 浄 全 ⑦ 臼 他 筆 紗 ︵ 西 全 ⑤ 川 a ︶ これは行観のいう傍正義にあたる。 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 秀 敏 ︶ 27 26 25 24 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 士 口 蔵 の ﹃ 観 無 量 寿 経 義 疏 ﹄ ︵ 浄 全 ⑤ 凶 b ︶ に は 少 し 関 説 し て い 乙 。 自 筆 紗 ︵ 日 蔵 ⑮

m

b

︶ 同 ︵ 日 蔵 ⑧

m

b

︶ 他 筆 紗 ︵ 西 全 ⑤ 的 b ︶ 同 ︵ 西 全 ⑤ 叩

b

l

n

a

︶ 向 ︵ 西 全 ⑤

m

b

i

礼 a ︶ 定善義積学紗 同 同 同 同 法然は傍正義についてあまりふれていないが、 八 0 ﹃選択集﹄十こでは定散を細説する

(23)

47 46 45 44 43 42 41 40 39 38 37 36 35 34 33 32 31 30 29 28 定 た 理 善 観 白 浄 浄 他 同 玄 他 観 玄 同 他 自 浄 散 他 自 選 散 以 る 由 導 経 筆 全 全 筆 義 筆 経 義 筆 筆 全 善 筆 筆 択 、 上 こ と の 疏 量 生 ② ② 妙 分 妙 疏 分 量 生 紗 ② 義 紗 紗 集 と の と し

師毒舌

3 4

積 茜 高 費 茜 茜 百

1

費 面 百 秘 な 三 を て

棄毒事

b a

毒=巻喜多志き

I

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事毒事

2

えき雪支

3 92 301 2832 273 27467 b 196 156全 、 ん 定

b b ~ a a a a b b a 別 翠 」 散

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行 ひ し と と

し り つ て 秀 の で 浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 ニ 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 尭 敏 ︶ /\、

(24)

浄 土 教 に お け る 釈 迦 ・ 弥 陀 二 尊 教 に つ い て ︵ 庚 川 実 敏 ︶ 二 八 二 63 62 61 60 59 58 57 56 55 54 53 52 51 50 49 48 善導は﹃観経疏﹄に隠顕という語を数回使っている。 自 筆 紗 ︵ 日 蔵 ⑩ 引

b

l

m

b

︶ 他 筆 紗 ︵ 西 全 ④

ma

︶ 玄義分積学紗 自 筆 紗 ︵ 日 蔵 ⑩

mb

︶ 同 ︵ 日 蔵 ⑧ 回 b ︶ 同 ︵ 日 蔵 ⑧ 部 b ︶ 他 筆 紗 ︵ 西 全 ④

m

b

l

m

a

︶ 詮空の用語で言えば、顕行の観仏にあたる。 護空が観を照知、能詮と解釈するのは善導の﹃観経疏﹄﹁玄義分﹂の疏文﹁観とは照なり﹂にもとずく。 他 筆 紗 ︵ 西 全 ④

ma

︶ 玄義分積学紗 観 経 疏 ︵ 浄 全 ② 剖 b ︶ 拙稿﹁法然教学における廃立の構造﹂︵﹃法然仏教の研究﹄所収、山喜房刊︶参照。 拙稿﹁即便・当得二種往生説について﹂︵浄土宗学研究第六号︶ ﹁ 一 一 尊 教 と は 観 経 十 六 観 門 な り ﹂ ︵ 他 筆 紗 、 西 全 ④

mb

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